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2008年4月26日 (土)

誰もが思い付かないコア技術への意識

 表題のコア技術は、元々、先行待機運転を目的としない摺動システム、具体的には、高耐食性且つ超耐摩耗性摺動システムの開発を発端に生まれたモノ。起点はそうだが、結果としては、先行待機運転を可能とする無注水摺動を楽に許容する摺動システムに生まれ変わったものである。

 超耐摩耗性摺動システムとは、その名の通りに、通常の常識では考えられない硬質スラリー中での使用においても摩耗しない摺動材を用いた摺動システムである。高耐食性という修飾語は、腐食環境においても腐食しないという耐食性を有するというものだ。そして、その摺動システムの勘所としては、何と言っても高耐食耐摩耗性材料の開発に寄る所が大きい。

 一般に耐摩耗性材料というと、硬質材料で形成されるけど硬いだけでは脆いという特徴を持つ。そして、脆さを克服するには金属分を含まざるを得ないけど、金属分を多く含む程耐食性を失うというのがジレンマである。
 そういう条件で、高強度、高耐食性、高硬度を有するとなると、金属的長所とセラミックス的長所を兼ね備えた材料が必要ということ。
 で、その材料開発を1996~1999年に行って特許化したのが勤め先での勤務内容だ。
 具体例は紹介しないが、似た考えで後に認められた特許技術を紹介すると、秋田県産業技術開発センターが開発したWC-SiC複合体と極めて似ている。(自分とは全く無関係で、この紹介された材料が勤務先で特許取得した素材に近いというだけ。)

http://www.bic-akita.or.jp/magazine/vol.321/angle.html

この材料、結果だけを見ると自分の開発した材料に極めて近いが、出発材料と原料調合法が大きく異なるのが特色。

 この特殊なセラミックス開発により高耐食耐摩耗性材料の開発を行ったものの、実用化に際しては、硬質土砂、異常負荷、腐食環境といった負荷要因以外の負荷を受けてしまった。
 その負荷によって、実質上、高耐食耐摩耗性材料をコア技術とした摺動システムは勤め先としては終焉を迎えたのである。

 しかし、それ以降は個人的なポケットマネーと休暇を利用して、摺動システムを破壊に追いやった負荷要因に耐えるシステムの開発を取り組んだのが2002~2007年の話。
 第一段階で開発した摺動システムの天敵が何か?というと、それが無潤滑摺動、無注水摺動という潤滑、冷却が望めない環境での滑り摺動モードであり、そのような気中運転においても機能を失わないシステム開発に取り組んだのである。

 このシステムは、既存のジャーナルベアリング、メタル、滑り軸受と呼ばれる分野では過去に前例の無い構造と機能を有しており、第一段階で目的とした高耐食、耐摩耗、高強度という性能に加え、破壊形態制御、耐熱性、無潤滑耐性という三要素を常識を覆すレベルで実現したシステムであり、このアイデアを以て売り込み活動を行っている。

 このシステムを商品化するには、当然、技術コアは自分にあり、特許等権利も自分もしくは、自分を中心とした企業体にある訳だが、その範疇と現在の販売代理店は全く別個のものである。
 まぁ、別個とは言え、営業努力をされてきた事には感謝しているが、やはり、個人的には相当に自信を持っているアイデアであり、一企業のマーケットでの適応レベルでは考えず、特許申請、審査請求と行っている訳であり、そのアイデアに博を付ける意味で大学機関に技術を公開して更なる応用技術開発もたくらんでいるのが今。
 幸いな事?に、このブログは、研究機関、産業、省庁からも結構アクセス履歴があり、実際にメールで面白い方からとの交流もあるので、技術のかけらをリークして反応を探っているのが今の状況だ。

