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2007年6月15日 (金)

百聞は一見に如かず

 今日、調理器具の後片付けをしていて、嫁と話しをしていたのだが、最近、我が家ではフライパンについての話題が多い。焦げ付かず、こびり付かないフライパンは無いだろうか?ということでだが、フライパンは1000円以下から30000円以上迄様々である。そして、料理をする上で、使い心地のよいフライパンが今の望みであったりする。

 最初は、半分使い捨てだからという割り切りで廉価なモノも使ったりしていたのだが、最近は概ね5000円以上のフライパンを選ぶ事が多い。それでも、値段に期待していた程で無かったりする場合も少なくない。また、値段の割には結構重宝しているフライパンもある。価格が違えば、製法、処理方法、形状、材質等々結構違うけど、その違いの何が便利か?は使ってみないと判らないところがある。
 そういう訳で、買い換える毎に、いろんなタイプのメーカーを見ては、商品を自身の知識の範囲で判断しては購入しているのだが、最初の印象通りか?というと使ってから気付く事の方が多かったりする。
 という訳で、我が家では、調理器具に限らず、台所家具等々に到るまで、その評判はともかく、自分で使ってみないと製品に対する決めつけ的な判断は行わない事が多い。

 これは、自分が自転車や単車に接する際の考えと、根本的に同じ考えだったりする。単車ならば、色んな単車に乗った上で、自分の感性に合うか?合わないか?だし、そのパーツにしてもそうである。自分の経験が無いモノに対しては、人の意見やカタログスペックっていうのは話半分程度としてしか認識していない。自分が乗ってどう感じるか?これが大事だと思っている。

 自転車でもそうである。単車以上に拘ろうと思えば拘れる要素のあるものだが、その拘りってのは、あくまでも自分の経験に基づいたものであり、自分の感想に過ぎないのである。自転車の材質の違い、グレードの違いってのも、自分にとって、その差が重要で無ければ、拘るポイントでないというだけである。ただ、その差っていうのは、人によって見るポイントが異なる訳であり、他人の意見を鵜呑みにするのは、如何なモノか?と思っている。

 周りを見渡すと、単車にしろ自転車にしろ、細かい事を聞いて、私の感想はどうか?を聞いてくる人もいるけど、その感想ってのは、あくまでも私の感想であり、私の感想というのは、私の経験と知識、技量に基づいて、自分の理想に対して必要か否か?の判断であり、その判断のバックボーンが、自分と聞き手は異なる筈なのだが、私の意見を聞いて、聞き手が、完全にトレース行動に入るのを見ると、????????????な気分になる。ましてや、その聞いた話を、さぞ自分の話のように第三者に伝えるとなると、???????????????????????となる。

 人の意見を聞くことは、悪い事ではないけど、盲目的に、その意見に支配されて、その意見を吹聴するってのは、どうも違うような気がする。そういう奴に限って、色んなモノを自分で試さずに、聞いた情報のみで良否判断している傾向が強い。目と耳だけの情報に支配されている奴ってのは、結局、経験が無い訳であり、人の意見のみで自分の行動方針を決めるってのは、金が掛からないようで、実は何も本人に残らなかったりする。
 それ系の奴は、自分の意志が無いような奴だったり、自分で自分のしたい事が判らない奴だったりするが、結構、そういう奴が多いような気がする。

 特に、自転車なんか(?)は、相当にグレードを上げても大した額ではない訳であり、どんどん自分の判断でトライをして経験を身に付ければ良いと思うのだが、100円、1000円をケチって、人の話に左右されるってのは、非常に情けないものである。

 特に、趣味の世界では、気になれば試せば良い。やりたければ、やればよい。鍛えたければ、自分で鍛えるしかないのである。それを繰り返す事で、経験が身に付き、自分の方向性が見えてくるものである。色んな言い訳を持って、試さない、やらない、鍛えない奴程、気になる疑問点を他人に求めたがるが、そういう奴は、自分で自分の感想を得る機会を自分で潰しており、考えるという楽しみ自体を自分で失っている事に気付いていない場合が多い。
 趣味の世界では、そういう経験を積み重ねる事自体が楽しい事であり、その経験から個人毎の趣味性が生まれて、趣味と長い付き合いが出来るモノである。他人から見ると完全なバカ野郎かもしれないが、自分は単車の乗り換え総数は三桁を超えている。現有車両も9台ある。自転車でも、通算購入台数は、20台以上で、現有車両は5台となっているが、こうなった理由は、単純に、乗って確かめたいというのがあったからである。そして、そういう経験が自分の今の判断のバックボーンにあるのも事実である。

 経験する事、遠回りする事を無駄な事と判断し、答えを他人に求める奴ほど、理想というのが幼稚で、稚拙な場合が多い。自転車ならば、競輪選手のようになりたいとか、ツールの選手並になりたいとか、何か、幼稚園児が仮面ライダーになりたいと言っているのと変わらないような感じである。園児が変身ベルトのオモチャで仮面ライダーになれると錯覚するように、ピストを買うとスプリンターになったり、高級ロードを買うとツールの選手並に走れる?と思ってる奴もいる。

 まぁ、それとて趣味の持ち方の一つなんだろうから、どうでも良いけど、少し不憫な気がするところだ。

 自転車で物欲がわき上がっている最中だが、そんな中、考えているのは、考え方によっては、必要無いパーツであったり、材質であったりするんだが、別の考え方では、逆に必要な要素になったりする。これも、モノに対する欲求の視点が変わるが故の話であるが、外から見ると、この視点の変化を理解せずに、不思議に思う奴もいる。
 趣味で楽しいのは、自分で何通りもの考え方を持つ事であり、それは、自分の考え方自体が一つでなく、視点を変えて様々に楽しめる考えを持つ脳の柔軟性が保てる点でもある。

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