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2007年7月31日 (火)

安部総理の歯切れの悪さ

 先の参院選の結果を受けて、政府与党の動きが情けない。
 今回の選挙では、安部総理が国民に発した一声が、

『私か(民主党代表の)小沢さんかの選択だ』

 ということで、訴えた結果、惨敗して首相の座に留まって責任を果たす?という話をしているようだが、如何にも歯切れが悪く、同じ自民党の中からも総理に反旗を翻すような意見も少なくない。少なくとも、総理本人の口に加え、周辺閣僚からも同じ論調で演説が為されたのは事実であり、口にした人間は、言葉に出した責任を果たすような行動をすべきなのは当然であるはずだ。

 今回の参院選挙では民主党が勝ったけど、現実、国民の多くが民主党政権を望んでいるか?というと、そうでは無いのが現実だとは思う。勿論、自公連立も望まれている訳でもなく、安部体制も望まれている訳でもない。
 確かに、政府与党の立場から見ると、与党にとっては強烈な逆風かもしれないが、この風向きを変える唯一のタイミングは、今現在、この時点における衆議院の解散総選挙に討って出る事だと思うのだが、今のタイミングを逸すると、安部総理にとっては更なる窮地に追い込まれるのでは無いだろうか?

 政治家に望まれるのは、世間の風を正確に感じとれる感性も一つの要素だろうけど、安部さんの最近の対応には、こういった感性が全く無いような感じに見える。この世間とのギャップが支持率の低下を招いているように思う。

 世間の評価というか風向きってのは瞬間的に変わるが、それは今迄の安部流からは考えられないようなサプライズが必要だ。そういうサプライズを与える最大のパフォーマンスが今このタイミングでの衆議院解散総選挙だ。
 もし、このパフォーマンスに討って出ることが出来れば、恐らくは自民党は選挙で勝つのでは無いだろうか?
 逆に、今守勢に入り、目先の対応に走っていく程に、民主党の思うつぼに嵌るように感じるところだ。

 国民世論としては、安部体制も望んでないし、自公連立も望んでいない。勿論、民主主導政権も望んでいないだろう。自公の連立を解き、新しい枠組みこそが望まれているのでは無いだろうか?今、この瞬間における解散総選挙を予想している政治家自体も少ないだろうから、この瞬間の解散っていうのは日本の政治を変える良い刺激になると思うのは自分の考えすぎだろうか?

 小沢代表が唱える二大政党制っていうのが理想だが、その二大政党制ってのは、今の自公連立VS野党という枠組みではない気がする。
 一方は格差容認での弱肉強食型のピラミッド制度、一方は極論すれば強者排除で弱者救済型の制度。小泉時代では前者が持てはやされ、現在は後者が支持を受けている。自民党の中にも二通り居るし、民主党の中でもそうだ。
 新しい枠組みで理念に応じた体制の方が判りやすい気もする。

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オーバーロード?

 最近は、週の始めの月曜日の特に午前中は身体が動きにくい。
 起床して朝食、出勤と会社に向かうのだが、会社の入り口の階段を上るだけで、えらく怠く感じるところ。その後の、朝のラジオ体操でも身体全体が鉛のような感覚である。
 この怠さは時間の経過と共に解消していくのだが、月曜の更なる問題点は、午後の時間帯における集中力欠損状態であり、衝動的に横になって休みたくなる感覚になる。

 こういうった症状は週が進むに連れて感じにくくなる。この症状を強く感じる時ってのは、大抵、身体の部分部分が怠いというか疲れているような感じであり、関節の可動範囲一杯迄身体を動かすと自然とアクビが出る感じである。

 思い起こせば、日々の運動を行っていない時代には、こういう感覚を受けた経験は無い訳だが、現在の週始めの怠さというか、疲労感というか、この身体の重さを感じるのは、週末にかけてピークを迎える運動生活による身体への疲労の蓄積と、疲労感によるものだろうか?とふと考えたりしている。一週間の中で一番疲労感を感じていないのが木曜日から金曜日の午前中。金曜日の午後からは水泳、土曜日はCR走行、日曜日はCR走行を二本以上、、、と少しずつ運動量が増加している訳で、金曜から日曜の運動による疲労が月曜にドッと出てきているのかも知れない。

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2007年7月30日 (月)

『肥満』が伝染する。

 ここ数日の肥満ネタで印象に残った記事が、表題の『デブは伝染する』って記事である。
 なんでも、親密な人間関係の人が肥満であるほどに、近い将来、本人も肥満になるリスクが高いという。

 別に、肥満ウイルスとかが感染するという訳ではないのだが、伝染するものだそうだ。

 ここで、肥満を誘発する因子は何か?というと、人間関係の中で影響度の高いライフスタイルが他人に影響するという質のものであり、肥満気味の人ってのは、摂取過剰のライフスタイルであり、そういう人と時間や考え方を共有する程に、似たようなライフスタイルとなり外見的に似通ったスタイルに陥ると言うことだ。

 これって、他人を揶揄する際に使う『馬鹿が感染する』という際の『うつる』と同じような言葉のようでもある。
 人間、付き合いというか人間関係を表す言葉で、『類は友を呼ぶ』ではないけど、同じスタンスのような言葉にも感じるところだ。
 特に、日本人に多い自己意識を確立せずに同調することで安心を得るタイプの人には、表題のような事が高い確度で言えそうだ。

 どんな人でも他人からの影響を受けながら成長するものだが、悪い影響を受けるよりは、良い影響を受けて成長したいもの。考えてみれば、社用で社外の研究機関に出掛け、優秀な研究者との交流の機会では、そういう人のすごさや知識の重要さって言う部分に気が付く事があるが、これとて、自分とは違う他人の形に影響を受けることであり、どうせ影響を受けるなら良い形から影響を受けた方が良い。
 逆に、程度の低い生き物は、見る程に不愉快になったり、自分が馬鹿になったりするような気になることも多いが、、、、そんな時は、なるべく、気にせず、見ずに、相手にせずってのが殆どである事が多い。

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参院選

 昨日の日曜といえば、鈴鹿8耐でも、ツール・ド・フランスでも無く、やっぱり参院選である。
 参院選の結果の予想は、選挙戦序盤の段階から民主党優勢の報道が為されていたが、そういう楽観ムードに乗らず選挙戦を指揮した小沢代表の執念か、結果的にも大勝という結果を得たようである。

 これを以て、民主党が国民の支持を得たということを示すか?って言うと、チョット違うのが本当のところだろう。
 今回の自民党の敗北は、民主党がどうこういう前に、安部内閣が勝手に転けたという印象の方が強いのが本当のところ。確かに、年金問題を争点にし、不払い問題を明らかにした民主党の功績はあるものの、今在る問題や事実へのコメントや問題提起ってのは、誰にでも出来る訳であり、立法府における資質の第一は、誰も言わない重要案件を見出し、第一声を出し、具現化した法案を示す能力であり、そういう資質があるか否か?を提示する事が、今回の追い風を支持に変える事が出来るか否かを決めるものである。

 距離を置いて見ると、民主党には法案立案能力に長けた人材がいるか?という目でみると、不足気味っていうのが素直な感想で、このまま、危機感を持たず、一時の大勝に浮かれて時間を過ごしたならば、本当の意味で政権奪取を可能とする機会となるであろう総選挙では敗退するのは目に見えている。

 取り敢えず、参院では与野党の立場が逆転する訳であり、このバランスの元で、偏りの無い国会運営が為される事を期待するが、どうなるだろうか?

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2007年7月29日 (日)

今日のテレビは、、、、

 今日のテレビ番組は選挙一色である。何処を見ても選挙、、、、。
 選挙番組で面白いのは、開票される前から当選確実の表示が出るところ。出口調査等で明らかになるらしい、、、、、。

 とそんなプログラムが多い中、CS放送では自由に番組が見れる。そして、今日は、ツール・ド・フランスの最終日でシャンゼリゼ通りに選手がやってくる。

 今年は、山岳、総合のランキングで新人選手がトップに名を連ねるという珍しい年である。よって、新人賞ジャージで走っている選手が居ない訳だ。

 そんなツールを時々観戦したけれど、200kmもの距離を速いステージでは平均で45km/h以上で駆け抜けるという超人じみた結果を出す。ただただ感心するばかりである。
 今年もドーピング問題で揺れたけど、そんな事は置いておいて、やっぱり世界最高峰クラスの自転車競技者ってのは何時見ても凄いとしか言いようが無い。
 ところで、今週末は参院選がメイン、ツールなんて極少数派、でも、実際は鈴鹿の8時間耐久レースがあったんだが、知っている人が案外少なかったりする。

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2007年7月28日 (土)

お疲れモード

 最近は少し疲れ気味である。
 チョットした間に強烈な睡魔に襲われるし、夜中の特定の時間帯になると、どにもならないような睡魔が襲ってくる。特に夜中の睡魔には絶える事が不可能な程の睡魔である。

 朝6:30に起床し、朝食と身支度後の7:20に出社、会社に到着してから冷水摩擦を10分弱程行い、午前の勤務、昼休みには昼食後に9km程の昼ポタに出掛け、戻ると午後の勤務。勤務時間中に会議でもあれば、もう最悪である。強烈な睡魔?に襲われる事がある。特に、話題の内容が薄く、自分的に会議する価値が無いなぁと思ってしまうと、集中力はどっか遠くに飛んでしまう。
 午後の勤務、残業勤務が終われば帰宅(残業勤務しない時は、残業時間に相当する間は100%プール+スポーツセンターに通ってるんで、帰宅時刻は残業の有無に依らず一定)するけど、帰宅すると、即夕食、その後は休む間もなく、食器類の後かたづけ、風呂掃除、下の子の沐浴、上の子との遊び(これが結構ハードで、ドッチボール、サッカー?、鬼ごっこにプリキュアごっこ・・・・・と30分程度)、そして上の子の風呂入れと来て、この時が9時前という時間帯。
 そこから下の子を寝かしつけて、ステッパーを40分、サーキットトレーニングを70分、サイクルトレーナーを30分という運動。この運動中は、今ならJ-sportsでツールの中継を見たり、過去のMotoGP映像を見たりで時間を使うんだが、これが終わるのが23:30~深夜の0時頃。それから自分が入浴してブログ等々を更新したり記事を書いたりする。記事は大抵この時間帯に書くけれど、サイトには反映時刻を予約して日中~夕方にかけて更新されるように登録。
 風呂から上がるのが午前0時30分頃で、それから一時のくつろぎタイムで茶やコーヒーを飲みながら一息ついて、午前1時頃に下の子が目を覚ますので、おむつの交換等々出来る事をやって嫁の育児に付き添って午前2時頃に睡魔にやられてダウン・・・・。

 以上が平日だが、週末や休日は、早朝、午後にCR走行を入れたり、自転車で出社したり、夕方に単車に乗ったりを入れて、それ以外の時間は1週間分の買い物に娘と二人で出かけたりと結構忙しい。休日の午後3時~午後6時迄は100%娘と公園で遊んでおり、自転車の練習、ボール遊び、砂遊びと結構ハードである。
 平日より休日の方が疲労が溜まるのが現実だ。

 こういう生活をずっとしているんだが、このところの急激な暑さにより、かなりバテ気味だ。

 忙しい忙しいと言っても、もっと忙しい人から見ると甘いのかもしれないが、自分的にはかなりヒート気味。もう少し、纏まった自由時間があれば、大がかりな整備、長距離ツーリング等も出来るんだが、自由時間が断片的過ぎるのが痛いところ。まぁ、断片的な時間であっても、その間は集中して趣味に接しているんで結構な事も出来る。勿論、判らない事を考える時間くらいはある。

 生活時間の過ごし方は人それぞれだけど、くだらない会議とか、趣味の世界でも馬鹿らしい話をされたりすると、ついつい不愉快な気持ちになってしまうところ。
 まぁ、忙しいとは言っても、少なくとも勤務時間中に難しい難解な問題に直面する事は皆無で、脳内的には相当ゆとりがあるんで、なんとか過ごせている訳で、仕事中でも脳細胞をフル回転させていたとしたら、きっと持ち堪える事が出来ないんだろうと思うところ。
 実際問題、休日の方が疲れていると断言できる生活だ。

 何にしろ、時間を自分なりに密に使い、体調不良をきたさないように体調管理、体力増進は努めてやらないといけない。

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2007年7月27日 (金)

激走!オッチャリ!!

 一昨日の昼ポタでの出来事だけど、昼ポタコースにしている広島の猿候川沿いの道だけど、結構なサイクリストを見掛けるようになった。まぁ、サイクリストというよりは、健康増進目的?のためにMTB~クロスバイクにのった中年以上のオッサン連中が多いんだが、、、。

 その中で面白いというか恐いというか、そういう人に遭遇した。
 自分は何時も通りに勤務先で昼食後の定刻に、いつものペースでいつものコースを走っている。ペース的には52T×14Tで90~110rpmホールドの速度にして30~35km/h走行なんだけど、対向車線を走っていた、かなり年輩のクロスバイクに乗られた方が突然Uターンしてきて追っかけてきた。
 最初は全く気付かず、信号で停止したら真後ろに居て、徐々に速度を上げて35km/h近辺で維持モードに入ると、後でゼイゼイ言いながら漕いで追っかけてくる。時折、後を振り返ると賢明に漕いで頑張っている感じである。

 最近はずっと平日は昼ポタ、週末はCRと定刻に決まったコースを走っているけど、季節が冬から夏に近づくに連れて自転車に乗られている方と数多く遭遇するようになってきた。遭遇する頻度が高くなる程に、自分的には迷惑なんだけど、無理矢理ペースを合わせようとする人に出くわす頻度も多くなってきた。

 公道なんだし、利用者同志に面識が在る訳では無いんだから、もう少し不干渉で居れないものだろうか?自分的には、自分より速い人には素直に道を譲るし、ゆっくり走っている人には一気に抜くだけだけど、決して、遭遇する人のペースに揃える(意識する)ことは無いんだけど、世の中、色んな人が居るようで、他人に対して自分のペースを変える人も結構多いようだ。

 まぁ、確かに他人を意識するってのも判らないではないけど、やっぱり相手は他人だし、相手が何を考えているか判らない中で、変に意識を持っても仕方ないと思うんだが、、、、。
 世の中の自転車ブログ等でも通勤バトル云々って記事も見掛けるし、見知らぬ他人に一生懸命付いて行けた云々って話も聞く事が多いんだが、相手の気持ちのモードがどうなっているか判らない中で、そんな事言っても仕方ないんでは?と思う事が多い。

 こういう変な意識を持つ程に、公道における周りの状況が見えづらくなり、下手すると、自身の怪我を招いたり、他人との事故に発展しかねない。公道では、周りに乱されることなく、意識としては常に冷静を保って過ごすという事が大事である。変な意識を持つ程に、安全第一の意識の中に隙が生まれるものだ。

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運動メニュー改編

 日々の運動メニューを少し変えようと考えている。
 今行っている運動と、運動による負荷の感じ方から無駄に時間を使っているような運動も少なくないように感じる今日この頃である。
 勿論、今継続している運動も始めた当初は一定の負荷を感じていたのは確かだが、毎日続けていると、その運動自体が運動に為っていないのでは?と感じる事が多い。

 例えば、水泳を例に挙げると、大昔の水泳部時代はともかく、社会人になって健康?のためと理由で復活してからは、既に15年が経過しているが、15年前の復活初回ってのは100m泳ぐだけでかなりの体力を消耗して運動しているという実感があったけど、その疲労度合の蓄積は日々減っていき、ここ数年では仮に連続して3kmという距離を一気に泳いでも、疲労の度合を特に感じることもなく、水泳後に1時間程度の筋トレを行っても何も感じないし、翌日に疲労が残るという事もない。
 今では、週に1~2回のペースで目安として連続3kmを泳いでいるけど、当初の状態では息が切れるようなペースで泳いだところで何も感じないのが現状だ。

 日々の運動では、ここ1年半程続けているエクササイズ機器として一世を風靡したステッパーというのがある。このステッパーにしてもやり始めの当初は同じペースで10分間行うだけで、相当量の汗をかくし、脚に疲労を感じていた筈だが、今は40分程行っても、汗の量も激減し、脚に疲労を感じるということも皆無となっている。
 サーキットライクトレーニングと称して1時間チョットの時間を掛けた運動でもそうで、やり始め当初は負担に思っていたスクワット、ベンチプレスといった運動も、殆ど抵抗無く行っているような感じであり、疲労を感じるということが皆無である。

 どんな運動でも不思議なもので負荷を一定のペースで行い続けていると、負荷を感じなくなり疲労も感じなくなる。こういう状態になると、何か運動を行っても効果を得ているのだろうか?という疑念が沸いてくる。
 古い考えかもしれないが、程良く汗をかき、程良く疲労感を感じて初めて身体の変化が現れるのでは?と考えると、今の状態は時間ばかり浪費して効果が得られていないのでは?という風に考えてしまう。

 ということで、今の運動メニューを見直して、自分に必要な能力をより高めて、運動していることが実感できる(汗をかいて、疲労感を感じれる)ようにしようか?と考えているところ。

 この度、試験的にサイクルトレーナーを531ロードと組み合わせて使っているけれど、他の運動器具に較べると運動後の疲労感が心地よく、同じ時間を使うのなら、サイクルトレーナーを増量して、他の運動を減らそうかなぁ?と考え中である。
 今の運動量に加えてとなると時間が掛かりすぎるんで、日々の運動に要する時間は長くても3時間未満、出来れば2時間未満にしておきたいところ。
 今はステッパー40分+サーキットライクトレーニング70分+サイクルトレーナー30分で合計140分、つまり2時間20分を掛けているけど、育児等々を考えると、これを2時間程度に短縮して、尚かつ、心地よい疲労感が感じれるメニューを作り上げていきたいと思う。

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2007年7月26日 (木)

今年のツールも佳境、、、

 去年、色んな問題に揺れたツール・ド・フランスが今年も佳境に入ってきた。

 今年のツールも前日迄総合首位のラスムッセン選手がチームを解雇となり後味の悪い展開になりそうだが、今年はツールの観戦をJ-Sportsチャンネルで生放送を見ているが、そこで解説者の方のお話の受け売りではないが、印象に残った話を少々。

 一つは、数日前の質問コーナーで日本人選手がツールで活躍できるか?との視聴者からの解答での話だが、ヨーロッパにおける自転車競技ってのは国民的競技でありサッカーに次ぐ人気を誇るプロスポーツであり、競技者を目指す人以前の自転車に関心を示す人数が異様に多く、その中で身体能力や運動センスの優れた人が最初の段階で集まりやすいということ。そして人気のあるスポーツ故に伝統や文化が存在し、それを目指すことが、幼少の頃からの憧れの上位に入っているというスポーツとしての位置付けを話されていた。これが、日本で言うところの、人気スポーツである野球に欧州の自転車が相当しており、それ故に才能ある人材が集まり、その大勢の中の選りすぐりのトップがツールに出場している訳であり、ツールの選手=日本で言うなら大リーグで活躍する野球選手に相当するという話。納得できる解答だと思うところ。

 自転車競技の人気というか認知度が低いのが本場で通用しない理由の一つってのも理解できるが、認知度が低いがために、自転車競技を普及させようという環境も整備されていないために、先日の競技者の事故のような事態も招くのかなぁ?と素直に思ったところ。
 認知度が高いスポーツならば、練習に適した環境が整備される訳であり、公道での練習における一瞬の隙が死に直結する事態も防げたのかも知れない。

 今年のツールでのもう一つの印象深い話というと、先のラスムッセン選手のドーピング疑惑という話だが、ドーピング=薬物使用という単純な印象を普通の人が持つけれど、実際は、ドーピングに関する取り決めや手順を少しでも逸脱するだけ(何らかの理由で検査を受けるタイミングを逸した等)でもドーピング疑惑となる可能性があり、そのドーピングへの過敏な対応に対する、定義自体が世間に知られていないがために誤解や批判を必要以上受ける可能性がある、、、、等の難しい問題が潜んでいるという事だが、なによりも、そのような問題が起こり、神経質になるほどに、この競技での栄誉はヨーロッパの選手にとっては大きなモノだという事が、逆に、自転車競技の人気の度合いを示しているということ。

 この二つの話題はともに、本場の人々の中での自転車競技の人気の絶大さを顕著に表しているものだということに、改めて気が付いたことである。

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2007年7月25日 (水)

公道における車両の運転

 自転車に限らず、単車、自動車、歩行者・・・・が雑多に、様々な目的で利用する空間、それが公道である。
 公道を利用する際には、利用者は様々な目的で利用している。目的は、生活道路として、ツーリングとして、運転の練習として、、、、、本当に様々な目的で利用している。そして、公道は、誰でも等しく利用する権利がある場所でもある。

 そんな公道を利用する際の利用者が負うべき義務とは何か?と考えると、現実を理解する事が先決である。つまり、公共の空間を利用しているのは自分だけではなく、自分とは全く異なる価値観、目的で利用する人がいて、その利用の優先権というのが存在していないという事を理解して、個人の勝手な価値観を他人に押しつけたり、身勝手な利用により他の利用者に不都合を与えない事を肝に銘じておかなければならない。
 つまり、負うべき義務とは、他人との不干渉であり、不利益を被ったり与えたりする危険を回避する事では無いだろうか?

