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2009年1月31日 (土)

自転車に乗っても変化しない理由は?

 ここ最近ずっと考えてきたことがある。

 それは、ここ最近の運動習慣を経ても自転車に乗って得られる感覚に変化が無いのは何故か?という事。運動としては、筋トレ、筋持久力トレ、有酸素運動と比較的バランス良く、比較的ハードに、相当に長期間に渡り行っているのだが、、、、何故に?って疑問だ。

 先の記事にも書いたけど、ベンチプレスでリフト可能な重量、回数とも圧倒的に増えているし、スイムでもタイムの短縮は明らかなんだが、自転車では殆ど何にも変化がない、、、、、、、何故だろう?変化が感じられないと楽しさ半減であるのだ。

 で、更に考えること、、、、、で、思ったのが直前記事のダンベルとバーベル、自転車と水泳の違いの記事を書いていて思ったこと。
 それは、、、、自転車は、基本的に脚の定方向回転運動のみである。つまり、使う筋肉の大部分は太股、脹ら脛である。マニアックな人的に言えば体幹の筋肉というのもあるけど、それとて結局は脚を介して動力を伝える訳であり、体幹の筋肉を入れても、その程度である。

 で、ベンチプレスは?っていうと、これは胸部より上部の筋肉と上腕部の筋肉、肩周りの筋肉が支配的、、、、、、水泳は?っていうと、全身の筋肉だが、自転車で必要な筋肉だけではタイムアップは望めない世界、、、、、

 そう、自分の行っている運動種別と所要筋肉はどうか?を纏めると次のようになる。

1.ベンチプレス
 体幹の筋肉+胸部、上腕部の筋肉

2.水泳(ブレストストローク)
 下半身、大腿部と脹ら脛の筋肉+体幹の筋肉+胸部、上腕部の筋肉

3.自転車
 体幹の筋肉+下半身、大腿部と脹ら脛の筋肉

 ということである。つまり、パフォーマンスに影響を与える筋肉の要素が全て違うのである。それを思うと、ここ十数年の運動によって得た体型の変化を見ると、圧倒的に上半身の筋肉が肥大しているのが今の自分の姿なのである。胸囲で20cmアップ、上腕部で4cmアップという状態なのである。つまり、筋肉量的には上半身が強化されたのである。

 結果、得た効果としてはベンチプレスの最大荷重が60kgが110kgオーバーになり、水泳も泳法改善してから3000mのタイムが70分掛かっていたのが50分未満に短縮出来たのである。これは、水泳での開眼の記事ではないが、殆どが上半身のパワーアップによって得た効果なのである。
 下半身の強化を怠っている訳ではないが、自身の判断では既に飽和状態に為っているような気がするけど、上半身の方は鍛え代が随分と残っていたというのが正直なところなんだろうか?
 絶対的なパフォーマンスに直結する筋肉断面積を見るには脚の太さが一番判りやすいけど、太股の太さは自転車部時代で60cm、10年前の怠け時代が57cm、ブログ開設時が59cm、今は62cm、脹ら脛の太さも40cm→36cm→39cm→42cmと殆ど変化していない。筋肉断面が変化していないならパワー自体は変わらない訳だ。心肺機能という部分では、殆ど不変だし、筋肉量も不変、、、、結果的に、それらに依存するパフォーマンスは、やっぱり変化しようがないのが現実なんだろう。

 では、下半身の強化を怠っているか?というと、上半身程ではないが相応のトレーニングは行っているけど、上半身ほどの変化が得られていないが現実。今の筋持久力的なメニュー(強度的に100RMで実施中)を筋力強化的なメニュー(10RM程度)に負荷×回数を変えてやらないと現実は厳しいだろう。
 しかし、周りを見渡しても、現実的に考えても、今の脚の太さは尋常でないと自身でも思っており、これを強化して太くするっていうのは、チョット理想的な健康体型とも違う訳だ。

 結局は、自転車パフォーマンスが停滞しているのは、パフォーマンスレベルを律する体内要素が変化していないからであり、その要件を強化する余白を考えると、今後は如何に続けても、変化は得られないだろうという結論だ。

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水泳と自転車、ダンベルプレスとレバレッジプレス

 ここ最近は、水泳での推進感覚の覚醒もあって、水泳ってホントに楽しいなぁ!って思う事が多い。
 先の記事でも記載したけど、水泳と自転車は全く異質なスポーツである。どちらも一般的には全身運動、有酸素運動、、、、って言われているけど、その違いについては先の記事の通りであり、自転車というのは機材による効率優先、水泳というのはモノに頼らないという部分で大きく違う。一方は楽して、、、一方は苦労して、、、、、ってニュアンスである。

 さて、その一方が楽で効率が優れるって部分は、力を整えやすいという部分である。力の方向が整えるというのは、使う筋肉が限られて、一方向運動になるということ。つまりは、鍛えやすいとも言う。何故に、その事が成り立つか?っていうと、運動において身体を完全に固定出来るからだ。サドルに腰掛けて、ハンドルを握り、ペダルを漕ぐという事で、体位が完全に拘束されるのである。その拘束形態で特定の運動、つまりはペダルの回転のみを行うのである。必要なのは、ペダルを回す筋肉であり、その運動に必要な循環器能力さえあれば事足りるのが自転車なのだ。

 これに対して水泳はどうか?っていうと、、、、これは完全に三次元方向にフリーな状態で運動するのである。通常の陸上運動では地面に接地という形で最低一箇所の固定があるけど、水泳は完全に固定されていないのである。この固定されていない形態で効率を生み出すというと、如何に無用な身体の動きを止めるか?が重要な鍵であり、その身体の揺れを引き起こさないための平衡動作が常に必要なのだ。この平衡動作っていうのは、推進を生む行為の段階に応じて整えなければならない動作である。この部分において、自転車とは全く異質であり、その平衡性維持には全身の感覚と筋肉を細かく制御しているのである。これこそが全身運動たる所以であり、自転車のような特定方向運動とは全く異なるのである。

 この当然の事を改めて気付いたのは、最近自宅で始めたダンベルによる筋トレだ。筋トレで筋肉を強化するのに、ここ15年のスポーツセンター通いでは、基本はバーベルを用いたフリーウエイトのベンチプレスだったのだが、育児と言う事で時間の制約が厳しくなりスポーツセンターに通うのが限られる状況で、自宅で出来る筋トレで辿り着いたのがダンベルベンチなのだ。ダンベルベンチとバーベルベンチの違いは、行って始めて気付いたのだが、ダンベルベンチの方が軽い重量で限界を感じるということ。その理由は?っていうと、バーベルは左右が拘束されているけど、ダンベルは完全にフリーという点。完全にフリーというのは細かい制御を様々な筋肉を様々な方向で働かせているからだ。つまり、重量的には軽くても大量の筋肉を誘導しているのである。
 同じバーベルベンチでもフリーウエイトよりもレバレッジタイプの方が更に楽で大きなウエイトが支えられるのは、運動方向の拘束が更に固定化されているからなのだ。

 全身運動という言葉の意味は、筋肉の一方向固定化運動とは別のものであり、そういう意味で、ダンベルベンチ>フリーウエイトバーベルベンチ>レバレッジプレスと言う事となるように、水泳>陸上競技>自転車となるのである。

 今更ながら思うのは、自転車と水泳を比較して心拍数が高い状態ながら局部的な疲労感が小さく長時間運動できるのは?っていうと、水泳の方だ。これは、結局は局部負荷は小さいけど、積算の総負荷が水泳の方が大きいってことだろう。

 こんな当然の事なんだが、自分自身、最近迄自転車は全身運動と錯覚していたのが、我ながら情けないところ。所詮、機材スポーツであり、機材の操作能力という技量的要素がパフォーマンスに大きく影響するという部分で、機材スポーツ以外の競技とは大きく異なるもの。この機材の操作技量という部分の影響度がパフォーマンスとしての結果に大きな差異を生むという所で、自転車っていうのが統一尺度で評価されない趣味的スポーツに留まっている理由かもしれない。

