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2007年11月30日 (金)

加齢と健康への意識

 最近は、健康診断の結果にドキドキするようになってきたし、三日坊主の自分ではあるが、健康のためという理由で決断した運動は長年に渡り続けることが出来るようになってきた。

 これは、昔と今で何が変わったからか?っていうと、純粋に歳を取ってしまったからであり、歳を取って何故意識が変わったか?っていうと、病や老い、その先にある死というものを身近に感じているからだろうと思う。

 思い起こせば、二十歳の頃迄に健康について考えた事は一度もないのが現実だ。実際、病院に行くといえば交通事故くらいのモノであった。
 二十代の間も似たようなもので、大学生以降の生活は自分の思い通りに好きなように過ごせる事もあり、何にも考えず、都合の良いような生活をしていたと思う。

 こんな意識は三十代に入っても殆ど変わらなかったけど、三十代になって変わった事といえば、僅かながらも確実な体重増加、見た目的には、出っ張っていく腹周りを気に掛けるという程度で、健康というよりも見た目の問題で痩せよう!って意識が芽生えてきたくらいだと思う。
 三十代半ばから始まる成人病検診における異常な数値を見ても切羽詰まった考えは無く、個人差があるから、こんなもんだろう!って程度の意識である。
 勿論、今考えれば肥満による体重増加による腰の負担増による腰痛にしたって、歳のせい、三十代も半ばを過ぎれば皆一緒って思っていた。

 そして、今は不惑を過ぎた四十代に突入しているが、今の意識は三十代半ば迄の意識とは全く異なっている。真剣に病が怖いし、如何にリスクを低減するか?を真剣に考えている。そして、三十代迄に思っていた歳のせいという判断で放置していた体調不良、体力低下っていうのは、二十代以降からの堕落した生活習慣によってもたらされた結果と思っている。二十代からの15年にも及ぶ堕落生活が四十代になって異常を示すようになるって事と認識している。

 果たして、自分が五十代、六十代になってどう考えているか?生きているか?は不明だが、健康っていうコンディションと世代を関連付けて想像するに、二十代以降の堕落した生活による不調の兆候が現れる三十代半ばにおける状況を、加齢による現象と放置するか否かで随分と未来が変わるのでは?と思っている。
 現在、四十代であるが、少なくとも体力的には周りの二十代と較べて自分の行っているスポーツで圧倒的に劣っているか?というと、そうでもないと思っているが、周りの四十代の中には、見た目、体力的にも五十代以上?って思える人も少なくない。
 という訳で、堕落生活15年の兆候が現れる不惑前後において意識改革しなければ、堕落は継続する訳であり、その結果、五十代にもなると、様々な重大疾病が発現してくるのでは無いだろうか?その果てに六十代以降は、薬や病院無しでは生きる事さえ困難な状況に陥るという道を辿るのでは無いだろうか?

 ふと、そんな事を考える今日この頃である。それも、やっぱり自分と同世代の人間を見渡すと、十年前では考えられない程に病を患っている人が多いからだ。
 病を患う理由ってのは、恐らくは、みんなが等しく独立してライフスタイルが個人の自主性?に任されて15~20年という期間で確実に身体の健全な平衡性が失われていった結果を示しているように見えるからだ。

 そして、そのライフスタイルっていうのは時代性を反映しており、周りの友人が特別酷い生活をしていた訳でもないのであり、その重大疾病を発現する迄の期間に若干の長短はあるものの、その時代を生きた、同世代の人には、そういうリスクがほぼ等しく存在しているのでは?と思う。
 この長きに渡る健康にとって良くない生活による異常な兆候の怖さをいち早く気付き、生活と考え方を改善する事が、危機からの脱却に繋がるのでは?と思う。

 現代の五十代、六十代と我々の世代を比較すると、我々世代の方が、更に荒んだ二十代、三十代生活を過ごしており、今の年輩の方々が闘っている疾病よりも酷い状況が我々には訪れて来るのでは無いだろうか?

 生活習慣病って言葉で発症する奨励は、恐らくは世代毎に重度が異なる筈であり、世代の過ごした時代性が色濃く反映されている病だろう。高度経済成長と食文化を粗末にするような生活で過ごした我々の身体は、想像以上にダメージを受けているようにも思う。
 勿論、より若い世代の身体は更に酷いダメージを受けていると思う。

 このように考えると、人生を楽しく有意義に過ごすためには、異常な兆候が現れる三十代半ばにおいて、そこまでの十数年の堕落した生活による垢を落とし、身体のブラッシュアップを図らなければならないのでは無いだろうか?

 今現在、体調的には問題は全く無い反面、周りの人間で疾病を発症する人は、ドンドン増えている。その周りの変化が自分自身に怖さを感じさせているのは確かであり、その怖さを払拭するために運動が続けられているのかも?って考える事がある。
 勿論、自分の好きな事を好きなようにするには、あるレベル以上の身体能力が必要って要素もあるけど、先の周辺環境の変化と相乗効果で、自分を律する事が出来ているのだと思う。

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趣味的、オタク的な拘り

 自転車との付き合い方の一番は、何と言ってもパワーのある単車を扱うための体力を整えるための機材であり、身体の衰え度合を推し量るバロメータとしてのスポーツサイクルで何処まで走れるか?を確認するためってのがある。で、自分の状態を測るために、走り回り、衰えを緩やかにするために乗りまくるって部分が殆どだけど、元々、自転車を趣味にしていた事もあり、自転車に対して趣味的、オタク的、改造のベース的な見方も少なからず持っている。
 この辺を割り切っていれば自転車改造に機能とは関係無い分はスルーするだろうし、台数も増えないのだが、その辺が割り切れないのが困った問題である。

 そんな困った問題の大元は、自転車自体を改造する事、パーツを交換する事、見る事、スペックを手に入れる事といった文系的、オタク的な趣味的価値観があるからだ。

 その価値観を整理すると、自転車自体、様々な車型が有るけれど、現段階では身体能力測定器具としての存在故に、どの自転車も舗装路を比較的高速に走るって用途のモデルに限られている。だから、ピストロード、ロード、小径折り畳みでもロード志向の自転車に限られている。
 で、大きく分類すると、フルサイズ700Cのロードモデルと、小径のロードモデルとなっている。

 自転車の何を見るか?という点では、自転車好きな人には二通り居て、一つは使われているパーツ、コンポのグレードで評価する人であり、もう一つ、基本のフレーム構造を見て評価する人では無いだろうか?どちらが正しいというモノではなく、どっちもアリだが、概ね二通りに分かれている。勿論、その優先順位でどっちが上か?というレベルの違いであるが、自分の場合は、どっちを先に見るか?っていうと、フレームデザインを第一に見る。何故か?というと、コンポやパーツは、比較的安価かつ簡単に交換可能なんで大きな問題として捉えないためだ。

 ここでフルサイズ700Cのロードモデルに求めるのは何か?っていうと、イメージとしてスポーツサイクルの王道ということであり、王道=正統派って考えている。
それ故に、モデルに求めるのは、正攻法であり、一言で言えば、普通っぽさが一番大事なように思う。普通っぽさ=汎用性でもあり、普通な構造や造作ほどに、使えるパーツの選択肢も広くなるという理由からだ。
 但し、昨今の異様なスポーツサイクルの盛り上がりによって、ハイテク、新素材の激しい導入による特化され過ぎたモデルに対しては、なんだか、恐れ多いし、自分には不釣り合いって遠慮が入り、あんまりハイブリッドな自転車はチョット敬遠気味である。
 一歩引いて、コンベンショナルに汎用性豊かに、自分の身の程にあった構成が作りやすく、ロードとは言っても肩肘張らずにリラックスって構成が好みである。まぁ、そういう好みを具現化したのが我が家の531ロードなんだが、こういう一歩引いた感がイイと思う。

 次に小径ロードモデルに求めるものは何か?っていうと、フルサイズ以上に趣味性が強い乗り物だと思っている。趣味性の強弱っていうのは、モデルの骨格の向こうに廉価車が見えるか?或いは、普通すぎないか?有り触れていないか?安っぽすぎないか?って要素が無いほどに、更には、フルサイズと相似なだけで似すぎていないか?って要素が無い程に、趣味的小径車らしさを感じてしまう。そういう意味で、小径車ならではで、なおかつ、安っぽさが少ないイメージが具現化されたモノっていうのに惹かれる。
 具体的には、モールトン、R&M、タルタルーガ、フライデー、KHSのようなブランドは正にそういう存在だと思う。そして、小径車のデザインはどうあるべきか?っていう自分の趣味性はモールトンを別格にすれば、多くはH型デザインのフレームワークが多い事が判る。
 趣味的に考えれば、小さな小径車はダイヤモンドデザインではなくH型デザインで十分機能的って印象(あくまでも感想です)を持っている。
 そういう訳で、DAHONでもボードウォークやスピード系のH型フレーム、フライデーに酷似したレ・マイヨWのH型フレームってのは小径車っぽさに溢れていると思っている。そして、こういう基本骨格を持つモノが自分の選択となっている。

 最近は自転車ブームということで、フルサイズにしても小径車にしても凄まじい形の自転車が色々と登場したり、デザイン的にもなんだか凄いなぁ!って形が数多く登場しているけど、趣味的には機能を満たす最小限度のデザインが一番格好良いかなぁ?って思っており、そういう意味では、フルサイズならば、なるべく普通のダイヤモンドデザインで金属系フレーム、小径ならば一番シンプルなH型フレームで、折り畳みならば更に頑丈な鉄系フレームっていうのが一番だと思う。
 確かに、モノコック、カーボン・・・・色々あるけど、フルサイズでも度の過ぎた高性能は気が引けるし、あまりにも複雑なフレームワークの小径車も気が引けるところである。

 因みに、コンポーネントグレードについては、最近はあんまり気にしない。自分の望む歯数構成、寸法的な特徴が満たされるモノであれば、一番入荷が早い奴って程度で選ぶ位である。勿論、最高級グレードが良いとも思うけど、そこまで強い拘りは無いのが現実だ。但し、偶然というか意識せずに、とあるパーツがDURA ACEだったりすると、その関連パーツの購入に迫られるとDURA ACEを選ぶんだろうと思う。
 事実、531ロードも変速系はDURA ACE、ブレーキ、レバーは600系、駆動系はSORAという構成だが、これで十分満足している。

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2007年11月29日 (木)

身体は治る!思考(脳)は治らないかも!

 さっき、メインサイトの日記にも書いたけど、今、この記事はリアルタイムである。午後10時前だ。

 ぐだぐだ書くつもりは無い。

 この間、定期健康診断があった。身体の不調は早期発見、早期治療で治る。

 良い事だ。

 しかし、、、、

 幼少からの積み重ねで破綻した考え方しか出来ない脳の構造は、、、、、

 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

 直す事は出来ないかも知れない。考え方の矯正、脳の論理破綻不良は修正不能かもしれない。

 そんな訳で、身体の不調が見つかった人は、或る意味幸せである。

 早期回復を祈る。

 脳破綻の人は、、、、相当に正念いれて直さないと一生、人生がつまらんぞ!

 警告を与えておく。

 早く気付け!

 

                                           以 上

PS この内容、メインサイトの日記の内容、サイト内容は、俺をリアルで知ってる奴も読んでいる。それ故に、内容に誇張な表現は無い。寧ろ、控えめなくらいだ。俺は嘘は嫌いだ。勿論、本人も読んでるだろうし、別の登場人物も書かれている内容を頷ける事が多いと思う。もしかしたら、勤務先の上司、経営者も読んでるかもしれない。サイトアドレスは勤務先社長も知っている。そう、このサイトの記事はリアルな現実である。

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記事の更新について

 今日、記事の更新は何時しているの?って質問を受けた。
で、解答だけど、殆どの場合が『時刻を指定して更新』を選択して、適当な時刻に更新されるようにしてある。設定の時刻については分の部分は修正せずに、時の部分を適当に変えている。因みに、12/2迄、記事は適当にアップされる予定。

 大した事は書いてないけど、殆どの文章はサイクルトレーナーを使っている時とか、ロッキングチェアーで下の子を寝かしつけながらって時に書いている。

 なお、コメントに関しては、手元にPCが有れば随時行う。今なら血圧測定直後とか、、、、。

 本当は、何かの事件が起こった時にタイムリーに記事を書けば良いのだろうけど、丁度良い時間に自由が効くって場合が少ないだけに仕方ない。
 だから、ばらせば記事が沢山書けた時には、記事を小出しにしているのである。

 毎日書いて居るんだ!って感心している人がいたら、期待を裏切るようで申し訳ない。

 因みに、これからアップ予定の記事は、自転車の趣味性ネタ、健康と年齢ネタ、健康の意味とは?ネタが随時アップ予定である。そして、今から、他のネタを記事にする予定。アップは何時か?は未定。

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企業、組織、人のモラルを取り戻すには?

 モラルって言葉は道徳って事みたいであるが、このモラルの低下っていうのは、政治家、省庁、企業から末端の個人に到る全体に渡り生じている現象のように見える。

 先の記事にも書いたけど、耐震偽装、食の安全表示偽装、クレーム問題、談合・・・・様々な分野で、組織ぐるみによる大衆への嘘が溢れている。因みに、組織が悪いと言っても、組織を構成するのは個人であり、結局は個人のモラルの低下が組織のモラル低下の土壌となっているとも言える。

 個人のモラルの低下でいえば、ゴミのポイ捨て、不法投棄から流行の自転車利用者のマナーの悪さ(信号無視、併走、逆走、無灯火、二人乗り、傘さし、携帯電話運転・・・)もあるし、先日の会社の部下の話ではないが、上司の私的な携帯メールに対する連絡を以て、休暇申請を済ませたと判断したり・・・、出先で教育を受ける最中でのガム噛み、道路への豪快なつば吐き・・・・とか、街行く人を見ても、ペットの糞の世話をしない飼い主、逆走気味で運転するドライバーとか、色んな場面で??????????な人が溢れているのが実態である。

 これって、個人主義っていうより、利己主義的な考えによるものだし、その温床には、拝金主義的な考えが背景にある。そして、行動の原則も、先の記事にも書いたけど、即効性、利便性のみを求める思想が背景にあるように思う。

 こういう即効性、利便性のみに囚われて利己的に拝金主義的な行動しか取れない人に、継続性の重要性や道徳を説いても無駄のような気がする。
 昨今の格差問題や景気の先行きの不透明感ってのもあるけど、ここらで一発、社会の価値観をオールリセットさせるような価値観の地殻変動的なショックが必要な気がする。

 今の景気の不透明性と景気悪化要因が悪い方に作用して、本当に必要なのは何か?を気付かせるような大きな変化が来た方が、社会にとっては良いのでは?とも思う今日この頃である。

 本当に厳しい社会を生きるには、必要なのは、自分で出来るという意識、その意識を持てる自負、即ち、自身の努力と経験を積んだ自信が必要で、自信を持つためには実力が必要、その実力は継続の上に成り立つって価値観が正義となるような、変化が必要なようにも思う。

 ホント、大恐慌的な不景気でも襲ってくれば面白いとも思う。その変化で苦しむ人も出るだろうし、自分自身も苦しむかも知れないが、そういう変化が今こそ必要な気もする。

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良心は何処に?企業モラルを問う。

 最近は、組織ぐるみの騙しが氾濫しているように思う。
 騙す側は企業、騙される側は一般消費者って構図が非常に多いように思う。

 食品の賞味期限、消費期限、偽装表示・・・・は、牛肉、鶏肉といった食品、加工乳製品、これらを使った菓子類から地域の特産品、挙げ句の果てにはファーストフード最大手迄様々である。固有名詞を挙げるのも煩わしい程に次から次へと露呈する。
 この食品に限らず、企業による不特定多数消費者への騙しというと、建築設計、建築施工、建材性能と偽装、改竄が露わになっている。医療関連でもそうだ。薬剤エイズの問題に懲りず、今は肝炎のネタも同じである。一寸前は、自動車業界のクレーム隠し問題もそうである。趣は違うかも知れないが、社会保険庁の省庁ぐるみの詐欺も同じである。結局、組織が民衆を騙しているのである。

・社会保険庁
・三菱自動車
・トヨタ自動車
・マクドナルド
・雪印乳業
・ミートホープ
・赤福
・御福餅
・太閤餅
・比内地鶏
・白い恋人の石屋製菓
・不二家
・舟場吉兆
・建材のニチアス
・姉歯建築事務所
・ヒューザー
・竹中工務店
・清水建設
・精肉の石川屋
・イモ加工会社のマルヒ
・崎陽軒
・・・・おそらく、他にもどんどん明らかになっていくだろうし、こんなのは氷山の一角に過ぎないだろう。

 こういう状況から言えるのは、既に一部の企業モラルの低下と片付けるのは既に説明が付かない状況ではないだろうか?ここまで同時多発的に問題が露わになるってのは、日本社会の構造的な問題として捉えるべきでは無いだろうか?

 この企業による消費者(顧客)への騙しっていうと、或る意味、騙しやすい関係でもある。騙す側から見ると、モノを作る側であり、騙される側は使う側であり、モノに対する知見の深さを見ると、騙す側の知識の方が、騙される側より遙かに深いのが問題である。
 騙される側=顧客っていうのは、騙す側の発表する情報を判断して行動するのだが、騙す側が故意に隠蔽すると真実を見抜くってのは不可能である。組織対個人の間の騙しってのは、そういう関係がある以上、絶対に無くならないものでは無いだろうか?

 とある機械製造業では、機械製品の性能検査データを改竄する事が当然と為されていると聞く。しかし、データ改竄を悪と捉える認識は企業側には一切無いという。
 企業側の論理としては、例えデータを改竄しても、それ以上に安心を植え付ける姿勢こそが重要という論理である。この論理は都合の良い論理以外の何者でもないのだが、こういう考えが実際に蔓延しているのでは?と思わざるを得ない実態に溢れている。
 真実の程は知らないが、例えば認定のための性能検査を受ける自動車は、通常のラインオフされた車両から懸け離れた整備を施され高い性能を獲得するという話も聞くが、この行為自体も顧客のための行為とは思えないのである。
 このような工業製品のスペックにしても、顧客のための性能保証というよりも、自社の製品の性能的優位性を謳う事が目的になっているのでは無いだろうか?

 今の社会構造では、企業による顧客への騙しってのは未来永劫無くなることは無いように思う。なんらかの抑止力が必要だが、一時的な公的機関の立ち入り、監査では限界がる。常に、企業と同等以上の知識を持った目による監視が必要では無いだろうか?

 有り得ない話かもしれないが、少なくとも品質管理部門、衛星部門においては業界内のライバル企業からの相互出向を強制的に受け入れさせるような制度でも作らなければ、効果的な偽装や改竄の抑止力と消費者保護は図れないのでは無いだろうか?

 企業間の検査委員の配置や期間の指定といった部分を公的機関が調整するという構造でも作らなければ、今の風潮は解消できそうにない。
 ここまで、同質の問題が繰り返し発生しているのは、騙す側には『ばれるはずがない』という意識があり、無くならないのは、ばれた企業に対して『運悪く、気の毒に!』って意識がある事に他ならない。
 そして、今のこのような問題が明るみになるのは、内部告発や密告によるものが殆どであり、そういう告発は、滅多な事では為されない。何と言っても、告発者も、その企業から給料を貰っている場合が多く、己の生活を賭けて迄、告発できるか?っていうと難しいだろう。そういう隠蔽側にとって都合のよい構造を改めない限りは絶対に問題解決は不可能だ。

 行政に望むのは、このような社会構造の腐敗を如何にローコストで競争させながら取り除くか?っていう事であり、そういう構造改革を期待したいものである。
 そういう意味では、企業の監視は企業にとって選択できない企業の目による監視を行わせるのが一番良いとも思うのである。

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体型罵って賠償!?

 表題を何としようか?と悩んだ末に、当たり障りの無い表題にしたのだが、なんでも、小料理屋の30代の経営者の体型を罵倒した60代の男性客が賠償を命じられたそうな!

 現場に居合わせた訳ではないんで、難しいが、この文言のニュースだけ見ると、そういう表現自体が悪いとも取られかねない。

 しかし、これは表現が悪いのではなく、それをネタに罵倒したり、罵った事がいけないって事だろう。
仮にダイエットが必要な体型の人、=太った人=慣用表現で『デブ』、『豚』・・・って言葉があるけれど、それ自体は事実であれば、悪意が無ければ何の問題も無い筈ではないだろうか?
今回の賠償命令では、体型とは無関係である筈の料理の味までも、その体型と結び付けるような悪意的な罵倒が賠償責任に繋がっているのだろうか?

 事実を事実として伝えるってのは、少なくとも子供の世界では残酷ながらも平然と行われている。
 デブはデブと言われ、バカはバカと言われる。特に子供の世界では悪意が無いし、素直な感想としての言葉として現れるモノである。

 大人の世界であっても、過剰な罵倒は別として、そのような負の印象を与えるような表現は普通に存在するのも事実である。やっぱり、デブはデブって言われるし、バカはバカって言われる。アホはアホであり、、、、これらは、全て事実に基づいた表現として言われるだけの話である。
ここに差別的な意味が有るか?無いか?という意見で、差別、差別!って批判する意見もあるかもしれないが、差別というよりも、そのような言葉が投げかけられる事態に陥るのは、そういう言葉を投げかけられる以前に別の要因が有る場合も少なくない。

 実際、デブはデブでも人気者のデブも世の中には存在する訳であり、単にデブっていうだけで罵倒される人っていうのは案外少ないのでは無いか?あんまり好きな番組ではないが、『ビューティコロシアム』って番組で変身願望を持つ人が登場しているが、その人に対する出演芸能人の意見を、ふと思い出すのだが、自分自身で自分のマイナスイメージからの脱却を諦めた時点で負けではないか?って事をふと思ったけど、今回のニュース報道から、その事件の背景を無視して、デブって言われたから訴えるなんて思考を持つ奴が大量に出てくるとすると、それは、そいつの大きな勘違いだ。

 まぁ、自分がデブで無くっても、外見的に他人がデブだろうがヤセだろうか、干渉しないのが一番である。基本的に、人の事は関知しないのが一番だ。勿論、親切で、デブによるリスク回避(内臓脂肪肥満の恐さを説明してダイエットすると良いぞ!を力説したり)を説いたり、馬鹿な奴のネガティブ思考を改めるような啓蒙したり(勉強の大切さを教えたり)する意味で、他人に干渉(教育、指導、説教)するのは、そこに悪意が無いので良いとは思うけど、悪意に満ちた他人への干渉はすべきでないのは言うまでもない。
 勿論、これは善意に基づくもので、指導を受ける側が、指導してくれないからと言って逆恨みするのはナンセンスである。それを以て虐めと感じる奴が、仮に先の事件のように訴えたりすると怖いものであるが、、、。人間社会、色んな生い立ちで色んな価値観を持っている奴が居るから面白くもあり、怖くもあり、、、、、いろんな事件が起こるんだろう。

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2007年11月28日 (水)

寒くなったら自転車弄り

 寒くなってきたし、日が暮れるのも早くなってきた。
 こんな季節は部屋での自転車カスタムが楽しいモノである。単車の場合は、部屋でやるには臭いがキツイ。自転車は、その点具合が良い。

 ということで、先週注文していたTIAGRAのブレーキキャリパー、フロント用が入荷したとの連絡を頂いたので、会社帰りに早速引き取りに行った。BR-4500で沈頭ボルト仕様、アーチサイズは39-47mm仕様である。これを西DAHONのフロントに装着。西DAHONのフロントフォークのフェンダー穴の後側は以前リーマーで拡大していたので沈頭ボルト仕様なのだ。因みに、リアはBR-550Aってモデルでアーチサイズが49-57mmというキャリパーだ。これは、リアアクスルを後方にずらした結果、ショートアーチでは届かなくなったためである。アクスル位置を前方で使用するとチェーンラインが厳しい事と、リア内装用のベルクランクが靴によっては踵と干渉するからだ。
 元々、西DAHONには451化に伴いクイックリリース無しのダイヤコンペのキャリパーを使っていた。フロントはピスト用、リアはロングアーチのサイドプルであったが、キャリパーのクイックリリース化を望んで旧600サイドプルを使用していたものの、リア回りの不具合が不愉快な状態が続いており、これを晴れて今回解消した訳だ。他にも細々と変更したけど、週末に写真撮影してメインサイトで詳細はアップ予定だ。

 その結果、西DAHONから取り外した旧600のサイドプルキャリパーを531ロードに移植である。531ロードにはBR-250Zっていう初級コンポ、恐らくエクサージュ系のキャリパーを使っていたが、一気に4階級特進のBR-6400ってキャリパーである。531ロードも結構渋くなってきたところである。これも近々メインサイトでアップ予定。

 こうなってくると、オ・モイヨWWのテクトロ製キャリパーが不愉快なんでシマノのBR-550級のキャリパーに交換したくなってくるところ。この辺は機能には全く関係ないけど、自転車趣味のオタク的付き合い方の象徴でもある。

 屋内で時間を使うにしても、アニメやゲームより、自転車の改造みたいな事の方が楽しいものである。仮に、子供が居なければ、ガレージで単車のカスタムでもやりたいところだが、今はチョットやりにくい。振り返れば、AR125にKR250のカウルを装着したのも確か12月末にガレージでやった気がするが、今、チビが二人いるとやりにくい。

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最近の検索ワードを見て。

 最近は、一日に200~300人のアクセスがあるようである。
 そして、そのお客さんが訪れる際の検索キーワードを見ると、一定の傾向があるようである。

 本来、このブログは自身の健康日記帳なんだが、ダイエット、健康ネタ以上に関心があるのが、自転車、単車ネタである。ネタ的には、改造ネタ、操作法ネタの二通りがあるけど、改造ネタについては、メインサイトの方が引きが強いようであり、このブログの引き的には、操作法ネタでの引きが強いようである。

 よく見掛ける検索フレーズでは、

・尻の痛くないサドルは?
・小径車(自転車)で速くはしるには?
・適切なケイデンスは?
・2ストの乗り方は?
・峠で速いバイクは?

 って感じのワードが結構多い。

 ということで、検索して来られる方にとって、残念ながら本ブログには望まれている答えは無いのが現実だと思う。

 ということで、自転車と単車についてまとめると、次のようになる。

1.自転車について
 ハッキリ言って、街乗りレベルでホイールサイズで顕著な差は無い。あると感じた人が居るとすれば、それはプロレベルか、気のせいだろう。グリップ、サドル、ハンガーの位置関係は骨格で決まるんで、それが揃えて有れば、どれも殆ど同じである。
 自転車の速さ?即ち、抵抗を減らすには?って問いでは、空気抵抗と転がり抵抗があるけど、前述のポジションが決まり姿勢が決まると空気抵抗は決まってくる。で、転がり抵抗っていうと、体感できるとすればタイヤの空気圧と幅に集約されると言って過言ではない。
 尻が痛い、腰が痛い、首が痛いってのは、前述のポジションが決まっていないだけであり、決まれば問題は殆ど解決する。普段見掛けるサイクリストで多いのが空気抵抗を意識しすぎのためか?異様にハンドルが遠くて低いのを見るけど、あれはNGである。空気抵抗以前に普通に漕げるってのが重要であり、漕げる姿勢を専門のショップ等で割り出して貰う方が先決だ。局部的に負担が掛かるような姿勢でスポーツとして自転車に乗るってこと自体が有り得ないのである。つまり、痛くなる事自体がナンセンスである。

 自転車では、重さや回転抵抗・・・に拘りをもったり、材質、形状に拘る人もいるようだけど、先のホイールサイズでも大した差が出ない以上、少々の重量や、軸心における回転抵抗、材質、形状に起因する差は感じる事は出来ないといっても過言ではない。中にはホローテックの踏み心地?とか、カーボンバックのバネ感?とか、ディープリムがどうこうとか、いろんな感想があるようだけど、その差が機能として重要な意味を持つ人ってのは皆無に近いのでは無いだろうか?
 どっかが痛いとか、安いチャリに抜かれたとか、異なる車型を馬鹿にする(ロードVS小径、ロードVSクロス・・・・)とかのレベルでは、モノ云々の前に、自分の頭と身体と乗り方を今一度冷静に分析する必要があるんだと思う。

 ぶっちゃけた話、乗り手にとって適切なポジションが作れる自転車ならば、タイヤの幅と空気圧で自転車の動力性能は半分以上決まってくると考えてOKだと思う。

 ギア比、ケイデンス、レシオの差分・・・といった項目については、一言では言えないけど、固定シングルでも無い限りは、乗り手にとって具合の良いギアは一つくらい付いている筈である。どれが快適か?は、本人が乗って確かめれば良い。漕ぐという行為は乗り手の意志でやるものであり、何処か痛くなるとすれば、本人は痛くならないように工夫するのが人間である。乗り手が痛くならないような快適と感じれるようなギアと回転数は本人が乗り込む事で初めて判る筈である。

 とういことで、自転車なんて機材はハッキリ言って何でも良いのでは?というのが答えである。自転車の改造っていうと、単車以上に自由度が高いけど、殆ど好みオンリーである。機能以前に玩具的な意味合いでパーツに拘っているに過ぎないと言っても良い。

 結局、自転車でいう速さっていうのは、速度の高い、低いだろう。この速さは何で決まるか?っていうと、道具の扱い方の上手下手と、乗り手の身体能力だけできまるのである。パワーがつけば速くあるし、心肺が強ければ長持ちする。それだけでは無いだろうか?物凄くありきたりだが、それしかないのである。機材を変えて速くなる?ってレベルの人は、交換前の機材が悲鳴を上げる程の使い方が出来てる人であり、我々のような街乗りサイクリストにとっては該当しない。少なくとも、メタボ、肥満、高齢ってサイクリストにとっては、使い手の限界は機材の限界の遙か下では無いだろうか?

2.単車について
 これも自転車と差異は無い。勿論、競技レベルでラップタイム云々を言うならば小さな違いが大きな差となるけど、少なくとも公道レベルで走る範囲では、単車の差なんて皆無である。どれに乗っても同じである。
 これを言うと身も蓋もないけど、現実だ。実際に、周りの単車乗りと幾度と無くツーリング、峠に出掛けたけど、単車の差は速さ、旨さの差と無関係である。下手くそは何乗っても下手くそ。それだけである。現実社会では、原付二種に届かないリッターバイク乗りが多いのも事実だし、ツアラーに付いてこれないスーパースポーツも居る。80年代バイクに適わない最新型が居るのも事実である。
 勿論、最新型に乗って速い人も居るけど、そういう人は古いバイクでも旨い筈である。

 自分が上手く走れない理由に、キャブが強制開閉でないとか、年式が古いとか、気筒数が少ないとか、ラジアルマウントでないとか、、、、、有り得ないのである。少なくとも、公道エリアで常に全開全速って状況は無い訳であり、所詮峠レベルでは、昔のバイクの機能でさえ100%が必要って状況は無いのである。

 初心者や下手くそが上達するには、どうするか?っていうと、乗って乗って乗りまくる事しかない。そうすれば、痛くならない乗り方や、怖くならない走り方が見えてくる筈である。

 ということで、単車でも何でも一緒である。単車の場合、ポジション自体は出荷時既製品状態で狂いまくったようなモノは無い点で、自転車に較べると考える箇所が一つ減る分優位ではないだろうか?過去のレプリカブームの衰退原因の一つに、キツイ前傾姿勢による負担云々との意見もあったけど、負担が掛かるような姿勢で耐久レースなんか出来る訳無い筈であり、ポジションなりに乗れば快適な事はあっても痛みを覚えるなんてナンセンスである。今まで、レプリカバイクで一日800km程度の距離を走っても、全身のけだるさは感じても局部的に痛みを感じるってことは無いのが感想である。

 単車の速さってのは、一般公道という範疇で考えると、直線路というよりも峠道では無いだろうか?そんな道では、アクセルのナンボも開ける場所は無い。そこでの速さ、旨さっていうのは、状況判断の正確さと、判断の実践能力に尽きるのである。そう、それには、そういった場数を踏んで、そういう状況で現れる基本的なマシンコントロールを身に付ける事に尽きるのである。ラインの読み方、トレースの正確さ、ラインの選択肢を拡げるマシンコントロールの広さこそが上手さと速さになるのでは無いだろうか?こういう状況では、機材の能力以上に個人の経験と技量の方が影響度が高い。そして、どんな世界で愉しむか?が乗り手に判っている程に、乗り手が選ぶ単車っていうのが、乗り手に取ってのステージへの適合性が高くなっているのでは?と言える。ライダーに選ばれた単車を見ると、そのライダーの技量っていうのが推し量れるっていうのは言い過ぎだろうか?

