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2008年4月17日 (木)

1日24時間は皆一緒!どうやって過ごす?

 どんな優秀な人も、そうでない人も、金持ちも、貧乏人も、大人も、学生も、子供も、、、、どんな人にとっても共通で平等なのは、毎日が1日24時間ずつしか与えられていない事である。
 そんな24時間だけど、その時間の過ごし方は、人によって様々だけど、その人が何に集中しているか?で生活自体が大きく変わるものである。一日24時間、寝る時間を除くと16時間。その16時間から食事、入浴、家事、世代によっては育児といった必須所要時間を除くと、まぁ、12時間もあれば多い方ではないだろうか?

 この12時間を如何に過ごすか?で、その人の生活は大きく異なってくる。

 一般には、この時間の中には就業という時間が含まれており、その時間は最低でも8~10時間しかないのである。そうすると、個人に残された時間は僅か2~4時間しかない。

 この残された時間で、身体を健康に保ち、精神を満ち足りた状態に保たなければならない。健康を保つために運動し、心を豊かにする趣味に打ち込むというライフスタイルを取り入れなければならないのである。

 このように考えると、一日24時間というのは、あまりにも少なすぎる気がするのである。

 どのような一生を過ごすかっていうのは、詰まるところ、日々をどのように過ごすかと言う事の積み重ねである。一生で得るモノに何を目指すか?ということが、結局、日々の生活の時間配分になるようにも思うのである。
 ここでいう何を目指すか?っていうのが、実は一番難しく決め辛いテーマでもある。考え方は千差万別である。

 人によっては、一生楽して遊んで暮らすというのもアリだろうし、兎に角元気で長生きっていうのもアリだ。企業のために、或いは、家族のために身を粉にして働くって生き様もアリだろう。どういう価値観を最上位におくか?っていうのは、ホント正解は無い問いでもある。

 何故に、そのような事を書くか?というと、普通に働くという行為を行っている限りでは、使える時間というのは、極限られているのだが、この働く時間という時間の過ごし方次第では、実質的に脳内で分配する時間は大幅に変動するのも、また事実である。

 例えば、サラリーマンの鏡のような人だと、企業に忠誠を尽くし、長時間残業や休日出勤を厭わずというスタイル、更には、会社を離れても仕事?の事が頭を離れないって人もいるだろう。或いは、長時間仕事場に存在する事による残業手当を目当てに、会社に居る事に意義を見出し時間を費やす人も居るだろう。どんな考え方も、その人なりの生い立ちによるモノであり、正誤は無いものだが、結局、仕事というモノを如何に捉えるか?によって、脳や身体の活動を振り分ける割合っていうのが大きく異なると言う事は事実である。

 会社に居る事に意義を見出す過ごし方。或いは、残業手当目当て、更に言えば金目当てで就業する方、いろんな人が居るが、結局、仕事という行為を、どういう目的で行っているか?で、考え方、過ごし方が異なってくるのでは無いだろうか?

 仕事の意義は?って問いを、周りの人間や後輩に聞いても、明確な解答を得る事は稀であり、多くは、朝起きて顔洗って、飯食って・・・・ってリズムの中の行為と等価な行為であると答えたり、生活を維持するための金を稼ぐために出勤しているだけと言ったり、そんな社会を構成するパーツの一部と成りきったり、それが常識と考えた上での解答が実に多いのである。これは、就業年数に限らず、新入社員からも同じように聞こえるのである。人が卒業するから卒業して、みんな就職するから就職する、、、、と言う事らしい。

 そんな時、自分にとっての仕事は何か?というと、ハッキリ言って金も名誉も地位も何にも関心が無かったりするのである。もっと言えば、仕事に対する義務感は全くと言って良い程もっていないのが現実である。仕事を仕事と思った事さえ無いのが現実だ。

 一寸、哲学的、宗教的かもしれないが、人と獣の違いは何か?とか、仕事とは何か?いう質問を、周りの人間にする事がある。後者の質問については先日のブログでも記事にしたけれど、前者について自分なりの解答をするならば、人というのは世代を越えて英知を引き継ぐ事が出来るというのが大きな違いであり、それが文明である。生物学的な進化の速度は人も獣も差異はないけれど、文明や文化を進化させる事が出来るというのが人の大きな特徴であり、文明や文化の進化とは棲息域(社会)の進歩である。
 つまりは、人の使命とは、文明や文化を進化させることであり、社会を発展させる事である訳で、発展させる事とは、即ち、必要とされている新たな発見を生み出す事だと思うのである。新たな発見というのは、真実に基づいたモノであり、そこに改竄や偽造、偽装はあってはならないのだ。そういう真実こそが社会を発展させ、それを行うことこそが人の価値ではないか?と考えている。