 公道の利用に際してのルールというのに、道路交通法というものが存在し、この法律は公道の利用者間の無用な衝突を回避したり、利用者間の身勝手な使用で公共性が失われたり安全が脅かされる事を回避するために定められたものである。
 勿論、これが綺麗事というか建前であり、現実世界において、完全に道交法を遵守して公道を利用している人ってのは皆無に近いかもしれないが、少なくとも、道交法が目指すところの安全で衝突を避けるという理念に沿った運転経歴を持つ人は少なくない。
 事故や違反と縁遠い人ってのは、統計的に運転経験の豊富な人であり、そういう人というのは、公道に潜む危険を察知して回避する能力と、自分が公道を利用する上で事故や迷惑を周囲に与えないという分別を持っているのでは?と言える。

 実際問題、公道の利用目的は制限されるモノではないが、少なくとも公共性を保つために、他の利用者に対して迷惑や損害を与えないような分別と、利用に際しては様々な年齢層や危険な考えを持つ利用者、未熟な利用者がいることを承知した上での危険回避を可能とするような用心深さというのが、全ての利用者に求められているのでは無いだろうか?

 乗用車や自動二輪車における馬力自主規制等が過去には存在したが、そういう制限自体が事故を抑制することには殆ど効果が無いように思う。ホモロゲーション用モデルであっても、高性能スポーツカーであっても、利用者が公道における分別と用心深さを持っていれば事故は回避できるし、公共性を阻害する事もないだろう。

 先週の自転車事故では競技用自転車・・・・という意見も少なくないけど、競技用自転車でも法令遵守の装備を持てば道路での使用は許されるべきだし、競技用自転車を用いて練習目的で公道を利用することも構わないが、大事なのは、公道を利用しているという自覚であり、公道という雑多な公共空間の持つ本質を理解するという事が重要である。

 自分としても単車や自転車を公道で利用するに際しては、見知らぬ他人に対して競争心は抱かない!リスクを生むようなトライを行わない!という事を再度心に誓うのであった。あくまでも、自分の範疇で、自分の限界から見て十分以上のマージンを確保した運転で楽しんでいこうと思う。

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2007年7月24日 (火)

職場高血圧

 少し前、テレビ番組で高血圧の恐怖を番組で取り上げていた。それは、健康診断、病院での測定では正常であるにも関わらず、高血圧が原因の病で倒れるというストーリーだったと思うけど、この症例では、サンプル患者の一日の血圧の変化をグラフに表したモノで血圧の状態を調べて、実は高血圧だったというまとめだったと思う。

 因みに、このサンプルの場合は、勤務時間中に高血圧になるという仮面高血圧の一種である職場高血圧というのが紹介されていたが、職場高血圧ってのは、現代人の社会におけるストレス病的な色彩が強いとされている。それになりやすい人ってのは、職場でストレスを溜めやすい人でもあり、似たような職場環境による疾病では『鬱病』なんてものもある。

 果たして、こんな病が職場のストレスによるモノと総括して良いか?というと、疑問に感じるのが感想だ。どんな職場、職種でもストレス要因は存在しているはずだが、それをストレスとして負担を負うか否かは、個人次第であるように思うし、この個人次第の部分は性格というか、人格的な要因に依る部分が多いように思う。
 勝手なイメージだが、高血圧というと仕事中にカッとする人程なりやすそうだし、何故、カッとするか?っていうと、要するに腹が立ったりする訳であり、腹が立つのは指令に対する実現性を個人の中で評価した結果のように感じる。鬱病というのも、要は塞ぎ込む?ような状態というか考えが閉塞感で満たされた結果陥る現象では無いのだろうか?そうすれば、このような普遍的な負荷が人によって病の原因となる場合、ならない場合が存在するんなら、現代人の生活環境自体が病気の原因と考えるのは、少し抵抗を感じる。

 普通?の病気ならば、何かの菌やウイルスに感染するという普遍的な要因で疾病状態に陥るという因果関係が成立するけど、鬱病や仮面高血圧ってのは、同じ職場環境でも疾病状態に陥る場合、陥らない場合が存在する訳であり、職場環境自体が病気の原因とは言い切れない。寧ろ、発症する人の性格というか人格、生い立ちが原因では無いか?と思う事も多い。

 職種、職位による発症例の紹介は目にするけど、発症する人の人格、生い立ち、性格的な要因との因果関係の方がハッキリしているような気がする。

 何にしろ、普通、生物であるならば個体の生存本能というのがある筈で、自己が崩壊するような外的刺激からは本能的に防御機能が働くように思うのだが、、、、、それでも、内面にストレス要因を蓄積するっていうのは、責任感からなのか?そうだとすれば、生真面目すぎる気質がいけないのだろうか?或いは、理不尽な要求に反論することが出来ない不甲斐なさが原因なのだろうか?

 不謹慎だが、仕事さえも遊び感覚、ゲーム感覚で接すれば、こういうストレスからは解放されるような気がするっていうのは、駄目なんだろうか?ふと、そんな事を考えたりする。

 なお、こんな記事を書いた理由は、勤務先の休憩室(食堂)に、なんと血圧計が配備されたためだ。

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エアロバイク?

 これまで家庭用フィットネス機器として買ってきたもので代表的なものが、表題のエアロバイクである。エアロバイクは通算で二台程買ってきたが、何れも安価なフリクションタイプのバイクであり、フリクション用ベルトの摩耗とローラー表面の摩耗により、滑らかな負荷が掛からない状態となり廃却してきた。

 現在のダイエット生活では、機器としてはステッパー、腹筋背筋台、油圧ベンチプレス台を利用しているし、平日の昼休み、週末の早朝と午後という時間を利用して自転車で河沿いの道を走っておりエアロバイクの必要性ってのは特に感じていなかったのだが、今年の梅雨の末期の連続的な降雨によりペダルを漕ぐという事が少なくなったために、再度、エアロバイクを導入しようか?と考えていた。

 そんな考えの中、登場したのがサイクルトレーナーである。我が家にはトレーナー、三本ローラーと昔買ったモノがあるのだけど、三本ローラーについてはローラーの回転が渋すぎて自転車を載せて漕ぐとローラーを乗り越えてしまうという使い物にならない状態。まぁ、実際に使えたとしても音が異様に大きいんで夜間にひっそりと使うことは無理。トレーナーについても負荷ユニットから発する音は小さくないのがNGだが、エアロバイクを調達するよりも、先日完成した531ロードを利用してトレーナーを利用するのが一番ということで、負荷ユニットのオーバーホールを行いサイクルトレーナーを活用することにした。

 サイクルトレーナーもやっぱりクソ五月蠅いのだが、今のところ階下で寝る嫁、子供からはクレームが無いんで良しとしているが、このトレーナーで軽めの負荷にセットして90~100rpmで30~35km/hという速度で30分程漕いでいるところ。それと、負荷ユニットのみニシダサイクルさんで新品を補修部品で発注したところ。

 実際にサイクルトレーナーを活用してみると、エアロバイク等に較べるとポジション的に違和感もないし自然な感じ。いい汗かけるし最高である。
 因みに531ロードには両面のプロムナードペダルを用いているので、スポーツセンター用のシューズでそのまま使えるのも良い具合。実走では無いんでクリップ等は不要だ。

 このサイクルトレーナーを活用した運動、今は30分だが、後々は60分程度を目安に少しずつ時間を延ばす予定。しかし、もう少し静かなら言う事無いんだが、、、、、。

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2007年7月23日 (月)

身体能力の限界とビビリミッター

 先日、西DAHONネタの記事を書いた際にコメントを頂いた。
 そのコメントは、記事の内容を以て、身体能力が驚愕に値するという褒め言葉だが、こんなコメントを頂くのは、こっぱ恥ずかしいのが正直な感想である。

 勿論、記事の内容に、嘘や偽りは入れているつもりもないし、リアルで自分を知っている人も、このサイトを見ている訳で、嘘を書く事自体恥ずかしいので一応真実なんだが、それでも『驚愕』ってのは照れるというか、恥ずかしいというのが正直な感想だ。

 で、自分の自転車に関する現状を振り返ってみると、いくら自転車部やクラブの経験があるとは言っても、それは20年前の事。今の状態と過去の状態は何の連続性も無いし、当時乗っていた自転車は全て処分済み。そして、今自転車に乗っているのは、僅か1年前からという単なるリターンサイクリストとしてである。よって、知識も経験も浦島太郎状態だし、体力に到っては、最近のブームで自転車に乗り始めた同世代と大差無い普通なオッサン的な存在だと思う。

 そういう前提で自分が驚愕って思うなら、どんな人が相応するか?を考えると、それは、やっぱり高級な機材を操るなら、その機材ならではの世界を実現できる人かなぁ?と思ってしまう。
 高級スポーツ車、高級コンポ・・・・あるけど、そんなレーシングパーツが、役割を果たすような世界を具現化させる事が出来る人達ってのが、驚愕という言葉に相当する最低条件のように感じるところ。高級グレードの機材というと、今中継されているツールやジロの選手が使っているようなモノ。こんなモノが必要なのは、そういうレベルの人かなぁ?というのが正直な感想であり、そういう人の機材への拘りこそが本物のように思う。そんな機材の違いが判るレベルの身体能力や技量こそが驚愕に値するものでは無いだろうか?
 ぶっちゃけていうと、ロードでクロウスレシオ・・・って言うけど700Cで53T×12~16Tのクロウス領域が必要な奴って居るの?って思うのも一例だ。

 そんな考えで自分を見直すと、スピママ、西DAHON、オモイヨWW、ラングスター、531ロードと時代的にも車型的にも様々な自転車があるけど、どれに乗っても実質的に走り自体に大きな差が無いのが現状。比較的高い自転車から安い自転車迄、段数も単段から多段迄、ハンドルもドロップ、DH、ブルホン風・・・様々あるけど、どれも変わらない状態。
 この現状を言い換えると、自分の能力は自分の持っている愛車の能力以下という事であり、どの愛車の機能も完全に使いこなしているという訳では無さそう。

 ということで、やっぱり並か並以下レベルっぽい。自分の能力に合わせたギア、ポジションを各車に与えているけど、その状態では自転車による違いってのは殆ど現れていないのが現実。パーツグレードやブランドの差もホイールサイズの差も良く判らん。

 それ故に、今の状態で、高価な自転車に感心が無い訳ではないが、それを手に入れても、何にも変わらないという妙な自信を持っている(間違いなく盆栽的自己満足しか得れそうにない。大体、本音を言えば必要性を感じていない。)のが今の状態。自分の能力で自転車を操って、自転車の能力自体に本当に不満を感じるようになり、結果として引き出せる性能に差異が現わすことが出来るようなレベルになれば良いんだろうけど、まぁ、健康管理の趣味の道具なんで、そこまでは望んでいないのも事実。

 悲しいけれど、自分のレベルってのは所詮

                 『折り畳み自転車レベル』

ってところだ。

 自転車の場合は、その走りって部分では実質的に個人の身体能力に左右される。身体能力の限界に迄、追い込んだとしてもたかが知れているのが現実だが、単車の場合は、走行性能の引き出し具合ってのは、機械の能力、個人の操作能力以前に、心のビビリミッターが先に作用する。
 そんな訳で、実際に趣味として単車や自転車に接している時に、走りが臨界に達する際に効いてくるのは、単車の場合はビビリミッター、自転車の場合は肉体的な限界である。という訳で、同じ二輪でも単車と自転車に乗っている時に、その頭の中に『他人への対抗心』のような意識が存在するとすれば、単車の場合よりも、自転車の場合の方が速さに憧れる人にとってはダメージがでかいように思うところだ。なんたってビビリが入る前に肉体的に挫ける訳であり、駄目さ加減が身にしみるのは自転車だ。

 どんな人であってもスポーツ系二輪車に憧れを持つ人ってのは、心の奥底では『より速く』『より上手く』『人より速く』って意識があると思うけど、そういう思いが強く、それを具現化するためにモノに頼りすぎる程に、幻想が打ち砕かれた際のダメージが大きいのかも知れない。しかし、人の多くは、モノに大きな期待を抱く。面白い物である。

 そう言えば、単車でも自転車でもだが、自分の場合は、昔から一気にモノに大きな期待をする事がないのだが、それは、モノを揃えながらも夢が砕かれる事に対して恐れているという部分もあるかもしれないが、それ以上に、モノに相応しい自分を作り上げなければ意味が無いという意識を持っているからだ。単車を例に挙げれば、今でこそ2スト500が楽しいけれど、これに乗るに到るまでは、数多くの段階を踏んで徐々にステップアップしてきた。

 自転車でも、将来、競技的な側面に感心が再び出てくるようならば、それに見合った身体作りをするかもしれないし、それに見合ったモデルを作るかも知れないが、今の所は、健康管理の折り畳み好きなオヤジサイクリストレベルで満足している。自転車っていうとスポーツの道具っていうよりも、工作対象のオモチャって側面の方が強いのが今の現状だ。西DAHONやオモイヨWWは工作中はとても楽しかったなぁ、、、、。

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見掛けるロード乗りは2種類

 昨日はロードの集団を見掛けた話を記事にしたけれど、思い起こせば、CRで遭遇するスポーツサイクル乗りの方は二通りいらっしゃるような気がする。
 殆ど、皆さん格好良いジャージを着ていられるのは共通なんだけど、二通りとは、集団で先頭交代?しながら走っている人と、1人で淡々と走っている人だ。そして、自分が見掛ける時間帯ってのは、走っている時間帯が決まっている訳で、1人で走っている人は何時も1人で走っており、集団で走っている人は何時も集団で走っている。
 今考えると、ふとそう思ったところ。

 確かに何でも連むって事は楽しい事には違いないけれど、連む対象に対しての集中度というか、モノへの入れ込み様としては、1人で楽しむ方が深いように思う。
 単車でも集団ツーリングも楽しいけれど、純粋にライディングが楽しいって思う瞬間は、1人で走っている時の方が楽しい。自転車でもそうだ。極稀に朝練?という形かどうか知らないけど、他人と走る時の感覚と、1人で淡々と走る時の感覚を較べると、1人で走っている時の方が良い汗をかける。

 純粋に趣味に没頭するというか、そういう時間を楽しむというのは、子持ちのオヤジにとって貴重な時間で有る訳であり、趣味に没頭するには自分の世界に入り込みたいというのが自分の希望だが、自分の世界に入り込むにはやっぱり1人が良いように思う。

 そんな思いで最近のCR走行を振り返ると、先々週に太田川橋の自動販売機での休憩中に知り合った単独のロード乗りの方との会話ってのが楽しい一時だったと思う。基本は単独であり、休憩時間中に一言二言。こういうスタイルが最高だ。走っている時は1人、止まった時には誰か居る。そんな感じが望ましい。
 思えば、ワインディングツーリングでの峠区間では個々が勝手に走るのだが、その区間後の自販機前での一服タイムで後から追い付いてきた人と話をする。こういうのが一番楽しい。

 自転車で走っていると、挨拶や会釈が交わされるのは、やはり単独で走っているロード乗りの方の方が多い。集団の方ってのは、どちらかというと引率者以外は無口で寡黙な方が多い。休憩ポイントで会話するのも単独で来られた方ばかりで、集団の方ってのは集団の中だけで留まる感じ。走っている表情も単独で走っている方ってのは、笑顔が基本で結構凄い!のだが、集団の方ってのは結構真剣な表情(でも、CRで見掛ける一番速い!って思う方は、いつもすれ違う方で1人で走っている方)の割に微妙な感じ。

 1人で走るのが好きな自分だが、もしかしたら、単独で走られている方ってのは自分と同じ様な感覚を持たれているように思う。傾向的に集団の方が戦闘的?な意識が多いような気がする。確かに集団で走ると集団心理というのが働き、気分が高揚しがちになるのは判らないではない。自分もサイクリングに出掛ける時は、集団になるけど、そういう時はなるべくふざけた自転車で装備十分でまったりできるように心掛けている。まぁ、それ専用という訳ではないけど、それようの自転車が西DAHONという怪しい自転車だったりする。

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2007年7月22日 (日)

ロードはやっぱり一人が一番。

 今日は天気が今一ながら、何時も通りに二本程CRを走れた。そして、いつもとは違う体験をした。
 朝は雨天の中での思い掛けないハイドロプレーニング状態の初体験+固定シングルでの大カウンター大会。
 午後は偶然というか、どっかのショップと走る時間帯経路が同じになったがための集団走行。

 どっちが楽しかったか?というと、雨に打たれながらも驚きの体験が出来た朝のハイドロプレーニング初体験の方だ。往路は向かい風の中、天候を心配しながらもイイペースで単独で走れたし、帰路は追い風で脚にお釣りがある状態ながらも、路面コンディションによるタイヤグリップで制約を受けながらも全神経をグリップ感に集中しながらの40km/h走行が堪能できて、こういうコンディションの中で自分がどのようにリズムが作れるか?というのを最大限考えながら楽しむ事が出来た。
 午後は、基本は速度完全一定状態での走行中だが、途中追い抜いて完全にやり過ごしたロード集団が、信号のタイミング等で途中追いついてこられて来たので、自分のペースより速く走るのならということで、道を譲った途端にペースが落ちるというか、そんな状態なんで、追い付いて来て抜く気があるんなら、スパッと一気に行って欲しいのだが、微妙にペースダウンされると、抜き返すというか競る気が無いだけに必然的にペースダウンが強いられる。台数が多いと速度に関わらず渋滞しているような状態になる訳で、結構、脚の回転を止めがちになってしまったんで、気持ち良い川土手の道路での淡々とした走行が出来なかったのがNGだ。

 追い風でも向かい風でも、晴天でも雨天でもだが、やっぱり一人単独で淡々と自分のペースだけで走り続けるのが一番楽しい。自分としては他のサイクリストは眼中に無く、片道15km程の道路は40(±5、風向きや乗る自転車による)km/hで淡々と走り続けることで、心地よさを感じるってのが最大の楽しみであり、それより遅い人は抜くし、それより速い人には道を譲るという主義だ。淡々と自分の身体の状態と相談しながら走るのは、他人への気兼ねが無い分、本当に気分良いんだが、それが阻害されると悲しくなる。(見掛けても煽らないで下さいね!急いでいる人には道は直ぐ譲りますんで、、、、その代わり、先行されるなら、抜いたペースで一気に先にどうぞ!)