 こんな内容は記事として価値無いけど、これが現実である。モノに頼りすぎても、何も得られないのである。

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インスタント志向、花盛り!

 最近、注目度の高いニュースというと、健康関連、美容ダイエット関連が多いが、流行部門?ではスポーツサイクル関連も注目度が高い。更には、格差社会?での生き残りを掛けた資格取得、生涯学習・・・・ってところも注目度が高い。勿論、金儲けに纏わる話も注目度が高く、それに関連する犯罪も毎日のように発生している。

 このような事件やニュースを見て思う事は、注目度が高いネタっていうのは、どんな分野であっても即効性を謳うモノ、簡単な方法を紹介したもの、秘訣やコツを売り物にしたモノってのが、共通のキーワードである。要は、高い効果を手軽に簡単に安直に得られるって事を謳い文句にした時に人の心を鷲掴みにしているようである。

 冷静に考えると、簡単に手に入るモノだったら、誰も苦労しない筈だし、簡単に儲かる話は人には教えないモノである。簡単に健康に慣れたり、綺麗になれたり、賢く慣れたりするならば、世の中全員が勝ち組で、格差なんか無くって、みんなが幸せな筈である。

 それ故に、簡単に手に入るモノってのは、本人が簡単だと思い込んでいる錯覚に過ぎず、簡単に手に入れることが出来るモノは、その程度のモノでしかないのは当然である。

 これって、極当然の事なのだが、世の中全体が、簡単にモノを手に入れる事が出来るという価値観が、皆が望む価値観となって進んでいるように見える。

 例えば、学問の世界で答えを導き出す公式だけを覚えようとするバカがいるけど、公式に当てはまる例題での解の誘導にこそ威力を発揮するかも知れないが、当て嵌まる例題以外では当然無力であり、公式なんぞは覚えても意味がない。

 趣味やスポーツの世界でも、コツ?や秘訣に拘る愚か者がいるけど、コツや秘訣は、本人の試行錯誤の上で本人オリエンテッドなモノであり、その固有性のある事を聞いた所で、聞いただけの奴にとっては百害あって一理無しである。判ったと錯覚することで、当人にとって気付く内容を導き出すプロセスを踏めなくしているだけである。

 ダイエットや健康でも然りである。即効性の有る方法ってのは、人体機能に無理強いをしているだけであり、薬剤に頼るような方法では、その方法で人体を騙しているだけであり、人体の機能としては、薬剤を頼らず自律的な機能を持っている筈だが、それを機能させる機会を奪っているだけである。人体の機能の殆どが解明されていない現状で、一部の知見で全てを把握したかのような宣伝や手法の裏には、確実に落とし穴が存在しているだろう。

 結局、本質的に何かを得ようとすれば、欲するモノが、得にくいモノ程、地道に他に頼らずコツコツやるしかないし、そうしなければ欲するモノは手に入れることは出来ないと思うのだが、何故か人は、安直に答えばかりを追い求めているように見える。

 何事にも成功の秘訣ってのは、やりたい事を自分の力だけで為し遂げようって意志の力しかないと思うけど、こういう考えは、恐らく流行らないのだろう。

 でも、今の時代は利便性と即効性を重んじる世の中、コツコツやるってのも流行らないし、便利なモノはドンドン取り入れる風潮だが、その利便性故に失うモノも多い。継続性の重要さや、物事の因果を突き詰める面白さを見失うだけなら良いけど、礼儀や常識さえも失いがちである。手紙を書く事を忘れメールで済ませるのも、歴史ある習慣を失っている。失ったモノは取り戻しにくいのが常、、、、
 最近、身近な事例では、三十路を迎える社員が、急な休暇を当日の連絡で伝えるのだが、その連絡の手段が携帯電話のメール発信で本人的には説明したつもり、、、これって、常軌を逸していると思うのはオヤジ的考えなのか?笑い話、事務所で他の管理職と話す限りにおいては、携帯メール(それも私的なアドレスに対して)で連絡するってのは、上司部下の関係を気軽な友達関係と勘違いしているのでは?と嘲笑の声があったけど、利便性と即効性に溺れていくと、そんな欠陥人間になっていきそう。

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2007年11月27日 (火)

健康な時間の使い方

 心も身体も健康に生きるには、限られた時間を如何に使うか?が結構大きな問題のように思う。
 人間、生きていく上で絶対的に書かす事の出来ないモノを列挙すると、

1.十分な睡眠時間(1.5時間の倍数時間)
2.定刻通りの朝昼夕食
3.十分な運動

 となり、更に加えるとすれば、

4.本心からやりたい事
5.気持ちが安らぐ場所と時間
6.欲望を満たすだけの財力

 って言う事になる。しかし、どんな人にも等しく全て、与えられる時間は一日24時間であるっていう事。そんな24時間を如何に振り分けるか?が健康で長生きを得るためのテーマでは無いだろうか?

 まずは寝る時間っていうのは1.5時間の倍数として考えると、6時間睡眠、7.5時間睡眠、9時間睡眠が現実的に考えられる。自分の場合、短期的ならば3時間睡眠も4.5時間睡眠も可能だが、そういう睡眠時間では間違いなく翌日の日中には睡魔と闘わざるを得ない。最近は6時間睡眠でも厳しい。7.5時間睡眠は必要かと思う。
 この時点で24[時間]-7.5[時間]=16.5[時間]となる。活動時間が16.5[時間/day]であるが、欲望を満たす財力を確保するには、厭でも労働というか勤務しなければならない。その時間を昼休みと併せると、午前7時20分に家を出て、速くても午後7時20分に帰宅となる訳で、そうすると12時間が財を成すために費やさざるを得ないのである。ここで残りは、16.5[時間]-12[時間]=4.5[時間/day]となる。
 午前7時20分に家を出るとなると、洗面、朝食に要する時間を引くと、起床時間は遅くても午前6時50分が限界である。この起床時間から7.5[時間]の睡眠時間分を遡ると就寝時刻は、午後11時20分となるのである。因みに、家に帰る時間が午後7時20分として、夕食育児を手早く行ったとしても午後9時頃迄は掛かってしまう。
 ということで、この時点で使える時間ってのは午後9時から就寝時刻である午後11時20分くらい迄となる。つまり、一日の内で実質的に使える時間は2時間20分しか無いのである。さらに、ここで入浴の時間として20分を引くと、僅か2時間しか使える時間が無いって現実に直面する。

 ここで、上記項目の3、4、5以外は消化できているのだが、3と4を、残りの2時間を使って行う必要があるのである。

 ところで、今のフィジカルコンディションを維持するのに、どの程度の運動を行っているか?っていうと、『筋力強化日記』にコメントしているように1時間程の筋力系サーキットトレーニングと1時間程のローラー台を行っているのである。つまり、この運動を行うことで1日の時間を全て使い切っている訳である。結局、チョット気を抜いてボーッとする5の時間が無いのが問題である。

 勿論、週末には平日の運動によって維持したコンディションというか身体能力を発揮させるべく、単車に自転車に水泳にと動きまくるのであるが、平日があまりにもスケジュール的にタイトなのが問題となっている。

 自由な時間を得るには、寝る時間を6時間にするって事になるのだが、その場合でも就寝時刻としては午前0時50分ってなるのだが、これをやると、ホント脳が痺れたような感覚になるんで頻繁には出来ないのが現実である。ワンモア2時間をどうやって確保するか?これが問題である。今の運動時間中は筋トレもローラー台もヘッドホン併用でDVDや音楽鑑賞が行えるし、ローラー台の場合はブックスタンドで本を読みながらって事もやるが、いかんせん手足の自由が無いので大した事は出来ない。

 寝る時間は7.5時間を確保しつつ、あと2時間、いや、最低でも、あと1時間を得るにはどうすべきか?を考えると、現在の住居も勤務先に極めて近いという現状から通勤時間の短縮も望めない現状では、もう少し早く家に帰る事くらいしかないのである。
 普通は、運動を減らして休養に充てるとかの考えになるのだろうけど、運動自体が趣味みたいになっており、減らしたくないのが問題である。本音を言えば、もっと動きたいくらい。今の運動メニューはここ数年でかなりブラッシュアップされていると思う。

 しかし、多忙を極める現在、多くの従業員さんと別行動をとって帰宅を早めるのは現実的に不可能である。今後、歳を重ねて体力の衰えが更に顕著となってくると、努めて日常の運動時間を増量する必要にも迫られるだろうし、回復のためには睡眠時間も更に長く必要となってきそうである。
 勿論、多くの周りの人と同じく、年相応に老化し、加齢に応じた趣味に変遷する(例えば、ゴルフ→ゲートボール→散歩)のもアリかもしれないが、性格的に受け入れる事が出来ない。

 果たして、今現在は辛うじて運動の時間、睡眠の時間、就業の時間・・・が24時間に入っているけど、子供の成長に伴い、育児の時間も増えていく。加齢による睡眠の時間も増えていくとなると、、運動の時間は確保できるか?今以上に会社に長く居なければならないか?と考えると頭が痛くなるものである。

 あまりに怠けた勤務態度となると、財を成す力も失うし、そうなると活力の源泉である趣味や欲望が満たされない。この辺が大きなジレンマである。
 大人になって成長する事が、即ち、己の欲望の封印であるならば生きる価値は世代を進める事、命を繋ぐ事だけが目的か?という事になるけど、それでは楽しくない。
 最近、思うのは、蓄財能力(?)を高めるべく特異な職務を行ってきたけど、そういう生活を15年以上行って、年功序列的にスライドしてきた同世代に比較してどうか?と冷静に見ると、掛けた労力程の蓄財能力の差が生まれていないのが現実であり、物事への思考あたりの単価で考えると損の方が大きいのが実感である。そして、これが日本の企業風土の限界か?とも思う事がある。良かった事といえば、現代サラリーマンが抱える企業内ストレス(ノルマ、パワハラ・・・)が殆ど無い事くらいか?やりたい事を好きなようにやれるし、ペースも自分次第って事で負担が皆無って事(これは結構重要なのは理解できる。勤務先企業の年輩管理職は、潰瘍、癌、腫瘍と闘う人が多い。職場にもよるけど50%以上は何か患っている。過去には原因は知らないが自殺した人も居る。宗教に走る人も居たみたい。)。

 限られた命の時間を一番有効かつ己にとって有意義に配分するには、どういう方向性を選ぶか?これは結構難しい問題である。業務のロード、現状、企業収益推移と自身の収入の推移、安定性、確保可能な余暇時間等々のバランスを見計らいながら方針を定めて行くことになるのだが、基本は、限られたエネルギーをセーブモードで運用していくって事になりそうだ。

 究極的には、今のポジショニングで新しい何かを生み出し、それをネタに独立して時間あたりの収益性を極限にまで高めるポジションに移るってことが一番良いように思う。大ぴらには言えないけど、自分で価値を創造し、それを商売にする社長になる事のようなもの。
 そこに到る迄の生活レベルの最低限度としては、現在と同じ生活を維持するのに、今の家を出て帰る迄の12時間って時間を如何に短縮させるか?が鍵になる。それが仮に6時間となれば、自由な時間が6時間増える事になる訳である。

 やりたい事をやるために生きる訳であり、その時間は24時間(睡眠時間を除くと16時間)しかない。そのやりたい事をするために、負う時間が12時間ってのは、目的の時間が短くなっており、それはやっぱり変であると思う今日この頃である。

 まぁ、こんな事を言ったら、何を舐めてやがる!ってお叱りをうけそうだが、これは結構本音だったりする。基本、根っからの不真面目野郎なんだろうって思う。馬車馬のように働く気もないし、生活に追われるのも嫌である。やっぱり、楽しく過ごすってのが一番である。そのためには、元気が一番だし、楽しく稼ぐのが一番である。努力って言葉は、元気な身体と保つための鍛錬のためだったり、楽しく稼ぐために人が思い付かない知識を発揮させるためにあるだけである。

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労働災害

 勤務先の工場では労働災害が多発?している。
 仕事量が多く、派遣労働者を大量に採用している事。派遣労働者の出入りが激しい事も無関係では無いだろうけど、労災の怪我の内容から見ると、一概に特殊な作業への不慣れが原因とは言い難い怪我が多い様に見える。

 労働災害防止の全社を揚げての取り組みが熱心になされているし、経営者自体が労働災害を無くそう!って気持ちで取り組まれているのも判る。
 しかし、実際の労災防止教育の実態、担当者の素行を見ると、安全教育自体が空回り気味で説得力に乏しいってのも客観的に見て事実である。

 まぁ、教育の実態等への論評は置いておいて考えているのだが、発生する労働災害(怪我)の実態はというと、実際の所、結構くだらない怪我が多いような気がする。

 勤務先の企業で製造するモノは少量多品種で重量物という特色がある。こういったモノを製造する職場では、作業が定形化しておらず危険が潜むパターンは何通りもあるという面がある一方、単純化された機械的、自動的作業が少ない分、機械に巻き込まれるという類の画一的リスクは少ない傾向がある。

 災害といっても休業災害のような重大な怪我もあるけれど、不休災害で、切り粉、火花、手を挟んだ、叩いた、捻った・・・・っていう、或る意味安直な災害も結構ある。このような一寸した災害を減らすために安全啓蒙活動も熱心にやってはいるけど、一寸した災害程、一瞬の隙に生まれやすいものであり、これを無くすのは結構難しいものである。

 災害の発生を如何に抑えるか?の全社的な取り組みは、勤務先の場合、一にも二にも安全教育であり、安全とは?整理整頓とは?・・・・といった座学が繰り返し為されている。

 そんな勤務先だが、自分はそんな会社の中でパイロットプラント的な研究設備兼用工場を約10年前に作り、その中には十数台の機械を設置しているのだが、今のところ、そこでは労働災害は発生していない。そこでの作業者は、その十数台の機械を運用するのだが、そこで設置されている機械は、殆ど全てが私のオリジナルデザインの機械であり、その機械には考え得る有りとあらゆるインターロックが施してある。危険と思われる領域にはセンサーを張り巡らせ、機械の作動エリア内に他の物体が入るだけで停止するのは当然で、様々な作業は決まった手順でしか動作させないシーケンスを組んだり、高温、高圧運転は、基本的に段取り作業以外はプログラム運転で、運転経過は遠隔監視させるシステムを採用している。勿論、段取り作業においては、機械の動作は段取り関連動作以外は行わせない制御を掛けているのは言うまでもない。
 その甲斐あってか、労災とは無縁である。

 ただし、該当部署に従事する人間が、工場内が激走して機械設備をぶち壊したり、通勤途上で交通事故を引き起こしたりする事は何度もあった。ただ、そんな不注意な人が作業しながらも、作業中に災害を起こした事がないってのは、先のインターロック等が機能しているってことなのかなぁ?と思うところである。

 労働災害ほど馬鹿らしい怪我は無い。金を稼ぎに行って怪我してしまうってのは、如何なものだろうか?健康で快適な生活には、怪我と病気が大敵である。怪我っていうのはかなり部分で予防回避が可能である。病気でも生活習慣病関連ではリスク低減が可能である。可能な限り、快適な生活を阻害する要因を減らし、有意義な人生を歩みたいモノである。ふと、そんな事を考える程に、最近は労働災害が多発している。

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活性酸素

 昨日は重大疾病として動脈硬化や癌について、そのリスク因子として何があるか?を、半ば空想の世界で記事にしたりした。当たっているか否かは別として、飲酒、喫煙、合成食材が身体に良くないのでは?って感想を持っているけど、このような飲酒、喫煙、合成食材摂取が何故に身体に悪いのか?を思いながら、ニュースを眺めていて思った事。

 今日のニュースに目を惹いたのが、熊本大学の研究報告で、先に示した重大疾病の原因となる活性酸素を減らす物質が体内で作られているという報告である。

 因みに、この活性酸素ってのは、癌や動脈硬化、老化の原因となる物資らしいが、活性酸素が体内に溢れる要因としては、煙草、アルコール、油の摂取が挙げられている。
 そして、この活性酸素を解消する物質として体内で作られる物質の存在と機能を明らかにしたことがニュースになっている。

 ところで、この活性酸素は、普通の酸素の酸化力が更に高まったモノであり、大きくは電子配置が異なって他の物質を酸化させる力が異様に高まった存在である。その酸化力は、身体を構成する、或いは、身体が利用する糖質、脂質、アミノ酸等の分子を酸化する力を有しており、活性酸素が過剰に存在すると体内物質が変質するって事らしい。

 その一方で、この活性酸素って物質は、体内に取り込んだ酸素の何%かは活性酸素に変わるのも事実であり、その活性酸素の強力な酸化力(殺菌、解毒作用)を身体が本来利用しているってのも事実である。

 要は、人体という生体が生体活動を営む上で、自然な状態であるほど、そういった物質が過不足なく生産され利用されているっていうバランスが非常に重要であるってことだ。

 昨今、サプリメント、栄養補助食材等は、単一栄養分の濃縮によって健康に良いという触れ込みで販売されているが、先の活性酸素の理屈ではないが、どんな物質でも不自然な形での摂取は、摂取物質の組成率が大きく崩れるって事を招いており、案外、活性酸素のような物質を、あたかも悪者のように扱ってしまう可能性さえ含んでいるように思う。

 結局は活性酸素でも、人体の進化の過程で摂取する食行動等での発生分は、人体にとっては必要なものであり、それを目の敵にして、偏った活性酸素対策を講じる方がリスクを抱えているようにも見える。確かに、過剰な活性酸素は動脈硬化や癌等の重大疾病のリスク因子になるのかもしれないが、これは活性酸素が過剰という状態がリスク因子となるだけであり、活性酸素がリスク因子そのものにはならないのでは?と思うのは間違いだろうか?

 現代人の健康や美容、ダイエットへの意識は非常に高くなっていると思うが、その対策に走る手法(流行)を見ると、少なくとも、日本人に限って言えば、サプリメントのような強引で短絡的な手法に魅力を感じている人が多いように思う。
 実際、忙しい?現代人の食生活を眺めてみると、食事をカロリーメイトオンリーで済ませる人も少なくないけど、こういうライフスタイルこそが未知のリスクを抱える要因になっているようにも見える。昨日の記事ではないが、濃縮栄養食材(=合成食材)の過剰摂取ってのは、人体機能にとっては不自然であるのは間違い無いと思うだけに、本当に安全か?っていうと信じ切れないのが現実である。厚生労働省が認可したら全てがOKとは、とても思えないのだが、そういったモノが流行する現代日本ってのは、自身の判断が出来ない人が多い裏返しのようにも見える。

 以前も記事にしたことがあるけど、人体機能については解明されていないメカニズムの方が遙かに多いのが現実である。そして生体機能は何億年という進化の末に作られたメカニズムであり、そのメカニズムには進化の過程での淘汰の結果であり、そのメカニズムを生体にとって自然な形で利用することこそが健康の秘訣では無いだろうか?
 文化とか、嗜好とか、流行といったレベルで生まれたライフスタイルは生体の進化と機能の相関性から見ると、全く関連の無い事ばかりであり、そういう生体機構からみると、全てがリスクファクターになっているのでは?と思うことが最近は多い。

 そういう思いが、喫煙、飲酒、合成食材が抱えるリスクを想像させるのである。そのリスクの一つの形として、リスク因子が身体にとって有害となる過剰な活性酸素という環境を作り出してるように考えている。

 余談になるけど、自分は工学系出身だが、活性酸素によって身体が変化すると考えると、身体が強制的に酸化させられるって事を思うと、つまりは、身体が酸化物となるって事。この酸化物っていうのは、基本的には物質として安定なモノに変わる事であり、安定なモノっていうのは、本来物質に任されている反応が行えなくなるって事を示しているのだろうか?そうすると、生物としての本来の機能が働かないようになる訳で、その機能不全が細胞分裂での欠陥を招き細胞の癌化を招いたりするのだろうか?なんて考えたりする。
 そして、活性酸素の大量発生ってのは、通常の酸素の利用から生まれる活性酸素の比率及び絶対量が通常の生物活動状態から懸け離れる事が原因だろうから、それは、体内での燃焼に必要な酸素量の大きく異なる物質を摂取したり、燃焼過程を作る系の状態が異なったりする場合が思い浮かぶけど、それって、本来生物の個体維持に不要な物質を摂取したり、自然に摂取する量的バランスを越えた状態で摂取する場合が該当するのでは?って考えたりしている。

 それが、喫煙、飲酒、合成食材(サプリ、合成調味料、濃縮栄養剤)によってもたらされると思うところである。

 話が思いっきり脱線するけど、どんな生物で増加と減少を繰り返している。人間も例外でないが、そういった増加、減少の過程における減少っていうのは、即ち間引きでもある。間引きってのは、淘汰されるモノであり、現代における重大疾病・・・・っていうのは、技術の進歩を戒めるための淘汰の作用かな?とも思うところである。技術への過信、短絡的な効果を期待する思考回路への戒め、そういう短絡性を過信を持った人間を間引く過程に入っているのでは?と思う時もある。
 今の時代、医療技術に大きく依存し、薬漬けになったり、偏った食生活、サプリ、栄養補助食材に偏ったライフスタイルの浸透っていうのは、そういう方向に行く人々を間引くための大きな流れなのか?と思うこともある。
 少なくとも、自分の周りで、そういう偏った食生活をする奴ってのは、脳内も短絡的であり、複雑な現代において存在価値があるか?っていうと、言い過ぎかもしれないが疑問符が付きかねない奴が多いのも事実であり、これまた言い過ぎかもしれないが、淘汰されるべきかなぁ?とも思うことがある。

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2007年11月26日 (月)

重大疾病予防には?

 命に関わる重大疾病として、生活習慣病を起因として発症する糖尿病、脳梗塞・・・・と、肺や胃に発生する癌がある。

 これらの病を予防するには何が必要か?予兆をどうやって見抜くか?について考える事が多くなった。
 っていうのも、定期健康診断で度々異常が見つかったり、周りの友人、同僚がそういった異常所見を告げられたりすることが増えてきて、自分自身が歳を取って、そういう疾病の怖さを覚えているからである。

 この重大疾病の内、糖尿病、脳梗塞に到る生活習慣病と言えば、予兆として肥満があり、肥満状態においては体調不良を来す前段階としてγ-GTP、中性脂肪、LDLコレステロール、総コレステロール、血糖値、尿酸値等々の数値的異常が現れる。
 それ故に、これらの数値を正常化させるための処置が可能だし、その数値を正常化させるには、一にも二にも肥満の解消である。肥満を解消するには、食生活の改善と運動の習慣化であり、或る意味、個人的なライフスタイルの見直しで解決可能であることが判っている。

 これに対して、肺や胃に発生する癌については、その発生のメカニズムが解明されて、明確なリスク因子が明らかか?っていうと微妙な情勢である。WHOは癌因子として食事が35%、タバコが30%、ウイルスなどの感染が11%、生活習慣が7%とも言われているが、ガン細胞とは何らかの異常により正常でない細胞分裂によって発生した細胞であり、普通なら死滅すべき細胞が死滅せずに生き残った形の細胞であるとされている。細胞の癌化とは遺伝子によるモノであり、癌遺伝子と癌抑制遺伝子、それに修復遺伝子などの働きの異常によって細胞が癌化するとされている。

つまりは、細胞の作動不全によってもたらされるもので、そのリスク要因は何か?っていうと、本来の生体維持にとって不必要な環境がその要因では無いか?と思う今日この頃である。

 ここからは全くの根拠は無いけど、細胞分裂段階で異常な環境を作る物質とは、生物にとって不要な環境から与えられるもので、それが人間の生活において何が相当するか?っていうと、それは人間固有の生活にある不自然な生命活動によってもたらされているのでは無いか?と思う。

回りくどい言い方を避けて、思い付く三つを挙げると、

1.喫煙行動
2.飲酒行動
3.化学合成物質摂取行動

が思い付く。どの行為によって体内に入れるモノも自然界に自然な状態では存在していないもので、それが本来の細胞にとっては特殊な環境では無いだろうか?
 その環境の特殊性が細胞の癌化を引き起こしているのでは?と思う今日この頃である。この内、1、2については異論を持つ人は少ないだろうが、3の化学合成物質っていうとピンとこない人が多いかも知れない。
 最近流行のサプリメント、栄養分の濃縮食材、化学合成調味料の多くは人工的な化学反応操作によって合成製造する。合成製造して得るモノは複雑な構造を持つ物質だが、複雑な物質程に分子構造には異性体のようなモノが存在する。異性体には自然界に存在しないような物質もあり、そういうモノも細胞の癌化リスクファクターになるのでは無いか?と思う今日この頃である。

 これからをしっかり健康に生きるために何が必要か?を考えた時に、生活習慣病予防に必須な肥満防止のための食習慣、運動の習慣化の他に、細胞の正常な世代交代を行わせる環境整備のために、飲酒習慣、喫煙習慣の解消は当然、化学合成物質の摂取抑制、具体的には化学合成調味料、インスタント食品、冷凍食品、ジャンクフード、菓子類~サプリメント、栄養補助食品といった食材を控えめにするのが良いのかもしれないと思う今日この頃である。

 それにしても、こんな事を考えてしまう程に歳取ったんだと改めて思うところである。

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久々に一服!?

 昨日、なんでか知らないけど、久々に一服したような気になった。
 って言っても、これは現実の話ではなく、夢の中での話である。日常生活において煙草を吸いたいって気持ちは殆ど無くなってきたし、今の時点で再び喫煙を再開しようとは思わない。煙草を中断して良かった事は?って言うと、まぁ、歯の汚れが付きにくくなったって事くらいで、体力的に向上したとか、金が貯まったとかは一切無いのだが、敢えて、吸おうとも思わない所である。

 それでも、5ヶ月目に突入しようとする今の時期に夢で一服しているってのは、潜在的に未だに我慢している意識があるからだろう。周りの人と話をしても、中には3ヶ月の禁煙は出来たけど、結局今は吸っているって人が少なからず居る訳であり、或る程度の期間、禁煙しても喫煙してしまうっていうのは、これは麻薬的な中毒性が煙草にはあり、その作用は結構長く現れる事を表しているんだと言う事だ。

 煙草を中断した当初は、対して禁煙しよう!って強い意識は持たなかったけど、今現在の方が絶対に再喫煙はするまい!って決意が強い。

 この理由は、喫煙習慣を中断して何か良い事を実感したからか?っていうと、決してそうではなく、決意を新たにしたのは、喫煙習慣によって抱えるリスクとリスク要因によって高まる危険性を畏れての事である。

 最近は、自分的にも人並み以上に運動しているという自負があるけど、それもこれも身体能力を高く保ちたいって意識があるからである。でも身体能力以前に健康か否か?が重要な要素であり、健康体でなければパワーが有っても意味無いのである。

 健康を阻害する要因=疾病リスクであるが、重大疾病といえば、成人病(糖尿病等)と癌である。この重大疾病のリスク主要因は何か?っていうと、前者の場合が肥満であり、後者の場合は喫煙、飲酒習慣である。

 この事実と自分のライフスタイル、年齢を見比べると、肥満は解消済み、飲酒習慣も無い・・・・残りは何かというと、夏迄続けていた喫煙習慣である。

 ということで、重大疾病のリスク回避目的にリスク要因となっている喫煙習慣を改めるってのが決意の根底にあるのである。

 そして、そういう辞めよう!!って意識が強くなるほどに、負の意識が作用して夢で一服してしまうのかもしれない。

 ふと、そんな事を考えたりするのである。

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ドライバーから見たサイクリスト

 昨日は、娘と一緒に川内の自転車公園に出掛けたが、午後4時過ぎには家路に向かった。帰り道は、いつもラングスターTTやオ・モイヨWWで走っている堤防上の道路を車で走って帰るのだが、昨日は突然に交通の流れが悪くなった。
 速度にして20km/h以下くらいであろうか?見通しが良いので先が見えるのだが、事故等のトラブルの様子もない・・・・・で、判った事は、ヘロヘロのロード乗りの方が、道路の左端から中央に掛けての幅1m弱を蛇行気味に20km/h程度で走っているのが原因である。

 乗用車から見ると、左端を走れ!ふらつくな!って思うが、こういう走りしか出来ないロード乗りも居るって事だ。走行中は、本当ならタイヤの軌跡で言うならば幅10cm程度(白線のペイント幅程度)のふらつきの範囲で走って欲しいもの。
 そりゃぁ、疲れた上に、向かい風?かもしれないが、、、、純粋に格好悪過ぎである。

 それから暫くすると、揃いのジャージを着た集団が2列で車道を占拠して走ってる。併走するな!って言いたいところだ。

 最近、自分も自転車に乗っているせいか、車や単車を運転していても、他の自転車乗りを無意識の内に見てしまう。でも、あんまり好印象な自転車乗りが居ないのは現実だ。下手すると、自分も他の車両運転者から見ると邪魔くさいと思われているかもしれない。

 しかし、何に乗っても交通社会の一員であるって意識を持って運転すれば、少なくとも、先のようなふらつき運転や併走運転を行う奴は居ないと思うけど、残念ながら街行く乗り物を見ると、そうなっていない。
 勿論、自転車に限らず、単車、自動車でもいっしょだが、、、、、。

 余談だが、昨日は居住地区町内の横断歩道でPTA安全パトロールって札さげたママチャリに乗ったオバサンが信号無視して横断歩道を横断しやがる・・・・。それを見た娘が自分に『パパ!あの人、信号無視してる!』って、で、自分は車の窓開けて『多分、交通ルール習っていないんじゃないの?』って言うと、娘は『ガハハハハ!幼稚園でも習ってるのに、、、』、で答えとしては『あんな大人になっちゃダメ、ダメ!』って受け答えしたら、思い切り、オバハンに睨まれたんだが、、、、。殆ど、全ての自転車は信号無視しているのが実状だ。

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スパイダーサドル

 TIOGAのスパイダーサドルって品をラングスターTTに装着した。
 別にサドルは何でも良かったのだが、今まで付けていたBBBのCTLっていう超軽量のサドルのベースが疲労破断したために交換する羽目になり選んだのが、この品である。

 このサドル、完全にプラスチックであり、プラスチックベースが蜘蛛の巣ように肉抜きがしてあるデザインである。そういう構造で、サドル全体でクッション性を確保しているとか、していないとか、、、、って事はどうでもよくって、単純に『おっ!珍しいデザイン!』ってノリで注文して付けただけのサドルである。

