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2008年3月31日 (月)

親バカ一号

 最近、海外ブランドの自転車の納期が確定出来ないと言う。まぁ、輸入数量等々もあるんで、欲しいタイミングで欲しい自転車が入手できるのは稀。殆どが、オーダー掛けて相当待って納車ってパターンである。

 海外品では無いけれど、国産車でも売れ筋でない自転車も製造タイミングによっては入手困難な事もある。
 自分の場合、パナソニックのレ・マイヨWを発注したのが6月で入荷したのが8月、ラングスターの場合は発注が12月で入荷は翌年の4月だ。

 で、今回、自転車を一台買う事にしたのだが、これは自分のルイガノ号とは別で娘の二台目の自転車である。

 我が家の娘は14インチのミッフィー幼児車を三歳から乗り始め、四歳で補助輪を外して、今年の7月で6歳になるのだが、何時の間にやらサドルとハンドルステムを上限迄上げても小さくなっている。漕ぐと脚がハンドルに当たりそう、、、、、

 ということで、次なる自転車を購入することにした。

 どんな自転車が欲しいのか?っていうと、幸か不幸か、我が家には自転車が大量にあり、何れも凝った自転車ばかりであり、子供の目からみても変速切り替えが付いているのが欲しいそう、、、、まぁ、自宅が団地の上であり変速がある方が楽か?ということで、そういう自転車を探したのだが、国産車には男の子向けっぽいのしか変速機は付いていない。

 で、色んなカタログを入手して本人が選んだのがFELTの幼児車で、何とアルミフレームで車重11kg、本格的なVブレーキに、フロントトリプル、リア6枚の18段変速の20インチ自転車である。

 取り敢えず、7月に入荷可能か?を問い合わせて発注したのだが、在庫ありということで、早速、ニシダサイクルさんでは仕入れて下さるということ。

 気が早いと言えば気が早いけど、まぁ、良しとしよう、、、、、

 それにしても、幼稚園の年長さんで18段変速のスポーツサイクルっていうと、自分の幼少の頃を思えば考えられない。
 自分は幼稚園の時に乗る事、跨る事さえ困難な22インチの普通のミニサイクル、二台目が小学5年で26インチのジュニアスポーツ、中学1年で27インチのロードマンだったのだが、どの自転車も購入時点では脚が全く届かない仕様。それ故に、自転車に乗れるようになった時期は人より遅かった気がする。自分に較べれば、相当に贅沢である。

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2008年3月30日 (日)

今週は水泳絶好調!

 先週末の金曜日の水泳は身体が異様に重く体調不良で水泳してもペースが上がらず、途中で辞めたくなったりした。
 その原因は先々週の水泳が出来なかったためか?或いは、家族の風邪等の不調がうつったためか?なんて考えていたのだが、今週末の泳ぎによって、先週末の不調は、体力低下という前に、体調不良による調子低下によるものだったんだと思ったところ。

 結構、老化、老衰を恐れているところがあるけど、今回の泳ぎで、絶対の自信を持つ身体とは言え、体調不良を来すと本来のペースが作れなくなることが改めて判ったところ。

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レコーディングダイエット?

 金曜日のダイエット番組では表題のレコーディングダイエットっていうのが取り上げられていた。
 何でも、毎日食っているモノを全てメモに書き留めるのが第一段階、次が食ってるモノのカロリー値もメモに書き留めるのが第二段階、、、、とそんな事で日常行動を分析して食行動にリミッターを掛けることで過食を防止してダイエット効果を得るという。

 何でも、1年で52kgの減量に成功し、その後、一年を経過してもリバウンドしていない。そして、ダイエット成功の秘訣は、ダイエット生活が如何に持続できるか?に掛かっているというまとめである。

 このレコーディングダイエットって方法、無意識に行う過食制限であり、摂取カロリーを抑制することで行うダイエット方法である。
 この方法に加え、一日何歩歩いたか?どんな運動したか?も記録していくのがベストでは無いか?そうすれば、無意識?に、今日は運動していないから明日は運動しよう!とか、少しは動かないといけない!って使命感が芽生えるのでは無いのだろうか?
 運動を習慣化するのは難しいけど、継続して記録する事で、前日行って、当日行わない事があれば、自己嫌悪ではないが、そういう感覚が芽生え、結果として運動しようと思う訳である。

 考えてみれば、当ブログの日記は正にそんな感じである。私の場合は、絶対量的には最大で-23kgで番組の52kg減量に較べると小さな値だが、-23kgが二ヶ月で達成できたという部分(減量速度)では負けていないと思う。その後、二年半が経過したが、同じくリバウンドはしていないが、これまた同じく、ダイエット中と同等以上の生活をおくっている。

 レコーディングダイエットっていう言葉が適切かどうか知らないが、ダイエットの最初の一歩は、生活日記を付ける事。最低、三食で何食ったか?そして、それに見合った運動してるか?を記録するって日記を付ければ効果が得られるんだろう。

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2008年3月29日 (土)

特定検診・特定保険指導、開始前夜

 いよいよ4月から表題の制度が始まる。
 この制度が運用されるって決まった時よりも、今の方が、このニュースが多いようだが、ニュースに対しては大抵否定的な人が現れる例に漏れず、今回の制度運用前にして異を唱える人も結構いるようだ。

 まぁ、確かに、メタボ!って対象になる人からすれば、大きなお世話だ!という気持ちも判らないではないが、、、、、

 さて、今回の制度運用では、40歳~74歳の健康保険の加入者で組合健保、共済組合、国民健康保険など医療保険者(市区町村や企業)が、特定健診を実施する義務と生活指導する責任を負うものであり、義務を果たせないと、財政的なペナルティーを負うってのが目玉である。企業レベルでいうと、従業員の健康管理が義務となり、自治体でも住民の健康維持が必須となるわけである。それが果たせないと、罰金を負うものであり、その罰金は、予防的に手遅れとなった疾病や高齢化社会における高齢者医療に還元するというもの。

 これと併せて運用が始まる後期高齢者医療では、75歳以上の高齢者を従来保険制度から切り離し新しい保険制度に加入させて保険加入者全てに保険費用を負担させるっていうのが骨子。

 結局は、日本における医療負担の増大に現行制度が絶えられなくなり医療費の抑制と、保険費用の徴収を増加するのが目的である。

 勿論、そうすることで、様々な弊害が指摘されたり危惧されたりしているのだが、高齢者という言葉で全ての高齢者の健康状態が判る筈もなく、疾病と闘う方も居られれば、エラク元気で病院とは縁が無い方も居る。逆に言えば、みんな元気であれば問題無いのだが、そうでない実態が現状を呼んでいる訳だ。

 新しい制度の基本は、財政的な問題もあるだろうけど、要は、元気な高齢者になるために40歳くらいから健康に気を付けなさいよ!って事であろう。本来は、制度によって強制するものでなく、健康っていうのは自分のためであり、誰からも指示されて保つものでないのだが、それを半ば強制って制度になっている訳だ。

 今回の制度運用開始前のニュース報道を見て、最も違和感を感じたのが、NEWS23の街の声で『健康維持のために指導が始まるのなら、その指導に取り組むサラリーマンに補助が欲しい!』ってサラリーマンの声、、、、こいつは、制度以前に自分の健康を保つのに補助が欲しいのか?って部分。

 一部では、デブ=自己管理能力無し=ダメ社員=リストラ対象=アメリカかぶれ!って方程式を否定する声もあるけど、賛成も反対も出来る気分だ。制度以前に、健康は誰のためか?をみんなが今一度考えるべきだろうというのが正直な気持ち。
 そして、保険なんてものは、原則、利用者程享受が多く、利用しない人ほど享受が少ないのは当然だが、財政的に厳しいならば、利用者頻度、利用科目事に保険負担率が変わる等の処置を導入するのも合理的だと言える。
 超高額な医療を個人に負担するのは不可能だが、それ以外の診療については、その限りではないだろう。

 何はともあれ、制度に不満があろうが、無かろうが、最終的には健康は自分のため。そして長い人生を有意義に生きるには元気な身体が大事ということで、元気な身体を作るのは最終的には自分のため!って意識を持つ事が大事なように思うのである。

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ニュース報道の演出

 最近のニュースは演出が過剰ではないだろうか?

 年金問題、円高、株安、ガソリン価格高騰、物価高騰、食の安全、メタボ診断、、、、、様々なニュースがある。殆どが暗いニュースであるが、そのニュースを伝える際の消費者の声を織り交ぜたニュース映像を見て思う事、、、、

 それは、ガソリン代の高騰に対するドライバーの意義であったり、メタボ診断でサラリーマンがビールの飲む風景を映し、それが適わなくなるかもしれない悲哀の声だったり、様々なニュースを演出する声が織り交ぜられてニュースが成り立っているのだが、いつも思うのは、例えば、ガソリン代がそんなに高いか?と考えると、自分的には、実は気にならなかったりする。勤務後に酒を飲むって頻度を考えても、毎日飲んでいる訳ではない。

 全てのニュースの演出がそうだとは思わないが、自分にとって身近なニュースに限り見渡すと、やっぱり演出が強すぎるのでは?と思ってしまう訳であり、そうなると、身近でない世界のニュースも実態がイメージしにくいから普通に見ているだけで、実は、相当に過剰な演出が為されているのかなぁ?と考えてしまう。

 勿論、ニュース報道の構成が、どんな視聴者をターゲットにしているかによって、見る側の状態によって、それが過剰に感じたり、同意に感じたり、物足りなく感じたりするのだろう。しかし、街の声のサンプリングなんかは、その感想を述べる人が、どういう人か?が全く判らないのだが、その声の内、ニュースを伝える側の意志に沿った意見だけが露出しているようで、そういう意味で、最近のニュースは過剰な演出の裏で、公平性が欠けているのかもしれない。

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2008年3月28日 (金)

ピスト(固定シングル)推奨

 自転車の注目度が高い。実用品としても、エコライフとしても、或いは、ダイエットツール、スポーツとしても、、、、いろんな観点から注目度が高い。

 そんな注目度の高いモノだが、特にスポーツサイクルブームの中では、表題のピストバイクっていうのは微妙な扱いを受けている。

 ピストバイクって一般的に言われているのは、固定シングルギアの自転車の事だけど、そのタイプの自転車の格好良さ?に注目が集まっている要因が、シンプルさであり、極端な話、競輪場を走っている自転車の如く、ブレーキが付いていないモノが格好良さの極致という価値観である。
 確かに、固定シングルっていうと直結している訳であり、駆動形態から見ると、三輪車、一輪車と同じもの。言ってみれば脚の回転と車輪の回転が直結している訳であり、脚を止めれば車輪も止まるのが道理といえば道理だ。しかし、三輪車、一輪車とピストバイクの大きな違いといえば、ギアが介在している事。前者は直結ギア比だが、ピストバイクの場合は、ギア比があって減速時に作用するトルクは直結ギア比とは較べものにならないものであり、脚の固定で車輪の回転を止めるには、受け止めるべきトルクが大きすぎるのが現実。それ故に、止まる事は困難な代物だ。止まろうと思えば、止まれるだけのぶっとい 脚が必要か?或いは、長大な制動距離が必要というモノであり、何が起こるか判らない(急減速が強いられる)公道ではナンセンスなのは言うまでもない。

 そんな通りは判っているのだが、競技系サイクリストのロードからみると、ブレーキの有無関係無しにピストを下げ荒む傾向もある。ピストバイク(固定シングル)に乗っているだけで、流行追い人?って目で見られるし、軽薄か?って目で見られるのが現実。
 この辺が非常に寂しいところだ。

 ピストバイクの面白さっていうと、ブレーキの有無ではなく、ただ一つのギア比で公道を楽しむ場合、どのギア比を選ぶかによって走れる範囲の広さが格段に変わってくる。
 そして、その走る範囲をカバー出来るギア比っていうのは、乗り手によって異なるし、本当に狭い選択しか無いわけだが、変速という誤魔化しが効かない分、非常にシビアだし、見た目だけのギア比は実質選べないという自分の脚力の本質が現れるものである。
 それ故に、スペック中毒では選べないモノであり、自分の身の程が明らかになるという点が固定シングルの楽しさでは無いだろうか?

 自分で選んだ一通りのギアで全てを賄うだけなら固定ギアである必要はないけど、固定ギアにすることで常に脚を動かし続けるという状態は、自転車に乗っている間は常に身体が動いているという状態であり、これはダイエットにも非常に大きな効果がある。
 ダイエット効果の他にも、ペダリングの上手い下手が顕著に自分に伝わってくるように思うのは気のせいか?本当にスムーズなペダリングが出来ていればギアが固定されているという感覚は皆無だ。そのスムーズなペダリングを何処まで維持できるか?っていうのも一目瞭然だ。下手くそならば簡単に尻が弾かれる訳だ。
 話が前後するけど、自転車における各自にあったギア比の重要性は勿論だが、微妙なポジションの違いによって対応できる速度域に大きな変化が顕れるのも大きな特徴で、乗り手にあったギア比、乗り手にあったポジションが何処にあるか?って言う部分が見えてくるという有り難い効果もあったりする。サドルポジション一つで高回転域で脚の回り具合が変わるのが体感できるのだ。

 多段のロードバイクでは、乗り手が自転車上で行う行為の巾は狭く、自転車側の可変性で状況の変化に対応するが、固定シングルでは状況の変化に対しては、乗り手の乗り方で対応するもの。それ故に、道具としての自転車を扱う上での基本が確立出来ていないと乗り手の能力をフルで発揮するには手に余る代物である。

 そう言う意味では自転車に乗る上で基本的かつ最重要なポイントである適切なギア比探しと、本当の意味でスムーズなペダリング、己の最適なポジションフィッティングを会得するために最高の自転車であり、ダイエットに最も効果を発揮してくれる自転車でもある訳だ。

 にも拘わらず、ブレーキが付いていてもピストというだけで、単なるブームトレーサーとして扱われたりするのは悲しいものである。

PS そんな訳で、余談だがオフ車では自分的には、MTBよりも大昔のBTRや、今ならBMXのような自転車の方が好きだったりする。

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2008年3月27日 (木)

先端医療って言っても、、、

 昨日、TBS系の特番でスーパードクターによる先端医療の紹介番組が放送されていた。
 何時も見て思うのは、凄いな!という感嘆を覚える部分と、そこまでして良いのか?という疑問を覚える部分がある。

 凄いな!っていうのは、原因が特定し辛く、生命維持に危険を及ぼすような重大疾病に対する処置であり、腫瘍除去であったり、ステント法による梗塞部分の拡幅療法だったりする。
 しかし、その一方で、先日の紹介では、ドロドロ血を患者から血液を採取してオゾンによるクレンジング処理した後に戻すという療法なんかは、それって、そこまでする意味はあるの?って疑念を持ってしまう。

 何でも、英国王室でもアンチエイジング効果を期待して行われているとか、生活習慣病の予防に血液クレンジング療法を行えば、ドロドロ血による疾患が抑制されるとか、ATPが増加することによって細胞が活性化される、、、っていうのは、対処療法的過ぎる気がするのである。紹介では、効果は3週間持続されるので、月に1回すれば安心とか、保険対象とはならないので、一回3万円掛かるとか説明されていたけど、効果や経費以前に、疾病予防における原因の根絶療法でないのが気に入らないところだ。

 腫瘍の発生等によって神経を圧迫し、生命維持に危険が及ぶという奨励の場合、その原因が肥大化して神経を圧迫するという腫瘍であり、これを除去するっていうのは腫瘍の発生メカニズムが特定されていない現状においては、根絶療法と言えるけど、ドロドロ血云々っていうのは、生活習慣による高コレステロール、高脂肪による結果であり、生活習慣を改めるのが根絶療法であり、オゾン処理っていうのは、身体中の血液がドロドロであるという前提の対処療法でしかないように思うのである。

 全ての現象は、因果関係を有しているのは誰でも理解していること。因果を突き詰め、原因を取り除いてこそ、初めて真の治療と言えるもの。医療行為でもダイエット行為でも問題となった状況には間違いなく原因が有る訳であり、その原因を取り除くことこそが最も重要だと言える。

 不具合を前提とした対策っていうのは、結果的につぎはぎだらけになり、複雑怪奇な形態に帰結する。複雑になる程に矛盾を抱えるリスクが増える。そういう形態的奇形状態による矛盾の結果が、軽い症例の場合で、副作用という言葉で表されたり、或いは、社会問題化して薬害と呼ばれたりする。

 現代医学なんて所詮100年程度の歴史しかないだろう。それに対して、人体っていうのは億単位の進化の結果が今の形態であり、文明として100年の積み重ねと、進化として億年の積み重ねを較べた場合、どちらが深いか?というと、当然、後者の方である。
 そういう意味では、出来る限りは対処療法的な医療行為に依存するでなく、自然治癒力を最大限に活かす治療方針であったり、己の生活習慣を改めるという人体機能の理に適った活用という形で状況を改善する方法の方が遙かに安全で効果的だと言える。

 全ての症状が因果の結果であり、最終的な不具合を発症するには、相当に長い時間を経ての結末であり、その結果を改善するには、健全な状態たから不健全に移行するに要した時間以上の時間が必要なのは当然である。何と言っても、どんな行為(反応)も楽な方向に流れるもの(水は高い方から低い方に流れたり、物事の反応は乱雑な方向に進むもの、、、)であり、その結果が不健全状態であるから、その反応を逆に進めるには、楽ではないのが当然であり、これは摂理に近いもの。この当然の理屈を受け入れれば、短期的かつ安直に改善を望むって考えは生まれない筈である。

 そういう意味で、安直なダイエット企画商品なんてナンセンスって持論を持っているし、病気に対して強い体を作る事を目的に代謝を高める運動を心掛け、なるべく病気にならないようにしている。
 ダイエットグッズなんて本来は不要なモノ。そんなモノで即効性を謳うモノが有れば、前述の摂理に従えば紛い物以外何物でもない。或いは、身体に対して強烈な負荷や害を掛けるモノに間違いないのだ。

 話がそれるけど、ニフティのブログ調査によるとブログの40%は迷惑ブログへの誘導等の迷惑ブログだという。確かに、ダイエットネタの記事をアップすると、TBされる事も多いが殆どが機械的にTBされており、TB先ってのは、ダイエットグッズ販売のページだったりする。それを否定する当ブログにTBが来るなんて有り得ないだけに、こういうTBブログは当ブログからみるとスパムと同じものである。

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序列?の逆転

 昨日の話だが、Mr.Bikeって単車の雑紙を読んでいて見つけた記事。
 単車乗りが見た自転車乗りに対する不満、不平の記事。或る部分には賛同し、或る部分には???と思う部分もあったのだが、原動機を搭載した最小区分に属する原付と、普通自転車の扱いの差について。

 原付は、制限速度30km/h、歩道走行は当然禁止、車線数に応じた二段階右折、、、、に対して自転車は、制限速度は60km/h、歩道走行は許可区分有り、全ての道路で二段階右折って決まり事って、雑紙には紹介されていた。
そして、パナソニックが発表した電動アシストのチタンフレームの自転車では24km/h迄は豪快にアシストするという記事も掲載されており、自転車と原付の速度差が実質6km/hにまで縮まり、下手すれば、許可速度が逆転する事態もありうる云々が記事になっている。

 そんな現況説明の記事には実態から受けた感想も記事になっており、そこには決められたルールが上述の如く、あるにも拘わらず、ユーザーは殆ど無視している事に対する不満が単車乗りの視線から書かれている。

 確かに単車に乗っていて、突然歩道から車道に現れる自転車に驚いたり、大きな交差点で普通自動車の後を追走するようなロードバイクの姿に違和感を感じたりという状況は、自分自身も目撃する事があるのも事実であり、これって、自転車が原動機付き自転車以上の存在として黙認されているようにも見える。

 しかし、この実態は、自転車という曖昧さが、取り締まりにくさに繋がり、野放しになっていたがための状況である。この野放し状況が、今春の道交法改正に伴う取り締まり強化で、どのように変化するか?が非常に関心があるところだ。

 車両として交通社会の一員として定義されるとして、心配なのは、原動機が付けば、事細かな制約、保安基準等々によって競技車両の公道使用は認められないが、下手すれば、そういうモノ、装備が公道使用の自転車から排除される可能性も無いとは言えない。

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2008年3月26日 (水)

浅田真央選手

世界フィギュアで優勝した表題の浅田選手。

初っ端のトリプルアクセルのジャンプで失敗したにも拘わらずの快挙である。
少々、古いニュースだが、あの大舞台で、出だしで失敗しても、その後を完璧に纏めるというのは、強烈なインパクトを感じるモノ。

純粋に凄いと思える。プレッシャーで、失敗で、、、色んな理由で本来の実力を発揮出来ないって解説を聞くけれど、本当は、そんな精神力も含めて実力なんだろう。そういう意味で、安定感抜群の強さ、絶対的な強さを感じる。野球でいうと最後の最後で登場する絶対的な守護神のような存在なのだろうか?

