2008年7月 9日 (水)

舌の先も乾かぬ内に、、、

 愚痴である。詳細はメインサイトの日記参照として、、、、とあるトラブルというか誤解を解く必要があり、そのために書類が必要なんだそうだ。そこでの登場組織は、

1.製造元(メーカー)
2.転売元(商社)
3.転売先(エンドユーザー)

 3.の転売先からの受注を2.の転売元が受けて、1.の製造元が見積納期回答で承諾の上で製作するモノ。
 1.の製造元の見積回答には、受注内容に応じた見積回答となっているのは当然であり、発注内容を変えると見積内容も変わるのは当然だが、発注内容を変えても見積内容が変わらないという御都合解釈を2.転売元が行ったのが間違いの始まり。

 で、見積内容の変更による経費増を3.の転売元に通達する際の文書作成についての件。

 3.の転売先にコスト負担増の説明書の原案を書いてくれと泣きついて来て、その文書が2.の転売元から3.の転売先への文書という条件で依頼してきた筈(これとて無関係の者が原案を書く事自体ナンセンスだ)が、3日も経たない内に、内容はそのままに表題の部分を1.製造元から2.転売元への文書というモノに改竄している。

 ということで、ぶち切れである。モラル、企業倫理というか約束違反も甚だしい訳だ。

 この会社、過去にも約束を反故にしたこともあるし、今回もそうだ。そういう体質なんだろうか?そう言えば、これまでの経緯で、紳士協定的に口頭、メール等では連絡した事にならない扱いのようで、最終的には文書、文書と言ってくる。ならば、承認審査後の文書が廻ってくるまで何も出来なくなる訳で、、、まぁ、その方が楽で良いし、特急案件は処理出来ないという事でOKだろう。

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洞爺湖サミット、環境問題は?

 最近、テレビ番組では表題ネタが多い。

 で、結果はというと、各国ともに利権を主張して議論は平行線で合意を見ないという流れ、、、、。

 こうやって滅びるのも悪くない。

 でも、排出炭酸ガスの炭素換算量で現在が64億トン/年の排出で、空気中の炭素固定(吸収)量が海洋、森林で合計30億トン/年という実態であり、結果34億トン/年の炭素換算量に相当する二酸化炭素が出ているのは間違い無い事実。

 利権、主張、文化、貧富の差・・・・こんな事は関係なしで物質収支を整えるのが長期目標で合意すべき数値というのは明白であり、現在の50%以上削減が必然なのに、何故に揉めるのか?が判らない。

 第一に目標を掲げる事くらい出来るだろうに、、、、、、っていうのが印象だ。

 どこが、どれだけ削減するか?どこが、どれだけ許容されるか?なんて、細かい事は後でも、兎に角、世界の総排出量を最低でも54%は削減せんといけない訳だ。

 先進国の言い分、新興国、途上国の言い分はそれぞれ最もだけど、言えるのは地球環境は特定の個人のモノではない訳であり、生活している人全てが等しく責任を負うというのが大前提であり、大きな原則論としては、人口数に比例した許容排出量が決まる訳だ。

 今は、カーボンニュートラルとか、排出枠取引とか経済性ばかりが関心の的だが、各国が許容排出量に到達出来ない場合には、余裕のある地域から権利を買うというのは基本的に間違い無いけど、少なくとも、それだけでは貧富の差、発展の差は埋まらないし、国力の在るモノ勝ちになるのは目に見えている。
 他地域から排出枠を購入したら、購入地域の生活レベル、食糧問題、文明の発達レベルを引き上げる義務を明示化するというのが必要だろうけど、今の風潮を見ると、金勘定と利権、利己主義のみがまかり通っているようにも見える。

 こんな詳細は兎も角、総意として50%減というのは簡単に合意しても良さそうなのに、、、、。

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2008年7月 8日 (火)

町内会新聞、、、、?