 このサドルの評判はネットで見る限り、ロード乗りの方々には関心が高いようだけど、評判は別れており、レーパン派の方には概ね好評だが、それ以外には今一って感じ。まぁ、人の評判なんか信じないので、気にせず注文して装着した訳だが、感想としては、至って普通のサドルって事。可も無し不可も無しっていう何の変哲も無い品である。別にジーンズで使っても何の不具合も無い至って普通である。

 メインサイトにも書いたけど、最近のサドルは真ん中が凹んだデザイン、穴が空いたデザインが主流であり、何でも、尿道を守る?デザインとのこと。去年、久しぶりに自転車の世界に戻ってきた時は感心したのだが、今の気分は、意味無いのでは?って感想の方が大きいところ。
 大昔には、そんなデザインは皆無だったし、普通のサドルでも300~400km/dayって距離は問題なく走れた。今でも150km/day程度の距離ではサドルなんて何でも良いって気がする。

 サドルで尻に優しいのを望むって声はよく聞くけど、普通、スポーツサイクルに使われているサドルで尻が痛くなるような品ってあるか?ってのが正直な感想である。サドル交換の理由が、デザイン、好きだから!って理由なら否定しないけど、尻が痛いから痛くないサドルは?って交換するのは、どうにも違和感がある。スポーツサイクル用サドルで尻が痛い奴は、サドルをイイ物に変えても痛みは取れない気がする。そもそも、自転車で尻が痛くなるってのが理解出来ないし、ましてや、腰や手首、首痛くなるってのも理解不能である。
 少なくとも、スポーツサイクルは長距離、長時間に耐えれる機能としての形状であり、そういうタイプの自転車で長距離、長時間がNGってのは理屈に合わない。そのための形状ってのは、そういう目的で使うと快適な筈であり、快適と感じないユーザーが居るとすれば、それはユーザーの乗り方や体力に致命的な欠陥があるのでは?と思うのが正直な感想である。
 サイクリングに適した自転車は、適した姿勢で、適した漕ぎ方を実践すれば快適なのは間違い無い訳であり、適した自転車が快適でないのは考えてみれば変な話である。

 これって、レプリカ系スポーツバイクで首が痛い、腰が痛いって言う奴が居るって内容をメインサイトに書いた事があるけど、スポーツバイクで耐久レースって競技もある。って事は、少なくとも、そういう走りを快適に長時間続けれるポジションであり、それと同系のポジションで拷問のような苦痛を感じる奴が居るとすれば、単車の乗り方、姿勢が根本的に間違っているのであり、モノの責任にするのはナンセンスって話と同じである。
 ガンマで500kmオーバーのツーリングを行っても局部的な疲労は殆ど無い。これが現実であり、それは正しい使い方をしているからだと思う。

 単車でも自転車でもだが、不具合をモノのせいにするような人ってのは、実は乗り手が一番間違っているのでは?って思うが、この考えは有りなのか?無しなのか?非常に興味深い所である。サイズ違いとかでない限りは、恐らくは、乗り手の知識や経験、技量不足が多くの不満の根元にあるんだろうと俺は思う。

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2007年11月25日 (日)

自転車の練習

 今日は日曜日って事で、何時も通りに朝はラングスターTTでCR走行を30km、昼もオ・モイヨWWでCR走行を30kmとこなしたけれど、合間の家事が手早く終わった事もあり、午後二時から四時迄は娘と一緒に川内の自転車公園に出掛けた。
 自転車公園の名の通りに、多くの家族連れが自転車の練習をしている。大体、歳的には年少組~小学3年くらいであろうか?人数にして30人くらいは集まっているが、これは毎週の事である。

 我が家の娘は既に補助輪無しで自転車に乗る事が出来るけど、余裕かましすぎか、脇見運転が多く、注意ばかりしているところ。脇見運転が多いために、低速走行ではふらつき過ぎであり、ハンドルが切れ込んでしゃくりゴケをする。高速走行でも満面の笑みで、恐らく前を見ていない状態(何処見てるんだ?)でやっぱり派手に転けまくる。

 自転車公園では補助輪を外す練習する子供もおり、転けては泣いて、親が起こすって風景を見るけど、、、、我が家では転けても手は貸さない。本人も運転中に『前見て運転しろ!』って言われているのは認識しているせいか、転けてもジッとこらえて泣くのを我慢する。自転車は転けるモノ。転けたら怪我するのは当然。転けたら自分で起こさないなら自転車に乗る資格は無いのである。ということで、結構逞しくなってきたなぁと思う次第である。

 しかし、今日はいつもにも増して派手に転けてお気に入りの自転車のベルが豪快に砕け散って、泣くに泣けない、、、、打ちひしがれモードで地面に手を突いて数分間固まっていた。チョット笑ったけど、それでも放っておくと、なんとか気分を切り替えて破片を拾って、直してくれ!って言った後に再び乗り始めた。破片はもって来られても直しようが無いのであり、ふざけながら自転車を転かすから壊れた事を伝え、あきらめさせたとこである。

 五歳にもなると、言う事は大分理解出来るようであり、或る程度は放置しておく方が本人なりに考えるんで良いのか?とも思う。

 そういえば、先週も幼稚園の遠足で転倒して口を切って帰ってきたけど、これも仕方ないものである。怪我しないのにこしたことないけど、転けた事は事実として変えようがない訳であり、引率の先生がどうこう言う気も無い。子供の世界、何が起こるか判らないし、目の届かせようが無いのも仕方ない。

 子供とは怪我をしながら学習して、危険とは何処にある?何が怖い?危ない?を理解するんだろうから、取り敢えず口は出さないし、手も出さない。するべきは、なるべく色んな行事等の機会(まぁ、子守みたいなもの)を与える事くらいかなぁ?と思っている。

PS でも、何だかんだ言って、帰宅後、即SV650に跨って、ニシダサイクルさんに幼児車用のベルを買いに言ったのは言うまでもない!娘に、色は何色がイイ?ピンク?黄色?赤?・・・・って聞いて、黄色を選んで買って帰り、既に装着済みだったりする。

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朝からそう快自転車通勤急増

 表題の内容で土曜日の夕方にフジ系列のニュースで特集が組まれていた。
 朝から自転車通勤して頭もスッキリ、回転速く、仕事が捗る!更には、自転車通勤でストレス知らず!距離15kmなら1時間なんで自転車通勤圏内である!って内容。

 ニュースでは都内に自転車カフェが初めてオープンして利用者にはコーラがタダとかも紹介されていた模様。なお、自転車で通勤する人を『ツーキニスト』って紹介をしていたけど、あの疋田氏のオリジナルワードがすっかり一般名詞化している様子で、ちょっぴり驚いた所。

 だけど、頂けないのは、番組の取材で、ある女性会社員の通勤に遊び?で追走って紹介があったけど、思いっきり道路をお喋りしながら一車線占有の併走ってのは、テレビの絵的にマズイんちゃう?って印象だ。
 番組ではスポーツサイクルが流行して、それを使って通勤のススメってノリだが、そこまでは良いとしても、併走行為に罪悪感を感じていない時点で、番組の構成者、報道側の人間のレベルが知れる。

 流行で認知度が高まるのは良いとしても、実際の街の風景でも、自称正統派と自認しているだろう装備を固めたロード乗りの皆さんの信号無視は日常茶飯事だし、自歩道、車道を含め、二列併走を平然と行い、他の利用者に威圧的な行為をしている連中も目を覆いたくなる程に多い。
 特に情けないのは、朝練?公道練習?という練習風景の写真をショップのブログ、サイトに載せて、堂々と併走している写真を掲載している店主の神経を疑うところ。

 自歩道では、線香の煙の如くブラウン運動している高齢者や幼児が居る訳で、決して広いとは言えないエリアを二列併走するロード乗りはハッキリ言ってお馬鹿さんだ。自転車に乗ったら、或る程度の違法行為はお咎め無し!って無意識の内に思いこむんだろう。

 これって、先の記事で、高齢者が自分の眼中の外のルールに無頓着っていう以上に質が悪い。なんたって、罪悪意識があっても甘えの意識構造、人もやってるからOKって意識構造での事。罪悪感が無い違法行為、みんなで破れば怖くないって違法行為、どっちが悪いか判断は難しいが、悪いと思いながら悪い事するのは故意犯罪故により悪いと思うところ。

 自転車通勤のススメってのはOKだが、それによって事故急増ってのは頂けないし、、、普及して大きな社会問題を引き起こし利便性が失われる前に利用者の遵法意識の啓蒙や、遵法意識を高めるような罰則を認知させるような行政が必要ではないか?
 後手的対策は、後の利便性が大きく失われるのが常である。そうなる前に、対策を先に打って貰いたいと思う。

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2007年11月24日 (土)

心拍モニタリング

 今日は、心拍数を測定しながら走行してみた。
 因みに、その前に計測して判っている数値を挙げると、

・最大心拍数:196
・安静時心拍数:37

ってところ。上の数値はスポーツセンターで計測、下の数値は病院で計測した値。
で、今日の自転車で心拍計測すると、平均巡航速度35km/h+αで、心拍数は130位。
なお、維持時間はジャスト1時間

で運動強度を求めると、

○運動強度(%MHR)
 =心拍数÷最大心拍数×100
 =130÷196×100
 =66.32%
○運動強度(%HRR)
 =(心拍数-安静時心拍数)÷(最大心拍数-安静時心拍数)×100
 =(130-37)÷(196-37)×100
 =58.49%

 ってところである。考えてみれば大した運動では無いようである。この程度の負荷では、かなり淡々とした感じである。まぁ、ダイエット目的なら運動強度は50~70%でベストって事なんで、今の健康自転車生活は悪くない負荷ってことかもしれない。

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STB交換

 本日、家族を病院に連れて行った後に、帰ってCATV業者の人に来て貰って、STBを交換した。
 従来はTZ-DCH505ってタイプ、今度はTZ-DCH2810ってタイプである。今度のSTBはチューナーが二連奏でW録画、裏番組視聴が可能となる。また、STB内にもHDDを搭載しており、タイムシフトで視聴オンリーの番組を取っておくって使い方が可能。なお、録画してディスクに保存する場合は、従来通りにDVDレコーダーにも保存できるって仕様である。

 但し、STB内のHDDにのみ録画した番組はDVDレコーダーへのムーブ等は特定機種に限られているのが玉に瑕である。

 我が家のテレビは未だブラウン管である。フラットワイド画面だが、ブラウン管で1999年製のテレビで、当然デジタルチューナーもD端子も無いテレビである。
 しかし、プログレッシブスキャンでD3/D4レベルの解像度はハイビジョンで視聴可能である。

 こんなテレビであるが、未だCS放送を含めて配信されている番組は、高解像度映像の他にも低解像度の映像も多くある。幅の広い解像度全体で綺麗に見えるのはブラウン管しか無いのが現実である。
 液晶、プラズマ・・・あるけれど、基本は特定解像度(今ならハイビジョン)オンリーで綺麗に見えるだけであり、こういったモニターで低解像度映像を映すと異様にぼやける。

 結構、回りの人の家ではそうなってる場合が多い。

 解像度が高解像度で完全に特定される時代になると、液晶テレビなんかも使えるか?って思う今日この頃である。アナログ停波するまでは今のテレビに頑張って貰う予定。

 出来れば、新世代のブラウン管が登場してから買い換えたいと思うところである。

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サイクリスト今昔

 今日(正確には昨日)は、SVとCXに乗って南へ北へと走り回った。季節のせいか?流行のせいか?は知らないけど、単車はあんまり見なかったけど、自転車はそれなりに見た。

 自転車で海岸線を走ってる人、山間部を走っている人、大体共通なんだが、殆どのサイクリストがピチピチの服装で乗っている。カバンは殆どリュック系で、ピチピチの服装で異様に細い手足のフォルムを豪快にアピールして?乗っている。
 自転車も、今日見たのは、キャノンデール、トレック、クライン・・・・バイクフライデー、KHSといった舶来モノ。

 ペース的には、川土手での朝練?的なモノではなく、純粋にサイクリングっぽい感じ。

 その光景を見て思うのは、素直に、なんか違和感を感じるなぁ!って所。確かに、機能的なスタイルなんだろうけど、乗っている様がスタイル負けしているのは置いておいたとしても、世間一般の目から見ると、ホント格好良いとは言い難いと思ったのは気のせいだろうか?だれがどう見ても、あの水着のようなレオタードのような身体の線をモロに露出する格好ってのは、、、、、、なんか、新体操や水泳の選手が突然、日常の風景に飛び込んでくるようなイメージである。

 思い起こせば20年以上前にショップでもサイクリングサークルを作り、休みになると大勢を引率してサイクリングというかツーリングに何度も出掛けたけど、当時の格好は、今のレーパン&ジャージってスタイルとはかけ離れ、よくって普通のジャージ、大抵はジーンズって出で立ちで、上着もホント普段着と変わらないのが通例だし、荷物はフロントバッグってハンドルの前のカバンってスタイルがデフォルトであった。ロードならばフックキャリアに小型バッグってのが一般的で、そういうスタイルで一般的な人から見ても普通なスタイルと思えるスタイルで走っていたし、それがやっぱり今の時代でも周囲と調和しているって思う。

 レーパン+ジャージってスタイルはレースコースを走ったり、専用道で朝練するには文字通り最適装備かもしれないが、普通のサイクリング迄もそういうスタイルってのは、どう考えても受け入れることが出来ない。

 なんか、最近のそれ系の人っていうのは、凄いなぁと思う反面、格好迄も型に嵌って、情報に洗脳されているだけでは?って思う方が多い。
 俺的には、今日のように単車ノリの目線から見た時の違和感は、自転車に乗っている時以上に感じたのだが、自転車趣味でない全く普通の人から見ると、恐らく、気持ち悪い!って思うのでは無いだろうか?

 昔の単車のレプリカブーム時代でもスポンサーロゴ入りのツナギも街で着るには???だったと思うけど、それでも、肉体はカバーされていた。今のレーパン、レーシャツってのは、冬場なんかは昔の仮面ライダーのショッカーみたいだし、薄手のレプリカウェアも一寸陳列しすぎである。これって、言い過ぎなんだろうか?
 イメージが悪いのは、ショッカーが自転車乗って信号無視している光景を目撃する頻度が多すぎるためか?

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2007年11月23日 (金)

休日の記事作成は滞る。

 休日は、自転車、単車で出掛けまくることが多い。家にいても子供の世話+自分の趣味の改造、メンテナンスでパソコンの前に座る事がなかなか無い。
 それ故に、ネットでの記事作成が滞ってしまう。

 今日も、メインサイトの日記の通りに朝から晩まで忙しく動いている。朝はSVで広島から呉、野呂山、川尻経由で竹原手前の忠海に出掛け、午後はCXのリアサスを窒素ガス封入タイプのヘイゴンのフルアジャスタブルサスに交換し、その効果確認に先々週にガンマ500で走ったコースに出掛け操縦性のチェック!
 帰宅途中にニシダサイクルさんによって、注文していたTIOGAのスパイダーサドルを受け取って、帰って早速ラングスターTTに装着!更に、西DAHONのリアキャリパーをラージアーチのデュアルピポットキャリパーに交換してリアホイールを後方にオフセット!西DAHONに使っていた旧600のサイドプルキャリパーを取り敢えずリアのみ531ロードに移植したところ。西DAHONにはTIAGRAのデュアルピポットキャリパーを注文しているので、入荷したら、旧600のサイドプルキャリパーを前側も531ロードに移植予定ってところ。

 そんな作業に加え、定例のサーキットトレーニングとローラー台を今終えたところ!
 これから、メインサイトの記事を更新して風呂に入って寝るのだが、休日ってなると、このような、やる事が目白押しなんで、ついつい記事の更新が遅れがちになる。

 更新が滞っている時は、遊びまくっている時か、体調を壊したり、事故して入院している時くらいである。

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最近の若者は、、、、

 ってフレーズでニュースを良く見掛ける。今日の報道ステーションでも古館キャスターが人間教育がどうだ、最近の若者はどうだとのコメントを言っていた。

 確かに、今日のニュースでも19歳のマジシャン夫婦が生後28日の乳児をほったらかしにしてミイラ状態で餓死させたって報道が為されていた。
 なんと、同居の19歳父親のオヤジも孫の誕生を知らないという、、、、母親の供述では風呂は一週間に一回、ミルクは飲まないんで飲まさない?出産時に医師から赤ちゃんのミルクの吸引力が弱いから診察に来るようにの指導も無視、、、、赤ちゃん死亡時には夫婦で歓楽街で飲み歩いていたとのことで、確かに、責任を感じていないとというか、人間として機能していないかしらないが、アホとしか言いようの無い奴らが居るのも確かである。

 しかし、若者も何を見て育ったか?っていうと、大人を見て育った訳だ。若者の教育云々を言う資格がある年輩の人間が居るか?っていうと極めて微妙である。

 そんな思いにさせたニュースで、今日の札幌でアイスバーンを夏タイヤで走行した車が中学生を下敷きにして事故を起こしたそうだ。事故後、運転者は動転していたのか知らないが、車の下に子供が居るにも拘わらず、回りの人間の車から降りるようにとの説得を無視して車の中に閉じこもり、その間、子供は車の下でうめいていたという、、、、、。
 夏タイヤでアイスバーンを走るのも馬鹿だが、車の下でうめいて居るんだから、車から出れ!って思うが、それが出来ない男の年齢は85歳という、、、、、ジジイ、人間辞めるか?っていうのが正直な感想。

 更に、今日のツーリングからの帰宅中だが、団地への近道の狭い道を単車でゆっくり左側を走行して上がっていると、上から勢いよく見た事のある軽自動車ばぶっ飛んでくる。それも右側通行気味で危ない運転・・・・・こいつ、自宅近くに住む、町内の副会長をやってる、お節介ジジイである。自宅前の路上に10時間以上の車庫法違反駐車を平気でする善人気取りのジジイである。当然、狭い道では上り優先って道交法も知らないだろう。無知を棚に上げて、その際は自分がルールっていう馬鹿野郎だ。

 大体、若者のモラル云々ってのは、本人達は成長とともに或る程度の事を身に付けるし、時代に応じたルールを身に付けるから良いようなものの、70歳過ぎたようなジジイ、ババァは質が悪い。新しいルールを知らない。知らないルールは自分の判断を正義と思い込み譲らない。自分が正義と思い、先のような逆走暴走運転さえも正統化しかねない。
 なんかあったら年の功?を振りかざし、善人ぶるのも頂けない。道路の中心で立ち話するのも高齢者、道路の真ん中で突然止まるのも高齢者、道路という空間で線香の煙の如く不規則運動するのも高齢者である。
 確かに、高齢者ってのは指導しづらい生き物だが、放置プレーは良いのだろうか?

 本当に、問題なのは、知らないルールを受け入れない。新しいルールを認めない。って頑固な老人の方が若者以上に扱いづらいのではないだろうか?
 こういうジジイはオールクリアしたいのが俺の本音だ。そんな高齢者にだけはなりたくないものだ。

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2007年11月22日 (木)

円高、株安、ready?

 昨今、日本国内の企業業績は概ね良好である。大手証券会社(山一証券)の破綻から、早十年が経過しているが、実感としてつい最近の出来事のように感じる。バブル崩壊迄遡ると、既に16年が経過している。そんな現代においては、原油価格の高騰等ネガティブな要因を抱えながらも、戦後最長の景気拡大期を歩んでいるのが現代である。

 そんな好景気を支えているのは、中国の急激な発展による恩恵という部分もあるけど、基本的に加工貿易立国である日本にとっては、為替相場の円安傾向による要素ってのは非常に大きなウエイトを占めている。しかし、この円安傾向ってのは、直感的にねじ曲げられて作られたモノであり、実体経済的には今の円安傾向事態が異常な事態であり、バブル期における不動産の実評価以上の評価による狂乱状態に近いと思うの気のせいだろうか?

 政財界においては、最近の若干の円高傾向を異様に毛嫌いしている傾向があるが、現代の為替レートの円安誘導(金利政策等々)こそが異常な状態を示しているように思う。
 本日、二年五ヶ月ぶりの円高水準ということで108円/ドルという水準となっており、輸出型企業においては経営に与える影響が深刻という声も聞くけど、利益が確保できるためには110円/ドル以上の円安を望む企業の実態を見ると、1980年代から主力製品の形態に大きな革新が無い企業が殆どであり、本来なら、そういう企業は消滅すべきものではないか?と思うのが正直なところである。

 世界の国々の発展に伴い、日本という国が担うポジションは時代と共に変遷すべきであり、当然、国のカラーを繁栄する産業形態も変化すべきである。そう考えると、20年以上も産業構造が不変のまま利益を得るという事自体が異常な状態であり、過去において様々な産業を担う国というのが変遷してきた歴史が証明するように、日本という国の基幹産業も変遷しなければ、それこそ異常ではないか?と言える。

 金利政策等の産業実態とは異なる部分で為替誘導を行うことは、評価と実態の偏差が拡大すると言う事であり、その矛盾は確実に路程する。そのギャップが大きければ大きいほど、支払うツケは大きくなる。
 経済の専門家ではないが、日本においては政策的誘導が無ければ、今ならば90~95円/ドルのレートが適正では無いだろうか?そのレートで成立できるような産業構造の変遷が望まれているように思う。政策誘導による強引な方法では、格差拡大を助長しかねないし、今抱える矛盾は拡大するばかりのように思う。

 そういう意味で、昨今の株価低迷、円高傾向っていうのは、政策誘導による景気拡大政策が行き詰まる予兆を示したモノではないだろうか?

 経済、産業構造、政策等々を見て思う事は、何にしろ古い方法が通用しづらい時代に入ってきたという印象だ。世界レベルで考えると、政治、経済に与える核が昔のような欧米+日本という3極時代から、多極化の時代であり、互いの影響は無視できなくなっている。三極時代であれば政策的誘導が可能かもしれないが、現代の多極化の時代では、誘導的施策は、予測も困難で、利害関係の衝突等によって実質調整不可能な時代になるように思う。調整するのでは、調和すべき時代になっていくのは間違い無い訳で、今の価値観を壊すには、一度、大恐慌のような不景気に突入すべきか?とも思う今日この頃だ。

 現在の自分の立場、『社長室長』という立場から考えると、企業の安定的な収益確保と競争力の確保が最重要と言うんだろうけど、個人として考えると、ドラスティックな地殻変動を起こすような大恐慌で競争力の無い企業は淘汰されるか、リビルドされる時代を迎えるべきとも思う。そういう意味で、急激かつ強烈な円高っていうのは、実はアリだと思っている。
 少なくとも、日本という国は個人から企業、政治家、役人に到るまで、完全にモラルは崩壊し不祥事の連鎖ではないが露呈が頻発している。腐った構造は一度破壊すべきである。対処療法的な施策では、悪の根元は断つ事は出来ない。そういう切っ掛けになるのは、今の円高傾向が本流となる時が良いチャンスだと思うところである。

 現代の日本に外貨を持ち込む製造業に求められる事は、価値あるものを作るのではない。ここでいう価値あるモノってのは、作り手のマスターベーションであり、自分で作っているモノが価値あるモノって錯覚しているだけである。だから、偽装、隠蔽工作が蔓延っている。これからの製造業においては、新しい価値を創造する事こそが重要ではないか?新しい価値を創造し、新しい市場を開拓する力があってこそ、真の競争力になりうるし、そういう状態こそが、豊かな暮らしに結びつくと思う。そういう時代こそ、活力にあふれ、本当に能力の重要性が問われてくる。昔の大藪晴彦ではないが、『蘇る金狼』の『狼は生きれ、豚は死ね』である。自分の持論としては、ゼロは幾ら足してもゼロであるが、1は足す程に百にも千にもなる!がある。真の価値を創造する力こそが今一番求められる時代では無いだろうか?忙しいという言葉の上で、価値を生み出さない行為を積み重ねるだけでは、財を成す資格は無いと思うのである。

 あらためて思うのは、みんな一緒に一度痛い目に遭おうぜ!ってこと。そうしないと、真の意味での価値観の変遷は生まれないからだ。『円高株安、ウエルカム』ってのが心の奥底の本音である。
 大体、今の企業収益、為替変動で一喜一憂って、所詮あぶく銭である。ガツッと金利を上げて円高誘導(異常な円安是正)して力のないところは一度潰すってのは出来ないのだろうか?

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取り敢えず!

 思い起こせば随分と長い間、途切れることなくスポーツセンターに通って筋トレしたり、プールに通って水泳したり、自宅で運動したり、ローラー台漕いだり、可部方面への自転車走行したりが続いている。

 続けているメニューの内、自宅で出来る類のモノは、まぁ、手近にあるんで簡単に出来るのだが、プールに出掛けて泳ぐとか、可部方面へ往復30kmのコースに出掛けるってのは、ハッキリ言って怠いとか、面倒くさいとか思う時が無い訳ではない。
 時には、つい、今日はやめにしようかな?なんて思う事がある。

 そんな緩い気分を戒めたり、サボったりした場合の罪悪感というか、後悔の念を出させるための道具に、ブログとか日記とかが役に立つって話をしたけど、それでも、誤魔化せば良いだけとも言える。
 実際に、これまでも何回か、今日は疲れたからパスしようか?と思った事がある。

 しかし、、、、

 現実には、さぼりというか、止めた事は無い。特に会社帰りにプールに出掛ける時は、車に乗って交差点に差し掛かる迄、止めようかな?なんて思う事はあるのだが、思っても、結果的には決めた曜日には確実にプールに出向いている。

 これは、性格的な問題もあるかもしれないが、迷った時は、『取り敢えず行ってから考えよう!』って思い、到着したら『取り敢えずプールに入って考えよう!』って思い、泳ぎ始めたら『取り敢えず2km泳いで考えよう!』って思っているから、結果的にメニューが終了できている。
 自転車コースでも、取り敢えず出発してから考えよう!ってノリである。

 思えば、仕事でも勉強でもだが、なんでも、取り敢えずスタートというか、迷った時には、やる方向で進んで、駄目なら引き返せばイイや!って考える性格だからである。

 この『取り敢えず』的精神っていうのは、自分で思うにポジティブな性格だと思う。失敗しても良いや!って考えてる部分もあるし、駄目ならやり直せばイイや!って考えている部分もある。

 なんでもだが、迷った時はやってみるって考えは悪くないように思う。勿論、判断の段階で有り得ない!って判断したときは、絶対にやらない。ただ、やっても良いか?って思う時は、取り敢えずやってみるっていうのが自分の性格でもある。

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2007年11月21日 (水)

疾病発覚流行中!?

 今、勤務先を中心に身近な所で、疾病が発覚するのが頻発している。疾病の発覚は、体調不良による検査、定期健康診断等々で明らかになるのだが、こういった事態を聞いて、以前は人ごとで住ませていたけど、今は、何時自分の事になるか判らない!って言う畏れに似た感情と、当事者の身体の事を真剣に心配してしまう。

 疾病を色々と聞くってのは、自分が歳を取ると同時に、付き合いの周りの人も歳を取る訳であり、加齢と共に不摂生やストレスを抱え続けると、必然的に体調を崩すって事を顕著に表しているものでもある。

 因みに、ここ何日かで聞いた疾病や所見異常はというと、

・糖尿病が悪化して入院して二ヶ月になる(ツーリングに行った事もある同期)
・胃潰瘍で緊急入院
・多発性大腸ポリポーシスの発覚
・検尿で糖検出
・潰瘍性大腸炎の疑いで検査
・白血病発覚

 ってところ。
 結構、怖いものである。何はともあれ健康を改善するのが一番。健康を阻害するような因子があるならば、その因子は完全除去すべし。仕事も勉強も後回しでOKだ。健康第一で治療にあたって貰いたいモノ。

 疾病というのは健康を害し、命に関わる重大な問題である。この疾病状態に陥らないのが一番だが、健康である内は、健康を当然のモノと思いがちである。そうやって、突然に健康を失った時に恐さを覚えるものだが、その時には、既に対処療法しか手はないのが現実である。

 健康を保つには?何よりも、健康の有り難さを認識すること。健康とは努力して保つモノって意識を持つのが重要。健康な身体を作るには、何が○で、何が×かを考えれば答えは既に出ている訳であり、健康に良い事を率先して生活に取り込んで、悪い事を生活から排除する心掛けこそが、健康維持に最大の効果を発揮する疾病予防である。

 その次に大切なのは、日常の僅かな異常、健康診断での要所見項目を見逃さない用心深さと、それを明らかにしようという勇気?である。早期発見こそが、発症後の回復の早道である。

 大事なのは、『予防生活と早期発見、早期治療』である。そして、何よりも大切なのは、仕事でも金でも遊びでもなく、自分の命(=健康)であるって認識である。

 自分自身、一番怖いのは、病と老である。これから逃げるには何が必要か?これをいつも考えて生活している。

 健康を保つため、病を遠ざけるために出来る事は何か?っていうと、即効性は無いけれど、

・飲酒習慣からの脱却(16年目)
・喫煙習慣からの脱却(5ヶ月目)
・規則正しい生活習慣(16年目)
・野菜中心とした食習慣(16年目)
・運動の習慣化(13年目)

 って事だ。何れも継続して初めて効果を発揮するものばかりであり、継続性を維持するための工夫の一つが、ブログ日記のように過去を振り返る事が出来る道具を用いたり、或いは、健康な身体無くしては楽しめない趣味(単車)を人生の目的にしたりすることである。

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DAHON買うなら2002~2003年モデル

 DAHONの年式について、、、、。我が家には、西DAHONと命名した2002年モデルのSPEED系モデルと、スピママと命名した2005年モデルのSPEED系モデルがある。何れも、フレームのみで、その他のパーツは廉価なパーツのハイブリッド仕様である。

 2002年モデルの方はどちらかというと趣味系の自転車となり、2005年モデルの方は実用系自転車となっている。その理由は、主にメインのフレームの違いによるもので、2002年モデルの方が低重心でロングホイールベースであるため、後三角形のシートステーの通り方からスプロケの選択肢が広いため、ハンドルポストの長さ調整が簡単という理由から、2002年モデルのフレームを趣味系に用いている。
 但し、趣味系、実用系とは言っても、何れもDAHONであり、DAHONの神髄である簡単手順で折り畳めコンパクト化が図れるって機能は維持しているが、その特徴っていうのは、他の折り畳み自転車と違う構造から実現されていると思うけど、その鍵となる構造は、短いヘッドパイプ、長いハンドルステム、ハンドルステムの折り畳み構造ってとこでは?と思っている。

 DAHONの折り畳みステムは、コンパクトになるって前提で屈曲部がヘッド真上に付いており、屈曲部からハンドルクランプ迄の距離が異様に長いのが特徴である。結果、どうしてもハンドルステム周りの剛性感が不足気味に感じたりする。また、楽なポジションを取ろうとするほどにポストは長くなるんで、折り畳みでコンパクトにするには、必然的にポスト部分がテレスコープ形状のアジャスタブル構造となる。
 因みに、そんなポストを持つDAHONを趣味系のスポーツサイクル風に改造するのが流行しているようだけど、そういう改造ではハンドル高さを低くするために、折り畳みポストをカットして疑似アヘッド化するなんて方法がとられる事が多い。2004年以前のモデルではポストがストレート構造であり、カット位置に制約が無いから問題ないけど、2005年以降のインテグラルヘッドといわれるタイプはポストがテーパー構造であり、下手にカットするとスレッドレスコンバーターの固定に差し支える場合もある。

 疑似アヘッド化する際には、ポストカットしてスレッドレスコンバーターを用い、更にステムを装着してハンドルを付けるという形となるが、そうすると、ステムの突き出し故に、DAHONの特色である簡単コンパクト折り畳みって機能を失う事になりかねない。

 因みに、この折り畳みステムは高級グレードではアルミ、廉価グレードでは鉄となっているけど、色んなサイトを見ているとアルミのステムがちぎれたようになった症例が見られるために、我が家では2002年、2005年のSPEEDフレームには共にスチールのステムを使っている。このスチール製のステムは何れもテレスコピックタイプアジャスタブルステムとなっているのだが、2002年モデルはポスト部分が短くステム部分が長くなっており、2005年モデルはポスト部分が長くなっている。そのために、ハンドル位置を下げようとすれば、2002年モデルはポストに差し込むステムの長さを短縮するだけでハンドル位置はグッと下げれる。2005年モデルではポストをカットしなければ下げることは難しい。
 なお、2002年モデルは、ステムをカットするだけで、ハンドルの高さはフレームのヘッド上端から320mm迄下げれるのに対して、2005年モデルでは370mm迄しか下げれないようである。この50mmって差は結構大きい気がする。2005年モデルで下げようとすると大がかりな改造と折り畳み性の悪化を招くが、2002年モデルでは殆ど実用性は変化無いのである。

 今回、2002年SPEEDベースの西DAHONのステムを交換し、ポスト部分をノーマルにしてステムの差し込み部のみ55mmカットしたけど、それによって得られるポジションは必要にして十分で、折り畳み性能も工具レスでノーマルDAHONと全く同じ形態に迄畳む事が出来る。DAHONで工具を使わないと畳めなくなるってのは、DAHONに乗る意味が無くなるように思う今日この頃で、そういう意味では2004年以前モデルは結構良いなぁと思うところ。

 更には2003年以前のモデルではリアエンドが正爪でありリアホイールを後気味に固定できる。その許容は30mm弱だが、これで多段化した時のチェーンの捻れは随分緩和される。

 今回、ステム交換して改めて思ったけど、スプロケ選択肢、折り畳みステムの形状と構造、チェーンライン・・・・・から改造して遊ぶならば、2002~2003年モデルのDAHONが一番楽しいなぁ!って改めて思った。
 

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2007年11月20日 (火)

自転車でも人を殺す場合有り!