 まぁ、何にしろ、昨日二本、今日二本。この週末で合計120kmの距離を梅雨時の週末ながらも走り切れたのは良かったところ。
 来週は町内の公園清掃があるんで、いつもより一時間早く出発する予定。6時30分出発、7時15分着という予定。
 何にしろ、自転車に乗り始めて丁度1年だけど、結構気持ちよく走れるようになったのが嬉しいし、自分のペース自体に自分で納得して満足できている今の状態ってのは良い気分だ。

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固定シングルでハイドロプレーニング?

 今朝、ラングスターTTでCRを走行したのだが、往路はともかく復路はいきなりの雨である。それでも追い風だったんで、急いで帰ろうとしたのだが、パターン無しのドライ用タイヤ?のせいか、グリップを全くしない。
 40km/h以下では気にならないけど、45km/hを越えるとグリップ感ゼロで50km/h迄だすとホイールが空転してペダリングスリップのような状態となる。路面は排水舗装でない路面であり結構な水たまりがあるんだが、これが結構怖い。更には、緩やかなカーブでは一度、大カウンター大会になって危うく落車しかけたところ。固定シングルでストラップなんで転ける訳にはいかないので何とか持ちこたえたけど、雨の中、自転車の速度の上限は40km/h以下にせんと危ないのを改めて実感したところ。

 昨日のツールの中継では雨の中でのTTステージで結構落車があったけど、正しく、雨の高速走行の怖さを実感したところ。
 車ではハイドロプレーニングで怖さを覚えた事もないし、単車でも120km/h程度では感じないのだが、ラングスターでは40km/h以上出せばそういう怖さを感じる。

 良い経験をしたところ。今後は気を付けよう!

 ところで、ハイドロプレーニングって自転車でもなるんだろうか?因みに、乗用車を例に取ると、車重を1500kg、タイヤ4本で幅が16cm×10cm×4本として640cm^2ならば、面圧で1500÷640≒2.3kg/cm^2だが、自転車の場合は体重と込みで75kg、タイヤは2cm×5cm×2本とすると20cm^2とすると面圧で75÷20≒3.8kg/cm^2である。
 面圧差から言うと水膜が切れそうにないようにも見えるけど、水潤滑軸受なんかでは4kg/cm^2程度の面圧でも水膜が保持されたりする訳であり、定説では自転車はハイドロプレーニングは起こらないとされているけど、起きるような気もするところ。水膜の形成性という面から見ると、接地面に溝が設けられる程、水膜が出来にくいけど、スリックタイヤの場合は水膜が形成されやすい訳であり、自転車のロード用スリックタイヤの場合は一体どうなんだろう?

 厳密な意味でのハイドロプレーニングが生じたかどうか?は別としても、水たまりがあるようなヘビーウェット路面で45km/h以上の速度ではグリップが失われて滑走しているような感覚を感じたのは確かであり、その感覚が何か?というのは、体験すれば判るものだと思う。

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ロードの大集団

 今日、オモイヨWWで午後CRを走行していたのだが、復路の八木界隈でロードの大集団と遭遇した。
 信号待ちで集団の方が来られて軽く会釈して、そこから2km程の直線は集団の方は車道、自分は遊歩道だったこともあり離れたままだったのだが、山陽道高架橋下の信号待ちで再び後方に来られ、そこからも基本は別々だったのだが、単独で35~40km/hで走行中に途中から併走状態になった。
 併走状態は危ないので、即座に道を譲ったんだけど、途端にペースが遅くなられたようで抜き返すのも感じ悪いということで、何故か集団に加わる形で走った。しかし、最近のロードに乗られている方は、凄いレプリカジャージというかレーシングジャージに身を纏い、自転車も凄く高そうなモノに乗ってらっしゃるのに驚きである。コンポもジュラかアルテ、自転車もビアンキ、TREK・・・・最新のモデル達だ。その集団の中で自転車を見させて頂いたが、タイヤってのは黒とアメ色以外にもあるんだなぁ!ってところが新しい発見だ。

 その後、安芸大橋過ぎで休憩?のために停止される様子だったんで、その後は一人で南下して帰ったところ。

 結構な台数の集団で、一部の人は揃いのジャージ。自転車もかなりの高級車っぽい集団で、どこかのショップのクラブかなぁ?と思ったところ。今日のような曇天の中でも、こういった集団を目にする事が増えてきて、自転車ブームを改めて実感するところ。
 それにしても、最近のロードに乗られている方ってのは、凄い高級車に乗っているものだと感心するばかりである。昔の自転車ブームでは、そんな高級車ってのは稀で、高級車というと東叡のロードが定番で、相当のマニアがコルナゴ、デローザってパターンだったんだが、最近は横文字輸入ブランドの花盛り状態で価格も鰻登り状態。
 こういう風景は、80年代のレプリカブームにおける猫も杓子もレーサーレプリカに革ツナギという風景とどうしても重なって見える。今の自転車乗りは知らないが、少なくともレプリカブーム時におけるレプリカバイク+ツナギってライダーに対して、当時上手いという印象が持てないのが頭をよぎる。

 結局、市北部から別れる迄の僅か数キロの間だけど、自分が自転車に回帰して1年が経過しているが、初めて似たようなペースで走っている人に遭遇した訳だが、密かに、8万円のド鉄の折り畳み自転車であるオモイヨWW号を改めて見直したところ。
 これからも、出来るだけラフなスタイルで、チョットふざけたような自転車でCRは走り続けたいところだ。

 昔の自転車歴のプライドのかけらではないけど、自分にとっての自転車スタイルといえば、80年代的スタイルであり、公道というか街乗りではジーンズ、Tシャツ、トークリップというスタイル。競技コース以外にはレーシーなスタイルはパスしたいところだ。なぜならば、あまりにレーシーなスタイルを纏うと、無意識の内に、乗り手はそういう気分になるのが自然の姿。単車でも完全プロテクター装備のツナギを着ると気持ちは戦闘的になるし、その気になる。自転車でも同じだ。しかし公道なんで、そういう無意識ながらも他人と絡む状況ってのは、絡まれる側からすると良い気分では無いんで、そういう練習とか競争とかの意識が芽生えないように気を付けるのが自分のモットーというか主義でもある。

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自転車乗りは負けず嫌い?

 最近は暇を見てはCRを走行する事が多い。早朝がラングスターTT、それ以外がオモイヨWWが出撃するんだけど、基本はTシャツにジーンズというラフスタイル。走る頻度が高くなるほどに他のサイクリストと遭遇する機会が増える。そして、その遭遇する人っていうのは、よく見るとレプリカ?系ジャージでガシガシ?走っている人も結構多いのに気付く。

 すれ違いでは特に気にする事はないけど、同一進行方向では結構気を遣う。
 走っているCRは河川下流域の土手上の道路であり前方500mくらいは見通せるんだが、マイペースで走っているとついつい追いついてしまう事がある。後方50m近辺迄は気付かれていないようなんだが、後方に付いて抜くタイミングを見計らう(歩行者居るか?道は広いか?・・・)と、殆どの人が急にガシガシ加速する。
 まぁ、離れていくと追い掛けはしないのだが、それでも一本道のCRで片道が15km程もあれば、どうしても追いついてしまう。
 結果、どうしても先に行かせて貰うのだが、多くの人が暫く直後で荒い呼吸音、ギアチェンジの音が聞こえ反応している様子が判る。

 基本は振り向かないんだが、タイミング的に反応してくる人は、格好いいジャージを着ている人、高価な自転車に乗っている人程多い様子。大抵は年齢的には高齢気味な感じ。でも、体型的に長く自転車に乗り続けてきているような人ってのは、そういう事はない傾向だ。

 思い起こせば、単車で先行車両を抜くと、抜かれた側が一生懸命付いてこようとすることが多いのだが、自転車でも同じ感じである。

 自転車とか単車とかの跨って操る乗り物ってのは、乗り手に競争心を煽るような性質があるのだろうか?とふと考える事が最近特に多い。

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2007年7月21日 (土)

サイクリングロード整備費

 廃線となった旧広島可部線のレールと枕木が売却されるそうだ。
 そして、その売却益を、その地域のサイクリングロードの整備費に充てるという。自転車乗りの自分にとっては良いニュースである。因みに、整備区間というと可部線レールが敷設してある区間の事だろうから、もしかしたら、可部線の敷地自体がCRになったりすると嬉しいのだが、、、、まぁ、そんなに都合良くはならないんだろうが、楽しみなニュースだ。

 仮に整備されると、今走っているのが東区~安佐北区界隈のCRだけど、更に脚を伸ばして快適に長距離が走れそうだ。そうすると、実に有意義な休日が過ごせるのだが、、、。

http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn200707200055.html

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2007年7月20日 (金)

湾岸ミッドナイト

 最近というか、発刊以来ずっと読んでいる漫画がある。
 それは、表題の『湾岸ミッドナイト』というコミック本だけど、書いてある事が実に興味深いし、つい頷けることが多かったりするんで、未だに愛読中である。

 この最新刊は38巻なんだが、ストーリーの展開としてRX-7が取り上げられるシーンでの登場人物の会話で興味深い話を見つけた。それは、

『最後は誰も言わない。最後の判断は自分で行う。』

というフレーズだが、正しくその通りだと思う。昨日の理屈っぽい自転車少年の話ではないが、彼は、いつも最終的な決断を人任せにして、結果が思わしくないと、新しい方針を人任せで行うという奴なんだが、自分で判断しない限りは、どんな結果であれ、自分の経験にはならないように思うんだが、答えを何時も他人に求める人ってのは、大抵、本人には何も残っていない事が多い。

 趣味に限らず、仕事でも学問でも何でもだが、全てのジャンルにおいて遭遇する様々な事態に対しては、遭遇したものが己の知識と経験に基づいて判断して、その結果を肥やしにして、知識と経験を身に付けていき、その繰り返しによって、知識を蓄積し判断の精度が上がっていくというのが自然な姿だと思うのだが、彼流に言わせれば、自分に知識も経験も無いんで判断しても違っているだろうから、他人の判断に身を委ねるのだそうだ。
 そして、自分で勉強?を積み重ねて、自分の知識に自信が持てた後に判断しはじめるという考えらしい。

 知識と経験とは、本来は、日常生活の瞬間瞬間に身に付けるものであり、試行錯誤の上に完成される物であり、ある時点の知識での判断を後に判定するという繰り返しの中で知識とは身に付くものの筈だが、彼流に言えば、判断を行うには知識が必須条件であり、知識が無い今、間違った判断をするのは明白故に、自分で判断しないという。
 凄いというか、何というか、何とも言えないのが正直な感想だ。
 更に聞いてみると、今までの趣味生活で手に入れてきた物といえば、他人の話、雑誌の情報、ネットの情報を模倣しているだけであり、現状において行き詰まると、全てリセットして、良さそうな外の情報を模倣しているだけという。そういう思考の果てが、オタク的なスペック志向となるのかもしれない。

 どんな分野で、どんな人でも、最初はみんな素人であり、その中で判る範囲で精一杯考えて、試行錯誤を繰り返し成長していっているものだと思うけど、そういうプロセス自体を無駄と考えているらしく、思い付いた瞬間にその分野で、一定以上のレベルの仲間入りがしたいということ自体が自分とは違う点である。

 それにしても気の毒なのは、彼の自転車の面倒を見ている自転車屋のオヤジさんだ。話の節々に、自転車屋のオヤジさんを見下したような言い回しが聞こえるが、きっと、店での会話には、オヤジさんを小馬鹿にしたというか、そういう空気を出しているんだろうと思う。そいつに較べるとオヤジさんってのは遙かに年輩で詳しいのだろうし、人生経験も豊富だろうが、そういう相手(オヤジさん)がそいつ(自転車少年)から何も感じずに接しているとは思えない訳であり、何ともオヤジさんが気の毒だ。
 大体、オヤジさんが○○と言ったと、俺に言って、その意見の論評を尋ねようとしてくること自体、仮に、俺が何か答えると、その答えを第三者に如何?と言い回るのは目に見えている訳であり、結局、そんな所にも、自分の疑問に対する助言に対してさえ、自分で判断することが出来ない習性が垣間見れてしまう。

 自分で判断出来ない事=自分の知識外の事なんで、気にせず、本人が幸せを感じる範囲から物事を考えればよいと思うのだが、オタクの習性か、溢れる情報に翻弄されて右往左往している様は、愚か以外の何ものでもない。

 何をするにも、自分で考え、自分で判断して、自分で決めて行動したいものだ。

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逆走?OK?

 自転車は車両であり、本来車道の左側を走るべき乗り物である。
 これが、道交法で定められた原則である。ところが、この車道の左側という位置付けが実は良く判りにくい現状を作り出しているようにも思う。
 一般に歩道通行可との標識がある歩道では自転車も通行できるが、その通行に際しては、車道から見て右側、左側といった走行方向に規制は設けられていない。しかし、車道は左側を通行せんといけないのだが、歩道が設けられていない道路での走行についてが非常に分かりにくい状態となっているのが現状だ。
 その現状に、歩道が存在しない車道の路肩近辺に引かれた白色実線で区切られた路側帯の走行方法にも見られる。
 路側帯とは本来車両は通行してはならない場所であるが、軽車両については走行可能なエリアであり、路側帯の中を走る場合に限り、軽車両は道路のどちら側をどっち向きに走っても良いのだそうだ。しかし、歩道の設けられた道路の車道外側に引いてある線は路側帯とは異なり、車道外側線というものだそうで、その線で仕切られている如何に限らず、すべて車道となり、それ故、自転車は自動車と同じく左側通行をしなければならない。
 勿論、道路端に線の無い道路は左側通行が絶対だが、道路の走る場所が色々と選べれる自転車ってのは、走るエリアによって様々な走行が許されるのが現状である。

 この現状は、利用者に理解させることは極めて困難ではないか?と思う。逆に、このような法律を理解している人の方が少なく、取り締まる側も取り締まりにくさというのがあるように思う。

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公道練習で追突死亡

 昨日のニュースで目に付いた記事といえば、高校総体の自転車競技に出場する予定の高校生の自転車部員が駐車中の車に追突して死亡したとのニュースである。結果、駐車車両の運転手が書類送検されるという結末だ。

 このニュースだけからは何とも言えないし、悪いのは路上に駐車してあった乗用車ということかも知れないけど、何とも後味の悪い結末のようにも思う。
 道路事情を考えると、路上駐車の無い道路自体が存在しないのが実状だし、殆どの人は多かれ少なかれ路上に駐停車する事があるのでは?とも思える。
 路上に駐車する行為自体はNGだが、直前まで、そこに駐車車両が居ることを認識出来ないような運転の仕方+二名が相次いで死亡する程の衝撃というと、自転車を運転する側に公道を走っているという認識が不足していたのも大きな原因の一つとして見逃すことは出来ない。
 ドライバー側の駐車という行為が、どのような状態かが全く書かれていないが、ブラインドカーブの死角に入るような位置での駐車とは異なり、見通しの良い道路だったこと迄は報道されているが、考えようによってはドライバーが気の毒とも思える部分もある。驚くべきは駐車していた筈の乗用車の壊れ具合の激しさで、自転車も相当の速度で突っ込んでいったような感じ。自転車のダメージもリムの折損等激しいものであり、殆ど単車と同じ様な衝撃で突っ込んでいる模様。道から判断すると、前を見ずに下向いて50km/h以上の速度でノーブレーキで突っ込んだ感じだ。っていうか、自転車自体ピストバイクであり、ブレーキも片側しか付いていないように見えるが、、、、。

http://nsearch.yahoo.co.jp/bin/search?p=%C0%E9%CD%D5%BB%D4+%BC%AB%C5%BE%BC%D6%C9%F4&b=1&st=v

 個人的な意見だが、公道において競技のための練習、それも前を見ない程の運転を行う事に対して注意することが出来なかった学校側に大きな責任があるようにも思う。
 自転車で公道において競技練習する事自体が良いか悪いか?というと、この行為自体が集団暴走行為と似たような行為とも捉えられかねない。
 昔の峠のローリング族が峠をサーキットと模して走り回っていた行為と差異があるか?というと考えさせられるものだ。

 今回の事故は、駐車車両が居ない、自転車通行帯が確保されている、自転車運転者が前方注意を怠らないという条件が揃っていれば発生していないだろう。

 高校生とは言え、競技に取り組む学生さんという普通の自転車乗りよりは意識が高い筈の人でも、練習という形でストイックに走った結果、視線が下に落ちて、駐車車両に気付くのが遅れたのだろうけど、最近のスポーツサイクルブームで増殖中の単純な速度志向の人達の方が、負けず嫌いの意識でがむしゃらに漕ぐ事が多そうだし、結構、似たような事故が多発するかもしれない。
 このような事故が多発すればする程に、自転車が車道を走る事が難しいような法整備、インフラ整備が進んでいかないか?と危惧してしまうところだ。

 少なくとも、公道という公共空間で自転車に乗る時には、色んな人が色んな立場で色んな乗り物に乗っているという道路利用者の雑多性を認識して安全第一で走らなければならないと思うところだ。先日立ち寄ったバイク屋の店長さんのお知り合いの自転車乗りの方も公道で結構派手な怪我を負ったとか聞くけど、やっぱり大事なのは安全第一だよなぁ、、、、。
 そう言えば、どこぞのショップ主催の公道練習会でも人に突っ込んだとかの話もチラホラ聞く(チョイ前は練習コースガイドがサイトに載ってたけど、最近は削除されてるし、、、)けど、公道は練習するとこではなく、やっぱり楽しむ程度のモノだよなぁ、、、。

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2007年7月19日 (木)

整備歩道の走り心地

 先週の水曜、本日と社用で駐車場が無い取引先事務所に打ち合わせに出掛けるのに、スピママ号を用いて出掛けた。
 その際は勤務先から市内中心部を抜けて通うのだが、その道は歩道がインターロッキングで整備されて片側が5m以上は確保されている。そして、その歩道内に自転車が通るべきエリアが色分けによって指示されている。

 このような道は自転車愛好家には、とても不評な道なんだが、スピママで走る分には何の不具合も抵抗も感じない。っていうか、そういう道の車道部分ってのは、結構な交通量であり、信号、横断歩道も多く、正しく交通ルールに従って走ると走りにくいのでは?とも思えるのだが、歩道内の自転車通行帯を指示に従って走る分には何の不具合も感じなかったし、案外心地よいものだった。これが素直な感想である。
 確かに、高圧激細タイヤのロード系バイクで走るには乗り心地、スピードの両面でNGかもしれないが、通常の自転車利用者にとっては、こっちの方が便利か?とも思えるところだ。

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理論派?の話

 今日、自転車ネタで面白い話を聞いた。
 っていうのは、最近中継中のツール・ド・フランスの山岳後の下りの場面で解説者が解説するフレーズで、『下りは体重が大きい程有利ですからねぇ』という話が理解できないとのこと。
 なんでも、この疑問を抱いた自転車少年(一応理工系の大卒)の話によると、位置エネルギーがmgh、運動エネルギーが(mv^2)/2の筈だから、山から下りる時ってのは位置エネルギー=運動エネルギーとなり、質量の項が無くなるから体重と速さが関係無いとの事。
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    ・
 説明するのもバカバカしいんで相手にせんかったのだけど、まぁ、なんとも言えないというか、凄い理屈を当て嵌めてくるものだと、、、、別の意味で驚愕かつ感心したところ。しかし、こんな考えを真剣に思う人っていうのが居る事自体ビックリだし、もしかしたら、こういう系統の考えを真剣に普通って思う人は多いのかもしれない。思いも寄らない考え方にどんな例があるのか?とても興味があるところだ。

 世の中、色んな生き物が生息している。ホントに判っている奴と、理屈っぽい奴ってのは、持ってくる理屈自体違うんだが、理屈っぽい奴?ってのは、凄い理屈を持ってくる。確かに、持ってくる理論ってのは、それ自体間違いではないけど、使い方がとんでもなければ何の役にも立たないんだが、結構、こういう人っては多い。
 実は先日、馴染みのバイク屋の店長さんとも話したんだけど、スペックとか聞いた話に拘るお客さんっていうのは多いし、拘る人程、カタログ文句を並べ立てて講釈を述べる人が多いって話をしたんだけど、自転車でも単車でも、何か良く判らない理屈を並べる人ってのは、モノのスペックにも強い拘りを持っている人が多い。これ系の人ってのは、聞いた話を完全に鵜呑みにして理解したと錯覚している人が多い気がする。
 そう言えば、例の彼は、ツールの中継映像を見て、自分の走りの参考にするとか言っていたけど、、、、参考になった事はあったんだろうか?フレームとリム、ジャージの色合いとかデザインとかなら判らないではないけど、走り方が参考になるって、、、、凄い素人だなぁ(お前は何者だ?)。
 とまぁ、久々に笑わせて貰ったところ。(理系大卒という肩書きで給料もらってこのレベルってなると、仕事を任せるのは本当は怖い事だが、、、まぁ、採用する側の企業の担当者にも人を見る目が無いとでも言った方が良いのか?因みに、最近の大卒者採用試験は自分が面接担当なんで、こういうのは全て却下だが、、、)

 ホントは、ここで解答を書いても良いんだが、折角、本人が思い付いた疑問を安直な形で解答するのも可哀想なんで、正解は載せないけれど、ホント言えば、隠すような答えでもないのが現実。

 しかし、聞くところに依ると、最近は円周率は3とかで教える場合も有るらしいし、中学で連立方程式も無いらしい。あらゆる教科が簡略化されている様子だが、簡略化しても原理的な概念を教えずに、簡略化した上で簡略化した公式ばかり教えるような教育が為されているとしたら、日本の将来ってのは結構怖いなぁ、、、、。チョット、辛口すぎるけど、大学なんて県に一つで良いんでは?とさえ思う。大学入学ってのは、前提として高校の課程を理解して上級教育を受けるってのが前提の筈であり、そういう前提が崩壊して進学した者を、そういう待遇で扱う事自体間違っているように思う。今は、進学したいというか働きたくないと思えば誰でも進学できる世の中。何か間違っているような気もする。少なくとも、専門教育を受けるために進学するんなら、その専門教育の礎になる分野の基本的な考えというか知識くらいはないと、、、、。専門教育を受けても何の意味も無いし、そういう肩書きで社会に出て給料を貰うってのは、或る意味詐欺師(経歴詐称)と同じ様な気もする。(愚痴ついでだが、最近は理系大卒でも、薬品等の濃度さえ計算出来ん奴もいる。テコの原理が理解できない奴もいる。こんな世の中で良いのだろうか?最近は度が過ぎる奴が多すぎて、教えるに教えようが無いというか、人生やり直せば?とさえ思う事が多い。)

PS この記事の後半部分は、あくまでも個人的な感想なんで不愉快と思ったら忘れて下さい。

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単調な運動から退屈さを除去するには?

