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2006年6月28日 (水)

格差社会

 最近、ニュースや報道で表記の語句をよく聞くようになった。所得格差の拡大、ニート、売れ筋商品の二極化・・・・これを格差社会という言葉で表現する。
 一連の報道を見ても、格差、平等という語句ばかりが先行しているような気がするし、政策論争を見ても今一つフォーカスが見えてこない。所得格差についても所得額の多少を格差と見なしているし、売れ筋商品の二極化においても価格差=格差としている。
 物事の優劣を金額的な側面だけで評価区分するのは難しいのでは無いだろうか?

 人間、生まれてから成人に到るまで、基本的に平等であるが、全ての人に等しく与えられているのは、生活する時間である。その時間をどの様に過ごしてきたかで、個人の価値観が決まる。例え、生活水準が低いと言われる層に属していたとしても、本人が満足しているのなら、それで良いのでは無いだろうか?昨今、出生率アップの施策として、各種手当てを政策論者の分類するところの下層区分に充実させるとかの話も聞くが、それこそ格差を固定化して階級化させるような社会構造を作るように思う。各人が過ごしてきた時間の使い方の違いが個人差であり、価値観の違いである。個人の生活設計、欲求もまた、様々であり、将来に何を願うか?何も考えないというのも、又、個人次第だ。

 目で見える、判りやすく言えば取得金額差を以て格差社会と騒ぎ、その上辺の差を埋めることを至上としているだけのように見える。これって、学歴社会における学歴偏重志向による受験戦争なんかとダブって見える。学歴を身に付けるのは、良い会社に入り高給を得るため。学歴を身に付けるには受験テクニックを修得するため。そのために親は子供を塾に入れる。これと変わらない。結果、みんな取り敢えず進学するとか、肩書きだけの社員・・・。何か微妙である。表面的な事に捕らわれすぎて本質を見抜いていないような気がする。本来、幼少教育においては好奇心、探求心を養うこと。そして義務教育においては、それらを追求するに必要な知識、判断力、訴求方法を与えることであり、これらをどのステージで発揮させるかを個人に委ねることが重要だ。個人の意志を尊重し、個人が目的を持って生きれば、少なくとも個人は己の環境を他に比較して格差を感じることは無いだろう。

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2006年6月26日 (月)

睡眠時無呼吸症候群

 今日、本社から車で事務所に戻る最中に聞いたラジオのニュースにて、心筋梗塞等の疾病発病リスクについて予兆的な症候群の併発状態についての報道があった。
 それは、睡眠時無呼吸症候群、メタボリックシンドロームについてだが、これらの一方の症状に該当する人は、他方にも該当している場合が多く、両方に該当する人程、心筋梗塞等の重大疾病の発生リスクが高いとのことである。
 メタボリックシンドロームは内臓脂肪肥満であり、血中脂肪である中性脂肪過剰状態であり、血液中の中性脂肪が多い状態であり、血液の流れが悪いというドロドロ血状態である。つまり、ドロドロ血状態というのは、血管が詰まりやすい状態でもあり、ニュース内容は至極当然という感じである。

 このような報道内容は、興味が無ければ聞き流すようなものかもしれないが、感心をもっていれば、報道されているニュースというのは、全て内臓脂肪に帰結していることが判る。メタボリックシンドローム=腹囲85cm以上というのは荒っぽいが、何はともあれ内臓脂肪を過剰に溜めると、昔でいう加齢による成人病と思われた疾病を誘発するという意味で、成人病対象年齢以外の若年層でも生活習慣によっては発症することを意味しており、家族全員で内臓脂肪を溜めないような生活習慣を維持していきたいものである。

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2006年6月24日 (土)

たばこ値上げ間近

 表題のように、たばこが7/1より値上げされる。自分の場合、セブンスターだが一箱280円から300円になる。ちょっと前は1000円で4箱買えていたのだが、最近は3箱だ。
 その昔はカートンで買っていたが、今は自販機で1000円分ずつである。ネット等に掲載されている調査では、一箱500円を超えたら禁煙する人が多いようである。

 そんな経済的な問題以前に、健康面で考えると、喫煙による疾病リスクの増大率は、内臓脂肪肥満状態のそれよりも遙かに大きいらしい。一本吸うと寿命が何年とかの話も随分聞く。企業においても、事務所内の禁煙からリフレッシュコーナーのみ喫煙可、新幹線等での分煙、将来は全部禁煙という風に、時代から排除されつつあるようだ。