 最近は、良くも悪くも自転車が注目を浴びている。
 そんな中、今日の気になるニュースといえば、40歳女性会社員が75歳の女性を横断歩道で自転車で轢き殺したというニュース。
 詳細は不明だが、横断歩道上を速度出し過ぎではねたらしい。

 最近は自転車が加害者になるニュース、自転車の迷惑マナーや低下したモラルといった負の印象のニュースが多いような気がするのは気のせいだろうか?

 一般自転車では、この死亡事故、学生の並進、無灯火、逆走、殆ど全ての一般車で見られる信号無視が上げられる。
 スポーツサイクルでも、信号無視は殆どデフォルト化してる。自歩道(CRを含む)での並進もデフォルト、朝練とかいった名目で正統派ぶりながらの並進なんて自覚が無いだけに質が悪い。

 自転車って乗り物に対する法的規制があるものの、自動車程に明確な取り締まり基準が無いためか、殆ど無法状態となっているのが現状だ。道交法改正により自転車の扱いが変わりつつあるようだが、未だ、努力目標的な文言が並んでいるに過ぎないのが現状だ。
 現代社会における日本人のモラルの低下が叫ばれて久しいが、自転車ユーザー=殆ど全ての国民であるとも言える現状では、そのモラルの低下がユーザーレベルの低さに直結しているといって差し支えない。それにも関わらず、自動車のようなルールと取り締まり方法の確立が為されていないのが問題である。

 免許制度が不可能であるならば、少なくとも、自転車の所有者登録の完全義務付けを防犯登録によって行い、その管理から強制的な罰則(反則)制度を導入する等の強行な制度確立が必要な時期に来ているように思う。
 防犯登録の義務付け、登録データの管理、自転車所有者の使用責任の明示化、違反行為に対する反則制度の確立、、、、、免許制度とは異なり点数による抑止力は発揮出来ない分、反則金金額を高めに設定し、防犯登録税等も導入し、その収益をインフラの整備に充てるという形もありでは無いだろうか?

 現在、自転車業界では新しいBAA規格等の新制度を立ち上げる真っ最中だが、市場における国内業界の利権確保に偏った活動のみならず、社会交通体系の一員としての自覚を与え、インフラの利用者としての負担を負い、権利を主張していく姿勢を示す時期に来ているのでは無いだろうか?

 今の最大の問題は、利用者のレベルの低さに起因しているのものが少なくないように見える。利用者の遵法意識の高揚を計り、利用者の商品にたいする厳しい選択眼を与える事が、業界の確固たる発展にも繋がるように思う。短期的には、市場拡大にはネガティブとも言える先の提案だが、長期的な視野で見ると、悪い事ばかりでは無いと思うのは、自分だけの気のせいだろうか?

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究極の標本

 勤務先には88歳になる会長さんが居る。今年の8月迄は現役の社長で陣頭指揮を執られていたが、8月からは社長職を譲り会長職に就かれたが、傍目には、以前以上にパワフルである。

 この会長さん、自分が入社した時に既に72歳って状態。その後16年が経過しても、殆ど変わる事無く今に至っている。

 会長の健康管理の秘訣はなにか?っていうと、正確なラジオ体操と毎日の冷水摩擦って事だそうだ。ラジオ体操と冷水摩擦を続けてきて今の健康を維持できているって事に大きな自信を持たれている様子。

 そんな会社だが、若い人が体調不良で度々休んだり、一般社員、管理職が体調不良で休んだりする様が、会長にとっては納得がいかない様子。そんな会長は、皆の健康を祈り、正しいラジオ体操と冷水摩擦の啓蒙活動を為されているが、多くの人は、その瞬間に頷くだけど殆どスルー状態。でも、昼休みには中高年以上の管理職の多くは、会社の近くの川沿いの道路を散歩されたり、公園で運動したりの姿を目にする訳で、その休憩時間中での運動する人の割合は他の会社より多いような気もするし、その効果ってのは、会長の啓蒙活動の賜物だとも言える。

 そんな自分も運動を努めて行うようにしているが、今の冷水摩擦が意識の中に入ってきたのは、間違いなく会長の啓蒙活動の影響である。
 勿論、言われたからやるのではなく、その様を見て、自分なりに効果を納得したっていうのがあるけれど、納得した一番大きな理由は、会長が88歳にして元気に現役で居るという事実が究極の冷水摩擦標本に見えたからである。

 健康維持、ダイエットにしろ、身近に目的を達成した強烈な標本が存在するほどに、目的に向かう決心がつきやすいように思う。

 今、喫煙は中断して、もうじき5ヶ月目に突入しそうだが、この88歳の会長は、結構なヘビースモーカーだったりする。こんな様みると、煙草は健康に良いのか?と思ってしまうのは悪影響かもしれない。

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スポーツ心臓と徐脈

 血圧が気掛かりってことで、勤務先に備え付けの『健太郎アドバンス』で血圧チェックを行っているが、概ね血圧値は正常であることが判り一安心である。他の従業員の方も口々に、血圧が何時もでは考えられない位に高くなっておりおかしい!って声も聞くんで、まぁ、それ程神経質にならなくても良いか?って思い始めたところである。

 しかし、人間はそういう機械で測定すると数値が目に入る訳であり、その数値が良いか?悪いか?ってのは結構気になるものである。

 自分の血圧測定は、去年から今年にかけて病院で完全に安静にして測定したり、手術前の測定とかで比較的シビアに測った値が、最高血圧が105、最低血圧が55、安静時心拍数が35ってところが多い。次に、日常の健康診断や検診、職場で測る場合は、生活活動中の合間だが、上が115、下が65、心拍数が45前後って事が多い。

 これらの数値の中で血圧は取り敢えず、至適状態だが、心拍数は異様に低い所である。それ故に、昨年は病院で心電図モニターを含め医者の診断を受けたが、その所見はアスリートハートであり、他には異常無いとの話を聞いているために深刻な気はしないけど、純粋に心拍数の数値から考えると、普通の人は50~100程度の心拍数らしい。そして、50未満で徐脈、100以上で頻脈っていう異常状態なんだそうだ。

 だから、大した運動もしない人が低心拍数であると喜ぶの危険な事であることを忘れてはならない。運動してない人が心拍数が低い場合は、大抵は不整脈を伴っており、その状態を徐脈性不整脈と呼び、ここで心電図波形から診断を行い、場合によっては突然死のリスクが判明する場合もあるという。

 だから、大した持久系運動を行っていない人で心拍数が低いのは、嬉しがる場合では無いのである。注意が必要だ。

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癌予防は可能か?

 死を招く重大疾病としては、今盛んに叫ばれている生活習慣病から引き起こされる重大疾病があるが、最もポピュラー?なモノとして癌という病がある。
 生活習慣病を起点とする重大疾病は、生活習慣病の改善という予防法によって、或る程度リスクを未然に防ぐ事が出来る。
 それに対して、私の感覚では、癌は防ぎようの無いものって認識を持っていた。

 しかし、癌予防で検索を掛けると、或る程度の癌予防は可能って説を唱えたページに出くわす事がある。そんなページの中で、これは!って思うページを見つけたので、しょうかいすると、

http://ww3.tiki.ne.jp/~ashinsin/data/koza30.htm

ってページである。このページの癌の一次予防って所に、癌の種類別に発ガン促進要因と抑制・予防要因が一覧にしてある。
これをサラッと見ると、酒と煙草はNGで、野菜をしっかり食えって書いてあるように見える。
更に、癌の予防15箇条を読むと、これは完全に生活習慣病予防と同じような事が書いてあるようにも見える。

最近、身近な所で癌と闘う人、亡くなった人を聞くけど、そういう環境に居る程に、病の恐さを感じる。
癌に限らず、病は怖いモノである。健康で元気が一番であると、改めて思うばかりである。

因みに、上記のサイトは結構お奨めである。

http://ww3.tiki.ne.jp/~ashinsin/naikakoza.htm

このページがトップページのようである。

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負けず嫌い

 我が家には幼稚園児と0歳児が居る。0歳児は子供というよりもペット的な感じで性格がどんなであるとかの判断は付かないけど、幼稚園児の年中さんは、異様な程に負けず嫌いである。

 何でもかんでも競争に結びつけるような性格、育て方がまずかったのだろうか?何でも一番が好き!運動会のかけっこ、音楽教室のピアノ演奏、歌、鬼ごっこ、トランプの神経衰弱、ババ抜き、他にも、カルタ、オセロゲーム、ドッジボール、自転車乗り・・・・・・全て一番でないとダメのようである。習い事でも教室に一番で入らないと気が済まないらしい。

 決して、一番に為れ!とか、負けるな!とか、一切教えていないのだが、兎に角一番でないとダメみたいである。
 面白いのは年少組時代の去年の運動会のかけっこで4着だったのが相当に悔しかったのか、毎週日曜日では公園でかけっこに付き合わされ、毎晩部屋の中でかけっこの練習?に付き合わされる。まぁ、本人的には練習のつもりだったのか?今年の運動会では念願叶い1着でゴールできて大満足の様子。

 ただ、頂けないのは、ルールを超越してでも負ける事が許されないのか、神経衰弱なんかをやると、自分で取る予定のカードを人が取ろうものなら、不機嫌になったり、泣いたりと大変である。
 負けず嫌いは、悪い事ではないが、その思いが強すぎるとストレスになるのでは?と心配になってくる。

 確かに負けず嫌いという性格は大事だが、もっと大らかになって貰いたいものである。それにしても、最近は、色んなものに関心を示すようになってきた。
 感心するのは、自分で物語りの文と挿絵を描いた絵本を作ったりすること。何でも勝手に好き勝手やらせているけど、いつの間にか器用になってきている。
 計算も足し算は、ほぼ完璧、最近は、かけ算に感心がある様子。子供を見て凄いと思うのは、物怖じせずに好奇心一杯なところ。これには、親の自分も圧倒されている。

 ただ、女の子なんだから、もう少し、大らかに、のどかに、おっとりと育って貰いたいようにも思う。そりゃ、勝負事は勝手、競争なら一番が気持ちよいのは判らないでは無いけど、それが全てでは無いと思うのだが、親が実際の所、一番の負けず嫌いだから仕方ないのかもしれない。
 負けず嫌いというか、常に張りつめる、競争心を保つ生活ってのは結構疲れるんで、子供には、なるべく大らかに成長して貰いたいモノである。自分も負けず嫌いで昔は結構張りつめていた気がするけど、今の環境は、なんていうか、エンジニアとして負ける筈の無い環境にいるんで、凄い気楽で大らかになれる。心に余裕が持てるような人間になって貰いたいものだ。

 この勝ち気な性格故に、怪我が多いのだろうか?今日(正確には昨日)も、幼稚園の遠足で転倒して唇を切って帰ってきた。何でも、男の子と手を繋いでいて、男の子が急に走ったにもかかわらず、手を離さず一緒に走って、一緒に転けた様子・・・・・情けない。

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大食い芸能人

 先週テレビで印象に残ったのは、土曜日の日本の麺類の早食い競争で、ジャイアント白田さんと、芸人30人が30種類のそばをどっちが早く食べれるか?の競争と、日曜日の行列のできる法律相談所での、ジャイアント白田さん、ギャル曽根さんが寿司屋のネタを食い尽くした話である。

 この大食い芸人の方、見た目が肥満体という訳ではないが、何故に、あれほどの量を食べる事ができるのか?凄すぎである。彼らの健康診断結果は如何なるものか?凄く興味がある。あれだけ食って、全てが正常値だとすれば、それは凄い事だ。

 あれだけ食って、異常無し、そして太らないってなると、吸収率が異様に悪いということなのだろうか?彼らには、是非、快傑ドクターに出演してもらいたいものだ。

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2007年11月19日 (月)

最強のダイエット成功法

 ダイエットってネタは永遠のテーマのようである。様々な方法が紹介されては消えていく。運動系ならば、一寸前は、ゆらゆら、ステッパー、少し前はブートキャンプ、コアリズム、、、、最近はジョーバ等々。他にも、単品食等の食事制限系、サプリ併用系と様々だが、恐らく、どれをやっても続ければ、それなりに効果があるんだと思う。

 話が脱線するけど、最近見た最もくだらないと思われるのが、『フェロモンダイエット』というDVDで、二枚組『フェロモンマッサージ』、『フェロモンエクササイズ』から構成されているらしい。こうなってくると、訳判らない、、、、、。

 話を戻すけど、ダイエットの秘訣は何か?っていうと、どんな方法でも続けるって事に尽きるのである。どうすれば続けれるか?が一番の問題であり、続けられない理由ってのは、効果が確認できないためって場合が多い。続けるには、効果が確認できて、日々の行動が、予定通りかどうかを振り返って見る事が出来ないと駄目である。

 つまり、効果や生活行動の確認が出来るライフスタイルの確立が一番大事である事が判る。これが出来れば、必要な継続って事に繋がる訳だ。

 古来、いろんな習慣があるけど、この続ける事を目的にしたモノが『日記』というものである。『日記』って書くと、日々の記録なんだが、日々の記録を付ける理由ってのは、人間が自分の行動を記録して、何をしてきたか?行動による結果はどうなったか?を明示化させるモノだと思う。
日記っていうのは、目的があり、その過程を記録することで、目的達成の手助けのために存在するのでは無いだろうか?

 現代のライフスタイルにおいて、手書きの日記を付けるってのは、その瞬間の暇を見つける事が難しいかもしれないが、携帯電話、パソコンの発達した現代では、瞬間の記録を即座に行う事ができる。そういう意味で、『ブログ』を日記として用いれば、ダイエットの目的を達成できるのでは無いだろうか?ブログの記録の即時性は日記が苦手な人にとって非常に大きな特徴だと言える。
 何をせずとも、一日の食生活、出来れば一日の運動、それに加えて体重記録のみを記録に残す事で、意識が変わっていくのは間違い無いと思う。

 最強のダイエット成功法は、ダイエットしようという意志を持ち続ける事で、そのためには、日常の行動がどうで、結果どうなったって記録を振り返って見る習慣を付ける事。その最強のツールに日記やブログはなりうるのでは無いだろうか?

 ここで、最強のダイエット法と書かなかったのは、ダイエットを成功させる方法として日記やブログが有効って事を言いたかったため。つまり、ダイエットを成功させる最強の方法って意味である。

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今日の血圧!

 懸案の血圧測定結果だが、筋力強化日記に併記するのは時間的に厳しいので、測定毎に簡単にコメントできるように別記事を立ち上げて、コメント形式で記録することにした。

 取り敢えず、健康診断以降先週土曜日迄の血圧記録は、この記事に記入しておくこととした。
 測定器具は、勤務先休憩室にあるオムロンの機械とスポーツセンターに老いてある同じくオムロンの機械。何れも、座って腕を差し込んで自動的に計測するモノ。

 機種は、オムロン製のCOLIN『全自動血圧計 BP-203RVⅢC/D』ってタイプで医療関係者向けの機器なんで結構信用できるのでは?って思う。詳細情報は、ココ。愛称は『健太郎アドバンス』らしい。
 なお、計測は3回測定して、中央値(最高指示値、最低指示値の間の数値)を記載してある。

◎11/15(木)
上:126/下:72/心拍数:44(午前8時30分)
◎11/16(金)
上:119/下:76/心拍数:42(午前8時30分)
上:124/下:75/心拍数:44(午後1時30分)
上:122/下:74/心拍数:38(午後4時30分)
上:125/下:75/心拍数:68(午後7時30分、SCで運動直後)
◎11/17(土)
上:112/下:61/心拍数:46(午前8時20分)
上:121/下:65/心拍数:45(午後3時20分)
上:119/下:64/心拍数:46(午後4時30分)

 ところで、健康が一番なのは当然だが、生命を脅かす病と言えば、癌、循環器系疾病が思い付く。癌については、有効な予防法は思い付かないけど、それ以外で死因の上位にくる脳梗塞、心筋梗塞は、前段階で糖尿病、高血圧・・・・がある。これは、或る程度は予防可能である。
 そういう意味で、手軽に計測出来て、その先の恐怖を回避するためにも血圧測定ってのはイイかも知れない。

 サッカー日本代表のオシム監督も脳梗塞で倒れたとの事。監督受諾段階でも、高血圧傾向は判っていたらしく、そういう状況は予め回避できるなら回避しておくべき。

 今迄、このブログのお陰で体重のリバウンドも抑えられているが、それは日々の体重測定によるもの。食生活が過度に乱れないのも、記録しているため。運動が続くのも、記録しているためだと思う。そういう意味で、身体状況を血圧を通して把握するってのはイイかもしれない。
 家庭でも血圧計を買おうかなぁ?と思うところだ。

 追記:血圧についての当ブログ最新記事は、こちら!

http://replica2st.cocolog-nifty.com/diet/2007/12/post_78ea.html

 最高血圧、最低血圧に加えて

・脈圧=最高血圧-最低血圧≦60(推奨条件)
・平均血圧=(脈圧/3)+最低血圧≦100(推奨条件)

 についての記事記載中。

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チャレンジ三宅島モーターサイクルフェスティバル

 三宅島の復興?目的か、石原都知事が発想し推進してきた表題のイベントが行われた。
 当初は、マン島TTレースを参考にして、三宅島一周をレースするというものだったけど、安全面からの不安の声を払拭する事が出来ず、最終的にはイベントの核として空港コースを使ったドラッグレースを選び、今回の開催となった模様。ただ、来年からは空港が再開されるそうで、空港コースを使ったドラッグレースも今回限りになりそうとの事で、来年以降開催するとすれば、なにか別の行事をイベントの核にしなければならなそう。

 今回の開催による世間の声?をニュースから拾うと、あんまり好評とは言い難いモノである。
 起案者の都知事は、こんなに多くの人が島に訪れて成功したとの事だが、ニュース映像からは島民の方々からは期待はずれという声が多く報道されていた様子。実際には、観客総数は1000人には遠く及ばず、更に、参加者の2/3以上は関係者ということで、世間の注目は極めて低い結果に終わったのは残念である。

 三宅島のコースを使った公道レースというのであれば、確かに注目度は高いし、集客力もあったんだろうけど、ドラッグレース開催という形で妥協するあたりに、やっぱり、最初に開催ありきって既定路線があったように感じるのは言い過ぎか?確かに公道レースという段階で、このサイトで紹介されている映像から見ても、現状のままで開催するには危険が多すぎるって意見は正論だし、こういうイベントで死者を出す事は、本来の業界としては受け入れられるモノでない訳であり、国内メーカー、プロ競技者から賛同を得られないってのは、或る意味当然とも言える。

 仮に、公道レースを起案するならば、それが安全に行えて、業界の賛同を得られる形を整備するって下準備が必要な筈だが、それをせずして方針転換を繰り返す所に、今回のイベントの起案が単なる思い付きって言わざるを得ない気がする。
 実際にマン島TTのような形態のレースを行う事は、並大抵の事では無い。何年掛かっても、そういうイベントが開催出来るだけの準備を整えて、実現に向けて動き出すというスタイルが取れれば可能だったかもしれないが、知事が起案という段階で、何年もの時間を掛ける事は選択肢に無かったんだろう。

 この手のイベントとして歴史を誇り、多くの観客を集める事が出来るのに、グッドウッドフェスティバルってのがあるけど、過去から現在の名車を往年のドライバー、ライダーが操り、特設コースを走行するというイベントが核となっている。このイベントなんかは、三宅島イベントの関係者には是非参考にして頂きたいと思う。

 今年の開催は、客観的に見て失敗と言わざるを得ないが、始めたからには続けないとNGだし、世界の様々なイベントを参考に、集客性が見込めるような魅力作りを最初にして歴史を作って頂きたいと思う。

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2007年11月18日 (日)

冬の到来!

 今日から明日に掛けて、全国的にこの秋一番の寒気が入ってくるそうだ。いよいよ、冬の到来である。
 そんな今日も自転車と単車に乗る事ができた。

 早朝は、いつもの川沿いの道のマイコースにラングスターTT号で繰り出した。午前8時スタートと、いつもより少し遅めのスタートだが、今日は異様に寒いせいか、他のサイクリストは皆無。牛田新町の川沿いの道路を路線バスと殆ど同じ速度で北上中に、ニシダサイクルの店長さんが車で出勤途中に目撃したとの話しを聞いたけど、丁度40km/hで巡航中だった訳で、傍目には暴走してるように見えたかも、、、、。
 そんな感じで北上していたのだが、安佐大橋を過ぎた辺りで雨がぱらついてきたので、急遽、高瀬関でUターン。夏前に雨に降られて苦労したんで距離的には27km程度しか走れなかったのが残念。雨が降り始める迄の空の変化は、モロに冬である。嫌な季節になってきたものである。

 午後は、これまた何時も通りに川沿いの道を、今度はオ・モイヨWW号で出撃。午後1時30分過ぎにスタートで太田川橋には1時50分前に到着、そこで15分休憩して2時30分には帰還。往路では、何台かのサイクリストと遭遇したが、昼からは気温もそこそこ上がり走れる状態のためか?GIANTのカーボンロードに乗られたサイクリストの方と高瀬関近辺で遭遇した後に、太田川橋交差点の自販機でコーヒーを飲んでいたら話しかけられた。
 満面の笑顔で『速いですね~!』って事で、ロードに乗ったサイクリストの方に、そういう風に話された事が初めてだったんで、ビックリしたところ。大抵のロード乗りは、殆ど挑発モードで来られるんで、こんな人も居るんだ!と、一安心である。因みに、高瀬関から太田川橋迄の堤防道路では強烈な向かい風で35km/hで巡航するのが目一杯だったけど、この北風の向かい風もやっぱり冬を感じるものであった。

 オ・モイヨWWで帰宅後は、即座に西DAHONに乗り換えてポスト交換後のポジションチェックとヒルクライムを行った。近場ということで、帽子も無し、手袋も無しだが、これが寒い寒い!やっぱり、冬である。耳も痛いし、、、、。取り敢えず、ポジション変更による姿勢変化で得られた感じは、ポジションが楽って事。これなら、どこにでも走って行けそうな感じ。
 この西DAHONはスピードを捨てて、のんびりとツーリングする自転車にする予定。

 此処までで午後3時だが、ここから5時迄は娘とトランプ遊び&クリスマスツリーの飾り付け等々で一緒に遊んで、午後5時から、単車3台を繰り出して峠に出撃。
 今日は雲が多く、日が沈むと一気に暗くなる。その上、風が強く、峠の路面には枯葉が飛びまくりで攻める気はしない状態。それでも、トラクションを感じるようにVツイン、2ストシングルのトルクを路面に叩き付けながら?走って、本日は終了。

 朝、昼、夕と川土手、峠と走り回ったけど、何処を走っても寒い。完全に冬モードである。

 ところで、昨日迄は寒い!って思わない限りは、夜中に531ロードでCR走行を数キロ程度行っていたのだが、今日から止めである。完全にローラー台オンリーで60分漕ぐ事にした。やっぱり、寒いし、風邪引くのは嫌だし、、、、で、今ローラー台が終了したところ。

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西DAHONを原点に戻す!?

 我が家の既存の自転車で一番古い?モノが西DAHONであるが、この自転車は当初、折り畳み自転車で街乗りからサイクリング、CR走行迄全ての領域でフルサイズの自転車並以上に走れる様にするってのをコンセプトに作った自転車である。

 そんな訳で、駆動系も殆どフルサイズと同じギアレシオ(展開)で、ポジションもかなりレーシー、そして小径の不安定さを消すために、可能な限り延長したホイールベース(何と1130mm)で、いわば、オタク的、マニア的、ガンダム状態とも言えるような奇怪な姿になってしまった。挙げ句の果てに、多くのDAHONマニアが望むであろう改造(451化、インテゴ化、フロントW化)を一通りやってしまい、必要以上にメカのためのメカのような自転車になってしまった。

 でも、現在は用途に応じて車種が増殖しており、別に西DAHONでガンガン走る必要もないのが実際であり、乗る機会と言えば、ショップサイクリングでチンタラ走るのみとなっている。今は、CR専用機ではラングスターTT、ロードコース用にオ・モイヨWW、汎用ロードとして531ロード、街乗り専用機にスピママという構成である。
 という訳で西DAHONは、チンタラツーリング専用であり、純粋にランドナー的な使用形態に限られる事になる。

 普通、ランドナーというと26インチ仕様で作るのが定番だけど、この西DAHONをベースにオッサン用ランドナーとなると、ポジションを楽なポジションにして、ギア比はワイドレンジにしてという定番構成に加え、折り畳み自転車の最大のメリットである『簡単に工具無しで畳める仕様』を加え、疲れたオッサンが自転車を畳んで他の交通機関で帰還するという折り畳み自転車ならではの機能を盛り込む方向で見直すことにした。

 詳細はメインサイトにアップするとして、今回は、折り畳みステムをスチールのアジャスタブル式スタンダードステムに交換し、ハンドルポスト自体はカットせずに用いることにした。加工的にはステム側を55mm程カットして、ステムを目一杯下げれる様にしたくらいであるが、これまでのポストカット+なんちゃってアヘッド仕様に較べると、高さで60mmアップ、手前に50mm程移動することになった。結果、サドル位置をこれまでよりも30mmほど後方で固定し、下半身の収まりは従来のポジションより大幅に改善させる事が出来た。因みに、自分のポジションはサドルセンターからハンドルバーの水平部迄の水平距離は、どの自転車も640mmとなっているが、西DAHONも同じである。従来もそうだったけど、長いホイールベースでステムが前方に逃げていた分、サドルをかなり前方にセットしており、下半身が後気味になっていたけど、今回の改良(ハンドルを手前に50mm移動してサドル位置も下げた)で下半身の収まりも随分改善した。

 このようなポジションの改善を行ったが、この改造により特殊なハンドル形状ながらも、完全に工具を使わずにDAHONスタンダードと全く同じに内折りで完全に畳むことが出来るようになった。今までは、スレッドコンバーターを工具で抜いて畳むという煩わしさがあったけど、それが無くなり、折り畳み性能は大幅にアップした。

 これによって、クロウスレシオながらも内装+フロントW化によるウルトラワイドレンジで登れない坂は無いようなギアを備え、ポジションは随分とアップライトで、更には、楽々折り畳み可能という構成で、折り畳み自転車ならではのランドナーの完成である。

 ところで、西DAHONを楽々ポジションに変えたのは、スピママでの見知らぬ場所での探検活動の楽しさから、DAHONは、こういう使い方の方が良さそう!って思ったためだ。

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2007年11月17日 (土)

心拍数、40切れますか?