 偶然か?リークのタイミングと、その販売代理店の営業努力もあり、実際の市場に新しいシステムが普及しつつあるのだが、販売代理店の意識としては、最近は特に、その販売権等に大きな関心(心配)を持っているようだ。勿論、自分としても、慣例に従い、販売代理店が開拓した分野に別ルートで商売する事は有り得ない。考えてみれば、自分自身、誰も思い付かない事を考える事が楽しくて活動しているだけで、自身の販路を持っていないので、売り込みたくても売りようが無いのだが、他で売られると心配になるっていうのは、こっちを信用していないのか?と思ったりする。こっちはあくまでも技術の洗練をより賢者に委ね高めたいのが望みなだけで、今の周り人では、技術レベルを高めるに明らかに役不足なだけ。

 契約云々の話が出てくると、そういう意識で見られると構えざるを得ない訳で、そうすると、権利書を交わすということで内容(ロイヤリティ、保証等々)によっては金銭授受も発生するだろうし、それに応じた距離感が生まれるもの。そういう話になると、権利の受託は極めて限定的にしか認めざるを得ない(元々、勝手に考えてデータ収集から全て単独で行っており、当然ながら権利は単独所有だし、今のところ実施許諾実績は無し、契約書云々という事になれば実施許諾は可能だけど、権利譲渡は絶対に有り得ないのだ)。更に、この技術を全く別の分野で展開する場合は、販売代理店の市場とは関係ないので私の考えに従って展開を行うつもりだ。極論すれば大きな可能性を持つ技術故に、特定用途マーケットで商売する企業に権利譲渡は有り得ない。権利の許諾は許諾先企業が競合しない範囲で様々な分野に展開するのが通例。結構、このブログで話す技術的戯れ言に敏感に反応されるようだが、、、、こんな公上の媒体に、技術コアの掲載するつもりもないし、具体的な固有名詞を掲載する筈もない。

 記事にするのは、様々な出来事を切っ掛けとした個人の動きや考え方、或いは、何かする上で一番鍵となるのは何か?技術の発想元は何か?という話に限る訳だ。

 権利云々、販売権云々と利権が絡むと色んな動きが世の中にはあるけれど、そんな動き以前に大事なのはエンジニアのアイデア、閃きこそが重要。全ては、それが起点である。その意識を持って、誰にも負けない技術を開発すれば、それで自信が持てる筈。そういう風に組織を進化させるのが、経営陣の使命の筈だ。企業における舵取り役を担う立場にあれば、権利云々の話以前に、技術スタッフに対して誰にも負けない、誰も思い付かない技術を生み出させるような啓蒙であったり、環境付与であったり、待遇改善・・・・等々に意識を割く方が良いのでは無いだろうか?

 少々、生意気になったが、どんな人にも好奇心があるはず。その好奇心を具体化させるような環境を整備する事が大事であり、新入社員なんかにしても好奇心を失わせない考え方を伝える事が一番大事なのである。

 ぶっちゃけた話、金の事考えたら、良好な関係は吹っ飛ぶのである。金の話は二の次で、何が楽しいか?これが重要であり、楽しいのは、満足感。満足感は人が出来ない事、思い付かない事に出会った時。それっていうのは、真似では得られないもの。オリジナリティこそが全てであり、新しいものを見つける楽しさが金を上回るのである。極論すれば、如何に利益があっても、真似、模倣から成り立つ商売では何も楽しくない。仕事でもそうだ。同じ作業でも進化させる思いがあれば別だが、同じ作業を同じ精神状態で漫然と繰り返すのならば人が行う価値は無いのである。

 繰り返しになるけど、総括すれば、権利云々だけに敏感なのは一寸鬱陶しいのである。基本的な特許の上に新しい発想を生む可能性を見出すという見地に経てば、全く異業種との繋がりの可能性に期待して、大学機関に技術評価を委ね、その上で新しい知見に対しては大学機関と共同特許のような形で進めたいというのが自分の本音である。
 権利の分配というならば、自分一人では見出し得ない可能性を見出す協力者に対してならば、何の抵抗も感じないのである。それは同じ目的に、全く別のアイデアを持ち寄って可能性を高めるという共同作業であり、それは研究開発の醍醐味でもある。そういう行為で見つかった権利を皆で共有するっていうのは一番大切な事のようにも思う。

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