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2006年12月22日 (金)

自己管理

 先の記事にも書いたが、自己管理こそが重要である。そして自己管理というのは、自身が取り組む問題を解決するには必要不可欠である。

 そういう自己管理とは別に、メインサイトの日記にも書いたが、社会における自分という存在を考えると、公共社会における規律、道徳を遵守する事も、やはり自己管理という意識の一つであると思う。公共の場において、決められた法規は当然で道徳を守るという意識は自己の行動を律する上では不可欠な意識である。

 誰も見ていないから、ゴミをポイ捨てする。急いでいるから車列を追い越して逆走する。イイ車に乗っているから狭い道で横暴な運転をする。こんな行動をやってしまう奴は、自己管理が出来ていないし、人に説教を垂れる資格など無いのである。

 このような意識を持てといっても生い立ち、性格を変えるのは極めて難しく、高齢者領域になると若輩者の意見を聞く素直ささえも失っているので質が悪い。

 思い返してみると、学校教育における教科というのは社会生活を営むに不要なモノは一切存在しない。他国の歴史、日本の歴史にしても、現代社会が現秩序に至った経緯や、それに至る立場の違いによって争い、戦争等が起こってきたことを理解するために存在しているとも思える。人間という生き物は特性として歴史を作る事が出来る。歴史を作る事とは文化を育てる事であり、それは1世代の個体の活動によって作られるものではなく、世代を越えて知識を引き継ぐ事ができるから、文化を高める事が出来るのである。勿論、文化を創る(世代を重ねて進歩する分野)という意味では、科学や技術の発展、秩序や法体系の熟成を含んでいる。

 このような理解はあくまでも一つの考えだが、私の場合、そういう意識を持って行動しているし、それ故に、学問の必要性も納得するし、趣味を始めとする行動で必要な手順が組み立てられると思っている(自分にとって未知の分野も先人の努力によって明らかとなった物が殆どで、その考え方を利用することで問題を解決したり、手法を組み立てる事が出来る)。当然ながら、社会の一員としての自覚はあるつもりで、その中で身勝手な行動を衝動的にとるという事はしないように気を付けている。

 身勝手な行動を公共の場で違和感無くしてしまうオヤジ連中は既に終わっている。なぜならば、彼らには法や秩序が何故存在し、それを守ることが社会の一員であるという自覚が薄いという、自己管理が出来ていない状態に陥っている。つまり、秩序を守るという必要性を認識できず、業と欲に染まっていれば己を改める指導さえ受け付けないからである。

 なんか、堅い、解りにくい文章になってしまった。現実問題として、完全に法を順守して生活している人は皆無なのが現実だが、法とは、人間同士の衝突を生じないような環境を作る(集団生活での調整)ために存在しているのが大原則であり、法令遵守の重要度を考えると、他人との衝突や迷惑を招くような行為(交通に関して言えば、夜間の爆音運転、歓楽街での暴走、渋滞路での逆走、交通量が少なくない場所での一時不停止、駐車違反等)は行うべきでない。

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