 えっ?訳が判らないって?、、、、、統一尺度っていうのは、級とか段の制度の事。例えば、柔道、剣道、格闘技には、級、段って制度が存在する。実は水泳もそうだ。日本水泳連盟で伝統的に泳力認定制度っていうのが存在する。制度自体が今の形になったのは1998年からだが、実は以前からベースとなった制度が存在していた。今のバッチは四角のバッチだけど、昔のバッチは丸のバッチ、7級~5級が緑色、4級が黄色、3級が赤、、、、、ってバッチである。このバッチを収集するのが昔の生き甲斐だったのを思い出すところ。
 このような制度的な技量認定が自転車に生まれないのは、レギュレーションによる条件の固定化が難しいからであり、この不公平さが解消されなければ、技量階級を純粋に色分けしにくいし、指導者も育たなければ、論理的な指導体制も根付かないだろうし、結局は遊びで終わるような印象だ。

 自転車において、そのような領域というか段階が明確になっているのは競輪学校くらいのもの。言ってみれば、競輪学校を目指す方、その本職の方くらいしか、自転車を競技的に語る資格は無いと言っても過言では無いかも知れない。そんな気がする今日この頃。

 少なくとも、単車、車では、完全に機材を固定した上で競うような土壌が存在する。そういうのが無いのが自転車では不思議な感じだ。
 資格認定的な制度で、最高ケイデンス測定とか、出力測定とかペダリング脈動測定とか、同一機材によるTTとか、、そういう基本的な判断基準があれば階級分けが出来るんだろうけど、難しそう。

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2009年1月30日 (金)

ダンベル体操も始めよう!何故かって?

 昨年の盆以来、ダンベルを用いた筋トレを毎日実践中である。
 負荷としては20RMレベルで20[kg]のダンベルを二本作り、左右でダンベルフライを20回+ダンベルベンチプレスを20回を1セットとして、これをサーキットトレーニングに前に1セット、サーキットトレーニングとローラー台の合間に1セット、ローラー台の後に1セットの計3セットを行っており、最近は、リストのスナップに方々10[kg]のダンベルを用いて50回ほど行っているところ。
その甲斐あって、上腕部、胸部の筋肉が増えた感じで、骨格筋率、基礎代謝とも増加傾向にある。

 そんなダンベルの利用法だが、そんな筋トレとは別に軽負荷でのダンベル体操のメニューを検討中だ。ダンベル体操では筋トレとは異なり軽いダンベルを用いて運動するものだ。一応、片側5~6[kg]程度のダンベルを用い、時間で15分程度で出来るものを検討中だ。

 体操のメニューに何があるか?を知らないので、まずはネット、雑紙で情報収集しようと思うところ。取り敢えず、中古のダンベルダイエットビデオを調達したんで見て研究してみようと思うところ。

 ところで、最近は、スイムが楽しいし、サーキットトレーニングも楽しいし、ダンベル筋トレに夢中で、今度はダンベル体操、、、、、アホかもしれない。

 身体を鍛えるっていうのは、何だかワクワクするのが不思議な感じ。但し、平日の日々の運動時間が3時間に迫る勢い。金土日の週末は既に三時間オーバーな状態で、確かにオーバーワークかもしれないし、競技者でも無いのだが、なんだか楽しいのである。

 運動にしろ、学問にしろ、研究にしろ楽しさが実感出来るのは、傾注して取り組んでいる事が結果として見えてくる事だ。運動、学問、研究というのはジャンルは異なれど、実はみんな同じであり、自然科学の法則に則った変化である。変化を感じるには、その世界の専門性に従って取り組む事だが、そのルールに従って取り組んで結果を実感出来るのは、その世界で更に先に進もう!ってモチベーションに繋がるのである。

 スイムではブレストストロークで3000m連続スイムでのタイムが18年前に水泳を復活させた時が75分掛かっていた。その後、泳法の改善、筋トレでの筋力強化を経て、昨年には60~65分で完泳していたけど、筋トレを導入してからの半年で50分を切るペースになったのは、やはり嬉しいし、自分なりに進化を実感しているところ。

 筋トレも然りだ。筋トレを始めたのが16年前だが、最初はバーベル60kgが限界が、今や110kgのフルボトムからのリフトも可能だし、45kgなら連続で150回は行ける。それだけで嬉しいものだし、実際、胸囲も90cm程度だったのが110cmオーバー迄増量できている。進化しているのが自信に繋がっているのも事実。

 最近始めたサーキットトレーニング、ダンベル筋トレも、その効果で筋肉量が増加し、スイムでのタイムに繋がっているのがイメージ出来る訳である。

 学問でも、研究でも、想定した結果に対し、論理で攻めて結果を得るというのは、継続力のエネルギーとなるのだ。

 という訳で、ダンベル体操は軽負荷で大きな動きを狙っており、特定のスポーツ(水泳)において必要な部位の強化をメインとしてきた要素トレーニングから、鍛えにくい身体の死角における筋肉を少しずつ鍛えるのが狙いであり、鍛えていない部位を鍛えるのがダンベル体操を行う理由だ。
 何故に、そういう部位の筋肉を鍛えたいか?っていうと、実は、最近の生活の中に伏線があるのだが、それを気付いている読者はいらっしゃるだろうか?

 それは二つあるのだ。

 一つは育児の際の沐浴で痛めた手首で、動かさない筋肉を無理に使って壊した経験がある事と、もう一つが、昨年末の裏山の雑木刈りで、鎌や鋸を山中斜面で振り回す事で、全身の筋肉痛に陥った事。これって、鍛え損ねがあるから、そうなった訳であり、そういうOut of 眼中な部位もしっかり配慮したいという思いからだ。

PS:

 ところで、身体を鍛えて結果を得るっていうのは楽しい事だが、最近は自転車のパフォーマンスで上達感が感じれなくなってきたのが寂しいところ。スイムでさえ画期的にタイムアップしているのだが、自転車では今一変化を感じる事が出来ない。結構、乗りまくっている(1000~1500[km/月])と思うのだが、何も変わっていないとしか思えない。
 多少の登坂能力、アベレージのアップはしているようにも感じるけど、気のせいとも思える程の小さな変化であるのも事実。乗っていてパフォーマンスが変化した!って確信を得る状態には程遠いのが現実。周りの他人と比較してという部分でなく、過去の自分と比較して見ると、殆ど不変のような印象。
 二年前に固定シングルに復活する!って時は日々が楽しかったけど最近はマンネリ気味だし、三年前に折り畳み小径車でフルサイズ並に走る!って時も楽しかったけど最近は同じくマンネリ気味。
 この先、何をやっても、何に取り組んでも自己の進化は期待出来ないような閉塞感を感じているところ。

 まぁ、そういうのがあるから、日曜の午後はオ・モイヨWWでホームコースをクルージング走行してチンタラしたりしているのだが、、、、、これから、どうなるだろうか?

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カラダスキャン、、、、

 表題はオムロンの体組成系の商品名。
 これで判る事は、体重、体脂肪率、骨格筋率、基礎代謝、体年齢等々だが、ここ最近の数字はどうか?っていうと、、、、

・体重   :64.8~66.0[kg]
・体脂肪率:11.5~13.0[%]
・骨格筋率:35.5~37.3[%]
・基礎代謝:1605~1630[kcal]
・体年齢  :29~34[歳]

 ってところで、傾向的に体重は激減期に比べると若干増加傾向で、基礎代謝、骨格筋率も増加傾向となっている。

 で、健太郎で測っている冬季の血圧測定の傾向は?っていうと、、、

・収縮期血圧:115~125[mmHg]
・拡張期血圧:65~75[mmHg]
・心拍数   :43~48[bpm]

 って状態。

 この二つの数値の三年前と今を比べると、、、、筋肉量が増加して、心拍数が若干増え気味か?って状態である。今シーズンは平常時心拍数が40[bpm]を下回った事が一度もないのである。起床時には38[bpm]とかになっているけど、それ以外では概ね45[bpm]程度である。

 もしかして、筋肉量がアップした結果、心拍数が増えて血流を確保するように身体が変化したのかなぁ?と思う今日この頃である。

 ここ最近というか半年の変化は、上半身の強化で毎日のダンベル筋トレを行っているけど、確かに、胸部、上腕部の筋肉は増えた感じ。強化した筋肉で運動能力の変化はどうよ?っていうと、先日の話ではないが、ブレストストロークでのプルでの推進力がアップしたのと、ブレス時における状態のジャンプが大きくなった事。結果、ブレストストロークでの速度が明らかにアップした事くらい。