多くの日本人選手というと大舞台に弱いとか、期待されると結果が出ないというのが多いけれど、期待通りの答えを出す力がある選手っていうのは、これまで殆ど居なかったようにも思える程の逞しさである。そういう意味では、柔道の旧姓田村選手にも通じる気もする。

安藤選手とは対照的であるが、浅田選手の逞しさは本当に関心するし、尊敬する。

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昼ポタリングコース再考中

 折り畳み自転車に乗り始めてから、平日の昼休みを利用して自転車で徘徊している。
 健康目的というよりも、気分転換目的という方が似合っているような過ごし方だが、傍目からみると結構速く走っているように見えるかも知れない。
 距離的には片道でJR1.5駅分の距離。往復で11~12km程の距離である。この距離が昼休み中に食事を済ませ安全に余裕を持って往復出来る程度の距離だ。実際、食事後、デザートを摂って、自転車に乗って、席に戻った時点で昼休み終了10分前という状況だ。

 さて、そんな過ごし方だが、この昼ポタのコースは開始直後から較べると距離は結構伸びており、一番最初のコースと較べると4km程度は長くなっている。これは、時間の見通しがハッキリしてきた事。走るコースで信号で停止しなくてもOKな走行速度が理解出来てきた事がある。

 そんな状態で今迄やってきたのだが、先週末から午後の休憩時間が5分間長くなったのである。これは、勤務先の労働組合の春闘での時短要求に応える形で会社側が解答した策によるモノだが、何にしろ休憩時間が5分延長された訳だ。

 この5分を如何に使うか?これが、今の関心事。昼ポタ後のゆったりタイムを5分間増量するか?或いは、5分で走行距離を増やすか?である。5分あれば距離で2kmは増やせる訳であり、2km増やすとなればコースも今の往復コースから別ルートを用いた周回コースも検討できる訳だ。

 今は、ネットの地図検索サービスでコース案を検討している最中だが、季節もよくなってくるので、少しコースの検討をしても良いかなぁ?と思っている次第だ。

 昼休み時間帯っていうと、太陽は真上にあって、風を感じながら走ると気持ちよい時間帯であり、有意義に使いたいモノである。

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2008年3月25日 (火)

先行待機で潜行待機中、、、、

 自転車とも単車ともダイエット、健康とも無関係。

 ところで、趣味で無潤滑摺動を許容する耐摩耗摺動材の材料開発と摺動システム開発を行っている。材料開発では摺動という事から、固定側材料と運動側材料の開発双方を行ってきた。

 この無潤滑摺動+耐摩耗摺動っていうのは、実は相反する要素であり、両立っていうのは極めて困難であり、既存の技術では決め手となる解は見つかっていないのが現状だ。

 開発は専業サラリーマン時代には固定側摺動材用セラミックスの開発、及び固定側摺動部品の開発を行い、精神的には兼業のサラリーマン時代には運動側摺動材マトリックスの開発、各種処理の開発、運動側摺動部品の開発を行ってきた。
 前者の開発は1996年~2001年に掛けて行い、後者の開発は2002年~2004年に行った。勿論、後者の件は兼業的な意味ということで、開発費用、審査請求費用、登録料等は全てポケットマネーで余暇を使って私的に行ったモノ。

 この無潤滑で耐摩耗という環境で使われる摺動システムは案外需要が多いのだが、機械部品の一部であり、機械の内部に埋没している関係からか、情報としてあまり露出しないものだ。
 このシステムは、前者の開発完了段階で超耐摩耗性を有する摺動システムということで市販化を試みたものの、機械内部の特殊な環境では想定外の状況が多々発生し、度々問題を起こしたものである。
 この問題は、この分野の世界では想定外である状況が引き起こしたモノであり、その想定外の状況というのが、摺動環境が摩耗性環境+無潤滑環境というモノ。そして、このような状況が起こりうると判ったのが、その事故検証の結果である。

 現在、超耐摩耗性摺動システムが大企業によってリリースされているが、実は、その裏で、致命的な損傷を招く事故が多発しており、その対策に結構の労力が費やされているのは知られていないのである。そんな状況であるが、その事故原因が、先に述べた夢潤滑摺動によって引き起こされたと認識されているのは少数派だったりする。

 このような状況を把握したのが2002年の事であり、この問題を解決する手法を編み出したのが2004年である。その後、開発したシステムの実現、スケールアップ、ユーザーへの紹介、ユーザー側での基礎試験等々に4年の歳月を費やし、この三月に遂に実機として納入される事となった。
 この実機は、日本の首都の公共設備に用いられる機材に組み込まれる部品であるが、この部品は摺動部品ながら完全無潤滑摺動が行われた後に、摩耗性粒子が混濁したスラリー中に晒されるという過酷な環境で使われるモノである。

 このシステムは残念ながら自分の兼業勤務先の商品では無いが、今月3月12日付けの日刊工業新聞にも記事として掲載されているもの。これからの需要予測はどうか?というと、ハッキリとは判らないし、儲かるかどうか?も不明だが、全く新しいシステムが社会で機能するのであれば、それはそれで楽しいモノである。何と言っても、誰も思い付かなかった組合せを、誰も作り得なかった材料を作って実現するっていうのは、唯我独尊ではないが、最高である。

 因みに、この用途は『全力先行待機・・・・・』ってモノ。

 しかし、これを作ったのは、『やられたら、やり返せ』のコンセプトであり、初期作品である超耐摩耗分野用途で遭遇した無潤滑摺動による事故クレームに対する解答であり、その分野で仇を取るのが目的だ。
 この仇討ち分野では、実は一昨年から実機に搭載して試験中。この実機試験においては、兼業先経営陣の一部しか知らない潜行試験みたいなもの。それ故、兼業勤務先社員の立場としては『潜行待機中・・・・・・』ってモノ。

 やっぱり、何か作る、何かするのであれば、誰もやった事がない事をやる。誰も思い付かない事をするってのが面白い。自分で勝手にやるのが最高だ。逆に、なんていうか、同じ作業を繰り返すのは超苦手。前任者の真似ってのもダメ。自分以外でも出来る仕事ってのは関心持てない。定型的業務は多分一生無理。人に言われてって作業も無理だ。勿論、人がやらないといっても、嫌がる仕事もNo Thank youだ。

ところで、内容を少しリーク、、、

この摺動システムはメタルタイプの軸受け+軸スリーブ。
 軸受け材は、レアメタルの一種であるタングステンの炭化物を通常概念の結合相材料を全く用いず、尚かつ、反応性の優れた助剤を用い、耐食性を維持しつつ製造プロセスの簡略化に成功したもの。これはセラミックスの一種。
 軸スリーブ剤は、硬質材料をベースにした複合材料で構成材料へのスパッタリング(化学表面)処理を施したモノ。硬質材料ながら破断破壊を伴わず、軸膨張の原因となる径方向の膨張係数を通常金属の1/100、セラミックス材料の1/10に抑制し、実質摺動面積を減らす事により摺動抵抗を飛躍的に減じたモノ。これはセラミックスベースの複合材料。

 ヒントは航空産業、競技車両用部品、歯ブラシ、便所掃除のモップからの発想。

 最近、このブログは色んな所から見られているようなんで、新しい話題というか関心を惹くかもしれないネタとして記事にしてみたりする。

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高学歴志向!?

 最近の子育て母さんは、子供の教育に熱心なんだそうだ。
 何でも、90年代の学力低下を反省して、良い大学に入れるように教育熱心だという。

 さて、自分もこれから成長する子供を抱えているのだが、正直、勉強はどっちでも良いかなぁと思っている。自分が子供の頃を思い返すと、勉強!勉強!って言われて良い気はしなかったし、自分が嫌だと思った事を自分の遺伝子を継いだ子供が好んでやるとは思えない。
 よって、勉強は、したければすれば良い程度にしか考えていないのである。

 激しく無責任かも知れないが、確実に自分より長生きだし、最後を見届ける事も不可能。親子とは言え、結局は別の個性であり、子供の人生は子供が決めて歩んでいくのが良いのかなぁ?と思っている。

 同期、同級生、友人を見渡すと、やはり同世代の子供を抱える親が多いけど、皆、結構、教育熱心だが、俺的には、どうでも良いのである。

 勉強したければ、すればよいし。嫌なら辞めれば良い。そんなモンである。

 敢えて願うとすれば、成人した段階で、自分で一番好きなモノ、ジャンルを見つけて欲しい事くらい。そう、生涯の生き甲斐を見つけてくれれば、それで良いのである。

 因みに、自分自身、塾講師経験、塾の運営経験があるけど、勉強を教えるという考えで子供達に接した事は無い。教える事はもっと別の事。科目の内容なんてクソ食らえである。何を教えるか?勉強の意味は何か?っていうのを各世代に判りやすく伝えるのがテーマであり、それで金を取っていたので、自分の子供にも、勉強とは別のモノを伝えるつもりである。

 こういうのは甘過ぎかも知れないが、少なくとも、良い学校出て、良い経歴を持つモノが優秀か?というと、そうではない現実があるのも事実であり、良い学校を出れば良い人生が歩めるっていうのが幻想であり、それが幻想である事を気付かない親が多すぎるのが、表題の現象を呼んでいるように見える。
 少なくとも、親自身が歩めなかった事を我が子に期待するのはナンセンスであり、自分が子供時代に望んでいた事、満足していた事を伝える事の方が重要である。

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モノの格

 戯言であるが、自分の持つブランドに対する意識の根底に有るモノを考えてみると、それはモノが持つ格に対する考え方が大きな影響を及ぼしていると思う。

 モノの格、一般には、それを簡単に表した物差しが価格というものだが、価格が高い低いということでなく、価格以前のモノの品格?のようなモノに対する自分の考えが、モノ選びに大きな影響を及ぼしていると思う。

 拘りすぎの考えすぎかもしれないが、モノの格に自分(のレベル、の技量、の使い方)が見合っているかどうか?が問題である。但し、モノの格と自分を較べるといっても、それ以前にモノを作った人の思いに対して、使い方が乖離しすぎていないかどうか?を考えている。

 例えば、単車なんかの場合は、今の御時世、誰でも普通に免許は取れるし、金さえ払えば180PSオーバーなスーパースポーツが手に入るが、そういう状況であっても180PSのバイクの作り手は、そのモデルが、どんな使われ方をどんなライダーに為されるか?を想定して作っており(考え過ぎか?)、そのモデルの開発を通してエンジニアのフィロソフィーをユーザーに伝えようとしているのではないか?と思うのである。恐らくは、180PSを使うに見合ったライダーが、相応の環境で、相応の使い方をした時に、相応の能力を発揮させれるように作っており、そういう使われ方をしてこそ、そのモデルの価値が生まれると考えているのでは?と思うのである。そして、開発者としては、ユーザーの使い方によってエンジニアの考えが受け入れられた時に喜びを感じるのでは?とも思うのである。仮に、モノに魂があるならば、能力の欠片も発揮させずにスクラップになるのは耐え難いのでは無いか?と、そんな風に感じるのである。
 モデルに限らず、ジャンル、パーツ等々全てがそういう成り立ちを持っているのではないか?これは、単車に限らず、自転車の世界でも、車の世界でも、全ての工業製品について言えることでは無いのだろうか?

 自転車でも同じであり、価格的には安価かもしれないが、Dura Aceを頂点とするブランド群も同じであり、上級グレードっていうのは、作り手はレーシングユースにおける妥協を許さない世界で満足を得る品質と性能を提供するために作っている筈であり、逆に言えば、その品質差が埋没する世界で使われる事は望んでいないのでは?と思うのである。

 最近は、全ての工業製品の価格の絶対値が安価になったせいか、誰にでも手軽に入手できるようになったけど、価格が手軽になったとはいえ、その作り手のコンセプト、品格が手軽な世界に降りてきた訳ではない。リーズナブルな価格=素人向けという方程式とは別物のように感じるのである。
 この辺がジレンマであり、工業製品であるからには、売れなければ成立しないのも事実だが、少なくとも、トップレンジの製品に関しては、ブランドシンボルのイメージも合わせ大衆に迎合しないレベルに君臨して欲しいものである。

 自分は、複数のクラスのグレードがあれば、自分のレベル(用途)に合わせてモノを選びたいと思うのである。
 大きなお世話かもしれないが、場違いな使い方、技量に見合わないパーツ選定っていうのは、なんだか、モノが可哀想とも思ってしまうのである。それ故に、昨今の自転車ブームで素人オヤジが高級車+高級コンポっていうのは、なんだか、その世界を舐めているように感じるし、いきなり大型自動二輪免許で突然リッタースーパースポーツってのも違和感アリアリなのである。所有者の勝手とはいっても、モノの作り手に対して失礼な気もするし、使われるモノも可哀想なのである。価格の絶対値の高い安い以前に、モノの能力に使い手がふさわしいか否か?これが大事なように思うのである。

 まぁ、私感に過ぎないのだが、自分自身は、選んだモノに相応しい使い方が出来るようになりたいというのが一番である。受け売りでない意味での自分の意見が持てるような感性を保ち続けていきたいのである。

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2008年3月24日 (月)

自転車で”簡単”ダイエットは出来ない!

 先の記事で健康に自転車!が、かっこいいって話を書いたけど、更に進めて自転車でダイエットできるか?って考えると、正直、不可能だと思う。

 自転車がダイエットに効果的っていうのは、それが有酸素運動であるからって理由だが、自分の経験上、同じ様な全身を使う有酸素運動である水泳について回想したところ、水泳すれば痩せるって方程式は成り立たないからだ。

 水泳がダイエットに無力という理由は、

1.毎週通っているスポーツセンターのプールで毎週のように見るスイマーだが、学生の水泳部員以外の中高年スイマーの殆どが痩せていない。お腹ぽっこりの男性か、海馬のような御婦人の方が多いのが実態。

2.自身、最低でも週に1回は連続の水泳を行ってきたが、過去数年の体重変動を振り返ると水泳していたから痩せるとは限らず、同じ距離を泳いでいても肥える時期が存在した。

 以上の二つが経験上得た大きな理由だが、これと同じ理由から自転車生活を始めたからと言って痩せる筈が無いと思うのである。実際、町の通勤通学自転車ユーザーを見ると、体系的に相当ヤバイ事になっている人を見掛けるし、そう思うと、やっぱり自転車はダイエットに直接的には結びつかないって思うのである。

 一般にダイエットを成功させるには、痩せる=有酸素運動であり、或る程度の負荷を連続的に掛けなければならない。そして、有酸素運動状態に入っているかどうか?っていうのは、運動状態における運動強度次第である。運動強度とは、

運動強度(%)=(心拍数-安静時心拍数)÷(最大心拍数-安静時心拍数)×100

であり、ここで言う最大心拍数は、210-(年齢×0.65)で求める事も出来る。この式によって運動強度値が60~70%の運動を継続して始めて効果的な有酸素運動という状態になるのだが、その効果的な有酸素運動状態となる運動時心拍数っていうのは、人にもよるけれど相当高い数値になる。因みに、自分の場合に必要な心拍数っていうのは140~150程度の値となるけど、その状態を1時間維持するってのは、相当にハードなトレーニングである。気楽に自転車乗れば、、、、ってノリでは絶対にそんな心拍数にはならない。
話が前後するけど、自分が水泳を継続していて痩せる効果が得られるか否かの分かれ目は3km連続で泳ぐ際のペースである。3kmを60分以内で泳ぐとダイエット効果が得られ、逆に75分程度掛けるとダイエット効果は得られない。即ち、そのペースの違いに心拍数の高低差が存在するって事。

会社でも色んな人と話すけど、年齢で30歳くらいの人が居たとする。そうすると、最大心拍は190、安静時心拍数が60とすると、運動強度65%なら(190-60)×0.65+60=145という運動時心拍数が必要だが、彼らの感想では、そんな領域に心拍数は上がらないという。つまり、必要な心拍数に到達する程、筋肉が血液を欲していない状態であり、筋肉不足なのか、負荷不足なのか知らないが、そういう状態である。

自転車でも水泳でも、通論としてはダイエットに効果的という話だが、現実はそんなに甘く無い。個人のコンディションから必要な痩せるための心拍数が求められるが、その数値が連続的に維持できる身体能力を持つ人自体が稀ではないだろうか?
実際に、このようなスポーツで痩せたいのなら、そこまで心拍数を高められるような筋肉増強、連続運動による痛み解消に効果的な技量や知識を身に付ける事が先決では無いだろうか?

ダイエットに必要な有酸素運動だが、その運動強度は、何も予備知識がなく運動を行う癖が無い人にとっては、相当にハードに感じる筈である。
色んな自転車推奨雑誌には、鼻歌を口ずさむ程度の負荷って書いてあるけど、どうにも疑わしいのが正直なところ。或いは、高級スポーツサイクル+装備で戦闘モードとなると、殆ど無酸素運動的な負荷を掛けて、挙げ句の果てに膝故障なんて状態になりかねない。

つまりは、適切な負荷を掛けて長時間運動するには、その必要負荷がどの程度か?を知るのは当然、身体の各部に局所的な痛みや疲労を起こさせない正しい道具や身体の使い方を理解していなければならない。そういう自転車ダイエットに必要なバックボーンが実は一番重要だったりするのだ。

作家の高千穂遙先生が自転車で痩せた!って自伝を出版されているが、あの場合、あんなライフスタイルが実践できる生活環境がダイエットを成功させたと言っても良いってのが私の感想だ。仮に自転車でなくても、別のスポーツでも同じ結果を得たのに間違い無い筈だ。

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2008年3月23日 (日)

自転車ブームの訳

 Yahooのトップページには、自転車宣伝のバナーが掲載されている。そして、そのバナーには、『健康にも、環境にも、・・・・かっこいい』とある。
 町の自転車に適したコースを見ても自転車は結構溢れている。みんなと話した訳ではないが、多くの人は、健康のためにって理由で乗ったり、通勤の場合は、燃料費節約のためにって理由で乗ったりしている。

 この辺は、自転車に乗る事で得られる付随的な効果だと思うけど、最近の自転車ネタの取り上げられ方っていうのは、その付随的な効果が第一目的かのような取り上げられ方だ。

 純粋に楽しいし奥が深いし面白いって事を全面に打ち出したような記事は、案外見つける事が出来なかったりする。

 純粋に面白いから、気持ちいいから乗る。そして、その付随的な効果で健康増進であったり、エコであったり、節約であったり、そんな効果が得られると思うのだが、何故だかプライオリティが逆転している。

 自転車店でも高級スポーツ車を扱うプロ?ショップでは、楽しさを説いているだろうけど、あまりにも偏った、レース志向が顕著であり普通の人には敷居が高すぎる感じであり、そのマニア度から安い自転車を馬鹿にする傾向も強いし普通で無いのが現実。
 しかし、どんなに安い自転車でも、楽しいのは間違い無いけど、その楽しさを普通の人の目線で伝えるような店が案外少なかったりする。

 子供に自転車の乗り方を教えて、上達と共に喜んでいる様を見ていると、純粋に自転車が楽しいと思いながら接している様子であり、そういう本能的な楽しさっていうのは、レースでも、高級部品でもない処にあるように思う。
 そんな楽しさを伝えるって部分が今の自転車ブームには欠けているように思うところだ。

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2008年3月22日 (土)

挫ける心

 先週の金曜日は所要があって残念ながらスポーツセンターには行けなかった。通常なら、金曜が忙しい場合は木曜とかに移してでも運動するのだが、先週は、忙しさもあって水泳が出来なかったのだ。
 で、今日は二週間ぶりの水泳である。プールに行く前から心が折れ気味、、、、、。

 取り敢えず、ハンドルを握ってスポーツセンターに車を走らせる。今日は身体が怠い。今週頭から息子の夜泣きで睡眠不足気味、、、、で、今日はどれだけ泳ごうか?と思いながらプールに到着。

 水着に着替えて最初の一往復で、あれ?進まないなぁ、、、、、。今日は2kmの40往復で辞めようかなぁ?なんて思いが巡る。泳ぎながら、どうしよう、どうしよう、なまけようか、、、、と考えながら泳ぐ。ペースも上がらない、、、、、でも幸いな事にプールはがら空きで占有状態ということもあり、何時も通りに3kmの連続60往復を泳覇!

 それにしても、疲労感は通常の倍以上だが、一週間抜くだけで、これ程まで衰えるとは、、、歳を感じる今日この頃。こんなにハードな印象なら、無理してでも最低週一のペースで泳ぎ続けなければならない。

 そんな疲労感一杯で帰宅後のサーキットトレーニングも怠さ爆発。ローラー台で30km分を60分で漕ぐのも途中で辞めようか?と思いながらも何とか終了。

 今日は体調的に悪いだけなのか?それとも、老化のせいか?

 動く身体がある内は、率先して動きまくらないと駄目だなぁ、、、、。

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恐怖の夜泣き

 ここ数日の話だが、9ヶ月の息子が午前零時30分になると突然泣き始める。最初はしんどいか?腹減ったか?と思っていたのだが、考えてみれば、丁度夜泣きの時期である。
 夜泣きといえば生後半年~一歳半くらいの間の乳児ではお決まりのパターンである。上の子の場合は、結構あやしたり、抱いたりで大変だったのだが、今回は、これはみんな通る道。よって、気にせず泣きたいなら泣き止むまで泣かしておこうって思い対処している。

 少なくとも、鳴き始めたら添い寝して電気を完全に消して横になる。すると、多分親の方が先に寝ているかも知れないが、そのまま朝になる。そんな感じで、もはや放置プレー気味の扱いになっているが、泣いているってのは、元気の証。小さな事は気にしないというか、悟りを開くノリで放置するのが一番良い気もする。

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跨ると、、、、

 あんまり関係ないかも知れないが、単車や自転車のように跨る乗り物ってのは、乗り手の気分を攻撃的、戦闘的にするのか?或いは、運転操作を急かしたり、意味不明の闘争心を煽ったりするものなのだろうか?

 勝った負けたの話を聞くのは四輪もあるけど、殆どが二輪車で単車、自転車が多い。ショップの類の常連さんの話題でも、その話の大きな柱には『速さ』に拘るネタもデフォルトである。街で見かける運転風景からネットで当サイト、ブログに検索で辿り着く方々を見ても、『速さ』に拘るフレーズで辿り着く方が多い。

 負けず嫌いって言葉は良く聞くけれど、勉強での負けず嫌い、技能での負けず嫌いよりも、二輪車ネタでの負けず嫌いの方が遙かに聞く頻度が高いのは興味深いところだが、二輪車とそれ以外の大きな違いっていうのは、二輪車の跨るという姿勢が大きく効いているのだろうか?

 ふと考えたくだらない事だ。

 しかし、二輪車(単車、自転車)で負けず嫌い、速さに拘るって場合は、案外、他のジャンルに較べて難易度が高いもののように思う。結構複雑な機械を操作するし、その機械の設定の自由度も高く、ベストを探るのは容易ではない。更に、機械の機能を知らなければ目的に併せた操作も難しいし、操作自体も高い技能レベル(慣れ、運動神経)を要求する。
 普通に受験勉強の方が遙かに簡単だし、道具を使わない操作の方がダイレクトに身体が覚えやすい。高度な機械を介在させて扱うってのは難易度は非常に高いもの。

 多くの人が攻撃性、優位性を感じたいジャンルであるが、直感的には一番難易度が高いジャンルでもある。跨るという本能的行為から攻撃性を持ちやすいのか?或いは、難易度が高いが故に好奇心を煽り、優位を誇示したのか?まぁ、前者の本能的な要素による部分が多そう。しかし、その欲求を満たすバックボーンっていうのは一朝一夕では手に入らないもの。そんな気がするのである。

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2008年3月21日 (金)

成長と老衰、衰退

 我が家の娘は今5歳。息子は9ヶ月である。娘の方は四歳の時に自転車の補助輪を外して家の近くの道路で自転車を乗り回している。それでも団地内でも一般道であり危ないということで、昨年の秋からは結構頻繁に川内自転車公園に連れて行って自転車の練習をさせていた。
 その甲斐あって、今では結構上手に乗る。二輪のバランスの取り方のコツを掴んだせいか、先々週からは二輪のキックボードも器用に扱っている。そして、今では自転車も結構な急勾配を立ち漕ぎしながら上っていくし、下り坂のブレーキも結構上手である。
 ということで、今日は会社から帰って夕方に、お遣いを兼ねて地元のスーパーに親子で各々が自転車に乗って買い物に出掛けてみた。結構、器用に運転をしていたので、調子にのってニシダサイクルさん迄足を伸ばし、そこで鍵を付けて貰って帰ったのだが、幼稚園の年中さんにして自転車にのって町内を徘徊出来るようになったっていうのは、感慨深いものであり、その成長には目を見張るモノである。

 同じく、9ヶ月の息子だが、この一ヶ月で急激に活動量が増えて、今や超高速ハイハイ、掴まり立ち、壁から壁への倒れ掛けながらの立ち姿での移動とこれも成長の速度に驚いているところ。

 その一方で、今日のテレビでは若年性アルツハイマーと闘う家族のドキュメンタリーをやっていたが、健康を害す理由によって機能を失われ病状が進行する毎に、昨日迄出来ていた事が出来なくなるという恐さを目の当たりにもした。この番組では疾病による機能喪失と言う事が取り上げられていたけど、そういう疾病如何に関わらず、どんな人間でも老衰し機能が衰え、機能を失っていくのは生物の定めであり、それが疾病によって急激に訪れるか否かの違いであり、長い一生の中で、機能がどう変化するかは判らないが、確実に衰えるのは確かである。

 子供を見ると成長に驚き、病と闘う人、或いは、老いを迎えた人をみると、その逆に驚く。凄く当然の事で、何の変哲もないことだが、その事実を考えると、人生において自由に思い通りに身体が使える期間っていうのは、本当に僅かな間しかないようにも思う。

 そんな僅かな間さえも、多忙や怠慢に翻弄されると、機能を失う時が早く訪れる訳である。何よりも、健康に生きる。そして、子供の成長を生中継で楽しむだけの活力を維持した生活を保ち続けたいものである。

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2008年3月20日 (木)

街乗りにはローノーマル!

