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2008年4月 4日 (金)

目線で緊張度は変わる。

 今日は新入社員の研修で講義を一コマ行った。

 例年通りに、今年も準備無しのアドリブで行うのである。何を話すか?どう話すか?全く、何も決めていない。その場の雰囲気で適当?に時間を使う訳だ。

 こんな緩い気持ちなのは、相手が新入社員というだけでない。会社では、相手が会長であれ、社長であれ、役員であれ誰が相手では尚更である。
 会社の中で話をする際は、新入社員に話す場合が最も気を遣うかもしれないが、それでも緊張する程でもない。
 例年、新入社員に話しを伝える時に、主題は会社の製品についての話だが、そんな話をしても殆ど記憶に残らない筈。記憶に残らない話をしてもNGな訳であり、そういう意味で気を遣うのである。なるべく睡魔を襲って来させずに、なるべく関心を持って聞こえるようにという点で、気を遣うのである。間違いなく、正攻法的に製品説明をするだけでは眠たくなるのは間違い無い所であり、その製品説明にリンクさせて何を話すか?は、その場の雰囲気で決めなければならない。だから、基本は準備はソコソコなのである。話の流れに応じて話しはコントロールすればOKで、最終的に自分の思いを伝えるに、何が良いかは、その場の雰囲気に応じて対応するだけである。

 だから、緊張という言葉とは全く無縁なのだ。

 しかし、学会等での研究発表、論文発表や、官庁における補助金申請でのプレゼンテーション、大学関連での依頼講義の際には、そんな気軽さは吹き飛んでしまうのである。超緊張状態に入り、準備万端で抜かりなしという状況にしても不安は拭えないのである。

 だから、気軽って言葉とは全く無縁なのである。

 この違い、何処にあるのだろうか?それは、話の聞き手に対するの自分の本能的な立ち位置での目線の角度によるもんだろうと思っている。
 本当の意味で良い人っていうのは、誰に対しても真摯に話すんだろうけど、凡人な自分は、相手によって精神状態が随分と変化するようである。勿論、どんな相手であろうと、自分の考えを曲げずに伝えるのだが、その際の気持ちのテンションが違うのである。

 緊張と無縁の状態っていうと、いわば、友人と話す程の気軽さである。

 しかし、同じフィールドで、明らかに勝る相手と話す場合、或いは、高い意欲を持った相手と話す時は、気分が引き締まるし、恐さを感じたりするのである。
 人間的に成長しようとすれば、常に緊張感が強いられる環境で過ごす方が良いのかもしれないが、ユルユルの気分で過ごすのも堕落してしまうけど、楽珍で本能的には悪くないのである。こういうのも熱力的な原則に沿った当然の傾向だが、こういうぬるま湯に長く居続けると人間ホントにダメになりそう。

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