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2008年8月25日 (月)

プロ選手でオリンピック

 金メダルを奪取すると宣言して挑んだオリンピックの野球。結果は、韓国戦に破れ3位決定戦に挑む事になり、最終的にはアメリカにも破れてメダル獲得には到らなかった。

 そんな野球はプロ選手で編成したチームだけど、オリンピックというのにプロスポーツ選手っていうのは、どうにも馴染めないような気がするのは自分だけだろうか?
 オリンピックというと世界のスポーツの祭典であり、基本はアマチュア競技者による大会というものだが、オリンピックにプロ選手が出場できるようになったのは、振り返れば1984年のロス五輪のサッカーからだったように思う。それ以降っていうのは、アマチュア競技者とはいっても、スポンサーとの契約云々、所属実業団の宣伝塔的な役割も非常に強くなり、サッカー、野球といったプロ競技以外の競技の出場選手も殆どプロ化しているといっても過言では内状況となっている。

 そもそもプロ容認の流れが生まれた時代背景を見ると、資本主義、共産主義の二つの社会の交流の場であるオリンピックが、二つの世界の競争のフィールドともなっており、共産圏の国家戦術としてオリンピックでの良い成績を取るという体勢に対して、アマチュア選手では太刀打ち出来ないという実情を打破するためにプロ容認の流れが生まれたようにも見える。
 当時と違い、現代では完全な共産圏というのは極少数派になっており、体制の違いによる競技者の育成環境の格差が現れにくくなっているが、その反面、プロ化容認によって国家によるプロ競技の有無による育成環境の格差によって競技への閉塞性が高まっているように見える。野球のようなスポーツではプロスポーツとして定着した国同士の争いとなり、野球がプロスポーツとなっていない国家からは参加する事さえ出来ない状況にも見えるのである。

 オリンピックというと、競技種目の多さに目が行くけど、その種目にはなるべく多くの国がエントリー出来るような環境が必要ではないだろうか?というのが世界のスポーツの祭典として求められる資質のように感じるのである。

 今回、プロ編成による野球チームの闘いと女子のソフトボールチームの闘いを見ると、女子のソフトボールチームの闘いの方が仮に金メダルが採れなかったとしてもオリンピックに相応しい試合だったように見えるのである。
 プロ野球と高校野球の面白さの差が、野球とソフトボールに見られたような気がするのは、やはりアマチュア競技ならではの何かがあるのかなぁ?と思ったりする。

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