 昼ポタではスピママGTR号を使ってる。ブルホーンバーにフラバー用シフトとレバーを装着している。で、ギア比的には完全街乗り仕様で、速度変動の大きな場所に合わせてワイドレシオな仕様である。
 で、特徴的なのはRメカにNEXAVE RD-C531というローノーマルなメカを使っている。他の自転車は全てトップノーマルだが、スピママだけは逆である。これには理由があって、リアの内装メカをフロントメカ用シフターで引いているのだが、リリースすると内装ギアも軽い方に変速し、プルすると重い方に変速する。これが左手なんだが、右手のローノーマルシフターも実はそうなっている。リリースすると多段のロー側に、プルするとトップ側に変速するのである。
 そう、つまり右手も左手もリリースするとギアが軽い方に変速するのである。両手が同じ方向で操作できるのは感覚的にも扱いやすいし、このローノーマルシフトは減速操作が極めて俊敏に行えるし、登坂中の変速も極めて速いのだが、これは街乗りにピッタリだ。

 ドロップバーでのSTIとかWレバーでは意識した事が無いけど、街乗りバイクにはこういうのが良い選択だと思う。これに慣れると、街乗りでトップノーマルのフラバーバイクは乗りにくい。ルイガノのMVFのノーマルでは相当に違和感を感じた次第である。

 余談になるけど、フラットバーに普通通り装着する分には、普通のフラバー用シフターのレバーレイアウト(親指でリリース、人差し指でプル)は使いやすいけど、これを縦握り位置に取り付けると、途端に使いづらい。小径で縦握りというと、BikeFridayのH-Barsとか流行のブルホーンがある。ブルホーンの場合はSTIレバーだが、ブルホーンにSTIを付けた時は指先が剰る感じで操作性は悪い。ブレーキタッチもグニュグニュで最悪である。STIレバーはドロップバーでないとダメだ。
 縦握り用に一番イイと感じるシフターは何か?というと、STIはダメ、通常のフラバー用シフターもダメ、、、、、一番イイのは親指だけで操作するサムシフターがベスト。これは西DAHONで使っているけど、親指を押し込むことでプル、親指でボタンをプッシュすることでリリースという物。フロントトリプル用にはNEXAVEのブレーキレバー一体のシフターが使えるし、リア9段用にはCapreoのシフターが使える。縦握りに親指シフトは使ってみると結構お奨めである。

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自転車買ったら、最初に何する?

 一昨年から自転車に復活した。復活初号機のBoardwalk号は既に手元にない。復活の発端は実用目的だったけど、今ある自転車は全て趣味的要素の上での選択である。

 自転車買ったら最初に何する?って話だが、これはメインサイトでも書いた話だが、

1.ポジション出し
2.ギア比合わせ

 となる。ポジション出しでは金はあんまり掛からない。元々、身体に併せようのない自転車は買わないために、殆どの場合が調整によって概ね満足な状態にする事が出来る。ポジションが出ていれば、大概の場合、サドルが何であっても尻が痛くなる事は皆無だし、背中や肩が痛くなることは無い。それでも交換する場合っていうと、デザイン的な嗜好による程度である。

 しかし、ギア比については調整で何とかしようとは思えない。スポーツサイクルなら漏れなく多段変速となっており、大抵は、その中に自分の使えるギア比っていうのはあるけれど、逆に、自分が絶対に使わないギア比っていうのも既製品車両には漏れなく付いてくる。
 仮に、18段変速でフルサイズ700Cで良くある組合せでは前が53-39T、後が11-25Tなんてあるけど、こういう構成の場合、前が53T、後が11T~18Tなんてギア比は使う事は極稀である。すると、実際に18段あっても使えない段数が5段は存在するので結果13段変速みたいなものとなる。
 実際、フロント複数、リア多段の組み合わせでは、フロントアウター×カセットロー側3~4枚迄とかフロントインナー×カセットトップ側3~4枚迄は使わないので、機構上18段変速でもフロントアウターでリアが5枚、フロントインナーでリア5枚で合計10枚しか使わないので、上述のようにトップから5枚が使えないなら、実質は5段変速の自転車と同じになる。
 仮に、フロントトリプルの自転車でも同じで、フロントアウターが使えず、フロントセンターからの使用となると、それと併せるカセットの使うエリアは真ん中辺で2T跳びの領域。これはこれで、使いづらいもの。
 となると、多段ギアでも自分で使える範囲のギアで多段を埋めるレシオ配分を作る事が乗りやすさの肝となる。自分の使う領域でレシオを近接させるのが楽だと思うのである。

 そんな訳であり、スポーツサイクルを買うと、駆動系は殆どの場合、用途に合わせて総取っ替えするのである。(結果、オーダーした方が賢い?)で、今回のルイガノ号でも駆動系を総取っ替えする。

 ルイガノ号は近場中心のチンタラサイクリング専用車であり、ボチボチ走る、ゆっくり坂上る仕様。市街地の凸凹段差の多いタイル張り歩道でも軽快に走るのがコンセプトであり、最高でも35km/h程度、10~25km/hのピックアップ重視、橋や堤防、団地で遭遇する短距離勾配(斜度は緩い~急迄)をクルクルと上れる仕様を目指す。

 ということで、フロントは50-39-30Tというトリプル、カセットは13-14-15-16-17-19-21-23-25Tという仕様。このギア比では50×14が、自分の多用ギア。ODの50×13Tでも想定最高速度は瞬間で45km/h、常用は50×14で30km/h強程度の仕様。しかし、上りはスピママ並のローギヤードも備え10%オーバーの勾配も楽勝な仕様。一番重いギアは不足しているが、実用~登坂重視の設定(展開で6.2m~1.9m)だ。(因みに、フルサイズの531ロードでは前が46-38-30T、後が14-15-16-17-18-19-21-23-25T)

 しかし、実際に売っている自転車はどんな自転車も結構ハードなギア比を持っているのには驚きである。ロードなら前が53T、トップは11Tか12T、小径なら前が55T、60Tに改造する人も多い。下手すると、それにカプレオの9Tなんて組合せをする人も居る。
 一漕ぎで7mくらいなら、まぁ判らないでもないけど、8mとか9mとかのギア比を付けている人もいる。超多段化でギアが余るならOKだが、普通の18段程度で9mオーバーのギア比ってのは勿体ないように思う。

 今売ってる自転車は確かに安価で見た目も普通だが、せめてステムの突き出しとカセットセットの選択はユーザー任せに出来ないのだろうか?或いは、ステムレス、カセットレスの自転車は販売されないのだろうか?殆どが規格品であり、乗り手に併せたステム、カセットをチョイスする方が随分親切だと思う。
 直感的に思うのは、ステムの突き出しは外車の場合は長すぎる気がするし、ギア比も重すぎる気がする。ハンドルは手元に近い方が楽だし、ギア比は軽い方が楽である。

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2008年3月19日 (水)

気温が上がると、、、

 三月に入り急激に気温が高くなってきた。職場でも場所によって25℃を越える場所もある。そんな中でしゃがんで作業していて、ふっと立ち上がると、、、、、クラッと立ち眩むのである。去年の夏もそうだったし、一昨年に到っては立ち眩みしてから意識がハッキリするのに時間が掛かったりもした。

 寒い時期は、血圧高めで心拍数低めとなるが、気温が上がると血圧は低め心拍数は高めとなる。今の時期、時間帯によっては血圧の上側の数値が100以下となる事もある。下側の数値も60以下となる場合もある。心拍数は40台後半の値。因みに、先月の寒い時期は、血圧の上が120台後半、下が70台後半、心拍数が40未満の値という事があったけど、気温の変化で身体も結構変化する。

 暖かいとは言え、未だ冬から春への境目の季節だが、今の段階から、このように立ち眩みするとなると夏場が心配である。血圧が低い状態から更に起立すると起立性低血圧ではないが、それで脳の血流不足で立ち眩みとなると困りものだ。

 高血圧で悩むのも大変だが、こうまで頻繁に立ち眩みってのも考え物。ここ1~2年の循環器系強化運動の効果か逆効果かしらないが、心拍数も下がりすぎてⅠ度心房ブロックとか、、、、、確かに、自転車漕いでも疲れを感じたり息が上がったりはしないけど、安静状態では身体の動きが鈍い感じである。
 そう言えば、最近は人に会う度に『痩せた?』と聞かれるが、実際は一番体重が落ちていた頃に較べると、+1~+2kgで推移しているのに、何故にそう思われるのか?不健康そうに見えるのかなぁ、、、、。

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メタボマーケット

 メタボリックシンドローム、別名が代謝異常症候群で、胴回りは男性なら85cm、女性なら90cm以上が該当し、更に、この該当要件に加え、脂質、コレステロール、血圧の基準値が二つ正常値から外れたらメタボ、一つ外れたら予備軍という区分。
 更に、このようなメタボ該当者、予備軍を数的に抑制しなければ企業に罰金が科せられるという。

 この制度的運用(健康診断制度「特定健診・保健指導」)は間もなく開始される。この制度は後期高齢者に医療負担を求める高齢者医療確保法に基づく新しい制度である。

 この新しい仕組みに関しては各所で賛否両論が渦巻いている。特に、後期高齢者に求める医療負担の増大に対する批判が多いし、メタボというものにしても、これを医療機関で診察を受けて・・・・・となると、単純な事だが、これだけで医療費が相当数に増大し試算によると何兆円もの額に上るという。

 大義としては、国民の健康を守る、国民の生命を脅かす重大疾病に対する予防という名目で、その前段階にあるメタボからの脱却を計ろうとするものだ。しかし、これが制度的に連携され、そこで発生する医療費、或いは、メタボ対策市場の活況の度合を見ると、本当は、新たなるコマーシャルフレーズの構築による市場開拓で、関係機関の利権のためのシステムとも見えるのは、考えすぎだろうか?

 現実問題、重大疾病の前段階症状を通り過ぎ、既に重大疾病と闘っている人というのは、適切な医療処置が必要だが、前段階症状全てを医療制度の下で救う必要があるか?それを、半ば強制で行う必要があるか?というと、疑問を持たざるを得ないのである。人間皆、意志を持っており、メタボという疾病予備軍状態は即ち擬似的な健康状態であり、そこからの脱却自体を医療機関主導で行う必要があるか?というと、甚だ疑問である。

 実際、自分の健康状態も褒められたものではないが、医療機関の助けは不要であり、そこには金を落としていないのだが、それでも実際に予備軍状態からの脱却は可能であった訳だが、今回の新しい制度創設にあたり、既に町には、生活習慣病科という新しい診療科目が出来て、処方箋が運動メニュー、病院=トレーニングジムという考えられない形が日常化している。これは、医療機関によるフィットネス業界への殴り込みみたいなモノであり、そこで医療保険制度が介在する事自体に違和感を感じる。このジムは決してリハビリステーションとは違うものだ。
 国民の健康のためとは言え、半強制で予備軍をジムに通わせて、それ自体を治療と扱い医療費として計上する場合、従来通り、重症化患者の対処療法で発生する医療費と比較してどっちが多いのか?というのは、恐らくは前者のメタボ指導を医療行為と計上する方が多そうだ。

 つまり、メタボというキーワードから金を生む仕組みを関連業界が必死になって作っているようにも見えるのは考えすぎだろうか?ぶっちゃけた話、国民の殆どがメタボ扱いになり、その殆どに対してエアロバイクを漕がせる事が医療行為として必要となるのであれば、ナンセンス以外何物でもない。
 勿論、TVタックルで大竹まことさんが言っていた、『放っておけ!アメリカかぶれは嫌だ!』という意見に賛同できる訳ではないが、本質は、予備軍状態からの脱却は医療によるモノではなく、個人のモチベーションによって為されるべきであり、そこに医療機関の介在は不要であり、個人の意志の問題という本質が隠れているようにも思う。
 放置は良くないが、その脱却を計るか否かは個人次第。個人が危機意識を持てば、勝手に取り組めばよいというレベルに感じる。

 健康や体型迄もが公的なコントロールが必要というならば、既に日本という国は終わっているようにしか見えない。そういうレベルのコントロールが自己責任でなければ、将来的には全てが統制されるかもしれない。

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レーサーレプリカブーム!

 この日曜日はF君がホームコース走行についてきたので、走る時間帯がいつもより若干遅めであった。何時は8時台に走行終了なんだが、その日は9時半頃までCR上に居た。更に、その日は西日本チャレンジの開催日である。

 そのせいか、どうかは知らないけど、午前8時台では何時も出会う単独走行されている方とは殆ど遭遇しなかったけど、午前9時台では何時も見ない人を数多く見た。驚いたのは、皆殆どロードバイクばかりで、殆どみんながレーパン、レーシャツのピチピチルック、更には殆ど皆さん、手足は細いが身体、特に腹周りはポッチャリ型の方。これ系を十数名目撃した。

 時間帯が違えば、走る人が随分変わるんだと驚いた次第だが、腹周りの緩んだ人ほど、レーシーな格好しているのが興味深い傾向だ。見た目、速度は遅く、フォームも今一であり、言っては何だが経験は浅そうな感じ。

 大きなお世話かも知れないが、だれが、あんなレーシーなバイクにレーシーなウェアを薦めたのだろうか?と不思議に思う。確かにロードバイクのレプリカブームかもしれないが、何よりも、運転しやすく安全に!が大事だと思うのだが、形から入りすぎでは無いだろうか?確かに、自転車乗るには、それ用がベストというのも判るけど、もっと言えば、あれは自転車競技するなら、それ用がベストという形であり、競技しない人には効率よりも安全重視でないとダメである。

 これがブームなのか?それにしても、レプリカオジサンが多い。マイヨジョーヌ、マリアローザのレプリカジャージ、テントウムシの山岳ジャージ、CSCレプリカ、ディスカバリーレプリカ、、、、でもデップリってのが異様に多い。

 凄い不思議な光景である。これでホントに良いのだろうか?

 昔の単車のレプリカブーム時代の何処でもスペンサーって感じである。大きなお世話かもしれないが、恥ずかしくないのだろうか?かっこバリバリでも海老ゾリライダーが凄く多かったし、、、。
 どうせレプリカするならば、脚力であったり露出に見合ったボディラインであったり、或いは、本当の意味での巧さであったり、その辺をレプリカする方が活けている。(勿論、自分は露出に見合わないので露出させないし、中身が伴わないので見た目レプリカも敬遠だ。)外見のコピーよりも、中身をトレースする方が格好良い。
 単車のツナギでむっちりも格好悪いけど、自転車のレーサールックスタイルってのは、レーパン、レーシャツでデップリ、ムッチリは、猥褻物陳列みたいなもの。見苦しいし風景を汚染しているのである。批判覚悟でいうならば、脚を露出するミニスカートで露出された脚が有り得ない場合もそう。それは見せたら犯罪、マナー違反だろう、見苦しい脚+ミニスカート=小便臭いって印象と同じレベルだ。正装必須のレストランで裸ネクタイとか、結婚式で黒ネクタイとか、採用面接でジーンズ、Tシャツみたいなモノ。

 回りくどくなったけど、憧れを具現化するには、外見を真似るよりも中身を真似る方が先だ。ましてや、自転車の競技レプリカはピチピチのボディースーツみたいなもの。見苦しいのは、ブヨブヨ女子高生の丸太か大根みたいな脚を露出した短いスカートの如く環境汚染である。
 そう思うのである。

 勿論、競技系機材の快適さを説く人もいるし、その快適さが必須って意見も判らないではないが、少なくとも、レーパンが無いと尻が痛いとか、ビンディングが無いと回せないとか言う時点で有り得ないと思う。普通に乗って尻が痛いなんて無いし、ビンディングが無いと回せない時点で回し方が変では無かろうか?それが無いと駄目っていうのは、機材以前に乗り方、使い方が間違っているのでは?というのが正直な意見だ。レーパンが無いとお尻が痛いって奴の言い分が未だに判らない。少なくとも150km/dayレベルでは痛くならないだろう。どんなサドルでどんなズボンでも不具合を感じる事が無いだけに、世間の意見は今ひとつピンと来ない。

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2008年3月18日 (火)

VGA機、DS-10

 今更ながら表題のデジタルカメラである。
 これは背面に再生用液晶モニターを備えないカメラで今から11年前の機種である。スイッチを入れるとストロボがオープンし3秒程度でスタンバイとなる。記録メディアは3.3Vで8MB迄のスマートメディア、単三の乾電池二本で駆動するカメラで、今の目で見るとかなりの大型。ホワイトバランスは5500Kの固定、感度もISO150で固定(ストロボ使用時のみISO200となる仕様)で、絞りはF3.1をF8を手動で切り替える。撮影可能距離は70cm~でマクロは無しというシンプルなカメラである。勿論、30万画素でも当時でもオモチャデジカメとは違う本格?デジカメの一族であり、当時のCMOS機に較べるとCCD機の本機は明らかに違う作りを持っている。

 このシンプルなカメラは30万画素機であり今の1000万画素機の高機能カメラに比較すると完全にオモチャ以下の機能しかない。記録メディアの今の1GBオーバーが通常と見ると考えられない8MBしかないけれど、最高画質(といっても30万画素)で90枚記録可能。

 こんなカメラだが、最近入手したカメラでは一番のお気に入りである。

 最初は、日立マクセルのWS30系(特にWS30Slim)も好みだったけど(今も好み、ポケットに入ってる)、このDS-10はWS30と較べるとさすがに本物のカメラであり、どんな場所でも確実に美しく撮影されている。WS30の場合は、屋外の明るい場所限定で綺麗に撮れるものだが、DS-10は何処でも(屋外、屋内)OKである。絞りが手動切り換えなんで、心配なら二通りで撮影して帰って確認する事もできる。絞りが選べるのって結構面白い。
 そして、その発色というか、色の再現性って面では、例えば、Finepix A202とかオリンパスのCAMEDIA C-730UZを上回る綺麗なモノ。パンフォーカス、単焦点でVGA機という制約上、最新機種に較べると、どうしてもボンヤリ気味ではあるが、PCモニター上では輪郭のボケ具合以上に発色の美しさ、小さなノイズっぽい点々の無さは最近の機種を遙かに上回るカメラである。モニター上で見た第一印象はベストに近い感じである。
 今更ながら、このカメラの撮影画像に驚く次第である。持ち運ぶと前時代的で古くさいのかもしれないが、これは相当に面白い。少なくとも、廉価なCMOSカメラなんかは足下にも及ばない発色とノイズの少なさがある。Caplio RR211なんかに較べると格違いに優れているのだ。また、フジの単焦点で固定焦点の最終モデルであるFinepix A101/A201/A202よりも遙かに美しい。

 このカメラを知ったのは、『WS30の世界』ってサイトで紹介されていたためだが、調べると、多くのデジタルカメラサイトで評判が良いとされている機種の様子。このVGA画像ってのは、オークション撮影、ネット掲示用の写真を収集するに、後からリサイズする必要もないし、転送速度も速いし、言う事無しである。

 ところで、デジタルカメラ系サイトで評判の良い機種を何台かピックアップしたけど、実際に使ってみると、確かに良い感じである。
 このDS-10の他に、Kodak DC3800、CAMEDIA C-120、日立マクセル WS30/Slim、CAMEDIA E-100RS、Casio GV-20辺りは目的に応じて使うには何れも満足度の高い製品であるが、この内、DS-10、E-100RS、DC3800って機種は少なくとも画質というか発色というか一寸暗い場所での撮影でのノイズの少なさというか、そういう部分では新しい機種を遙かに上回るように感じる。これが噂の大きめのCCD(1/3inch、1/2inch、1/1.75inch)の効果って言うヤツだろうか?