 週末に回覧板がやってきた。
 中を見ると、何やら体裁が少々変わっている様子、、、、、、。で、内容は、、、、、、なんか知らないけど、地域の結束を高めようとするような意図が見え隠れする、、、、なんとも違和感を感じる。

 前は、要件だけを箇条書きにした一枚モノのA4サイズ書類がバインダーに鋏んであっただけだが、今回からはB4サイズの中折れ書類の両面にびっしりと印刷してあるもの。

 元々は、その書類を読んだらサインして隣に回すというスタイルだったのだが、組毎に中折れの書類が世帯数分鋏んであって世帯が取るように書かれている。思いっきり無駄であるし、重要案件がくだらない文章に埋没して見難いモノ。デザイン的には、区画割が几帳面に区切ってあり、統一感の無いフォントスタイルを項目事に変えてある書式。
 内容は、、、、、昭和30年代の遊びを子供達に伝えよう!?とか、、、、、、地域の高齢者趣味(偉大なる?尺八演奏家?)の人に感謝を捧げよう!?とか、、、、まじかよ!?って状態。
 そんな雑断の中に小さく、夏の大掃除ネタが書いてあるのだが、大掃除の日時を知らせる時期の回覧に、くだらない文章を入れすぎるのはなんだか????って感じである。

 大体、B4サイズのフォーマットを使うという時点で古めの人か?段落がチマチマとしながらも、丁寧に区切った分け方からも、小さい事に拘りすぎて大局が見えない性格が想像されるというと言い過ぎか?

 この時期の回覧で各世帯に知らせたい事は何か?を考えて、要らない情報でなく必要な情報を確実に伝えるのが回覧だが、老人の戯言をグダグダ書いて、その中に小さく大掃除って記入していたら、書類をパッと見て丸めて捨てるって状態になりそうで、、、、、

 この資源を大事に!とかエコスタイル!って時代に、どうでも良い雑ネタをびっしり埋めた新聞?を世帯数分印刷して配るというのは、何とも時代に反するというか、時代錯誤というか、本来の伝えるべき情報の伝達性も失うというか、、、、

 まぁ、どうでも良いのだけど、町内会の回覧は、書き手の自己満足の道具では無いのに、、、って思ったりする。

 情報発信で個人の自己満足を得るならば、最近話題のブログでも開設すればOKだ。
 なんでも、開設されたブログの殆どが休眠ブログで、生きたブログのかなりの割合がスパム系ブログという世の中。書きたい人、伝えたい事があるなら、そんなブログ界に行くのが良いのに、、、、、

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ガソリン高

 月曜日に一月ぶりに給油した。
 本日のリッターあたりの価格はレギュラーが181円ということ。本日の給油価格が7096円ということで、7000円オーバーは初めてか?というところ。

 車の使用は通勤と週末の買い出しオンリーであり、走行経路は自宅から団地の裏を越えるという山越えと渋滞が通常の市街地という組合せであり、この区間では燃費は非常に悪い。しかし、遠出等をすれば結構燃費は良い。通勤区間オンリーでは9~11km/リットル、週末の買い出し等の平野部分が多いと12~14km/リットル、休日の家族ドライブでは16~18km/リットルというところ。

 因みに、車はエリオという車で、スタンバイ四駆ながら前と後の減速比が異なっており前輪が空転しない限りはFF車というモノで、1500ccのMT車である。

 居住地域というか車の使用形態はここ十数年変わっていないのだが、

この前のエスクードがDEターボのATで通勤区間オンリーで8~10km/リットルで遠出最高燃費が17km/リットル、その前のV6エスクードのMTが同じく5~7km/リットルから最高燃費が12km/リットル、その前の1300シエラのMTが10km/リットル前後から14km/リットル、660ターボのジムニーが7km/リットルから最高で10km/リットルというところ。その前は、学生時代に遡るので生活空間が全く異なるので比較できないからパスするとして、今のエリオは燃費的に相当優秀なのである。

 にも拘わらず、満タン一発で7000円オーバーとなるとガソリン代も高くなったものだと思うところである。今は現金買いすると10000円で釣りが寂しい感じ。一昔前のリッター価格が90円台の頃は5000円でも釣りが沢山という感じであり、支払う際の直感としては、昔は3000円台で5000円札で支払う事も少なかったけど、今は一万円札で払う事が多く、雰囲気的には3倍という感じである。