 ダイエット?目的というか、体調管理のための運動を行う時間を如何に退屈にならずに過ごすか?というのは、運動を日常的に続ける上で重要なファクターである。
 今、自分が行っている運動といえば、自転車でのCR走行、昼ポタ、SCでの水泳、筋トレ、自宅でのステッパー、サーキットトレーニングというのがある。
 この内、自転車を用いた運動っていうのは、身体を動かすと同時に風景を楽しむといった要素もあり、運動していて退屈な感じが無い。また、水泳というのもプールの往復だけなんだが、不思議と退屈な感じが無い。この退屈さが生まれないのは、実際に自分が移動しているからか?とも思うのだが、このような移動を伴う運動に対して筋トレ系の運動っていうのは、案外、怠いとか退屈という感覚を持ってしまう。まだ、筋トレの場合は友人と出かけるんで、合間の会話というものが退屈さを緩和しているのだが、毎日自室で黙々と行うサーキットトレーニングっていうのは、結構、退屈になる。

 退屈さを緩和するには、運動以外の視覚的な変化というものが必要だと思っているが、ステッパーの場合は、リビングでテレビを見たり、雑紙を読みながら出来る分、気が紛れるので時間の長さを感じる事は無いが、ベンチ台等の比較的大型の器具を用い、腕の動きを運動に取り入れたサーキットトレーニングでは、そうもいかない。

 こんなサーキットトレーニングだが、この退屈さを解消に用いているのがビデオ鑑賞である。サーキットトレーニング自体の所要時間は70分程であり、この70分という時間を運動しながら他の視覚的な刺激を受けながらやるには?と考えて取り入れているのが、最近記事にする事が多いMotoGPのビデオ鑑賞だ。現在観戦中のシーズンは2002年シーズンだが、MotoGPクラスが丁度70分程度であり、運動しながら毎日1レース見ることが出来る。毎日観戦しながら運動していると、不思議とサーキットトレーニングに対して怠いという感覚が薄らいできている。
 このような視覚的な刺激を運動中に取り入れる事で、一つの場所に留まっての運動の退屈さが解消できる。良い具合である。

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パソコン浦島太郎

 最近は、自転車関連のハードウェアの更新が一番活発で、次いで単車である。逆に、殆ど全く更新していないモノがデジカメ、パソコンという状態。但し、デジカメについては、DVDカメラを買ったり、この夏に機種入れ換えを計画しているんだが、パソコンについては触る予定は全く無しである。

 そんな我が家のパソコンだが、10年程度迄昔を振り返ると、かなりの頻度でハードウェアを更新していたように思う。Windows95が登場した頃は、メインはNECのPC98で機種はAp2、Anと変遷しAnのパワーアップに趣味的な取り組みを行っていたし、Windows98が登場してからはメイン機にAT互換機を導入してCeleron300AのOC~KATMAI500MHzを経て、370ソケット変換下駄を噛まして河童の800MHzというCPUの更新や、ビデオカードの更新、メモリ増量とパワーアップを楽しんで?いたように思うのだが、何年か前に自分にとっての初代AT互換機のマザーであるFW6400GXRが逝ってしまってからは、全く変化の無い環境となっている。
 AT互換機の改造に関心があったのは、インテルとAMDのCPUクロックの1GHz決戦の時代でありカッパーマインの時代だ。時は1999年頃か?
 FWマザーに800MHzの河童を搭載してからは、世間ではPentium4、アスロンの高クロック化が進んでもあまり関心が無かったのは、既にマシンパワーに不足を感じていなかったというのが大きな理由である。

 自分にとっての転機はメインOSをWindows98からWindows2000に変更した時だが、OSを変更した理由は、安定性、信頼性の確保という面と、使用可能メモリー容量の増大を目的とした変更であり、Windows98の連続使用におけるリソースの減少という部分に嫌気がさしたのが、その理由で最大のモノである。
 この不満を解決するのにリソースの解放がキチンと行えるNT系OSへの移行、搭載メモリー容量の増量を目的にWindows2000に移行したが、Windows2000系最大の特徴であるデュアルCPU機能を使いたいという希望から、その後のマシンは全てデュアル構成となっている。Windows2000に移行したのは、Windows2000が世に出て随分経過した2005年だが、初代のNECのPC98が1994~1999年の5年間、次のWindows98用のFWマザーが1999~2005年の6年間、2005年から現在がWindows2000用としてデュアルCPUのマシンという変遷を経ているが、現代に近づく程に、機材が時代から見て完全に取り残されているという構成だ。
 自分のメイン機はMSIマザーによるPentiumIII 1GHz のデュアル構成のマシンにWindows2000を搭載したもの。予備機はギガバイトのPentiumIII 1GHzのデュアル機、嫁機がXeon 2.4GHzのデュアル機というモノで完全に時代遅れの機材だが、どのマシンもWindows2000で普通に使う分には何の不満も無い。
 時代的には、PenIII以降、Pentium4(初期のモノから最新迄)、Pentium4系のDual Core(Pentium D/XE等)、Core2系を経て最新はQuad Core迄と進化しているようだが、考えてみれば強烈な時代遅れ仕様となっているのが我が家のPC環境だ。

 これまでのマシン更新の間隔が5~6年であり、今のPentiumIII Dual環境に移行して3年目ということは、少なくとも二年程は今の環境で使うんだろうなぁと思うところ。

 パソコンのパワーアップという行為自体が趣味的な要素を持っていたのが10年前だが、今はパソコン自体が趣味の対象ではなく、単なる生活の道具になっている。そんな道具は使えればOKという位置づけであり、ハードウェアの性能は不満が無ければ関心を持てないというのが現状だ。
 今後、パソコンの用途が更に進化して、全く新しいアーキテクチャが要求されるようになった時は、ハードウェアの更新を行うだろうけれど、それはOSの大きな変化によってもたらされるものであり、MS-DOSからWindows9X、WindowsNT系と変化してきたOSに次の変革が現れた時になるんだろうと思う。

 ところで、PentiumIIIのDual環境は二台で2年前に3万円以下で作ったけど、音も静か、メモリも安い、速度も十分とコストパフォーマンスに優れた良い環境だと思う。この手のモノは新しいモノこそベストなんだろうけど、CPU高速化の先駆けとなったカッパーマイン、今のトレンドのデュアルコア環境の先駆けであるデュアルCPU構成、今のCoreシリーズの先祖であるPentiumMシリーズの大元であるPentiumIIIで、ホントかどうか知らないけどPentium4系のアーキテクチャーよりクロックあたりの性能が優れているというPentiumIIIってところが、何となく単車でいう2スト的な生い立ちを感じないではない。そんな訳で、何故か、大した理由もないけど、PentiumIII 1GHz Dual環境ってのはお気に入りだ。

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2007年7月18日 (水)

梅雨明け間近か?

 本日、九州南部で梅雨明けが宣言された模様。平年より5日遅く、昨年より7日早いとのことだ。但し、全国的に梅雨入り時期が平年より遅かったために、梅雨の期間は平年並みの47日間とのことだ。但し、その割に降水量が多く平年の二倍程度の雨量を記録したとのこと。
 梅雨入り当初は、空梅雨で水不足ってのが全国的に叫ばれていたが、梅雨後半の梅雨前線の活動と雨台風4号によって、結果的には雨量は相当な量が記録された様子。
 最近のニュースで印象的なのは、水不足になると何時も話題に上る四国の早明浦ダムの貯水率だが、梅雨前線と台風によって1日で満水(貯水率100%)になったというのが、今年の梅雨を顕著に表したニュースでは無いだろうか?

 7月も後半戦であり、地元の行事予定を見ると、今週末は『ほおずき祭り』、来週末は地元神社の夏祭りと続く。我が家の娘は祭りを結構楽しみにしているんで、出来ればスカッと梅雨明けして良い天気の中で祭に連れて行ってやりたいところだし、自分もガシガシ走り回りたいところ。
 天気図を見る限りでは、これから一週間は前線の影響を受けそうにない感じであり、中国地方の梅雨明けも間近と思われるが、地元気象台の週間天気予報によると期間の中頃には寒気と前線の影響を受けるかも知れないとの事。恐らくは、その期間を過ぎてから梅雨明け宣言が為されるのでは?と思う。

 因みに、中国地方の今年の梅雨入りは6/14(平年より8日遅い)である。梅雨明けの平年値は7/20なんで、平年より8日遅いと7/28になるけど、そこまでは遅くはならない様で、梅雨の期間自体は平年より短めということになりそうだ。

 全くの私事だが、今週末は、ほおずき祭、CR走行、祝い返し・・・と結構出掛ける予定が多いんだが、週間天気予報によると天気は今一。出来れば、天気が良いのが望ましいところだ。

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2002年、MotoGP観戦中

 最近、サーキットトレーニング中には2002年シーズンのMotoGPを観戦している。当時のMotoGPといえば、2スト500と4スト990の混走一年目ということで、開幕当初はどっちが速い?という話題で持ちきりだったように思う。
 因みに、今はRnd.1の日本、Rnd.2の南アフリカ、Rnd.3のスペイン迄見終わったところ。Rnd.1の日本GPは雨天のウエットコンディションであり今一マシン性能がダイレクトに反映されているとは言い難いGPだったけど、Rnd.2~3はドライコンディションであり、今見ても見応えのあるレースである。

 2002年から5年が経過し、今年はMotoGPも4ストオンリーで排気量も990ccから800ccへとレギュレーションが変わり2ストがどう?って話題は遠い過去の話だが、2002年シーズンを闘う最終型のNSR500は、今見ても格好良い。
 この2002年シーズンを終えての一般的な論評としては、2スト500は4スト990に敵わないというのが多いけど、三戦迄の感想は、2スト500はRC211Vには敵わないって言った方が良いような結果である。このRC211Vというバイクは、レギュレーション的に同じ土俵で闘うバイクでは無いような存在に見えるけど、そんなRC211Vでさえ、直線区間外ではNSR500に追い立てられているように見えるのは気のせいだろうか?

 この2002年シーズンを見て2ストについて色んな話を考えてみるけど、世間の2スト感の大きな意見は、パワーバンドに入ってからの唐突な加速を以て、大排気量4ストの加速に勝るとか勝らないとかの話が相変わらず多い。確かに、2ストのパワーバンド内外での加速特性の差は在るけど、その前後の体感差を以て2ストの特徴を表現するってのは、やっぱり違和感があるのが自分の感想だ。
 市販2ストであっても気合いを入れて走っている最中ってのは、基本的にはパワーバンド内を維持しての話であり、パワーバンド前後のギャップってのは2ストの本質を表しているものでは無いというのが自分の意見だ。

 自分と同じ意見というのは、あまり見掛ける事は無いけど、2ストの良さってのは、パワーバンド内でのレスポンスというかパワーのコントロールのし易さに尽きるのでは無いだろうか?アクセルを明けると、機関内での抵抗が全く無いかのような回転上昇、アクセルを閉じても感じる事のない引っ張られるようなバックトルクの無さ、このアクセル加減に合わせた滑らかなパワーのコントロール性こそが2ストロークの最大の美点では無いだろうか?
 このパワー特性こそが2ストの2ストたる所以であり、2ストらしさだと思う。パワーの絶対値を比較すると、新しく、大きな排気量であるほどに絶対的な速さを持っているのが現実だが、パワー特性という部分では、右手との直結感に支配されているか否かで決まる部分であり、排気量の大小、新旧以上に機関の本質的な違いが顕著に現れる部分だと言える。
 そういう視点で捉えると、古くても、小さくても2ストの楽しさっていうのは、4ストでは真似が出来ないモノのように思う。

 自分の理解としては、この美点が有るが故に、2002年のMotoGPシーズンにおいても直線外の区間において2スト500が4スト990(ていうかRC211V)に迫る事が出来たのでは?と思っている。4スト990という排気量による絶対的なパワー値自体は、RC211VもYZR-M1もGSV-Rもそう変わったもんでは無いと思うけど、RC211Vとそれ以外の差っていうのは、コーナー区間において、如何にパワーを手懐けているか?4ストのパワーコントロールの難易性を除去しているか?の差によるモノでは?と考えている。ホンダ以外の4ストが話にならなかったのは、その差に尽きると言えよう。

 そういう目でRnd.2、Rnd.3を見ると、直線で圧倒的な優位性を有するRC211Vをコーナーで詰めるというNSR500の姿は涙ものである。Rnd.3へレスのスペインGPではRC211Vの間を加藤選手のNSR500が割って入り、宇川選手のRC211Vが付いていけないのは、改めて2ストの凄さを感じる部分でもある。

 勿論、コーナーで速いってのは、パワー特性以外にもレギュレーションによる重量差って部分もあるけど、本質的に軽くマシンを作れるというのも2ストならではの利点であり、軽い重要でコントローラブルなパワーユニットというのが2ストの美点であり、逆に言えば、2002年シーズンのレギュレーションっていうのは、2ストの大きな美点である軽量さを発揮しにくいレギュレーションでもあったように思う。
 メインサイトにも記載してあるけど、大昔の110kg台のGP500で闘っていたら、果たしてどうなったのだろうか?というのが未だ関心事の一つでもあるし、その利点を活かせるレギュレーション+現代の周辺技術(サス、シャーシ、タイヤ等々)による最新のGP500というモノが存在するならば、そのマシンは最新の4スト800のMotoGPマシンに対してどのような差があるのか?というのも、実を言うと大きな関心を持っている。

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2007年7月17日 (火)

メイド・イン・・・・・

 先日のCR走行の帰りにニシダサイクルさんで一服していたんだが、最近の自転車は何やら殆ど中国、台湾製のようである。海外ブランド品が海外の自国生産というのは判るけど、殆どが台湾、中国製である。国産ブランドであっても国内生産ってのは極めて少ない様子である。そして、東アジア圏の生産品であっても、上級品は台湾製、廉価品は中国製という棲み分けになっている模様。
 昔の日本では、オーダーが一流の工房製、大手ブランド(BS、ナショナル)が一流品で、国内製造品ながら名古屋、大阪で作られたものが激安自転車で得られていたが、一応は全て国内生産だったような記憶があるが、そんな棲み分けは完全に過去のモノのようだ。

 愛車の生産国を見ると、DAHONは台湾製造になってるし、ラングスターも台湾産である。レ・マイヨWは日本製だ。因みに、娘のミッフィー幼児車、嫁のアシスタも日本製。以前乗っていたボードウォークは中国製だった。

 中国製の何が評判悪いのか?は、実車を触っていないんで不明だが、使っている部品はパーツメーカーのグレード分の差しか無いと思うけど、ネット上でも中国産は評判悪い様子だ。

 最近の中国産というと、農作物、ウナギ、肉まん・・・・結構、怪しさ満点であり、自転車でも口に出せない何か?があるかもしれない。

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リバウンド?