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エコな手巻きヘッドライト

 自転車でも夜間走行用のヘッドライトは必須である。
 仮に夜間走行しなくても万が一に備えて装着しておくのは大切な事である。しかし、自転車用のヘッドライトというのは長らく良い品が無かったのが事実。特にLED電球が登場するまでは消費電力の大きい豆電球に頼っており、昔ならタイヤにダイナモを擦り付けての発電が常道であり、抵抗の少なさを求めると、リムドライブ方式ってのがあった。ただ、このリムドライブは雨天時にはドライブスリップが度々発生するものであり、昔はリムドライブ式の灯火類と電池式の懐中電灯タイプのヘッドライトがスタンダードであった。

 最近はどうか?というと、ハブダイナモと呼ばれるハブ軸で発電する低抵抗の発電機とLED電球により駆動損失が極めて少ない発電ユニットが普及している。このハブダイナモは実用車には良いけど、スポーツサイクルには少々野暮ったい感じがするのも確かなところである。

 で、自分はどうしているか?というと、低消費電力のLEDヘッドライトを用いているが、乾電池式を用いている。電池交換の頻度が昔の豆電球式に較べると圧倒的に改善されているのと、構造的にシンプルであるのが大きな理由である。特に、夜間に乗る頻度が殆ど無いスポーツ仕様の自転車の場合は、この乾電池式LED灯がベストかなおも思える。

 一方で、実用車にはどうか?というと、乗る頻度が多い分、どうしても電池交換の手間を考えてしまうので、そういう自転車には本当はハブダイナモが良いかなぁ?と思っているのだが、我が家の実用車=DAHONであり、ハブダイナモは使用不可(ハブのOLD寸法が74mmと特殊)であり、今はマジ軽ロボって電磁誘導発電ユニットを用いている。これは、見た目が野暮ったく格好悪いのだが、ハブダイナモ以上に発電損失が少ないのが売りであり、自動点灯機能もありメンテナンスフリーでとても良いもの。仮に故障して機能を失ってもハブダイナモと違って簡単に取り外せるのもメリット。乾電池の心配も不要でエコな装置でもある。

 と、ここまでは従来通りのネタだが、この度、ルイガノMVFにもヘッドライトを付けるのだが、次は何にしようか?と考えていたところ、非常に興味深い品を見つけて入手した。
 乾電池式でも、マジ軽ロボでも、ハブダイナモでも無い。第4の発電システムである。

 この発電システムは、手巻き発電であり、1分間の手巻き発電でLED3灯なら40分、LED1灯モードなら90分以上点灯可能なLEDライトである。大きさは乾電池式よりも更にコンパクトでLEDも3個使用でマジ軽ロボや乾電池式ヘッドライトに較べると遙かに明るい。これはかなりエコである。ふと思ったのは、自転車のハンドル部分のように振動の多い場所なんだから、昔の腕時計(自分の今使っているのは、SEIKOダイバー、SEIIKOアルピニストの共に自動巻仕様だが、、、)のように自動巻発電にすれば更に良いのでは?と考えたりする。

 ルイガノ号は基本は実用使用だが夜間使用の頻度がスポーツサイクルよりも多く、スピママ号よりも少ないという存在であり、想定される夜間走行時間も1時間未満であり、この乾電池不要の手巻き発電装置は結構良い選択だと思う。

 残念ながら、この手巻き発電式LEDヘッドライトはメーカーサイトもなければ商品画像もネット上では見つけられないが、ホームセンターのサイクルコーナーで見つけたモノであり、普通に売っていると思う。

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2008年3月17日 (月)

健康作りは一人でやるもの。

 今、毎週日曜日の早朝、日曜日の午後、土曜日の時間の合間には自宅を中心としてCR走行でホームコースを設定し、自分のテーマに沿ったペースで自分の思いのもまま、気の向くままに走ってる。
 因みに、自転車に限らず毎週末通っているSCでの水泳もそうだ。

 この自転車走行、プールでのスイミングっていうのは、街で見掛けるオッサンのジョギングみたいなモノであり、要は自分のための行為で、目的あっての行動である。自転車に乗っていてもサイクリングではないのである。泳いでいても遊んでいるのでは無いのである。

 何れも、貴重な時間を割いて、自分のコンディション維持のために決まった時間に決まった負荷が掛かるように、自分のリズムで運動しているのである。

 よって、この最中は基本は相手が誰であっても不干渉が大原則である。700Cロードに乗った人の挑発が鬱陶しい話はしばしば書いたけど、仮に知人や友人であっても出発したらペースが合わない限りは振り返らないし、仮に、自分より速い相手であったとしても無理に追いつこうとは考えないのである。

 先日、Z80、Z90に乗った後輩が同行したけど、出発時以外は基本は不干渉であった。今週の日曜日もZ90の彼が来るとのことだが、基本は不干渉である。で、電話で日曜日にもう一度走ります!って連絡を受けたけど、基本は、自分の思うままにどうぞ!って返事になる。走ろうが、走るまいが基本は関係ないのである。自分は自分の決めた時刻に決めた時間内のみ決めたペースで走るだけであり、そこに誰かが居ようが居まいが関係無いのである。それ故、連絡は不要なのである。だから、同じ時間帯に走りたい人が来たら歓迎もするし、拒まないけど、基本は走り出したら、As you like!で、お気に召すように!である。自分も人に絡まないし、干渉しない。また、絡まれたくもないし、干渉されたくもないのである。そういうものである。

 ツーリングや、健康作りに良いコースは無いか?と聞かれれば、一度は案内するけど、それ以外では、基本は自分のために、自分の思いのままに走るだけである。これは、単車でも同じである。単車のツーリングは集団走行が目的であり、そのために配慮をするけど、自分が走りたいという欲求で走る時は、他人の行動迄配慮するのは有り得ないのであり、自転車でも同様である。サイクリングではOKだけど、自分のフィジカルエクササイズ中には、それ以外の配慮は全く行う気は無いのである。

 この辺の割り切りが重要なのであるが、こういう考えは、日本ではなかなか難しいのかなぁ?っていうのが実感である。

 ただ、これは一緒に同じ場所を走るのが嫌だって言っているのでは無い。それ故に、コースの案内はするし、オススメのコース故に紹介もするつもり。ただ、そこで走っている時は、サイクリングではなく自分の健康のための日課みたいなモノなんで、コースを気に入れば、ドンドン利用して貰えば良いし、自分の走りたい時に気を遣わず参加もすればよいし、怠い時は辞めれば良いのである。
 下手に約束すれば、朝起きて乗り気で無くても義務感というか約束だからって気持ちが出るけど、そんな約束はせずに、気が向けば自由に参加して、その時に出会えば挨拶して各自が走って休憩地点で軽く談笑するって感じが理想である。
 参加するのに、断りも宣言も不要であり、走りたいと思えば走れば良いのである。急に走りたければやって来て、急に怠ければ辞めれば良いというノリである。

 これは、結構長続きの秘訣である。この感じってのは、自分が昔、峠に単車で入り浸っていた時と同じ。約束する訳でなく、何となく集まって、居れば話をする。居なくても別にOK。目的は走る事。そして、機会があれば会話するって感じである。
 こういうスタイルが気楽でイイのである。

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2008年3月16日 (日)

走行速度の違いは、、、

 最近の自転車関連のニュースでは、自転車は原則車道を走るもの。で、その周知徹底を行い今年の春から取り締まり強化という話。

 一方で、一種原動機付き自転車、所謂50ccバイクの制限速度が30km/hとなっている問題で、世界標準で原付を125cc化させろという運動や、制限速度規制の緩和を求める声があり、速度差の大きな乗り物が道路左端を走るのは危険という話もある。

 自転車が車道を走ったとして、通行速度は20km/h程度のもの。原付利用者の声から言うと、自転車は車道を走るなという風にも聞こえる。個人的には、原付が30km/hってのは危険だと思うけど、原付を125ccにするというのは、不要だとも思う。

 1人乗りのコミューターで、ストップアンドゴーの多い市街地中心なら50ccでも十分であり、その状態で規制速度を緩和させるってのが一番だし、最低排気量の50ccで十分ということで、それを世界標準に提案する方が自然ではないか?
 しかし、仮に原付が50km/hとか60km/h制限になったとすれば、車道通行が強要される自転車との速度差は更に大きく危なくもなる。その危険回避のために車道内に自転車レーンって話もあるが、どこまで可能か?現状の道路整備では、自転車・原付レーンというのが存在し、原付バイクと自転車が混走する場所もあるが、その曖昧な存在の扱いがとても難しい。

 少なくとも、自転車が車道側となると、自転車と原付の混走も危険であり、原付の規制速度を緩和して原付を自動車レーンに追いやる必要もあるだろう。自転車レーンを確保して、自動車車線を減らすと、自動車と原付が混走するが、その速度差がそのままでは新たな問題も起きそう。

 この辺りの調整が結構難しそうである。原付ユーザーも結構勝手な運転が多い。多分、自転車レーンが出来たら、そこを豪快に走りそうだし、一般の単車も原付レーンを平気な顔して走ってる。自分が車道で車の後で渋滞に付き合っていると、時折、不思議そうな顔で見られる事もあるけど、普通に規則通りに運転する方が少数派ってのが実態であり、或る意味、実態と規則がかけ離れすぎた現状にも目を向ける必要があるだろう。

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2008年3月15日 (土)

ブランド

 自転車のブランド名ってのは、最近は色んな名前があるようだ。
 この度、衝動買いしたルイガノだけど、これは日本専用の自転車ブランドで殆どファッションブランドみたいなモノ。大元は、カナダのルイガノさんがスポーツ選手を引退後に始めた事業であるスポーツウェア、用品の販売を展開する際に用いたブランドであり、このルイガノさんは元は自転車競技選手だったのだが、その辺の絡みで、日本の輸入元とタイアップしてルイガノブランドを生んだ様子。まぁ、完全に新興ブランドであり、商品展開も子供車~MTB、小径、ロード迄多数のラインナップでミドルレンジ狙いのブランドのようだ。
 DAHONにしても比較的新しいブランド。DAHON、ルイガノに限らず、最近耳にするブランドは自分の記憶に従うと、昔聞いた事がないモノばかりである。スペシャライズド、サーベロ、ピナレロ、キャノンデール、トレック、フェルト、KHS、、、、R&M等々から国内でもクワハラ、タイレル、、、、全てが知らないブランドだ。

 自分的にブランドというと、国産なら最高峰が東叡社、他にZUNOW、山王、アマンダ、深谷、片倉、外国製ならデローザ、チネリ、コルナゴ、ビアンキ、マスプロ品ならプジョー、ルノーって印象だが、何と言っても東叡が一番という印象であり、今の流行りは本当に凄いのかどうか?っていうと、実は良く判らないのである。

 東叡社のフレームっていうと、町の自転車屋さんで体型チェックを行いながらスケルトンを決定して完全にフルオーダーで自転車フレームを作るという処から始まる訳で、それで得られるフレームっていうのは或る意味完全に仕立てたオーダー品となるのだが、汎用的なモノの場合は、フレームの合わないポイントはステム長とか、固定位置調整で併せるのが通例で、その違いを以て、凄いとか凄くないとかを言っていたような気がする。
 材質がなんであれ、見た目がどうであれ、一番重要なのはスケルトンで、それがオーダーメイドできるのが最強のフレームって教えられた気がするところ。それが適うブランドの頂点が東叡社のフレームだったと思う。

 それに対して、現代の外国製品を国内に持ってきた場合、基本が外人体型であり手が長い体型に併せてあるのでシートが低くてもハンドルが遠くになりがちだが、日本人の体型に合わせてカーボンモノコックを焼くとは考えられないので、オーダーできる古式ゆかしい東叡社のフレームと最新のカーボンフレームのどっちが良いか?って聞かれると、自分の答えはやっぱり東叡社のフレームだと言いそうだ。

 しかし、自転車専用コースの開放日の走行や、いつものコースで遭遇する最近のスポーツサイクルは?というと、殆ど100%が、外国産の結構派手な塗り分けのカーボン~アルミのロードフレームを用いたモデル。ピナレロ、トレック、キャノンデールが殆どである。
 一方で、自分と同世代で自転車が好きな人と話すと、多くは最近の海外ブランドよりも昔の国内職人によるフレームの方が好きな様子。ふと、思ったのは、昔からの自転車好きは職人の手によるフレームが好きで、最近乗り始めた人は、海外ブランドの既成モデルが好きなんだろうか?
 そんなイメージだが、絶対性能は最新の工業製品の方が上だろうと思うけど、痒いところに手が届く気配りでは職人の手による工芸品の方が遙かに上。単体の性能は最新が上だが、使う結果としては工芸品の方が上のように思う。但し、その工芸品故に指定可能な様々な要求を自分が完璧に出せる状態に無いのも事実であり、夢は、そういう職人の手による工芸品をオーダーするに見合った自分の能力を身に付ける事。今のレベルで言っても、職人さん、或いは、昔ながらの代理店の店主と対等には話せないのは明らか。
 まぁ、こういった職人の手による工芸品っていうのは、金額でない格式のようなモノを感じる。そういう意味では、本当に憧れ的な存在だと思う。

 まぁ、そんな訳で、自分的にはブランドは何でもOKだ。ただ、臍曲がり故に、メジャーな品は興味が持ちにくいのは確か。

 ロード系ならアルミもカーボンも嫌。鋼材系フレームをラグ締結したモノが好き。
 折り畳み系なら蝶番部の構造材質重視で、アルミ系は信用できない。鉄系が好き。

そんな感じである。

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発展途上の素晴らしさ。

 先日、デジタルカメラ熱が一段落した旨を書いた。
 関心を持っていたせいか、最新機種の通販番組、新聞広告、ネットカタログも当然チェックしての話。デジタルカメラも初号機が市販されて15年近くが経過しており、当初のマニア向け、PCユーザー向けというキワモノ商品から老若男女がターゲットな普及品と商品ジャンルが変わってきている。多くの人に勧めれるってことは、機能は確立し、使いやすく、高性能になってきたって事である。
 デジタルカメラに限らずパソコンだってそうだ。MS-DOS時代、MS-Windows3.X時代なんかはマニア向け、業務向けの商品だったけど、インターネットという新たな情報メディアの発達、Windows9Xを経て2000、XP、Vistaと変遷した現代では一家に一台の普通の家電となっている。
 更に目を拡げると、車もそうだ。昭和40年代、50年代、平成一桁年代ってのは、新たな提案が生まれてジャンルが発生してきた時代であり、少なくとも、ニュージャンルの提案商品ってのはマニア向けという要素が強いが、現代ではニュージャンルってのは無しで、既存ジャンルの磨き上げって感じ。勿論、現代の方が高性能。
 スポーツバイクもそう。走りの方程式が確立する過程の80年代レプリカブーム~90年代迄は提案の時代だが、21世紀以降はブラッシュアップの時代。

 どんなジャンルも今が最新と考えれば、最新のモノは普及品であり高性能であり、リーズナブルであり、、、、悪い事は無いのだが、何故か、最新最強普及品ってのは自分的には心がときめかない。なんだか知らないが、どんなモノでも形態が定まる前の試行錯誤の時代のモノの方が惹かれてしまうのである。冷静に性能を考えれば最新こそ最強だとは頭で理解できるし、人に勧める時は、なるべく最新を薦めるようにするけど、自分の懐から支払う場合は、価格以前に性能以前に、一寸前時代的なモノに強く惹かれてしまうのである。

 単車を例えれば、峠専用機ならば80年代以降の2ストレプリカ、実用ツアラーなら80年代以降のVツイン、、、、心的には、電子デバイスで許せるのはCDI程度。EFIは現時点では却下。エンジンタイプは繰り返しになるけど2ストか4ストシングル、Vツインオンリーでそれ以外は不可。

 自転車では実はあんまり拘りがない。敢えて言えば、カーボンフレームは却下したいし、街乗り中心ではスプリング+ダンパー構造のサスも却下。

 デジタルカメラは機能については目的に応じたモノなら特に制約は無いが、基本は乾電池駆動。画素数的には30万画素~200万画素機が好み。いくら多くても300万画素迄。理由は、(PC再生+L判出力)使用形態と保管時のPC内のデータ占有を考慮しての話。

 パソコンは基本的に可動部分を有する機械ということで修理のし易さ+ネット使用やフォトレタッチにおける基本性能というレベル。メモリー1GB以上でCPUは出来ればDUAL構成(CPUでもコア数でも)に後付ビデオカードというレベルで速度よりも信頼性重視。

 とそんな感じで、何れも時代的よりも機能的に必要最小限が得られる最新機種ってのが好み。安価で高機能でも無用(自分が必要と思わない)な機能が付いている時点で興ざめする。勿論、機能が完璧に満足できるという訳でもないが、満足というか不満に思わなければOKと思えるような感じだし、なんか不自由な感じが微妙に惹かれるのである。

 必要最低限の機能を考えて買い物をするという事ではあるが、ここで必要と思う機能については拘りがあるのも当然である。自分的に必要と拘る機能が最低限の構成で実現されている物が最も購買欲をそそるものである。どうでも良いと古いモノを漁るのでは無く、これが良いな!って思った機能のみを有するモノが古いモノの中に多いという話なのだ。拘った機能を手に入れて実感して、その上で新しい思いが生まれれば次のステップに移行するだけである。最初からソコソコが沢山あったら、多分あんまり考えずに漠然と過ごすような気がするのである。しかし、進歩の速いメジャー製品ってのは、製品トレンドが市場要求によって作られている部分が多く、新しいモノの中には自分の好みが見つからないって事もしばしばある。それ故に、超々お気に入り品で絶版品の場合は、ついつい予備機?なんて購入してしまう(非常に悪い癖)のである。
 更に序でに発展途上ジャンル製品について言えば、どうしても成熟製品に較べると割高であり、客層は限られたマニア系?となりがち。製品は?というと開発競争のさなかにあり、その時点における最新技術の投入度合は高い。しかし、技術レベルが成熟して円熟状態となったジャンルの製品はソフト面での競争がメインとなり、製品トレンドは市場側が支配する。市場規模が大きく客層も一般的であり、どうしても開発指針には価格競争力的要素が大きくなる。それ故に、その時点における最新技術の投入度合は抑えられがち。そういう意味からも製品からのメッセージ性っていうのは、発展途上機の方が強く感じられるのは錯覚ではない筈。
 自分の拘りは絶対性能ではなく、製品の持つメッセージに賛同できるか否か?という感じだと信じている。昔のハイエンドは今のローエンドに較べるとポテンシャルが絶対的には劣っても、スピリッツは勝るという思いである。

 例えば、デジカメなら小型高画素CCDに対する否定的論調があり、大型低画素CCDを否定する意見もあるけど、昔の低画素大型CCD機と今の高画素小型CCD機を比較したら絶対性能は現行機種が勝るかも知れないけど、自分の求めるレベルが昔レベルでOKなら、シンプルで判りやすい分、昔の方が良いというイメージ。デジカメなら高速性能を追求してAF合焦速度を上げたとかあるけど、それならPFで良いのでは?という割り切りだったり、高画素+小型レンズ+手ぶれ補正で綺麗なら、中画素+扱いやすいサイズで十分では?ってイメージ。要は納得できる機能を最もシンプルに手に入れたいという感じである。画質について色んな意見があるけど、例えば最新機種によって毛穴迄撮せるという機能があっても、毛穴は見ないので、そんな描写力は不要だと割り切る感じである。ポスターサイズを高精細に出力するための高画素と言っても、ポスターサイズを目の前で見る事は無いので、そんな高画素の意味が良く判らないと割り切る感じである。

 天の邪鬼か?最新、最強、高性能、普及してます!ってのは、何故だか、『ハイハイ!良かったね!』って感じで他人事的な感じがするのである。

 但し、発展途上から自分が許せるモノを選ぶってのは実は結構失敗が多いモノ。そんなときに参考になるのは、詳しい人が過去に『良い!』って判断したモノ。自分の判断ってのは、関心を持った当初っていうのは相当にいい加減だが、モノに関心を持った多くの人が良いって判断したモノは、後に名機、名車って評価を得る。名機、名車って評価されるには時間が必要で、何が良いか!っていうのもセットで評価され、良いモノ程、ユーザーが多く、短所も挙げられている。そんな評判から選ぶと概ね間違いが無いようである。そういう評価を得たモノってのは、時代を超越して名前が後に残る訳であり、名前が後に残ったモノってのは結構良い選択では?と考えたりする。案外、最新の汎用的高性能品っていうのは時代に色褪せるのも多そうだ。発展途上には、そんな機械の評価も垣間見れるし、その評価には、その機械が訴える事も見え隠れしたりする。そういうモノを楽しく事をひっくるめて発展途上製品ってのは楽しい存在である。

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2008年3月14日 (金)

『低学歴・低所得な女性=肥満』って考え方は

 水曜日のラジオニュースで聞いた寝不足、寝過ぎで肥満、糖尿病リスク増大の記事を検索していて見つけたのが、表題の調査結果。
 なんと、低学歴で低所得な人程、肥満傾向が強く、特に、女性程その傾向が顕著なんだそうだ。

 理由は不明だが、そういう傾向にあるとデータが示しているらしいんだが、その原因を類推することは難しい。この記事の問題は、低学歴(こんな言葉を書くのも抵抗があるが、、、、)=低所得と決めつけるような表題が掲載されている事にあると思う。低学歴は必ずしも低所得とは限らないし、高学歴で低所得も居れば、低学歴で高所得もあるだろう。
 勿論、本音として、そういう印象が多数を占めるかもしれないってのは理解出来るけど、公の記事のタイトルに用いるべき記述では無いと思うところ。

 但し、本音の部分として、一般論として世間でいう常識的な知識の蓄積を疎かにしてしまう程、活躍のフィールドが狭まるというのは、社会で財を得るための武器(知識)が不足した状態で社会に挑む訳であり、或る意味仕方ない事である。
 財を得る=価値を生む、、、、所得が多い=高い価値を生む、多い価値を生む=人が気付かないモノに気付く=注意力+知識が多いという傾向であるがために仕方ない事とも言えるけど、そもそも学歴ってなんぞや?っていう事をふと考える事がある。

 学歴というと、結局、どんな学校を最終学歴にしているか?その出身校のランク付けの事を言っており、何故だか知らないが、出身校が違う事で卒業生が分別されるというのが不可思議ではある。

 少なくとも、義務教育制度が中学迄、高校以降は義務教育では無いのであるが、実質的に中学卒業生のほぼ100%が高校に進学しており、下手すれば大学にしても殆ど義務教育化されているのが実態。そして、卒業年次になれば等しく社会に出るというのであるが、少なくとも高校なり大学が義務教育的であるならば、その段階で学ぶべき知識のかけら位は持って卒業すべきとも思う。
 しかし、実際に高校、大学は教育産業的であり生徒はお客様、授業料が売り上げという感覚で経営されているようであり、学校教育において学ぶべき知識を身に付けているとは言い難い。

 メインサイトの戯れ言でも書いたけど、少なくとも社会に出るには、出て財を為すに見合った能力を付けなければ社会に出るべきではない。年数を在籍して卒業というシステム自体は人間の中身を見ていない。厳密な意味で習熟度単位制を厳密に運用して単位取得をもって卒業というシステムを取り入れる方が、少なくとも教育的であると言える。

 受験という能力分級システムによって区別されて、オートメーション的に年数を重ねる事で卒業年次を迎え社会に排出(←誤字ではないですよ!地元でも悪評の学校の生徒見たら、こういう言葉を使いたくなるんですね。)されるシステムでは、少なくとも通常と同じ年数の学習では遅れを取り戻す事は非常に難しい訳であり、高校とは名ばかりで生活指導レベル迄しか手が回らない現状で分級された段階で遅れを回復すると言う事を諦めていると言わざるを得ない。

 学歴という言葉自体は、このような教育システムによって生まれた物のように思うところで、どんな人でも見合った能力を得るために個人毎の年数を一様に決めずに能力を得て社会に出るというシステムであれば、年齢的な差異はあれど通常概念の学歴差という部分は相当に圧縮されるのでは無いだろうか?高校大学レベルでの年数的な回り道は、仮に10年の差が有ったとしても社会に出てしまえば殆ど関係ない。それよりも、知るべきを知らずして社会にでて知らぬままに10年を過ごす方が問題だ。

 記事表題はニュースから引用した語句だが、低学歴と低所得という言葉が出回る事自体がナンセンスであり、それを卑下するようなタイトルはあってはならないのだが、実際問題、このようなタイトルが存在するというのは、そういう認識が社会に存在すると言う事でも在る。
 ここで記事を書いても何の影響力も無いが、少なくとも、現教育システムで社会に出る準備をすべき状況に居る人(学生)は、何か社会で通用するモノを身に付けて欲しいものである。頭悪いのは勉強すれば良い。不潔なのは清潔にする。デブはダイエットする。無愛想な奴は愛想良くする。言葉汚いのは作法を学ぶ。どんな欠点でも対処法は存在するが、それら(自分の劣っているポイント)に違和感を感じなくなって(当然だと思い)周囲への攻撃性ばかりが出ると、ろくな事は無いと思う。非常に幼いし、そのまま歳を取ると誰からも相手にされなくなる。

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睡眠時間と糖尿病、肥満

 水曜日の帰宅中、車中のラジオニュースで聞いた話。
 何でも、企業の健康診断等の結果を集計して統計を取ったところ、睡眠時間が5~8時間が肥満や糖尿病の発症確率が最も低く、睡眠時間が5時間以下、8時間以上のグループは最大で20%程、肥満や糖尿病を発症するリスクが高いということ。

 寝不足による食欲過多による肥満は判るが、寝過ぎの場合は肥満因子としては何だろうか?運動量不足って事だろうか?
 取り敢えず、そんな事はさておいて、適切な睡眠時間というのが糖尿病発生リスクが最小ということでは5時間以上8時間以下であるそうだ。細かい所を呼んでいくと、中性脂肪、コレステロール等が健全な状態を維持しやすい睡眠時間っていうのは6~7時間ということ。睡眠周期から90分の整数倍の睡眠が良いという話からいうと6時間睡眠、長くても7.5時間睡眠っていうのが長生きで健康に効果的な睡眠ということになるのだろう。

 今の生活周期から考えると7.5時間の睡眠確保は難しく、6時間睡眠か?午前7時起床なら午前1時には就寝という生活を作る必要がありそうだ。

 私的な話だが、自分の場合、午前1時になると強制的に瞼が閉じてしまう傾向がある。横になると数分以内に確実に寝てしまう。最近は特にそういう傾向だが、ふと思うに、健康的なコンディションを得るための運動を持続的に行っているために、必然的にそういう時間帯になると睡魔がやってきて、結果的に6時間睡眠になっているということかもしれない。

 考えてみれば、6~7時間睡眠を守れば健康といっても、活動時に何しているか?の方がよっぽど重要であり、結局、活動の結果、6~7時間の睡眠を身体が欲する状態っていうのが収支的にバランスが取れているということだろう。無理矢理寝るのではなく、自然と6~7時間睡眠となるようなエネルギー収支を生活に作る事が重要で、それに見合った食生活と消費運動を取り入れる生活リズムこそが肥満や糖尿病リスクを軽減すると考える方が自然である。

 ニュース一つでも考え方によっては随分と違う記事になる。

 余談になるけど、自分のブログは、世の中の出来事を自分の判断で感じた記事を書く事である。よって、この考え方が正しいのではなく、あくまでも自分の感じた考え方と言う事を御理解頂きたい。

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2008年3月13日 (木)

Ninja 250R 正式デビュー!