 カラダスキャンや健太郎の日々の数値を単独で見ても変化は判らないが、長い時間での緩やかな変化と体調の変化から、何となく変わった部分が見えるか見えないか、、、、って事は感じる事ができる。まぁ、ごく僅かだし、気のせいかも知れないが、、、、そんな印象。

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2009年1月29日 (木)

通勤自転車は怖いぞぉ

 週初めに面倒臭い定例の会議があったんで本社にスピママ号で出掛けた。その会議が終わったのが午後6時過ぎ、、、で、自転車で事務所に戻る最中に歩道を通行していたのだが、後方から無灯火の激走チャリが迫る迫る。怖い怖い。何故に、其処まで暴走するの?無灯火で、、、、

 通勤に自転車を使う事はないけど、会社の多い地区では当然ながら通勤者が多いのだが、その雑多な混雑を激走する自転車の激しい運転に目を白黒である。

 最近は、自転車通勤を推奨する空気が多いけど、こんな無秩序な混雑に挑戦しようなんて気は全く起こらない。恐ろし過ぎである。

 通勤はやっぱり自動車が便利だ。自動車が駄目なら単車。単車の場合は、装備の装着、車庫入れ、車庫だし、天候によっては雨具の装着と結構面倒臭いもの。でも、出発状態になると機動性と自転車よりは交通環境的にルールのある場所を走るからマシな部類。最後が自転車だ。無秩序の混雑を自転車で挑むのはリスクが多すぎだ。

 環境に厳しいかもしれないが、自動車の方が時間が計算できるし安全である。

 まぁ、自動車で、無灯火、信号無視が日常茶飯事だったら怖いけど、自転車程酷い状況でないのは確かだ。

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今更ながら、VGAクラスのCCDとCMOS機を考える。

 最近は高級なデジタル一眼レフにもCMOSを用いたモノが増えてきた。一寸前ではCCDが絶対で、CMOS=ボロという図式だったようだが、今や情勢は逆転しているといっても過言ではない。こんな予測は、メインサイトにも2002年頃記事にしたけど、現実にそうなったようだ。でも、ならばCMOSがCCDより逆転して優れているか?というと、これまた、難しい質問だと思うのが私の今の感想。

 これと似たような話、NECのPC98アーキテクチャー全盛の頃、IBM/AT互換機が登場した時にどっちが優れているか?という話で世間が盛り上がった事がある。その話は1993年頃の話、今はどうなったか?というと、パソコンの世界でPC98は消滅したのが現状。
 これで、世界標準機が優れているか?というと、実は、これまた難しい質問だとも思うのである。

 このような技術論に優劣を決めるっていうのは、非常に難しいのである。このような対決ネタの場合の殆どは、製品を通しての話であり、製品と言うからには、その技術論の対象技術のみで製品が出来ていないという事もあるし、その技術の熟成度合によっても、その製品の求められている市場環境によっても異なる。一言でいうと、時代性と制約の範囲での判定となり、それは判定を下す人次第の答えこそが、判定する人にとっての正解というのが本当だろう。

 さて、そんな話はさておいて、最近、再び古いデジカメで楽しく遊んでいる。古いデジカメ、それも30万画素機が何となく楽しいのだ。今のセンサーネタは殆どが超高画素の世界の話で、CMOSがメジャーとなりつつある中で、旬なネタでは無いけれど、超低画素の世界でCMOS、CCDを考えたりする。

 我が家には何パターンかのデジカメがある。

 一つのパターンは子供の発表会、運動会用で速写能力命系のデジカメ、瞬間を撮り逃したくない、ガンガンに取りまくるという前提で速写能力が高いという性能要件に加え、記憶容量/画素数の比率の大きな仕様で、これはE-100RSだ。1GBのCFで150万画素だから撮りまくっても余裕タップリである。1000枚程なら撮影可能だ。今なら、最新のSP-590UZとか、EXILM PROとかあるけど、画素数と容量比から言うと、画素数が8~10倍でも容量は2倍程度であり、記憶枚数的には、1/4程度で直ぐ満杯になるのが今一。連写が駆けて撮りまくると、アッという間に数百枚は撮影してしまうので、画素数/容量比から言うとE-100RSっていうのは良い選択なのだ。

 もう一つのパターンが家族が屋内で使うデジカメ。当然、薄暗い瞬間、部屋で走り回る子供の一瞬を撮るということで、L判出力に耐える解像度+フォーカシング不要のパンフォーカス機でC-120が該当する。最近の機種が如何に速くても、電気を消した部屋から明るい部屋に一瞬の内に移動する子供の笑顔は追い切れないのが現実。ストロボのチャージも瞬間でないと駄目。電源を簡単操作で投入して一秒以内に撮影可能になるほどの起動速度が大事なのだ。そのためなら、電池四本でも携帯しないので気にならない。電池四本でもストロボチャージが異様に速い(一秒以内)なら許せるもの、垂直接近の子供の表情も捉える事が出来る。知っている限り、パンフォーカス機で最速の一台だ。

 次のパターンが家族で屋外に持ち出して使うデジカメ。これは二系統ある。ドライブに出掛ける時は二台持って出掛ける。一台は耐水簡単デジカメのGV-20、もう一台は、そこそこ望遠可能のC-730UZだ。水辺で遊ぶ時はGV-20、山で遊ぶ時はC-730UZである。車で出掛ける時に邪魔にならない程度のサイズの一台。

 第四のパターンが自転車、単車でお出かけ時の記録に使うカメラ。これはL判出力に耐え、記録を取り損なわない信頼性+軽量コンパクト+乾電池対応ということで、、、、リコーのRR211、Finepix A101、オリンパスのC-160が該当する。出先で撮った写真が取り損ねていないというのが大事で、出先での記念撮影的用途であり、速写性は不要。構図を確認しながら自分の単車、自転車を撮影するためのモノ。一番のお気に入りが遅いけど画角的に比較的広角(33mm)でレンズも明るく(F2.8)電池の保ちもグッドなC-160だ。RR211は49mmと望遠気味で近い所が撮れないしCMOSのためか暗所でノイジー、A101は-レンズがF4.8と暗く夕方は辛い。そういう条件でC-160はC-120程では無いけど使いやすい。この用途でRR211は携帯性こそ優れるけど薄暗いと途端に綺麗に撮れないし、所謂CMOS機の悪い点が目に付く印象。

 で最後が本題の遊びデジカメである。遊びデジカメは何気ない瞬間を何気なく撮る。撮った後を見る事自体を楽しめれば良いという程度のカメラ。勿論、キチンと撮れないと駄目だけど構図には拘らない。撮れていれば記憶と併せて思い出せれば良いという程度のモノ。重要なのは、壊れても悲しくないカメラ。持ち運んでも負担に思わないカメラ。忘れた頃に使うカメラのようなモノ。重要なのは手軽さである。確認するのも殆どがPC画面上オンリーでありL判出力さえ不要なのである。
 手軽さを基本に考えると乾電池駆動で長持ちというのが大前提だ。手軽さとなると大きいのはNGである。手軽さ=仰々しさの無さであり、落としても気にならないレベルということ。単三の乾電池二本で駆動出来るのが理想。電池が長持ちということに拘れば液晶さえ不要ということ。
 そのように機能を絞っていくと、トイデジか昔のVGAデジカメくらいしか選択肢は無いのである。

 そこでトイデジのデフォルトであるCMOS機か、昔のVGAカメラならCCD機か?と言う事が比較のテーマとして浮かび上がるのである。CMOS搭載のトイデジのメリットは軽量コンパクト電池長持ちということ。昔のCCD搭載のVGA機は?っていうと、大昔過ぎると電池四本で携帯に耐えない状態となるし、電池二本で液晶となるとDSC-V100のように電池消耗が激しい状態ともなる。電池二本で潔く液晶を捨てたDS-10が大きさ、速さ、画質共に優秀だったりする。
 で、この辺の機種は一台あたり500円程度で入手可能だが、どの機種も結構楽しかったりする。

 そして、このクラスのカメラで何がお奨めか?っていうと、DS-10って機種。古くさく、小さくないけど、当時としては電池二本で小さく、取り敢えず許容範囲的サイズ。液晶は無いけど取り損ねは殆ど無いし、映った画像は十分な解像度。CCD機の良さを保ちながら液晶を諦めたところで電池は超長持ち。これはお奨めである。
 ついで、二番手は、、、、やはりCCD搭載のIntel Pocket PC Camera CS630って機種。単四電池四本というのが面倒臭いけど、大きさはコンパクト、見た目もポップで悪くない。ストロボは非搭載だが、その分、暗所でも人間の眼で見たような映像が撮れる。更に、古くてもPCカメラとして使えるので使い回し的にもイイ感じ。

