日本人体型とブランド
日本人体型っていうと白人とも違うし、同じ黄色人種でも中国、韓国の方とも随分違う。独特の体型って言われているし、その体型は胴長、短足とも言われている。
そんな独特な体型を持つ人間に果たして海外ブランドの一般の自転車がマッチするか?が昔からの疑問。学生時代、欧州ブランドと国産ブランドのスケルトンを比較したことがあるけど、実際問題、結構違っていたように思う。
はたして、現代日本人の体型は変化したか?というと、多分変わっていないし、少なくとも、現代におけるメタボ世代は80年代の20代であり、我々世代の体型は昔ながらの日本人体型であるわけで、そうなるとやはり日本人向けな自転車の方が良さそうである。
自転車におけるスケルトンは、外的要因からの特性を決める要素と、内力を生むに適合した特性を決める要素がある。前者については、体型の違いは殆ど関係ないが、後者については体型の違いが大きく効いてくる。後者とは即ち、駆動力発生に具合のよいスケルトンだと思うのである。
体型から定まる最重要な要素は何か?というと、それはフレーム以前にフレームと人体の接合部であるクランク長である。このクランク長を正確に決める事が実は結構なポイントである。
下肢の屈曲運動でクランクを回転させるのだが、下肢の骨格とクランク長は幾何学的に密接な関係を持っている。これを、理解することが心地よい自転車の第一歩だと思う。
ところが、現実的にクランク長の選択肢っていうのは5mm刻みで165、170、175mm程度から選ぶのが普通で、最適が判っていても案外良いところが狙えないのが現実だったりする。
それでも、自分の下肢骨格から求めたクランク長という意識があれば、実は、そこからフレームの形状の重要な部分が決まっていくのである。この決まっていく数値っていうのは、結構繊細な値であり、所謂セッティング次第でどんなスケルトンであっても、それなりのポジションを作る事が出来るのだが、セッティング=パーツ取り付け時における動かし代を利用していく時に、パーツ固定におけるベスト位置からの偏差が多い程、本来のフレームの持つ細やかな特性が失われていくっていうのは、知られていなかったりする。
ふと、懐かしく感じたのだが、そのような微妙な違いが国産ブランドと海外ブランドには存在する。その小さな違いは調整可能な各部に存在し、その小さな違いの積み重ねが、時には許せない違いとなって現れたりするのである。
これは、単車なんかでの微妙なセッティングの差によるラップタイムの差に非常に近いモノだと思う。
この小さな差に気付かない、或いは、それを無視しても関係ないかも知れないが、その差は確実に存在するものである。そういうものだと思うのだ。
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