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2007年10月16日 (火)

モラルとローカルルール

 最近は自転車に関するニュースが多い。殆どが、自転車が関連する事故のニュースだが、自転車が加害者、被害者の両方の立場で報道されている。自転車にしてもメディアから好意的に見られたり、恣意的に見られたりと色んな場合がある。自転車マナーにしても、何が正義か?っていうと、活字の上での正論と実際の環境での正論は随分と違うのが現状である。面白いのは、正統派を気取るショップの朝連風景なんかでは、並進走行写真を堂々とアップしながら、モラル云々ってのも良く見掛け、何だそれは?っていうのが印象だが、当人らにとっては、遵法精神、モラルとも完璧って思っているんだろう・・・・
 いくら、自転車の並進、携帯操作運転がNGだといっても、世間では、そっちが多数派であるわけであり、正論を振りかざす方が、度量が無いとか、細かい事を言いすぎとかの暴論を吐かれるってのが実状である。

 これは、自転車マナーに限った話ではない。例えば、公園の使用法だが、居住区域の公園には原則として犬や猫を遊ばせてはならないとのルールがあるが、公園の周りの家のペット保有率が異様に高いために、公園=犬猫の遊び場が当然って空気になっている。結果、公園には犬や猫の糞が散乱し、砂場にも糞がまみれている事がある。散歩する人はポーズだけで袋を持参しているが、飼い犬の糞はほったらかしってのが実に多い。
 公園と言えば、老夫婦がやってきて爺様がゴルフクラブを振り回し、婆様が眺めるってのも最近よく見るけど、普通、公園でゴルフ練習するか?って思うけど、やっているのが年寄り故に悪くない雰囲気さえ漂っている。

 他にも、元々は駐車禁止の看板が立っていたのだが、一昨年くらいから、それが無くなった。これは自治体が要望を出したんだろうが、その結果、路上駐車が異様に多い。駐禁標識が無くなっても、曲がり角、見通しの悪い箇所では原則駐車禁止なのは道交法に明示されているし、連続した駐車は午後、午前の何時間以上を越えると保管場所義務違反(車庫法違反)での摘発の対象(日中で12時間、夜間で8時間、罰金は20万円)となっている筈だが、それは一切無視(恐らくそういう法律を知らないんだろう)しているのが実状である。

 四輪でそんな状態だから、隣家の二輪の保管は完全に道路が駐輪場状態になっている。しかし、これはどう考えても可笑しい現象だが、それが多数派になると正論自体が言えない空気を作っているのが現実である。

 いくら、車の離合に十分な幅員の道路とは言え、僅か200mの範囲に数台以上の車が駐車されて十数台に上る二輪車が駐輪されているのは尋常ではない。宅配とか郵便の車が通る際には死角を生み、事故を誘発しかねないと思うのだが、これは全く問題提起されないばかりか、そこに意識が無く駐車を堂々とする老人が町内を仕切っていると、そういう光景がデフォ化した奇妙な集落にさえ見えてしまう。

 こういう現状で、モラル云々を口にする老人も居るが、ハッキリ言って『はっ?』って感じで、にわかには口を利きたくないのが大人げないかもしれないが自分の感情である。置き場所くらい何とかしろと言いたいし、近くの道路だから、誰も居ないから?っていう理由で公共の道路を占有するってのは、どう考えても不自然なんだが、それをとがめる空気は全く無い。
 勿論、自分は十数台の単車+自家用車、数台の自転車は全て敷地内にガレージを準備しているが、そういう家自体が無いのが現状である。実は、周囲を最初から全く信用していないので、敷地には施錠可能な門を設けて外部とは完全に遮断しているが、よそは、オープンスタイルで夜通し車両が道路にはみ出しているなんて日常茶飯事、、、、。

 文句序でに記載するけど、センターラインの無いような道での乗用車の通行状況も殆ど全ての車がキープレフトどころか右側通行っぽい状態で暴走。しばしば、脱輪や接触事故を起こしているが、未遂の場合は、そういう??な運転をしている老人の不機嫌そうな顔が印象的。そういう場面に遭遇した事は無いけど、離合する二台の口論は何度か目撃したことがあるが、大抵の場合は、勾配の下り車線側で右側通行に近い運転をしているのが老人でありながら、その老人が対向車を叱咤している事が多い。本来は上り車線が優先で、キープレフトしておけばぶつかることは有り得ないのだが、、、、。

 最近はテレビで若者がどうした、モラルが無いとか言う善人面した高齢者が出ているけど、ホントの所言うと、社会の進歩やモラルや法律について勉強しなおす必要があるのは、社会の進化の流れ、整備された法律についていってない高齢者世代ではないか?と思うことがある。迷惑かけていないだろうと、高齢者の狭い認識で良否を判断して行動するようでは、その判断基準が現代のルールにそぐわない部分ってのは極めて多そうだ。

 運動して身体が思い通りに動くと、やりたい事、考え方自体が大昔と変わらないが、そういう変わらない事が出来る自分に満足しているが、会社や住まいの近くで話しをする高齢者から受ける若者への不満というのは、老いゆく者の僻みというか妬みによる何かが根底にあり、悪意をもって見ているのが原因かもしれないと考えることがある。

 勿論、若い世代が全て良いとは言わないが、老いた世代が若い世代を全て自分の価値観で測ろうとする事自体に無理があるのでは?ということであり、老いた世代も同じ時代を生きるのであれば、その時代の法や常識、通念を学ぶという姿勢が必要では無いだろうか?実際に、老いた人と話すと理不尽を感じる事が少なくない。しかし、その理不尽が多数派の常識であったとすれば、それに対向する気も無いのが現実である。そうやって折り合いを付けるのが大人らしさ?だとすれば、本音を言えば、そういう折り合いというか妥協で生きる事=成長というならば、成長した大人になんかなりたくないってのも本音である。

 一番質が悪いのは、当人に罪悪感無しで当人が自分を普通だと思っている奴。そういう奴は、ローカルルール或いは自身の行動は正義と信じて疑わない訳であり、自身の価値観から外れたモノが例えジェネラルルールに則っていても、それに対して文句を言って、逆に指摘されると憤慨する奴である。
 そういう傾向の奴は、自身を常識人と思い、他人(特に見下した存在)からの指摘を受ける事を生理的に拒絶する類であり、俺から見ると、頑固爺、意地悪婆さん、厚化粧オバサンって類がそれに相当したりする。こいつらは己こそ正義と思っているから扱いが厄介である。

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