 この二台が最高にお奨めである。このクラスはコスト的な制約からCMOS機は欠点が多い感じ。CMOS機は条件さえ整えば綺麗に撮れるけど、取れたかどうかが確認する術が無いので、或る意味、相当マニアックとなる。そんなマニアック度合を楽しむのも吉だが、そういうマニアック度合でトイデジを選んでいくと、、、、、やはり、条件さえ整えば綺麗に撮れるという実績のある機種が理想。
 そうなると、一番手は日立マクセルのWS30って機種。OEM元のLarganのカメレオンって機種でも同じだが入手性は激しく難しい。二番手は、WS30の後継機のWS30 Slim。電池が単四になって、チョット望遠気味になっているけど扱いやすさは相変わらず。悪くない選択だ。三番手は、トイデジでもデジカメメーカーの製品であるカシオのLV-20って機種。暗所での写り具合はWS30が上手だが悪くない選択。四番手は、チョイレアなAgfaのEphotoでCL18って機種。これはストロボのON/OFFが起動時に記憶出来る点が良い。更には見た目がカッコイイし、何たってAGFAってブランド。

 で、VGAカメラでCMOS、CCDを言えば、液晶を捨てた時点で、取り敢えず綺麗に写っている確率が高いCCD機が良い感じ。でも、遊び的に撮れるか撮れないか?を含めて遊ぶならCMOS機は悪くない感じ。トイデジというTOYの範疇で遊ぶには、背伸びした高画素機でCMOS搭載な安価な機種を買う価値はあんまり判らない。CMOS搭載の安価な機種なら遊びという割り切りが大事で、割り切りの象徴が低画素という拘りで考えるのが良いように思うところ。

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2009年1月28日 (水)

景気回復には公共投資が有効だな

 今、世間は不景気という事になっている。実際、家電、自動車業界では派遣切り等々が社会問題として毎日のようにニュース報道されている。そんな不景気の対応策は?っていうと、殆どの人、業種、メディアが環境関連技術云々を叫んでいる。
 実際、この度の金融危機の震源であるアメリカではオバマ新大統領はグリーンニューディール政策を掲げ73兆円規模の景気浮揚対策を公約に掲げている。景気対策における公共投資の方向性は石油エネルギーの代替え技術の開発ということのようだ。

 実際、身の回りの業種の景気対策の秘策は?っていうと、、、、

・リチウムイオン電池関連の電池事業
・太陽電池関連事業
・炭酸ガス固定化技術への関心
・天然ガスへの資源置換
・水素エネルギーの模索
・風力発電への関心
・リサイクル関連
・有毒排出物規制を柱とした環境保護
・船舶バラスト水規制による生態系保護
・森林伐採規制による環境保護

 と、いろんな環境保護が新しいマーケットとして提案されている模様。

 しかし、これらの技術は全てが技術難度の高いものばかりで、こういう高コストで見返りが少なく雇用へのインパクトが限定的な分野に不景気な時世に投資が向かうか?というと必ずしもそうではないという印象である。

 オバマさんのグリーンニューディール政策での公共投資による雇用の創出というのはアリだと思うけど、溢れた労力で賄える雇用市場でなければ雇用の創出には繋がらない。となると、より普遍的な技術で賄える公共投資でなければ景気対策としては限定的な効果しか得られないのでは?というのが私の感想だ。

 上述の環境問題は重要な問題だが、この環境問題をハイテク的に捉えるでなく、このような環境問題の被害を最初に被る地域における対策を柱としたような公共投資が今は必要なのでは無いだろうか?
 環境、衛生の被害を被るのは公共インフラの整備が遅れた地域であり、それは先進国エリアでなく、急激な発展を遂げている国家や、或いは、全く発達していない後進国ではないか?ということ。
 先日、NHKのテレビで見て気付いた事だが、公共インフラが公営に限定されているのは日本等僅かな国だけであり、多くの国家の公設インフラは民営化されているそうで、そういう部分には、既存の技術展開により市場開拓が案外簡単ではないか?とも思うところ。

 俺は経営者ではないが、仮に経営者であれば、東南アジアを初めとした地域における環境、衛生面でのインフラ整備事業に乗り出す事かなぁ?と思うところ。

 実際、資材の売り込みで下記のようなニュースもある。

http://www.shopbiz.jp/ac/news/25592.html

 仮に、地球温暖化による海水面の上昇、台風の勢力強大化で、そのような地域における公共下水道設備では賄えないのが現実だが、そのような公共下水道設備の再構築というのは現実としてニーズがある訳だ。そのような方面へのマーケットリサーチ等を行うことが、日本という国家の社会的地位の向上と、将来におけるマーケット確保に有効では無いだろうか?

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兄弟の歳の差は?

 兄弟姉妹の歳の差は、どのくらいが良いか?と考えてみた。
 自分としては、二つ違いか四つ違いが理想。年子の一つ違いは、母親が取り敢えず大変そう。生まれ初育児にして妊婦というのは負担が大きそう、、、、三つ違いは?っていうと、中学、高校の三年単位の進学で入学、卒業がオーバーラップする点が、、、、

 で、自分勝手な理想では二つ違いか、四つ違いが理想だと思っていたのだが、母親的には、どちらもNGなんだそうだ。二つ違いは?っていうと、上が一歳で妊婦というのは微妙、、、四つ違いはどうか?というと、上が四歳で下が生まれるのも幼稚園の年少組で妊婦というのが辛そうなんだそうだ。で、結局、嫁的には五つ違いが理想とのこと。確かに上の子の自立が芽生えた状態故に、育児の負担は軽いとも思えるけど、子供的には成長していくと、上が小学六年で下が一年、上が高校三年で下が中学一年というと、チョット離れすぎにも思うところ。

 理想の年齢差は?っていうと、価値観の違いで答えは様々。まぁ、今更、何がどうだ!って言っても、自分の環境が変わる訳ではないので、考える事自体無意味ではあるけど、現状の環境でベストと思える育児の選択肢を選んでいく事になるんだろう。

 でも、上の子を基準で考えるんで、下の子には年齢以上の事をやらせたりする。結構、負担かもしれない。そういう意味では、親の都合ではなく子の都合で考えれば歳は近い方が良いかも知れない。

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自転車と水泳は違うだろ

 先週、長期休暇となった会社の自転車好きと話をしていた事。
 休んだ理由は高熱とのことだが、高熱というか、風邪をひく頻度が結構多いような気がするところ。自転車に乗っていたら風邪ひかない?って思っているようだけど、自転車に乗って抵抗力が付くとは自分は思わない。

 最近の自転車ブームでは、自転車=高度な有酸素運動、全身運動、健康、元気、、、、、そんなキーワードがわんさか出てくるのも現実。しかし、そんなキーワードから逆に連想される運動は何か?っていうと、自分の考えでは自転車に非ずだ。自分の連想されるスポーツは?っていうと、何と言っても水泳しか有り得ないのである。

 因みに、水泳のキーワードは?っていうと、、、、、これも高度な有酸素運動、全身運動、健康、元気、、、、それに加えて風邪への抵抗力というか、そういう言葉も入ってくる。この最後の文言は自転車で連想する事は案外稀だったりするのだ。

 そもそも、自転車が水泳と似たような効能で語られる事自体、自分としては、物凄い違和感を感じるのである。持論として、スイマーならば自転車は楽勝だけど、自転車好きはスイムが難儀では?って印象なのだ。過去のトライアスロンへの出場経験でも、周りを見渡した範囲では、自転車から始まる人よりも、スイムが核となっている人の方が随分と多く、パフォーマンスが高かった印象がある。

 そもそも、自転車っていうのは、その生い立ちが、人間の力を効率よく、即ち、楽珍に移動するための道具であり、自転車を動かすというのは、楽に力を無駄なく移動に変換するという行為であり、水泳とは全く異質な生い立ちだと思うのだ。水泳っていうのは、本来、水中移動が前提でない人間が水の抵抗を受けて苦労して動くものであり、一方は、楽してが原点、一方は苦労してが原点。そして、全身の受ける負荷は?というと、自転車の場合は、効率重視で、有酸素運動かも知れないが、固定ポジションで脚力が主体の運動であり、水泳は全身が水圧を受けて身体全体のバランスを整えて推進するという質の運動であり、これは全く異質なモノだと思うのである。