 まぁ、それでも月に一度以下の給油であり、ガソリン代の家計負担増は3000円未満なんで良しとしているのだが、思い起こせば、昔V6エスクードで月に4万円オーバーの燃料代を払っていた時に置き換えれば燃料代は8万円オーバーになる訳であり、そうなると相当堪えるのが想像できる。
 因みに、エスクードのV6は当時の走行距離で燃料負担が重くのし掛かっていたのが理由でDEターボのエスクードに一年で乗り換えたのだが、当時を振り返ると月の燃料代が4万円以上だったのが2万円以上安くなったのを思い出す。

 当時、V6が140PS/18kg・mだったのがDEで76PS/17.5kg・mと大幅にパワーダウンしたのを危惧していたのだが、実際運転すると高速道路以外では結構マトモで良い意味で期待を裏切られ、乗らず嫌いだったディーゼルエンジンが実は好きになったというモノだった。結局、パワー不足が理由でなくATというミッションが性に合わずエリオに換えたのだが、、、、エスクードのDEからエリオのMTに換えても燃料代は殆ど変化無かったのだ。

 さて、そんな昔の事を考える程に燃料代が高騰しているのは現実であり、実際、自動車の利用っていうのは少しずつ控えられていくのかもしれない。まぁ、燃料代高騰で車の使用が控えられ、二酸化炭素の排出が抑えられるっていうのは皮肉なモンである。そんな状態ながらも、実際に発表される新車の多くが、大排気量、大パワーを謳っており、なんとも不思議な感じを受けるのも確かである。

 地球温暖化で最初に被害を被るのは水没しそうな島国だったり、砂に埋もれそうな砂漠地域の都市で、先進国は最後ってパターンみたいだけど、車の利用者にしても、燃費が家計に締める割合の高い家族が最初に車の使用を制限されて、高級車やスポーツカーユーザーが最後という風になりそうで、何にしろ、弱者が最初に影響を受けるっていうのは、何とも皮肉な現象である。

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研究って?

 この週末は、大手製造業の研究部門の長の方と話す機会があった。

 で、研究とは?という話が出てきて、当たり前ながら、みんなが忘れている事の話が出てきた。

『研究なんかは100とか1000のアイテムを取り組んで、実を結ぶのは多くて三つ程度。』

って話である。その実を結ぶ研究っていうのは、最初の思い付きの段階は、殆ど誰もが関心を持たない、気が付かないというモノの場合が多く、逆に、誰かが何かをやっているという情報からスタートする場合は、既に情報が漏れてきている段階で、先行者が居て、結果として競争力は持てない事が多いとの事。

 正しく、そうである。

 誰かが何かをやっているから、我が社でも、、、、ってノリでは結果が利益に結びつかないばかりか、時間の浪費で終わるのでは?とも言っていた。

 これまた、正しくそうである。

 一方で、若い世代には、研究とか開発という言葉に憧れる人が多いとも言われていたが、コレもまた、正しくそうだ。

 研究とか開発とかの言葉は、言葉が持つイメージ程カッコイイものではない。特に、初期の起点から行う場合は、全くの無から立ち上げる場合の方が多く、その無の状態から何かを生み出す過程っていうのは、非常に泥臭く、幼稚くさく、無意味っぽくも見えるものである。そして、そういう格好悪い期間は思いの外長く掛かるものだったりする。

 そういう格好悪い、泥臭いという準備期間が実に長く、その長い潜伏の時に組織的な制約や、担当者のモチベーションが尽きると、実を結ぶ前に朽ち果ててしまうものでもある。
 そういう長い期間の印象を、単に憧れる人っていうのは知らない場合が多い訳である。

 更に、その長い期間において考える事っていうのは、いろんな現象を多方面から基礎的に見て考えるというという事であり、実は、憧れて実践するには、相当に幅広い知識で原理的に見つめてイメージするという作業が必要であり、そういう知識と見方と根気というのば要求されるものということだ。