 最近の傾向として、体重がやや高止まり傾向にあるような気がする。時間帯にもよるけれど、65kg±0.5kgという範囲にある事が多い。運動量は変わらないつもりだが、天候不順のせいで昼ポタ等の自転車乗りの時間が少な目。更には、長男誕生に伴い、SC通いが滞りがちであるのが理由か?
 ベルトのボタン穴位置等は変わらないんだが、なんとなくそのように感じるところ。

 ということで、今週から再度気合いを入れ直してガシガシ動いていく予定。子守りの時間が増えると、自分の時間が削られるんだが、来週あたりからローラー台をレストアして使う予定である。毎日30分程度漕げば、そこそこの運動量になりそうなんで、日々の運動のステッパーとサーキットトレーニングに加え、ローラー台を追加する予定だ。
 勿論、季節に合わせて最低でも週に二回程度の水泳も持続する予定だ。

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2007年7月16日 (月)

連休総括

 連休の間は台風の影響で、土曜は悪天候、日曜はまずまず、月曜も悪天候という日本全国的にはレジャーには不向きな結果となった。
 悪い事に、今日は新潟県中越沖地震という大地震も発生し、中越方面の方には大変な連休になってしまったようである。

 自分の連休としても、今回は色んな予定が入っていた。娘の誕生会、部分的な出勤、買い物・・・・と慌ただしかったんだが、貴重な時間の合間に自転車、単車に乗るつもりが、悪天候のせいで思い通りには時間が過ごせなかった。

 昨日は朝、昼と楽しく自転車でCRを走れたけど、今日は全くダメである。ただ、ダメダメとは言いながら、本日は、プラグ清掃後にSV650で出掛けたんだが、雷を伴う土砂降りという天候ながら、走っている最中は雨には遭遇せずに、非常に運良く単車の運転が堪能できたところ。
 プラグ清掃に際しては、横置きVツインの割にメンテナンス性は良好な点に驚いたのだが、ここ最近2ストばかり乗っていながらも、チョットしたワインディングではVツインの軽やかな走りが堪能でき、これはこれで楽しいなぁ!と見直したりも出来た。
 帰路のウェット路面でも購入当初はエンブレに結構気を遣っていたものの、今は別に気になることもないという事実に、チョットビックリである。

 雨が降って気分悪いと思うよりも、雨が降ってもバイクに乗って、そのチョットしたチョイ乗りの中でバイクって楽しいな!って前向きに思う方が、心が晴れるところだ。

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2007年7月15日 (日)

CRでの台風の吹き返し

 今日は朝と昼の二本程、CRを走行した。朝はラングスターTT、昼はオモイヨWWである。昨晩、台風が再接近して、朝の段階では台風は四国沖、昼の段階でも紀伊半島手前という状況であり、北進する往路では台風の吹き返しにより強烈な斜め前方からの向かい風である。風の影響で直進するのにも気を遣う状況の中、台風一過の快晴の中を走行した。
 朝のラングスターでは往路(12km)が20分、復路(13km)が19分で、昼のオモイヨWWでは往路が25分、復路が18分という状況。風の影響をモロに受けたのが昼のオモイヨWWでの往路部分である。殆ど維持速度は28~29km/hという状況で、30km/hを越える区間は極僅かである。強烈な向かい風では、自転車ってのはホント前に進まないのが判る。反面、復路は強烈に速度が乗る。

 まぁ、ホームコースの走行を二本出来たのが収穫だ。先週は梅雨前線と台風の影響で昼ポタも少ししか出来なかったんで、CRを中心として本日60km程走れたのは何よりだ。明日もラングスターTTとオモイヨWWで走ろうと思うけど、明日は台風の吹き返しの影響は今日程では無いと思うんで、何時ものペースだろうと思うところ。

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2007年7月14日 (土)

7月、史上最強クラスの台風

 台風四号が接近中である。進路が当初の予報より少しずつ北よりにずれている。そのために、広島にも結構接近してくる様子である。当初は、四国南岸沖を東進する予報だったけど、九州を西から東に横断して、そのまま四国も西から東に横断するようなコースが最新の進路予想となっている。これ以上、進路が北にずれて欲しくないところだ。今の状態なら雨はともかく、陸地上を移動するんで台風自体の勢力は弱まりそうだが、台風が弱まっても近い程風雨とも強まる。いくら近づくとはいっても、台風の中心は四国の石鎚山より南迄にしておいてもらいたいものだ。
 広島への接近は本日の夕刻~明日未明にかけての様子だ。明日の午前~明後日に掛けては雨は降らないかもしれないんで、自宅の被害が無ければ明日、明後日はCRにGOとなりそう。

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2007年7月13日 (金)

夏台風、台風四号

 この三連休は台風四号の影響を大きく受けそうだ。
 台風といえば、9月がシーズンというイメージだけど、夏の台風ってのは、勢力が強く、移動速度も速くない場合が多く、結構な被害をもたらす。
 広島に住んでいると、平成3年の台風19号のように台風の進路の西側にあたる地域が被害が大きいといわれているけど、今回のように進路の北側、東側に位置する場合でも油断は出来ない。
 台風の接近予想は、気象庁、ウェザーニュース、米軍・・・・によって異なるけど、広島が影響を受け始めるのは、14日の午後から15日の昼前くらいの時間帯になりそう。現時点での予想進路は、九州の最南端をかすめ、四国沖を東進し紀伊半島に上陸するかどうかの予想が多いようだが、広島を中心にみると台風が接近するにつれて台風の進路前方で南風が供給されて雨が相当に降りそうな感じである。今回は、台風の目の中心が広島の真南に到達するにつれて雨が強まりそう。

 この様子だと、14日のCR走行は不可能っぽい。15日も厳しそう。自宅に被害が無ければ16日はOKかもってところ。15日は娘の誕生日故に、できれば良い天気を願ってるんだが、どうなるだろうか?宅配のピザの出前は無理かも知れない。

 タイミング的には、この台風が通過して前線の状況次第では梅雨明けするかもしれないなぁと思う。

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ホームコースとは?

 ホームコースというと大袈裟だけど、単車でも自転車でも自分が好きなコースというか、そういうルートがある。
 昔を振り返ると、単車の場合は、自宅から10分程で通える峠だ。峠自体は2km程の短い峠だけど、未だに、この峠を走ると気持ちよいのは確か。この峠、距離的には見にサーキットみたいな感じでもある。高速、中低速、複合コの字、S字、ヘアピンと速度域が異なるコーナーが一通り揃ってる。但し、今は峠を往復して・・・・ということは無くって、この峠を越えて、瀬の川ゴルフ場のある山間部を抜けて、細い道を通って志和に抜けるというパターンだ。志和から白木に抜けて、高陽町を廻って帰るというコース。大きな声?では言えないけど、メインの峠の下から上迄が70秒というところ。
 この峠で本当に楽しいのは、実は下りで、長目の下り勾配から二つ目の出口が回り込んだS字という所が一番面白い所。上りは案外誰でもソコソコ走れるけど、下りってのは攻める人が少ない。
 遠い昔(23年前)を思い起こせば、下りでスリップダウンで側溝へとか、谷の藪の中へという経験を二度程したのは、実は内緒である。因みに、上りでの転倒は、S4ガンマ(400)納車1週間目に上りのギャラリーコーナーでハイサイドくらって50m程滑り上がった1回のみ。勿論、今は転けるような走りもしなければ、行ったり来たりのローリングもしない。あくまでも通過するのみだ。流して走っている時のある瞬間に当時と同じ感覚が持てるか?が今乗れてるか?の判断材料になっている程度。

 一方で自転車の場合は、団地の自宅から自宅迄が丁度30km程のコース。自宅から団地を下ってCR入り口迄の3km程はウォーミングアップ。大体5~6分程でスタート地点に到達する。このスタート地点から折り返し地点迄が約12km程だ。このスタート地点からコースでは途中に信号というのは3カ所しか無いんで結構快適だ。12kmの所要時間は19~20分というところ。
 この折り返し地点にある販売機でコーヒーを飲んで、一服してから帰路に向かうのだが、帰路は対岸を走るので往路とは違う道路を走っている。帰路の行程を通ると折り返し地点からCRから出る所迄が13km程だが、この所要時間が20~22分程度で、CR周回は終了する。
 CRを降りてからは一般道だが、降り口には大きな交差点があり、その交差点はT字の交差点であり、信号が青になると同一進行方向には車が全くといって良い程居ない。片側二車線の綺麗な道路だが、この信号から1km程の直線基調の道路が或る意味スプリントポイント?のような感じで、元気?な時は、何処まで回せるか?何処まで出るか?を試すことが多い。交差点から200m程は土手を下るという緩やかな下り勾配で、その後が800m程が平地で風の影響を受けにくいコンディションとなる。交差点から500~600m近辺において大抵、どの自転車でも55km/h+αというところ。このストレート区間が終わればクールダウンで500m程走りニシダサイクルさんでピットイン?という形、そこで談笑?した後は、自宅の団地をヒルクライム(標高差80mの最高地点経由)して帰宅というコースだ。

 自転車でも単車でも、自宅を中心に直ぐに通える所に具合の良い道があるってのは、結構幸せな環境でもある。

 ところで、こんなホームコースなんて記事を書いたのは、自分の状態を測る場所が身近にあると便利という意味からである。
 自転車でも単車でもレース競技に憧れる人も居る。レースに対するイメージとして、何位になったとか順位に拘る人もいるけど、競技性という面での関心事として、他人に対して自分がどうだ?という関心を持つ人が多いんだが、自分の場合は、レースコースを走る事は好きだが、他人に対してどうだ?という関心は実は非常に薄かったりする。

 自分の場合、クローズドコースを走って一番の関心事といえば、そのコースをどれだけの時間で周回できるか?という所。例えば、中山サーキットなら57秒を切るとかが自分にとっての関心事だ。それは自転車でも単車でも言える事だ。大抵のコースなら、走る前から大体のタイムっていうのは想像が付くけど、そのイメージをどれだけ具現化できるか?というのが最大の関心事だ。そういう意味で、順位という他人との相関比較には関心がない。この冬に中央森林公園を走ったけど、走る前から23分は切れるとイメージしてたし、実際、自分のイメージ通りに出来るか?というのが自分の最大の関心事だった。そして自分の関心事の進み方としては、周回を重ねる毎に、そのコースで何が不具合で、どうすればタイムを削れるか?スタミナの配分はどうするか?というのを考えて、新しいイメージを持ち、そのイメージを具現化することが自分にとっての楽しみだ。
 自転車でも単車でも自分のイメージ通りに走れるか?を確認するために、クローズドコースを走るのは大変関心があることだが、生活を考えると頻繁に通う事は難しい。しかし、自分の今の状態を把握したいという思いは常にある。そんな思いを満足させるために、一番具合が良いのは、自分のホームコースを決めて、そこを走っている時の感覚から自分の状態を測るというスタイルを確立することだ。

 そんな訳で、自転車のホームコースっていうのは、その周回時間から自分の状態が直ぐに判るんで有り難い。因みに、この自転車コースも実は10代の自転車部時代の練習コースだったりするし、当時のタイムにどれだけ近づけるか?というのが今の関心事でもある。単車で通った峠というのは、思い起こせば、大昔には数え切れない程通ったけど、その結果行き着いた思いは、どんな状況でも焦らず落ち着いて安全かつ速く対処できるようになりたいという気持ちである。それが出来た時に感じる感覚が『乗れている』という自己陶酔の気持ちであり、その気持ちを感じる事が簡単にできる場所が通い慣れた峠であり、日常の走行で『乗れている』という感覚が希薄になった時には、昔の峠に出向いて、今と昔の違いを探したりしているところ。

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2007年7月12日 (木)

ライダー兼サイクリストと元ライダー今チャリダーの比較

 昨日、単車でお世話になっているショップの店長さんと話をしたんだが、最近は、ライダーの方が自転車に嵌っている人が多いとのこと。年輩の方々が多いんだが、そのショップでは若い従業員さんも自転車に興味を持っているそうだ。
 実際に、ショップには従業員さんが集めたらしい自転車のカタログ(GIANT、ルイガノ、TREK)が在って、バイク乗りの皆さんの自転車への関心ってのが高まっているのが判る。
 ライダーで最近自転車を始めたって方の自転車との付き合い方は、御子息との自転車遊びとか、健康管理のためとか様々だが、バイクが好きな人の共通点としては、自転車自体はかなりのハイグレードな構成の様子である。そして、バイクも趣味、自転車も趣味ってパターンであり、どっちの分野でも楽しく過ごし、充実した毎日を送っているように見受けられる。

 しかし、単車と自転車を趣味とした事がある人にも、別の種類の生き物が居たりする。
 それは、元ライダーで、思い通りにならなくて単車を辞めて、今自転車に乗っている人の一例だけど、その方は、ライダー時代においても自分の思い通りに出来なくて、半ば単車への興味を失った後に自転車に関心を持っている人だが、何やら自転車でも充実した毎日を送っていないんだそうだ。何やら、愛車と自分の能力の双方に不平と不満を持っているという。充実した日々が送れるか?どうかは、今の状態を決断する際に自分の考えで行ってきたかどうか?の違いだと思うけど、彼は、今の状態を選択する際には、他人の意見や雑紙やネットの記事で偶像を画いて進んできている。それが原因かどうかは知らないが、結果として、彼は今の自分に充実感を覚えないんだそうだ。

 自転車でも単車でも趣味全般は勿論、仕事でも何でもだが、自分の行動は自分で決めるというスタイルを取れば、その結果がどうであれ、本人の糧になり、本人にとって得るモノがあり、本人は満足できるんでは?と思うんだが、何事であっても現状に不平と不満を持っているだけの奴ってのは、今の本人の状態に到る決断の際に自分の考えが無い奴って気がする。

 どうしたら自分で考えられるようになる?って聞かれても、答えようが無いのが現実だ。自分で考えるには、自分が何をしたいか?そうするために何が必要か?を自分なりに道筋が描けるようにならんと難しい。彼の行動パターンで特徴的なのは、他人やネット、雑紙の意見の論評自体を、別の他人やネット、雑紙にお伺いをたてるというパターンであり、判断自体を自分で下すことが出来ないところだが、この辺は、生い立ちに随分左右される特質のようにも思える。
 大抵、何かに楽しんでいる人ってのは、何をやっても楽しんでいる。逆に、不平、不満を抱える人ってのは、何をしてもつまらんそうな顔しているような気がする。

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2007年7月11日 (水)

ダイエットと自転車

 自転車ダイエットに効果的な負荷っていうのは、軽い負荷でのペダリングとのことで、そういう点で注目を集めているのが、電動アシスト自転車である。確かに、電動アシスト自転車に乗ると、負荷は感じないが、本当にダイエット効果があるか?というと疑わしいのが正直なところ。楽すぎである。楽してダイエットというには、相当の時間が必要っぽい。
 昨日のツールでの前半戦では、集団はソファーにくつろいでいるような状態での30km/h巡航とのことだが、そんなくつろぎモードでのペダリングがダイエットに効果的ということか?
 自分の休日のCR走行を思い出してみると、片道15kmのコースを往路で30~35km/h、復路で35~40km/hで走っているけど、決してソファーでくつろいでいるような状態ではない。心拍数は高くなっているし、汗も噴き出している。ということは、世間で言われているようなダイエット効果っていうのは少ないのか?とも思ったりする。
 しかし、自分にとってのくつろぎモードでペダリングをする状態ってのは、運動している状態とは思えないし、ダイエットに効果があるとは、とうてい信じがたいのが事実。現に、体重を一気に減らした期間っていうのは、1時間以上継続して続ける事が出来る範囲で目一杯の負荷を掛けた水泳による結果であったりすると思う。そんな運動状態ってのは、決してくつろぎモードではない。今の自転車走行でも、40~50分の走行だが、その時間の範囲で可能な最大限のペースで走っているが、そういう状態の方がダイエットに効果があるというのは間違いなのか?と思ってしまう。

 まぁ、今自転車で40分なら40分出し続ける事が出来る最大出力で漕ぐってのが、今の楽しみ方であり、ダイエット目的でないんで気にしないが、本当の所、ダイエット効果が最も高くなるペダリングっていうのは、どんな状態か?というのは関心があるところ。

 余談だが、自転車競技者ってのは改めて凄いと思う。いくら集団とは言え、ソファーでのくつろぎ気分で30~40km/hを持続的に維持できるとは、、、、較べる事は無意味だが、自分は、30~40km/hを1時間持続しようと思うと、小径車の単独走行とは言え目一杯でヘトヘトある。まぁ、一般人はこの程度が普通なんだろうなぁ、、、、。実際、見掛ける他人を見ても、フルサイズの高価なロードレーサーで走っている人でも、30km/h以上で持続的に走っている人ってのは、ここ1年程の毎週のCR走行でも見た事無いのが現実だ。
 自分にとっての自転車はダイエット目的では無い。自分で決めたコースで、どれだけ漕げるか?の体力確認が楽しみだ。それに加えて、最近の楽しみってのは、折り返し地点で出会う他のサイクリストとのチョットした会話って要素が増えてきたところ。

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ツール・ド・フランス

 自転車ロードレースの最高峰であるツール・ド・フランスが開催中である。昨日は、日程の中で最長の236kmを走る第三ステージだった訳だが、途中のペースが非常に遅いということを、解説者の方々が驚きを以て解説されていた。
 ライブ中継では、中間地点近辺で一時間毎の走行距離が40km/hで入っていたのが、30km/h程迄落ちているとの解説だったけど、その際の映像というと、正しくサイクリング状態である。まぁ、ツール・ド・○○のツール=Tourであり、或る意味、旅ということ。レースでは、大抵集団で走り、最後のゴール前の10km程度から本格的な駆け引きが始まって、最後の3kmを切った状態から本格的なレースっぽくなり、最終的にはゴールスプリントというのが常であり、スタートから暫くってのは、レースというよりも集団サイクリングに近いようなものなのかもしれない。

 昨日の解説では、選手の安静時の心拍数の話があったけど、凄い選手では安静時心拍数で28という選手もいるそうで、殆どの選手が40前後ということらしい。そして、30km/h程度での集団走行では、ソファーに座ってくつろいでいる状態と変わらないだろうとの解説である。そんな選手達は最後の数キロになると心拍数で180以上、中には220近辺迄心拍を上げて運動することができるという。正しく化け物である。

 ヨーロッパで人気のサイクルロードレース、ツールとかジロでは3週間を掛けて国を一周するレースだが、このスポーツは単純に速さを競うレースというだけでなく、或る意味、伝統と文化に根ざした祭りのようでもある。このレース中継は世界で20億人が観戦しているそうだが、ゴール前の本当の意味でのレース以外の走行時の中継映像を見ると、ヘリコプターを用いた上空からの映像も多く、ヨーロッパの国々を選手の進行に合わせて紹介するプロモーションビデオのようでもある。
 レース中の中継映像の素晴らしさという点では、二輪四輪の自動車競技とは一線を画したモノだ。この中継映像を見ていると、ヨーロッパの国々に旅行に出掛けたいという気持ちが湧き上がる。

 昨日の解説者の話で興味深い話で他のネタを挙げると、自転車競技の世界では、身体能力の高いアフリカ等の選手が陸上競技とは違って出てこない理由を挙げられていたが、その理由ってのは、自転車競技というのは身体能力の高さも必要だが、それ以上に技術と経験が重要であり、経験を積むフィールドが無いから有力な選手が出にくいとの解説だ。この解説に対しては、なるほどなぁ!という感じを受けたところ。

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2007年7月10日 (火)

バイクの馬力自主規制撤廃!