 俺的に思うのは、風邪に強い抵抗力のある身体を作るため!ってキーワードに対して有効な行為は、水泳であって自転車ではないと思うのである。勿論、自転車運動を続けることで元気を保つ事はあっても、その本質的な風邪への抵抗力という意味では、水泳に勝る程の効果が在るとは思えないのがホンネだ。

 仮に、水泳と同じく、風邪に対して抵抗力を生むような行為は何が該当するか?っていうと、、、、、それは、過去にも記事にしたけれど、、、、

http://replica2st.cocolog-nifty.com/diet/2007/11/post_1fe6.html

 だけど、それは冷水摩擦が該当すると思うのである。

 冷水摩擦、水泳の共通点は、強制的な体表面への刺激の付与という点である。強制的な体表面への刺激というのは、体表面近傍に張り巡らされた毛細血管の刺激と言う事。体表面の毛細血管の発達というのは、つまりは、血流による栄養分に限らず、熱量、温度の拡散性能が高まるような方向に身体が変化するということ。この効率的な毛細血管の機能強化というのは、外的な刺激という点で、水泳と冷水摩擦に類似性を感じるのが自分の感想である。

 そういえば、プールにいってプールサイド近辺で漂っている肥満系の老人を見ていて思うのは、多分、あの方達はダイエットのためにプールで浮かんでいるのでは無く、プールという体温より低い温度の水中に身を置くことで、体表面の毛細血管の機能を高めているのでは?と最近思うのである。そう、痩せるために泳ぎに来ているのでなく、風邪をひかない強い身体を得るため、毛細血管の機能強化を行うために来ているんだろうって事。

 今更ながら、そういう事を考えたりするのである。

 なお、風邪に倒れた自転車好き君は、俺が薄着だから薄着して寒い中を過ごすとか言ってたけど、チョットした事で風邪をひく現状でそんな事してたら逆に風邪を悪化させるぞ!って警告したところ。俺が薄着だから風邪ひかないのではなく、そういう身体だから薄着で済むだけの話。そういう身体でないのに薄着だけ真似してもNGと言う事。最近、よく勘違いされるんだが、包有関係がひっくり返ってる。薄着だから風邪ひかないのでなく、薄着で済ませれるから風邪もひかないだけ。自転車に乗って鍛えている訳でもない。自分の場合、鍛えたり、健康を保っている秘訣は35年に渡る水泳習慣であり、それで得た結果が薄着だったり、自転車遊びだったりするだけだ。

 で、風邪に対して抵抗力を付けるには?って事は、まぁ、筋トレも自転車も対した効果は無いだろうし、サプリもクソ食らえって話。大事なのは、、、、、

・三食を定刻にバランス良く、野菜、魚をしっかり食う。
・起床睡眠のリズムを整える事。

って事。敢えて、習慣化させるならば、、、、、

・一番お手軽が冷水摩擦、乾布摩擦を毎日続ける。
・時間が取れるならばプールに浸かりに行くのもお奨め。

 って事。でも、こういうのは続けて効果が実感できるには相当な年数が必要なのは言うまでもない。最低5年、効果が実感できるのは更に5年は必要かも、、、、10年続ければ違いが判るかも?って感じだ。まぁ、頑張って頂きたいところ。

 今更ながら自分的に思うのは、水泳を幼少から続けて良かったと言う事。競技水泳というスタイルで学生生活を過ごし、今のサラリーマン生活でも、殆どメニュー的には、そういうノリで泳いでいる訳で、これが元気の源かもしれない。水中生活?習慣で身体が風邪に強い。更には、一般的にみるとアホみたいに連続水泳を続けており、それは間違いなく高度な有酸素運動で心肺機能の低下防止には役立っている。コレに加えて15年以上続けているウエイトトレーニングがパワー低下防止に効いているんだと思うところ。こういう生活を15年続けた結果、今、やっと同級生、同窓生と会ってもパワー低下が少ないなぁ!って自覚出来る程。効果を感じるっていうのは、こういう年数の継続が必須というのが健康に関する事なのだ。

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2009年1月27日 (火)

モラルと言えば、、、、

 先の記事で、ゴミ出しとカラス、ペットの糞の後始末について愚痴ったけど、もう一つ思うのが最近多い郊外の大型ショッピングセンターでの風景。

 それは、駐車場に放置されているショッピングカートだ。これは利用者が荷物を車迄運ぶのに使い、それを駐車場に放置して立ち去ることで駐車場に放置されている様、、、、これは結構危ないのである。特に、雨天等で見通しの悪い中にカートが在れば車に衝突しかねないもの。このカートの放置現象っていうのは、ショッピングセンターの駐車場では日常的な光景。これもモラルの無さを表しているというか、、、、、後は、そのような駐車場での駐車風景。駐車自体も枠を跨ぐような駐車をしている車は確実に存在する。下手すると1割以上がハミ駐している。線が見えないなら運転するなと言いたくなる程。

 まぁ、最近の社会にモラル!っていう事自体虚しい感じもする。自転車の信号無視、並進、逆走は日常茶飯事だし、車からの吸い殻のポイ捨ても毎日見る光景。今朝も『カッコイイ大人のための』新型オデッセイからドライバーが豪快に吸い殻を捨てていたし、、、、一度死んだ方が良いのでは?とも思う程だ。

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今一番寒い時期、、、、心拍上がりませんねぇ

 先週末はよく冷えた。朝の寒さは相当な寒さである。身体の芯から冷える寒さ、、、、勿論、朝の気温は氷点下、CRの吸水舗装面は霜で真っ白けでバリバリ、所々の水たまりは全部凍ってる。

 そんな中、何時も通りに心拍モニターをつけて走ったのだが、心拍数、上がりませんね、、、、、殆ど140bpm程度のもの。CRホームコースの往路区間を何時も通りのペースで走っても心拍数は低いまま。勿論、ペース的には何時もと変わらないのですが、、、、、違うって言うと、風の冷たさ、それにより身体の芯の寒さ、、、、、

 でも復路を走行していると徐々に汗が噴き出してきて身体も暖まってきた感覚を得て、それで心拍モニターを見ると最高で185bpm程度は表示している模様。更に、ペースを上げてみると、198bpm迄は上がるようで、どうやら体温に連動して心拍数も変化する様子。

 冬場の自転車は速度に応じて体温も奪われるので、気温が低い中、速度を上げる程、体温が上がりにくくなり心拍数は抑えられがちである。こういう状況は多分、健全でないだろう。

 ところで、心拍数で運動強度云々って話があるけど、心拍数っていうのは結局、血圧に連動している筈であり、心拍数って評価よりも血圧測定をしながら運動強度を調整する方が健全では無いか?とも思うところ。
 連続的な心拍数測定よりも血圧モニターで運動する方がより正確で、生命にとってもリスクが少ないように思うところ。

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2009年1月26日 (月)

誰かが何処かで見ている、、、、でも、

 昔々の話。地元の峠に特別塗色のRZ-Rで走り回っていた時代。これまたレアなヘルメットを被っていたせいもあり、峠にギャラリーには単車とメットで覚えられていた事がある。

 面識の無いコンビニの店員に話しかけられて夜食弁当をサービスして貰ったり、或いは、地元の南海部品の従業員から突然電話を貰って単車を見せてくれ?って頼まれたり、或いは、ガソリンスタンドでガソリンを従業員の奢り?で入れて貰ったり、、、、その理由は、『今度、一緒に走って下さい?』とか『教えて下さい?』とか、、、、そんな事が二度三度あったり、或いは、こっちは全くしらないライダーから又聞きで、『俺は○○峠のRZ-Rより速い!』って言ってる奴が居るけど、成敗しないの?とか、、、、、