 懸案であった血圧の測定だが、昨日今日(正確には昨日、一昨日)と数値は通常数値であり一安心したところである。

 血圧測定で一つ気が付いた事がある。それは、腰のベルトの占め具合で随分と変わるみたいということ。そう言えば、健康診断の際は、結構ベルトを締め上げて、ベルトにはデジタルカメラケースや色んなものを通していたので、お腹は結構絞った状態であったが、今日も腰を絞り上げると血圧の数値は上下共10程度ずつ上昇する様子。更に、右手でなく左手で身体を無理な姿勢で捻って測定すると、更に高い数値となる様子

 つまり、姿勢や服装のストレスで随分と測定数値は変わるという事が判った。

 取り敢えず、しばらくは数値測定をするとして、改めて判った事というと、心拍数の低さである。
 半年前の虫垂炎の手術前の血圧、心拍数の測定では、血圧の上下数値が110/55で心拍数が35という値で、それは無いだろう!って思っていたのだが、本日の測定でも、起床間近の血圧が高めの時間帯でも心拍数は45程度、血圧が落ち着く午後においては心拍数は40を切って38という値である。今日の心拍数最大値は68だったけど、これは、3000mノンストップの水泳の後にトレーニングウェアに着替え休む間もなくフリーウエイトベンチプレスを中心とした筋トレを40分程行った直後の数値だが、それでも68程度である。

 我ながら、自らの心臓の心拍の低さに惚れ惚れしているところである。掛かり付けのお医者さんには精密検査ではスポーツ心臓になっているとの診断を受けたけど、その時から較べると、今は更に心拍数は低下している。水泳や自転車でアベレージを保ち長時間運動を続ける上で一番大事なのは、心肺の強さだが、その強さは自分的に納得できるレベルが維持出来ている事が判り一安心である。

 例の自転車少年オヤジが、どうすれば速く走れるか?って質問に対しては、常に、泳げ、心肺を鍛えろっていう解答をしてきたけど、心拍数で40を切れるような心臓を持てる迄に鍛える事を彼には勧めたいところだ。

 自転車に必要な身体機能といえば、ペダリングで使用する筋肉の筋力、持久力も重要だが、それを使い続ける事が出来る循環器系の能力も大事である。勿論、乳酸を溜めないような道具や筋肉の扱い方も大事で、何が掛けてもNGだ。それらの機能を何処まで高めるか?は、個人が自分の納得できる走りが実感できる迄というのが、本格的な競技者と私の違いではある。
 取り敢えず、自分で自分の走りで満足できている今は、その結果を生むのが今の身体能力とういことで、今のレベルを維持し続けるってのが当面の目標である。

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2007年11月16日 (金)

クロウスレシオの私的な使い道

 昨日のケイデンス、ギア比の記事を書きながら、又、日常の自転車漕ぎを思い出しながら、思ったこと。先の記事でも少し修正したけど、チョット論点がぼやけ気味なんで、記事を書くことにした。

 先の記事でも書いたけど、最近乗っているのは、殆ど固定シングルのラングスターTTである。このラングスターで追い風、向かい風、上り坂、下り坂全てをこなしているけど、なんの不満も無い。回転数的には60~130rpm、平地で維持状態に限っても90~120rpmの範囲で普通に漕げる。この事から、ケイデンス一定に拘らずとも結構ストレスなく走れるって事であるんだが、更に、詳しく走っている場所を思い浮かべると、、、、

・追い風、向かい風の状況
 この状況は川沿いの平坦路の往路或いは復路での状況。往路が追い風なら復路が向かい風であるが、それぞれの状況は12km程続くもので、コンディションは、その間では一定である。
・上り坂、下り坂の状況
 この状況は団地の坂の上り下りであり、やはり状況は一定。

 ということで、ケイデンスの高い低いの幅はあれど、その状態なりに一定期間コンスタントな状態である。
 実際に、平坦路の追い風状況でも、一気に回転を上げるのではなく、実際には、徐々に回転数を上げて130rpm程度に到達すると、そのままで走るというスタイルである。要は、走行負荷が一定ならば、その負荷なりに回転数を上下させて対応することは可能だが、回転変動自体は極めて緩やかに!ってのが自分のスタイルである。

 このようなケイデンスを変化させて走行条件なりに走ることが可能だ!って思う反面、先日走った中央森林公園のようなコースでは、相当頻繁なシフトチェンジを行ったのも事実である。この中央森林公園は12.3km、登り最大斜度が12%、下り最大斜度が10%、標高差110m、累積標高244mというコースである。累積標高が244mと、標高差の2.5倍近い値があるってことは、アップダウンは相当に頻繁にあるということ。これが山岳の周回コースであり、これまた相当なワインディングでもある。この状況では、負荷変動は極めて大きいものであり、そういう頻繁な負荷変動にはケイデンス変動だけで対応するのは不可能である。
 ということで、そんな走行負荷が大きく急激に変化する場所を走る時こそに活きてくるのがクロウスレシオである。

 つまり、先の記事と重なるけど、状況が変化するとはいっても、変化した状態が長く継続するようなスタイルではクロウスレシオは不要で、極論すればマイギアレシオが一つあれば済む話であり、仮にクロウスレシオに拘るならば、そのマイギアレシオ近辺でクロウスさせて初めて意味があるってこと。汎用品のクランクセットとカセットセットで得られるクロウス領域なんて、はっきり言って素人には使えない領域のクロウス領域である。

 ということで、自転車を効率よく扱う事に主眼を置くならば、各人にとって、最も守備範囲が広いマイギアレシオを探し当てて、その前後をしっかりとクロウスさせて初めて、乗り手に合った自転車が出来上がるのでは?って思う所である。
 このマイギアレシオってのは、要は一漕ぎで進む距離にまとめると、ホイールサイズに寄らず考える事ができる。

 因みに、自分の多用ギアから展開量を求めると、

1.ラングスターTT
 44T/17T、周長2096mmで5.4m
2.オ・モイヨWW
 48T/14T、周長1615mmで5.5m
3.スピママGTR
 52T/14T、内装等速、周長1490mmで5.5m
4.西DAHON
 52T/15T、内装等速、周長1615mmで5.6m
5.531ロード
 46T/17T、周長2096mmで5.7m

ってところ。大体は5.6m前後が自分のベスト展開。但し、ラングスターTTの場合は、固定シングルで団地の坂を上がれるギアという制限を掛けて5.4mと若干軽めを選んでいるところ。こういった領域を中心にクロウスさせると、負荷変動の激しい状況も楽しく走れる。

 まぁ、一番大切なのは、マイギアレシオ(展開)が幾ら?って所であるのは言うまでもない。

 勿論、この説は、表題の通りに私的な感想なんで、万人にとって正論か?っていうと怪しいものかもしれない。
 ただ、使えない領域のクロウスレシオで苦労すんのもお笑いだし、負荷変動の激しい場所を追い込んで走るのでは無いならば、ウルトラワイドなレシオで軽めでクルクル走り、どんな坂でも上がれるぜ!って安心感を自転車に備えた方が、よっぽど有益でもある。

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血圧測定

 先日の健康診断では、血圧が高いと指摘を受けてしまった。
 値的には正常高値レベルで138/88というモノ。でも、他の場所でリラックスして測ると、そんなに高い事は無い。殆ど上が130未満、下も80未満で、時間帯によると110/65って事が多い。

 何故か?

 周りの人間は嘘!っていうけど、自分の正確は、プレッシャーに弱く、緊張しやすい、あがり性である。所謂、精神の暴走族状態である。人前で話すのは極度に苦手、発表毎は大嫌いって本質的な性格である。
 体調の不具合も、即座に検査して原因を特定しなければドキドキするし、モノの不調も即座に修理しないと気が済まない。
 試験やテストなんて、最悪である。ドキドキする。制限時間100分のテストがあったとして、その解答に時間を要し、残り時間20分とかなると、正常に思考回路が働かない状態になるのは自覚している。

 こんな事を書くと、自分を知っている奴は『有り得ない!』って言う人も多そうだが、それは会社での仮の姿、塾での仮の姿である。話す内容、こなす仕事内容、レベルによっては、絶対的に自分の方が勝っていると自分で思い込んでいる場合、相手や環境からプレッシャーを受ける事は無い訳であり、そういう意味で、日常生活では、緊張する場面は全く無いからそう見えるだけだ。
 また、色んな逆境や嫌がらせ、妬みに対しても反応しないのは、これも、そういう行為に走る人達を完全に見下しているからであり、その気になれば、逆に追い込んで確実に仕留めれると思っているからであり、逆境でも何でも無いと感じている訳であり、これまた、自分にとってのプレッシャーにはならないだけの話である。

 プレッシャーとは他人との比較で生まれるものではなく、自分の内面で自分だけの問題で自分に確固とした自信が持てない時に生まれるだけで、或る意味、不可抗力的なものに対する畏れの感情の表れのようなもの。そして、その不安というモノが、自分自身の行いによるモノに起因する時に、『しまった!どうしよう!あ~しておけば良かった!』とか思った時に生まれるモノである。

 それ故に、健康診断で血圧測定!っていうだけで、過去の生活を振り返り、過去の測定結果を思い出すだけで、ドキドキしてしまうのである。この高めの数値は、この性格から来たものと思いたいけど、、、、、そうは言っても、現実的に高めの数値が出たのは間違い無い事で、最近の生活習慣を振り返ると、しっかり運動してるから、好きなモノ食ってOKって緩みがあったのも確かである。実際、スナック類、ケーキ類、チョコレート類は結構食ってる。

 という訳で、極端なんだが、当面、スナック、ケーキ類は節制(実は禁止)する事にしたのだが、これに加えて、血圧測定を一日の中で最も高めにでるという起床後1~2時間目に当たる時間帯に行う事とした。

 血圧測定は、会社が従業員さんの健康管理の手助けとして休憩室に設置した最新型のオムロンの血圧計だが、これを始業直後の職場巡回後の時間帯に利用して血圧測定しようというモノである。

 因みに、この血圧測定は昨日の11/15から行っており、結果は日記のコメントに並記することにした。

 昨日の11/15には上126/下72/心拍44
 本日の11/16では上119/下76/心拍42

であった。これから毎日(月~金(時々土曜日))測定して体調管理に役立てる予定。

相変わらず、健康関連の番組が多いし、結構不安を煽られる毎日。病は怖い。出来る事はなるべくやるけど、過度に神経質になるのもNGだ。性格的に、こういう性格なんで仕方ない。

 この性格、先日の快傑ドクター9に出演されていた、同郷の竹原慎二さんの『うつ的完璧主義』にも通じるなぁと自己分析できる。もう少し、ゆるく考えて生きる必要があるわけだ。

 実際、今現在、仕事や業務では、ユルユル状態だが、健康でユルユル状態にすると、身体が壊れる。趣味でユルユル状態になると、きっと楽しくない。ユルユルに生きるにはどうしたらよいか?って考えると難しいものである。少なくとも、健康管理は完璧にこなさなければ!って思いは変えれない。

 そういえば、鬱病といえば、結構最近話題の病でもある。どういう状態が鬱状態になるのか?よく判らないけど、身近な例では、午前、午後のトイレの時間が異様に長い奴が居る。一回のトイレが20分とか・・・・これって、お腹が痛いのか、或いは、そういう状態になるほどに精神が壊れているのか?とも思ったりする。トイレが長い人全てとは言わないけど、トイレの長い人っていうのは、結構、精神的に何かを抱えているような人が多いような気がする。
 更に、うつネタでもう一つ、、、、嫁がテレビで見た内容らしいけど、何やら鬱病っていうのは脳の病気って話だそうだ。脳内の『脳由来神経栄養因子(BDNF)(脳細胞の栄養)』の減少によって、引き起こされるとも考えられているそうで、原因は何か知らないけど、、、何にしろ怖いものである。危険因子としては、個人のコンプレックス的環境要因が挙げられているようだが、正確には不明だ。

 鬱病と鬱的完璧主義って同じなんだろうか?チョット関心がある。話が大分逸れたが、まぁ、良しとしよう。

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冷水摩擦!推薦者は?

 さて、以前から続けてきた冷水摩擦だが、このきっかけは、1年半前に勤務先の社長(現会長)が、当時の職場で体調不良で休みがちな社員を対象に、健康維持に効果的なものの紹介として冷水摩擦を奨め、職場の管理職とともに朝の勤務時間前に冷水摩擦をしよう!って事が発端である。

 当初、自分は自分なりの健康管理をしているからという理由で丁重にお断りしたのだが、関心が無い訳でなく、いろいろと調べた結果、自分の健康管理にも役立ちそうと判断し、一日の内の使っていない時間を利用して参加するには何の煩わしさも感じないという事から、皆さんとは約1ヶ月遅れて始めたものである。
 因みに、冷水摩擦が良いと判断した理由は、

1.体表面の刺激による新陳代謝の促進
2.体表面脂質の除去による体内からの脂分の分泌促進による体内脂質の除去

 ってところ。特に、後者の脂質排出は、カロリーの大きな脂分を体外に排出する理由が、体表面の脂質除去に連動しているという説に感心したためで、これが一番である。

 その後、周りの管理職は参加を取りやめ、対象となっていた休みがちの社員さんの職場移動から、いつのまにか誰もやらなくなっていった。
 しかし、自分は1人でも、効果を認めていたからという理由で続けていたのだが、つい先週の事、元社長(現会長)が、『健康管理は、人目を忍んでひっそりとやるのが日本人の奥ゆかしさ!?』との話をされ、まぁ、自分としても家で娘とやってもOKということで、出社後の勤務時間前の時間の隙間を利用した冷水摩擦は取りやめていた。

 しかし、一昨日、またもや、職場で体調不良で休みがちな社員さんが発生したため、再度、冷水摩擦をみんなでやれば?って会長の薦めがあり、再度、意見を翻した要請が来た。
 本来なら、『何言ってるの?』って言って断っても良かったけど、別に、この程度の意見の二転三転に一々対応しても大人気ないし、別に、冷水摩擦を皆でやる事を毛嫌いする訳でもないので、大らかに対応する事とした。

 ということで、再び、新管理職2名、自分以外の管理職2名、体調不良系社員2名に自分をいれて7人で勤務先で冷水摩擦を行うこととした。

 さて、今日からスタートした集団?冷水摩擦、何時まで何人が続くだろうか?恐らくは、最後の1人は自分だろうなぁとは思うけど、会長も何時家でやれ!っていうか知れない。

 我が社の会長、言う事が二転三転するけれど、今回の冷水摩擦のススメにしても、体調不良気味の社員の健康を願ってのこと。結構、いい人だ。言う事を直ぐ忘れたり、都合の悪い事は直ぐ翻すのも、その年齢を考えれば周りから見て許容範囲である。なんたって、今88歳。今年の8月に88歳になられたけど、その直前で87歳迄は現役の社長である。それを可能とせしめた健康の秘訣が冷水摩擦というならば、その効果は、会長の健康状態が証明しているのも確かな事。

 理屈はともかく、結果で証明されている訳であり、それは素直に凄いと思えるし、或る意味格好いい。

 最近の若い部下の多くは、屁理屈ばかり捏ねて、結局、何にもしないし、不具合は全て他人のせいにするし、結果を出すことは皆無。そんなのに較べると、人間としての価値にこれほど迄の差があるとは!と何時も思う。
 たかが、冷水摩擦、それでも、それを続け、己で健康状態を証明して、それを薦めるって姿勢は、尊敬に価する。それ故、ならやってみようか!って気になるのである。

 実際、この会長とは仕事上では意見の相違も少なくないけれど、それでも好きな事を好きなようにやらせて貰えているってのは、感謝している訳で、大した魅力のある会社ではないが、会長が現役の内は、会社にいても良いかなぁと思っている。

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2007年11月15日 (木)

正しい?小径車の遊び方

 さて、さっきの記事とは相反する内容だが、ギアレシオの作り方について一考する。
 一般には、スポーツサイクリングとなると高速定回転ペダリングでの走行って事になるんだけど、自転車ってのは、そういう楽しみ以外も勿論ある訳だ。自転車もタイプによって色んなタイプがあるけど、フルサイズのスポーツサイクルの場合は、高速定回転ペダリングでの走行が行いやすいクロウスレシオの構成が良いというのは確かだが、その反対のスポーツサイクルといっても冒険用、探検用自転車ってのは別の価値観の方が適している。

 そんな事を思ったのは、9月の初旬に仕事で瀬戸内海水産研究所に出張に出掛けた際の話。その時は自分の車で行ったのだが、当然、トランクルームにはスピママが搭載してある訳だ。目的について時間があったので、昼休みの間、自転車を出して見知らぬ土地の散歩に出掛けたのだが、しらない団地を上がっていったり、岬の先にいったり、結構な距離を走ったけど、そこで遭遇する激坂も、内装3段+ワイドレシオで得られるウルトラローギヤードなレシオがあればクルクルと楽に上がれて楽しいモノである。また、上がった先からマターリと降りていく時も結構重たいギアでジワーッと加速して走るのも、悪くない感覚である。スポーツサイクリングでは有り得ないような60rpm程度でも下り坂なら踏めるし速度も出る。

 そう、折り畳み自転車で探検するには、ワイドレシオ、ワイドレンジってのは心強い味方になるって事である。

 こんな思いを更に強くしたのは、実は先日の中央森林公園での話だ。そこでは、自分はオ・モイヨWWのウルトラクロウスレシオ仕様の小径を持ち込んだけど、ニシダサイクルの店長さんは、レ・マイヨMをスタンダードで持ち込んできた。そして、店長さんはレ・マイヨMのモディファイを進めてらっしゃるけど、その方向性ってのは、フロントにシクロ用トリプルを、リアにはワイドのカセットという仕様。これは、まさしくキャラ的にスピママと同じ方向性である。

 そう、小径車でストイックにクロウスレシオを作り速さに拘るのは余裕が無いし、格好悪い?のである。寧ろ、小径車、折り畳み車=手軽な移動手段=散歩車=探求心、冒険心に心強い武器って考えると、ワイドレシオ+ワイドレンジで行けない所は無い!って仕様の方が良いように思うところである。

 オ・モイヨWWみたいな小径に乗りながら言うのも説得力無いけど、これにしても今はカセットは緩い仕様に変えてある。更に西DAHONもポジションをアップライトに変更する予定だが、追々、ギア比も見直すつもり。
 我が家の三台の小径で最初は一番おまけ的なスピママであったけど、乗ってみると、これが一番気楽で楽しい。こういう仕様にする方が小径にとっては正解っぽい。そして、オ・モイヨWWが求めていた構成は、今や531ロードが担っているのだが、その理由は、やっぱり、小径は小径、ロードはロードという棲み分けにした方が使いやすい気がするからだ。

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ギア比、ケイデンスについて雑感

 昨日は平日の昼下がりを自転車に乗ったのだが、そこでは色んな場面において、実際どうな風に乗っているか?っていうのが、周りが静かだったこともあり、結構気付く事が多かった。
 そんな過ごし方をした一日で思った事は、一般に言われているケイデンスは一定で、速度はギア比で!っていう考え方に、そこまで囚われる必要は無いなぁって事を改めて思った事である。
 まぁ、最近一番多く乗っているのが、固定シングルのラングスターTT号であるが、固定シングルで川土手の道を北上、南下するのが日課だが、その川土手に出るには、団地の急勾配を下って出てきて、帰る時は、急勾配を上って帰る訳だ。この定例のコースは往復で30kmと丁度良い距離だが、勾配、風向きを考えると結構色んな走行条件が入っている。しかし、シングル固定ギアで足らないか?っていうと、正確には足らないけど、どうにもならない程では無いし、まぁ、ギア比が選べないなら選べないなりに問題も無い程度である。実際、シングルギアで乗って思うことは、ケイデンスが違っても、高めのケイデンスなら高めで維持しておくにはOKだし、低めなら低めを保っているのもOKっていうこと。
 但し、そんな風に走行条件が異なっている訳であり、全てを同じケイデンスで、同じ速度で走っている訳でもない。急勾配の下り坂ではバックトルクが少々掛かった状態で最高でも35km/h程度での走行。上りではダンシングによって20km/h程度での走行となる。比較的平坦な川土手の道の場合は、風向きにも寄るけど、向かい風の場合で33km/h程度、追い風の場合で43km/h程度って事が多い。
 この20km/hの時は60rpm、33km/hでは100rpm、43km/hでは130rpm程度だが、この範囲の回転変動ではペダルに伝える力に大きな差異は感じない感じである。150rpmを越える回転数を与えると、さすがに駆動ロスが大きいような気がするけど、まぁ、なんていうか60~130rpmは無いとして90~120rpm程度では殆ど疲労度合に際は無い。90~120rpmというと速度でいうと、30~40km/h程度であり、速度的に何処で落ち着く(平衡する)かというと、その走っている時の負荷の度合で速度が決まるって感じである。

 最近のロードバイクのレシオのクロウス度合から見ると5~6%刻みで選べれるけど、固定で走っている時のモノの不足感から言うと、速度比で1.3倍程度は回転数で吸収出来る訳であり、少なくとも定常走行では、そんなにクロウスレシオに拘る必要もないかなぁ?って気もする。
 また、最近のロードバイクのようなギアレシオが果たして必要か?って考えると、これも必要無いかなぁ?っていうのが正直な感想である。何が何でも90rpmって決めると、必要かもしれなあいが、120rpm程度の回転数ならば維持出来る時間が90rpmに較べて、物凄く短いか?っていうと、そうでもない。90rpmに拘ってギア比を1.3倍にして速度を1.3倍にするよりも、同じギアのまま回転数を1.3倍にしても結果は同じだが、実際、固定シングルで走って得た感想として、回転数を高めで維持した方が高速走行は楽な気がするのが自分の感想であり、速度が欲しければケイデンスを上げれば良いじゃんって思う。

 最新の駆動系パッケージを見ると、クランクセットは53-42T、52-38T、50-35Tって組合せが多く、カセットは11-21T~12-23Tというクロウスカセットが多いようだし、緩くてもリアは最大で27Tって組合せ(その場合はワイドレシオ)が多い。勿論、ジュニアカセットを選べば計算上は多くのギア比が作れるけど、今のフレームにはジュニアカセットを入れるとトップ時におけるシートステーとチェーンの干渉が起こる。
 結果、クロウスレシオとは言っても、使えない領域のクロウスレシオが漏れなくプレゼント?されるという構成で、本当にクロウスさせたい領域がクロウスできないという構成でもある。

 ならば、昨今の駆動系のパッケージを利用してギアレシオの組合せを作るのは、ホントに不要なギアレシオは潔く捨てて、負荷変動が大きな場面で実質的に有効なクロウスレシオを組む方が良いのでは?と改めて思うところである。
 実は、そういうのを考えて作ったのが531フレームによるダイエットロードだが、コイツは、前は46-38-30T、後は14-15-16-17-18-19-21-23-25Tという構成である。トップ側でも46-14Tで展開で6.9m、ロー側では30-25Tで2.5mという構成。一見不足気味に見えるけど、フロントアウターでは展開5~7mで完全にクロウスさせてある。フロントセンターでは5.5~4m、フロントインナーでは4.5~3.3mの範囲でクロウスさせており、走る状況に応じてフロントを選び、リアで微調整って使い方が可能な仕様である。相当な急勾配で余裕もって上がるための保険としてはフロントインナー30Tでリア21-23-25Tを装備しており展開でいうと2.5mという激軽ギアがある。
 自分の場合、中央森林公園での12%勾配の坂を上がる時で展開2.9mで十分であり、この2.5mっていうのは相当な保険であるが、このような構成を作ると、本当に使う範囲が完全にクロウスさせる事ができる。クロウスレシオが生きてくるのは、走行負荷が短時間で増減するような環境であり、そういう環境でケイデンスを上下させて対応させるのは限度がある。クロウスレシオとは戦闘ツールでは?という思いである。

 今、ラングスターTTでは44-17Tというレシオを選んでいるが、それでも43km/hで維持することは難しくない。そう思うと、先に紹介した46-14Tならば実質的な上限速度域である50km/h程度ならば120rpmも回せば全然OKである。
 今回、わざにこんな記事をアップしたのは、中央森林公園でオ・モイヨWWでギア比は旧来の48-9Tから48-11Tに変更して展開を8.6mから7mに落としても60km/h迄は問題なく対応出来たからでもある。
 別に50~60km/hという速度を得るために53-12Tが必須という訳でもない。寧ろ、低い回転数でそんな速度を出すっていうと、そういう状況での集団走行でのクルージングでも無い限り不要だし、単独でそこまで行くのは殆ど瞬間的なモノであり、そうなると重たいギアは膝をぶち壊しそう。

 そんなこんなから、多段変速で、ついつい最高速領域を考えてしまうのは止めておいた方が良いように思う。多段変速であってもトップのギアレシオは控えめにして、控えめのレシオをブン回す事で速度を得れば良い!って考えるのがお奨めである。
 話の趣旨が見えにくいかも知れないが、判りやすく、具体的に言うならば、一発気合いを入れて高速走行するという使い方では、クロウスレシオに拘らず、そういう場合は、回転数アップで対応する事をお奨めして、逆に、負荷変動の激しい領域(山間部のアップダウンの続くワインディング)では、実効的な領域を存分にクロウスさせて対応するのが良いってこと。そうするためには、机上の論理的なハイギヤードな領域を潔く諦めた所で、実走領域で変速操作最小で得られるクロウスレシオを作るのが良いのでは?と思うところである。

 地元のCR、土手道でロードを見掛けるが、自分以外ではそういう構成のロードを見る事は稀であるが、ホント、凄い快適である。前46-38-30T、後14-15-16-17-18-19-21-23-25Tって構成は最高です。昨今、コンパクトドライブとかフロントトリプルとか見直されていますが、それを更に推し進めた構成。

 ロードバイクのギアが使えていない人には、一度試して頂きたい所である。

 定常走行ならケイデンスで対応可能だが、変動走行ならクロウスレシオが必須というのが本質かもしれない。よって、CRを走行する場面でクロウスレシオに拘りすぎるのも無意味かもしれない。

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禁煙で変わった事!

 煙草を中断して4ヶ月目に突入した。

 この間で何か身体的な変化は感じる事が出来たか?というと、能力的な変化で実感できる部分は相変わらず皆無である。
 息切れ、スタミナ・・・・・何も変わっていない。

 しかし、変化が無いか?っていうと、能力的な変化は実感せずとも、それ以外の要素では変わった所がある。

 それは、、、、、

 そう、口の中の状況である。勿論、煙草を吸わない訳であり、ヤニが歯に付かないのは当然だが、歯の表面の歯垢、歯石が異様に付かなくなったのと、舌で触る歯の表面の状態が何時もツルツルになったと言う事。更には、歯が何時も真っ白となったという事である。

 生活上の体感上の変化としては、起床直後における口の気持ち悪い感覚が全く無くなった事が大きな変化である。
 喫煙中は、起床直後は口が気持ち悪いのと、目覚めに一服してから、歯磨きしてから口の気持ち悪さが取れていたのが、それが無くなった点が大きい。勿論、歯磨きはするけど、歯磨き前の状態でも口の気持ち悪さっていうのが皆無になったところが大きな違いである。

 煙草によって、歯の表面が乾燥して、口の中を環境を維持する最近が死ぬって話を聞いた事があるけど、喫煙を辞める事で、口内環境が悪化しにくくなるって事であろうか?

 取り敢えず、良かったと実感出来る事が見つかったので、今の気分である喫煙中断を一歩進めて、完全な禁煙しようという意志を持っても良いかなぁ?と思うところである。

 昨日の快傑ドクター9でも喫煙習慣で肺に空いた穴は一生再生しないという話があり、その穴は肺炎等の危険因子となりうるって話が紹介されていたが、そういう穴が空いてもなお、喫煙を続けるって行為が良くない訳であり、煙草を完全に止める時期に来ているのかもしれない。

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2007年11月14日 (水)

平日の昼下がりはイイ!

 今日は、息子の通院等で急遽休暇をとったのだが、午後から時間が空いたので、ラングスターTTに乗って、いつものCR走行30kmを行った。

 風も弱く、小春日和って感じ。往路、復路とも維持速度35~40km/hで淡々と走ったのだが、こんな平日のこんな時間帯に走っている人は皆無であり、なんの阻害要因もなく実に心地よい走行が出来た。
 気分的にも、今日は絡まれるか?って思いも無い訳で、随分と気分が違う。こういう気分で走るのは本当に気持ちよいものである。

 気分的にリラックスしていたせいか、ペダルも軽い軽い、いつもの週末とは随分違う感覚である。更には、気分がリラックスしていたせいか、結構サイコンにも目が行き、今どういう状態で走っているってのが結構判った。大体快適に走っているのは120rpm程度の回転で走っている時で、こういう時になんていうか走行負荷を殆ど感じていない感じである。なんていうか、信号で止まっても徐々に回転を上げていき、100rpm程度では少々の負荷を感じるものの、これを越えると、徐々に負荷が小さくなる感じになる。逆に120rpmを越えようとすると、それはそれで忙しないというかロスが多いという感じである。
 一般にケイデンスは90rpmが良いよ!って説があるけど、最近の感じでは90rpmでは遅すぎって感じで、負荷が掛かる時間が長く感じる気がする。最低でも100rpmは回しておきたいのは変だろうか?

 あとは、帰路の団地のヒルクライムでは7~8%勾配では、ダンシングで弾むように走ると結構楽珍であるが、15%に迫る勾配では、弾むようには走れない。豪快に踏み抜くようなペダリングをしないと坂は上れない。

 今日は、気分がリラックスしていたせいか、結構色んな場面でどうしているか?ってのが自覚できて良かった。

 それと、帰路の時間帯では、学生の下校時間に重なり掛けていたせいか、何人かとすれ違ったけど、ハンマーヘッド7.0に乗ってる人とすれ違った。純粋にハンマーヘッドの7.0は格好良いと思ったところ。次、買うなら406サイズのホイールの折り畳めないミニベロが良いなぁと思う。

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快傑ドクター9

 今日のテレビ番組で見たのが表題の『快傑ドクター9』である。ウッチャンナンチャンが司会を務め、芸能人の出演者の方々の健康状態を幾つかの項目で診断し、余命を診断するという番組。
 個人的にも丁度、昨日健康診断を受診したこともあり、関心を持って見た。

 一言で言って、自分で変わったのは、こういう番組を昔は人事&客観的に見れていたのが、最近は、我が身に置き換えてアレコレ想像しながら見ている自分が居るってところである。そう言えば、最近は○○食ってるなぁ、、、とか、××していないなぁ、、、とかである。

 もう健康を維持するに必要な事は、散々言い尽くされている。

・適度な運動
・喫煙習慣の解消、アルコール過剰摂取の解消
・規則正しい食生活、バランスの取れた栄養摂取
・十分な睡眠

 と、これだけである。これが守れれば、殆ど全ての問題から解放されるということである。

 しかし、これだけの事を守るというのが、しんどいのである。それ故、みんな苦労するし、病院に行く訳である。
 しかし、病院に行くくらいなら、節制すればというのは簡単だが、重大な事態に直面しなければ人事のように思うのが人間の悪い癖である。

 今回の健康診断の結果は知らないが、結果はともあれ、今一度、気を引き締めて生活習慣を律っしようと思うところである。

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2007年11月13日 (火)

定期健康診断

 本日、勤務先において年一回の定期健康診断を受診した。
 例によって、35歳以上の年齢なんで、成人病検診である。

 受診は、胸部レントゲン、胃部検診(バリウム)、聴覚、視力、血圧、採血、心電図とあるのだが、今回は残念ながら血圧が標準より高めという結果である。
レントゲン関連、血液関連は結果は後日判明ということだが、コンディション的に悪くはないのだが血圧が高めっていうのは、結構ショックである。

 最近は、運動を過激にやっているという安心からか、結構、食いたい放題食っているのが良くないのかもしれない。チョット、間食等々は控えないといけないかも、、、、、。

 ところで、今日はデスクの上に一枚のチラシが配布されていた。それは、平成20年4月から始まる特定健康診査と特定保険指導というもので、メタボリックシンドローム対策に本腰を挙げて行いますよ!って告知チラシである。この特定健康診査と特定保険指導ってのは、医療保険者に義務づけられるんだそうだ。

 なお、このチラシによると、
○70歳以上の一般所得者の自己負担割合が1割から2割に
○自己負担割合が2割となる対象者の拡大【3歳未満→義務教育就学前】
○高額医療介護合算療養費の創設
○新たな高齢者医療制度の創設
 って改正も行われるそうだ。

 健康診断に対して、以前は煩わしいモノって認識しか無かったけど、最近は、ドキドキである。結構、自分の意識の中で大きな存在になってきたのは確かだし、その結果も結構、ドキドキで待つような感じである。歳取った証拠である。

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どっちがしんどい?

 週末にアップした記事に関して、早速リアルな世界で質問というか、否定的な意見を下さる方と、肯定的な意見を下さる方の2種類の意見を頂いた。

 リアルな世界の場合、その人が、自転車と単車をどの程度扱える人か?っていうのがリアルに理解できるだけに、自分の持つ感想も様々だが、大きな傾向として、単車でワインディング(峠やサーキット)でスポーツライディングを一定以上のレベルで走れるか否かで賛否が分かれるようである。

 ずばり、結論から言って、スポーツライディングを趣味として、傍目から見ても、上手いって言える人は、概ね、必要な体力というか身体能力は単車>自転車って思っているみたいである。
 逆に、まったり系、ツーリング系、ドレスアップ系、スペオタ系の方は、自転車>単車と思っているみたいである。

 但し、残念ながら、その二つに相当に凝った人っていうのが、なかなか居ないのが現状であり、自転車競技経験のある人は、既に自転車卒業で単車には乗ったこともないって人や、乗ってもまったり系のみって人であり、傾向が判りづらいところもある。

 確かに、どっちがしんどいっていうのは、一概には言いづらいのも事実である。勿論、必要な身体能力ってのも、異なっているっていうのも事実である。

 ただ、先入観的に自転車乗りの方が単車乗りよりも体力的に勝っているって話が、正論のように言われている事に少し抵抗して見たいのである。
 少なくとも、自分レベルの自転車乗り程度では、遙かに単車で峠を走る方がキツイ。峠を走るというのは、全身を息つく間もなく動かして、車体をコントロールする。そして、身体の使い具合、力の入れるタイミングってのは、自転車のように疲労と相談するというレベルではなく、次から次へと走る速度によって押し寄せてくるモノに対応して運動するものである。ヒーヒーフーフーというレベルでは無く、ハッ、ハッ、ハッ、ハッっという形で全身を動かしているのである。或る意味、曲がり続けて、気持ちを張って運転している時は、殆ど休む間は無いのである。

 自分の場合、仮に30分という時間で、漕げるだけ漕いで乗るロードバイクと、息つく間もなく攻める峠道を走るレプリカバイクでは、間違いなく単車の方が疲れる。
 でも、自転車で30分走り続ける環境は身近に作れるけど、単車で30分攻め続けれる峠ってのは、山奥に行かないと無いのが現実。そういう訳で、手軽なのは間違いなく自転車である。単車の場合、遠くに出掛けないと何も出来ない。あまりにも近郊の峠をローリングするのは、あまりにも反社会的である。

 しんどいのは単車だが、それが出来る場所が近場に無いのが問題である。単車で攻めれるって場所は、車がいない、民家もない、何もない、完全に山の中って状況くらい。寂しいものである。

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2007年11月12日 (月)

冬装備はどうしよう?