 だから、そういう何か新しいモノを生み出すには、発端の部分は、それを担う個人の仕事なんだが、組織としては、そういう個人を労る?ように計らうのが大企業としての考えということらしい。

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最高心拍数、調査中。

 昨日から表題の最高心拍数について調査中である。

 殆どの情報源では、最高心拍数は年齢の関数で、加齢と共に下がるモノ、、、、って説明。更に断定的な情報では、220-年齢で表されるとか、、、、

 しかし、昨日の記事で書いたように、そういう数式では当て嵌まらないし、色んな人のサイト、ブログを見渡しても、必ずしも式通りの人ばかりという訳でもない。
 自分と同じく、最高心拍数で200越えって人も少数だが見掛ける訳だ。自分でも日曜日は心拍モニターの最大値を200にセットして走ったのだけど、ピーピーと警告音が五月蠅すぎであったのが現実。

 結局、最高心拍数ってのは、一分間に駆動する心臓ポンプのストローク数を表すモノで、心拍数が大きいってことは、筋肉を始めとした作動部分が血液(栄養分、酸素)を要求しているということ。
 エネルギーの要求量が高いということで、更に言えば、それに相応するために身体を動かしている結果ということでもある。
 身体を動かす事が出来るかどうか?というと、実質的に多くの筋肉をどれだけ速く動かしているか?ということであり、その筋肉の量と速度と、心臓の吐出量の関係で心拍数が決まってくるモノである。

 そんな色んな要素が関わり合っている訳であり、最高心拍数っていうのが幾らか?っていうのは、良く言われている式の如く、単純には決まらないのでは?というのが素直な感想である。

 最近は、トレーニング理論がどうの、最高心拍数の公式が何で、運動強度60%で云々、、、、が効果的ってあるのだけど、そういう数字を気にするのは、なんだか不健全な気もするところである。
 チョット気にして、考えたのが最近興味の関心アイテムである最高心拍数だけど、これとて納得できる説明は無い、、、、。

 ふと思ったのは、中学~大学時代の運動部では、そのような心拍数が何で、、、、って理屈は二の次三の次で、殆ど誰も知らなかったし、誰も関心を持てなかった訳だ。それでも、ガキの頃から運動に取り組んでる奴は、皆巧いし、運動能力的に優れている。彼らの多くは理論や理屈で行ってきたのではないだろう。
 結局、何かをする際には、最低限必要な道具や環境があれば適当に使って過ごしている。更には、その中で頑張れる範囲で頑張ってってスタイルで過ごしてるのが殆ど。そうやって過ごした結果、技能も体力も鍛えられているのが現実である。

 となると、最近よく見掛けるマフェトン理論、心拍数、運動強度云々を気にする事自体無意味かなぁ?とも思うところである。

 そもそも、人間が運動にしろ勉強にしろ意志を持って活動するという状況で、意志が継続できる限界値っていうのは、本能的に命に関わらない限界値には到達しないのが現実であり、運動の内容がどうこう言う前に、例えばダイエットならば、絶対的な消費カロリーの積分値が大きいのが絶対的に効果が最大である訳だ。
 つまり、歯を食いしばって出来る最大値っていうのは、個人差によって決まる個人の能力(各器官の能力)の総合力によって決まるもので、最大値なんかは各人が頑張ってみないと判らないというのが真実であり、ダイエットというならば、出力×時間=運動量が最大の条件が最も効果的というのが真実では無いだろうか?あんまり難しい理屈を考えずに、自分で感じる最もハードな運動をなるべく長く行うのが一番単純で判りやすい気もする。

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2008年7月 7日 (月)