 昨年、海外発表を知って記事にして以来、注目度の高い記事ネタのバイクであるNinja 250Rだが、遂に正式に国内販売決定とのこと。発売は4/5で価格は498,000円というバーゲンプライスである。

 このニュースは今月号のMr.Bikeのニューモデル紹介欄で読んで改めて知ったのだが、その記事によると、なにやらエンジンはZZR250ベースのようで、若干低速よりにチューニングしたとの話である。勿論、小さな箇所は数多く手が入っており新設計と言って差し支えない程と書かれていたが、個人的には、超残念である。フレームが鉄になろうと、キャリパーが片押しだろうと関係ないが、元はと言えばGPZ250Rのエンジン。何時のエンジンか?と思うと、力が入ったモデルとはいえ完全新設計する予算が無いってことか?と思うと、、、このモデルを更に十数年製造するとすると、エンジンは40歳くらいにもなるのだろうか?
 凄いというか、それでも通用するジャンルなのだろうか?なんとも言えない気分である。取り敢えずインジェクション化されているし、環境的には優しくなっているのだろうが、スペック的には153kgで31PSで、過去的にはZ250FTの27PS以上、空冷ベルト駆動のGPZ250の33PS以下ってところ。馬力なんてどうでも良いけど、スペックを謳う以上メーカーの力の入れ込みようは現れるんで、その後の同じエンジンベースの最高で45PS迄発揮したユニットの末裔だと思うと少々寂しい気もする。

 勿論、スペックは無意味で十分以上に走るだろうし、古いモノも良いものが多いのは判るけど、ましてや、型式でEXシリーズならコミューター系でパフォーマンスを求めないってのも判るけど、やっぱり完全新設計のエンジンを期待したかったりする。

 まぁ、そんな事はさておいて、とにもかくにもデビュー決定であり、これがどういう客層に受け入れられるのか?少々関心があるところ。

 俺的に、カワサキ4スト250ccの一番面白かったのは、Zを名乗らないバイク。そう、カジュアルスポーツでCS250ってバイク。KLX250の水冷単気筒を積んだシングルで、歯切れの良い排気音、トルク感で軽い車体を活発に走らせる。250シングルではNZ250に並ぶ相当に面白いバイクであり、グースの250なんぞ眼中に無い程の動力性能だった。
 そんなCSも実はツーリング先でエンドベアリングが砕けて廃車になったのだが、、、、

 250ツインシリーズよりもシングル系の方がカワサキ車は面白いのは確かだが、どうせなら、D-Trackerのエンジンを載せて欲しかったとも思う。そうやって、-30kgを達成した方が、現代のSRX250Fの再来で売れるんでは無いだろうか?

 Mr.Bikeの記事では、このNinja 250Rを初代ロードスターとオーバーラップさせているようだが、そこまでの潔さは感じない。敢えて言うなら、パルサーエクサとか、或いは、CR-Xデルソルとか、そんな感じ。間口は広いし、スタイルも適当に格好良い、しかし、拘るポイントが見えないという感じ。これに超軽量+ハイレスポンスで水冷シングルエンジンとかあれば、ロードスター的とも思えるけど、走りそうな外観だが、走った時の印象が希薄な感じが強いのである。
 派生モデルでも良いんで、D-Trackerのエンジン載せて重くても130kg台で出し直して欲しい。Ninja 250-Monoとか、、、、出して欲しい。

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金は目的?結果?

 最近のニュースは円高、株安で景気がショックを受けるという話が多い。株価が低迷するのは自分も頂けないと思うし、株価も上昇する事を望んでいるが、為替においては円高の方が望ましい。結局、円も株も上がれ!って思うところだ。

 株価が上昇し、企業価値が上昇し、相対的に国際競争力が増して為替で円高となるというのが最も自然ではないだろうか?

 しかし、現実は違う。

 株式投資にしても投資の意味が本来の意味とは違う。為替取引にしてもそうだ。すべては、金利差を背景にしたり、企業の買収劇等の情報に敏感に反応し、タイミングを見切って売買によって利益を上げるというのが投資の第一目的のようにみえるけど、本来は、企業価値に賛同し、企業の利益誘導に外部から強力しようっていうのが投資の本筋だと思う。結果、株式会社にとっては企業運営指針に賛同があるかどうかが分からない流動株主が多数を占め、結果、リスクが増大しているだけのように思う。
 政策的に取引活発化を目指したように見えるが、寧ろ、安定的な社外投資家を獲得して社内外双方から企業を支えるグループをまとめ上げさせるような政策が必要ではないだろうか?

 円高を容認する社会構造を得るには、元々、資源の無い国故に、他国に対して売る製品の性格をどうするか?が大きな鍵だ。
 今の日本製品は、性能はソコソコ良いけど本質的には『安いから売れている』というモノである。基本は性能の割に安価という『安価』ってキーワード抜きでは語れないのが現実である。結局、安価でなくなれば途端に競争力を失うリスクが多いモノばかりである。
 しかし、実際には価格云々よりも唯一無二の利便性、性能、特徴をもって消費者に対して価格を考えさせないモノこそが求められており、『高くても欲しい』と思われるモノを作ることが大事なように思う。

 株式も円高でも、最初に金、金額の額面ありきって価値観が強すぎるのが問題ではないだろうか?

 こんな事を書くのは、大学~大学院時代に運営していた塾についてだが。私は、広島郊外に一戸建ての物件を借りて6教室を備える学習塾を運営していた。
 当時、その地区においては高校受験を控える中学三年の月謝は7000~15000円程度だったのだが、自分の塾では27000~35000円という相対的には高額な授業料設定をしていた。
 この金額提示に対し、当時の保護者は高すぎる!とか、まけろ!とかの声が有ったのは確かだが、その度に、安い塾を紹介して、来なくても良い旨を説明していたのを思い出す。
 で、開業当時は全クラス全学年併せても生徒数は新学期スタート時に3人で全く採算ベースに載らない状態であったが、一学期終了時には30人を突破、2学期終了時には60人を突破、そして二年目には最初から100人を越える生徒を集め、塾の分室をオープンしたりもした。最終的には150人級の塾となったのだが、それでも勿論、月謝を下げることは一切無しで、初期の設定を保ち続けての話である。

 当時、講師陣は大学の研究室の同級生~後輩で固め、指導対象も最終的には小学5年~高校3年迄をカバーしていた。

 当時の内容は機会があれば説明するとして、結局、消費者からは月謝が高くても入塾させたいという評価を頂いたということであり、その後、自分が一線を退くまで塾経営が安定的に行われ、生徒数が確保されていたっていうのは、実績が全てを証明していたからだと言える。その後、市内で塾チェーンからの依頼で、チェーン店の塾起業補助を単年契約で行い軌道に乗せる事をしたり、オリジナルの入試予想問題の作成等も行って小遣い稼ぎもしたけど、結局は、金はあとから付いてくるモノであり、金額を競争力にしたのでは多分成功しなかったと思う。

 当時(今でもそうだが)の考えは、金の事は気にしないって事であり、要は他に無いものを作る事が大事であり、それが要求されるようなモノである程、モノとしての価値が高いということ。そういうモノが最終的に利益に繋がるという事である。

 今の日本の技術力云々って話や、輸出産業の技術力の話も色々と聞くけれど、最終的に独創的で唯一無二のモノが結構見えにくい気がする。価格は二の次で勝負できるマーケットを開拓したり製品を提案する力と、具現化する技術力が必要だ。
 そういう力があれば、円高によるメリットがより明確になるだろうし、結果的に株価も上昇するんだろうと思うが、そんなに単純なものではないんだろうか?しかし、本質は、単純なようにも思う。

 現体制、古い価値観に縛られるから、難しくなるのに過ぎない気がする。

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700Cロード vs それ以外

 気のせいかも知れないが、バッチリ決めた装備に一流の機材で決めたロードっていうのは、それ以外の自転車と仲が良くないような気がするのは気のせいだろうか?いや、ロードバイクに乗った人も、セカンドにそれ以外を持っている人が多いとおもうので、人の問題というよりも、バッチリ決めた装備がもたらす精神状態によるものだろうけど、バッチリ決めた装備は乗り手にプレッシャーを掛けるのだろうか?

 ホームコースを走っていて見掛けるのは、決めたロードっていうのは一生懸命漕いでいる人が多く、それ以外の人っていうのは一生懸命の人もいれば、そうでない緩い人も居る。そして、一生懸命中の決めたロードっていうのは、どうにも自分より速い存在が許せないとでも思えるかのような走り方に見えてしまう。その一生懸命の人達は、流している自転車を抜いたり、そのような自転車と停止線で並んだりする時は、笑顔で爽やか挨拶を交わしてくるけど、決めたロードの人にとって許せない存在の人も世の中には居るようで、そういう場合には、殆ど100%戦闘態勢に入っているように見える。

 なんだか、心に余裕が見えてこないのである。機材と装備が一流=誰よりも速いって方程式は成り立たない。心の底では、機材や装備に金を掛ける素人程、コストに見合った効果が得られていないのを感じつつある筈だ。それ故に、グレードへの凝り方がエスカレートしていると言える。激しいエスカレートの意味するモノは、そこまで投資せざるには居られない現実を理解しているからであり、そうすることで、自己陶酔しているに過ぎないのでは無いだろうか?
 そういうジレンマを抱えて一生懸命走っている時に、その価値観から見れば取るに足らない存在に現実を見せられる事が許されないのだろうか?それ故に、あのような戦闘的な行為に走ってしまうのだろうか?

 ふと、そんな事を考えてしまうのである。

 別に、高級な装備や機材を否定するつもりは無いけれど、それに着飾った人で余裕の無い行動に出てしまう人を見掛ける程に、高級な装備や機材の素人に対する効果の期待を打ち砕きたくなる。そういうモノも工芸品的に、ルックス的に、或いは趣味的に纏うのは否定しないし、有りだと思う。しかし、仮に、そういうモノを纏う事で他人への干渉の度合を強めてしまうのなら話は別である。

 まぁ、モノには何の責任もないのだが、結局は乗り手の心一つの話だ。

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もっと円高!金利高!が良いのでは?

 先週末から今週月曜の昼迄の話だが、相変わらず円高傾向だ。
 しかし、微妙に1ドル102円を突破しない。101円台に入るのに躊躇しているように見える。(実際は月曜の夕方には突破したけど、、、)勝手な事言って申し訳ないが、サッサと100円も切ってしまえと思うのだが、、、、。

 勿論、輸出関連企業云々の業績にも悪い影響の方が大きいし、原材料費高騰による物価上昇も家計を直撃?するかもしれないし、山場を迎える春闘の賃上げ交渉にもよい影響は無い。

 しかし、今の為替水準、金利水準は、素人考えだが、どうみても違和感ありである。もっと円高、そして金利は今の10倍くらいは高くないと嘘だろう。そういう状態で成立する社会構造こそが必要であり、景気を下支えするというお呪いみたいな説明で、低金利政策、特定輸出産業への一極依存構造を維持する事自体が無理があるのではないだろうか?

 国内資源には技術がある!って報道ステーションでは度々言っているけど、そんな技術があるはずの中小企業への融資が裏目にでて石原銀行はヤバイ状態になりつつある。
 技術とは競争力があって初めて技術であり、競争力の無いのは技術ではない訳であり、競争力がないから融資しても経営が行き詰まるのでは?というのは単純すぎるだろうか?

 勿論、円高、金利高になると、勤務先の会社もヤバイかもしれないし、クビになるかもしれないけど、全然OKである。今の硬直した価値観が支配的な社会構造が変わる方が遙かに面白そう。

 今の政治から経済、教育に到る様々な問題は、戦後から続いた今の社会の価値観の崩壊というか破綻から生まれたモノのように見える。

 先週の教育問題を討論していたNHKの番組でも、何が悪いか?何が必要か?どうすべきか?を熱く議論していたけど、どうも表面的な議論に終始していたように思う。結局、教育の崩壊って言われているのも、戦後社会の価値観の上に成立した教育手順の破綻を意味しているだけのように思う。

 今の社会の価値観は、全てを金額で評価し、手順よりも結果を重んじる即効性重視という部分も多く含んでおり、こういった考えが、様々な問題の温床となっているように見える。

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2008年3月12日 (水)

掲示板スパムは何処?

 そう言えば、丁度一年前は虫垂炎切除術で一週間程入院生活を送っていた。当時を振り返ると、退院直後からメインサイトのスパム書き込みが増えていったのを思い出す。
 当時の対策といえば、BBSのトップページは暗号化したHTML文書としていたけど、投稿段階のCGIは放置故に、検索のキャッシュに残ったCGIからのスパム投稿が見られた。

 その後、スパム投稿対策には表示用トップページは暗号化HTML文書を使うというのは同じだが、CGIによる投稿操作でも入力キー受付、発信元IPチェック、投稿内容チェックを行い、疑わしい操作のIPは全登録して以後入力不可となるように変更したのだが、その後は約一年の間、スパム投稿は完全に治まっている。

 但し、投稿内容チェックでは、相当に厳しいチェックを行っているせいか、正常な投稿もブロックしてしまう傾向があり、ここ半年では、投稿チェック制限を緩和させている。更には、投稿内容文章も一応ログ化するようにしたところ。
 折角投稿して頂いても、弾かれた上に投稿内容が破棄されると、悪意の無い人に対して失礼か?と思えるからだ。

 但し、このスパム投稿か否かを判断する条件設定が結構難しいと痛感しているところ。AI的な動作がプログラムで可能なら相当に精度は上げれるのだろうけど、そうではない。結局の処、単語チェックに留まる訳だ。このチェック判断が厳しいと煩わしいし、甘いとザル状態になる。ということで、今はそのチェックレベルの修正を行い実用上具合の良い処を探っている状態だ。
 但し、このスパム投稿対策だが、CGIを使って行っているけど、使いすぎて負荷を与えすぎるのもNGであり、新しい対策は、何らかの問題が発生してから対応するというパターンになりそう。

 現段階のスパム投稿対策は割とシンプルだけど、一番の良いな!って思える点は、海外からのアクセス全排除と国内の指定IPからのアクセス全排除が基本だけど、そのアクセス禁止IPアドレスをファイル形式で維持しており、そのアクセス禁止IPアドレスが、投稿履歴から内容チェックに引っ掛かるモノが常に追記されるという構造であり、或る意味、投稿内容と履歴から悪意のあるIPを自動収集して禁止データファイルに登録するという形態である。こうすることで、CGIメンテナンスの手間は随分と簡略化される。

 モジュールとしては、

・BBS等の本体CGI
 本体CGIには、スパム対策が盛り込まれたCGIが望ましい。
 このスパム対策でトラップされたIPを下記のスパムフィルター用IPデータファイルに追記する関数を作成する必要あり。

・IPスパムフィルター等の前処理CGI
 デフォルトのスパムフィルターでは禁止IPデータファイルの自動更新が出来ない。禁止IPの追記は上述のBBSのCGIを改造して関数を作成すれば可能。

 こうすれば、簡単に精度が高く、メンテナンス頻度を減らせるスパム対策BBSが設置できる。CGIを激しく駆動させるとサーバー負荷が増えるという弱点に対しては、BBSトップページをHTML表示するタイプが一番良いとも思う。

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収集癖は病気です。

 無駄遣いが大好きである。結構、ツボに嵌ると一気に買い物、纏めて買い物、同じモノを複数買い物、、、、、悪い癖である。特に、ツボに嵌るとバカな行動に走ってしまう。そのツボっていうのが、滅茶苦茶単純である。我ながらアホである。ツボっていうのは、例えば、売り場に残った最後の一個の商品を見ると、商品を買わなければならないという気持ちになってしまう。勿論、全く不要なモノなら衝動は治まらないが、気持ちの奥に残っていたモノなんかの場合では、もうダメである。
 最後の一個というのに弱い性格は、限定販売品にも弱い。更には、製造終了品とかデッドストックという言葉にも滅茶苦茶弱いのである。ワンオフ、特注、、、、そういうのは、冷静に考えれば売り手が売るための常套手段の宣伝なのは理解しているけど、それでも戦略に軽く乗ってしまうのである。

 そういうのも単車とか自転車のような趣味性の高い分野ならいざ知らず、進化のスピードが速く新しいモノ程高性能といってよいようなデジタル製品、例えば、パソコンやデジタルカメラでも、古いモノがグッと来る事が多い。こうなってくると、完全にバカである。

 単車なら、80年代の2ストレプリカという括りに拘れば現行機種が無いので言い訳の一つにもなる(単車は例によって2ストの小さいのから大きいのまで、Vツインミドルクラスを二台、シングル1台等々で実働が計9台。)。自転車でもレイノルズ531パイプをラグで結んだWレバー仕様のロードが好きだったり、小径ならH型フレームを特に選り好んだりするのは、まぁ、性能重視ではなく味を重視しているから判らないではない。それで結果は、西DAHON、オ・モイヨWW、スピママGTR、ラングスターTT、531ロードと5台あるところにルイガノのMVFで計6台。

 しかし、パソコンなんかは使っている時に機能の味がどうこう言う製品ではない。よって、今使うなら間違いなく現行の最新機種が安くて速くて高性能なのだが、何故だかXeonのDualにRIMMの2GB構成+LVD SCSI I/FのHDDに拘ってみたり、Coppermine 1GHz Dualに拘ってみたりする。酷い機種になると未だにPC98が存在し、意味もなくHDD容量制限の解除+K6-III400MHz化で無意味に投資したりしてる(例によってPCはPIIIのDualマシン、XeonのDualマシンを中心に4台)。

 デジタルカメラにしてもそうだ。新しい機種程多機能軽量コンパクトで超高画素でトレンディ?って感じだが、何故か不自由な古い機種の方が楽しく感じてしまうのである。特に古いデジカメなんぞ世間的には商品価値ゼロなんだろう。それが悪のり購入の元凶だ。1000円以下なら買ってしまえ!というノリ。言い訳すれば、以前使っていたFinepixA202だが、非常に気に入っていたのだが、カレンダー電源不調の修理が7000~9000円コース。で、ネットでの取引相場が2000円以下、昔ならDS-30が相場3000円の時代に修理代が15000円とか、、、。となると、修理は有り得ない。なら、予備機キープが安心。でも、カレンダー電源不調はFujiの悪癖なら中古にも同じ症状か?で、廃却となるのだが、調べる限り機能的な致命的欠陥がなくて、相場が激安(1000円以下)で、性能的には大変満足(自分の好みに合う)して、加えて、流通数が非常に少なくてって条件を満たすと、最低でも4台程度は確保したくなるのである。(前例機種としてはSANYO DSC-V100、今ならOLYMPUS CAMEDIA C-120、日立MAXELL WS30Slim)
 勿論、安いからといって全数複数購入ってのはしない。自分的に使用頻度の低い機種は単数保有でしかない。但し、新品で買った機種でも、中古で相場が安いとか、今売っても金にならないのなら置いておこうということで増殖しまくりで、結果、ゴミカメラが堆積し、E-100RS(10000円)、C-730UZ(新品を発売当時に購入)、C-120×4(約850円/台)、GV-20(12000円)、WS30(300円)、WS30Slim×4(約1000円/台)、DS-10×2(500円)、ix-20(200円)、Largan Chameleon(1000円)、AVMC211(1500円)、Caplio RR211(2000円)で18台
要は似たようなモノをつい、集めてしまうのである。考えてみれば大バカ野郎である。手元に無い機種も相当にあり、QV-770、QV-7000SX、DSC-V100、DSC-X200、Finepix A101/A202、i-mega iNC130、DSC-R1、DS-30、C-420L等々である。

 ただし、言い訳でしかないけど、デジタルカメラについては自分の中で、性能的に求める水準が5年前のレベルで満足と決定しており、寧ろ、当時レベル以上は要らないという決まり事?があるので、こんな状態となっている。

 なんていうかなぁ、工業製品が大好きだが、あまりにも激しいハイテクとか、高機能、高性能、超緻密で電子デバイス花盛りっては生理的に受け付けないのだが、そんな事を言うと、進化が激しく進んだ機械に魅力を感じないし、寧ろ不愉快な気持ちを持つ。それ故、進歩の過程で自分のレベル?と丁度イイ感じのモノが絶版となったりしていると大量捕獲行動に出てしまうのである。

 ふと、考えると、我が家の娘も似たようなところがある。マズイ感じである。これは、一種の病気といってもよい状態。

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2008年3月11日 (火)

デジタルカメラ終了!

