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2007年9月18日 (火)

実を取るか、見栄を取るか

 自転車で実を取るか?見栄を取るか?っていうのは、自分にとっての機能を取るか?スペックを取るか?って事のつもりだが、こう考えると、自分も結構いい加減且つ矛盾を抱えているのがよく判る。

 見栄というか諸元って部分で特に気に掛ける所は、材質でも、コンポグレードでも、重量でもなく、自分の場合は、只一つで、それはギア比である。ギア比以外については、拘りは殆ど言って良い程皆無であるが、ギア比については結構色んな事を考えている。

 普通ならギア比以外にも車型、折り畳み、ホイールサイズ等々も気にすべき要素なんだろうけど、車型、ホイールサイズの違いによる機能の違いに明確な差を感じた事が無い程の鈍感肌であり、そういう意味でもギア比には色んな考えが巡っては答えが未だ出ていないのが現状である。

 大きなギア比、つまり一漕ぎで良く進むってのが、理屈の上では一番速いギアではあるが、あまりにも重いギアは継続して踏めないのも現実。
 ならば、踏めないギアは無用か?っていうと、実際に走る空間には下り坂もあり、追い風もある。となると、ペダルを回す回転数って考えると、これまた限界があり、ある一瞬のためだけであっても、その瞬間に出せるだけ出したいって気持ちも理解できる。
 しかし、現実には全てのギアを準備するには限りがあるのが現実であり、何を選ぶか?っていうのは結構大きな悩み所である。

 スポーツサイクルに感心を持つ人ってのは、大方、速度に感心を持ち、一度は目一杯スピードを出したくなるものである。そんな時に選ぶ方法は、重いギアを一生懸命踏むって相場は決まっている。
 こういう行為に対して、今の自分は冷めた目で見る一方で、自分の自転車にも、そんなギアを付けたくなるという矛盾があるのは否定できない。

 しかし、自転車で走り回る環境は様々であり、色んな場面で快適に走ろうとすれば、場面場面で楽できるギアを準備したいって気持ちもあり、なんていうか一瞬のため、或いは、スペック上の満足のために拘りすぎると、肝心なところが間抜けになってしまったりする。

 偉そうな事を言ったり、記事にしたりしながらも、自分のサイトやブログを振り返ってみると、結構な矛盾を抱えていたりする事に気付く。

 そんな思いが最近、漸く整理されて来たかなぁ?と思う。そう思うのは、実際に自転車に乗って色んな所を走っていると、必要なギアは案外少なく、自分にとって快適なギアってのが大体決まっている事が判ってきたからである。
 そして、そういうギア比がいくらか?って判ったのは、固定シングルのラングスターに乗ってから(それをイメージして予行的に乗ったスピママも含めて)である。

 何でも出来る!或いは、強引に欲しいモノは全て実現してやる!って考えでは、労力の割には欲しい機能の実現度は手間に見合わない感じとなるが、ホントに必要なのは何か?と言う事で、要らないモノを潔く捨てる事でホントに必要なモノが見える。
 そういう意味で、固定シングルギアの自転車ってのは非常にためになる存在である。

 今、固定シングルに乗れば大抵の環境で十分に満足できる。また、ロード系モデルでは、固定シングルで選んだギア比を中心にギア比を再構成することで更なる乗りやすさがある事に気が付いている。
 一方で、それに気付く前に作った自転車(西DAHON、スピママ)では、あらゆる機能(ギア比)が在るものの、それは、なんていうか旅先の一瞬で遭遇する不測の事態でも安心できるような、そんな御守りのような感じに見えている。なんていうか、やりすぎの機能のデコレーションは、本当に必要な所と使っている際には、付属分は全て荷物であり損失である訳で、走る場所が決まっているような自転車には、このようなやりすぎは無意味以外の何物でもない。

 走る場所に合わせて自転車を乗り分ける。そういう割り切りが、結構大事な気がするところである。割り切る事で、必要な機能が何か?を無駄を削ぎ落とす事で見付けるってのは有意義である。

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