 さっきの昼ポタでは冬の気配を感じたところ。
 去年の冬は、コート+ジーンズ+手袋で耳の冷たさは我慢という状態だったけど、今年は去年以上に速度も上がっているし、走る距離も増えているんで、我慢という事してたら風邪を引きかねない。

 夏は、
 100円ショップの帽子+Tシャツ+ジーンズ+メッシュスニーカー(DUNLOP MAXRUN)

 春、秋は、
 100円ショップの帽子+Tシャツ+ジーンズ+スニーカー(DUNLOP MAXRUN)
 但し、少し寒い時はアシックスの自転車用ウインドブレーカー

 去年の冬は、
 ハーフコート+ジーンズ+スニーカー(DUNLOP MAXRUN)

 って状態。ハーフコートはOKとして、ウインドブレーカーで対応できるのは12月中旬迄、それ以降の2月くらい迄は再度ハーフコートを利用するつもり。但し、帽子を何とかしないといけない。去年は我慢したけど、耳がちぎれそうな気になる。とか言っても、耳あてはふざけすぎ。ドラッグストアー等々で売ってるはちまき風の耳あてを利用しようかな?って思っている。
 因みに、靴はスニーカーでDUNLOP MAXRUNってのを愛用しているけど、これはソールが薄め、ファスナー式で、ソールには深さ8mm程度のスリットが約25mm間隔で切ってあり、丁度、ペダルのプレートにピッタリ嵌り込んで、クリート風に足が固定できるんで重宝している。地元の靴屋さんで2000円以下で調達可能なんで、春夏用メッシュタイプ、秋冬用レザーバックスキンタイプの二種類計3足程調達している。凄く良い。クリップ+ストラップ+MAXRUN=最強である。170rpm回しても外れること無いし、着脱も簡単、ウォーキングも最高、こういう靴があれば、ビンディング、SPDなんて必要無い。

 冬スタイル、基本は風が強い日が多いのでばたつきすぎず、保温に優れ、動きを阻害しないという普段着を選ぶ予定。貧相な身体を恥ずかしげもなく晒すような専用のウェアはパスである。特に冬場は黒のレオタードみたいなのが増殖しているけど、あれはNGである。あれって、ペダリングテクニック、ポジションの程度がさらけ出されるし、みっともない体型(筋肉不足のガリガリ体型、脂肪十分なブヨブヨ体型)を陳列するようなモノ。
 見た目通りに格好良く走る人にはピッタリだろうけど、そうでない自分達が着用するには抵抗ありすぎである。まぁ、単車で峠を走る場合に下手くそライダー+レプリカツナギのみっともなさに通ずる状態。
 なんていうかなぁ、自転車も単車も、オタク的要素、マニア的要素が結構強く、カッコから入ると、どうしても見た目のスタイルと実際の走りのギャップが大きくなりがちである。ギャップが大きいと、滑稽だし、みっともないし、情けないし、抵抗感じるのが自分の感覚である。ましてや、そういう決めたスタイルで、ラフスタイルに挑んで、千切られたりすると、相当に凹むのは間違いない。

PS なんだかんだ言いながら、先週遭遇した3名のサイクリストからの反応に答えたのは事実だし、それで返り討ちにした事を、なんだかんだ言いながら、『ザマヨッ!』って思ったのも事実。なんだかんだ、言いながら自分も大人気ないのも、これまた事実。単車でもそうだが、売られた挑発に乗る場合が殆どだが、乗る時点で俺もガキであるのは間違い無い。でも、絶対に自分から挑発する事は無い様に!って心掛けている。
 普段着に拘るのは、実は、そういう挑発対象になるべく為りたくないというのがある。やっぱり、らしい格好するよりも、普段着の方がターゲットにならないと思うからだ。実際、単車の場合もワンピースツナギはサーキット以外では着ない方が多い。C種フルフェイス+パッド、プロテクター入り(肘、膝、肩、脊椎・・・)の専用ウェアでなるべく地味なモノを着用するに留める。

 こういう専用装備を嫌う理由ってのは、何よりも、こういう装備をしている人程、挑発的な運転で接近する人が多いからである。やっぱ、自転車も単車も趣味とは言え、スポーツ性の高いモノ、そういうモノを熟達者は格好良く扱って貰いたいモノである。熟達者なら装備と走りはバッチリあってるだろうし、全身からオーラが出ている筈だし、余裕が滲み出ている。そういう人にこそ、ハイレベルな装備は相応しいと思う。
 しかし、現実にはパッと見は超ベテランルック、しかし、周りに対して挑発的な運転を好み、自分を速いと勘違いし、実はメチャ下手くそっていうのが溢れている。

 モノに責任は無いし、専用装備が良いのは判るけど、それを纏った人達の行動自体に違和感を感じるのが現状である。格好良い装備をしながら、平気で併走(自分が王様と勘違い?)、平気で信号無視(余裕が無いのは自分が遅い事に気付いていない?)、平気で他人への挑発(自分が一番速いとでも思ってるの?)・・・・・こういうのを見ると、似たようなスタイルをとる事自体に抵抗を感じるのが正直なところである。

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King of Motorcycle is ○○!

 表題のフレーズを最近よく聞く。チョット違和感を感じたり、感心したりと様々だが、、、、。

 記事にした切っ掛けは二つある。一つは、最近よくあるタイプの雑紙で、毎号購入することで、少しずつコレクションが集まるというディアゴスティーニの月刊ハーレーダビッドソンというモノで、毎号パーツが付録して付いており、集めると1/4サイズのハーレーの模型が完成するんだそうだ。
 もう一つは、先週の土日に広島のマリーナホップで開催されたハーレー試乗会。普通二輪免許でも特設コースを乗ることができるという催しで、バイクの王様であるハーレーを体験しよう!ってもの。

 安っぽいフレーズながら、誰もが文句を言わないフレーズで、誰もが納得?容認?しているのが、

 『オートバイの王様はハーレーダビッドソン!』

 ってフレーズである。そう言えば、昨日の亥の子祭での町内練り歩きでも、何軒かの家の庭にハーレーダビッドソンの改造車を発見したが、ハーレーは結構人気なのが判る。確かに、勤務先の会社でもツーリング招集すると、一番多いのがハーレーであったりする。

 やっぱり、王様なのだろうか?

 そう思う反面、先週金曜日のツーリングでは、自分の感性から言うと、レプリカバイク、スポーツバイクこそ王様であるという気持ちの方が大きいのも事実である。また、何の固定概念や先入観を持たない子供達(幼稚園児レベル)では、仮面ライダーやナントカレンジャーに感心を持っているけど、こういった純真無垢な子供達の格好いい尺度では、レプリカとは違うけど、速そうなバイクが格好言い尺度の頂点にあるのも間違い無いと思う。

 しかし、年齢層が高くなるほど(中学生レベル)に速そう系よりもハーレー系の方が人気が高くなり、オッサンになるとハーレー=王様って価値観が多いのが現実だ。

 別にハーレー=王様って価値観を否定するつもりは無いけれど、やっぱり違和感を感じるし、自分自身、乗って楽しいと思えるのは、2ストレプリカで峠を走る時であり、操っているという満足感、征服感を感じている時であり、単車を意のままに操っているという錯覚というか、人馬一体感は、まったり系では味わえない世界だと思うが、この楽しさを、人は楽しいと感じないっていうのが不思議である。
 峠を思い通りに走るという事に勝る二輪車の楽しみがあるっていうのが、未だに理解出来ない。音、スタイル、雰囲気・・・・理解できないではないが、それよりも思い通りに操るという楽しさの方が楽しいと思うのは変なのであろうか?

 未だ、この歳になっても、思い通りに単車を操って走り回る。走るステージは曲がっている程に楽しいっていう価値観から抜け出せない。でも、この楽しさから抜け出せる人と抜け出せない人っていうのは、この楽しさの本当のツボを見たか見ていないか?の差にあるようにも思う。
 過去のレプリカブームが衰退した時に、レプリカに拘った人っていうのは、当時の人口の1%にも満たない人だと思うけど、そういう人は、本当の楽しさに辿り着いた人、他のブームに移行した人は、楽しさの前に諦めた人、或いは、苦痛のみしか残らなかった人なのか?とも思える。
 それ故に、レプリカ否定論が未だに理解出来ない。例えば、姿勢がキツイとかの意見も聞くけど、そう思った事は一度も無い。これって、正しい乗り方が出来ていない表現の裏返しのようにも感じる。

 案外、峠を走るバイクの楽しさは、一目では判りにくい、或いは、その域には達しにくいが故に、多くの人が知らないのではないだろうか?又、それ故に伝えにくいのではないだろうか?よく、もう峠は卒業だ!っていう奴も居るけど、そういう奴は、卒業するというレベル迄上手く乗れている奴ってのは極少数のように感じる。少なくとも、一緒にツーリングに行ったことがある奴で、そういう言葉を吐いて、上手い奴は皆無である。言っちゃ何だが、見るに耐えない乗り方しか出来ていないのが現実である。言葉は悪いが、ド下手である。

 少し愚痴っぽくなるけど、スポーツバイクを操ることが出来ない癖に、スポーツバイクは卒業だ!なんて言うのは、可笑しいのである。確かに、金と免許を手に入れると、世間の羨望を集めやすいハーレーは王様からも判らないけど、結局、それは誰にでも得られるモノである。王様=大衆性っていうのは成り立たないのは気のせいだろうか?王様=憧れの対象=誰にでも簡単には手に入れれないモノって方程式が正しいと思う。

 そういう意味で、自分の価値観からKing of Motorcycleっていうのは、間違いなく、大排気量の2ストロークスポーツバイクである。手に入れづらく、乗りづらい、希少種である。これこそが、王様では無いだろうか?

 また、その希少性を以て王様と定義するでなく、地域や風土にあったモノ=繁栄種=王様と定義するならば、日本の風土にあった乗り物。日本を感じる、四季を感じる・・・・そう思うと、先週のツーリングで感じた山々の中での季節の変化を肌で感じれるのは、スポーツバイクで踏み入れる山中の峠道こそでは無いだろうか?
 デカイ図体の運動性能を忘れた乗り物に日本の四季を楽しめる能力があるとは、とうてい思えないのは気のせいだろうか?

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2007年11月11日 (日)

DAHONのスケルトン

 DAHONって自転車は、それしか乗らないと何も感じないのだが、これって結構、かなり、随分と他の自転車とは違うようである。当初は、西DAHON、スピママという構成で、これが普通って感覚だったのだが、ロード、ピスト、他の折り畳みと自転車が増えてきて、それなりにスポーツ志向でポジションを整えてみると、DAHON系は他の自転車とは随分違うことに気が付く。

 DAHONは折り畳み20インチということで、小さな自転車って印象を持ちかねないけど、実は非常に大柄な自転車である。特に、スポーツサイクルとして捉えると、通常の自転車とは較べ物にならない程に大きい。
 これをアップライトな姿勢で身体を起こして、ハンドルを高い位置で乗る分には、まぁ、シティサイクル並ってなるけれど、スポーツサイクルらしく、ステムトップとサドルトップを面一以下となるようにハンドルを下げようとすると、トップ長が異様に長くなってしまう。これは、小径車で安定性を確保するために伸ばしすぎたホイールベースが効いているのだろうか?はたまた、折り畳み時にシートポストが収納時の脚立的役割をするように地面を支えるようにシートパイプがハンガーの後側にオフセットされているからであろうか?

 試しに、我が家のスポーツサイクル4+1台を較べると、

1.小林製531フレーム
 ホイールベース:955mm
 トップチューブ長:530mm
 シートパイプCT長:550mm

2.ラングスターTT(520mm)
 ホイールベース:980mm
 トップチューブ長:537mm
 シートパイプ長:520mm(ホリゾンタル換算)

3.オ・モイヨWW
 ホイールベース:990mm
 トップチューブ長:524mm
 シートパイプ長:380mm

4.西DAHON
 ホイールベース:1130mm
 トップチューブ長:650mm(630mmハンガー真上換算)
 シートパイプ長:270mm

5.スピママGTR
 ホイールベース:1050mm
 トップチューブ長:620mm
 シートパイプ長:270mm

 って事である。これって、DAHON系をアヘッド化するのが馬鹿の証明のようにも見える。相当に胴長か、身長が180cm以上で初めて成立するポジションとなりかねない。DAHON系はステムに突き出しを与える事がナンセンスって事かもしれない。
 今は、I-BEAMのポストでサドルを思いっきり前方で固定して辛うじてポジションを作っているけど、曲がらない自転車であるには間違い無い。
 これは、DAHONが畳んでナンボの自転車で、アヘッド化自体が折り畳み性能を犠牲する以前に自転車としても有り得ない形となっていることの証明みたいな気もする。
 このDAHON、アヘッド化して普通の位置にサドルを固定するとシートポスト~ハンドルバーの距離は下手すると700mm以上にも及び兼ねない。ステム長を0mmという構成で650mm前後なんで、この位置で高さのみを調整して乗るのが健全な気がする。

 ということで、今回は、標準の折り畳みステムに交換して、普通の自転車のトップ長+ステム長=DAHONのトップ長として適正になるように改める予定である。因みに、自分の場合、サドルセンター(ポストセンター)~ハンドルバー迄が630mmくらいが丁度良いんで、西DAHONなら突き出し無しが丁度良いハンドル位置である。そういう訳で、長距離が更に苦にならない仕様を作り出したいと思っている。今のは前傾度がきつすぎである。短時間ならいざ知らず、本当に走れ慣れた人とのサイクリングでは疲れが倍増しそうである。

 チョット前迄は、DAHON系のホイールベースの長さで小径にしては直進性に優れる等々思っていたけど、小径は小径らしくキレのある走りの方が面白いなぁ!って思う方が大きい。オ・モイヨWWは小径ならではの走りが楽しめるし、フルサイズには無い楽しさってのが味わえる。小径でフルサイズを目指す位なら、最初からフルサイズに乗る方が素直だし、小径なら小径らしく楽しむって方が健全だと思う今日この頃である。

 小径車も楽しいけど、今の価値観で見ると、なんか低重心ロングホイールベースに拘りすぎた自転車ってのは、フルサイズコンプレックス的な小径車に見えるのは気のせいだろうか?西DAHONは、長いホイールベースはそのままに、すくなくともポジションは健全にしてやり、クロウスレシオ+ワイドレンジで走る場所を選ばない上に、疲れたら畳んで車で帰れるという、中年オヤジ向けランドナーとしてキャラを際立たせたいと思っている。

 今も完全に畳めるけど、ハンドルバーを抜くのに工具を使うのがNGであり、工具レスで完全に畳めるようにチョイと変更してやる予定だ。

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2007年11月10日 (土)

固定シングル、復活半年経過!

 今朝は、他人との絡みでチョット不機嫌になったけど、それはそれで、最近は自転車に乗って脚が昔に大分戻ってきている感じがある。

 というのも、最近は北風も強くなってきたおかげで、往復で追い風、向かい風のコンディションの変化が効いてくるけど、往路の向かい風を固定シングルで35km/hキープ、復路では140rpmで45km/hキープが可能となってきた。一つのギアでも相当に幅広く長く踏めるようになってきたのが、チョット嬉しい。実走で平地170rpm迄固定で回せるし、このギアで10%勾配も登れるよになってきたのは、感慨深いものである。こういうコンディションの変化が効いてくるところを、シングルギアで走るのは、多段のロードバイク以上に奥が深いと感じる今日この頃である。同じ道を小径とは言え、多段のオ・モイヨWWで走ると、快適な事、この上無いし、激楽である。逆に言えば、こんな楽してたら脚のパワーバンドは拡がらないのも間違い無い。固定シングルでパワーバンドを拡げるってのは結構有意義である。

 固定シングルという潔さ、これって、個人的には結構渋いと思う。チョット、2ストレプリカ的な雰囲気を感じる。固定シングルでロード並に走るってのは理想である。

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ライダーとサイクリスト、性格悪いのは?

 チョット、挑発的なタイトルだが、どっちが性格悪いか?まぁ、どっちにも乗っている自分が一番性格が悪いのかも知れないが、、、、、。

 峠をレプリカバイクで走る。川土手をロードバイクで走る。そうすると、どっちの場合も、度々他人が絡んでくる。よくある話である。

 でも、単車の場合は、峠においては売られた喧嘩?に対して、反応する場合もしない場合もあるけど、反応する場合、割と短期間で絡みは終了する。

 しかし、自転車の場合は、結構しつこく挑発を続けるサイクリストに遭遇する事が多い。

 これだけを考えると、サイクリストの方がくどくて、負けず嫌いで、性格悪いなぁと思う。

 何故か?

 ふと、考えると、そうか!単車の方がリスクが高まる度合いが大きいために、個人の防衛本能、即ち、ビビリミッターという精神的萎えが発生するからである。
 自転車の場合、実質、大した速度でないので、ビビリミッターは効いて来ない。

 だから、サイクリストの方が性格が悪いと決めつける事は出来ないのかも知れない。

 しかし、こんな事を考えてしまう程に、最近のロードバイク乗りの方は挑発的である。

 やっぱり、性格悪いのかも知れない。いや、精神的にガキが多いのかもしれない。

 或いは、サイクリストの勝ち負けっていうのは、直接的に乗り手の優劣故(ホントはみんな、どんなに高い自転車に乗っても乗り手次第って現実に気が付いてるがため)に、拘ってる人が多いのかもしれない。

 自分自身、そういう絡みは置いておいて、ツーリストでありたい。

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バトルサタデー!

 明日は、子供会の亥の子祭りである。よって、朝のCR走行が出来ないので、本日土曜日にCR走行を行った。今日は、勤務先は社員旅行なんで土曜日でも完全にオフの日である。

 ここ最近は土曜日に走る事も結構あるのだが、今日は珍しく往路、復路とも同一進行方向に走るサイクリストに遭遇した。

 往路で遭遇したのは、白いクラインにのるオジサンで、戸坂近辺で追いついてスルーしたのだが、結構クルクル走っていた。この方、レーパン、ジャージ、アイウェア、ヘルメットとフル装備で結構乗り慣れた方の様子。速度的には30km/h弱で走られていた。
 イイ感じの方かなと思って抜いていったのだが、自分の目的地である太田川橋でコーヒー飲んで一息して帰りの途中にすれ違ったので、軽い会釈をしたのだが、なんか敵意丸出しでチョット感じ悪いなぁと思ったところである。

 そうして帰路を走行中、今度は高瀬関信号で信号待ち後に自歩道を走行していたのだが、隣からクロスバイクに乗ったお兄さんが急加速で走る!走る!走る!
 まぁ、対向自転車も多く、フリーマーケットが近くの河原で開かれていたためか駐輪も多かったので暫くは後をついて走っていたのだが、どうにも遅いので、声かけで『抜きます!』で抜いて43km/h程度で巡航。
 その後、安佐大橋の信号を出てから車道に入り40km/hから徐々に加速している最中に、今度は、バリバリのレーパン、ジャージの紺色メタリックのロードがエライ対抗意識むき出しで抜いていく。
 勿論、反応する気は無いのだが、自分のペースで少しずつ43km/h状態に持っていくと、息切れされたのか目の前で少々ウザイ感じになってきたんで、やっぱりスルー。スルー後は反応されるのも面倒なんで、最高で45km/h程度迄時折だしながらスルーしたところ。

 今日の朝CR走行は、珍しく同一進行方向で3台のスポーツサイクルに反応されてしまった。皆、結構な装備であるが、ふと思ったのは、あんな身体の線が露出するレーパン、レーサージャージが機能的に優れているのは理解できるけど、滅茶苦茶貧相な身体の線を露出させるのに抵抗ないのだろうか?って事。そりゃ、メタボ腹ムチムチで走るよりは良いのかもしれないが、脚の線丸出しで見える範囲では、異様に細く感じるのは気のせいか?それでは、力無いだろう?って感じだし、一生懸命走っている様見ても、平地なのにフロントインナー、リアは真ん中っていうと、ロードバイクのロードらしく走る速度域とは無縁って事か?そんな高い自転車、無用の長物だろ!いくら向かい風が強くても、いくらケイデンス上げても、そのママチャリ速度は無いだろう!少々の北風でも100rpmで32、3kmってのが最低レベルでは?クルクルしても前に進まないと意味無いし、、、、。
 言っちゃ何だが、高級なロードに本格的な装備、そういう出で立ちがロードこそ最強という意識を持たせてしまうのか知らないが、それなら、それなりに、格好良く、速く、強く走れって言いたいところである。装備、自転車の割に乗り手自体は相当に貧相で、今一今二今三って感じを受ける方が多い。
 確かにスポーツサイクルが流行っているし、そういう装備も流行っている。そういう装備とバイクを選んで朝っぱらから走っているっていうと、自称アマチュアレーサーかもしれないが、中年以上世代がチョットかじって、装備を満たしたところで、たかが知れているのでは?っていうと言い過ぎか?中には、居るんだろうけど、少なくとも私が走っている時間帯では、健康管理サイクリストレベルしか居ないような気がする。

 まぁ、現実、太田川沿いを走る人なんて、普通のオジサンしかいないのかなぁ?異様に絡んでくる人は多いけど、速い!って言えるようなのに遭遇した事は皆無である。寧ろ、ロードこそ自転車の王様って勘違いで道路占有して走ったり、酷い奴なら信号無視したりの方が多いし、ぶっちゃけ装備等々見た目からは驚く程にスローな人ばかりである。スローに流しているんなら、他人を見付けるやいなや、いちいち反応せんといて欲しいところ。ロードバイク+専用装備はもしかしたら乗り手に、速く走っているという気を起こさせる何かがあるのかもしれない。或いは、そんな彼らから見て生意気に見える自転車が許せないのだろうか?ジャンル違いで生意気な速度で走っていたりってのは気に障るんだろうか?
 映画館でやくざ映画をみると、出る時にみんな肩で風を切るっていうのと同レベルである。まぁ、単車でレプリカバイク+革ツナギでみんな気分はGPライダーってのと同じって言えば同じである。

 単車でも、自転車でもだが、一歩ゆとりを持って、肩の力を抜いて他人と干渉せずに楽しむってスタイルを守りたいものである。そういう視点から見ると、昨今のフル装備ロードバイクってのはウザイ。自分もロードは好きだけど、乗ると必要以上に反応されるのも、嫌だし、相手にしなければ良いとは言っても、売られた挑発には乗ってしまうし、そういうのは気疲れするんで、小径やなんちゃってピストに乗っているのが真実である。
 少なくとも、ロード以外の自転車でジーパン+ウインドブレーカーってラフスタイルなんだから、本格装備のローディの皆さんには絡んで欲しくないなぁ、、、、。

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2007年11月 9日 (金)

直感の2st、戦略の4st

 今日は、午前と午後でSVとガンマ500という両極端のバイクで似たような峠を走った。どちらのバイクも軽量で必要十分なパワーで峠が楽しいモデルである。乗り味は全く違うけど、楽しみ方自体に大きな差違は無い。

 しかし、ピッチを上げて延々と続くワインディングを走り続けると、ガンマは単車の存在感が消えていき、SVは単車の存在が明確になっていく。ガンマは自分の感覚での操作で直接的に峠を走っている感覚になるが、SVの方は道具としての単車を扱って峠を走っているという感覚になる。

 例えば、とっさの状況判断ではガンマでは無意識で対処できるが、SVでは挙動を落ち着かせる事に細心の注意を払っている事に気付かされる。実は今日は、山間部の狭い峠道で対向車と遭遇したが、ガンマの場合は何事も無いかのように逃げる事が可能だが、SVの場合はそうはいかない。
 この差が2ストと4ストの差だろうか?2ストの感覚と動きの直結感は強烈であり、自分の思いと単車の動きにタイムラグを感じない。正に意のままという感覚である。
 SVの場合は、疲れが溜まっていない状況こそ普通だが、アベレージを保って連続して走ると状況を読む事に疲れが出て、読めている時こそ楽だが、読めない時には結構おっかなびっくりの状況がある。ガンマでも読んで居るんだろうけど、読む先の未来が短くて済むのだろうか?そういう訳でビックリが無いのである。
 これは、裏返せば、直結度が高いが故に、読む先の度合いが少なくて済んでいるということかもしれない。

 そう言う意味で、脊髄で運転するのがガンマ、大脳で運転するのがSVというのが今日の感想だ。

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勘違い!?ロードバイクVSレプリカバイク

 今日は、ここ最近の休日の日常とは様変わりした一日を過ごした。一日、単車漬けである。
 そして、ここ最近、大きな勘違いをしている事を思い知らされた。本日の単車漬けの詳細はメインサイトにアップするとして、今日は午前の部ではSVで芸北方面で距離130km程を2.5時間掛けてオールワインディングのツーリング、午前9時スタート、午前11時30分に一時帰還、そして午後の部ではガンマ500で備北方面に同じく距離130km程をやはり2.5時間弱、午後0時半出発で午後3時帰還でオールワインディングのツーリングに出掛けた。

 その実体は?というと、ツーリングという感じではなく、殆どシートに腰掛ける間も無い?ような切り返しと荷重制御の連続でピッチの速いもので、或る意味、峠を攻めているようなモノ・・・・或る意味、反社会的とも言えるモノ。人里離れた山間部にチャンバー音を木霊させながら、紫煙の軌跡を残すモノで、久々、本気に近いモードで走ったところ。

 そんな走りを夕刻前には完了し、娘が幼稚園から帰る頃にはいつものオヤジに戻っている訳だが、、、、

 そこで思った事、最近自転車(ロード系、ピスト系)で多い時には150km程度は走り回っていた(勿論、結構ハイアベレージ、平均で30km/h以上)のだが、その疲労度の比は、全く次元の違うものであることに驚いた事である。
 自転車漬けの日々では、圧倒的にロードバイクの方がレプリカバイクを扱う以上に体力、身体能力が必要で、若さ?も必要だと思っていた。それは今朝迄そう思っていた。恐らく、多くのバイク乗り、自転車乗りもそう思っていると思う。

 しかし、合計5時間にも及ぶアドレナリンを発散させながらのワインディングランの結果は、レプリカバイクのハードさばかりが印象に残っているのが現実である。緊張感から筋力、持久力・・・・・単車の方が何十倍も身体に負担が掛かっているのに、改めて驚いたところである。

 そう言えば、先々週の中央森林公園のコースでのオ・モイヨWWでの連続5周回でも何も感じなかった事はともかく、操縦時における緊張感も考えてみればガンマ500と小径ロードを較べる事がナンセンスである。
 健脚コースでは下り勾配10%のワインディングで同行した小径の方の感想や、その他、多くの小径ロードの敏感さを神経質との声も聞くけど、自分自身はオ・モイヨWWの下りのワインディングの感想は平和そのもので何も怖くないし何も起こりそうに無いし、何が起こってもどうにでも出来ると思っているのだが、似たようなレイアウト、道幅の峠道を単車では、オ・モイヨWWの1.5倍以上のスピードで下る訳である。その目線の低さは小径自転車の比ではない程に地面に近いし、重量では20倍以上の車重をコントロールしているのだが、その労力は較べるべくもないのである。

 反論のある方は多いと思うけど、これは、あくまでも自分のレベルで自分のアドレナリンが全開になる遊び方をした時に、レプリカバイクの方がロードバイク以上に身体能力を要求すると言う事を言いたいだけである。

 これは、しかし最近の固定観念を大きく覆されるような、大発見である。まさか、ガンマで峠を攻める事がこんなにもハードだったとは・・・・・。でも、癖になりそう。やっぱ最高である。

 レプリカバイクで峠を攻めれる身体を保つために、水泳、筋トレ、ロードバイクを操る。これが基本である事を忘れてはならない。

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2007年11月 8日 (木)

車が欲しい

 最近、下の子が生まれてから我が家の車は手狭になってきた。三人家族では十分な広さと性能だったけど、四人になると手狭である。自分と嫁が乗って、子供二人は各々にチャイルドシート、ベビーシートという構成である。それだけなら問題無いのだが、買い物に行ったり、遊びに行ったりしようと思えば、カーゴスペースが圧倒的に不足している。
 毎週の買い物では、買ったモノを積む所は、娘の席の足下+トランクルームの隙間で一杯の状態だ。

 今、エリオのカーゴスペースにはスピママが搭載してあるけど、もう少しするとベビーカーも搭載したくなる。娘と遊びに行く所で最近は自転車公園というところにも出かける事が多く、そんな時には、幼児車とスピママを搭載する訳だが、そうなると三人しか乗れなくなる。

 そんな現状を打破するには大きな空間を持つ車が望みだが、四人以上乗ることは考えていないので、ミニバンは要らない。使わない座席が車に載っているだけで荷室が狭いのはNGだからである。現行のミニバンの4座仕様車でもあれば考えるが、見当たらないので、実際買うとなるとワゴンスタイルの車だが、ワゴン車はミニバンほどスペース優先で作っていないのが現状。更に、ワゴン車自体選択の余地が少ないし、残っているワゴン車はユーティリティ追求よりも、スポーツ性やステイタス性を追求したものが多いのが不満である。

 自分の希望とあうのは、寧ろバンタイプであるが、バンタイプの車は微妙に小さいのが気になるところ。どうせならもう少し長く作れないものだろうか?

 という訳で、良いなぁと思う車は完璧に希望を満たしたモノは少ないが、妥協した上でまずまずかなぁ?って思う車を適当に羅列すると、

・レガシーワゴン
・アコードワゴン
・エアウェイブ
・サクシード/プロボックス
・アベンシスワゴン
・ウイングロード

 って所。残念ながらステージア、クラウンエステート、マークⅡブリットは廃止された模様。
この中で何か?って考えると、質実剛健度が高く、出来ればマニュアル、出来れば5ナンバーと絞ると、プロボックスしか無いのが実際のところ。

 で、今一番の感心はプロボックスのワゴンであったりする。ただ、カタログを見ると全長は4200mmに満たない小さな車だ。エリオの全長も同じくらいであり、今以上の圧倒的な積載性を望むとなると、せめて4500mmくらいの全長は欲しい。どっか作らないだろうか?