 約一ヶ月の間、ゴミカメラに散財したデジタルカメラだが、このデジタルカメラって商品は、色んなサイトや本、人の話、カタログ等々で説明を見ても、結局のところ良く判らないのが正直なところ。

 正しい、正しくないに限らず色んな話がある。新しいモノ程、或いは画素数が多い程、高性能で高画質とか、、、、で、結局、今のトレンドもそんな延長線上で市場を賑わせている。
 一方で、極小CCDで過剰画素数程ノイズが多いとか、色んな話が飛び交っている。

 恐らくは、視点を変えればどっちも真実なんだろう。で、こんなに情報が溢れかえっている中で正常な判断を下すってのは、自分で考えない限りは実は難しいのか?って思うところだ。
 確かに、新しい機種は緻密で繊細で高機能で高画質で、、、、満足出来る機械っていうのは間違い無い。

 しかし、この満足できる機種っていうのは各社から多くリリースされており、それは購入を検討した時点において、どの品でも大きな差異が無いだろうし、少なくとも、その性能はそんなもんだと納得している筈。
 この感覚っていうのは2年前でも5年前でも多分同じである。

 結局、どれかっても同じであり、それなりに満足して使うって感じになるんだろうし、今から何年か経てば、その時代に併せたカタログ上で殺し文句が踊り、それが未来におけるスタンダードとされるんだろう。

 時代が進むにつれて、そのスタンダードというのは変化して性能もそれなりに向上するものなんだろう。

 そんな事を考えながら、機種に対する満足っていうのは、結局、自分との折り合いでしかないのだが、その折り合いを何処でつけるか?というのが、機種選定の分かれ目のようである。

 結果的に、マイベストスナップカメラはCAMEDIA C-120という取り柄のない機種に落ち着いたけど、自分レベルの満足度っていうのは、その程度で得られるんだと、或る意味ビックリである。寧ろ、室内で高速接近する子供が撮れる点を凄く重宝しているくらいだし、仕事で機械や材料状態を記録するにしても問題ない写りが得られる。

 勿論、発表会、運動会にはC-120では遠すぎて映らないので、高倍率望遠+手ぶれ補正の機種であるE-100RSを選んでいるのだが、これは年に数回も使わないだろう。この機種でも150万画素どまりで今のトレンドから見ると大幅に見劣りする機種だが、自分的には大満足である。実際、既に一度の発表会で活用して300枚にも渡る撮影で結構気に入った写真が撮れて、L判出力品質的にも不満が無いので最新機種を!ってはならない。

 このように本機以上の画素数、機能に必要性が無いので、それ以上の機種が欲しい!って事にはならないのだが、実際問題、市場を席巻する最新機種っていうのは、その性能が本当に消費者に求められているのだろうか?
 その辺が少し気になるところである。

 ところで、今回はVGAクラスを中心に低画素数カメラも結構大量に捕獲した。その意味は、カメラ性能に寄与すると思われる特徴が如何ほどか?を確認するために入手したものが多い。

疑問1:同画素数でもCMOSトイデジと創生期CCDデジカメは違うの?
 CMOSトイデジと初期のCCDデジカメを比較した。CMOS機はWS30、WS30Slim、Chameleon、ix-20で、CCD機は昔買ったDSC-V100、QV-770、C-420Lと今回買ったDS-10。結果は、データの圧縮率はCCDとCMOSの違い以上に影響が大きい。圧縮率が同程度ならばCCDの方が圧倒的に綺麗。
★CCDながら液晶無し、電池2本駆動のDS-10は好き。

疑問2:F値の違いはどう?
 F2.2のix-20、F3.5のWS30Slim、F4のWS30をストロボ無しで較べた。ix-20が室内撮影が一番まとも。F値通りにWS30が一番厳しい。やっぱり暗めの場面では明るいレンズの方が良さそう。特にトイデジはストロボで近いものを撮すと真っ白け(白跳び)になる。過去のF4.6のFinepix A101/A202の暗所ダメダメ具合を確認するための実験である。
★自分的にはF4以下のカメラでないと要らない。トイデジながらF2.2のix-20は好き。

疑問3:レンズの材質(ガラスとプラスチック)の違いは出るの?
 WS30SlimとWS30の違い。ハッキリ言って違いは分からない。広角気味に撮れるWS30の方が大きく撮れる分、高精細に見えるのは気のせいか?
★携帯に便利なWS30Slimはお気に入り。

疑問4:画角の違いは出るの?
 35mm換算で焦点距離が違うWS30(35mm)とWS30Slim(42mm)の違い。35mmの方が使いやすい感じ。42mmなら許せるけど、RR211のような49mmでは厳しい。低画素で風景とるのは厳しい。撮るのはスナップ写真。ならば寄れるワイドが良いのが自然な理屈。高画素カメラなら望遠気味もありかもしれない。
★よって今後買うなら最低でも35mmよりワイドなカメラ。

疑問5:OEM製品で性能差はあるの?
 WS30とChameleonの差。無いようで微妙にある。写真の色合いが違う。原因は不明。性能差では無いけど、ビープ音も違うし、製造国も違う。微妙だが違いは存在するようだ。
 また、同じWS30Slimでも台湾製と中国製では色調が違う。個体差?製造国差?は不明だが、概ねWS30系では台湾製の方が自然。
 OEM元の本家製品の方が微妙に自然に感じるのは気のせいだろうか?
★今後何か(車でもPCでも)を買うなら、本家製品にする。

疑問6:再確認。固定焦点対自動焦点
 前回のQV-770対C-420Lでは圧倒的にPFの負けだけど、原因はデータ圧縮率ということに気付いた。で、DSC-V100対C-420LでもAFのC-420Lが優勢だった。
 その後、PFのFinepix A101/A202、CAMEDIA C-120でPFを見直したので、再度DS-10を購入確認。結果、DS-10はC-420Lとも良い勝負してる。
★結果、PFでも妥協範囲の写真が撮れる。スナップカメラならPFのメリットが大きい

疑問7:感度とF値のせめぎ合い?
 好感度FT-CCD、F2.8でも低ISO感度(20~100)のSANYO DSC-R1とISO感度が高い(100~400)C-120の比較。結果、、、、それ以外の要素(例えばオートWBの精度、動作の俊敏さ)でDSC-R1は厳しすぎる。C-120の圧勝!

と、機能確認?のために散財したけど、役割を終えても、思った通りの機能を垣間見せてくれた機種は手元に置いておきたいところ。

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ルンルン!ルイガノ!、、、、

 自転車のブランドとしては最も嫌いといってもよいブランドのルイガノであるが、気にせずに買ってしまう辺りにポリシーの無さを感じる。ルイガノは嫌いだけど、この度購入したMV-Fってモデルは結果として購入したのだが、購入した今でも、ブランド嫌い、色も好みとは言い難い赤色、コンポもパーツ構成も好みでない。
 何故に買ったか?というと、何と言っても個性的なフレームワークであり、ビアンキのフェニーチェ、タルタルーガのSPORTSと同じで本家はPacific CycleのReachってモデルと同じフレームという一点に尽きており、そのフレームが想定外の価格で手に入ったってのが第一である。

 さて、登録してから一週間が過ぎたけど、未だニシダサイクルさんにおかせて貰っている。乗ったのは未だ二回である。で、当初は徐々にって考えていたパーツ交換だが、勢いとは恐ろしいもので、トリプルのクランクセット、F/Rメカ+STIレバー、ハンガー迄が所謂SORAグレード。ハンドルはアナトミックという仕様。ホイール周りも全換えを考えていたのだが、標準のホイールを持っていても売却性は今一ということで、リムのみ組み替えで行くことにしたのだが、リムは標準のSingleWallからDoubleWallのALEX R390に交換とした。

 と、そんな訳で、部品が入荷する毎に変化する様子が見れて、これがまた楽しいモノ。

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2008年3月10日 (月)

Vツイン、下りの峠はメッチャ面白い。

 ここ何年もの話だが、週末の夕方には雨が降らない限りは殆ど確実に単車に乗る。
 単車に乗って軽く走り回るのだが、走る場所っていうのは、基本は起伏に富んだ山間部の道路で、所謂、つづら折れの山道である。

 そんな峠を走るバイクは、これまた殆ど毎週だが、CX改とSV650である。で、いつも思うのは、そんな峠をツインのバイクで走って感じるのは、下りのコーナーの楽しさである。

 コーナー侵入前にしっかり減速?して、侵入時においてはフロントは基本はフリー状態でバンクさせると同時にトラクションを掛けて腰で単車を旋回させながら加速して立ち上がるという単純な動作だが、これが何とも言えない程に楽しいのである。

 特に、ミドルVツインでピッチを挙げて走ると、当然、アプローチでのエンブレが邪魔になるのだが、そのエンブレの最小限に押さえるようなシフトダウン、的確なブリッピング、ソフトなクラッチミートで連続的な減速時の排気音を奏でながらコーナーに侵入するのは、実に繊細な操作って感じで気持ち良いものだ。

 この感覚は、2ストのバイクでは絶対に味わえない感覚。2ストの楽しい瞬間は別にあるし、その感想を記事にするのは別の機会にするけど、ミドルツインの負のトラクションを制御しながらコーナーを走るってのは、結構好きである。

 普通、ツインで立ち上がりで正のトラクションの断続性を感じながらが楽しいって話は、一寸走る人の間では良く聞く話だが、そんなのは当然として、本当に面白いのは、比較的高回転域、比較的急勾配の下りでリアの荷重が抜け気味な状況で、ドリフトアウトしないように如何に短時間に、必要な状況迄落とすか?その繊細な操作っていうのが実に楽しいのである。ツインの650ccクラスでBTL(バックトルクリミッター、スリッパー)無しでのエンブレってのは、車中の軽さと合わせて考えれば結構面白い?挙動である。回転がバッチリ合ったブリッピングでのシフトダウンでなければなかなか難しいもの。これを俊敏且つ正確に行うってのは、2ストバイクとは別の意味での難しさ(≒楽しさ)がある。全自動バイクではまずお目に掛かれない挙動。こんなユーザーに任された、正しくAs you likeな感じが堪らない。慣れれば、こういう挙動を利用してオーバーステア気味に走る事も出来る。CX改なんかでは、意図的にコーナーのアプローチで後輪を外に振って車体の向きを変えるのも面白い乗り方だ。これがSVでも出来るようになれば自分の満足度的には完璧である。(因みに、この挙動に初めて遭遇した時は、何とも言えない感触。リアがウニュウニュと動く感じは、或る意味、楽しかったし、恐さは感じなかった。このウニュウニュが支配できるようなると結構ツボに嵌るモノ。)

 この楽しさは、一昨年、SVでウエットのワインディングで結構なペースで走った時に感じた危なっかしさで気付いたものだが、そういうウエットでの恐さは、急勾配のハイピッチの下りのコーナーのアプローチでも出てくる癖と同質のモノ。

 Vツインでそういう感覚で楽しんでいる人は他に居るのだろうか?

 人間というか、俺も、困った奴である。2ストの楽しさも、4ストVツインの楽しさも、その危なっかしい所に強く惹かれてしまうのである。そういう難儀なポイントを征服したと感じれる時が至福の時となっている。

 いけない遊びである。

 まぁ、走りやすい場所で、速いと言われているモノに乗って、それなりに走っても征服感=満足感は全く無い訳であり、走りにくい場所で、速いとは思われない(一般に乗りにくい、不利と思われる)モノに乗って、それなりに入ると征服感=満足感に満ち足りるのである。

 ミドルツインのこんな遊び方。みんな出来るのかもしれないし、出来ないのかも知れない。でも、仮に知らない世界なら、是非一度試して頂きたい世界である。ホントは2ストの面白さも多くの人に知って貰いたいけど、時代が許さない。だけど、ミドル以上のツインの面白さは未だ誰でも味わえる。

・高回転型ツイン
・スポーツバイクで基本は軽量
・過激すぎないモデル
・電子デバイスが入りすぎていないモデル
・BTL、スリッパークラッチとか無いシンプルなモデル

そんなツインがお奨めだ。有れば『SV650S』がお奨めだが、価格と入手性から考えるとお試しのハードルが低いのは『TRX850』である。ER-6も可能かもしれないけど乗った事がないので判らない。EX-4では経験上役不足。ツインと言えばNinja 250Rに関心が高いようだけど、走る上での面白さはTRXとかSVの方が数十倍楽しい筈である。

 まぁ、4ストVツイン、2ストレプリカに限らず、ロードコースを走る小径折り畳み自転車であったり、河川堤防を走る固定シングルも、そんな価値観、即ち、自分で征服感を感じて、満足感を得るためのチョイスであるのは言うまでもない。

 話が脱線するけど、単車も自転車も趣味である。趣味≠競技であり他人に勝つ事は眼中に無い。狙いは自分の征服感を得るため。それ故に、人と同じ選択で、最新の機材、最新のマシンを手に入れて、それなりに走るってのは、結果は上かもしれないが、征服感よりも虚無感の方が大きい。金出して感じるなら、虚無感よりは征服感の方が自身満足できる。そんな事を考えている。

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2008年3月 9日 (日)

ルイガノMVF初乗り

 表題の通りに、先日契約したルイガノのMV-Fだが、帰宅途中にニシダサイクルさんに寄って乗ってみた。
 既に、駆動系のパーツをオーダーしているので、入荷次第組み替えるから、ノーマル状態は殆ど乗らないのである。実際、部品が入荷するまではニシダサイクルさんに置かせてもらうので尚更だ。

 今回のMV-Fだが、自分の持っている自転車と最も大きな違いというと、何と言っても前後サスペンションである。自分のイメージとして前後サスペンションっていうのは、駆動力を食う邪魔者以外何物でもないという認識であり、多くの小径車が採用しているサスペンション全てに懐疑的な印象を持っていたのがこれまでだ。
 因みに、サスペンションのロスの度合いってのは、MTB系のようなオートバイのようなサスペンション構造の乗り物に過去に乗った上での判断だ。

 ところで、小径車のサスペンションは今回のMV-Fと同じく、モールトン、BD-1、KHS等々多くのモデルがエラストマーという樹脂製のブッシュを用いたモノだが、これは実際に乗ってみるとスプリング式のサスペンションとは全く別物のようである。今回、MV-Fに乗って初めて判った。驚きの感動である。
 サスペンションが付いているという印象は殆ど皆無であり、乗った感じとしては小径車らしくないフルサイズ車両のような乗り心地である。まさしく、そんな感じである。

 なる程、これなら駆動ロスも気にならないし、小径のネガであるゴツゴツ感も綺麗に取れる。確かに悪くない。それ故、採用車種が多いのか!というのが改めて判るところ。
 更に思ったのは、こういうエラストマーブッシュを用いるというのは、殆ど動かないとは言ってもピポットを持つ訳であり、加重はブッシュに対して圧縮方向の力が作用する訳であり、逆に言えば、ピポットを軸にブッシュ部分が離れるように畳むってのが理に適った折り畳み方って事であり、それで、MV-Fのような畳み方ってのが成立する訳である。

 やっぱり、乗らずして判断するのはNGだ。見た目、複雑なだけで意味が理解できなかったフレームだが、実際乗ってみると悪くない。これで、今回は3×9の27速+ドロップバーという構成になる訳であり、果たして、オ・モイヨWWや西DAHONとの違いは如何ほどか?が明確になる。楽しみである。

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たばこ1000円、良いのか?

 タバコの値段を1000円にして税収アップと国民の健康回復の一石二鳥!って話が、日本財団の会長から飛び出した。
 以前から思っていたのだが、悪くないと思うところだ。でも、税収以前に値上げ以前に、いっその事、完全に禁止しても良いのでは?と思う所。

 仮に自分が今喫煙していてもだが、度重なるタバコの税アップに伴う値上げには、喫煙者の立場から見ても、うんざりしていたし、タバコの税アップに伴い喫煙者に良い事があるか?っていうと、何も実感できなかったが、恐らく、喫煙者の立場では、値上げされての納税によって喫煙者の利益になる事があるのか?という点で大きな不条理を感じるのだろう。

 今ほど、公共空間での喫煙が制限され、交通機関でも制限され、挙げ句の果てには家庭内でも制限され、禁煙者から迷惑そうな視線を投げかけられる現状では、ハッキリ言って喫煙可能な空間が存在しない訳であり、そうならば禁止する方が筋が通っているように思う。
 仮に喫煙したのであれば、飲み屋ならぬ吸い屋のような煙商売でしか喫煙不可能な形にしてしまえば良いのでは無いだろうか?一般空間で煙草を吸うと即罰金とか、、、、

 勿論、こんな偏った意見は反対が多いだろうけど、何が気に入らないか?というと、禁煙という流れの中で肩身の狭い喫煙者に対して納税者に還元しない税負担を強要するスタイル、つまりは、取れる所からガッポリ税を取れという考え方自体が気にくわないのである。

 禁止が前提で、喫煙を楽しむ場所で吸うために対価を払うというのであれば理解出来無くないが、、、、、 仮に今のたばこ税が、吸うための対価という意味ならば、少なくとも、気持ちよく喫煙できる空間くらいは公的に整備すべきでは無いだろうか?

 日本の税制で思う事。煙草税でも、ガソリン税でも、サラリーマンの給料からの天引きでもだが、取りやすい所からがっぽり取れってシステム自体を好意的に見る事が出来ない。それ故に、今の煙草を巡る論議、環境には違和感を感じるところだ。

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ビギナーデビュー!?

 日曜日の朝の定例?走行だが、3/9には昨年FELTのZ80を購入した同期M君と、先日Z90を購入した後輩F君も同じ時間帯に走るという。勿論、同じ時間帯にそこに居るというだけであり、一緒に並んで走るというモノではなく、スタート地点が同じ、折り返し地点休憩時に談笑するという程度のモノだろうけど、取り敢えず、比較的安全で走りやすいコースなんで、気に入って自分1人でも走ろう!って気が起きれば良いように思う。

 まぁ、Z80のM君にZ90のF君を任せるとして問題無いのだが、久しぶりに乗ると思われるZ80君、殆ど初めて乗ると思われるZ90のF君は、私のホームコースを走ってどのように感じるか?距離はどうか?向かい風、追い風はどうか?細いタイヤで走ってどうか?といった感想に関心があるところ。

 さて、今回、同じ時間帯にスタート地点を出発する彼らには、コンフォート系乗りやすいロードであるZ80、Z90を薦めたのは他ならぬ自分である。
 そんな風に人に勧める一方で、前の記事で自分の好みってのは、敢えて扱いにくいモノ、難解なモノが好みで、王道外の方法、つまりは覇道的な方法で物事に接するのが好みであり、それが自分の購買欲に繋がり、それを使うことで征服感、更には満足感を得るという話を書いたけど、そう言う考えからすれば、自分の好みって部分と人に勧める部分ってのは全くの正反対である。
 それは、やっぱり扱いにくいモノ、癖の強いモノってのは、取っつきにくいのは確かであり、その取っつきにくさ、扱いにくさに魅力を感じる人よりも、そのモノに不満を覚える人が多いと思うからである。特に、初心者に対して技量や経験を要求するような難しいモノは、如何に高性能とはいっても使えなければ宝の持ち腐れ。或いは、使い方のツボが理解できなければ邪魔もの以外の何物でもない。

 そして、やっぱり相談してきた人に期待するのは、いきなりハイエンドから入るではなく、入門仕様から初めて、その世界に慣れる事から初めて、自分のスキルアップに従って、機材の不満点を一つずつ自分で見つけ、それを解消する事を目的に機材の選定をすることで、機材や機能の有り難さを実感して欲しいという願いあってのものだ。特には、慣れる前に怪我をさせないのが最重要である。

 よって、今回のマイコースへの彼らのデビューでの一番の心配は?というと、所々走る車道部分で事故は起こらないか?或いは、所々存在する段差でパンク等のトラブルを起こさないか?そして、ゆっくり走る場所ながらも所々走る狭い歩道部分で歩行者を巻き込んだ事故を起こさないか?というところ。人事ながら、その辺が特に心配だったりする。
 特に、最近は自転車の安全に纏わる報道が各メディアで盛んに為されており、そんな事故の当事者にだけはならないで欲しいものだ。

 さて、今週は木曜日から春っぽさが少しずつ感じられるようになってきた。朝は少々冷え込むけど、太陽が出てからは結構日差しが暖かくなるのが判る。二月の最終週のホームコース走行では路肩や民家の屋根には積雪、走行時は時折吹雪きだったのに較べると季節の移り変わりの早さを実感するところ。

 3/9の日曜日はどんなコンディションであろうか?いきなり走る人にとっては、それなりに距離はあるし、車道では車も居る。少なくとも、風が強くない事を祈るばかりである。

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2008年3月 8日 (土)

ロス疑惑、回想

 ロス疑惑でM被告がサンフランシスコに移送するかどうかの話しでは、シュワルツェネガー知事が署名したというニュースが先日報道されていた。

 そう言えば、シュワちゃんは映画ターミネーターでハリウッドスターとしての地位を確立した映画俳優。その映画ターミネーターは?っていうと、確か大昔の大学生の頃、映画館に行って見た記憶がある。

 そんな中、ふと思い出したのは、シュワちゃん→映画俳優→自分が大学生の頃→俳優→ロス疑惑での元女優Yさん→確か、当時の週刊誌(プレイボーイ、平凡パンチ)のグラビアでお色気ポーズで出ていたような気がする。微かな記憶を辿ると、グラビアページではヒョウ柄のワンピースの水着を着ていたような記憶が蘇る。大学近くの喫茶店で週刊誌をめくっていて見たような気がするがどうだっただろうか?
 何故に、今更こんな事を書くか?というと、当時、この元女優さんは、グラビアに掲載される際のタイトルとして『ロス疑惑の・・・・』を売りにしていたけど、今は名前を特定する情報は殆ど無い。当時はプライバシーを捨ててスキャンダルを売り物にして、今はプライバシーを保護して、、、、人間っていうのは都合の良い生き物だなぁ!と思ったのが理由だ。
 勿論、当時は如何なる手段を使っても仕事を取るために!という理由があり、今は引退して一般人という違いがあるのだろうけど、少なくとも、一度は事件と個人の関連を売りにしてさらけ出したのは事実であり、そう思うと、そんな過去に自分で公にした事っていうのは、当人にとって秘密となるのか衆知の事実なのか?その辺の判断がどうか?が興味あるところ。

 さてさて、今回の事件、M氏の運命は如何に?今回、M氏側の抵抗として一度裁かれた事件は再度裁かれないという主張だが、アメリカとメキシコの二国間で過去起こった事件で、メキシコで有罪判決を受けて服役後にアメリカで再度逮捕されたというニュースを聞いたけど、これと同じパターンかもしれない。

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スポーツバイク復権か?