 で、思ったのは、同じ場所を、同じ様に走っていると、何時の間にやら覚えられると、、、、

 で、日曜の昼下がりの話。オ・モイヨWW号でホームコースを流しで走行していた時の話。往路の高瀬堰を過ぎた辺りで、三台のグループ(ロード二台+ピスト一台)とすれ違い、その際に挨拶を受けた後、太田川橋南詰めに到着して5分休憩してコーヒー飲んで復路を南下していたら今度は安芸大橋過ぎで、再び三台に追い付いたんで声掛けて抜いて、そのまま南下して北大橋でターンして工兵橋の信号に再北上していたら、その信号で、再度三台と遭遇。自分はポリシーとして、他人を品定めせず、ペースが違えばサッサと抜く主義故に、再び声掛けて抜いて帰宅中に牛田大橋の信号で停まっていると、三台が追い付いてきて、声掛けられた。
 その台詞が『毎週末、毎朝走ってますよね?』とのこと。確かに走っているけど自転車は朝と昼で換えている筈だが、、、と思っていたら『朝とは違う自転車ですよね?』との質問で、『朝はトラックレーサーで御座います。昼は折り畳みでチンタラ走ってます!』と答えておいた。

 思ったのは、スポーツサイクルブームとは一線を画すスタンスで、普通のウインドブレーカー+ジャージで定番のフルサイズのロードには乗らないというスタイル、つまりは、なるべく流行とは違う、並のオッサンのつもりで目立たないように走っているつもりなんだが、バリバリ本格装備にバリバリ今風のロードバイクユーザーの意識に残ってしまっているという、、、、昔のRZ-Rでも定番のNSR等は避けて目立たず、ツナギもレプリカツナギとは異なる黒のレザーで走っていたのと同じく他人の記憶に入ってしまっているという事実、、、、やばいなぁ、、、、目立たず、地味に、絡まず、干渉せず、こっそり、ひっそりというスタイルが保てないというか、、、、、トレンド外で、流行の価値観とは別の価値観で機材を選び、装備もラフにしているのに、、、意識に残りたくないから、乗る自転車を時間帯、用途に応じて全部換えているのだが、、、、

 どういう自転車で走れば、今風の流行りの人の意識外で楽しめるだろうか?この辺が課題である。
 単車時代は或る程度、目立ちたいという思いがあったのは否定しないが、今は地味~に!がモットーだし、自転車の能力を高めたい!って希望は全く無いし、今更、頑張っても進歩しない!って確固たる自信があり、自転車で熱く!って気持ちは全く無いので、自転車に熱い人達の意識に入らないでおきたい!って気持ちが強い。

 まぁ、それでも懲りずに自転車に乗るのは、自転車で速くなりたいのでなく、まぁ、水泳に通えない時の水泳の代用みたいなもの。水泳を行い続ける理由は、35年以上泳いでいるライフスタイルで得た病気に強い身体を今後も維持し続ける事。雨にも負けず、風にも負けず、風邪にも負けず、インフルエンザにも負けない。勿論、生活習慣病にも負けず、癌も寄せ付けない、痴呆も寄せ付けない、パワフルな身体を得るのが一番の目的で、その手段の一番が水泳という思い。泳げない時は責めてペダルでも回しておこうか!ってノリなのだ。

 ここだけ?の話、既に不惑過ぎ、アラフォー世代なんだが、自分の子供より長生きしたい!?って変な希望があったりして、そのためには頑丈な身体が必要って意識が強いのがホンネなのだ。

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動物と公衆衛生

 昼ポタで思った事。
 それは、広島市南区界隈のゴミ出し風景とゴミ袋がカラスの攻撃を受けて破けてゴミが路上に散乱している様。丁度、新広島市民球場の界隈だが、、、

他には、動物に関する衛生ネタといえば、路上に散乱する糞、、、、この糞、明らかに犬の糞、犬といえば放し飼いの野犬なんぞはレアケースであり、犬の糞と言えば飼い犬の散歩中の糞だ。これは市内全域の歩道、歩道といっても犬の散歩コースに見られるモノ。特に、河川土手の道路脇の芝生ゾーンには1m間隔で糞が、、、、、

 前者の路上散乱ゴミだが、これは紙袋に残飯が入っていると言うことはカラスが学習済みであり、その習性は誰もが知っている事で、そうでありながら、ゴミ出しが普通に紙袋のままに行われており、そのゴミは散乱していても、ゴミを出した家の人は、ゴミの散乱に対して無関心な様子。
 それでも、そこを通過する人から見ると、目を覆いたくなるような惨状であり、良いのか?と思うというか、無関心で居られる神経を疑うというか、、、、そんな感じ。

 路上の糞なんぞは、散歩コースの飼い主にとっては既に自宅界隈とは違い、糞何ぞは気にならないんだろうけど、言ってみれば、犬を飼う資格があるとは言い難いけど、此処まで散乱しているとペットを飼う人の殆ど全てにモラルが或るとは言い難い印象。

 こういう状況は、結局、人間が作り出している状況。みんな自分の家の外は気にならないのだろう。ゴミは屋外に出した、、、カラスがゴミ袋を破って散乱させた、、、、でも、自宅外だから関係無いってか?犬の糞も然り、散歩した、、、犬が糞をした、、、、でも、自宅外だから関係無い、、、、、

 ペットといっても動物、言葉は通じない、、、、外で糞もするのが当然、、、、カラスも同じ、其処に餌があるから穿るのである。カラスに穿られるような梱包でゴミ出しするのが間違いだし、ペットに外で糞をさせるのを普通と考えるのも間違い。そういう動物の習性を把握した上で衛生を保つ心が道徳心だと思うんだが、そういう道徳というか、モラルが保てないなら、ペットも飼うべきでないし、ゴミも出すべきでないような気もする。

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2009年1月25日 (日)

F1撤退に続き、8耐も撤退!でも、これは良いかも、、、

 ホンダのモータースポーツ活動の縮小で年末に大きなインパクトを与えたのがF1撤退だが、この度は、鈴鹿8時間耐久ロードレースに対してもワークス参戦を取りやめるとのこと。

 二輪の大きなイベントレースと言えばそうだが、MotoGPのようなグローバルなレースと違い8耐は国内ローカルな大会だからインパクトは薄いけど、8耐っていうと過去のレプリカブームの時代以前から現代に到るまで、ホンダは勝ちに拘っていたレースである。

 まぁ、昨今の国内二輪市場の異常な迄の低迷では、国内のみの関心に留まる現代の8耐には冷静に見ると参戦価値は無いのかも知れないし、本来、8耐にしろ前座の4耐にしろ、ホントはアマチュアレースの最高峰でありワークス参戦自体が異常な姿と言えないでもないと思うジャンル故に、自分としては大きな驚きが在る訳ではないのだが、、、、

 8耐って市販車をベースとしたレースでは、やっぱり市販車を改造というレギュレーションから考えると、その市販車を開発したワークスの参戦っていうのは、レースの公平性っていう部分では今一つ納得出来ない部分でもあったので、今回の撤退というのは、自分としてはレースが面白くなる一つの方向かな?と好意的にも受け取っている。

 ホンダに対しては8耐に勝てるベースマシンを市販供給してくれる事を望むけど、、、現実問題としては、あまり期待は出来ないか、、、、

 ホンダと耐久レースといえば、昔のRCBの生い立ちよりも、4耐時代において連覇したハニービーの選んだVF400Fとか、8耐でプライベーターが率先して選んだRC30っていうのが印象深いが、これらは純粋に市販車が戦闘力を持っており、それを選んだチームが優勝を狙えるというスタイルであり、レースとして公平性、透明性に溢れていたと思う。
 今の8耐は、勝ちに拘りすぎてワークスとプライベーターが別のレースをしているようで、あんまり面白いとは思えなかった分、今後が楽しみかもしれない。

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ブレストストローク、チョット開眼

 自分は小学校から高校までブレストストローク、所謂平泳ぎが専門である。今でもメインはブレストストロークである。
 しかし、この泳法は昭和40年代からトレンドが変化している泳法である。昔と今の泳ぎ方は全くといって良い程違うもの。今でも泳ぎ方は手と脚の動かし方で何通りかの選択肢がある。今のルールでは1ストローク1ブレスであり、これは絶対なんだが、昔は2ストローク1ブレスも良かったように思う。