 先月末を以て、国内販売されている二輪車の馬力自主規制が撤廃された。
 思い起こせば、1983年に初代のRG250ガンマが45PSでデビューしてから長きに渡り上限出力が定められていたのが、遂に解除されることとなった。

 一番最初の規制値は400ccで59PS、250ccで45PSだったけど、1990年に各々53PS、40PSと規制されて今に至っている。勿論、リッターバイクから原付迄規制値が定められていたけど、この度、目出度く規制撤廃となった。

 しかし、その裏では、強烈な排ガス規制も施行される。排ガス規制をクリアしつつハイパワーが実現できるか?或いは、そういう需要があるか?という現実的な問題をクリアしなければ実際にデビューする単車のスペックがどうなるかは判らない。

 時代的に、馬力を志向するような人が多いとも思えないし、現実ハイパワーのリッターバイクでは、何馬力でも、どうでも良いのが現実であり、こういう規制が解除されて一番メリットとして感じれるのは中型クラスである。しかし、国内市場では中型バイクの人気は全くといって良い程無いのが現実だ。
 仮に、90年代初頭の段階で規制が解除されていたら、きっとレプリカバイクは凄い事になっていたんだろうなぁって思う。

 今回の規制撤廃でミドルクラスに魅力的なモデルがデビューするのを、チョット期待していたりする。2スト復活は有り得ないけど、250ccで6気筒20000rpm以上ってのも、数字の上では可能となるし、600ccのSS系モデルがスケールダウンして400cc化されても魅力を持ったモデルが成立しそう。
 日本独自の免許制度を考えると、400ccクラスの復活が期待できるかもしれない。ZX-4R、YZF-R4、CBR400RR、GSX-R400なんて生まれると、まるで80年代みたいだ。さて、どんなモデルが生まれてくるだろうか?600ccなら130PSオーバーの御時世、こんなバイクは危なっかしいけど、同じ味付けで400ccなら80~90PSくらいになるのかなぁ?規制された600ccよりもパワーを絞り出した400ccの方が面白そう。そしてパワー自体が曲がりなりにも使える範囲だと、魅力あるように感じる。

 個人的には、今のガンマ500クラスの馬力で十分以上だし、SV650Sの70PS級のエンジンが丁度良い案配だ。そう考えると規制された現行の国内向け600ccは興味持てないし、フルパワーの600ccは扱えない。そんな事を考えると、フルパワーの400ccってのは良さそうに感じるところ。扱いきれる範囲でフルパワー、、、、魅力である。600ccで規制を受けた69PSというのと、400ccで絞り出した69PSというのを較べると、乗りやすいのは規制を利用して中低速のトルクを増やした方だろうけど、エンジンを回して感じる感覚は、パワーの絶対値ではなくパワーカーブであり、パワー特性だ。そう考えると、エンジニアの思いがダイレクトに感じる事ができる小排気量のフルパワー車っていうのは、とても魅力一杯だと言える。
 現在の普通二輪免許取得者でオジサン層っていうと、時間的な制約から大型教習が受けにくい人ってのも居ると思う。そんな人から見ても、400ccフルパワーっていうのは魅力的な存在かもしれないし、潜在的な需要は大きいように思う。
 自分のような一般的なライダーの立場から考えると(単に自分が下手なだけかもしれないが、、)、日本の公道ではツインの650ccクラスの出力で十二分以上であり、マルチなら400ccってところが使い切れる上限のようにも思う。自身、2ストの500ccで既に手に余ってるし、時折恐さを感じる訳であり、600cc以上の化け物バイクは既に乗る気が沸いてこない。

 でも、現実的に国内市場に現れるモデルっていうのは、大型の海外向けSS群だろう。国内向けに仕様変更する手間が少なくなる分、国内にリリースされる確率は高くなりそうだ。

 今年の秋はモーターショーが開催されるけど、その時には市場がどのような方向に進むか?が判るかも知れない。結構楽しみである。

http://response.jp/issue/2007/0706/article96612_1.html

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広島のサイクリングコース

 子供の夏休みを間近に控えて、サイクリングに子供を連れて行こうと思っているところだが、広島界隈のサイクリング可能なエリアを思い出してみることにした。

1.広島中央森林公園
 竹原北部の広島空港周辺のサイクリングロード。子供と走るにはハードというか無謀なコースかもしれない。健脚コースと一般コースが共用されているんで、幼稚園児を走らせるのは気が退ける。サイクリングがてら出掛けるには、広島市から見ると距離がある上に、コース選定が難しい。二号線は危険だし、呉周りでは遠すぎる。よって、ここで走るためには自家用車等で自転車を運んでから現地で遊ぶという使い方になる。勿論、レンタルサイクルもあるけど、自転車趣味の人からみると、乗る自転車は自分の自転車を選ぶだろう。面白自転車のレンタルも可能だけど、走れる場所が広場の中に限られるし、自転車以外で遊ぶには広すぎるし、家族全員で遊ぶには難しいか?
 ストイックに走るには一番だと思う。

2.もみの木森林公園
 これも中央森林公園に通じる使い方のコース。こちらは広島県北西部に位置している。これも自転車を運んで走りに行くという方が適しているかもしれないけど、広島市から見た時は、サイクリングの目的地として選ぶのもアリかもしれない。コース自体も中央森林公園程ハードではない。個人的には、やや中途半端な位置づけに思う。

3.備北丘陵公園
 これは文句なしに家族で行ってソコソコ楽しめる公園。サイクリングコースも園内移動手段として考えて捉えれば有意義に一日が過ごせそう。家族で出掛ける場合は、車で現地に行くパターンになるけど、有志を募ったサイクリングの目的地としても良い。中央森林公園に行くよりは遠いかもしれないが、コース設定が楽だし、道程の交通量から考えても安全。

4.しまなみ海道
 尾道今治ルートの島伝いの道。これも自転車を持っていって遊ぶレジャー向け。トレーニングコースというよりも家族レジャー向けっぽい。

5.土師ダム
 広島市北側に隣接した北広島の土師ダム湖畔のサイクリングターミナル。上二つのサイクリングコースとは異なり、家族向けの低速走行専用のコースで家族向け。

6.広島市内河川沿い
 広島市は太田川三角州に広がる街であり、河川沿いに遊歩道が整備されている。戸坂を過ぎると土手上の道路は車と併用区間があるけど、多くの箇所が専用の遊歩道となっている。市内から直行できるので、個人のトレーニングコース向けか?

 以上、6通りを思い付くけど、家族で楽しむなら土師ダムか備北丘陵公園というところ。森林公園(もみの木、中央)というのは家族でも楽しめるけど、それ以上に本格的なコースなんで、自転車趣味の人と集って出かける方が楽しそう。しまなみ海道は結構アップダウンがあるんで有志でのサイクリングの方が楽しめそう。市内の河川沿いは、どちらかというと、個人でのトレーニングコース的な色彩が強い感じ。

 ということで、娘と出かけるなら備北丘陵公園か土師ダムというところ。幼稚園児の脚力と集中力、市内からの利便性を考えると、広場、遊具等が揃って平坦かつ低速走行前提の土師ダムの湖畔周回コースの方が良さそう。

 因みに、自分の好みとしては中央森林公園の健脚コースと太田川沿いの河土手の遊歩道だ。

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2スト時代のmoto-GP

 最近、サーキットトレーニングはビデオを見ながら行っている。見るビデオといえば、2001年シーズンのmotoGPの総集編だったり、鈴鹿8時間耐久レースが多い。2001年といえば、チョット前と思っていたけど、既に6年も前の話になる。
 2001年はmotoGPが4スト化される前の最後の年であり、2スト500によるレースだ。ロッシのNSR、ビアッジのYZRによるバトル、確執勃発の年でもあり、開幕の鈴鹿GPにおける最終コーナーでのビアッジによるロッシの押し出し行為と、二周後の第一コーナーでのロッシのアピールが印象的なレースだ。ビアッジは1998年シーズンでのドゥーハン選手との競り合いでもダーティなイメージが芽生えつつあったけど、2001年シーズンでのロッシとの競り合いから良くない印象が自分には植え付けられた。
 2001年シーズンはロッシが合計300ポイントオーバーでチャンプを決めた年だが、この年のGPは日本人の活躍も印象的である。YZRの中野選手、ノリック、NSRの宇川選手が結構良い活躍をしていた年でもある。
 250クラスでは、故加藤大二郎選手がぶっちぎりでチャンプを決めた年でもあり、いろんな意味で見所の多いシーズンだったと思う。

 この2ストのGPを見て思う事は、最近の4ストのGPよりもエキサイティングという事。音も良いし、コーナーでの競り合いも見物。競り合い自体も序盤から終盤迄見られるし、見ている分には非常に楽しいものだ。

 2001年シーズンのビデオを見終わったら2002年シーズンを見る予定。2002年シーズンはRC211Vの圧巻ぶりばかりが印象的なシーズンだけど、コースによっては唯一対向できたのがNSR500というのが泣かせるシーズンだ。2002年の競り合いでは、ストレートの4スト、コーナーの2ストという印象があるが、改めて見るとどうか?というのが今更ながら結構楽しみだ。
 過去のレーシングシーンを思い出すと、GPは2スト、耐久はRVFが活躍していた時代が個人的には一番面白いと思うところ。

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任意保険

 昨日、自家用車の任意保険の継続手続きを済ませた。最近は、保険の細分化によって、何が何やら良く判らないというのが素直な感想だ。一昔前なら、車両保険を付けるか、付けないか?PAP、SAP、対人対物の金額程度の区別であり、保険会社による掛け金の差は無かったと思うけど、競争の激化のためか、非常に細かく分けてある。

 去年迄は東京海上日動のTAPという保険に加入していたんだが、今年はトータルアシストという保険に変更した。変更の理由は、車でお世話になっている営業の方の薦めに素直に従ったもので、何も考えず?に、お任せ契約である。
 今回のトータルアシストでは、家族限定から夫婦限定、年齢制限を35歳未満不担保、ゴールド免許割引というものを会わせ、車両保険の金額が昨年の90万から75万に変わった事で、昨年の支払金額から約15000円程安くなった。因みに、保険等級は目一杯進んだ状態だ。高いのか、安いのかが、良く判らないけど、取り敢えず更新した。

 単車の任意保険では、四輪ほどの細分化が進んでおらず、結構割高感が強い。

 保険制度から思うのは、単車にしろ四輪にしろ、使用者限定で割引率を上げて欲しいというのが願いだ。使用者を限定すると、複数所有の場合は、一台あたりに乗る時間は確実に減る訳であり、出来れば、免許証に保険をかけるような制度があればと思うところだ。台数が多いと、何か、無意味に保険料を支払っているような気がするところ。

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2007年7月 9日 (月)

夏のサイクリング計画

 今、二輪車でも単車より自転車に凝っている。自転車は楽しい。休日の早朝にCRを一っ走りして汗をかくのは最高である。平日の昼休み中に川沿いを走って汗を流すのも楽しい。そして、こういう自転車生活は基本的には1人で出掛けている。自転車自体を目的にする時は、走り慣れた道を走るのが一番良い。
 そんな、チョットストイック入った自転車との付き合い方の他に、自転車を使って景色を楽しむってのも楽しいものである。景色を楽しむ、時間を共有するという場合は、自転車は汗を流す道具では無い。自転車は景色を変化させる道具であったり、風を感じる道具であったりする。
 こういう楽しみ方では、自転車は何でも良かったりする。こういう楽しみ方で、楽しいなぁと思うのは、家族でサイクリングに出掛けた時等がそんな感じである。
 昨年は、自分がスピママ、嫁がアシスタで子供載せに娘を乗せて遊歩道をのんびり走りながら交通公園に出掛け、そこでゴーカートに乗って遊んで、帰りにマクドナルドに寄って帰るというサイクリング?を行ったけど、それはそれで結構楽しかった。

 今、下の子は生まれたばかりで連れ回すことは出来ないし、子供載せに載せるって訳にもいかないので、家族全員で自転車で出掛けるって事は不可能だが、上の娘が自転車に乗れるようになったんで、取り敢えずは二人でサイクリングに出掛けたいと思うところ。
 もう少し、上手い具合に乗れるようになるとサイクリングに連れて行こうと思う。

 行き先は土師ダムのサイクリングコースを考えているが、車にスピママと幼児車を乗せて、二人でドライブがてら出掛けようかな?と考えている。自転車に乗って楽しいと思えるようなイベントを計画して、自転車に興味を持たせたいと考え中である。
 子供の幼稚園が夏休みの間に自転車が自由自在に乗れるようにしたいと考える今日この頃だ。

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参院選、小沢さんの引退宣言!?

 月末には参院選が行われる。今回の選挙は年金問題が争点の選挙だが、与党自民党と野党第一党である民主党では随分とカラーが異なる。
 選挙なんて蓋を開けてみないと結果は判らないけど、今回の選挙では民主党の選挙に敗れれば政界を引退するという発言が何を意味するか?という事に関心がある。

 議会制民主主義が健全に機能するには、政権交代可能な体制というかバランスの上に政治運営が為される事が望ましいのだが、仮に、民主党の小沢代表が辞める事になれば、そういう健全な議会制民主主義ってのが未来永劫実現できない世の中になってしまいそうで怖いところだ。

 今回の発言の元には、小沢さんの意識では『絶対勝つ!』という読みがあってのことだろうけど、負ければ引退というフレーズを追加した裏には、小沢さんの政治信念を貫くために自民党を離党し、対抗勢力を結党すべく活動してきた経緯を踏まえ、自分の信念に沿った政治形態の実現を今後可能にする自信が無いというか、諦めの心があるのか?と思ったりする。
 これまでに、新生党、新進党、自由党と自民党に対向する勢力の結集を目指し活動されてきたようだが、その勢力結集の大元には、政権交代可能な政党を生み出し、日本の議会制民主主義に緊張感を与えるというのが、彼の信念だったのだろうか?と思うところである。

 今、与党、野党に限らず多くの政治家を見渡すと、局所的なテーマでの議論を行う政治家、政党はいるものの、民主主義の健全性という大きな視野で政治を捉える政治家っていうのが居ないような感じである。
 どんな法案、制度であっても、議論を深め、国民の総意に沿った法案が必要であり、そのためには、単純な一党支配体制では健全性は生まれない。小さな問題(年金、消費税、構造改革)での賛否を言う政治家よりも、そのような問題が本当に審議されて緊張感をもった国会運営が為される体制こそが望まれているように思うところだ。

 小沢さんの信念はそこにあるような気がするし、今回の選挙で負けるという結果が出た場合、小沢さんの言った引退という言葉の裏には、日本及び国民に対する失望の念が含まれているのかなぁ?と思う。
 このような大志を持った政治家ってのが、少なくなってきたような気がする。

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自転車の差、装備の差、ホントに気付くか?

 最近は休日になると、自転車に乗る事が多い。朝はラングスターTT、昼はオモイヨWWか、531ロードである。平日はスピママというパターン。乗る自転車は一様でないし、乗るスタイルも、基本はジーンズ+Tシャツ+100円の帽子というラフスタイルである。
 全ての自転車の共通アイテムといえば、走りに関係の無い所で、インフレーターとスペアチューブ、タイヤレバーを入れた小型バッグという所だ。走る場所は?というと、ラングスターTTとオモイヨWWの場合は、白島~可部間のCR走行で、531ロードの場合は自宅を中心として近場を走り回る時であり、スピママの場合は車の駐車場所(?殆ど会社)を中心として近場を走り回る時に使っている。スピママの場合は子供の幼児車と公園内を走る際にも使ってる。基本はクリップ装備の自転車はCR中心で、クリップレスの両面ペダルの自転車は近場中心である。

 こんな案配なんだが、色々乗っても自転車の差っていうのは、実はあんまり判っていなかったりする。確かに、荒れた路面を走った時の折り畳み自転車特有のがたつきを感じることも無くはないけど、綺麗な路面を走っている限り、乗って感じる差は極僅かである。厳密に言えば、ラングスターTTはシャキッとしているし、オモイヨWWはギャップに弱いもののダッシュ等の入力に対するレスポンスは結構素早い。西DAHONでも同じ感覚だが、レスポンス自体はオモイヨに較べると多少ダルな感じだし、乗り心地は優しい感じになる。スピママの場合は、最も小径のホイールを履いて、普通は漕ぎ出しや加速に優れるとは言うものの、実は、一定以上の速度域では重さが感じる気もするところ。しかし、基本は西DAHONと同じフレームの筈だが、乗り心地は結構ハードなもの。531ロードの場合は、全体的に緩い感じで、重量自体はオモイヨWWに較べても軽い筈だが、乗ると重く感じるのが不思議なところ。とそんな風に言う事も出来無くないのだが、実際に乗ってみると、乗っている最中に、どれがどうで、、、といった不平や不満も無ければ、結果的に同じコースを走っても、時間も変わらなければ、疲れ具合も変わらない。
 結構、人間の感性ってのはいい加減である。違う違うという先入観が先に来れば、違うように思うんだろうけど、実のところ良く判らない感じである。先に行った違いが本当に大きければ、実質的に差が現れる筈だが、差が現れないという時点で、そんな感想は結構思い込み的な要素が大きいのでは?或いは大袈裟にイメージしているだけでは?と思ってしまう。

 これって、自転車というハードウェアが違う事は事実なんだろうけど、乗り手が乗ると、その自転車なりに走らせてしまうんで、結局、その差というのが出にくいという事なんだろうか?こうなってくると、どんな自転車に乗っても、最終的には人が自転車なりに乗る訳であり、結果としては何も変わらないという感じにも思うところ。

 例の自転車少年や、先日ニシダサイクルさんに来られたお客さんのように、何が速いか?どうすれば速いか?という事に強い拘りを持つ人も居るけど、実際のところ、どれでも同じような気もするところ。(道具が変わっても、結果的に同じになるという意味で)
 CRでも結構な装備と高価そうな自転車を多く見掛けるけど、その価格と走りが比例しているか?というと、そうでもない感じがするところ。
 正直、自分が走っている時には、自分の愛車でも何の不満も無ければ、自分の愛車の能力さえ使いきっていないのは確かだし、スタイルにしてもジーンズ+Tシャツでも何の不満も不具合も感じないし、どこそこが痛くなるってのも無い。

 このような感覚を抱く自分ってのは、鈍感なんだろうか?とそんな事を思う今日この頃。自分的には、ポジションとギア比くらいしか気に掛ける所が無いってのが本音で、それ以上の部分については良く判らないというのが相変わらずである。

 ネットや雑紙の情報に翻弄される人も少なくないけど、そういうメディアの情報を見て思いこむ人っていうのは、実は情報を見なければ気付かない訳であり、自分で気付かないものに対して、強い意識を持ちすぎても、望んだ結果は得られないような気もする。自分的には、溢れる情報に翻弄されないよう、自分の感性で感じた事のみを自分の理解として活用しようと改めて思う。

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健康ブーム

 今日(正確には昨日)、CR走行を朝昼二回程行ったんだが、今日は梅雨時分ながら朝から降水確率が低い貴重な休日ということもあり、実に多くのサイクリストと遭遇した。昨日は曇天の中であり、ビックリする程の数のサイクリストとは出くわさなかったけど、今日は朝も昼も非常に沢山のサイクリストに出会った。
 数多くのサイクリストを見掛けたけど、今一番多いのは、何と言ってもロードバイクである。最新?風のロードであり、殆どのサイクリストが専用のジャージにレーパン、アイウェア、ヘルメットという装備を完璧にしている。これ系の人はパッと見、30代~50代といった年齢層のように見える。一人で走っている人もいるけど、かなりのペースで走っている人の場合は、何台かで連なって走っている人も結構多い。
 次に多いのがMTB系サイクリストであり、年齢的には、より若いか、より高齢かというところ。MTB乗りの皆さんは、ロードバイクよりは普段着に近いスタイルの方が多い様子である。
 このロード、MTBの次が、雑誌等メディアへの露出頻度が高くなっている折り畳み小径車の類だ。小径車の場合は、女性のサイクリストというのが特に多いような気がする。今日もアレックスモールトンに乗られた女性のサイクリストを見掛けたし、KHSの折り畳みを夫婦(カップル?)で乗られている方も見掛ける事が多い。

 今日のCR走行では、すれ違った台数で20台以上。追い抜いた台数では10台程度で合計30台以上にも及んだのだが、往復で30km程度の道を走る中で、これほどの数の自転車と遭遇するなんて思いも寄らなかったところ。
 ホント、ブームなんだと実感する。ブームの理由には、健康に役立つというポイント、環境に優しいというポイントもあるんだろうけど、実際のところ、運動して気持ちよい、景色が楽しめて気持ちよいという単純な動機のようにも感じる。このように、非常に沢山のサイクリストを見掛けると、あらためて自転車というのが現代のブームの一つになっているというのに、頷けるところ。

 因みに、今日のCR走行では朝はMTBに乗られた年輩の方、昼はロードに乗られた30代後半の方とも話をしたんだが、止まっている瞬間に気軽に声を掛け合えるっていうのも悪くないものである。

 今日のCRでは、多くの方が結構なペースで走られていた。ポタリングというよりも、ファーストライディングという感じ。勿論、ペースは様々だけど、どの人も表情的には一生懸命って感じ。そういう時ってのは、意識としては考える対象が自分自身となっている様子。
 自分も定例のCR走行では、景色を楽しむとか、会話を楽しむよりも、自分自身のコンディションを感じながらという事で、1人で走るのが好きである。健康ブームというよりも、自分のコンディションが保てているか?を確認するために走っているような感じになる。そういう状態での走りは、自分にとってのハイペースになる。自分の体調、健康のコンディションを計るバロメーターとしての自転車って感じだ。

 勿論、大勢で普段通らない道を景色を楽しみながら走るってのも楽しい。何時も走る場所なら1人で、普段走らない場所なら大勢でってノリが個人的には好みである。1人で走る時の目的は、自身の体調確認、能力確認で、複数で走る時は非日常性を味わうとでも言うんだろうか?これって、単車でも同じで、サーキットや通い慣れた峠を走るなら1人がベスト。見知らぬ土地にツーリングで出掛けるなら大勢がベストというのと変わらない。

 健康目的で自転車にのるなら、やっぱり1人で走るに限るなぁと思うところ。

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2007年7月 8日 (日)

二輪車に乗ると性格は、、、

 前々から書いているけど、自転車でも単車でも、基本は自分のペースで走るものであり、他人に頑張って追いつこうともしないし、反応されて挑まれるのも嫌という話を書いたけど、そうでない人っていうのは結構多い。誰彼より速くとか、抜かれたら抜き返すといった話は結構聞くし、CRや峠でペースが違うが故に追い抜いたりすると、鬼神の形相や、息を切らして追いかけてくる人も居る。