 という訳で、プロボックスをストレッチしてみたのが下の絵である。適当な画像が無かったんでサクシードの画像を加工したけど、まぁ、同じ車なんでOKか?
 因みに、この絵は後ドア長を+100mm、リアオーバーハングを+300mmしたもので、サクシードの全長4300mmに400mm追加で約4700mmという5ナンバー一杯迄ストレッチしてみた。ホイールベースはリアドア部分を伸ばして更に後輪を後にずらした状態で元から較べると200mm程度は伸びている。つまり、ホイールベースは2750mm級のサイズである。
 このサイズに1800cc程度のエンジンを詰め込んで、独立4座で広大な荷室ってのは、移動手段として最適なんだが、、、、。下手な小物入れや二重底は無しでズドンとデカイ空間があれば最高だ。

Succeed

 結構、積載性豊かで良さそうに思うのだが、TOYOTAさんは作る気無いだろうなぁ、、、。

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ライダーズマンション

 今朝、出社前に『めざましテレビ』見ていて気になったのが、趣味人のための住まいの特集である。そこには、ミュージシャン?のための防音設備の整ったマンション、ホールを併設したマンション等が紹介されていたが、目を惹いたのは、ライダーズマンションというもの。サラッと流して見ただけだが、なんでも自室に単車を持ち込める?のがメリットで、マンションにはレッドバロン(オートバイ店舗)が入って、各部屋には単車が持ち込めるエレベータが完備してあるというモノ。

http://www.redbaron.co.jp/touring/mansion.html

 目を惹いたモノの、心を鷲掴みって感じには為らなかったが、良いなぁと思ったのは、このマンションコミュニティーを考えると、単車好きしか入居しないだろうから、同じ趣味というか価値観を持った人のコミュニティーで暮らせるという点だろうか?
 物理的な単車所有空間的な魅力や店舗併設住居によるメリットは感じずに、寧ろ、ショップによるユーザー囲い込み的な厭らしさを感じた方が大きい。

 まぁ、現実的には殆ど実現不可能だろうけど、あれば住みたい、引っ越したいと思うのは、敢えて言えば、ライダーズタウンだろうか?一区画が広い団地という部分では普通の団地と変わらないけど、そういう宣伝で単車乗りが集まるような団地に住みたいとは思う所である。
 やはり、オートバイという乗り物が市民権を得ていないのが日本の現状。年寄りから見ると、単車=不良の乗り物、暴走族、騒音・・・・といった陰のイメージが強い。エンジンを掛けるのも気が引ける。複数所有するだけで白い目で見られるのが日本の町内会である。実際、今の居住区は自分が引っ越してきた時には単車(原付スクーターを除く)は一台も居なかった。最初は、結構白い目で見られた。今は、重量車中心に十数台は増殖したんで随分イメージ変わったけど、古い住人は快く思ってないのは感じるところ。

 仮に、自分に相当の経済力があったならば、山一つ買って、宅地開発して、オートバイ好き、車好きにしか売らないような団地を造成して住みたいと思う。団地の入り口には、洗車公園、関連店舗(ディーラー、パーツショップ、GS)の誘致、一風変わった公園(ジムカーナ等可能な施設、児童向け自転車公園)・・・・そういうコミュニティーが夢だ。

 どっかの不動産会社、宅地開発会社の偉い人、作ってみない?プロデュースしますよ!?なんてね。

 なんか、最近はセカンドライフという名のバーチャルライフが話題を呼んでいるようだけど、何するにしてもインターフェースがキーボード&マウスってのは関心が沸かない。やっぱりリアルな世界でリアルな環境を身近に揃えるってのが大事って思う。フェラーリだろうがポルシェだろうが、ドカだろうがグッチだろうが、何だって良いんだが、そういうモノをセカンドライフ内で手に入れても何も面白く無さそうだし、そういう世界で大豪邸に住んでも悲しいばかりだ。ふと、思ったけど、このセカンドライフでのリアリティー追求の究極の形ってのが、映画の『マトリックス』の世界の話であろうか?
 パソコンの世界、ネットの世界、ゲームの世界、バーチャルの世界・・・・どうも関心が沸かない。そう言えば、ゲームといえばファミコンは一時期所有していた事あるけど、スーファミ以降の色んな機種は触ったこと無い。今はやりのDSも嫁と娘用で自分は無関心。Wiiもそう。パソコンのゲームも無い。

 リアルな世界でライダーズタウンがあればホント良いと思う。

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廃線がサイクリングロード

 以前、広島ではローカル線である可部線の廃線が大きな話題になった事がある。廃線になるまでは、地元の可部線利用促進運動等が盛り上がり、結果的に廃線になるまでの期間が若干伸びたけど、最終的にはJRの思惑通りに廃線となった。

 そんな可部線の廃線区間の跡地利用を巡っては色んな案が出ては消えてきたのだが、最終的には、その跡地の一部はサイクリングロードとして整備されるって話は以前も記事としてアップしたことがあるが、その関連の記事を地元の新聞で見掛けた。

http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn200711070128.html

だが、確かに自転車ユーザーとしては喜ぶべき事かもしれないが、沿線に暮らす人から見ると、いよいよ鉄道復活が完全に閉ざされる事が確定的になるって事を意味し、複雑な思いかもしれない。廃線直後は第三セクター等の話も合ったけど、今はそんな話も出てこないし、殆どみんな諦めているのが現状。確かに自転車道整備は悪くない案だけど、どれ程の利用者がいるのか?

この地域は二三年前のダムの放水で大増水して川沿いの道が大きな被害を受けて、今でも、その傷跡が残っている。そんな川沿いの道は太田川の両岸にあるのだが、一方が車が通る道、他方は殆ど自転車道的な道だが、現実には利用者が皆無であり、今は荒れ放題となっているのが現実である。そんな道を放っておいて、並行して走る旧可部線を自転車道として整備するのはメリットが生まれるか?っていうと微妙である。
まだ、地元の生活道路として整備して過疎地域の生活道路として整備する方が、住民にはメリットがありそうである。

まぁ、地元自治体が決定してどうなるかは知らないが、、、、、

何はともあれ、仮にCRとして整備されれば、今の休日CRコースを延長して北上できるということになるんで、それはそれで楽しみだけど、複雑な思いであるのは確かである。

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2007年11月 7日 (水)

広島中央森林公園

 先々週出掛けた広島の中央森林公園だが、コースは健脚コースで公称12.3kmということらしいけど、詳細なコースデータが見つからないので、判る範囲で調べてみた。

・周回距離:12.3km
・高低差:  110m
・累積標高:244m
・上り勾配:最大12%
・下り勾配:最大10%
・最速ラップ:恐らく18分台かな?不明。

URL:http://www.chuo-shinrin-koen.or.jp/

ということらしい。累積標高244mってのはかなりのモノである。5周回すれば1000mを越える訳だ!

敢えて、本日、この記事を挙げたのは、会社の同僚が先週日曜に家族サービスでココを訪れたという話しがあったから、、、、

因みに2006年の中国サイクルGPでの優勝者のタイムを調べると、一周回なのはビギナークラス(年齢層高めでサイクリング好きな人のカテゴリーだろうか?メタボ爺クラスかな?)なんで、それをみると、
1位:19分54秒13(←誰か知らないけど、凄いですねぇ!)
2位:21分26秒35
3位:22分01秒74
・・・・
17位:32分45秒72
となっている。(去年は20分切りの人が居たようですね!!!)

2007年のタイムは、
1位:21分43秒00
2位:21分43秒08
3位:21分44秒72
・・・・
22位:29分39秒39
となっている。(今年は激戦だったようですね!)
そして、エキスパート級の人達は5周でも100分を切る訳である。凄いモノである。
因みに、昨年のタイムを見ると、概ね一般愛好家で分散とって多いのが26分前後、中学生以上の若い人達となると23分程度、小学生でも28分程度の様子である。そして、所謂競技者の方々は20分を切るというレベルのようだ。

こんな中央森林公園だが、広島からは高速に乗ればアッという間に着く所。色んな面白自転車もあるので、下の子がもう少し大きくなったら家族で出掛けるのも楽しいかもしれない。

一応、狙いは冬に再走したいなぁって考えている。走る時には、少なくとも自転車は今の状態から幾らか変更するつもり。心情的には単一周回でも良いんで折り畳み自転車で20分切り狙いである。
このコースは今年の冬から走っているけど、
2007年02月:22分48秒(三周回中ベスト)
2007年10月:21分16秒(五周回中ベスト)
ってタイムアップしているんで、現実的には20分台突入狙いで、将来的には20分切りを目標にしたいところ。まぁ、今回のようにメカトラ(チェーン外れ)が無ければ20分台は行けそう。凄い人達が連続して走れる凄い領域?を一周だけでも体感してみたいところ。

これからは、今迄通り水泳も続け持久力維持、筋トレも続け筋力維持、サーキットトレーニングで筋持久力維持といった基礎体力を維持して、ここ半年で大幅に増えた自転車漕ぎによる技量アップによるタイムアップを期待したい所である。
妙に自信を持つのも照れるものだが、月に1400kmの距離を走っている訳であり、すこしは進化せんと駄目である。

そうは言っても、下の子の手が掛かるのはこれからである。メインサイトの日記を振り返ると、上の子が生まれてからの日々の出来事が書いてあり、色んな事を思い出す事ができる。なんとか、うまく時間を振り分けて過ごしたいものだ。

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越境大気汚染

 という見出しで急成長する中国の排出ガスによる大気汚染の増加量の凄まじさと、諸外国への越境汚染が記事になっている。
 この危惧は、昔からのものだけど、こうして実際に記事となる程の事実を伴っている訳である。この環境汚染に関しては、中国に限らず、発展途上の各国の中でも発展の著しいBRICsを中心として人口の多い国を中心として、これからは地球上の各地で同時多発的に汚染問題が発生するだろう。環境汚染、環境破壊にともなう様々な公害被害、温暖化という問題が地球全体の問題としてのし掛かるのも、そう遠くない将来の話になりそうだ。

 今回の記事を引用すると、★(引用ここから)『中国の窒素酸化物(NOx)排出量がこの四半世紀で4倍近くに急増、2020年までにさらに倍以上に増えそうであり、年率2ケタ台の高度経済成長を続ける中国で大気汚染対策が後回しになり、汚染物質が海を越えて日本など外国に降り注ぐ「越境大気汚染」問題の深刻な影響も懸念されるということ。

 この調査は、国立環境研究所が九州大学などと共同で日本や中国、インドなどアジア24カ国(アフガニスタン以東)を対象に実施。化石燃料の使用や工場の生産段階などの経済活動で、排出されるNOxや、硫黄酸化物(SOx)などの大気汚染物質などについて分析した。過去から将来までをつないだ研究統計はアジアで初めてという。

 1980年から2003年までの23年間で、アジア24カ国のNOxは2・8倍に増加した。日本はこの間、燃費を大幅に改善したハイブリッドカーの導入や、工場での汚染物質除去設備の導入などの環境対策を講じたことで約3割削減した。

 その一方、中国は3・8倍に急拡大。00年時点では、アジア24カ国の総排出量2511万トンのうち約45%を占めた。中国のNOx排出量は、その後も石炭火力発電や工場の石炭燃焼などを中心に拡大し、3年間で1・3倍にもなっている。』(引用ここまで)★

 ということで、先進諸国が局所的に環境対策をうっても、発展途上の国々のボリュームを考えれば焼け石に水状態である事が鮮明である。
 問題は、この環境対策ってのは、コストが掛かる割に、利益というモノに結びつきにくくビジネスとして成立しづらいだけに、発展途上の国々からみると、環境対策にコストを掛けるのは現実的には難しい。
 まぁ、先進諸国にしてもハイブリッド云々と言いながら大排気量を以て高級をアピールしている現状では、真剣に環境問題を考えているとは言い難いのが現状だ。

 今の景気は好む好まざるに寄らず、先進国を含め全てが、中国の経済発展に引っ張られている現実があり、この現状の上で好景気を謳歌しており、それに冷や水を掛けるような声が挙がるとも思えない。しかし、この好景気という目下の状態に浮かれて時を過ごした後の付けは非常に大きな代償として支払う時期がやってくるのも確かであり、その時期は人が思うより間近に迫っているのでは無いだろうか?

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昼前は腹減る

 昼休みだが、毎日この時間は異様に腹が減る。腹と背中がひっつきそうだ。勿論、朝食は抜くことはない。御飯、納豆、みそ汁、付きだし、ヨーグルト、牛乳をしっかり噛んで食してくる。午前中もコーヒーを飲んで過ごすのだが、それでも昼飯前は異様に腹が減る。
 健康な証拠かどうか知らないが、昼はしっかり食べたいものである。昼は、弁当+ヤクルト、ヨーグルトを食べて、天気が良いとスピママで昼ポタに出掛け、戻ってきてからレモン果樹飲料を一気飲みする。その後は夕方になると、やはり強烈に空腹感が襲ってくる。

 食べないと身体が持たない。世の中ダイエット方法には、単品ダイエット、絶食、減食、サプリによる栄養摂取といった食事制限系のダイエットが数多くあるようだけど、絶対不可能である。
 先日、腸部検査のために前日の食事を制限して『エマニクリン』という名の栄養剤のみの食事を行ったけど、あんな生活は御免である。

 しっかり食って、しっかり動く。これが大事である。動く程に空腹感は大きくなる。大きな空腹感を満たすには、食事をしっかり噛んで味わいながら食べることで過食を防止して満腹感も味わえる。

 空腹感には、味わいながら、しっかり噛んで食べるという習慣がベストである。

 因みに、食べる順番は、野菜等の食物繊維~動物性タンパク質~炭水化物って順番が満腹感+栄養過剰摂取の防止に効果的という。
 一説には、食前にヨーグルトが効果的って話もあるけど、自分はヨーグルトはデザートであり食後ってスタイルを取っている。

 食事というのは、人間の三大欲(食欲、睡眠欲、性欲)の一つを満たす行為であり、そういう欲望を抑制した生活っていうのは、何処かで破綻を来すのでは無いだろうか?
 健全に空腹感を感じ、空腹感を満たすために美味しいモノを食べる。これで、精神的にも満足を得る事が欲望も満たされる事に繋がる。人間という生き物は、食事は生命維持の行為だけでなく、それ自体を愉しむ行為として付き合える生き物である。これが食事が文化と言われる所以であり、そういう食文化を愉しむという意味では、同じ空腹感を満たすにしても、食事は待ち遠しいモノとして捉え続けたいモノである。同じように空腹感を感じたなら、それを満たす時は、満腹感だけでなく、美味しいモノを食べたという満足感も併せて味わいたい。

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小沢一郎

 敢えて触れなかったけど、ここ数日のニュースで一番世間に与えたインパクトが大きかったのは、血液サラサラ詐欺でも、飛び降り自殺巻き添え事件でもなく、やっぱり、民主党代表の小沢一郎氏の辞意表明、撤回のゴタゴタ劇である。

 肯定的な見方も否定的な見方もできるけど、世間一般の見方からすれば否定的な見方の方が大きいようであり、民主党の評価が落ちたのは間違い無いところ。

 しかし、あれだけの経験を持つ小沢氏をして、あのような行動に走らせたのには、相応の理由(うがった見方をすれば純小沢路線への党内基盤固めへの布石?)もあるはずであり、その内面的なジレンマ(行動に対するリスク&ベネフィットの目算)ってのは相当大きなものがあったんだろうと思う。そのジレンマ自体を知るよしも無いが、想像を絶する悩みがあったのだろうか?

 それはさておき、今日本の置かれた状況ってのは、結構不安定な状況にあるように思う。戦後教育の歪み、歪んだ価値観の蔓延、実際に社会が抱えた構造的な問題等々あるけれど、全ての問題を修正するにはコストがかかる。その資金の調達には、日本の経済力が保てるという前提が必要だが、日本を取り巻く環境は、今後10年の内に大きく変化していくだろう。その変化の中で日本が経済的地位を保てるかどうかは結構微妙な情勢だが、これからの10年の舵取りを誤らずに行うには、やっぱり政治がしっかりしていないと行けない。まともな政治運営が為されるかどうか?が大事だが、果たしてどうなるか?が一番の関心事である。

 現与党、野党の枠組みでは一方が他方を否定するに終始しているようにも見えるが、新しい時代に対応した新しい枠組みの政策集団が必要なような気がするところである。
 もしかしたら、そういうジレンマを小沢一郎は感じたのであろうか?

 有り得ない話だろうけど、小沢と小泉が組んだら何か新しい価値観が生まれるような気がするのは気のせいだろうか?どっちも『小』から始まるし、『一郎』って名もあるしってのは冗談だが、この二人に表舞台に出て貰いたいのは俺だけだろうか?

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詐欺の被害者、ネギしょった鴨の心理状態と性格

 記事タイトル的にはダイエットとは無関係にみえるが、今日のテーマは詐欺の被害者からの引用である。因みに、引用元の詐欺ってのは、昨日、一昨日のニュースに出ていた『ドロドロ血をサラサラ血に!』って効果を謳う健康ブレスレットの詐欺販売商法についてである。
 この逮捕された社長の販売促進マニュアルで印象的な文言が『狙うべきターゲットは、高齢者、太った人』って話。

 一般論として、年輩の人程、業を重ね、生に貪欲だし、健康に敏感であるし、太った人程、正攻法で肥満を解消できない人、即ち、正攻法ではなく安易な方法で問題を解決することを望む人、即ち、他力本願的な人=頼りたい人、すがりたい人って事で、この詐欺商法は、ターゲットとなる消費者心理をよく突いたものだと思うところ。

 確かに、詐欺的な商法は、健康グッズの他に、金融商品、ダイエット関連、教育、育児から様々なものがあるみたいだけど、その多くは、労力を厭わずに得する、効果を得るって部分が共通している。本来、ローリスクハイリターンや安易な方法で効果を得る方法なんて世の中に存在しないし、学問にしても、技能にしても、本人の積み重ね(知識と経験の蓄積)無しで実力となるものは存在しないんだが、そういう手間暇を掛けることを本能的に避けるような人っていうのは、総じて他力本願的、公式志向的な人だが、そういう類の人が多いって現実が、考えれない詐欺商法が蔓延する土壌になっているように思う。

 詐欺被害者ってのは気の毒に思うけど、チョット考えれば有り得ない事は判るはずであり、それに気付かないのは、詐欺師を責める前に、欲に目が眩んだ己のアホさを反省すべきとも思う。勿論、詐欺師を弁護する気は無いし、問題に悩む人の弱味で心が弱っているのかもしれないが、それにしても、この手の問題があまりにも多い現実には、正直驚いている。

 このような他力本願的で安直志向ってのは、詐欺被害者に見られる話しに留まらず、日常生活において多くの人が志向している、少しでも楽に、苦労を厭わずに、効果を求めるという価値観と共通しており、その価値観は汗をかいてという行為を泥臭いと下げすさむ価値観にも通じているように思う。結果だけを求める。結果を得るにはプロセスを省略しても良い。結果の判定は数字のみで行うっていう即物性が支配する世の中ならでは価値観かもしれない。このような価値観が支配的な世の中ってのは、突き詰めると、現代の教育制度の結果から生まれたようにさえ感じる。

 今の価値観が支配的である限りは、にたような詐欺商法は未来永劫無くなることは無いだろうし、それは詐欺に掛かる人が居なく為らないのがその理由である。詐欺に掛かる人ってのは、結局、安易に結果を得たい人であり、そういう人がいる限りは、このような問題は繰り返し起こるのかもしれない。

 本当は、こういう価値観を蔓延させるような社会自体が一番悪いのだが、社会が悪いというよりも、これは万物に共通した原理である。水は高い方から低い方に流れるし、何するにしても楽なのが一番(苦労しないのが一番)っていうのは、熱力の第二法則そのものである。

 俺も楽するのは好きだけど、楽って意味は駄目男くんの楽という意味とはチョット違う。楽っていうのは手間を掛けずにって単純な意味ではない。楽ってのは、時間の密度を上げる事。即ち、行動の付加価値を上げることで効率を高めるってこと。誰でも出来る事は、言ってみれば価値が無い。時間を掛けて結果を得るのは当然であり、時間あたりの生産性を如何に高めるか?が大事である。普通の考えでは出来ないことが出来て初めて価値が高まる訳であり、そうする事で財を成すってのが楽する事ということ。楽する事=独創的で追随を許さないモノを生み出す事である。そうやって人生の限られた時間で好きな事をする時間をなるべく長く確保するのが大事である。

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2007年11月 6日 (火)

睡眠不足と肥満、肥満は怖い

 今日、睡眠についての記事を書いたばかりだが、帰宅後にネットを眺めていて気になったニュースを一つ。
 それは、睡眠不足は注意力の散漫を招くだけでなく、肥満リスクも高まる可能性があるとのこと。
 睡眠と肥満の関連性は未解明だが、次のような仮説があるという。

・睡眠不足でストレスがたまり、食欲を刺激するホルモンが分泌される可能性がある。
・睡眠が不足すると屋外で遊ぶ機会が減るため、肥満になりやすい。

 そして、この調査対象は子供だが、子供の推奨睡眠時間は、未就学児で11~13時間、小学生は10~12時間なんだそうだ。果たして、オヤジの推奨睡眠時間はいくらか?は不明だが、睡眠周期1.5時間説と併せて考えると、9時間は眠りたいところである。百歩譲っても7.5時間は寝たい。6時間では足りない。

 午前7時起床で9時間睡眠となると10時就寝かぁ、、、、不可能に近いなぁ、、、、運動を全くしなければ可能ではあるけど、それはそれで今一だし、一番イイのは、日本全国国民は午後5時以降は働いたらダメ法案なんかがあれば可能かなぁ、、、。

 話は変わるけど、他に気付いた今日の肥満ネタというと、同じくネットニュースからの引用だが、肥満によって乳がんや膵臓がんのほか、直腸、食道、子宮内膜、腎臓のがんになりやすいとの報告も世界ガン研究基金の研究で挙げられている。

 昨日の最先端の再生医療の対象である脳梗塞、心筋梗塞も原因といえばドロドロ血から出来る血栓であり、これら血栓症は、肥満、加齢、ストレス・・・・といったものが原因で発症するらしい。

 肥満っていうのは、考えてみると怖いものである。重大疾病に到る前のシグナルが肥満状態である訳だ。肥満=ネタで捉えるでなく、深刻な事態への警笛だと考えた方が幸せになりそうである。

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腱鞘炎、回復98%!

 ド・ケルバン症という手首の腱鞘炎だが、8月の上旬に違和感を覚えて丸三ヶ月が経過した。手首の痛み、上腕部の寝起きの段階での痺れが腱鞘炎によるものとの認識をしたのが、盆前の事。そう認識してからは息子の沐浴方法を変えたり、手首のリハビリ運動を行うなりして過ごしてきた。
 今から一ヶ月程前の10月上旬には、生活における違和感は少なくなっていたものの、SCにおけるフリーウエイトのベンチプレスで90kg以上のベンチを支える場合には、手首に痛みを感じ、力を目一杯入れることが困難であったが、11月に入ると違和感は更に減っている。少なくとも手首の角度をどのようにしても痛みを感じる事は殆ど無い。更には、SCにおけるベンチプレスでも110kg程度を支えるにしても手首に力が入れれないってことはない。多少の違和感は残るけど、力自体を入れることはOKである。

 という訳で、発症を認識してから三ヶ月目にして漸く治ったと自分で思える状態に復帰できた。完全に違和感が無いか?というと、そうではないが、関節の稼働範囲における痛みの自覚は無いし、力も入れることが出来る。敢えて言えば、最後迄痛みが残っていた部位を、痛みを感じていた手首の角度にした状態で、もう一方の手で掴んで指でグリグリすると多少痛みを感じるかなぁ?って状態である。

 これからは、患部の存在自体を意識する事が無くなっていくんだろうから、いつの間にか治っているって状態になるんだと思う。

 ところで、先週は息子は生後四ヶ月にして水疱瘡になってしまい、また沐浴のような形で身体を拭くという世話を行っていたのだが、既に体重も8kg級、身長も70cm級であり、変な姿勢で子供を支えるという事を繰り返していたせいか、腰に負担が掛かっているのが心配なところ。違和感が痛み、激痛に変わる前に注意しなければならない。

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睡眠時間の見直し

 最近は、学生時代に較べると睡眠時間は確実に増えている筈だが、朝から晩迄、常に感じているのは、眠気である。ハッキリ言って眠たいのである。夜中の床に入ると、殆ど瞬間的に熟睡状態に陥っている。一定の時刻になると、目を開いておくこと自体が困難となるし、脳が痺れた?ような感じで、即爆睡である。夢なんか見ることは殆ど無い。休日の日中でも、チョット横になると瞬間的に睡魔がやってきて落ちるように眠ってしまう。

 こういう状態ってのは、恐らくは健康面からは宜しく無い状態と思われる。因みに、現在の一日の生活リズムを起床から書いてみると、

07:00頃・・・・・・起床、その後洗面、朝食、出勤
08:00~12:00・・午前中勤務時間
12:00~12:50・・昼食+昼ポタ運動
12:50~18:45・・午後、残業勤務時間
19:20~21:30・・帰宅語夕食、家事手伝い、育児
21:30~23:30・・運動(筋トレ、自転車)
23:30頃・・・・・・入浴、ネット、趣味関連
24:00~24:30・・就寝

 って感じである。毎日の睡眠時間は6時間30分~7時間程度である。この生活リズムを見ると、起床時刻を午前7:00以降に遅らせる事は実質困難である。何と言っても8:00始業な訳であり、今が限界っぽいわけであり、寝る時間を早めるしか睡眠時間を稼ぐ方法が無い。
 一番良いのは、会社を早く切り上げて帰宅するってのが理想だが、昨今の景気、立場を考えると今以上は厳しい。今でも早すぎと言われる状態である。実際、ほんの数年前は帰宅時間が午前0時を過ぎることはザラだったんで、それに較べると圧倒的に早いんで、これも無理。帰宅後の夕食~家事手伝いの部分は、何とか頑張って30分程度は短縮可能かな?って所。
 運動の2時間ってのは実際問題、運動しすぎって感があるけど、運動減らして寝る時間を稼ぐのと、寝る時間減らして運動するのは、どっちが良いか?が判断しづらい所である。筋トレとは、サーキットトレーニングを10セットで、1セット内メニューが、ベンチプレス50回、スクワット100回、腹筋100回、プッシュアップ50回、背筋50回であり10セットで1時間は掛かる。自転車も30km走行する訳であり、実走にしろローラーにしろ1時間は掛かる。
 その後の入浴を速攻で済ませたとしても限界がある。

 ところで、睡眠っていうのは90分周期でレム睡眠、ノンレム睡眠が繰り返しているらしい。つまり1時間半の倍数で効率の良い睡眠が得られるという説もある。つまり、1.5時間、3時間、4.5時間、6時間、7.5時間・・・・ってところである。
 この説に当て嵌めると、今の6.5~7時間ってのは不適切な睡眠時間である訳だ。午前7時起床が必須と考えれば、7.5時間前には就寝しなければ為らないので、遅くても23時30分には寝ることが望ましい。仮に6時間睡眠で済ませるならば1:00迄起きておけるということ。しかし、たまに午前1時頃迄起きている事があるけど、その翌日は強烈に眠たい現実を考えると、やっぱり23時30分には眠る癖を付けた方が良いのかも知れない。

 当面は、帰宅後の夕食、家事手伝い、育児を出来る限り迅速にこなし運動開始を21:00に出来るようなリズムを作り出してみようと思う。因みに、土曜、日曜は、夕食を1時間早めているので、そういう生活は可能であり、実際、23:00頃には全ての予定が消化済みである。

 何のために生きるか?っていうと、長きに渡り、生きている間は、自分の好きなことを好きなように行って過ごすためであり、そのためには、健康と体力が必要不可欠である。錆び付いた、思い通りに動かない身体では、長生きしても、金があるだけでも楽しく無い訳である。金も名誉も地位も程々でOK、必要なのは体力である。それを維持するには、やはり運動は欠かせないし、睡眠も欠かせない。削るモノは自ずと限られてくる。

 これからの自分にとっての健康キーワードは、
 これまでの『ダイエット』、『運動』、『食生活』、『禁煙』に加えて『睡眠』って事も考えてなければならなそうである。

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最先端!?再生医療

 今日(正確には昨夜)、NHKスペシャルを見ていたけど、そこでは最先端の再生医療が紹介されていた。
 番組の冒頭では、イモリの脚や尻尾の再生の様子、再生した脚の機能の完全さが紹介され、そのイモリのような生物の持つ再生能力が人間にも備わっているというさわりで番組がスタートするという構成である。

 番組では、このような再生能力はイモリのような生物固有の能力と考えられていたのが従来の常識であったが、この常識を覆す事例が最先端医療現場では目撃されているという事。そして、このような再生能力を用いれば、従来は機能を失うと再生不可能と思われていた脳や心臓の機能迄も再生が可能であるという論理とその臨床試験、医療現場の実際を紹介するものであった。

 この再生能力を司る物質は、患者自身の骨髄幹細胞というもので、この骨髄の中に含まれる様々な細胞から必要なモノを取り出し、それを培養して患者に戻す事で、先の従来は不可能とされていた脳細胞、心筋細胞の再生を行わせるというもの。
 因みに、脳細胞、心筋細胞の再生を要する疾病とは、脳梗塞、心筋梗塞という血管系疾病であり、梗塞によって血流の途絶えた先の細胞組織(脳細胞、心筋細胞)を、骨髄幹細胞によって再生、活性化することによって失われた人体機能を復活させるものである。

 この骨髄幹細胞による再生や活性化は、骨髄幹細胞の持つ、細胞栄養因子と血管新生因子という機能を用いるらしく、前者の因子は弱った細胞に栄養を与え活性化させる働きであり、後者の因子は梗塞によって壊れた血管周辺の細胞に酸素と栄養を供給するあらたな血管を作るという働きの事だそうだ。

 今日の番組では、この理屈に基づいて日本とドイツでの治療の様子を紹介していたのだが、こういった医療技術の進歩に驚くと共に、何か、そのような先端を走っているという技術者の意識から見過ごしているかも知れない落とし穴は無いか?という部分への不安の二つの思いを感じたのが正直な感想である。

 確かに、既存の意識では、患者自体の細胞を患者に戻し、その再生能力で治療を行うっていうのは、凄い革命的な気がしないでもないが、その一方で、骨髄液を取り出して、細胞を培養して体内に戻すというのは、革新的な効果を現す一方で、その体内の一部の不具合を修繕する能力が別の箇所に作用しないか?しすぎる事で体内の平衡性が崩れないか?本来は退化している筈の器官の機能が発現しないか?なんて考えてしまう。
 一方で、培養した骨髄細胞は元の細胞と同じか?というと、必ずしも同じでは無いのでは?という思いもある。根拠としては、全く別次元の話だが、海洋微生物の殺菌試験では、本来は天然プランクトンを用いるが、入手性の問題で試験では培養プランクトンを用いる事があるが、その条件で行った試験は内容によっては、天然モノと培養モノでは違う結果を得ることが実際にあるのは、水産関係の研究者の中では常識であり、そんな事はないのか?という思いもある。

 まぁ、現実に、問題となる疾病と闘っている人にとっては大きな朗報になる事は間違い無い訳であり、医療の一つの選択肢として確立する事を願って止まないが、このような治療を要する疾病自体が脳梗塞であったり、心筋梗塞であったりする訳である。この血管梗塞が生じるのは、結局は、血管内壁にゴミが堆積し血流が滞ることが原因であり、こういった治療は対処療法の一つであるのは間違い無い。いくら再生医療を施しても、血管に梗塞が生じかねない事態そのものの改善には到っていないのは対処療法の限界でもある。
 真の疾病からの脱却とは、このような血管梗塞を引き起こさないような体内環境の維持であり、今現在健康な(というか病を発症していない)人達は、このような時代と共に革新的に進歩する医療技術に頼らずとも不具合を来していない今の状態に感謝し、この状態を末永く維持することを意識していくことが大事なように思える。

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2007年11月 5日 (月)

二輪車で進路妨害受けたら、、、

 本日のニュースで気になったこと、それは、民主党の小沢代表辞意表明ではなくって、車の前に割り込んだ単車にカッと為ったドライバーが単車の進路を幅寄せ等によって妨害して死なせたというニュース。結果として、ライダーは信号機の支柱に激突死亡したそうな、、、、。

 実際に、単車、自転車に乗っていると四輪の運転でヒヤッとする事は少なくないのかもしれない。自分が運転する単車の場合は、少なくとも四輪車と併走する事は無いんでヒヤッとすることは無いが、、、自転車の場合は、車道を走ると常に抜かれる立場であり、場合によってはヒヤッとする場面も少なくない。
 バスやトラックのような大型車両の場合は、側方間隔不足で抜かれると車体後部の巻き込み風に引き込まれることもある。オバサンや爺さんの乗った車は下手すると側方間隔50cm以下で抜いていく馬鹿が居るが、そういうのは辞めて欲しいし、そういう間隔で抜いた直後に妙に減速する馬鹿も居る。

 二輪車に乗っている時、単車よりも自転車に乗っている時の方がヒヤヒヤもんである。

 平成19年6月20日公布の改正道路交通法では、自転車は車道走行が原則ってされているけど、速度レンジが低く為る程にふらつきやすく、(横風、路側のうねり、小石、道路の継ぎ目・・・)外乱にも弱い自転車は、現状の車道通行ではサファリパークに投げ出された幼稚園児のようなものである。

 自転車側の意識も最低で、並列走行は当然、傘固定具による運転も何故か容認、子供乗せ自転車って不安定かつモラルが無い車両が車道という交通社会の荒波に出てくると、他の車両運転車から見るとモラルの無さが、不必要な敵意を誘発しかねない。
 そうすると、必要以上に嫌がらせ運転を受ける可能性が危惧される。

 要らぬ心配かもしれないが、モラルの無い自転車は、単車以上に自動車から見ると邪魔者に違いない。自転車ユーザーの多くは、エコだ、健康だ、道路はみんなのものだ!と主張するけど、ユーザーグループとしてのモラルの悪さは自転車がダントツだと思う。義務を果たさない者の権利の主張が受け入れられないのは当然だが、大人の自転車ユーザーの多くは四輪車ユーザーでもあるわけであり、自転車=何をやっても許されるという甘え認識が除去できるような施策を行政に期待してしまう。
 少なくとも、今の『自転車も車両の一つですよ!』って啓蒙運動だけでは自転車ユーザーの遵法意識の高揚は望めない。啓蒙運動に留まる現状は、取り締まり手順が確立されていないがための結果である。モラルを高めるためには、他の車両同様の手軽は反則制度を取り入れて頂きたいものである。
 この際だから、成人には反則金納付制度、未成年には社会奉仕活動の義務づけのような形を導入するなんては、如何だろうか?

