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2008年4月23日 (水)

光市母子殺害事件

 さて、22日最大のニュースと言えば表題の当時18歳元少年の差し戻し裁判の判決。
 今回の判決は、死刑判決ということだが、既に被告少年側は上告しており次なるステージは最高裁で裁判が進む模様。

 今回の犯罪判決に対する意見は様々だし、遺族側、被告側の言い分も様々だろう。その判決に対する私感を述べるのは結審していない裁判でもあり、差し控えるけれど、今回の裁判で思った苛立ちを纏めると、

1.何故に裁判がこれ程迄に長期化するのか?慎重を期するのは判るけど、、、、

2.死刑と無期懲役の間の刑罰が無いのは何故か?

3.少年法で刑罰の程度を制限するのは何故か?

ってところ。事実認定により逮捕、起訴と進めば、刑罰確定迄はもう少し速くないとというのは素朴な疑問。更には、無期懲役とは言っても実際は相当に短期間で出所する現実を考えると死刑迄のギャップが大きすぎ。終身刑も必要だろうし、減刑の無い懲役刑で懲役30年とか40年、80年とかあっても良いのでは?とも思うし、死と直面させて初めて悔い改める人もいるだろうから、執行時期を明確化した期限を決めた死刑宣告による迫り来る死へのカウントダウンによる意識厚生等もあって良いように思う。少年とは言っても分別が付かないのは論理として成立しない。重大犯罪を起こせば成人同様の厳罰で処されるという事実が、少年犯罪への抑止力として大きな効果があると考える方が自然。

 そんな事を考えるのである。裁判は、速く済ませ、受刑者意識の反省を引き出すような形で時間の流れで犯罪の結果を考えさせるようなシステムが必要だろう。犯罪への償いに年齢差が有る事自体ナンセンス。

 そう思うと、この度の裁判はあまりにも時間を要しすぎたってのは否めない。

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