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2007年11月28日 (水)

最近の検索ワードを見て。

 最近は、一日に200~300人のアクセスがあるようである。
 そして、そのお客さんが訪れる際の検索キーワードを見ると、一定の傾向があるようである。

 本来、このブログは自身の健康日記帳なんだが、ダイエット、健康ネタ以上に関心があるのが、自転車、単車ネタである。ネタ的には、改造ネタ、操作法ネタの二通りがあるけど、改造ネタについては、メインサイトの方が引きが強いようであり、このブログの引き的には、操作法ネタでの引きが強いようである。

 よく見掛ける検索フレーズでは、

・尻の痛くないサドルは?
・小径車(自転車)で速くはしるには?
・適切なケイデンスは?
・2ストの乗り方は?
・峠で速いバイクは?

 って感じのワードが結構多い。

 ということで、検索して来られる方にとって、残念ながら本ブログには望まれている答えは無いのが現実だと思う。

 ということで、自転車と単車についてまとめると、次のようになる。

1.自転車について
 ハッキリ言って、街乗りレベルでホイールサイズで顕著な差は無い。あると感じた人が居るとすれば、それはプロレベルか、気のせいだろう。グリップ、サドル、ハンガーの位置関係は骨格で決まるんで、それが揃えて有れば、どれも殆ど同じである。
 自転車の速さ?即ち、抵抗を減らすには?って問いでは、空気抵抗と転がり抵抗があるけど、前述のポジションが決まり姿勢が決まると空気抵抗は決まってくる。で、転がり抵抗っていうと、体感できるとすればタイヤの空気圧と幅に集約されると言って過言ではない。
 尻が痛い、腰が痛い、首が痛いってのは、前述のポジションが決まっていないだけであり、決まれば問題は殆ど解決する。普段見掛けるサイクリストで多いのが空気抵抗を意識しすぎのためか?異様にハンドルが遠くて低いのを見るけど、あれはNGである。空気抵抗以前に普通に漕げるってのが重要であり、漕げる姿勢を専門のショップ等で割り出して貰う方が先決だ。局部的に負担が掛かるような姿勢でスポーツとして自転車に乗るってこと自体が有り得ないのである。つまり、痛くなる事自体がナンセンスである。

 自転車では、重さや回転抵抗・・・に拘りをもったり、材質、形状に拘る人もいるようだけど、先のホイールサイズでも大した差が出ない以上、少々の重量や、軸心における回転抵抗、材質、形状に起因する差は感じる事は出来ないといっても過言ではない。中にはホローテックの踏み心地?とか、カーボンバックのバネ感?とか、ディープリムがどうこうとか、いろんな感想があるようだけど、その差が機能として重要な意味を持つ人ってのは皆無に近いのでは無いだろうか?
 どっかが痛いとか、安いチャリに抜かれたとか、異なる車型を馬鹿にする(ロードVS小径、ロードVSクロス・・・・)とかのレベルでは、モノ云々の前に、自分の頭と身体と乗り方を今一度冷静に分析する必要があるんだと思う。

 ぶっちゃけた話、乗り手にとって適切なポジションが作れる自転車ならば、タイヤの幅と空気圧で自転車の動力性能は半分以上決まってくると考えてOKだと思う。

 ギア比、ケイデンス、レシオの差分・・・といった項目については、一言では言えないけど、固定シングルでも無い限りは、乗り手にとって具合の良いギアは一つくらい付いている筈である。どれが快適か?は、本人が乗って確かめれば良い。漕ぐという行為は乗り手の意志でやるものであり、何処か痛くなるとすれば、本人は痛くならないように工夫するのが人間である。乗り手が痛くならないような快適と感じれるようなギアと回転数は本人が乗り込む事で初めて判る筈である。

