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2007年10月24日 (水)

全国学力テスト

 今日のニュースで笑った?のが、全国学力テストの結果公表での寸評である『知識定着、応用弱い、活用力乏しい』との話。

 お~い、何時の話をしているんだ?というのが率直な感想である。活用力、知識の実践力が失われているのは遙か昔からで、既に企業で勤めている連中でも終了している奴は溢れる程居るだろう!ってのが率直な感想だ。

 勤め先での、若年エンジニア~従業員を見渡して、持てる知識を駆使して何かを実践するとか、独創性のある仕事をやるって奴は皆無に近いと感じるのだが、、、、。
 直属の者でも、これまでは公式はテストの点数を取るためだけに、形だけ覚えてきたから、自分は馬鹿であると豪語する奴も居る程なんだが、、、、、。

 結局、教育現場でも指導要綱という名目で型にはまった授業しかせずに、また、その型どおりの指導こそが王道?って考えで教育がなされ、その型に嵌るか否かで優劣というか評価を行ってきたのが近代日本の教育の実態では無いか?

 自分自身が大したレベルには無いが、少なくとも、何を行うにも自分の判断を大事にして、何かを作る時は、誰にも真似が出来ない、誰の真似でもない独創性と独自性こそを大事にしているんだが、周りは違うと思う。

 過去には私塾でのバイト~塾経営で十数年程小中高校生を教えてきた。科目は基本的には国語以外の全教科を教えてきたが、全学年の授業では、ノーテキストで教えてきた。これはポリシーであり、必要な事は、生徒との掛け合いの中でひらめいた事例を持って説明するというスタイルを通してきた。大事にしたのは、教わる側が関心を持つ瞬間を見逃さない洞察力であり、その関心をこちらに向ける事を最大の目的に話しをしてきた。今だから話せるのは、生徒に課する宿題は、生徒毎で全く異なる問題で、問題自体は当然自作である。実際、十数人の生徒に全てを違えた宿題を課して添削するのは凄い労力だったけど、そういうスタイルこそが大事と考えていたためだ。
 結果、自慢では無いが※、当時の教え子は上は、国内最高の国立大学にも合格させてきたし、全国で十指に入る難関高校にも合格させてきたし、その反対では、中学の進路指導で専門学校への進路案内が為されたような子供でも、地元の公立レベルには入れてきた。こういうスタイルが繁盛したのは、こういうスタイルの指導方法が他の私塾では為されていなかったという裏返しである。
 最近は、企業内で若い社員に接する事があるが、やはり、伝えたい事は、己の存在価値であり、それをアピールするための独創性、独自性を大事にしろということ。そして、そのレベルは己自身の過去の経緯から決まっているものなんで、他人の事は考えずに自分で考えれ!って事だが、そういうのを、端から無理と思っている奴は結構多い。

 結局、人を教えるという立場で既に25年以上過ごしてきたが、そこで感じる事は、今回の学力テスト寸評ではないが、当時から既に、活用力なんか存在しないって事。
 そして、当時から教師を見たり、今現在、会社で年輩のエンジニアを見て思うのは、別に今の子供がNGではなく、既に近代教育を受けてきた殆どの人間には活用力、独創性なんて無いのが普通だって事だ。実際、真実を追究して独自性を大事にするという価値観が王道ならば、今現在、各界で問題となっている、偽装、改ざん、嘘なんか出てこないだろうと思う。

※追記
 アクセスが一段落したんで、紹介するけど、東京大学、京都大学・・・灘、開成、ラサール・・・・って所。勿論、生徒が相当に優れていたのもあるだろう。

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コメント

たぬさん、こんばんは!
コメント有り難う御座います。
そうですね、今の教育の在り方は何か間違っているような気がします。
ゆとり教育の反動で、時間数増やす・・・・
なんか、やっている事の本質が見えてきません。
学力の意味を考える事こそが重要では無いでしょうか?

投稿: 壱源 | 2007年10月25日 (木) 21時55分

なかなか力のこもった深い内容ですね。
僕は教育ってホントいい加減だと思いますね。民主主義を教えながら小学校でも中学校でも生徒の意見など聴こうとしない。生徒の悩みや授業で不明な点も全然関知しない。英語のみで授業を教えることができない(話せない)教師が英語を教えている。逆にアメリカでアメリカ人が英語まじりの下手糞な日本語を話して日本語を教えていても生徒は日本語が使えるようにはならないと思います。天体のモデルを使えば天体の運動は文章より何倍もよく理解できます。教科書も一貫性がなく次々に変わります。学習の効率化を徹底していけば、いまよりずっと少ない時間でより多くのことを深く学べるのに、それを追求しようとしない。膨大な予算の無駄遣いではないかと思います。教育改革が叫ばれながら全く変わらない・・・・・情けないですね。天下り、年金問題と同等以上の怠慢でしょう。

投稿: たぬ | 2007年10月25日 (木) 21時13分

ビックリですねぇ、、、。
@niftyの旬の話題で取り上げられたのが、今回で二回目です。
一回目は、自転車取り締まりについてで、6/28の記事だったと思う。

http://replica2st.cocolog-nifty.com/diet/2007/06/post_176d.html

教育論は奥が深いです。
小中高等学校の科目について、社会で何故に必要か?って子供の問い掛けに答えを出せる教師、大人は少ないですが、私は、自分なりに子供に伝える事が出来ると思ってます。
成長期に学ぶ科目ってのは、成績点数だけ一定点を確保するためにあるのではありませんね!
成長過程における科目は、手順を実践するフィールドということで、その手順を学ぶのが教育であり、手順の発想力を教えるのが真の指導です。

投稿: 壱源 | 2007年10月25日 (木) 16時56分

@niftyトップページ「旬の話題ブログ」コーナーにて、
本ページの記事を紹介させて頂きました。
紹介記事については、「旬の話題ブログ」バックナンバーで
半年間、ご覧いただけます。
知識にはレベルがある、という話を聞いたことがあります。

知識レベル(高い)
↑伝える(分かち合う)
↑できている
↑する
↑わかる
↑知っている
知識レベル(低い)

学校の授業で習って、知っている、わかる というレベルの人は多いけれど、する、できている、伝える というレベルに到達する人が少ない、ということなのかもしれませんね。
知っているのレベルにとどまらず、できているレベルにまで自分の中で落とし込む、というのが大切なのだと思いました。

気づきのある記事をありがとうございます!

今後も旬な話題の記事を楽しみにしておりますので、
引き続き@niftyをご愛顧の程、よろしくお願い致します。
ありがとうございました。

        @nifty「旬の話題ブログ」スタッフ

投稿: 「旬の話題ブログ」スタッフ | 2007年10月25日 (木) 14時56分

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