 自分がスクールで当時のオリンピック選手に習っていた時の泳ぎ方は、完全に昔スタイルであり、今の水泳部の人達とは全然違う訳で、大学卒業後、入社以降再度毎週のようにプールに通い始めてからは、周りと自分の違いに時代錯誤があるような感じを受けて、泳法の修正に取り組んできたのである。
 この泳法の修正は、身体に染みついているせいか困難を極め、理屈に従って今の泳法で泳ぐと圧倒的にタイムダウンするのが情けない現実であったのだが、それにも懲りず、今の泳法を身に付け、今の泳法で速度の乗る勘所を見付ける事を目標に泳ぎ続けてきたのだが、、、、、

 因みに、100mオンリーで全力で泳ぐと、泳ぎ方(キック、プルの組合せ)に限らず80秒~90秒程である。全盛期というか現役の時代は80秒は切れていたけど、まぁ、衰えている訳だ。

 で、今、ブレストストロークに拘って泳ぐのは深い呼吸と脚力重視の筋持久力のトレーニングメニューであり、基本は3000mをどれ程で泳ぐか?ということ。ここ最近は3000mを60分、つまりは60往復で60分だから50mを1分のペースだったのだが、木曜日には、何時もと違う感覚を得たのである。その結果、50mを50秒未満のペースで3000mを48分で完泳出来たのだ。短距離100mの全速前進が90秒弱、3000m連続での100mピッチが98秒程度っていうと、自分ではスタミナモードでも推進力が維持出来ているなぁと素直に思うところ。

 自分の泳法における推進力の殆どはキックから生み出され、プルが苦手だったのだが、木曜日はプルで相当の距離が進むというか、水を捉える感覚が掴めたのである。まぁ、水を捉えるというか、プルのリカバリーの際に水深を阻害するような感じが小さくなったとでも言う感じ。因みに、自由形クロールでは50mならば30秒程度のモノで速度の次元は違うけど、3000mのタイムではクロールでは相当に失速するのが自分の現状。

 まぁ、実際にプールに通って泳いでいて3000mをノンストップで60分未満で泳ぐ人は他に見たこと無いけど、そんな中でベストで3000mを50分以内で泳げたのは、チョット嬉しい。

 我ながら、この年齢、オッサン年齢でよく進化したもんだと自画自賛である。

 なんていうかなぁ、、、、自転車や単車でも、このような進化を感じてみたいものだが、なかなか、そういう境地には達し無いなぁ、、、、、。

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2009年1月24日 (土)

Ninja 400R ?

 チョット古い話だけど、モーターサイクリスト誌を年末年始休暇中に立ち読みして機になった記事が表題のNinja 400R、、、、

 最初は何だコレ?と思いつつも、ページをめくると、、、、GPZ400S、EX-4の後釜でツインの400cc、、、正しくNinja 250Rのスープアップのような構成。

 ツインでレーシーっぽいカウルで400で、、、、、ツインエンジン自体は好きなんだけど、400cc以下のツインエンジンっていうのは、今一ツインらしく感じないというか、そんな事を言うとNGなんだろうか?っていうか、カワサキツインの印象自体が宜しくないのが理由かなぁ?というところ。確かにGPZ400Sは乗っていたし、良く走るバイクだけど、このエンジンのキャラとこのデザインは相容れないような気がするのである。

 ツインが悪いというよりも、カワサキのツインエンジン車に与えるキャラクターとデザインがマッチしていないというか、ツイン向けのデザインが今一シャンとしていないというか、そんな印象。
 過去を振り返ると、Z250FT、GPZ250、GPZ250R、GPX250R、ZZR250、、、、Z400、GPZ400S、EX-4・・・・・そういえば、全て上級機種のスケールダウンというか相似縮小系デザインなのだ。フラッグシップが四発で、そのキャラが強い印象でツインで別キャラといってもデザインとキャラが合わない感じなのだ。

 Ninja400Rもそうだ。パッと見はZX-6R系にも見えない事も無いけど、あくまでもツイン、、、キャラはツアラーというかベーシックスポーツの筈なのだ。

 カワサキツインで悪くない印象なのは、最新のER-6nってネイキッドモデルくらい。他メーカーのツインは少なくとも4発デザインとは懸け離れたモノで、尚かつ、キャラを引き立たせるようなデザインだったように思う。古いけどヤマハのTRX850はYZF-R1とは別ベクトルデザインだし、スズキのSV650SにしてもGSX-R600系とは異質なデザイン。それで居て、ツインの良さが出たデザインだし、単車を見て、ツインのデザインという直感性を訴えているように思う。スズキでもGS500Fなんぞは、GSX-R風でデザインは今一だが、カワサキツインの印象はそんな感じ。

 多分、悪くない性能と乗りやすいフレンドリーな性格なんだろうと、Ninja250Rから見ても想像できるのだが、なんで、あの形なんだろうか?ツインエンジンの必然に併せた、ならではのデザインを出せば印象も変わるんだろうに、、、、アレ系のデザインなら、ZX-6Rを完全スケールダウンで普通免許仕様の四発400の方がピンと来るような気がする。ツインにするんなら、、、、、、もっと違う形が欲しいなぁ、、、、。

 同じカワサキツインでもW650とかの方が好みかもしれない。

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環境関連産業は儲かるか?

 最近は世界的に不景気であり、その不景気からの脱却には、世界の国々で様々な政策や対策が考えられているようだ。
 アメリカのオバマ新大統領にしても、金融危機を発端とした不景気に対する対策として、グリーンニューディール政策を掲げ75兆円を投入し、石油代替エネルギーの開発と推進を行う事で、雇用創出、環境保護を謳っている。

 環境というと、地球温暖化防止のための温暖化ガス排出抑制、その抑制のための代替資源の開発、或いは、生態系の保護による従来生態系における固有種の保護とか、そんなのが注目を浴びているようだ。

 しかし、このような環境重視の思想というのは、ここ十年の好景気における価値観で生まれてきたモノである。好景気によって新たなる産業というか儲け所のリサーチの結果、先進諸国の暮らしが豊かになった余裕によって環境という分野に目が行ったのでは?と思うのである。
 環境っていうのは、生活する人にとっては、本当は一番最後の後回しとなるような印象である。自分が満足しているから環境を考える余裕があるというのがホンネでは無いだろうか?

 このような価値観が通用する前提には好景気という条件が揃っていなければ考えられないように思うのである。生活が苦しくなれば、環境の事を言う前に自分が食っていかなければならないという方が先に来るのでは無いだろうか?
 それは、炭酸ガスの排出枠における発展途上国と先進国の対立の構図にも見えるものであり、これから不景気な時代が続く場合に環境というキーワードが景気浮揚の必要条件になるか?というと疑問を持つ気持ちが最近は多いのである。

 生きる事が全てに優先するというのが本能であり、生きるという事に目処が立たなければ環境という部分には目が行かないのでは?と思うのである。

 今、様々な環境技術分野で企業の主導権争いが続いているようだが、環境という言葉でも様々な分野があり、その分野が人の生活に密着したモノで無ければ、これからの時代では投資効果が回収出来ないのでは無いだろうか?

 例えば、自動車産業では高額高級車のハイブリッド化、或いは、莫大なインフラ整備が必要となるような電気自動車が注目を浴びているけど、景気後退で民衆の所得レベルが下がる時代においては、そういう普及における前提のハードルが高い技術よりも、景気後退によるエネルギー需要の冷え込みで、エネルギー単価が下落したなかでは、多くの人に取ってハードルが低くなり生活の利便性を高めるような低価格で最小限度の大きさの高効率小型自動車の方が理に適っているように思うところ。
 他にも、地球温暖化で水没する地域の危機を訴えて二酸化炭素の排出抑制を叫ぶよりも、そのような被害を最初に被る公共インフラの整備されていない地域とか干拓によって国土を得た国々における雨水排水ポンプシステムとうのインフラ提供の方が現実的だとも思えるところ。

 これは、景気動向が変われば環境という取り組みでも違った選択肢が考えられるのでは?という思い付きからだが、そういう発想の転換が景気後退の中でビジネスチャンスを掴む秘訣なように思うのである。

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2009年1月23日 (金)

不動産関連、厳しそう。

 昨年のアーバンコーポレーションに続き、地場大手の章栄不動産も破綻、、、、
 何れも地元広島では有名な不動産会社であり、アーバンコーポレーションが建築中だった近所のマンションは建築がずっとストップしたままである。このマンションの紹介サイトは健在のようだが、工事はずっと止まったまま。