 とういことで、自転車なんて機材はハッキリ言って何でも良いのでは?というのが答えである。自転車の改造っていうと、単車以上に自由度が高いけど、殆ど好みオンリーである。機能以前に玩具的な意味合いでパーツに拘っているに過ぎないと言っても良い。

 結局、自転車でいう速さっていうのは、速度の高い、低いだろう。この速さは何で決まるか?っていうと、道具の扱い方の上手下手と、乗り手の身体能力だけできまるのである。パワーがつけば速くあるし、心肺が強ければ長持ちする。それだけでは無いだろうか?物凄くありきたりだが、それしかないのである。機材を変えて速くなる?ってレベルの人は、交換前の機材が悲鳴を上げる程の使い方が出来てる人であり、我々のような街乗りサイクリストにとっては該当しない。少なくとも、メタボ、肥満、高齢ってサイクリストにとっては、使い手の限界は機材の限界の遙か下では無いだろうか?

2.単車について
 これも自転車と差異は無い。勿論、競技レベルでラップタイム云々を言うならば小さな違いが大きな差となるけど、少なくとも公道レベルで走る範囲では、単車の差なんて皆無である。どれに乗っても同じである。
 これを言うと身も蓋もないけど、現実だ。実際に、周りの単車乗りと幾度と無くツーリング、峠に出掛けたけど、単車の差は速さ、旨さの差と無関係である。下手くそは何乗っても下手くそ。それだけである。現実社会では、原付二種に届かないリッターバイク乗りが多いのも事実だし、ツアラーに付いてこれないスーパースポーツも居る。80年代バイクに適わない最新型が居るのも事実である。
 勿論、最新型に乗って速い人も居るけど、そういう人は古いバイクでも旨い筈である。

 自分が上手く走れない理由に、キャブが強制開閉でないとか、年式が古いとか、気筒数が少ないとか、ラジアルマウントでないとか、、、、、有り得ないのである。少なくとも、公道エリアで常に全開全速って状況は無い訳であり、所詮峠レベルでは、昔のバイクの機能でさえ100%が必要って状況は無いのである。

 初心者や下手くそが上達するには、どうするか?っていうと、乗って乗って乗りまくる事しかない。そうすれば、痛くならない乗り方や、怖くならない走り方が見えてくる筈である。

 ということで、単車でも何でも一緒である。単車の場合、ポジション自体は出荷時既製品状態で狂いまくったようなモノは無い点で、自転車に較べると考える箇所が一つ減る分優位ではないだろうか?過去のレプリカブームの衰退原因の一つに、キツイ前傾姿勢による負担云々との意見もあったけど、負担が掛かるような姿勢で耐久レースなんか出来る訳無い筈であり、ポジションなりに乗れば快適な事はあっても痛みを覚えるなんてナンセンスである。今まで、レプリカバイクで一日800km程度の距離を走っても、全身のけだるさは感じても局部的に痛みを感じるってことは無いのが感想である。

 単車の速さってのは、一般公道という範疇で考えると、直線路というよりも峠道では無いだろうか?そんな道では、アクセルのナンボも開ける場所は無い。そこでの速さ、旨さっていうのは、状況判断の正確さと、判断の実践能力に尽きるのである。そう、それには、そういった場数を踏んで、そういう状況で現れる基本的なマシンコントロールを身に付ける事に尽きるのである。ラインの読み方、トレースの正確さ、ラインの選択肢を拡げるマシンコントロールの広さこそが上手さと速さになるのでは無いだろうか?こういう状況では、機材の能力以上に個人の経験と技量の方が影響度が高い。そして、どんな世界で愉しむか?が乗り手に判っている程に、乗り手が選ぶ単車っていうのが、乗り手に取ってのステージへの適合性が高くなっているのでは?と言える。ライダーに選ばれた単車を見ると、そのライダーの技量っていうのが推し量れるっていうのは言い過ぎだろうか?

 こんな内容は記事として価値無いけど、これが現実である。モノに頼りすぎても、何も得られないのである。

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