維持可能最高心拍テスト

 今日は久々の晴天ということで、朝っぱらからラングスターで久々に出動。
 で、目的は、最高心拍数テストである。

 最高心拍数っていうと、一般的には数値計算で求める方法が使われている。前の記事でも紹介したけど、

http://replica2st.cocolog-nifty.com/diet/2008/06/post_aff0.html

1.[最大心拍数]=220-[年齢](運動習慣のある人は210-[年齢])
2.[最大心拍数]=204-0.69×[年齢]
3.[最大心拍数]=男性で214-0.8×[年齢]、女性で209-0.7×[年齢]
4.[最大心拍数]=1.1×[安静心拍数]+115

ってところが有名どころ。

でも、これはあくまでも計算式であり、個人の状況を示したモノではない。で、

http://replica2st.cocolog-nifty.com/diet/2008/06/post_31d9.html

でも試したように実走でも試した事もある。

・往路を16分44秒
・瞬間最高速度:54.4km/h
・最高心拍数:194bpm
・平均心拍数:174bpm
・平均ケイデンス:127rpm
・最高ケイデンス:168rpm
・復路を17分26秒
・瞬間最高速度:53.2km/h
・最高心拍数:192bpm
・平均心拍数:168bpm
・平均ケイデンス:129rpm
・最高ケイデンス:164rpm

・往復合計消費カロリー:645kcal

って奴だ。

で、今回は、最低でも5分程度の維持可能(鼻歌可能)な最高心拍数の瞬間最高心拍数アタックを行ってみた。

結果は、

・最高心拍数:202bpm
・維持可能最高心拍数:184bpm
・平均心拍数:178bpm

ってところ。この辺りが実走での限界のようだ。

しかし、ここで思ったのが、一般に220-年齢って式で求めると、どう頑張っても180bpmには到達しない筈。最大心拍数は頑張れる限界って定義とすると、180bpmレベルなら維持出来るということは、少なくとも180bpmは限界でなく、心拍モニターの数値から判断すると200bpm以上、これは計算式から大きくずれるもの。

何故か?

最大心拍数をネット検索を掛けても殆どが上述の式に留まるところ。では、何故に、年齢数値とは大きく異なる数値が何度やっても計測できるか?が不可思議なところ。さらに言えば、この202bpmを記録した時も、気分的には余裕がある状態。

ところで、この計測実績から最高が202bpm、安静時が42bpm(夏場)であり、巾が160bpmで、運動強度60%で138bpmとなるのだが、仮に運動強度が138bpmで60%となるような他の人の最大心拍数、安静時心拍数の組み合わせは他にどうか?っていうと、、、、

(138-最低心拍数)/(最高心拍数-最低心拍数)=60/100

であり、690=3×最高心拍数+2×最低心拍数となる。

で、最高心拍数が160程度の人なら最低心拍数が105、最高が180なら最低が75の人でも同じである。同じ心拍数で同じ運動強度となる訳である。まぁ、同じ運動強度だから同じ出力という事は無いのだけれども、最高心拍数が高く、安静時心拍数が低い人でも運動強度60%っていうと、最高心拍数が低く、安静時心拍数が高い人と同じ心拍数の運動って事になる訳だ。

マフェトン理論なんかでは、心拍計を使って運動強度、、、、、って話だが、其処までシビアに言わなくても、ぶっちゃけた話、140bpmくらいで運動したらきつめの有酸素運度って括りでも良いような気がするところ。大体、最高心拍数ってのが220-年齢って式が少なくとも自分には当て嵌まらない訳で、となると、大部分の人にとっても当て嵌まらないような気がするところ。

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2008年7月 6日 (日)

梅雨明け間近?

 この土曜日は、予報に反して午前中は激しい雨、路面はヘビーウエット、午後は所要があって、夕刻前から出ようか?と思っていたら急激に暗くなってきて再度雨、、、、
 ということで、この梅雨は週末に狙いを定めたかのような雨続きである。

 ところが、近隣の四国では梅雨明けして、中国地方も梅雨明け間近って状況だ。梅雨入りも今年は6/11で平年より5日遅い。梅雨明けは、恐らく日曜日中だろうけど、その場合で、平年より14日速い状態。となると、異様に梅雨自体が短くなる。雨も週末こそ降ったけど、全体の降水量は圧倒的に不足気味であろう。