 禁煙しようかどうしようかと考えることも少なくないが、どうも禁煙の決心が付かない今日この頃である。今は一日10本程度、週に4箱くらいのペースだから月5000円は使っているんだなぁ~と考えることもあるが、、、、さて、どうしたもんだろう。

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2006年6月16日 (金)

脂肪肝、頑張る。

 今日のニュースで興味深いネタといえば、生活習慣病、内臓脂肪肥満と切っても切り離せない関係の疾病状態である脂肪肝について。
 なにやら、脂肪肝になると肝臓が神経と脳を通じて指令を出し、全身の脂肪組織を燃焼させ、やせさせることを、東北大大学院医学系研究科の研究チームがマウスの実験で発見したらしいとのこと。内臓脂肪量を感知する脂肪センサーの機能を肝臓が持っているらしく、脂肪肝になると基礎代謝を上げるような神経信号は発するらしい。つまり内臓自体が神経的に防御機能を働かせるって意味か?だとしたら、凄いなと感心する次第。
 しかし、この機能を人為的に起こさせる薬剤の開発云々というのは????だな。基礎代謝を上げて脂肪の消費量を増やす「やせ薬」の開発に役立ち、糖尿病の治療にも応用できるらしいが、人体機能故に、その機能の制御というのは、肥満状態に陥ったとしても、最後の防御機能として身体のバランスの上に成り立っているはずだし、これを人為的に起こさせると言うことは、本来の機能発揮能力というか、その身体の不調を感知する機能が衰えることにはならんのだろうか?
 もっと単純に考えると、脂肪肝気味の人の身体というのは、本来基礎代謝が上がった状態になっている筈であり、ハードな運動でなくても脂肪燃焼が行える状態になっているという意味であり、ならば、軽く運動する癖を付ける方が良いような気がしないでもない。
 思い起こすに、自分の場合の最初に二ヶ月での急激な体重減というのは、脂肪肝が基礎代謝を高めていてくれたためで、その後の穏やかな体重変化というのは、運動量は殆ど不変、食生活も不変という条件なので、肝臓が代謝を高める作用を止めたためと考えると納得できる。
 どうも、西洋医学の進歩というのは、身体の神秘的なメカニズムを破壊しかねないように思う今日この頃である。

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2006年6月14日 (水)

コーヒー

 コーヒーが最近、見直されているようである。
 『あるある大事典』でもブラックコーヒーを食前、運動前に飲むと脂肪燃焼を促進するとかの紹介もあった。最近では、アルコール性肝硬変に対する予防効果もあるらしい。
 昔は、カフェインの摂りすぎは良くないとか言われていたが、大学時代の喫茶店入り浸り状態からず~っと継続的にコーヒーを飲んでいる。でも、コーヒーを沢山飲んでいても肥満にもなったし、恐らく、コーヒー飲めばOKのノリで、酒を飲み過ぎるとやっぱり肝硬変になるんだろう。
 あくまでも、飲まないよりはマシというレベルでは無いだろうか?
 今の生活では、寝起き、午前中、昼休み、午後、夕方、入浴後で合計6杯は最低でも飲んでいる。

 そう言えば、最近は喫茶店というものが20年前に較べると減ったような感じだ。昔は単車で乗り付けれる喫茶店が豊富にあったし、コーヒー自体も色々選べたような気がする。そして、結構色んな味があったけど、最近は、喫茶店で選べるというとブレンド、キリマンジャロ、モカくらいの店が多い。
 本当に旨いと思えるコーヒーをまた飲んでみたいものである。

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2006年6月 8日 (木)

矛盾かも、サイトとブログ

 当ブログの親サイトは、バイクネタ中心のホームページである。
 ライダーとして、遵法精神に則り、法令的に逸脱する行為はなるべく避ける心構えではある。しかし、法令云々に限らず、世間の情勢、時代の趨勢に照らし合わせて見ると、好きな単車が、HCを垂れ流す、オイルミストを撒き散らす2ストロークモデルであり、しかも、高回転型で音量としては小さくとも耳に残りやすい神経質な音を出すレプリカモデルだったりする。時代の流れ、環境問題という面から見ると、思いっきりアウトローであり、不健全かもしれない。むしろ、ノーマルアメリカンでまろやかツーリングを志向するのが、世間に優しいのかもしれない。
 そんな元サイトに対して、当ブログはライトウエイト2ストレプリカを扱うに見合った身体作りを目的に、極力、生体の自然の力のみで身体を作り上げていくというコンセプトで、時代のトレンドである安直ツール、サプリに依存しないことをポリシーとして掲げている。
 バイクの趣味の進め方、ダイエット&フィットネスの進め方は、或る意味正反対である。そして、それらの趣味の志向も所謂世間の多数派の進め方とは正反対だったりする。

