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2008年9月19日 (金)

技術?

 最近は、高価なスポーツサイクルショップ=技術がある?って思う人も多いようだ。
 そうなのか?

 高価なって事は、次の式が成り立つ。

 高価なスポーツサイクル=高精度で作られたパーツの集合体

 なのである。精度の高いモノは、当たり前に組み立てれば、当たり前に動く。そんなモンでは無いだろうか?
 実際、ホイール組でも良いリムは簡単に組めるけど、ダメージを受けたり、安いリムは結構難儀である。

 高級、高精度のパーツっていうのは、当たり前に組むと、誰でも組めるのは当然で、組まれたモノは、当たり前に高性能っていうのは考えてみれば当然の筈である。
 高級、高精度のパーツが当たり前に組めないっていうのは、論外も論外。そういうのは対象外だ。

 それよりも、ソコソコの精度で大量生産されたモノっていうのは、組み方によって、どうにでも組めるのである。自転車のエンド一つ見ても、ロストワックス鍛造エンドで完全に両端が揃ったモノっていうのは、普通に車輪を付ければ普通に真っ直ぐ付くけど、いい加減なフォークブレーズを潰して切り欠きを入れてエンドとしているような実用車では、エンドに普通に車輪を入れてもフォークセンターに車輪が来る事は稀である。そういう精度が出ていないパーツを組み合わせて精度を維持するって方が遙かに技術が必要なのでは無いだろうか?

 自分が自転車屋で務めていた時に店主に色々教わったけど、そういう自転車を精度良く組み立てるには、コツがあって、ネジ一つを締めるにも締めた時点で定まる精度を確認するという作業の重要性を習ったけど、それこそが、技術というか組み上げる上での勘所では無いだろうか?
 大量生産品程、精度が低いっていのは、考えてみれば当然であり、生産数量の多い、単車や自動車っていうのは、結構、ボディーパーツを中心に長穴+タッピングで組まれる場合が多い。それでも精度が出るっていうのは、組立ながら精度を保っているためだが、自転車でも同じだ。実用目的の大量生産品っていうのは要素精度はソコソコで組み上げる過程で精度を保つという質のモノ。
 そして、職人っていうのは、恐らくは人が組んだモノっていうのは、その値段から既に、仮組されたものが、どういう人が組んで、どういう組まれ方が為されているか?も想定内であり、それ故に、全ての要精度箇所は己の手と皮膚で確認するものであり、その確認の結果、納得が出来なければ、そこを修正するという手間を厭わないモノである。
 プロショップ?によっては高級なバイクは一度バラして組み直すって事を売りにするのもあるけれど、言ってみれば当然で、高級なバイクなら、そうすれば普通に組めるだけだが、廉価なバイクでも、そういう対応が出来るかどうか?更には、低精度から高精度が生めるかどうか?がプロか否かの分かれ目では無いだろうか?

 そう思うのである。だから、結構、技術を売りにした新進のショップがあるけど、その辺が、どの程度か?っていうと相当に怪しいように思うのである。先の低精度のパーツを組み立てて高精度に組むっていうのは、組み上げる毎に精度を維持する方法っていうのは異なるものであり、そういう臨機応変な対応力っていうのは続けていなければ維持出来ないモノ。それ故に、昔、丁稚奉公していたなんて過去完了的経験を語っても、それは現役で精度を維持するべく仕事をされている職人には及ばないのである。

 だから、プロショップを気取る?横文字系、高級車志向のショップで、特にブランド重視、特約店系列、更には価格やブランドで相手にする自転車を選り好みするっていうのは、実は自分は信用していないのである。安物を毛嫌いするっていうのは、案外、低精度から精度を生み出す作業が出来ないだけと違う?って思うのである。

 本当の技術っていうのは、精度の無いモノを組む事で精度を生み出す匠の事、そう思うのである。しかし、この技術は、あくまでも職人的技術であり、それとスポーツサイクルの専門ショップのスキルとは別次元であるのも理解できる。ただ言えるのは、スポーツサイクルのショップスキルの必要条件には、自転車そのものの技術というか職人的経験が無ければ成り立たないのも真実である。

 基本的な機械を組む上での技術に加え、スポーツ機材を扱うスキルが有るというのが本当のプロショップだろう。そのスキルっていうのは、恐らくは、見た目だけの高精度パーツを当たり前に組むという対応とは別の次元で、例えば、ユーザーの言いたい事を本当に理解して工夫を提供する事が出来る能力の事なんだろうと思う。ユーザーっていうのは基本はメカ的に素人の場合が多く、その伝えてくる言葉っていうのは抽象的で想像的な言葉であったり、疑問にしても言いたい事が見えにくい場合があるだろうけど、その使い手のレベルや状況に身を置き換えて具体的な対応が出来る力の事だといえる。

 こういうのを書くと、当たり前じゃん!って思う人も居るだろうけど、そういう要求を具現化出来る人っていうのは、メカに精通しながら、その構造や機能に着目しながら感じながら、機材を実効的に扱う力も兼ね備わっていなければ、その言葉には嘘が含まれていると思う。実際に乗れない奴は、その意味が本当には判らないっていうのが真実だろうと思う。プロショップを気取っても、整備が出来る自負があるからには、すくなくとも、扱う機械に乗る力が無いと有り得ないと思ったりする。

 最近は、昔ながらの自転車屋さんよりも、高級外車を扱う専門店とか、そんな店が多く繁盛しているようだが、心としては、昔ながらの自転車屋さんの方が好きなのである。

 昔、友人がカスタムバイクショップを開いていたが、カスタムバイクショップっていうのは、ユーザーの好みを具現化する。その手段はユーザーの願いを無ければ作るというモノだったけど、自転車でも同じである。高級なハイグレードなパーツは組んでも素人には無力なのは当然だが、その無力を曖昧に高級を進めるショップではなく、仮にハイグレードなパーツであっても素人に適合させる工夫を生み出したり、売られていないならば作り出したり、或いは、ユーザーの願いが既存に存在しなくとも、その願いを叶えるようなワンオフを行えるような発想力こそが必要では無いだろうか?そういう発想力っていうのは、ユーザーの身に置き換わって考えるから具現化しようという意志が生まれる訳であり、身を置き換えて考えれるっていうのは、やはり、乗る、見る、考える、生み出すって力を全て持っているんだろうと思う。

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