消費税試算、17%?
さっきのニュースで、現在の社会福祉体制を維持するための財源不足を消費税で補うとすれば、最高で17%の消費税率が必要となるという試算が発表されていた。この試算では、財政支出の削減が実質成長率の双方が上手く進んだ場合でも11%の消費税率が必要とのこと。
その税率が高いか?低いか?は良く判らないが、欧州の国々では20%の消費税もあるという政治家の話を聞くと、そうか?とも思うのだが、実際のところ、その消費税率が適正か否かは良く判らないのが正直なところである。
但し、欧米各国と同じだからOKという論理は、成り立たないのでは?っていうのが直感的な感想である。日本には日本に最適は方法っていうのがあるように思う。
日本社会全体で考えると、このような社会保障体制の崩壊、環境問題、教育の問題・・・・と様々な分野で崩壊が進んでいるように見えるが、この崩壊を如何に捉えるかって部分で、これまでの自民党政権が掲げてきた色んな施策を見ると、どうも力加減が不足気味って印象が強い。
誠に勝手な解釈だが、今求められているのは、本当の意味での価値観の変換が必要な時期ではないだろうか?っていうのが、個人的な感想である。
現代の日本を支えてきた自動車産業を初めとすると利便性追求型製品製造業からの脱却を図るってのも一案かもしれない。例えば、自家用車は本当に必要なものか?生活用耐久消費財としての自動車は国民車構想的なミニマムメカニズム迄の使用に制限し、それ以上のモノ=贅沢品=強烈な物品税を掛けるってのもOKだと思う。例えば、150万円以上の車には物品税として50%掛けるとか、2000cc以上の税金は今の三倍にするとかもアリでは無いだろうか?最終的には、自家用白ナンバーを消滅させるってのも極論的には考えても良い時期にきているように思う。
税も現代の全て同率の消費税ではなく、食料品は非課税にしても構わないが、それ以外の商品は商品ジャンル毎に異なった税率を掛ける方法も有効と言える。
他にも、今後免許証のICチップによる情報化が進むなら、ガソリンは来年以降の煙草と同じく免許証で買うという方法にして、一枚の免許証で買う事の出来るガソリン量を月単位で制限させて、制限以上のガソリンを購入する場合は、高率のエネルギー消費税を掛ける等も可能ではないか?
こうなってくると、私の好きな単車で遊ぶって趣味も成立しない時代になるかもしれないが、現代の環境問題を解決するには、このくらいの意志を表示して実践する程でないと、世界全体を動かすコンセンサスは得られないようにも思う。
他にも、家庭に供給する電力量に制限を与え、限られた電力を如何に振り分けるか?何処まで我慢できるか?をユーザーに制約として与えることで、かなりの浪費エネルギーの削減が見込めるように思う。基本制限以上の電力消費には新たなるエネルギー消費税的な税率を思いっきり高い割合で乗ずる等事でも税収は上げれる。
他にも色々と思い浮かび、どれも、現代の常識、社会の利権を考えると絵空事かもしれないが、これくらいの規模で価値観をひっくり返すような変革が必要な時期にきているように感じるのは自分だけだろうか?ここに挙げた思い付きは、税収の確保と環境対策の両面から、ふと思った案だが、個人的には結構イイ案のようにも思う。
新しい知恵は、制約のあるところに生まれるが、先述したような、メリハリの付けた課税制作を社会の同意を得れる形で具現化していくのが、責任政党の政策として求められているように思う。
昨今の原油価格の上昇によりレギュラーガソリンもリッター単価も少し前の90円から今や145円、灯油も一斗缶18リットルで700円程度だったのが1500円に高騰している。現在の世界的な課題となった温室効果ガス排出抑制ではないが、私用用途のエネルギー消費を禁止させ(極力抑制)るための抑止力を超高率の課税によって行い、エネルギー消費の抑制と税収の増大を狙うのが時流に一番合っているのでは無いだろうか?
そういう方向に社会を変えるには、例えば、車なら大排気量、大馬力=高級という価値観を変える事が大事であり、そういう古い価値観に囚われるならば、それこそ高額な物品税のような税率を掛けても良いのではないか、逆に、1500cc以下でも新のエコを高級という価値観を生み出す時期に来ているようにも思う。
このような極端な策は指示されないだろうが、現代の僅かな先進国の発達によってもたらされたモノが今の環境問題ならば、ボリューム的には遙かに上回る発展途上国の発達によって、どの程度の問題が持ち上がるか?を考えただけでも寒気がする。
このような途上国からも受け入れられる姿勢というのが先進国に求められているように思う。先進諸国が自らの生活水準や価値観を維持したまま、途上国に求めるという姿勢では議論は収束しないだろうなぁ、、、。
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