 ここ数ヶ月、アクセス数が結構多い。ニフティのカウンターでは積算で10万アクセスを越えている。そして、そのアクセスアップに一番大きい影響を及ぼした記事っていうのは、検索フレーズランキングでも判るように、Ninja 250Rである。

 このNinja250Rってバイク、昨年の秋に発表されて東京モーターショーでも出品されたバイクであり、仮に国内販売されるとすれば、久しぶりのスーパースポーツルックの250ccバイクとなる。この外見的に兄貴分であるZX-6R、ZX-10Rをイメージさせる250の注目度が極めて高いのが興味深い。

 因みに、この関心の高さは、当サイトへお越し下さる人の割合に留まらず、ココログのアクセスランキングのデイリー、マンスリーでもトップを伺う記事となっており、単車という言葉に関心を持つ人から相当大きな注目を集めているようである。

 記事の内容への関心というよりも、Ninja 250Rってバイクの発表された事実というのが関心事のようだ。

 お浚いをすると、このNinja 250RはカワサキでいうとZZR250の後継モデルであり、カワサキクォーターの流儀に則った存在。遡ると、Z250FT、GPZ250、GPZ250R、GPX250R、ZZR250という流れに存在しており、兄貴分のバイクの外観的特徴を取り入れながら、走行性能よりも実用性能を重視し、女性ユーザーや高齢?ユーザーの支持を得ようと開発されているようだ。
 レプリカ全盛の時代でいえば、こういう味付けは若者の指示を受けづらい存在。VT250Fの末期モデルに近いし、昔々に遡ると、ヤマハのXS250セカ、スズキのGSX250Eなんてモデルに近い。

 個人的には250ccでも走行性重視、趣味性重視のモデルが好みで、SDR、グースのようなモデルの方が好きだけど、時代の関心は、多分違うんだろう。

 このモデルへの関心の高さは、果たして本当の購入対象としての関心の高さで消費行動に直結する関心の高さなのだろうか?或いは、久しぶりに登場しそうで、未だ正式発表されていないがために、その実態を知りたいというレベルの好奇心によるものなのだろうか?そして、その好奇心から調べた結果、関心を持った人達の期待に適ったと判断されているのかどうか?それが、成功するか否かの分かれ目になりそうだ。

 悪くはない存在だし、関心もあるのだが、自分の心の最後の最後を奮わせるか?というと、結構微妙である。同時期に発表されたYZF-R125/150って125/150ccモデルの方が興味があるけど、国内販売はありそうにない。

 切に願うのは、GP-MONOレプリカである。グースを最新の技術で作り直してくれると、相当に関心が高まるのだけど、逆に、俺のような考え方は少数派なんだろうなぁ、、、、。

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因果

 先の記事でも書いたけど、どんな状況、事故、、、、にも必ず原因というものが存在する。そして、ある原因によってもたらされた結果っていうのは、原因を断ち切らない限りは確実に同じ状態に陥るものである。

 これは、事故やトラブルに限らず、性格、能力、或いは、体型、疾病と全ての事柄に当て嵌まることである。

 先週末の話だが、幹細胞を利用することで身体の失われた器官の再生が可能となり、寿命が飛躍的に延びるかも知れないって話をしていたが、あんなモノは、大バカ野郎である。あんな治療が有効なのは、不慮の事故によって失われた機能を再生するためにのみ用いるべき技術であり、日々の悪しき積み重ねによって発現した不調の修正に用いたとしても、必ずや、同じ問題を繰り返し起こすに過ぎないのである。

 世の中の全ての問題に対して、最も一般的に行われている方法が、対処療法である。対処療法っていうのは、一見大した方法に見えても、実のところ、問題を誘発した因子が特定できず、取り敢えず終末的に現れた事態のみを闇雲に押さえ込もうとする方法であり、西洋医学なんかも、これに属しているんだと思う。ダイエットにしても外科的手法はモロにそのまんまであるし、生活習慣病の終末段階で発症する症状に対する治療も対処療法に過ぎない。

 対処療法っていうのは、悪しき状況の発生を容認し、その状況を前提で対策を打つものであり、物事の動作から見ると、スマートさに欠けている。。

 しかし、どんな状況にも本当は必ずや原因が存在しており、その結果と原因の関係(因果関係)を明らかにして、原因を取り除く事が最も有効な対策というのは言うまでもない。
 生活習慣病、メタボリックシンドロームから肥満という状況からの脱却を目指すのに、短期集中的な手法に依存する例を多くみるが、そんなものよりも、今の事態に陥った真の原因は何か?これを明らかにすることが最重要である。

 なお、これは生活習慣病、メタボリックシンドロームに限らず、人体の異常である癌発生等にも当て嵌まるのでは無いだろうか?
 癌細胞ってのは、本来正常な細胞の異常な分裂によって突発的に生じたモノであり、異常な発生が多発的に生じるというのは、原因として遺伝的な要因もあるが、それ以外の体内環境の恒常的異常性による分裂不良って状況もあり得る話だ。

 そんな事を考えると、何にしろ、身体にしろ機械にしろだが、どんなモノであっても、その機能を全うに働かせるにはどうすれば良いか?を考えて生活する事が、身体やモノを異常から守るのに一番有効な手立てと言える。

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2008年3月 7日 (金)

ルイガノMVF用パーツ、頼んじゃった。

 表題の如く、木曜日にルイガノ用のパーツを注文しました。
 色々考えた末に、エンド幅が135mmというフレームから9速仕様で行く事に決定し、価格と仕様を見比べた結果、基本は最新のSORAで固めるというパターンです。

・クランクセット:FC-3403で50-39-30T、クランク長170mm。定価7198円
・ハンガー:SM-FC4500(TIAGRAと共通部品)。定価3299円
・カセット:CS-HG50-9Rで13-14-15-16-17-19-21-23-25T。定価3360円
・Fメカ:FD-3403-F、トリプル用。定価2633円
・Rメカ:RD-3400-SS、GSは格好悪いので却下。定価2874円

以上が決定品。定価積算で概ね20000円くらい。

で、ハンドルは巾400mmのアナトミックタイプ。STIレバーはニシダサイクルさんで他のお客さんが発注しながら取りに来ていないパーツでTIAGRAのST-4500があるけど、そのまま当人さんが取りに来られない場合には、その現品を購入予定。正規発注の場合はSORAのST-3400で済ませる予定。総予算としては、4万円くらいで押さえたいところ。

そんな感じで乗れれば、同系フレームのドロップ仕様がタルタルーガにしろビアンキにしろ20~26万円クラスなんで、その半額でOKなら納得というところ。

それで、一寸乗って気に入れば足回りのグレードを上げるという行動に出るかも知れないし、出ないかも知れない。乗ってみないと判らない。そんな感じである。

 取り敢えず、上記の仕様で展開は6.2~1.9mと非常に緩い仕様である。人に言わせればトップ側のギアが軽すぎって感じかもしれないが、ラングスターTTの場合は5.4mで最高で55km/hは出るし、巡航で35~40km/hが可能。オ・モイヨWWで中央森林公園を走っても5.5~6.5mのギアで殆どを対応する。スピママでの昼ポタなら殆ど5.6m、時折下り坂でダッシュでも6.5mという状態なんで、肩の力を抜く予定のルイガノ号ではトップで6.2mもあれば十分と判断した。その分、低速とか登坂でチンタラ走る場合にギアを細かく選べる方が有り難いと期待している。ホント言えばトップ12Tからもアリかなぁ?とも思うのだが、西DAHONの9速が12-23T、オ・モイヨWWが11-21T、531ロードが14-25Tとなっているので、トップ13Tからのパーツを選んでみたいって気持ちも少し有ったりする。

 散々考え抜いた末に選んだギア比である。因みに、これ系フレームのメーカー製スポーツモデル(ビアンキのフェニーチェ、ドロップとか)はアウターリング53T、リアはカプレオで9Tという構成。展開でいうと9.5mオーバーの強烈な仕様である。因みに、前53Tなら後11Tでも7.8m、12Tで7.1mとかなりハイギヤードとなる。同じルイガノでもMVRの場合は46T×9Tで8.3m仕様だが、これも相当にハイギヤード。
 一漕ぎでグィーンと進むのも魅力かもしれないけど、チンタラ走るのには疲れるギアは要らない。トップを抑えてロー側を充実させるのが良さそう。普通に考えればロー側は2.8m程度で殆どの坂はOKだけど、そんな坂で2m未満のギアを踏むと進みは遅いけど楽々なのは良い。スピママ号で自宅の団地途中にある10%オーバーの坂があるけど、そんな時は1.8mのギアが大活躍。こういうギアが有るだけで気分が楽。それ故に選んだのが上の構成である。

 なお、ルイガノフレームに好きなギア比で遊ぶには、Fメカ台座が必須、Vブレーキ台座も必須なんだが、Fメカ台座があるのはロードモデル全年式と2006年式全モデルである。Vブレーキ台座があるのは全年式のシティモデルオンリーである。一言でいうと、Fメカ台座があって、Vブレーキ台座があるのは2006年のMVFってモデルのみって事。
 他を見ればタルタルーガは全型式キャリパーブレーキ仕様でNGだけど、ビアンキのフェニーチェなら2005~2007年式全てが2006年式のルイガノとフレームは同じようである。

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自転車の安全

 自転車と安全という言葉は、日本で普及しているモノの中では一番結びつきにくいモノのように思う。

 以前も記事にしたけれど、スポーツサイクルと装備では、安全性追求よりも、機能や効率に偏重したモノがスタンダードであったり、はたまた、激安折り畳み自転車でよく見られるフレーム折損事故の報告も、通常では考えられないモノ。本来、製造されたモノの品質が一定レベル以上ならば有り得ない壊れ方が普通に生じるのが自転車だが、売られている自転車は、老舗の自転車メーカー以外で個人が好きに組み立てる事もできるし、ショップオリジナルっていうのもアリ。下手すればフレームから自己製作する事さえ容認されている。売り手側の体制でも、整備制度が有っても、認知度が低く、スーパー、量販店で売られている事自体が考えてみれば不思議な話である。自転車という乗り物は結構な速度で走る事が出来て、歩行者に対しては突起物を有する凶器のようなものだが、保険制度が確立されていないのが実情。

 こうして考えると、自転車っていうのは社会の中では存在が無視されていたような存在に近いのである。
 実際、法体系においても自転車の正式な使い方っていうのは広く正確には認知されているとは言い難いのが実情。そして、そんな実情からルールと異なった形が一般化してしまっているのが現状だ。

 先にも挙げた自転車三人乗り問題もそう。一寸前の傘固定具にしたってそう。原則論で言えば、禁止な訳だが、そういう装具が自転車店に行けば普通に売っており、普通に装着可能。そして、取り締まる側からは黙認という体制で今迄来ている。
 ユーザーから見れば、ルールがどうで在れ、実質黙認されるならば、それは悪い事でないという意識を持つのは極当然。

 そんな混沌とした自転車環境だが、そんな自転車環境も他のモノ同様に、それなりのルールに従って接すべき時期が近づいてきているようだ。

 実際、自転車の利用を促す方針に移行しようにしても、実用品として見た場合に、モノの安全基準があやふやであったり、利用者の使用基準が曖昧だったりする。そんな曖昧さが、遵法性を希薄にして利用者の心無い運転、モラル欠如の運転を生み出しているとも言える。自転車利用者が歩行者に衝突させて死亡させる。そして運転者も書類送検されるってニュースもあるけど、これも普通の人が自転車に乗るだけで、モラルが一段低いレベルに落ちてしまうという状況から生まれたものとも言える。
 それ程に、自転車って存在は、モノ自体、利用者の実態、利用者のモラル等全てに渡り曖昧なまま長い間放置された状態できたとも言える。
 結構、不幸な存在でもある。

 今迄、放置状態でありルールがルールとして機能していないのが実態であり、機能していないルールをそのまま厳密に運用するっていうのは、実情と則さない部分が相当に出てきそうである。
 自転車の通行区分問題、三人乗り自転車の扱い、或いは、その他の保安基準、将来的には保険制度・・・・どのようになるのだろうか?

 日本の行政っていうのは結構極端な面がある。それ故に、自転車を社会の一員として認知させるべく法規制を掛けてくると相当に不自由な思いが生まれるかも知れない。
 車両の一員として考えると、極端な前傾姿勢(ドロップハンドル、DHバー、ブルホーンバー)は視線の落ち具合や視界の面からNG、咄嗟かつ不意な状況からの危険回避が実質不可能な足の固定具(ビンディング、トークリップ)はNG、突起物(バーエンド、先の尖ったレバー類)も勿論NG、下手すると回転体が露出した構造(泥よけ無し)もNG、当然、燈火類装備は当然という形。極端な話でなく、普通に単車なら当然の構造だが、それに準ずる基準が持ち込まれても何ら不思議ではない。
 勿論、そういう規制を適用すれば、欧米ではスタンダード、今の日本で流行中のロードバイクはNGとなる。そういうのは世界の常識から懸け離れるから、そこまで極端な規制は掛からないかもしれないが、少なくとも、足の固定具は認可されない可能性は相当に高い気がする。競技専用、クローズドコース専用の装具になりかねない。

 俺のホンネを言えば、ルールに縛られない自由さが自転車の楽しさとも思える。その自由さを保ち続けるには、使用者の自覚が必要っていうのは言うまでもないが、その自覚が無かったために、この自由な世界が失われていくって事になるのか?と思うと、少々寂しい気もする。

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2008年3月 6日 (木)

年齢で歩道走行容認!?

 6/1からの道交法改正で自転車を走る場所を年齢で区分する方針が発表された。
 案では、自転車は原則車道通行だが、13歳未満(≒小学生以下?)と70歳以上の高齢者の場合、歩道走行を許可するというもの。

 原則的になるほど!って思う部分もあるけど、先の自転車関連のニュースと併せて考えれば、幼児を乗せた自転車も低速車両故に、歩道走行を容認するのが良いのでは?とも言える。

 実質的に、家族でサイクリングという場面では、13歳未満+大人という組み合わせで自転車に接する場合も少なくないが、そういう場合はどうなるのか?と、そんな心配もしてしまうところ。
 現実の道路事情、使用形態を考えれば、単純な区別で走行区分を分けるのは結構難しい問題である。

 そんなユーザー側の都合以外にも、行政側の自転車通行は原則車道といっても、各自治体における自転車の扱いの違いは結構曖昧。
 自転車通行区分をどこに設置するかは、自治体で様々であり、ある自治体では車道に、別の自治体では歩道に区分を設置している。同じ自治体であっても、走るべき指示エリアが歩道側にあったり車道側にあったりと非常に判りづらいのが実態。

 このような混沌とした状態を整理するのは並大抵の事ではないのだけは確か。多くのユーザーは自分の立場でしか主張をしないが、自転車ユーザーも様々であり、あっちを立てれば、こっちが立たずって状況になりそうだ。

 個人的には、安全対策上一番有効なのは、ヘルメット着用義務化だと思うところ。そして、年齢や型式で通行域を区分するのではなく、全車車道通行義務化が筋だろう。その上で、特別に通行条件(幅が2.5m以上のように)を満たした歩道のみで歩道通行を認めるのが一番だと思う。
 どんな規則も段階的に行うのがベストであり、三人乗り問題もそう。実状を見た上でヘルメット着用義務化で安全性がどうなるか?を見るのが先のようにも思うところ。

 この三人乗りの議論でも転倒した時に幼児の頭部に受ける衝撃を以て危険判定を行っていたが、現実問題、それらの補助座席は元来二人乗り用座席であり、転倒時の幼児頭部の衝撃については、高さからの落下時の衝撃の議論の筈なんで、今の報道の論理で危険を唱うならば、乗車人数に寄らず危険ということになる。
 そのように考えると、補助座席を装着することが認可されている前提が矛盾する訳であり、現状との整合性を考えると、転倒時のリスク軽減が最優先であり、最も有効なのはヘルメットの着用完全義務化に向けて、幼児は自分で運転しようが補助座席に乗ろうがヘルメット着用しなければならないという施策を立てる方が遙かに現実的。

 さて、今回の案は世論からどのような反応を受けるであろうか?

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期間限定ダイエットって?

 最近、ネットでよく見るのが、5日で何キロ痩せるとか、春までに弛みを取るとか、、、、そんな形で、期間限定で目標をクリアするというダイエットである。

 ダイエットっていうのは、今更ながら短期的な取り組みで結果を得るものでは無いし、そうではな無いって事は殆ど全ての人が認識している筈だが、実際、雑紙、ネット等の特集では、期限を切って、その期間に一定の効果を得る。そして、その効果を得るためには、何らかのモノの購入が必要って論法が溢れている。
 この購入品の単価は、それ程高く無いけれど、少なくとも、5日なら5倍が必要となる。で、多くの場合は、期限を過ぎても効果を持続したければ、購入し続ける事が強く推奨されたりする。そうやって、継続的に長期間購入するというスパイラルに嵌っていく。

 そう、ダイエットの本質は、短期集中っていうのは無しであり、仮に有るとすれば、短期集中で実践すれば、それなりの効果が得られる食材セットを短期間限定で売るための殺し文句であり、その効果を長期的に薦めるための売り手側の戦法のようでもある。

 ここで、生じる消費者の勘違いは、その短期間で得た効果を、購入したモノの威力と思い込む事である。その宣伝による方法がダイエットの必要条件と洗脳された段階で、売り手の策に嵌っていると思われるのである。

 短期集中型のプログラムで一定の効果が得られるのは、その集中プログラムで用いる食材、サプリ、運動メニューというのも多少の寄与はしているかもしれないが、同じ効果は、それ以外の方法でより安価に行えるのが現実であり、その短期集中で得られた効果の一番の要因は、なによりも本人の強い意志というのに、この手のモノに頼る消費者は気付いていないのである。

 つまり、短期集中型ダイエットって文言に踊る人っていうのは、その現状の原因が自分の意志の弱さと、自分に自信を持たない性格に起因しているのでは無いだろうか?

 昨今、多数見掛ける期間限定のダイエットだが、そんなモノは一切不要ではないか?というのが感想だ。
 自分の一日を省みて、一日の変化を数字で突きつけられる生活こそが、一番重要であり、どんな運動生活、どんな食生活であっても、生活への第一歩っていうのは、日々の生活の記録を取る事から始めると良いのではないだろうか?

 毎日、定刻に体重計に乗って体重を記録し、毎食のメニューを日記形式で残していく。取り敢えず、この現状把握から始めれば、自然と自身の問題を程度を含めて意識できるようになるはずだ。体重を記録し、食べたものの記録を残す。たったこれだけで、1年後、2年後の身体は確実に変化するはずである。

 回り道かもしれないが、期間限定で体重を落とすのではなく、今の体重に陥った現状分析が先であり、問題認識こそが重要だ。
 そのためには、今を形作る生活習慣を振り返る事が大事であり、痩せるという目標は後の話にして、長期的に悪しき生活習慣を自然と改善させるのが大事では無いだろうか?

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ルイガノ MVFについて

 今回購入したのがルイガノのMVFってモデル。このモデルについて第一印象は昨日に記事にした通りで、改造の方針も概ね昨日の思いの通り。

 で、このモデルは2006年デビューで今年で三世代目のモデル。自分が買ったのが2006年モデルの在庫車両で処分価格故に購入したのだが、2007年モデルは、なんと同じ名前ながらブロックパターンのタイヤでオフロード走行を少々は容認するという触れ込みに変更され、2008年モデルでは再び2006年モデルと同じような性格に戻されている。

 なんとも、コンセプトの一貫していない感じである。フレーム本体自体は上級のMVRと同じだし、2006年モデルに関して言えば、ビアンキのフェニーチェとも全く同じ仕様である。タルタルーガとの違いは、基本は同じだがフレームパイプが丸断面か角断面の違いで、タルタルーガが角で、前後に専用キャリアが装着可能なダボが設けてある事だ。因みに、ビアンキもタルタルーガも、このルイガノもOEM製品であり、大元はPacificのReach for the ○○のシリーズ。○○はRoadであったり、Cityであったり色々ある様子だが、フレーム自体は全品共通っぽいのである。

 という事で同じフレームなんだが、タルタルーガとかビアンキの名が付くと結構立派に見える反面、ルイガノって名前が付くと、なんだか激安車的な印象が強い。何故か?というと、ブランドイメージだろうか?確かに、ルイガノってブランドはロードからマウンテン、小径、折り畳み、子供車と何でも来いってブランド。更には、このMVFのように同じ名前でキャラが変革するってのも今一である。
 そういう意味で、ルイガノブランド=車ならトヨタって印象だ。

 これに較べると、ビアンキにしろタルタルーガにしろ、ブランドのキャラ付けがもっと印象的な気がする。ビアンキでも色んな車型を作っているけど、あのチェレステグリーンではないが、強烈なインパクトがある。
 ルイガノ、、、、このイメージっていうと、なんだか、ホームセンターで並んでいそうな名前だし、化粧品のようでもあるし、自転車以外のアクセサリー的な名前にも聞こえる。

 実際、名前で乗る訳では無いので全然OKだが、そんな気がする。

 但し、ひねくれ者の自分としては、同じフレームでありながらルイガノっていうパッとしない車名故に、逆に好みって部分もあったりする。そう、笑いが取れるってイメージである。
 それにしても、この06MVFは、ショートリーチのVブレーキ仕様で、Fメカ台座があるっていう結構イイ感じの仕様である。そういうレア度に心惹かれる自分っていうのは、相当変わり者だが、そういう変な所に購入意欲がそそられるのは習性故に仕方ない。

 実際、DAHON系でも2002年のSPEED系フレーム(正爪、Rメカマウント一体型、ロングホイールベース)が一番好きだし、レ・マイヨWでも2006年のスモールエンドモデルが好み。そういう何か一点変わったポイントというのがグッと来るのである。

 昨日、ローラー台を漕ぎながら思ったのは、Fハブは105、RハブはXTで9速カセット仕様に、リムはALEXのR390くらいか?タイヤはIRCで、F/Rメカとクランクは新しいSORAで構成しようかな?って所。RのSTIはTIAGRA、Fの変速は微調整可能なフリクションでSL-A050ってグレードで纏めようと思うところ。そんな感じにしたら結構楽しそうって思ったりもする。

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2008年3月 5日 (水)

更に円高加速中!

 円高関連の記事は前回は木曜~金曜に掛けて書いて、予約アップしたのが日曜日だが、週を明けると更に円高が加速している。月曜日には一時102円台迄付けた様子。それに併せて株価も下落の一方を辿り13000円を割り込んできた。

 政界、財界では景気を不安視する声も多く聞く。そう言えば、勤務先の朝礼でも円高での差損が幾らになるって話が出てたし、、、、。

 月曜日の報道ステーションで印象に残ったのは、円高、輸入品(原材料、食料品・・・)価格アップによる消費者直撃って話と、円高によるメリットを吹き飛ばす程に輸入品価格が暴騰しているという話。

 こんな状況で知識人と正反対の記事をアップする事事態、気が引けるし、常識が疑われるかもしれないが、個人的には輸入品価格の暴騰を吹き飛ばす程に円高が進行してしまうのもアリではないか?と思うところ。

 ニュース報道では、世界の国々が、資源を背景にしたり、コスト競争力を背景にしたりして市場を席巻している中、日本では技術力を背景にすべしって意見を言っていたが、金になる技術っていうのは、単なるスケールアップとか、価格競争に打って出るための技術でないと思うのが、報道で言う所の技術と言う言葉とのミスマッチである。

 そろそろ、戦後経済を牽引してきた産業の主役が入れ替わる時期に来ているように思うところ。自動車産業を中心とした従来型産業に依存できる時期が終わりを迎えているように思う。従来型産業は既に世界の中で日本が担うべき産業では無くなっている。それ故に、コストを掛けた技術の鮮度が長持ちしにくく、価格競争に引っ張られるだけである。

 価格競争に引っ張られない分野の産業の基盤となる技術が必要な時期ではないだろうか?無二の存在を高値でばらまき外貨を得る。その強い通貨をもって資源を獲得するというスタイルこそ王道では無いだろうか?

 起業スタイルの中には、ニッチ狙いというのがあるけど、こういうのは個人の儲けに繋がってもボリューム規模は大きくない。王道的に要求レベルが高く難易度も高いモノを克服する。そんな発明的な技術に基づいた技術の開発が必要では無いだろうか?

 こういう事を言うのは簡単で、実現するのは極めて困難というのも承知しているが、突き詰めて考えると、そのテーマに沿った解は案外得られるものでもある。誰もやらない事で新しいモノを作る。そんな創造が必要な時期に来ているのでは無いだろうか?自分が止めたら他人がやるって技術では、いまの産業構造の抱える問題は解消できない気がする。

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2008年3月 4日 (火)

3人乗り自転車認可か?

