最高心拍数、調査中。
昨日から表題の最高心拍数について調査中である。
殆どの情報源では、最高心拍数は年齢の関数で、加齢と共に下がるモノ、、、、って説明。更に断定的な情報では、220-年齢で表されるとか、、、、
しかし、昨日の記事で書いたように、そういう数式では当て嵌まらないし、色んな人のサイト、ブログを見渡しても、必ずしも式通りの人ばかりという訳でもない。
自分と同じく、最高心拍数で200越えって人も少数だが見掛ける訳だ。自分でも日曜日は心拍モニターの最大値を200にセットして走ったのだけど、ピーピーと警告音が五月蠅すぎであったのが現実。
結局、最高心拍数ってのは、一分間に駆動する心臓ポンプのストローク数を表すモノで、心拍数が大きいってことは、筋肉を始めとした作動部分が血液(栄養分、酸素)を要求しているということ。
エネルギーの要求量が高いということで、更に言えば、それに相応するために身体を動かしている結果ということでもある。
身体を動かす事が出来るかどうか?というと、実質的に多くの筋肉をどれだけ速く動かしているか?ということであり、その筋肉の量と速度と、心臓の吐出量の関係で心拍数が決まってくるモノである。
そんな色んな要素が関わり合っている訳であり、最高心拍数っていうのが幾らか?っていうのは、良く言われている式の如く、単純には決まらないのでは?というのが素直な感想である。
最近は、トレーニング理論がどうの、最高心拍数の公式が何で、運動強度60%で云々、、、、が効果的ってあるのだけど、そういう数字を気にするのは、なんだか不健全な気もするところである。
チョット気にして、考えたのが最近興味の関心アイテムである最高心拍数だけど、これとて納得できる説明は無い、、、、。
ふと思ったのは、中学~大学時代の運動部では、そのような心拍数が何で、、、、って理屈は二の次三の次で、殆ど誰も知らなかったし、誰も関心を持てなかった訳だ。それでも、ガキの頃から運動に取り組んでる奴は、皆巧いし、運動能力的に優れている。彼らの多くは理論や理屈で行ってきたのではないだろう。
結局、何かをする際には、最低限必要な道具や環境があれば適当に使って過ごしている。更には、その中で頑張れる範囲で頑張ってってスタイルで過ごしてるのが殆ど。そうやって過ごした結果、技能も体力も鍛えられているのが現実である。
となると、最近よく見掛けるマフェトン理論、心拍数、運動強度云々を気にする事自体無意味かなぁ?とも思うところである。
そもそも、人間が運動にしろ勉強にしろ意志を持って活動するという状況で、意志が継続できる限界値っていうのは、本能的に命に関わらない限界値には到達しないのが現実であり、運動の内容がどうこう言う前に、例えばダイエットならば、絶対的な消費カロリーの積分値が大きいのが絶対的に効果が最大である訳だ。
つまり、歯を食いしばって出来る最大値っていうのは、個人差によって決まる個人の能力(各器官の能力)の総合力によって決まるもので、最大値なんかは各人が頑張ってみないと判らないというのが真実であり、ダイエットというならば、出力×時間=運動量が最大の条件が最も効果的というのが真実では無いだろうか?あんまり難しい理屈を考えずに、自分で感じる最もハードな運動をなるべく長く行うのが一番単純で判りやすい気もする。
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