 その発見という行為を行わせるために、人に与えられた先天性能力の柱が好奇心だと思うである。
 そして、その発見という行為を行う上での必須能力が勉強や学習、研究という行為であり、新たな発見を行うには、過去の知見を身に付けておくというのが半ば必須であり、その知識と発見を行う上での手法を学ぶのが学生生活での勉強の主たる目的である。
 つまりは、好奇心という武器を持って、過去の英知を学習した上で、次世代の文明に寄与するモノを見つけることこそが仕事だと思う訳であり、賃金というのは、その対価に過ぎないというのが自分の持論である。

 企業において存続というのは、営利活動という名の他社との競争において優位性を保つ競争に打ち勝ち続けると言う事であり、企業に仕える事というのは、優位性を生む新たなる価値観を生む行為であり、その考えなくして仕事というのは成立しない。仕事という名目で居るだけ残業をしているのは、仕事という行為を偽装しているだけだったり、組織ぐるみで性能偽装表示したりするのは社会への裏切り行為、経営者の名声浴に溺れた状態を示したりするのである。(勿論、これは綺麗事であり、本音では汚い行為を少なからず従業員、企業の殆ど全てが手を染めているのが現代社会の常識っていうのは情けないながらも真実である。仮に、そういう正論から外れた行為を半ば常識化させたような組織認識があったとすれば、それを助長するように自分の開発したモノが用いられた場合は、自分なら、偽装ほう助行為は耐えられない訳であり、そういう場合は、自分の生みだしたモノのトドメは自分が刺す。そういうものである。だから、過去の全ての仕事の結果には、その機能を失わせる必殺インターフェースを備えている。それを行使するかどうかは、利用者の認識次第なのだ。全ての発見にしても、基本的な権利は個人で抑えるし、組織特許においても鍵といか抜け道は当然考えている。それが俺のやり方である。)

 そのように考えると、仕事という行為は時間ではなく、その使命において新たな価値観を創世すると言う事であり、それが一つでも人生において見つける事が出来れば、それで良いのであり、見つけたモノを、段階を踏んで周知させる事が充実感に繋がると思う。
 そのように考えれば、仮に会社で勤務して仕事をしているように見えても、脳内は、必ずしも、仕事の事ばかりを考える必要性も感じない訳であり、そうすれば、身体こそ特定の場所に拘束されていても精神は自由であり、考える時間の配分は自分の思いのままにすることが出来るのではないだろうか?要は、何か新しい発見を見つけようという意欲さえ持って日常を過ごす事が一番大事なのである。

 あくまでも、自分の状況でその瞬間を過ごせば良いのである。人が忙しそうだから焦るなんて無意味であり、怠けれる瞬間であれば思いっきり怠けて遊べば良いのである。長い人生、周期をもったリズムがそれぞれにある。頑張らなければならない時は自然とやってくるのである。常に頑張って目を三角にして仕事しなければ!って強迫観念は捨てるべきであり、周りを気にしたり、周りの目を意識するからストレスに呵まれるのである。

 そういう個人の状況に応じて、周期は訪れるものだと理解して過ごすのが大事である。これは、何時も遊べ、何時も怠けろというのではない。やる時はやる。そうでない時は休めと言う事。準備すべき時は準備し、時が熟すのを待つべき時は待つということ。

 淡々と深い思慮無しで時間を過ごしたり、周囲の状況に影響されてあたふたしたり、ジタバタするだけでは、結局は、嫌々時間を食いつぶしてしまうのである。重要なのは待ちの時期には策を練り、知恵を絞り、発想を育む事が大事。このリズムというかタイミングの使い方を見誤れば、新しい価値を生む事さえ出来ないと言う、不毛な時間しか過ごせないのでは無いだろうか?

 過激?な持論かもしれないが、好奇心が持てないヤツ、好奇心を持って新たな価値を生み出そうとしないヤツ、建前だけで時間を食いつぶすヤツ、そういう奴らとは価値観が異なりすぎて相容れないのである。新たな価値を創世する事を欲しないヤツっていうのは、自分から見ると、人間では無い獣のような生物にしか過ぎないのである。新たな価値を創出する志無しも、切迫した業務に追われている状況に無いという居るだけ残業っていうのは、詐欺行為にしか見えないのである。
 持論で言うところの人間らしい価値観を持って行動すれば、僅か24時間しか無い毎日を充実した色んな考えを巡らす事ができ、それで閃く様々な思いが生活を豊かにしてくれるのでは無いだろうか?

 最終的に、自分が望むのは、何でも良いのでオリジナリティ溢れる発想に基づいた新しい価値を創出し、それを実際に普及させる事。多くを望まず、それさえ出来れば良いのであり、それを行いたいっていうのは、それを望む(現状に困る)人を助けたいという気持ちによるものである。
 それが達成できたという満足感さえ得られれば良い訳だが、そんなに新しい事が次から次へ思い浮かぶ筈もないわけであり、そういう発想を生み出すに必要なのは、好奇心探求活動を活発に行うというトレーニングであり、そのためには、自分の好きな趣味というのは、なるべく手広く、深く、じっくりと突き詰めていきたいのである。

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