 つい先日、道交法の周知徹底で幼児二人を乗せた三人乗り自転車の取り締まりを強化するという記事に反論的提案を入れた記事をアップした。

http://replica2st.cocolog-nifty.com/diet/2008/02/ok_87c3.html

この記事だが、この記事の趣旨は現実に即さない規制は無意味であり、利用者の安全と実態を踏まえた落とし所が必要では?という事を説いて、一案として、ふらつきの元凶となる要素が少ないモノを特例的に認可すべきでは?との意見であったのだが、世間の母親は当事者であり、そういう規制への不平が相当にあったものと思われる。

その結果、警察庁が容認方向で調整に入ったというニュースが飛び込んできた。
第一報は、

http://www.chunichi.co.jp/article/national/news/CK2008030402092403.html

であり、これは結構喜ばしい事だ。
しかし、この文面通りに専用車開発なんて悠長な事では、恐らくダメであり、本気で警察庁と業界が利用者の利便性を考えて、利益優先で行動するのならば、否定ありきの検討、利益ありきの提案ではダメである。

既に、現実の実態として前後に子供乗せ補助座席を装着した自転車が大量に走り回っているのであり、その実態から安全性を検証し、現状で追認可能な形を出来るだけ早く報告すべきではないだろうか?

業界の開発なんて言っていたら、時間はアッという間に過ぎるけど、母親の育児はリアルタイムで動いている。

仮に、自分なら、

1.汎用ママチャリ+後付前部子供用補助シート+後付後部子供用補助シートの場合
 前部補助座席は4歳未満、後部補助座席は6歳未満認可。但し幼児用ヘルメット必須。

2.前部子供乗せ用ママチャリ+後部子供用補助シートの場合
 前後補助座席とも6歳未満認可。但し幼児用ヘルメット必須。

というような形が追認認可させるっていうのも悪くないし、周知させやすいルールだと言える。

まぁ、何にせよ、迅速な対応ができるかどうか?を注視していこうと思う。

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パンフォーカスデジタルカメラを振り返る。

 発作的に買い漁っては試して遊んだデジタルカメラ。熱も冷めて購買意欲も無くなっちゃった。で、これまでに購入したデジタルカメラの順位を付けてみた。なお、デジタルカメラといってもリストに挙げるのは自分の拘り?である固定焦点機に限るのである。
 固定焦点撮影に拘るのは、デジタルカメラの焦点調節は殆ど全てコントラスト応答型であり、暗所では合焦に時間が掛かりすぎるのが難点だし、至近距離の垂直距離が大きく変動する被写体を捉える機会が多いのも理由。
 単焦点機に拘るのもは、三倍程度なら足を使って動いて追っかける方が楽というのが理由。
 純粋な固定焦点機に拘る?のであり、その理由は、シンプル構造、振動、衝撃で壊れにくいというのが大きな理由。

 基本は、育児記録+サイトアップ用記録収集なんで、要求画質は写ルンですレベルで十分。勿論、それ以下でもOKというレベル。

 結構、お馬鹿な買い物をしたけど、満足度の高い機種はバカっぽく予備機迄調達してしまった。非常に使いやすいし、二度と登場する事は無さそうな機械である。

1.オリンパス CAMEDIA C-120(既存+予備機有り、計三台、バカである。)
◎単三電池四本で10000枚撮りが可能。リチウムなら18000枚!アホである。
◎起動、撮影、再生間隔、レリーズタイムラグとも非常に短く動作が軽快
◎色んな設定あるけどAUTO設定のまま殆ど不満がない簡単操作で失敗無し
○小型軽量とは言い難いが、大きさが気にならないデザイン。
◎オート設定のままでもホワイトバランスの狂いは少ない。
○メニュー体系が直感的で扱いやすい。
◎レンズカバーでポーチ不要だし、連動スイッチは手袋のままでも使える。
○市場購入可能価格は500~1500円程度で非常に安価。
◎?通販専売機種というレア性、誰も知らない←ポイント高い!
×気に入った余りに、安いので見かけたら買ってしまう。
★用途:嫁用育児記録、自分用(仕事、単車乗車時)携帯、予備
☆満足度:200%、果てしなく使う予定。超お気に入りである。実用性能は過去最強

2.日立マクセル WS30Slim(既存+予備機有り、計四台、大バカである。)
○単四電池二本で500枚撮りが可能
◎右手の人差し指でシャッター、親指で電源、それ以外の指は不要!?
◎トイカメラだけどマクロ付き。
◎超軽量、コンパクト、激薄サイズでポケットに常時携帯可能
◎撮影していると思われないので、撮影していても気楽。
○35万画素機のくせにメモリー8MBで撮影可能枚数は十分以上!
○トイカメラなのにフラッシュメモリーなんで電池交換時でもデータが消えない!
○市場購入可能価格は1000~1500円
○トイカメラでも1/10000の高速シャッター
×起動時にストロボがオート設定以外不可
×気に入った余りに、安いので見かけたら買ってしまう。
★用途:何時も胸のポケットに入ってる。
☆満足度:150%、使えなくなるまで使う予定。メモ機として最高

3.フジフィルム Clip-It DS-10S(既存)
◎35万画素機ながら画質は結構というか相当に綺麗
○液晶を諦めた分、単三電池二本でも相当に長持ち
○取引価格は500~1000円程度で安価
○?フジのデジカメ50万台記念限定のスケルトンモデルというレア性←ポイント高い!
○機能を弁えた背伸びしないデザインは好感度が高い。
○フジフィルム製だけどカレンダー機能無いので良い!?
◎仕様的に好き。液晶無し、35万画素CCD、電池二本、交換メディアは唯一無二!
○買うに値しないかも、、、でも1000円以下で入手可能。
△マクロは無いけど撮影可能範囲は現実的
△11年前の機種にしては小型軽量
△11年前の機種にしては軽快動作
×スマートメディアの使用可能容量が8MB以下で入手性悪い
★用途:コレクション?CMOS機との比較用
☆満足度:90%、コレクションなんで使わず保管予定。仕様的に最も好み

4.カシオ G.Bros GV-20(既存)
○何と言っても堅牢性
◎明るく撮れる。ストロボ撮影でも背景が映る。今回の200万画素PF機では一番!
×起動時間、撮影間隔、レリーズタイムラグが緩慢。C-120の5倍くらいは掛かる。
×機能の割に不必要に高価で取引価格は10000~20000円
★用途:夏の家族レジャー用
☆満足度:85%、自分用というより家族で外出時用。あれば便利という程度

5.フジアクシア @xia ix-20(既存)
○単三電池2本仕様
◎起動時にストロボオフ(WS30系と反対の仕様は良い)
明るいレンズ(F2.2)。室内でストロボ無しで結構綺麗。
○トイカメラなのにスマメ対応
○取り柄は少ないけどデザインが好み。
○レンズカバーが付いてる。スイッチと連動していれば最高だったのに、、、。
○綿棒でレンズ清掃したらWS30より綺麗に見える。
○フジフィルム製だけどカレンダー機能無いので良い!?
○DS-10のリニューアル版?とも言える仕様。較べるのが楽しみ。
○敢えて普通は買う価値無し。本機は200円で購入!
△マクロは無いけど撮影可能範囲は現実的
△常時携帯が許容される最大サイズと言っても良い。もう少し小さい方が良い。
×レリーズタイムラグが遅すぎ
×レンズカバーしたままでも撮影出来るんで忘れてしまう。
★用途:DS-10Sと較べて遊ぶ。
☆満足度:80%、取り柄は少ないが結構お気に入り。でも予備機は要らない。

6.LARGAN CHAMELEON 0.4(既存)
◎単三電池2本使用で最もコンパクト
異様に長い電池寿命。アルカリで1000枚以上可能かも、、、
○トイカメラだけどマクロ付き。
○後継WS30Slimより広角35mm仕様
○35万画素機のくせにメモリー8MBで撮影可能枚数は十分以上!
○トイカメラなのにフラッシュメモリーなんで電池交換時でもデータが消えない!
○市場購入可能価格は1000円程度
○トイカメラでも1/10000の高速シャッター
○?LARGAN製というレアな点。
×気に入った余りに、安いので見かけたら買ってしまう。
×一寸暗めの絞りF4でWS30Slim、ix-20の方が屋内撮影は綺麗。
×ボタン配置が上面に集中している。シャッターボタンと電源ボタンが近すぎ。
×単三電池仕様故に厚いためポケットに入れると気になる。
★用途:VGAトイカメラで遊ぶために購入
☆満足度:80%、或る意味、コレクション状態である。OEM機であるWS30も欲しい。

7.リコー Caplio RR211(既存、だが売却するかも、、、。)
単三電池二本仕様では最軽量コンパクトクラス
○動画撮影時間制限がメモリー容量のみに依存
△取引価格は1000~2000円
×撮影可能距離が遠すぎ(120cm)、実質、風景撮影用か?とも思える写り。
×焦点距離が望遠すぎ(49mm)
×起動、撮影間隔、モード切替時間等、動作が遅すぎる
×屋外は許せるものの、屋内撮影は相当に厳しい。
×CMOS機はVGA機迄かなぁ、、、、。
★用途:自転車走行時携帯用。
☆満足度:70%、AFを容認して単三2本の単焦点という括りで代替え機を物色中。
※代替候補:CAMEDIA C-160、Powershot A300/A310ってAF、単焦点、広角機。

8.フジフィルム Finepix A101/202(A101のみ娘用に使用、A202売却)
○単三電池2本仕様で軽量コンパクト
○更に、電池が相当に長持ち
○起動時間、撮影間隔、再生間隔は軽快。
8cmマクロは強力。
×撮影可能距離が80cm~と少し使いづらい。責めて6、70cm~にして欲しい。
×D-TFD液晶は色合いも不良。屋外では見えない。液晶レスで薄くしたら良かった。
×一寸暗いだけで全くだめ。絞り(F4.6)すぎだと思う。絞りの意味を学習した機種。
×フジのカメラはカレンダー電源がダメダメ。直ぐ不良化。電池交換でリセット。
★用途:娘のオモチャとして第二の人生。プリキュア5のシールだらけになってる。
☆満足度:当初は100%、でも撮影可能距離が使いにくく、暗いとダメダメで60%

9.サンヨー DSC-V100/X200(一寸前引退、譲渡)
○単三電池2本仕様で軽量コンパクト(特にV100)
◎何と言っても超高速起動、撮影間隔の爆速仕様
○35万画素機最終世代。35万画素機最強の仕様だと言える。
×あまりにも激しい電池消耗
×電池蓋が脆く、電池銘柄の違いでも接触不良が生じる。(V100)
★用途:当初はツーリング携帯、仕事での携帯用
☆満足度:当初は100%も電源周り不調で50%。でも電池蓋破損迄通算5台を使った

10.カシオ QV-770(大昔に売却)
○回転レンズ等々、遊びの要素が多い。
○軽快動作、電池も長持ち
×内蔵メモリーが4MB
×シリアル転送しかデータが取り出せない
×圧縮率が高すぎ?画質的にはVGAでも最低レベル
×シャープネスも全く無い。
★用途:デジカメを取り敢えず使ってみたかった。
☆満足度:当初は80%でも画質悪すぎ、データ取り込み遅すぎで50%

11.サンヨー DSC-R1(最近即売却)
○取引価格は1000円未満
×単三電池四本仕様でスペック上はC-120と変わらないが大きさが目立つ。
×蛍光灯下でのホワイトバランスの設定が変。青っぽくなる。
×起動、撮影間隔、再生間隔共に遅い。
×C-120に較べるとメニュー体系の操作性が非常に悪い。
★用途:A101/A202後継機選定時の候補として試験的に入手
☆満足度:50%

って感じ。基本は固定焦点機を中心に模索したのだが、固定焦点機でも結構差があるようだ。

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ルイガノ、改造計画

 さて、衝動的にルイガノMVFってモデルを買ってしまった。パシフィックのフレームであり、兄弟車には、タルタルーガ、ビアンキのフェニーチェ等がある。このルイガノMVFは上級にMVRってモデルがある。このMVFだが、購入の決め手はFメカ台座が存在するということ。因みに2007/2008年モデルでは台座は無いのである。2006年モデルなら台座はある訳であり、この台座が決め手なのだ。

 こんな事を言っている段階で、既に改造する気満点なのだ。
 改造っていうと、ホイール周り、駆動系、ハンドル周りというところ。コンセプトは、、、、、そう、前後にサスペンションが付いている乗り心地重視系なんで、そういう感じに仕上げようかな?

 とまぁ、そんな事を考えながら日常が流れていきそう、、、、、。取り敢えず、フロントをダブル、トリプルのどちらかにして、リアは9速で14-25T程度の緩いギア比で組むつもり。ガンガンに踏むような構成にはしない予定。このフレーム、リアのエンド幅が135mmなんで、リアハブはカプレオかMTB用になる。で、カプレオではトップ9Tに451サイズのホイールとなるとギア比が高すぎるんで、MTB用のハブ、、、当然9速仕様になる。となると、カセット、クランク辺りも9速コンポ用で十分か?という感じ。で、SORAかTIAGRAグレードで固めようと思うところ。
 軟弱なフロントトリプルで50-39-30T、リアは14-25Tで2~5.8mというお気楽仕様でよいかなぁ?と思う処。カプレオの後輪が余っているんで、この9-20Tのクロウスを入れると、一寸ハードすぎである。一漕ぎで9m級のギアなんて使い道無い。

 まだ現車が手元に無いのでどうするか?は不明だが、これから逐次思い付きが閃けばアップする予定だ。

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2008年3月 3日 (月)

虫垂炎から一年

 三月である。そう言えば、丁度一年前、急性の虫垂炎で入院したのである。早一年である。そして、虫垂炎の入院生活は当然に禁煙生活であり、その生活のために煙草から遠のいて、退院後の煙草が美味くなくなって断煙に到ったのである。

 そう考えると、この一年っていうのは、健康に対して結構大きな変化が現れた一年である。
 そんな一年だが、コンディションは全く不変であり、変わった事は?というと、虫垂炎の入院前はステッパー40分っていうのが、夜中のローラー台60分に変化したくらい。後は、複合腹筋台導入による背筋、腕立てを追加導入して、ベンチ台を油圧式からスプリングテンションによるレバー式に変更したくらい。
 したくらいといっても運動量は相当に増加させたのだが、結果的に体重は全く不変である。完全固定で65kgである。微妙に脚が太くなったかなぁ?ってところである。

 今、虫垂炎の手術創を見ると痕は殆ど確認出来ないレベル。勿論、その辺りに違和感は全く無く、もう何年も昔に手術をしたように感じるのだが、実は未だ一年しか経っていないのである。
 歳をとると月日が流れるのが早いって言うけれど、少なくとも、自分にとって、この一年は非常に長く感じたような気がする。

 真面目に過ごしていないためだろうか?しかし、この一年は実に色んな事が沢山あって、色んな事に首を突っ込み、自転車も結構派手に増やしたり、改造したり、単車でも色んな所を走り回ったのだが、でも未だ一年しか経っていないのは不思議な感じである。

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2008年3月 2日 (日)

円高進行!

 先の記事にも書いたけど円高が進行して104円/ドル迄記録した。で、ニュースでは100円を切るか?とも予想するコラムニストも居る模様。

 一般に輸出関連企業の損益分岐為替水準が106円/ドルとも言われており、そういった企業への差損も今後の春闘交渉等々にも影響を及ぼしそう。

 しかしである。円高ってのは悪いことか?と考えると、大原則として、円が強い=国際的に競争力がある事であり、悪くないのでは?というのが素人の考え。円高となった時に円安化政策への大合唱するのではなく、円高に耐えうる競争力を身に付けるのが先決である。

 今、日本を支える産業が自動車産業だが、果たして、30年以上前と同じく自動車産業に頼り続ける事は良い事か?と考えると、既に、自動車のような工業製品は日本で作るべき品では無いようにも思う。少なくとも、大量生産の耐久消費財的自動車はそうだ。

 この度、デジタルカメラを創世記~数台をチェックしたが、面白いのは、10年前では35万画素機でさえ日本製。しかし、6年前では35万画素機は中国製、200万画素機以下はシンガポール製、300万画素機以上が日本製。で、現代は殆ど海外製で高機能集積型モデルのみ日本製って形だ。ほんの僅かな期間で、少なくとも普及型デジタルカメラは中国生産が主流となっている。

 そう考えると、何年も同じモノを作る=産業構造が不変という状態では、為替で通貨が強くなる事が受け入れられないという事か?
 強い通貨が成立するとなると、価格に見合う以上の価値を持つ製品展開を行う事が大事であり、時代の流れの一歩、或いは半歩先行くモノを生み出し続けさえすれば、モノの価値が価格以上となる訳であり、そういう産業を基幹に据えるようなドラスティックな変革が必要な気がする。

 何時までも自動車に頼っていては駄目だし、造船、舶用関連機械、半導体でもメモリ産業、液晶パネルというモノに固執しては多分、価格競争に巻き込まれジリ貧になりそう。

 経済発展が著しい国々では追随不可能な産業、技術の開発こそが強い通貨が前提で成り立つ社会を作るための必要条件のようにも思う。

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2008年3月 1日 (土)

ニューデジタルカメラ、ゲット!

 今回のデジタルカメラ遊びでの最終兵器!?最後を務める機種をゲットした。

 因みに、その機種は、、、、、平成9年発売の機種なんで、既に11年前のモデル。
 11年前にデジタルカメラ出荷50万台を記念して発売された限定モデルであり、11年前、1997年頃流行ったトレンドに乗ったデザインのモデルである。

その名は、『富士フイルム Clip-it DS-10S スケルトンモデル』って機種であり、当時のスケルトンポーチ、ブルーストラップ込みの状態で、動作未確認品を個人売買で入手した。

 この機種、11年前の品の割にコンパクト。35万画素CCD搭載で特異的な乾電池二本駆動であり、当時の四本駆動のモデルに較べると実質重量で随分軽く、大きさも二周りは小さいモノ。
 機能的には、再生液晶モニター無し、マクロ撮影無しの固定焦点で単焦点機、今思えば、強烈に質素なモデルだ。

 しかし、撮影範囲は70cm~で普通に使いやすい仕様、感度もISO150(ストロボ撮影時はISO200に変化)と結構良好、絞りもF3、画角も使いやすい38mm、小さいながらも十分な8MBのスマメ対応というモノ。この潔さ、とても気に入っている。
 このモデルに興味を持ったのは、トイデジであるWS30Slimを気に入り、使っている内に液晶モニターは不要じゃん!って思い始めたから。WS30系もとても使いやすいのだが、一番の難点はトイデジのためか?或いはCMOSのためか?独特な写真になる点である。

 そんな中、ふと思い出したのが昔使っていたオリンパスのC-420Lの写真の美しさである。これは、35万画素では最強とも思えるのだが、ブログネタには、そういうレベルで十分!という思いから、再度旧世代CCD搭載35万画素機が欲しくなったのである。

 今回、C-420Lを選んだ当時と異なり、持ち歩く頻度重視=軽さ重視=乾電池二本駆動で、固定焦点、単焦点、電池長持ち、画質はソコソコという観点から辿り着いたのがWS30系統だが、そのWS30マンセーなサイトでDS-10という存在をしり、同じく、DS-10を入手した次第である。

  実際、使ってみると、画質は今の眼でみると大したこと無いけど、まぁ、十分。そして、結構暗い場所でもストロボ無しで綺麗に取れるのがイイし、CMOSトイカメラみたいに暗い所では全く使えないってことは無い。何より、デザインが可愛いし、限定スケルトンモデルってのもイイ。結構満足度が高いのである。

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景気はどうなる?

さて、2月最終週金曜日の『朝生』では、景気についての討論が為される模様。

そんな放送前の話だが、金曜日の一番のニュースは、先の記事のM氏とブログネタではなく、なんといっても、2年ぶりの円高で1ドル104円となったこと。

これに呼応して株価は全面安の展開だそうだ、、、、、。

普通にエライ人、政治家、企業経営者からみると、この事態は好まざる状況。勿論、円高となると輸出関連企業は為替の差損を被る訳だ、、、、。

で、従来なら、金利は下げて、、、、って方向で対応されていく。

しかし、どうも、こういう方策っていうのは、現代の社会構造の上でのワンパターン的な対応でしかないし、そんな手法を正とする価値観、そんな手法を正論とする社会体制を維持する上で一番都合の良い方法にしか過ぎないようにも見える。

景気に限らず、政治不信、官庁の対応のまずさ、、、、、企業や個人のモラル低下等々を考えると、一度強烈な痛みでリセットする方が良いのかなぁ?とも思う。

完全に全てを破壊するというのは恐いけれど、少なくとも、経済立国である日本では、経済の強さの指標である為替では『強い円』を前提とした国策で望んで欲しいとも思う。

強い円を成立させるには、本当の意味での国際競争力が必要、そんな中では、競争力を下げるような不要な介在物(無意味な規制、天下る官僚)は一切不要だが、強い円で、豊かな暮らしを勝ち取るような強い政策を期待したりする。

そんな政策は今とは正反対であり、今の封建的政府では立ちゆかないような外部の地殻変動が襲ってきた方が、変化は早く訪れるようにも思う。

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ブログの恐さ

 先日、ロス疑惑のM氏がサイパンで逮捕された。
 何でも、その逮捕の切っ掛けは、M氏のブログだという。当時、サンフランシスコ市警で捜査に能った捜査官は、ロス疑惑が風化する中でもM氏の動向に注意していたという。そして、M氏が運営するブログサイトに辿り着き、M氏が頻繁にサイパンに来るという情報を得たのが、今回の逮捕の切っ掛けという。

 M氏のブログには、恐らくは個人が特定される情報をブログに掲載し、その一方でブログにプライベートを晒していたのだろう。結果、そのブログの主をM氏と見抜いた当時の捜査官がM氏の行動パターンを把握し、そして逮捕に到ったということ。

 ブログっていうのは、運営主から見ると、何時の場所のパソコンのモニターに入力している訳であり、そこでアップした内容がネットという環境を通して全世界に発信されているという意識は殆ど持っていないんだろうと思う。
 そして、そんな気持ちを助長しているのが、ネットという匿名性の高い情報発信媒体によっているからだろう。

 しかし、ブログやサイトが面白いってのは、内容が具体性を帯びた時であり、その面白さに拘りすぎると、内容には具体性が増えてくる。結果、匿名性が希薄になったりするのである。

 今回のM氏の逮捕というニュースが切っ掛けがブログっていうのは、ブログの持つ危険性を世に改めて示したという点が実は、一番大きなポイントのように思う。
 ブログっていう最近のメディアというのが、そういう個人の特定にも有効な訳であり、或る意味、最近の犯罪捜査におけるDNA鑑定の如くにも通じるものがある。

 それはさておき、自分もサイトとブログを運営している。結構な分量の記事を掲載もしている。内容的にも広い範囲で、勝手な思いも結構記載している。そういう恐さを肝に銘じておかなければならない。自分的には、ネットやサイトに一般の個人名は絶対に掲載させないのを心掛けている。

 ブログやサイトで今回のような逮捕者が出たり、一寸前の闇の職安という犯罪の温床問題が露呈したり、或いは、学校関連の裏BBSでいじめの温床となったり、、、、或いは、運営者に対する攻撃による『炎上』が話題となったり、、、、少なくとも、インターネットが普及する前には無かった話だが、こういう便利な情報媒体が登場すると、それに応じた問題も同様に起こっている。
 そういうトラブル発生のリスクは常に承知しなければならないようだ。

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