 この日曜日、今週から夏本番!ってなると、長い長い暑い暑い夏がやってくる訳だ。それにしても、この梅雨の雨の降り方は長雨って感じでなく、集中豪雨的、スコール的である。まるで、温帯というよりも亜熱帯、熱帯に近い降り方に感じるところ。

 気候の変化というのは、人生振り返ってみると随分と変わってきているようだ。このブログでも最近は環境ネタの記事が多いけど、テレビ番組にしても今週はかなりの割合で環境ネタ、温暖化ネタの番組が多い。まぁ、洞爺湖サミットに併せてのプログラムだろうけど、環境問題っていうのは放っては置けない問題である。

 話が余所行くけど、夏は体温も上がる。すると、自分は減量以降、夏の血圧が異様に低下する。上が90、下が50を下回る事も珍しくない。そうすると、眠たいのとは違い、視界が真っ暗になる事しばしばである。チョットやばい感じである。そんな時の心拍数は高くなっているのだけど、それでも血圧が上がらない状態であり、一種の疾病状態だ。
 一昨年の夏にフラッと倒れたのも同じ理由。冬は冬で、血圧が高めで、心拍数が35未満で止まりそう、、、、これはこれでやばい訳だ。自転車、水泳にのめり込みすぎると、春と秋しか生きれない生き物になったりして、、、、。

 そうは言っても、日曜日は多分、晴れだろう。朝っぱらからラングスターTTで出撃予定。明日は、暑そうなんで半ズボンで出撃予定だが、レーパンでは無い。

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2008年7月 5日 (土)

原油高は必然だ。

 連日の高値更新である。原油も終値で1バレル145ドルを突破とのことである。

 原油価格が高騰すると、生活資材の多くを石油から調達している経済活動においては全面的な物価高を招く。結果、じり貧になっていく訳だ。

 因みに、日本は原油にどのくらい頼っているか?っていうと、一日あたり70万トンの原油を消費しているのである。これは、一体どういう事か?というと、巨大タンカー(全長300m以上で戦艦大和より巨大。新幹線16両編成級の全長)3隻分の原油を毎日輸入し続けているという事だ。つまり、毎日3隻の巨大タンカーが運んでくる原油を継続的に消費しているということ。

 そんな日本故に原油価格高騰は経済活動に相当なダメージを与えるのである。

 しかし、これだけの原油消費によって世界の5%にも相当する炭酸ガスを日本一国で排出しているという現実もある訳だ。炭素換算で61億トンの5%というと3億トン相当の二酸化炭素を日本は排出しているのである。人口構成から言うと、僅か1.8%程度の人口で5%もの環境負荷を与えているのも現実である。

 このような状態では現代日本においては経済活動と環境保護の両立は有り得ないということにも繋がっているのである。

 原油価格が高騰する。輸入資材価格も高騰する。加工製品価格が高騰する。世界に対して製品の競争力が無くなる。円安が進行する。、、、、このスパイラルで日本の経済面における国際的地位、競争力が今より低下するのは間違い無いところである。

 しかし、冷静に考えると、実力以上に経済的地位が高い状態が今である。

 今後原油価格が高騰して、経済力が低下する。すると、原油を含む資材を海外から調達する事自体が困難になる訳だ。そして、どこまで進むか?というと、環境から考えると、輸入原油量は炭酸ガス排出量が5%、人口が1.8%ならば、原油輸入量は多くても今の1.8/5=36%(1/3)程度に留めるべきだし、地球の炭酸ガス吸収能力に照らし合わせると長期目標的には18%(1/6)程度に留めるように為らざるを得ないのである。

 今の原油価格高騰を招く投機マネーの動きを否定する論調もあるけど、そのような経済活動を含めて自然な成り行きであり、地球というシステムが存続するための必然的な動きと捉えることもできる。大きなシステムが防衛機能を働かせた結果、投機という動きに現れて、人口比率的に炭酸ガス排出割合の過剰な地域における原油消費を抑えるような変化が現れているだけのようにも思えるところである。

