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2008年10月16日 (木)

固定シングルって言っても、、、、

 メインサイトの記事を久々更新すると、特にラングスターの記事のアクセス数が急激にアップしている。他の記事とは較べ物にならない程の方に読まれている様子。
 このブログ、メインサイトの双方共、検索キーワードには、固定シングルのギア比、乗り方、速さ、、、、って語句で検索に訪れる方が多い。ピストバイク関連、次いで、小径車関連で特に走行性能に好奇心を持ってネットサーフィンされている方が多いようだ。

 世の中のトレンドでは、ピスト、小径、折り畳み、ロードバイクってところが注目度の高いジャンルのようであり、やはり自転車という走る乗り物故に、速さっていうのが多くの人にとって高い関心を集めているようだ。

 でも、このようなジャンル分けはタイヤサイズの大小、フレームが折れるか否か程度の分け方であって、単車や自動車みたいにジャンル分けすると全く性能が異なるか?っていうと、案外そうでもないのが現実である。
 多くの人が拘っている速さってファクターに最も影響度が高い要素っていうのは、乗り物に関して言えば、動力源に尽きるのである。
 単車や自動車の場合、見た目普通でも強力なエンジンを搭載すれば羊の皮を被った狼的な扱いとなる。そんなもんである。

 しかし、自転車の場合は、ジャンルの違いは、単車や自動車の場合でいうとシャーシの違い程度に過ぎないのが現実。シャーシの違いっていうのは動力を持つ乗り物の場合は、操縦性に大きな影響を及ぼすけど、自転車に操縦性っていうのは、単車や自動車程に明確な差異は出ないモノ。これは原則的に操縦性=旋回時の安定性であり、その旋回動作時に駆動力が掛ける事が出来るか否かで、決まってくるモノで仕方ないモノである。

 そんな自転車のシャーシっていうのは、操縦性よりも動力の取り出しやすさに力点を置いたモノで、取り出し元が人体という制約から、突拍子も無い形に突き抜ける事もまた、有り得ないのであうr。

 よって、自転車のシャーシの違い=漕ぎやすさの違い程度のモノであり、結局はポジション云々というレベルではないか?と思ってしまうのである。ならば、ポジション自体が単車のアメリカンとレプリカ程の違いが生まれるものでも無い訳であり、どんな自転車でも乗り手が欲しい出力に見合ったポジションを与える事自体はそれ程難しくないのである。

 そう考えれば、乗り手が走りたい走り方に応じたフォームがつくれるようなポジションを作れば、車型ジャンルによる性能差は殆ど無くなってしまうのでは無いだろうか?

 ピストだろうが、ロードだろうが、小径だろうが、、、、結局、乗り手が走りたい走り方に見合ったポジションとギア比を与えれば、何も変わらないって結論になる。そんなもんである。

 よくある検索ワードには、小径車の最高速?ピストのギア比?ロードの最高速?最適なケイデンス?って言葉を見かけるが、これを纏めると、ジャンルの!って区分け自体がナンセンスであり、『あなた』の乗った自転車の最高速、ギア比、ケイデンス、乗り方って事になるのである。その結果は、『あなた』の身体能力と知識によって決まる。で、結果の高め方は、身体と知識を向上させる以外ないのである。今の限界を上回るには、今の限界を決めている個人の律速因子を取り除く以外に無い訳であり、その問題は固有のモノであり、誰に聞いても判らないものなのである。そんなモノである。

 まぁ、言えるのは、シビアな乗り物程、それを引き出す上で必要な経験と身体能力がシビアに問われるってことだろう。これこそが、乗り手と乗り物の釣り合いという事だろう。モノに対する畏敬の念を持つ奴ほど、モノの意味が本当の意味で判っていると言える。案外、そういう人の方が目的に対して近道が選べる事が出来そう。モノに対して畏敬の念が涌かず、一番イイ道具がベスト!って短絡性が強い日とっていうのは、自分の問題を自分で解決する事が出来無そうに見えるところである。

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