 行政による施策が浸透し、自転車もルールを守るべき乗り物という認識を植え付けていかないと、交通環境の中で共存は出来ないのでは無いだろうか?今の認識のままでは、嫌がらせ運転による危険が増大するばかりである。

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フレームデザイン

 別に大した意味は無いけど、直感的かつ本能的に好みのタイプってのが単車でも自転車でもあるんだが、自転車に関して本能的に判断しているのは、どの部分か?って考えると、自転車の場合は、フレームデザインで判断しているみたいである。

 フルサイズ(700C)サイズの自転車ならば、やっぱりダイヤモンドタイプの前三角、後三角が存在するフレームが文句なしで好みなんだが、小径車の場合は、あながちそうではないのが自分の好みである。あくまでも直感的な話なんだが、小径車にはダイヤモンドタイプのフレームよりも、H型デザインのフレームの方が理由は無いけど好みである。

 因みに、小径車でH型デザインのフレームといえば、バイクフライデーがあるが、それ以外でもKHS系、DAHONのSPEED系、BOARDWALK等がある。実際に自分が所有している小径自転車(SPEED系、レ・マイヨW)は全てH型フレームとなっているが、直感的にこういうデザインが好きで選んでいるようである。

 フルサイズの自転車ではダイヤモンドフレームが好きだが、これは大きな車輪による高いヘッド位置、そして低いハンガー位置、高いサドルポジションを考えると、最も軽量で剛性の高い構成=大きな三角形という原則からフルサイズの自転車ではダイヤモンドフレームが理に適うと思っているのだが、全く個人的な直感からは小径自転車においてダイヤモンドデザインのフレームがベストであるという気が起こらないのが正直な感想である。
 ダイヤモンドフレームデザイン以外にも、小径車には様々なフレームデザインが見られるが、何れのフレームデザインもフルサイズの自転車以上にパイプが多く使われており、小径車に、そこまでのフレーム構造が必要か?っていうと、少なくともフルサイズのダイヤモンドフレーム以下の構成で間に合うのでは?っていうのが正直な感想である。

 小径車の場合、タイヤハイトが低いがためにヘッド位置は低い位置で済むために、荷重を受ける三角形は本来は薄く小さなもので済むのでは?っていうのが正直な感想である。極端な話をすれば、H型フレームのようにトップチューブとアンダーチューブを一本で賄う構造の方がスマートでは無いか?というのが直感からの感想である。
 勿論、コラム長を異様に長く取ったダイヤモンドというよりも台形的な構造を持つフレームの方が強度的には優れるだろうけど、そこまでは必要無いのでは?っていうのが正直な感想である。

 実際のところは何がベストかは知らないけど、なんとなくそういう感じがする今日この頃だ。

 そして、我が家のH型フレームの二台、西DAHONとオ・モイヨWWを見ていると、ロード的に遊ぶんなら、断然オ・モイヨWW号である。西DAHONは少々複雑すぎになっているし、ロード的に走るには直進性が強すぎである。

 そんな訳で、西DAHONは、今のスポルティーフと呼ぶには少々レーシー過ぎる構成から、もう少しランドナーチックな構成に変更してみようと思うところ。手始めにはポジションをもう少しアップライトに変更して折り畳み収納性を向上させるように手を加えようと思っている所である。

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ラバー式プレスベンチ

 ベンチプレス用のプレスベンチで最も良いのは、なんと言ってもフリーウエイト式である。
 しかし、家庭での使用では、ベンチ+ウエイトで150kg級の重量となる訳で今一である。結果的には、他の選択肢となるが、良さそうなモノ程、重量がある。例えば、レバレッジ式では、レバー比が2倍ならば、100kgを挙げる前提ならウエイトは50kgであるが、それでもベンチ台と合わせれば80kg級の重量となる。

 そんな訳で、自宅では油圧式を経てラバー式を使っている。現在市販されているお手軽プレスベンチの殆どは油圧式であり、専門のトレーナーの方に言わせればラバー式は身体を痛めるリスクが高いということで評判は今一だが、我が家では、レバーのリンク構造をオートバイのリンク式サスペンションのリンク機構を利用したレバー比変更と、稼働時における荷重の漸増性を減らし一定荷重が掛かるような改造を施し、テンションラバー部にはスプリングを加え、更にはグリップ位置が変えれる改造迄施して使っている。

 その効果は如何に?ということだが、その効果の確認は週に一回言っているスポーツセンターでのフリーウエイト式ベンチプレスの実施時における体感をチェックに使っている。
 今、ラバー式プレスベンチを使い始めてから1ヶ月が経過したが、フリーウエイトでの最大リフトアップ可能な荷重が油圧時代に較べると+5kg程増加した。これって、かなりの効果だと思っている。

 実際に、毎日のサーキットトレーニングにおいて行っているベンチプレスでは、油圧式に較べると圧倒的に荷重が作用している感覚であり、この構造のプレスベンチにして本当に良かったと思っている。

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2007年11月 4日 (日)

一番忙しい日、日曜日

 社会人になると学生時代のように進学するという節目ってのが消え失せる。勿論、企業の中での生活も入社当時から、ずっと同じ仕事をしている訳ではないが、学生時代のように学ぶ事柄の難易度が上がるという時系列に連動した事が無いだけに、生活にメリハリが無くなりがちとなる。
 そんな中で惰性で生活すると、身も心も弛むということで、それを防止するがために、老化を防ぎ、趣味に拘りって生活を維持しようとしている。

 しかし、性格的に凝り性のせいか、始めたら辞めれないということで、時間が全く足りないと思う今日この頃である。

 仕事の事はさておき、一番大事な事は、自分の好きな事をなるべく末永く続けれる事である。好きな事ってのは、人格形成に到る十代の頃の趣味であり、これが長く行える体力と、モノを維持する経済力、それを楽しむ時間的余裕と周囲の理解ってのが大事である。

 で、十代の頃の拘りというのが二輪車である。二輪車を楽しむには、操る体力と維持する経済力、家族の理解というものが重要だが、これを確立するがために日々を生きていると言っても過言ではない。
 今現在、凝っている二輪車というと自転車と単車である。自転車というとロードバイクで動力性能的に納得できるレベルを保つ事で、単車というとスポーツバイクで運動性能的に意のままに操る事が実感できるレベルを保つ事である。ということで、どっちの乗り物もスポーツ的な意味合いで拘って付き合っている。

 それを行える自分を保つために、日々何をしているか?っていうと、これが、このブログのネタであるダイエット&フィットネスであり、日々の筋トレ、自転車トレ、水泳・・・・であるが、そういう下準備で楽しみを実践するのが、貴重な貴重な日曜日である。月曜日から土曜日における維持活動の成果を確認して楽しむのが日曜日である。勿論、日曜日には、楽しむという行為以外に、家族の理解を得るための家庭サービスもセットで行っている。
 それ故に、日曜日って時間はアッという間に過ぎて、時間が全く足りていない。

 そんな日曜日だが、今日の日曜日もまた、充実した忙しい日曜日であった。そんな一日を紹介すると、

・朝、起床して洗面を済ませ、朝食を取る。そして、直ぐにラングスターTTを持ち出して往復で30kmのCRを中心としたマイコースに出掛ける。CR走行を終えると、ニシダサイクルさんに寄ってしばし談笑して約1時間で帰宅。この時点で午前10時前

・帰宅後は、娘と一緒に一週間分の食材の買い出しに地元のスーパーに出掛ける。所要時間は約1時間。帰宅後は、下の子の世話をしながら昼食を待つ。時刻は午前11時半。

・昼食を済ませると、再び、30kmのCR走行に出掛ける。但し、乗るのはオ・モイヨWW号である。これもニシダサイクルさんでの寄り道合計1時間で帰宅。家を出るのが13時で帰るのが14時頃。今日は太田川に居た水鳥の速度にチョットビックリ。というのも、帰路においてオ・モイヨWWで40km/h程度で走行していたのだが、川から飛び立つ水鳥の飛行速度も同じくらいである。鳥ってのは、結構速く飛ぶんだ、、、、。

・帰宅後は、娘の自転車をエリオに乗せて川内自転車公園に出掛ける。14時から16時迄は、特別な用が無い限りは、毎週娘と遊ぶ。自転車公園では、相変わらず楽しそうに自転車に乗っている。漕いでいる姿を写真に撮れとうるさいが、疲れて上手く乗れなくなると撮るなとうるさい。わがままな奴である。この自転車公園は、幼稚園~小学校低学年の子が自転車の練習に大勢集まっているので、或る意味刺激に為る訳で、環境的には悪くないところ。
 そう言えば、今日は太田川沿いの河川敷ゴルフ場の休憩所付近で珍しく速度取り締まりをやっていた。この場所での取り締まりは初めて見た。
 なお、この自転車公園は、マイCRコースの途中にあるところで、自転車で通過する際は距離感的な印象は殆ど無いけど、車で出掛けると結構遠い。車で出掛けて初めて自転車でこの辺迄よく来るものだと我が身に感心するばかりである。

・16時からは単車をガレージから出庫する。大体2~3台を出して峠に出発。今日は、SV650S、ガンマ500、AR125Sを使用。来週末はガンマ200、CX改+αの予定。帰宅は17時半頃。

・帰宅すると、毎週日曜日定例で自分が晩御飯を作る。ワンパターンだが、広島風お好み焼きか、焼きそばである。5mm厚のスペシャル鉄板で本格的調理である。調理後、食事及び後片付けが終わるのが19時頃である。なお調理と並行して翌日の自分の弁当のおかずの調理も行う。

・19時から下の子を風呂に入れて家族が風呂に入っている間、子守を20時迄行う。生後四ヶ月後は寝返りも出来るようになり、首も据わり、首を持ち上げては嬉しそうにしているが、そういうワンパターンな動きは見ていても何故か退屈しない。

・20時から22時過ぎ迄にサーキットトレーニング+ローラー台を実施したところ。ローラー台中は、先日日記に書いた『スローなブギにしてくれ』って片岡義男原作の1981年の角川映画を途中迄見た。浅野温子のデビュー作でもあるが、そんな事よりも主人公の乗るスーパーホークⅢは、自分が10代の頃乗っていたバイクと同じバイクで懐かしいって思う方が印象的である。この数年後の『彼のオートバイ、彼女の島』って映画はオートバイブーム中の公開もあってか、結構ヒットした映画だが、当時の小説(グッバイタンデムシート、ラストラップ・・・・)や映画を色々と思い出し、感傷に浸りながらのローラー台である。

 と、今此処まで。これから、風呂に入ってDVDでも見て就寝は24時頃の予定。

 と、大体こんな感じで毎週日曜日が過ぎていくのだが、忙しすぎである。もう少し時間が欲しいところである。日曜日の午後は希望として、あと4時間程欲しいところ。そうすれば、身体を休める時間が取れそう。振り返れば、日曜日が一週間で一番ハードである。平日は結構楽珍である。会社勤め中は、忙しいようで、そうでもないし、昔と違って実質的な作業は人任せ。殆ど、デスクワークである。相談を受けても悩む事は殆ど無い。
 但し、帰宅するのが午後7時を過ぎる訳であり、それから夕食、子供の風呂入れ、自分の筋トレと昇華していくと、自分が入浴できるのは23時を廻る事が殆ど、、、、。そういう意味で就寝時間が遅くなるのは平日だが、疲労度は日曜の方が上って感じ。

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2007年11月 3日 (土)

今朝は寒い!

 今日は、幼稚園のバザー(作品発表会)があったのだが、その前にCR走行をしてきた。
 走る時間帯は何時も通りだったのだが、異様に寒い。11月を実感させる朝で、他に走っている自転車は見掛けなかったのだが、今日はZ80に乗る会社の同僚とブラリ走行である。

 彼はロード、自分は固定シングルだったのだが、やっぱりロードは楽そうである。往路の強烈な向かい風ではギア比的に問題無く走れたのだが、帰路の追い風ではギア比的に軽すぎであり、維持回転数120rpmで40km/h程度で頭打ちとなる。もう少し重めのギアだったら、よりピッチが上げれるのに、、、、。

 それはともかく、今日の彼は、前回より着実に上手くなっている。で、今日は前乗り、後乗りの切り替えで主に使う筋肉を変えて乗る事で疲労が蓄積しにくくなるって解説をしてみた。どの位置に乗る時は、どういう意識で、どんなレシオを使うか、どの程度漕ぐかって所を説明したけど、身に付けば更に上手くなりそうである。

 素直に聞く奴には、説明するのも楽しいものである。

 ところで、今日は帰宅後にオ・モイヨWW号のリムフラップとチューブ交換、パンク修理を行った。高圧で使うと、軟弱なリムフラップでは切れてしまい気持ち悪いパンクが起こる様子。先週の中央森林公園でパンクが発生しなくて良かったところである。

 さて、明日は日曜、チョット寒いけど、本日同様に朝CR走行に出掛ける予定。勿論、午後にも出掛ける予定。これから年末に向けて忙しく、寒くなるけど、走るペースは夏同様に維持させたいところである。

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2007年11月 2日 (金)

注目!?Ninja でレプリカブーム?

 ここ最近のアクセス数を見ていると、niftyのトップページに紹介された記事以上に表題のNinja 250Rが注目されているようである。
 記事の内容的には大したこと無いのだが、多くのお客さんが来られている。

 スペック、デザイン等に対する論評は既に数多くのサイトに紹介されているし、前の記事でも少し書いたので今回は書かないけど、この軽二輪クラスで、こんなデザインの単車が関心を呼んでいる事自体が少々驚きである。

 本来、250ccクラスに関心を持つ層っていうのは、ライダー予備軍とベテランライダーが考えられるが、数多くの経験を積んできたライダーの目から見て、このNinja 250Rっていうのがライダーの吟線に触れるか?っていうと、ハッキリ言って不満を持つ人の方が多いように思う。となると、この単車に関心を持っている層は、やはり予備軍層か?と思ってしまう。同時期にデビューしたモデルから考えると、ベテランライダーから見るとYZF-R125の方がそそられるように思うけど、こちらの記事の注目度は高くない。

 ということで、ライダー予備軍の方々が、このデザインに関心を持つってのは、昨今のビンテージ、ビクスク、アメリカンといった形に食傷気味の反動から現れた傾向なのだろうか?或いは、フルカウルデザイン=格好良いという価値観が生まれたんであろうか?

 この単車の関心の高さから、これからの試乗動向を占うと、案外、スポーツバイクが市場を席巻するかも?って期待が沸いてくる。
 人間、学習機能が付いている筈であり、この単車が仮にヒットしたとしても80年代のような、過激な進化と高価格化は起こらないと思うが、果たしてどうなるか?

 超々希望的観測だが、レプリカブームの再来か?1970年代後半のZ250FT登場の頃とイメージが重なるのは自分だけか?

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下着でダイエット?

 ワコールさんが男性向け下着で、大腿(だいたい)四頭筋を刺激する編み目構造により、歩幅の大きな歩き方になり、太ももやお尻、腹部の筋肉を鍛えて体を引き締める効果があるそうだ。販売は、何枚かのセットとDVDによるスタイルを取るという。

 この製品は「スタイルサイエンス」シリーズの一つで、「エクサウォーカー」って商品名なんだそうだ。

 それにしても、色んな方面から商魂たくましい商品がリリースされている。でも、下着3枚にDVDが付いているとは言え、数千円ってのは高価な品である。自分が知っている激安品ならばダイソーの100円ショップのパンツがあるが、これなら1着100円である。

 この下着、商品パッケージを見ると、男女用共に完全に身体にフィットする形の下着であるが、一種のサポーター的な色合いが強い品だ。

 ただ、感想としては男性用下着に必要なのは?風通しだ。それ故に、トランクスが好みである。男性の立場として女性用下着に必要なのは、色気では無いだろうか?
 そして、筋肉を鍛えるってなら、足首、手首に付けるウエイト入りバンドとか、あの竹原さんプロデュースの重いスニーカーの方が良いのでは無いだろうか?とふと思うところ。

 但し、このように日常生活の中で装着して鍛えるってのは、大リーグ養成ギブスのようなものに見えたりする。
 まぁ、なんにしろこういう商品に関心が集まるってのは、このメタボ対策ってのが一つのマーケットとして魅力的であるという証明でもある。

 ただ、個人的な印象として、減量に顕著な効果を期待するのは、やっぱり、いい汗をかく程の負荷と時間が必須のように感じる。軽負荷の日常動作では、効果を実感しにくそう。
 根拠は長きに渡る水泳生活で、軽負荷で続けても減量することはないし、プールでゆっくり泳いでいる人は、よく来る人も結構トドのような身体である。自分が減量したのは、相当な負荷を長時間かつ長期間行ってからであり、そういう状態を作らなければ減量には結びつかないのでは?って事。
 自転車でも同じで散歩的自転車で効果を得れるか?っていうと甚だ疑問である。或る程度の負荷を連続的に掛けて初めて減量効果が現れるのではないだろうか?

 そう思うと、運動している意識が無い程度の負荷運動で効果を期待するのは甘過ぎのように思うのは間違いだろうか?

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2007年11月 1日 (木)

人格は変えれるか?

 人の個性は実に様々である。個性というか性格っていうのは、当人の成長過程における体験(外界からの刺激)によって形成されるものである。

 こういう人格っていうのを変えるのは至難の業かもしれない。そんな事をふと思ったのは、いつぞやの自転車少年だが、彼とは趣味系の話しは基本的に行わない付き合いとなっているのだが、ひょんな事で、現状について話を聞く機会があり、話を少々聞いた所である。

 元々、彼は自分にコンプレックスを持っており、何かをやる時には先生のような存在が必須という考えを持っている。但し、先生の言う事を自分で取り入れるか否かの判断を自分で下せないという欠点を持っており、その欠点故に、人間関係の構築が旨くいかない感じである。
 それはさておき、ここ一月程度は、地元のプロショップに出入りして練習会に参加する等しているとばかり思っていた。
 なんでも、最初はショップマネージャーの方が色々と教唆してくれて実に有り難いと言っていたのだが、最近はどうも違うようである。最近は、色んな助言に疑心暗鬼を抱き、助言の質問に対して本人が納得できる答えが得られないのが不満なんだそうだ。
 結果、その不満によって、そこでの練習会やアドバイスの類は本人にとってミスマッチと判断したそうで、そのショップではパーツ購買の付き合いに留めるという、、、、、。

 判らないから、詳しい人に聞く訳であり、詳しい人の回答が理解出来ないからNGと判断するっていうのは、中高生が受験勉強をする際に、難問題に直面し、それが説けないからといって解答を見たものの、解答の意味が判らないから、その説明はNGと判断するのと似ている気がする。問題は、相手が参考書や問題集というモノならいざ知らず、相手が人生の先輩にあたる方の場合は、問答の中で相手がどう思われているか?は、恐らく察せられている筈、、、、。きっと、先生の立場なら嫌な気分になるのでは?と想像する。

 勿論、本人に全て落ち度が有る訳でも無いだろうし、当人の相手側にも何某かの落ち度があるだろうと思う。しかし、人間関係なんて、そんなモノである。一方が全てに渡り完璧って事は無い訳であり、そういう前提で聞くにしても教えるにしても立場を弁える必要がある。そして、何にしても、助言だろうが、何だろうが、最終行動は自分の意志で行う訳であり、その意志行動による結果が自分の理想と違ったとしても、その責任は判断を下した自分にある筈なんだが、、、、。自分の納得できる答えや結果が得られないとなったときに、その責務を相談者に求めるってのは如何なものだろうか?

 そうやって、色んなショップを渡り鳥のように渡り歩いて本人には何が残るのだろうか?他人毎ながら少々心配である。
 趣味にしろ仕事にしろ学業にしろ、本人には自己の判断で行動するように!と強くいっているのだが、判っているのか、判っていないのか知らないが、私には、『○○さんの言うような考え方から言われたようにする事にした!』って言っているけど、この先はどうなるだろうか?

 趣味、仕事、学業以前に自分の意志で自分の判断を下せるような性格というか自信をもてるようになって貰いたいものである。

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成長できない!?

 自分が就職したのは平成3年の4月である。就職活動は?と言えば、平成2年であり、内々定で決めたのは平成2年の6月頃だったかと思う。思えば、バブルの絶頂期に大学生生活を送っている。特に昭和60年~平成2年頃は、今考えれば色んな遊びをしたものである。遊びのスタイルが形成されたのも、そういった時代であり、当時のトレンド、流行って言うモノが今でも一番しっくり来る感じである。

 そのような学生生活を経て就職してから数年間は、出身大学と勤務先企業、公的研究機関による共同研究プロジェクトに属し大学に通うことは結構多かったし、大学の教授との付き合いも長く続いた。
 そんな生活をしていたせいか、社会人意識というのは希薄であり、出身大学に通うという状況では、序でに出身研究室にも立ち寄るというパターンが結構あってゼミ旅行にもOBとして参加したりといった半分学生のような生活を送っていた。それ故に、気分は学生状態であった。

 そんな共同研究プロジェクトが終わりを告げたのが21世紀に入ってからだが、何故だか21世紀に入ってから、世の中のトレンドは、過去を振り返るというのがファッション、音楽・・・・にも数多く見られるようになり、製品のCM、映画、夜中の通販では、確実に80年代~90年代を時代背景にした話題が取り上げられている。

 ふと振り返れば、入社して17年が経過しており、既に大人?になっていなければならないはずだが、未だに学生気分である。最近は、色んなメディアから入ってくる情報には、80~90年代ネタが多く、全く学生気分(大学23年生?大学院の19回生?)である。
 乗っているバイクでファーストマシンである500ガンマは大学4年から乗っている単車その物だし、その他のバイクも当時欲しかったモノを揃えているだけ。
 自転車にしても、趣味の中心にあったのが自分が中高生時代だったが、当時と趣味が変わっていないのは、自分の自転車への接し方が変わっていない事からも自覚している。

 今現在、趣味が全く変わらずに、ライフスタイルにも変化がないってのは、こういった生活環境と時代背景によるものだろうと思うけど、本当は、不惑なら、40代なりの大人の渋さ?っていうのが必要な気がしないでもない。

 個人の趣味性っていうのは、個人が出来る範囲の事によって変わるけど、趣味性が不変っていうのは、或る意味、昔と今で出来る範囲の事が狭まっていないという事の裏返しでもある。
昨日の銭形金太郎で出演されていたマッチョファミリーの77歳のボディービルダーのお爺ちゃんが出ていたけど、鍛えれば、あの年齢であのパワーが持続できる訳である。

 記事タイトルには成長できない!?なんて書いたけど、自分の中では、昔と変わらない価値観を求める事が出来る心身を維持しておきたいと考えている。
 昔の価値観が実践出来ない制約が身体にのし掛かってくること=成長ではない訳であり、当時と同じアクティビティーを維持したいものである。

 よく周りで、いい加減に大人に為れよ!とか言う人が居るけど、そういう人っていうのは、結構、病院通いが多く、スポーツや単車といった趣味から遠のいている人が多い。彼らに言わせると、例えば、酒、スポーツといってもゴルフ止まりって人が多いが、それしか選択肢が無くなった果てならば情けないと言わざるを得ない。色んな選択肢から選んだ結果ならば好みの問題だが、それしか選べれないのは悲しい。
 得てして、そういう大人ほど、自家用車を運転するマナーが破綻している人が多いのも事実であり、世間でいうところの、『成長しろ』、『大人に為れ』っていうのは、何か自由を失ったモノの遠吠えにしか聞こえないのは考えすぎだろうか?

 街行く人の表情を見ると、若年世代程朗らかであり、中高年世代程険しい表情をしている。中高年世代で朗らかな人、笑っている人っていうのは案外少ないような気がするところである。
 日常で笑顔を絶やさないためには、生活において自身の制約が加齢と共に増やさない事が第一ではないか?そのためには、自分の本来好きな事が、好きなだけ出来る事が出来る身体と、それをやろうとする意志が必須である。そういう心と身体を手に入れるには、金や時間がどうこう言う前に、健康な身体と、若い頃と変わらないパワフルさである。

 そんな事を考えると、今続けている運動はずっと続けて生きたいと決意を新たにする。

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トンネルで事故!自転車は何処走る?

 自転車の事故ニュースが最近多く取り上げられている。自転車が事故ネタで取り上げられる場合は、加害者側の場合、被害者側の場合があるが、気になるのは被害者側になる場合である。そして、被害者側となる場合のキーワードがトンネル内での事故っていうのが思い浮かぶ。

 少し前に、自転車で日本一周をしていた方がゴールの自宅近くのトンネル内で亡くなられたニュースが報道されていたが、今回は、競輪選手が街道練習で通ったトンネル内で又しても跳ねられたという事故である。

 昨日の改正道交法でも少し触れたけど、自転車=車両の徹底と歩道走行可の条件明示が行われるという話だが、自転車は車道を走るべしという方向が打ち出されている訳だが、実際に自転車=車両として交通環境に自転車が入ってくる状況を考えると、他の車両とあまりにも速度差が大きいという現実が、問題として残ってくる。

 事故が起こる=人や車両の交錯が必須であるが、自転車の場合は、速度差が非常に大きいので、他の車両に比較して、他車との交錯が異様に多いのは明らかである。そして、交錯頻度と事故発生リスクが比例関係にあるならば、車両としての自転車は非常に大きなリスクを抱える事となる。
 このリスク回避の方法は、交錯時における車両間隔の確保ということになるが、地理的制約条件、交通量密度的な条件によって、狭い車両間隔による他車との交錯が発生してしまう。
 このような状況は、都市部の渋滞環境であったり、先に挙げたトンネル内がそれに相当する。都市部における交錯時の速度差を考えると死に至る事は稀かも知れないが、トンネルの場合は、走行車両の絶対速度が高く、更に見通しが悪いし、狭いという悪条件も重なっており、自転車を車両として扱うと、自転車にとってトンネルは鬼門のような場所でもある。
 日本国内は道路に数多くのトンネルがあるように思うけど、そういった場所を自転車で通行するには車道を走行するってのは少し怖い気がする。しかし、トンネル内の歩道ってのは、異様に狭い事が多く、自転車の通行には全く適していないのも事実である。

 ホントは、自転車も歩行者も安全上の理由のみならず、健康面から考えても同じトンネルを共用するってのは無理がある。一番良いのは、専用のトンネルを掘ることだが、それは有り得ない訳であり、レーンの再配分といってもトンネルの拡幅工事も難しいし。
 果たして、この現状に対して行政はどのような対策を打ち出してくるのだろうか?妙案が思い浮かばないだけに興味があるところである。
 予想としては、行政の対応は『見て見ぬ振り』となりそうな気がする。 

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東モで欲しい車は見つかるか?

 東京モーターショーが開幕中である。我が家のエリオも買い換え時期が迫っているのだが、現実問題、買い換えを決意させる車が売っていないので、今年もスタッドレスタイヤを1セットオーダーした。大抵、2年サイクルでの交換で、もう一年使おうか?と思っていたのだが、事故してからでは遅いので思い切って交換する事にした。
 そして、その思い切りの決断の理由は、暫くは欲しい車が出てきそうに無いってことである。

 さて、どんな車が欲しいか?っていうのは、あらかた決まっている。そして、東モの度に、希望のトレンドが見つかるか?をいつも楽しみにしているのだが、少なくとも今年はそういうのは無かった。
 そして、昨日の記事ではないが、改正道交法の普及に伴う意識の変化を期待して、次のモーターショーで欲しい形が出来るかなぁ?とほのかな期待を寄せたりしている。

 さて、そういう気持ちの理由ってのは、欲しい車が無いってことだが、それでは、欲しい車ってのは、どんな形か?というと、、、、家族構成とライフスタイルから考えて、大きすぎないボディーで、人が四人キチンと座れる事。そして、四人分の荷物が最大限搭載できる事ということで、基本は、独立4座のステーションワゴンである。なおかつ、5ナンバーサイズの2000cc以下が希望だったりする。
 今回の車の買い換えの盛り上がりの中で気になっていたのが、あんまり無いのだが、3ナンバーを許容するとしてクラウンエステート、マーク2のブリット、レガシーというところだが、前二車は既にカタログ落ち。レガシーはまずまずだがモデル末期というのが気になる所。因みに、現行の5ナンバーワゴンは荷室が実際のところかなり窮屈なのが実情。カローラフィルダーも期待していた割にラゲッジはエリオと変わらないのが悲しいところ。

 昔を振り返ると、セドリック/グロリアのワゴン、ルーチェのワゴンなんかは結構ツボにはまるラゲッジを持っている。今の時代には、そういうモデルが極めて少ないのが悲しい。期待するのは、ロングボディーのプロボックス/サクシード/パートナーとか、全高を抑えたステップワゴン/ノア/セレナで3列目を無しにしたモノとか、現行のオデッセーで独立4座仕様のモノとかが希望である。
 ホント言えばマニュアルミッションが欲しいけど、これは期待出来そうにないので、そこまでは言わないんで、独立4座+十分のラゲッジという業務バンベースにもなりうるステーションワゴンってのが希望の形である。

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