« 暖機状態と定常状態 | トップページ | メタボ対策義務化!? »

2007年10月11日 (木)

たかが、走行キロ数

 昨日のテレビでは命を題材にした特別番組をやっていた。
 その中で目を惹いたのが『ツール・ド・能登』というレースに参戦する老夫婦の話で、なんでも、夫婦揃って癌と闘病されている方ということ。この癌と闘うのに、生き甲斐療法ということで、趣味の自転車でファイティングスピリッツを持って闘病するとの事。

 この生き甲斐療法ってのは、番組中では20年以上前の癌患者の方がモンブラン登頂を目標にモチベーションを高め癌を克服したという紹介から始まり、当時、この生き甲斐療法を提案した先生によると、運動による自然治癒力の強化によって癌との闘いを有利に進める事ができるという説なんだそうだ。

 気合いがあれば、身体の昨日は高まるんだなぁと関心する一方で、ツール・ド・能登ってレースの実態にも関心を持ったりした。

 このレースは何でも3日間で450km近くを走るという過酷なレースなんだそうだ。確かに、毎日150kmずつ3日間走り続けるってのは、それなりにハードなんだろうなぁと想像する。
 そう思って、色んなサイト、雑紙に書かれている一日の走行距離ってのを見ると、大抵次のような感じである。

・ ~50km:家族連れ、或いは、ポタリングの延長で簡単に取り組める距離
・50~100km:初~中級者を対象としたサイクリングで、出来ればスポーツ車が推奨
・100~200km:中級者以上を対象としたツーリングで、良い機材、経験、知識が必要
・200km~:上級者になって初めて走れる距離?、機材、経験、知識は必須

 って感じで言われている例が多く、ショップ主催のツーリングでも200kmというと、なんか誇らしげに語っている所が少なくない様子である。

 3日で450kmってのはそれなりにハードであると予想されるが、単発で200kmというと、印象的には、その程度は、機材も経験もそれ程、たいそうなレベルで必要は無いのでは?っていうのが正直な感想だ。

 思い起こせば、日帰りの走行キロ数と経験した時代を振り返れば、100km以下っていうのは小学4~6年生時代にジュニアスポーツ車で何度も走った記憶があるし、250km以下っていうのは中学生時代に『ロードマン』って少年スポーツ車で何度も走ったし、高校生時代以降では、350~最高で420kmって距離を走ってきた事を思い出す。
 そして、機材の差を本当の意味で実感したのは、300kmを越える距離を走った時に機材の有り難みを実感した程度ってのが正直な感想である。

 最近は、色んな講釈やら経験?とやらをトクトクと説くサイトも多く見掛けるが、まぁ、ハッキリ言って200km程度の距離は別段特異な能力と留意なんて必要ないのでは無かろうか?そんな気がする今日この頃。
 速さ、楽さの講釈に拘りすぎて難しく考えて乗るよりも、もっと肩の力を抜いて気楽に乗るってのが大事では無いか?乗り方云々ってサイトもあるけど、少なくとも、無知であっても長距離走ろうと人が思ったなら、その人なりに疲れない乗り方ってのは試行錯誤で生み出すもの。それが、人間では無いだろうか?

 なんか、型に当て嵌めたがる人、当て嵌りたがる人が異様に多いような気がするけど、所詮、遊びで趣味である。やる人の好きなようにやるのが一番楽しいのではないだろうか?
 人間ってのは、自分の行動を自分にとって一番具合の良い状態を本能的に見つけようとする習性がある。仮に変な乗り方をする奴が居たとしても、そいつが長距離を走りたがったり、速度を出したがったり思った時に、そいつが、自分の問題を考えて初めてそいつにとってのネクストワンが出てくるもの。
 趣味でも勉強でも、そういう形で当人にとって新たな発見が生まれる瞬間が最大の楽しみである。
 型に嵌る、嵌めたがるってのは、最大の楽しみを放棄するという風に考えてしまうのは変だろうか?試行錯誤の上に自分の中に生まれた考え方ってのが、本人にとっての最大の宝物だと思う。

 自転車を例とすれば、巡航速度、最高速度、一日で走れる距離が幾らか?っていうのは、どうでも良いことであり、自分にとっての数値が自分の進化によって高まっていくという過程を楽しむことこそが大事であり、人の数値を自分のモノにするために、人の方法を盲目的に取り入れたり、自分の方法を排他的に人に強制するってのは、趣味という観点から見ると、本当に楽しいのか?って思ってしまう。

 As you like! って精神で楽しむのが一番である。

 ベテランライダー、ベテランサイクリスト、マニアックショップを見ると、どうも、違うなぁと思うところがあるが、それは、価値観の押し付けが目に余る時のようにも感じる。
 大事なのは、個人が世界において固有の経験を積む上で個人特有の経験や知識や技量に応じた価値観を形成する事であり、その価値観こそが人の個性であるのでは無いだろうか?
 だから、別の手法を排他的に否定するようなサイトはどうも相容れない気がする。

|

« 暖機状態と定常状態 | トップページ | メタボ対策義務化!? »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: たかが、走行キロ数:

« 暖機状態と定常状態 | トップページ | メタボ対策義務化!? »