 ただ、自分的に思うことは、どちらも人間の生物としての本能、野生に志向性の原点を求めているつもりである。軽く、速く、俊敏に、自然に、逞しくという幼児期の子供が憧れる方向性と或る意味一致している。

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2006年6月 4日 (日)

小さな食卓、大きな変化

 表題のタイトルで、NHKスペシャルが放送された。
 若年層における生活習慣病の増加を、子供達の食生活に原因を探る内容である。この食生活において、特に朝食の摂取可否、摂取内容と、子供達の生活習慣病の潜在的リスクの変化、体型の変化を関連づけていた。
 結論として、食生活において好きなモノだけ食べ、朝食を抜くというライフスタイルが栄養バランスを破壊し、代謝機能が低くなった老人のような身体への変化を促進し、過剰栄養と運動不足による肥満傾向、栄養失調状態による痩せ傾向、骨粗鬆症傾向を説明している。
 番組の結論としては、三食しっかり食べて、偏りの無い食生活を習慣づけることが、将来の健康維持には必要という流れである。

 特に、成長期における子供の食習慣の与える影響は、大人以上に大きなものだと思うが、ここに放送された内容は、大人達のダイエットの手法の正誤を評価するにも役立つものだと思う。単品ダイエット、栄養補助剤を主剤に置き換えたダイエット、過剰な摂取制限によるダイエットというのは、健康的な体型維持とは異なる、摂取障害、代謝機能低下による「やつれ」にしか繋がらないのでは無いだろうか?
 好きなモノを食べるのなら、それに見合ったバランスの他の食材も食べて、食べた量だけしっかり運動する。これが代謝促進にも繋がりストレスも感じずに健康的な身体を手に入れる唯一の方法だと思う。

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2006年6月 2日 (金)

メタボリックシンドロームは本当に怖いのか?

 今日は少し変わったニュースである。メタボリックシンドロームの定義である胴囲85cm以上で、高脂血症、糖尿病、高血圧の内二つの症状を発したら当てはまるという基準と、メタボリックシンドロームそのものの信憑性を疑うニュースであった。
 ニュースの流れは、日本の成人男性の胴囲85cmという基準が欧米の基準値に比較すると非常に厳しい、そして、成人男性の胴囲70~100cmの中央値に相当する等に疑問を投げかけていた。
 最近の国策的なメタボリックシンドロームという考え方の浸透手法の中で、成人男性の1/2が相当するとの報道があったが、成人男性の胴囲分布が70~100cmならば、85cmというのは、人数的に1/2になるとかの意見である。
 まぁ、85cmという数値基準自体に大きな意味はあるとは思えないが、高脂血症、血糖値、血圧等々の異常があれば、それは内臓脂肪に起因するという考え方自体は間違っているものでは無いし、予防保全的に内臓脂肪を除去するのに、生活習慣を見直せという警鐘を与えるのは、間違い無いように思う。
 ニュース報道では、メタボリックシンドロームと薬品業界の関係等に疑念を抱かせるような内容であり、メタボリックシンドロームと診断される人が薬品に依存するのでは?という流れの話であったが、メタボリックシンドロームという考え方自体は、重大疾病予備軍であり、生活習慣(運動、食事)を改めさせるという生活指導を促すためと一般的に言われており、それほど問題があるとは思えないように感じた。
 むしろ、ニュースタイトルにあるメタボリックシンドロームは本当に怖いのか?という表題のみで都合の良い解釈を行い、内臓脂肪過剰状態を放置する人が増える方が怖いと思う。
 メタボリックシンドロームから重大疾病に移行する要素で、内臓脂肪が主要因と挙げられているが、どの程度の異常が疾病を発病するかは、民族、個人毎の遺伝、体質によって様々であり、一意的な胴囲85cmというのは大雑把すぎるが、成人男性の中央値を狙って発表する真意の部分で、成人男性全体に注意を喚起するという意志が働いているのなら、国策的に、それはそれでも良いのでは無いだろうか?特に、社会を支える世代全体に当事者意識を植え付けるならOKだと思う。