 つまり、現代日本(先進諸国)の状況を修正すべく(エネルギー変換を促すための)変化であり、この原油価格の高騰って変化は、必然ではないか?とも言えるのである。
 現状、どの程度迄、今の流れが進むか?を単純に想像すると、世界の生活水準と日本の生活水準が近づく程に、日本に分配される原油比率は人口比率に近づくのが道理である。世界の全てが同じような生活水準となるのは暫く先だろうけど、少なくとも、新興国グループの生活が日本と同じ様になるのは時間の問題。新興国(BRICs)の人口は中国が13.3億人、インドが11.4億人、ブラジルが1.9億人、ロシアが1.4億人で28億人で世界の人口の40%以上を占めている訳であり、ここの生活水準(1人あたりの消費エネルギー量)が上昇するにつれて、日本に分配されるエネルギーも減る訳である。究極的(エネルギー分配率が等しくなり、温暖化ガス収支が平衡となる)には1/6、当面(エネルギー分配率が同じ)が1/3が取り敢えずの目標か?

 様々なエコノミストの予想とは全く異なるけど、温暖化ガスの物質収支と世界の地域の発展というのを考えると、許される原油使用量は究極的には今の1/6となる。つまり、1/6しか買えなくなる訳で、最悪の場合、価格は6倍になるかもしれないということ。ただ、代替えエネルギーのコスト競争力(バイオエタノール等製造コスト)から今の2倍程度の原油価格で新たな競争が生まれるので、原油価格が今の二倍以上となった段階で、環境負荷の無いエネルギーへのシフトが生まれるだろう。目安は、今の二倍というところというのが私の想像だ。
 分配エネルギーが1/2、経済力が不変ならば、エネルギー単価が2倍っていうのが単純計算であり、となると原油価格は今の倍で300ドル/バーレルとなる訳だ。
 因みに、原油価格の上昇はこの一年で二倍になっており、後1年後に迫るのかもしれないが、原油価格の高騰が進む程に、エネルギー置換が進みやすくなる。環境の事を考えたら、一気に値上がりした方が良いのでは?とも思うのである。

 ニュース報道では原油価格の高騰で物価上昇、生活苦、政府無策といっているけど、少なくとも原油価格高騰が続けば、原油調達が困難となり結果、原油消費が減るという流れになる訳で、この状態が続き、日本の経済界が一度リセットされる方が良いようにも思うところである。

 色々考える事があるのだが、ここ数年の昭和30年代ブームとかあるけど、高度経済成長前の当時のレベルに強引に戻される時代が来るかも知れない。

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故障からの帰還

 先々週、原因は分からないけど背中から左脇腹に掛けて嫌らしい痛みを感じた。骨でも無い、どちらかというと筋肉か?筋を違えたか?良く判らないけど、前屈出来ない程の痛みを感じたのである。痛みを感じたのが6/22の日曜日頃だったかと思う。

 これは筋肉痛とは違う痛み、しかし、故障痛という程でも無い痛みである。普通に自転車に乗ったり、ローラー台でブン回したり、或いは、スクワット、ベンチプレスが出来ない程ではないのだが、確かに痛みを感じていた。
 この痛み、日にちと共に気にならなくなったのだが、その状態で6/27(金)に水泳にいって3km程泳いだ後に、痛みが倍増して襲いかかってきた。
 しかし、日が経つにつれて痛みが気にならなくなって7月に入ると問題無い状態、、、、で、7/3(木)に再び水泳に出掛けてみた。泳ぐ際には、背中周りの具合を確認しながらの泳ぎ、、、勿論、泳ぐ量も速度も基本は不変であり、60分で3km程度というピッチを守っての水泳である。

 で、7/4(金)の朝の段階で、痛みの度合は増えていない事が判った。殆ど気にならない状態である。筋肉痛はおろか、故障痛が生じるような過度な運動は行っていないのだが、何故か、痛みを感じていた。この痛みは筋を違える等の軽度な故障だったのだろうけど、10日程度で回復できたので、取り敢えず安心である。

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