 そういえば、一般的に二輪車(自転車&単車)乗りってのは、結構、そういうバトル?状態に成りやすいようにも思う。
 跨って乗るという乗り物っていうのは、乗り手を戦闘的にするのかなぁ?と、ふと思ってしまう。確かに、この手の乗り物ってのは、跨って、やや前屈み気味で上目遣いでの操縦になるけど、こういう姿勢ってのは、或る意味、獲物を捕らえるがための頑張る姿勢にも通じているようにも思うところ。
 それ故に、人より速くという気持ちを普通に持ちたがったり、人から速いね!と言われたくなったりするっていうのは、人間として自然な意識の持ち方かもしれないとも言える。

 確かに、人から速いね!って言われて悪い気はしないのは確かである。今日は早朝と昼一番の二回程、往復30kmのCRを走った(朝はラングスター、昼はオモイヨ)のだが、今日は思いの外自転車乗りが多く、朝も昼も折り返し地点でのコーヒータイムの間に話しかけられた。そこで言われた事は『速いですね!』という入りだったのだが、悪い気はしないのは確かである。

 因みに、今日の走行ではかなりの数のサイクリストと遭遇した。クロスバイク、MTB、ロード、小径車と様々だ。ロードバイクというと、スペシャ、TREK、FELT、アンカー、ビアンキというところが目に付いたところ。小径車ではアレックスモールトン、KHS、DAHONというところ。自転車ブーム真っ盛りという感じで、格好いい装備でCRを走っている。

 多くの台数を目撃するというと、必然的に走行中に遭遇する事も増えるのだが、すれ違う時は気にする事はないけど、やり過ごす時ってのは、結構気を遣う。側方間隔を十分にとって、感じ悪くならないように、一気に振り向かずにやり過ごす。抜く際に『お先!』って言うのも抵抗あるし、抜いて後を振り向くってのも抵抗ある。集団で走行しているロード軍団を抜く時ってのは、相当に気を遣ってしまう。

  今日、太田川橋でお会いしたスペシャのロード乗りの方は、話をしていた事もあり、抜く時に『じゃあ!』っと言う事で感じ悪く成らずに走れたのは良かったけど、大抵の場合は、面識も無いがために、結構気を遣う。余裕で笑顔で手を挙げて先に行かせてくれる人は良いけど、中には、ゼイゼイと息を切らして反応して追走を掛ける人も居る。そんな時は、結構怠いなぁと思ってしまうところ。

 経験上、二輪車に乗っている人の多くは、抜いた瞬間に反応してくる人が多い。概ね、戦闘的になってしまう人が多い。そんな人達も、二輪車から降りれば温厚なんだろうと思うと、やっぱり、跨って前傾姿勢、そしてスピードを出すってのは、自然と戦闘モードに人を変えてしまうのかも知れない。
 結構、余裕噛ましたコメントを書いている自分だが、煽てられると嬉しいって思う事自体、挑まれて、サラッとかわすか?というと怪しい部分もあるし、虫の居所によっては戦闘的になるかも、、、、。

 確かに、以前の記事で四輪運転中で背後から感じ悪い運転してたネイキッドバイク乗りにしても、二輪車に乗っているがために前走車を全て蹴散らしたくなったのだろうか?また、その本人だろうと思うけどコメントくれた人みたいに、戦闘的になって何が悪い?と思う人が多いのも事実かもしれない。
 そう考えると、なるべく穏やかに、さりげなく他の車両との間合いを取って運転して、変な状況を作らないようにしなければ!と改めて思うところだ。

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ライディングハイ

 表題の言葉は、今日ニシダサイクルのお兄さんと話しをしていた中で出てきた言葉である。元ネタは、昨日の記事での自分の二輪車での快楽感についての話だ。

 そのネタの元っていうのは、そういえば長距離ランナーでいうところの『ランナーズ・ハイ』というのと似ているのか?とふと思った事が、この記事のタイトルになっている。
 ランナーズハイというのは、長距離ランナーが走り続ける事で苦痛がなくなり、心地よい気分で何時までも走れそうな感覚を得る状態の事で、それにはエンドルフィンという脳内麻薬様物質の作用と言われている。

 勿論、長距離走のような過酷な身体の使い方をしている訳ではないが、自転車でも単車でもだが、乗っている最中には、麻薬的な感覚で全てが判るような錯覚と心地よさにより、ずっと走り続ける事が出来るような気になっているのは確か。
 エンドルフィンとは違う、何か別の物質が脳内に分泌されているのだろうか?
 それにしても、自転車や単車をライディングしている際に感じる、あの独特な感じっていうのは、一体何処からやってきているのだろうか?

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歩道でベルはOK?NG?

 先日、無謀な運転をするラフェスタオバサンネタを記事にしたけど、最近、法規やマナーについて考えることが多い。最近は、自転車、単車、車と色んな種類の乗り物に乗ってで歩く事も多いし、子供をつれて歩いて出掛けるということも多い。
 いろんな立場で公共の空間を移動しているのだが、そんなときに考えることがある。

 仕事で東京に出掛けて感心するのは、駅やデパート、百貨店のエスカレーターで利用者は殆ど右空けのような使われ方がされている。殆ど無言で暗黙の内に為されている。地域によっては左空けというところもあるようだが、いずれにせよ二列の内一方が開けられて急ぎの利用者の空間を確保しているってところが多いようだ。
 しかし、広島ではそんな事は有り得ない。完全に団子詰め状態での利用だ。

 さて、そんな事と公共空間でのマナーの関係は直接的に無いかも知れないが、広島の歩道、遊歩道では、歩行者優先の規則は判るけど、広い遊歩道、歩道を道幅一杯に5列併走のような形で完全に占有してダラダラ利用する歩行者ってのが結構多い。
 果たして、このような集団で歩道を占有する歩行者に対して、自転車はベルを鳴らして良いモノか?と考える事がある。
 普通はベルはNGなんだが、歩道を占有している集団歩行者っていうのは、歩行者の権利を主張するに値する意識をもって歩道を利用しているのか?と思うことがある。

 歩行者であれ、自転車であれ、公共空間の利用は譲り合いが原則であり、一部が他を排除するような使用するというのは、NGではないか?というのが自分の持論である。そう考えると、歩道を完全に占有してGメン歩き(古っ!)している歩行者には何らかの意思表示をしても問題ないような気分になる。
 勿論、歩道を激走する自転車がベルを鳴らして暴走するのはNGだが、併走集団の直後を徐行して声を掛けても気が付かないような歩行者集団に対しては、直後に接近して待っているのを、如何に伝えるべきなのか?とそんな事を考えることが多い。

 歩行者であれ、自転車であれ、勿論、単車、自動車であれ、通行箇所を併走して利用するっていうのは、基本的にマナー違反であると最近は思う事が多いんだが、現実問題、公共空間の利用者を見ると歩行者と自転車の場合は99%が当然のように併走、並進していることが多い。併走する理由というのは、隣とのお喋り目的であり、注意力が散漫となっていることが多く、そういう状態っていうのは直近に居ても気付かれない事が多い。
 この併走、並進っていうのは、完全に公共空間の占有状態となっている訳であり、それはやっぱりマナー違反だと思う。

 遊歩道の実態、エスカレータの利用法の実態をみると、このようなマナーっていうのは地域性があるのか?と思うことがある。東京では、歩道や遊歩道においても或る程度のマナーっていうのは浸透しているのだろうか?広島では、エスカレータの利用方法とは関係無いかも知れないが、少なくとも、歩道、遊歩道の利用形態っていうのは、完全に無秩序であり、利用者各々が無意識に占有しているような状態となっている。

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2007年7月 7日 (土)

超健康レシピ

 雑穀、有機野菜といった健康に配慮した食材と厳しく栄養価を調整した調味料、調理法による超健康志向のメニューを出すレストランをドクターズレストランというそうだ。
 今日(昨晩)のニュースで目を引いたのが、ドクターズレストランの繁盛のニュースである。本来、このレストランでのメニューってのは医師、栄養士が各種疾病の患者に適応したレシピというものから来ているそうだ。透析が必要な患者さん、糖尿病を患う患者さんに適応したメニューを出すというのが最初だったらしい。
 そんなレストランだそうだが、今では、健康ブームということで60%が健常者が健康レシピに惹かれて利用しているとのこと。

 確かに、人工透析が必要な患者さんや糖尿病の患者さんにとっては、味気なく成りがちな食生活に彩りを与えるという意味で、こういうレストランっていうのは非常に良いモノのように思う。
 ところで、こういったレストランの料金形態がよく判らないけど、患者さんが利用する場合は健康保険の対象にしても良いような気もする。最近は生活習慣病クリニックという病院も存在し、実態はスポーツクラブだけど、メタボ対象者にとっては施設の利用は健康保険の適用が可能である。そんな事を考えたら、ドクターズレストランというのも食行為から患者に活力を与えるという点では、医療行為にあたるような気もする。

 そうすることで、ドクターズレストランでの食の楽しみを患者さんが満喫し、闘病生活に彩りを与える事が出来れば、疾病からの回復も案外早くなったりするような気がするところ。

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2007年7月 6日 (金)

自分の意見、他人の意見

 今日、久しぶりに、例の自転車少年が自転車の事を尋ねて来た。雑紙のインプレッションに書いてあるモノが良さそうだが、本当に良いのか?といった類の質問である。答えとしては、記事の書き手がそう感じたんなら、記事の書き手にとっては良いモノなんだろう。しかし、その良さを感じれるかどうか?は、判らないのでは?という答え。
 モノの善し悪しの判断っていうのは、使い手次第であり、違いが判る人、判らない人も居れば、モノの特徴が使い手に会うかどうかでも論評は変わる。よって、雑紙やネットの記事ってのは、話半分で聞くしかないし、自分がどう感じるか?どう思うか?の自分の意見の方が大事ではないだろうか?という答えになる。

 なんでも、彼は未だに『速く』なりたいそうだ。そして、そういう意識を無くすとモチベーションが保てないんだそうだ。この『速く』というのを聞くと、とにかく速くという事だそうで、何を以て目標に到達したかの判断は無いみたいである。
 更に聞くと、街で遭遇する他の自転車乗りを追い抜く?速さを以て、自分が速くなったと判断する様子である。微妙に難しいというか、何というか、コメントのしようが無いのが正直なところだ。

 聞けば聞く程に、幼稚園児がウルトラマンや仮面ライダーのようになりたいという願いにオーバーラップする。まぁ、願いは人次第であり、それはそれで良いんだが、その速さを手に入れるには、雑紙やネットで紹介されているパーツの機能を手に入れる事が解決法のように思っているようだが、聞けば聞く程に難しいという印象だ。

 先の記事の、何が楽しいか?というのは、彼の意見に反応しての記事だが、彼と私の違いっていうのは、私はあくまでも自分の身の丈の範囲で楽しさを見つけている点であり、彼の楽しさっていうのは、人より速く走れるようにならない限りは得られないという、満足の尺度が他人にあるという点である。
 やっぱり、自分で出来る事っていうのは、自分次第であり、自分の出来る範囲で満足を得なければ楽しくないような気がするのは気のせいだろうか?
 夢を語るのは自由だが、夢だらけで、夢を実現するのを全てモノ任せ、他人任せというノリでは、夢は白昼夢で終わってしまうような気がする。ふと振り返ってみると、彼が話し掛けてくる時は100%質問ばかりである。自分で考えようとしない時点で終わっているような気がするなぁ、、、。

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○×目的での乗り方、使い方、付き合い方

 自転車、単車っていう乗り物は、付き合い方は様々である。改造する事を第一とする人、磨く事を第一とする人。乗る事を第一とする人、、、、、。そして、乗ると言っても、乗り方迄分別すると本当に様々である。

 自転車に乗るという事を例に挙げても、自転車に乗って交流を深めるという目的もあれば、乗る事自体が目的でも、乗る目的が違えば、乗り方は様々である。

 最近は特に、自転車でも単車でもだが、1人で乗る事が多い。単車の場合を例に挙げると、思うがままに道を決めて、その道で自分のイメージ通りに走る事が至上の楽しみになっている。そういう時ってのは、乗っている最中に注意力の殆どが、単車と路面に向いている。そういう精神状態ってのは非常に心地よいものである。
 自転車でもそうである。チョットした合間に愛車を出して乗る。乗っている時っていうのは、完全に集中してコンディションと自分の身体の具合にのみ気を遣って走っている。それも、とても心地よいものである。

 単車、自転車で共通した心地よさってのは、自分の術を使って、何処まで出来るか?というのを試す心地よさであり、その思いを実践できた時の達成感によってもたらされているように思う。
 思い通りに峠道を走れた時の心地よさ、思い通りにアベレージを保てた時の満足感といのは共通した満足感でもある。

 因みに、単車で走って最高って思う瞬間ってのは、ずっと続くワインディングロードにおいて、正に乗れているというような実感を感じている瞬間だ。そういう時ってのは、路面の小さな石コロからギャップ迄しっかり見えているし、見通しの悪いコーナーの先に何があっても、その場面においては、何が起こるのかが予測できるような感覚だ。イメージ的には、自分の乗り姿が斜め上上空から客観的に見えるような感覚である。
 自転車で走って最高って思う瞬間は、心拍数を比較的高い状態迄追い込みながらも心地よく感じる瞬間。身体的には、3km以上の連続した泳ぎの最中に近い感覚であり、そういう状態を持続している瞬間が、何とも言えず好きな一瞬である。何km/h出たとか、誰より速かったとかではなく、自分の身体を追い込んだ時に感じるというか、陶酔するというか、そういう感覚を味わうために乗っているといっても良い感じだ。
 単車や自転車でそういう感覚になっているといっても、決して、それが速い状態とは限らない。速いか遅いかは不明だが、とにかく自分が心地よいと思える状態では、そういう感覚を得ているというところ。目的は速くというよりも、そういう状態(トランス状態?)を堪能することだ。

 今の二輪車生活で感じる満足とは、自分が単車や自転車に乗って、先に述べたようなイメージというか感覚を得た時に初めて得られる感覚だ。そして、それが出来る状況ってのは、走っている最中に見る相手というのが、自分中心であり、やっぱり集団で遊ぶよりも、1人で走っている時の方が神経の全てを自分の身体と乗り物に集中できる分楽しいとも思う。仮に複数で走る場合であっても、そういう考えを認識した上での寄り合いであったり、同じ指向性の集団であるのが大前提のように思う。

 ふと思うんだが、そういう感覚っていうのは、案外、危険な領域の隣り合わせなのかなぁ?とも思う事がある。人間、死ぬ瞬間に何を考えるかは判らないが、そういう瞬間の直前っていうのは、麻薬的な陶酔的な感覚を感じるような生き物のようにも思う。極度の緊張の手前っていうのは、案外心地よい状態なのか?とも思ったりする。単車で心地よい状態で走っている状態、自転車で心肺を追い込んだ状態っていうのは、度を過ぎると生命の危険に関わるような事かもしれないが、その手前っていう状態故に心地良く感じるのかも知れない。

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2007年7月 5日 (木)

梅雨時は屋外運動が少な目

 先週から梅雨らしい天候が続いている。一日中蒸し暑く、雨が断続的に降っている。九州方面のように災害をもたらす程の雨量ではないが、屋外で活動するという気には、なかなかならない。
 毎日の屋外運動?と言えば、昼休みの9km程のポタリングがあるけど、これも雨に祟られ気味であり、雨が降ると事務所内でノンビリ過ごしている。週末のCR走行でも先週はともかく、先々週はしっかりと雨が降って走れていない。(前後の平日の時間の隙間を利用して走るには走ったが、、、)
 自分のスケジュール的にも本来はスポーツセンターに通う予定の曜日に、会社でくだらない会議があったりして、水泳も二週間程遠ざかっている。勿論、今週の金曜日は泳ぐ予定だが、、、。

 この時期は、どうしても屋外の運動スケジュールが予定通りに行えないのがNGだ。屋外での運動が全く行えない場合の、屋内で行う運動といえば、ステッパーとサーキットトレーニングくらいのもんであり、どうも運動不足気味の感が強い。
 身体を動かす時間が短いと、どうも翌日の朝から調子が出ない。全体的に身体が重く感じるし、何するにしても気合いが入りにくい。しっかり動いた後の方が、なんでもシャキッと出来るのは不思議なモンである。

 こういう天気が続くと、ローラー台ってのが現実的な購入対象として再び意識の中に入ってきてしまうところ。
 ローラー台に対する関心と言えば、ラングスター納車前に盛り上がっていたものの、実際にラングスター納車後にCRを走り回っていると、自転車で走る時に闘う?相手っていうのは、空気の壁であり、ローラー台では空気の壁を感じることが出来ないという点で関心が少し減っていたのだが、何も出来ない状態というのよりは、ローラー台でも回していた方が良いのかなぁ?と思ったりする。
 でも、ローラー台っていうのは、通常の自転車を使うといっても、負荷の掛かり方が実走とは微妙に異なるし、理屈的にはエアロバイクと同じ様なモノ。エアロバイクといえば、過去に二台程購入したが、過使用によって駄目になったし、エアロバイクに乗っても実際問題、あんまり楽しいとは思えないのが現実。

 屋外で運動が出来ない日用に、屋内で楽しく汗が流せる器具でイイものは無いだろうか?

 取り敢えず、今週末は曇りでも良いんで、雨が降らなければ良いのに、、、、。

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防衛大臣の辞任の言い訳

 昨日、久間防衛大臣が辞任して、後継に小池補佐官があたることになった。
 久間さんの『しょうがない』発言に端を発した騒動だが、この『しょうがない』という方言的な文言を原爆投下に是非に使ったところで、後の言い訳の混迷度合を更に深めているように思うところ。

 『しょうがない』という意味を考えると、『何々して、しょうがない』と『しょうがない人ねぇ!』の『しょうがない』の意味は微妙に違う(前者は同意的な意味合い、後者は否定的な意味合い)ようにも思うけど、今回の発言は原爆投下に対して同意的な意味合いで取られた模様。
 後の言い訳、官邸のフォロー?発言から考えると、最終的に久間さんは、原爆投下自体を正当化するような認識を持ち続けているという点では変化が無く、今回の辞任の答弁に際しても、被爆県の県民や国民に対して原爆投下自体を当時のアメリカの判断から考えて仕方ない行為で、寧ろソ連参戦による混迷を深めなかった事を良しとするスタンスは一切翻っていないのが判る。
 辞任の理由ってのは、久間さん自体が大臣に留まることによる参院選への悪影響が第一ということになっており、結局、久間さんも昨日の記事ではないが、国民のために仕事をしているのでなく、官邸に向いて仕事をしているだけの人というのが垣間見れる。

 今回のドタバタでは政府与党の対応も同意しかねるのが個人的な感想だ。今は参院選前でもあるが、原爆投下、終戦記念日直前でもあり、大臣が辞意を表明する程の不祥事ならば、国民に向けた説明責任があるはずだが、なぜ会期が残っている状態でありながら、野党の追及に対する与党の姿勢が審議拒否という形になるのだろうか?会期を延長してまで国会運営を行うのであれば、今、この時期にやるべき事の重大案件に、今回の久間発言問題は含まれているような気がしてならないのが素直な感想である。

 数の論理で、審議を深めず一方的な政党の思惑だけでの法案成立と、不都合な案件は審議拒否で対応するという、現在の与党の姿勢とういうのは、一種の一党支配の独裁政権的な色合いを感じるし、それに対する安部首相の稚拙な対応ばかりが目立つ気がする。

 しかし、現安部体制ってのは、大臣の問題行動ってのが極めて多いようだが、個人の資質を見抜く事が出来ないのか、統制を取る事が出来ないのかしらないが、安部さんってのは、総理の器に無いような気がしないでもない。

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2007年7月 4日 (水)

仕事は誰のため?