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2006年6月 1日 (木)

日本の将来

 大袈裟なタイトルだが、最近のニュースで生活に関係しそうなことを少々、、、。

 一つ目は、メタボリックシンドローム。これは度々出ているが、中高年以上の世代における内臓脂肪肥満に起因する代謝異常状態で、重大疾病予備軍のこと。原因としては、内臓脂肪であり、原因は、栄養の過剰摂取、不適切な摂取と運動不足。中高年世代の問題としては、各人が運動するための時間を作ることが出来ないことと、不摂生な食生活をせざるを得ないこと、或いは、ストレス等によるアルコール過剰摂取が原因と思われる。

 二つ目は、自殺、過労死問題。自殺者は交通事故死亡者の数倍に及ぶが、自殺者としては、若年世代におけるイジメの対象も取り上げられるが、生活苦、仕事上のストレスによる者が多い。過労死というのは、肉体的、精神的な負荷超過状態による疾病発病で、オーバーロードが死に直結するに影響度が高いのは、上記メタボリックシンドロームのような内在的不健康状態だ。

 三つ目は、出生率低下による人口減。ニュースの切り口では女性の社会進出、地位向上云々というのもあるが、それだけでは無い。確かに、今の職場においても入社社員の資質を比較すると女性の方が優秀な場合が多いが、それだけではない。多くは、生活維持のための共働きというのが多いのではないだろうか?これは、相対的な男性の地位というか実力が低下し、男性のみの稼ぎで生活が維持出来ない、贅沢出来ないというのが現実と思われる。女性の社会進出に対する、男性の価値、信頼度の低下が根底にあるように思う。

 これらを別個のニュースとしてではなく関連づけて考えると、心身の健全性を確保するに必要な時間、手間を得ることが出来ないのが疾病予備状態になり、職場ストレス等の原因となる各人への圧力に抵抗する実力、気力が不足するがために、過労、ストレス性疾病を招くのではないか?そのような状況を正として社会生活を営むことを当然としているから稼ぎが低く、嫁の稼ぎに依存せざるを得ないのでは無いだろうか?という気もする。
 辛口に言えば、自己をリフレッシュさせる何かを持てず、環境圧力に屈し耐えるのみでは、究極的には破綻しか有り得ないようなイメージである。
 逆に言えば、自身を再生する世界を持ち、信念を持って行動できる強さがあれば周囲からの要求をストレスとは感じないだろう。その強さがあれば、どのような職種であれ携わる人間にとって満足できる生活が維持できるだろうし、仕方なくパートに出ざるを得ない配偶者の数も減るだろうと思う。

 このような現状は、生きる生活環境において目的意識が持てない人間の増加によるものでは無いだろうか?このような時代の変遷は、バブル直前からの義務教育指導要綱の簡略化と実体の無い個性尊重の名の下に進められた制度改革によるモノのように見える。人間性の確立における当時の教育の在り方が、現代の大人の特質を決定づけているように思う。小手先だけの改革では本質を変えることは不可能だ。
 日本という国が栄えつづけるには、今の状態はとても危ういように感じる。国民の社会基盤を支える世代の不健康化、弱者が永遠に弱者に留まる社会構造と、それによるストレス集中層の固定化、人口減と高齢化というのは、お互いに深い関係を持ち、対処療法的な政策では修正できないように思う。日本という国の国際競争力の低下へのスパイラルに陥っているように感じる。改善すべきは、教育制度かもしれない。教育制度改革における【ゆとり教育】というのは、好き勝手にさせるのではなく、各人にとって自信が持てる世界を案内し、各人にとっての精神の芯を形成させるために、多くの経験を与えてやり、その適性を延ばすことでは無いだろうか?
 少なくとも、自分自身は己の精神状態を良好に保つに有効な自分の世界を保ち続け、周りの外乱に影響されない信念と意志を保ち続けたいものである。

PS 私は、学習塾における就業、塾経営で十数年間、小中高校生及び、その保護者、家庭の問題と接し、見てきた関係上、以上のような感想を持っている。今は、技術開発と企業の運営形態、経営資源(人、モノ)の効率的運用を目指す職務に携わっており、その体験を通しての感想であり、見方によっては別の意見があるのも承知している。

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