 最近は、役人、大臣の不祥事?というか、不適切な実態が結構ニュースになっている。
 業務の不適切な実態で日本中から槍玉に挙がっているのが社会保険庁だ。年金を払っていても記録が無い場合がある。払ったという記録が無ければ払った事にならない。証明されなければ年金受給の権利が無い。払った事を第三者機関によって査定?して確認する。等々、色んな話が出ているが、関連のニュースを見ると、月々の支払いを受け取る担当者がポケットマネー化したとか、しないとか色んな話が飛び交っており、こういう状態では、誰もが納得できるような対策を打ち出すということ自体が困難なのは明白である。

 官庁絡みの不正では、緑資源機構の官製談合問題、政治家では農水相のなんとか還元水等々、色んな問題があるようだ。

 このような不正、或いは不適切な行為に対しては、マスコミ、世論共に批判的な論評も多いし、世間も徹底的に批判しているところだ。そして、このような批判ってのは、役人、政治家が、誰のために何のために働いているか?という一点において、本来は国民のためという目的対象が希薄?になって、自己の利益のために働いた結果が全ての不正の根元であるが、そのように考えた時に、単純に、そのような不適切な行為を責めれるのだろうか?と思う事がある。

 民間企業に勤める一般の人を例に挙げると、そういう人達は誰のために働いているか?という事を考えると、色んな答えが出てくる。金のため、自分のため、会社のため、組織のため、部門のため、、等々の様々な答えが出てくるけど、それって本当に正しい事か?という事を考える事が多い。
 民間企業というのは、確かに利益を追求する団体であるのは間違い無いけれど、利益というのは、企業活動の対価を受け取る事によって自然発生的に手にするモノであり、利益というのが目的という意識が強すぎると、民間企業においても生産活動が変質してしまうように思う。

 民間企業に勤務して、職場の飲み等に参加して色んな話を聞くと、多くの人は、職場のため、社長のためという話をしている。そして、本音の部分では、お金のために残業を余分にするという意見を持っている人も少なくない。

 このような話を聞くと、私利の部分がエスカレートすると、色んな歪みを生みかねない。良い例が、自動車会社によるクレーム隠し、食肉販売業での品質捏造、テレビ放送内容のデータ捏造、官と癒着した談合・・・・がそうでは無いだろうか?全ては、利益を優先した結果の果てであり、殆どの人の意識である利益追求という考えは、一歩間違えば、法に触れる状態に陥りかねないように感じるところだ。

 民間企業に勤める自分の意識としては、色んな仕事をしても考えている事は、最終的な製品に対価を支払ってくれるユーザーのために働くってのが本当のところでは?と思う。ところが、現実的な社会では、そういう意識が希薄な印象を受けざるを得ないというのが正直なところだ。現実には、データ捏造、性能偽造、品質データ捏造というニュースに溢れ、それは、あらゆる業種において見られる実態であり、そのような行為自体、生産活動に従事する者の目が、顧客を見ずに、組織や上役の顔色を見て活動した結果に過ぎない。
 現在の企業を取り巻く環境を眺めると、極めて多忙な業種っていうのが存在している。例えば、製造業において、納期を守る事に拘りすぎて、手抜き作業が無いか?或いは、品質基準に達していない製品を出荷していないか?契約性能に達していない製品の成績表を偽造して出荷していないか?工程進捗の遅延による組織からのペナルティーを恐れて、担当者レベルでの確認作業が疎かになっていないか?等々を考えると、完全に顧客優先の精神で業務を遂行している企業っていうのは、本当に存在しているのか?と思う事が多い。最近話題になった大手製造業のクレーム問題は全て当て嵌まっているのでは無いだろうか?
 更に、ニュースになるような不正を行った企業っていうのは、事件が発覚してから、五月雨式にしか問題が明らかに出来ない実態が多く、殆どが、ばれなければOKという意識が根底にあるとしか考えれない。

 そんな事を考えると、本当に役人や政治家を責める資格がある人っていうのは案外少ないのかも知れない。最近の日本のモラル等々を見れば、現代日本人の資質として、利益優先、私欲主義的な色合いが強いのか?と考えてしまう事が多い。

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検索される固有名詞、『オモイヨw』

 ここ最近ずっと検索ワードで多い固有名詞が『西DAHON』であるが、さっきアクセス解析のページを見ていたら、なんと『オモイヨw』で検索されている方もいらっしゃるようだ。

 オモイヨWWってのは、パナソニックのレ・マイヨWの改造車の事だけど、レ・マイヨW自体が継続生産のため?か、マイナーチェンジによる仕様変更が為されたばかりであり、その理由は需要があるからだと思うけど、実際にレ・マイヨWに関心がある人も居るってことだ。
 個人的には、DAHON系よりもレ・マイヨWの方が好みだ。価格の割に使われているパーツが見劣りするし、改造も行いにくいけど、コラムが長くスレッドが短いという剛性重視のデザインの折り畳み自転車ってのが少ない故に、独特の個性を発揮していると思う。
 レ・マイヨWで改造する際に最もネックになるのが、多段化のための施策だが、気合いがあれば、フロントW迄は可能だ。

 ネット上でレ・マイヨWをネタにしたサイトは極めて少ないけど、ネット上で関心を持つ人もゼロでは無い様子。DAHON等のメジャーでなく、超マイナーながら、レ・マイヨWユーザーが増えるのを期待しているところ。あわよくば、オモイヨWWレプリカが出来ればなぁと思っている。

 レ・マイヨWに興味がある人、是非買って下さい。結構、良い自転車だと思いますよ!
 フロントW化する際の勘所や注意事項も出来る範囲で教えます。

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自転車で走行中に左腕切断

 昨日のニュースで痛ましい事故が報道されていた。歩道を自転車で通行中の女性が、車道を走行していたカーキャリーのリアゲートと衝突して、左肩から下の腕を切断するという大怪我を負うというニュースだ。

 このニュースを極稀のニュースと捉えるか?或いは、身近に危険は数多く潜んでいると捉えるか?は人によるだろうけど、自分の場合は、後者の考え方である。
 以前、高齢者向けの弁当宅配サービスの軽トラックと狭い道で離合の最中に、軽トラックの荷台側面の荷物取り入れ口が突然前方で開いて、危うくフロントウインドーを破損しかけた事がある。状況は、自分が上り勾配、対向の軽トラが下り勾配で、対向の軽トラが下り勾配で減速時に軽トラの側面扉が開いてきたという状況だ。
 幸いにこの際は、回避動作により左路肩ヒットによるタイヤのパンクと、フロントスポイラーの破損のみで済んで、当然の如く、修理は100%向こう持ちの物損事故で処理できたけど、昨日のニュースでの事故とは極めて似たものだと言える。

 一般公道においては、一応、車線区分がなされてはいるものの、走行中に扉が開く等の状況は全く想定されておらず、隣接域に他車(他人)が居て、万が一、扉が開いたり、荷崩れ等を起こすと、酷い事故を招く。

 こういう事故ってのは、本来、起こるはずの無い事故だが、結構、身近に普通に潜む危険のように思う。

 ところで、今は全国労働安全週間ということだが、労災等の事故を抑止するには?ということで、勤務先でも議論の場が与えられている。そして、勤務先での災害防止活動としては、安全教育というモノに力が入っている。労災に限らず、交通事故や違反を繰り返すドライバーの免停講習等でも、安全教育というのは欠かせないカリキュラムとなっているが、果たして、この安全教育というのが事故や災害の抑止に有効か?というと、結構、疑問符が沢山付くのが自分の印象だ。
 というのも、労働災害では、一度起こせば、教育というのが為されるけど、労災を起こす人っていうのは、何度も繰り返し起こしているというデータが存在するし、交通違反や事故でも、起こせば安全講習を受けているにも関わらず、繰り返す人は果てしなく繰り返すという現状がある。そして、当事者はその瞬間は、神妙な顔をして、反省しているものの、結果として、事故や災害を繰り返すのが現実である。実際、安全教育の受講に際しては、殆どの受講者が怠いという本音を持っているのが実情であり、その教育自体の有効性を信じているって人自体が少なかったりする。

 前述のような酷い事故を防止するには、安全教育以前に必要な何か?が欠けているのでは?という思いが大きい。事故を防止する上で、最も大事なのは、事故を起こす奴は確実に存在し、そういう人達っていうのは教育しても修正することは不可能であるという認識にたって対策を講じる事では無いだろうか?昨日のラフェスタに乗ったオバサンの如く、自己解釈による常識論だけで生きている人の方が実は多いのが現実だ。そういう人に理屈や教育ってのは通用しないのが関の山では無いだろうか?
 事故や災害というと、当事者の意識、知識や性格に起因する事が多く、その要因は形成された人格によるものであり、そういったものは短期的かつ断片的な教育で修正する事は不可能だ。このような現実を踏まえた対策で大事なのは、事故を予測して、一度発生した事故の原因を分析して、事故を起こす危険性をモノから排除していくしかない。所謂、インターロックを充実させていく事だ。カーキャリーの後の扉だが、この扉も旋回開放構造を改めて、上下方向で解放させる構造を取るとか、扉が設計通りに施錠されていなければエンジンが掛からないようにするとかの強制的な施策が重要では無いだろうか?

 我が社の安全管理の総括責任者の立場に居る人の日常を見ていると、講習では良い話をされているものの、一歩社外に出ると、渋滞中の車列があれば対向車線を逆走して運転する事を日常的に行ったりしている。そういう光景を見ると、安全って何?って思うし、教育する側にも本当の意味で安全に有効な対策を考えるという意志が感じられない。
 現在の事故や災害の対策担当者が良く言う教育っていうのは、担当者のマスターベーションのような形式的な印象が強いのが実情であり、事故や災害を無くすには、より強い権限と責任の元で、誰が扱っても事故が起こらない仕組みを作る事だ。扱い手は基本的には無知であるという前提での対策が望まれているように思う。

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2007年7月 3日 (火)

ドライバーから見た自転車とは?

 今日の昼ポタで、日産のラフェスタのセルリアンブルーに乗ったおばさんにひき殺され掛けた。普通に車道を左端走行していたら、そのまま幅寄せして脇道にウインカーも無しで真横から突っ込んでくる。まるで、何も見えていないかのように、、、そして、肘とウインドウが接触してから、猛然と逃げていく。

 勿論、ダッシュで追いかけて前に回り込んだら、また脇道にそれて逃げる。更に、幹線道路に出ていくのが見えたんで、幹線道路で再び追いかけて停めたんだが、全く、悪びれる様子なく、車道を車が好き勝手に走って何が悪い?自転車は右を走れ!との事。もめるのも馬鹿らしいんで、そういう運転していると、何時か人を殺すよと忠告のみしたんだが、こういうドライバーが、日本人の普通のドライバーの意識なのかもしれない。車から見ると、自転車は完全に歩行者と思っている様子。恐らくは、こういうオバサンが自転車に乗ると、自分は歩行者という意識で、逆走、併走を平気でするんだと思う。

 自転車乗りといっても、多くは、単車、四輪と乗り分ける訳であり、一般ユーザーからみると自転車は歩行者という認識が完全に多数派なんだろう。こういう社会で自転車=車両と叫ぶ事のむなしさというか、そういう虚脱感を感じるところだ。

 オバサンという生き物は、なかなか法律というか、そういうルールが通じにくいが、この手の生き物が大体、クレームや文句を言う。オバサン法典に勝る法律が無いのがいけない。憲法改正の前に、オバサン法典の改正を望みたいところだ。

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拝金志向

 タレントの羽賀研二さんが恐喝の容疑で逮捕された。なんでも、4億円の債権を1000万円でチャラにしろという結構無茶苦茶な要求を恐喝によって認めさせたとのこと。この容疑では、ボクシングの元世界チャンプの渡辺二郎さんも逮捕されたそうだ。

 最近のニュースで多いのは、金絡みの犯罪だ。今回のような芸能人に限らず、政治家、役人から民間迄、殆ど犯罪の根元には金が絡んでいる事が多い。勿論、金目的とは異なる性犯罪、異常者による犯罪、未成年の犯罪というのも多いけど、金絡みの犯罪ってのは、何時の時代にも確実に起こっている。

 確かに、金を儲けたいというのは、判らないではないが、金第一主義ってのが、あまりにも多すぎるように思う。実際、誰しも金持ちになりたいだろうし、裕福に憧れているんだろう。実際に、テレビ番組でも、成功者の話、セレブの話ってのが結構な視聴率を稼ぐことからも、多くの人にとって金儲けってのは魅力的なんだろう。
 金絡みの犯罪の特徴は、その金額の膨大さである。何億といった金についての話が多いけど、金ってのは蓄えることが目的でも無い限り、そんな大金に意味は無いのでは?と思うが、実際はどうなんだろうか?
 人生において、金が目的になるとすると、とても寂しいような気がする。金ってのは、目的ではなく手段であり、自分のしたい事、欲しいモノを手に入れるための道具に過ぎないと思うのは偽善的な意見なのであろうか?

 金は全く必要無いとは言わないが、自分でしたい事が出来る範囲しか必要無いというのが自分の考えだ。
 自分にとって一番欲しいモノってのは、何時までも心身とも健康である事だ。やりたい事が何歳になっても思い浮かび、思い浮かんだ事が出来る身体が一番だ。金があっても、溜めるだけでは、何も自分に残らないと思っている。

 今回逮捕されたのは芸能人だが、同じ芸能人でも、所さんのような人は憧れるもんだ。金持ちという以前に、生活を楽しんでいるというのが全面に出ているところが格好いい。
 恐らく、所さんは、金の話はあんまりしないのでは?と思ったりする。

 身近な普通の人を見渡しても、何かする、何か買うという時に最初に金の話をする奴はあんまり好きでない。何がしたい、何が欲しいというのが第一であり、それを得る対価は対価として受け入れて、金が必要ならば身の程に応じて我慢なり、蓄えるなりすればよい。逆に、自分の経済力の制限でしか(最初から諦めて)、行動を起こせない奴ってのは、結構、金第一主義者だったりする。

 世の中、金に囚われすぎずに生きる方が、自分的には格好良いと思うし、粋な存在だと思うところだ。
 私の価値観では、金持ちかどうか?よりも、金の事を先に考える奴は『小さい奴』って思うところ。

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2007年7月 2日 (月)

最速バイク

 関心は無いけど、ネタとしての話。
 遂に、08モデルとして新型の隼(GSX1300R)が発表されたようだ。ライバル車としては、昨年カワサキのZZR1400が発表されたが、馬力?的にはZZRが190PS、隼は194PS?との事。凄い話である。
 しかし、疑問に思う事もある。どうせ使えないんなら、何故200PSとしないのか?という事。どうせ300km/hリミッターが付いて、異次元の速度という訳にはいかない訳であり、それなら200PSを名乗っても良さそうな気がする。

 因みに、このジャンルはZZR1100が切り開き、その後、CBR1000XX、隼と出て、その後はZX12R、ZZR1400と来て、今回が新型隼となっている。
 使い道がどうか?という以前にメーカーのフラッグシップという事が存在意義のようなモデル達。必要なのは、世界最速の称号なのか?

 カワサキとスズキが拘っているようだけど、これからも凄いモデルをリリースしていくんだろう。

 自分も興味が無いとは言え、こういう余裕あるモデルでノンビリ走るってのは悪くないようにも思っている。
 もし、万が一、この系統を買うとすれば、、、、、、系統違いかもしれないし、世間的には大人しいと言われるかも知れないが、最後のキャブ車であるZZR1200が結構好きだったりする。年式的に新しい割に、人気薄で安価。悪くないと思う。でも、家庭環境的に増車するのも難しくなりつつある今、場所を確保する事も困難故に、何か他のバイクとの入れ換えをしなければ買う事は難しい現状を考えると、次の選択肢はRC45しか眼中に無かったりする。

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いつも会うロード乗り

 毎週日曜に決まった時間帯に決まったところを走り続けると、遭遇する自転車乗りも決まってくる。
 そんな自転車乗りの中に、グリーン系統のジャージを着た正統派フル装備のロードに乗られている方が居る。大体、牛田新町から口田界隈ですれ違うんだが、すれ違い様に、いつも、軽い挨拶を交わしている。
 自転車に乗っていて、この一瞬ってのは結構心安らぐものである。同じ方向で走っている人とのコンタクトってのは、基本的に難しい。追い抜くにしても、道幅の広い箇所で一気にスパッと抜く事が多く、抜く最中に挨拶するのも感じ悪いし、抜いた後に振り返るのも感じ悪い。しかし、すれ違い様ってのは、お互いに視界に入ってからすれ違うまでに、存在が理解できるし、会釈、手上げ等々の操作も違和感無く、余裕を持って行える。

 自分は、自転車に乗る時のスタイルは基本的にTシャツ、ジーンズでヘルメットを被る事は実は稀で、殆どがツバ付きキャップであるんだが、そういうラフなスタイルでありながら、いつも挨拶をしてくれる方は普通に接して頂ける。

 ニシダサイクルのお兄さんがMTBでCRを走っている最中に遭遇するロード乗りの中には、すれ違い様に暴言?を吐く人もいるそうだが、私が何時も遭遇するロード乗りの方は、そんな事は全く無い。朝の早い時間帯に走っていて、笑顔基本で挨拶が交わせると、非常に気分の良いものだ。
 もし、朝っぱらからムカムカするようだと、一日が気分が悪くなりかねないんだが、何時も会うロード乗りの方はそんな事はない。

 そういう訳でCRを走行していて、その一瞬を結構楽しみにしていたりする。

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2007年7月 1日 (日)

国会運営

 地元広島選出の国会議員であった宮沢喜一元首相が亡くなった。今は政界を引退されているが、大蔵、外務と主要閣僚を務め、世界観の優れた政治家との評価よりも、現役時代は、押しの弱さ?から首相としての評価は別れていた人だが、宮沢さんの良いところは、政治を世襲させないという点であり、この考えは、今の与党の二世議員からみると、一線を画している存在だ。そういう強いポリシーを持つという点では、今の政治家よりも一回りは大きな人だったのかも知れない。
 戦後日本を作ってきた政治家の一人であるが、そういう政治家と、今の日本を作ろうとする二世議員が主体の与党政府の政治家は、どうも違うように見える。

 今の政治家、特に与党の国会運営の仕方ってのは、どうも間違っているように思うところが多い。今国会では、与党の絶対的な多数という数の力で重要法案を多数通過させているが、今の絶対多数ってのは、小泉前総理の郵政民営化するか否かの判断で得た多数であり、その他の重要法案に対しての民意を反映した多数では無い筈であり、その多数という数の力であり、審議も程々に法案を通過させるのは、素人ながら間違っているように思う。
 今回の国会の会期延長にしても然りであり、延長したならば審議を尽くせば良い筈が、審議を深める事無く、年金関係の重要法案も矢継ぎ早に成立させており、国会の会期延長自体が選挙戦略上に行われたと判断せざるを得ないような印象を受ける。

 与党の安定多数というのも良し悪しだ。この状態では、審議が十分なされないままに、法案が成立し続けるということで、後の国民生活にとって必ずしも良い結果が得られないように思うところ。

 どこの政党がイイ!って事は特にないけど、今度の選挙、自民党は厳しそう。防衛大臣の原爆投下、しょうがないってコメントは頂けない。考えが浅いっていうよりも、敢えて、世間に煽りを入れているのか?って感じの方が強い。

 政党政治、自民党が与党で政権運営ってのを否定する訳ではないが、今の偏った安定多数による政党政治ってのは、危険な因子が多すぎる感じだ。政権交代可能な数のバランスの上になりたった緊張感のある政治、これこそが、審議を深め、良い法案立案が為されるための必要条件では無いだろうか?
 連立与党という形で絶対的な安定多数ってのは百害あって一利無しって感じ。

 自民党が与党であっても問題ないけど、審議が深まる数のバランスが必要。取り敢えず、小沢さんには頑張って貰いたい。

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