 アーバンも章栄不動産も、地元広島の再開発事業の企業体の中で重要な位置を占めていたのだが、何れも飛んでしまい、再開発事業自体の進捗が滞りそうな様相である。

 このようなマンションサプライヤーに限らず、ハウスメーカーでもウベハウスさんも飛んだし、、、、

 不動産関連の企業は取扱金額が大きいのに資金繰りショートで飛ぶ例が結構ある。この辺は自動車産業とは大きな違いである。

 それにしても、過去の住宅バブルで地上げの果てに町のあちこちに空き地が出来て駐車場が乱立したのを思い出すけど、マンション分譲をメインに手掛ける不動産会社が破綻すると、建築途中のマンションが、この先どうなるか?少々心配である。工事中断で放置された状態は町の景観をも壊している。しかし、一度工事の中断したマンションの工事再開は?というと、その引継を含めて後継事業所が決まらなければ進まない話だし、そこでは時間が確実に掛かる。そのような先の読めない物件自体、売れ行きがどうなるか?というと明るい見通しは立てづらいのが現実かもしれない。

 建築途中のマンションの廃墟化とか、再開発の見通しが立たず空き地が溢れる様相っていうのは都市の姿としては異常な様相だ。

 広島では、広島駅北口(新幹線口)の広大な空き地もあるし、千田町の広島大学跡地もアーバン亡き後の見通しは立たない。段原再開発地区もどうなる事やら、、、、平野の少ない都市でありながら、広大な好条件の平野が空き地のまま残っている。平野が少ないが故に高価であり、それ故に、誰もが手を付けることを躊躇するという悪いスパイラルに陥っているようだ。

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マイナスダイエットなんぞ、糞食らえである。

 昨日アップの記事ではないが、人間、元気が一番である。
 元気っていうのは、備わった能力を磨き上げることだ。備わった能力を磨き上げるッてことは、あるモノをフル活用するということ。言ってみれば、使える機能は全部使えってことなのだ。

 そうすれば、個体として理想的な身体が得られるのである。個体として理想的な身体っていうのはダイエット等の処置が不要な身体であり、それは見掛けの問題とは違い、内面の問題、機能の問題なのだ。

 健康な身体っていうのは、見た目細い身体とか、痩せた身体というのとは違い、無駄のない締まった身体という意味。無駄の無いというのは、備わった能力は失われていない身体って意味。ダイエットで痩身というか痩せた引き締まった身体を目指す時、多く見かけるのが摂取制限系のダイエットである。一食抜いたり、炭水化物を抜いたり、、、、そういうのを引っくるめて『マイナス』ダイエットと読んでいる。この『マイナス』ダイエットっていうのは、絶食、単品食、食事制限に限らず、本来、備わった機能を使わせないようなダイエットも含むのである。極端に言えば、栄養分の摂取を点滴のみによって賄うのも含めるのである。因みに、点滴で血液に栄養分を直接入れるという行為は、消化という機能を失わせる行為であり、それは生体機能から見るとマイナスだという判断である。

 備わった能力は使わないと衰える。その能力、機能は、筋力、思考力に限らない。内臓の働き、代謝能力、消化器官の働き、神経系の働き、、、、、全てに渡るもの。

 これは何を意味するか?というと、本来的に自然に存在するモノを自然に摂取し、自然にパワーに変えて、自然に蓄えるということが大事なのである。

 自身のコンセプトでは、点滴による栄養摂取がナンセンスなのと同様に、不自然に短絡的に栄養補給するようなサプリ依存とか薬剤依存とかは有り得ないのである。例えば、アミノ酸を選択的に吸収するようなサプリがあったとしても、アミノ酸は本来はタンパク質を分解して摂取するというのが身体の機能であれば、タンパク質を含んだ食材の形で摂取すべきという考えだ。

 結果としてアミノ酸の吸収量が同じであったとしても、タンパク質をアミノ酸に分解するための、物理消化、化学消化のプロセスを働かせるか否かの部分で明確な差違がある。そのプロセスには酵素の分泌が関与し、酵素の分泌は体内環境を神経系が判断して行われているものであり、その複雑なプロセスを働かせないというのは、絶対的に身体の機能の活用度合いに差違が生まれているというのが厳然たる事実である。勿論、アミノ酸に限らず、でんぷん質からの麦芽糖、ブドウ糖への分解、脂肪からの脂肪酸等々、全てに於いて言える事。

 最近は、自転車競技志向でサプリ云々とか論理云々でスペックオタク、論理先行オタクが多いけど、カタログ数値が本質を示しているという錯覚で走る行動に過ぎないもの。そんなモノは単なるカロリー数値の帳尻併せに過ぎないのである。人間の英知なんぞ、たかが知れている。進化の過程で得た機能には必然性があるはずであり、機能について論じられていないのは、それが解明されていないだけと考える方が正解と思えば、安易なサプリ依存には走らずに、進化論的に与えられた機能を活用するという考えのほうが実は論理的な筈なのだ。普通に伝統的に摂取するモノを効率的に体内で分解、吸収するシステムを備える事こそが健全な肉体を作る上で必要な事の筈。

 俺的に言えば、特保食品、サプリ等々に拘るバカ?は、身体の機能の一部を退化させる行為に走っているだけに見える。それで得られるのは、言ってみればガラスの身体。抵抗力の無い、サプリ以外では栄養分を分解する事の出来ない身体だったりする。こういう身体では多分、外界の環境変化や感染性ウイルスに対する抵抗力も激低であり、案外、脆いような印象だ。

 理想的には、野人的な抵抗性こそが必要で、それこそが求めるモノなのだ。

 最近は、ダイエット系サイト、或いは、競技者向け風のサプリ推薦サイトには、各種サプリメントの効能をさも判ったように掲載しており、その掲載文面のみを読んで全てを理解したかのようなサプリ信者、サプリ信仰系アスリート擬きも多いみたいだが、所詮、商業系サイトの宣伝情報。そこには販売上における不都合なんぞ一言も記載されていない。その商業フレーズが論理の全てと錯覚してサプリを飲んでは健康、パワーと言うのは如何にも愚かな行為のように見えるのである。

 最近はカロリーマイナスということで合成甘味料が流行している。IUPAC名は伏せるけど、合成甘味料の特徴は摂取から排泄に到るまでで分解されないというのが原則だが、この合成甘味料は調理形態によっては別のリスクを抱える場合もある。例えば、合成甘味料を含んだ食材を料理する。料理では加熱等も当然あり得る。ところが、合成甘味料は熱分解によって別の物質に変化する場合もある。熱分解させなければ無害かもしれないが、熱分解後の物質を摂取したらどうなるか?そんな事も当然あり得る訳である。
 マイナス系ダイエットの特徴は、基本はカロリーマイナスということで、そうであっても満足感を得たいという欲張りを叶えるために、様々な方法を採っているが、その方法が安全か?という観点でも迂闊に安心出来る状況には無いとも思うのである。

 個人的には、マイナス系ダイエットよりもプラス系ダイエットがお奨めだ。腹減ったら食えば良い。甘いモノ欲しければ、普通に糖分を摂ればよい。アミノ酸が欲しければタンパク質系食材を食えば良い。それで体重が増えるならば、激しく運動すれば良い。こういうのが一番自然で、健全な肉体と抵抗力のある身体を創る上で大事なのでは無いだろうか?

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2009年1月22日 (木)

風邪、インフルエンザ、流行っているの?

 最近、インフルエンザが流行し始めたという。季節的に、空気が乾燥しているのも要因だし、寒いから空間が密閉されるのも要因だろう。

 事実、自分の娘も幼稚園で何某かの風邪を貰ってくる。娘が風邪引けば、息子も風邪となり、嫁も風邪となる、、、、、

 会社でもそうだ。工場勤務の人はそうでもないけど、事務所勤務の人は感染拡大ではないが、風邪の流行症状があるようだ。

 こんな状況を見ると、新型インフルエンザなんかもアッという間に拡がるんだろうなぁ、、、、って感じ。

 因みに、色んな所で見掛ける風邪の症状は、熱が出る。子供なら38℃オーバーって場合もある。大人でも38℃オーバーとかあるんだろう。事実、会社で本日欠勤連絡してきた人も電話の先で39℃オーバーとか、、、、まぁ、インフルエンザ?って感じ。

 この季節、そんな状況だ。

 で、振り返ってみた。

 過去の自分の健康状態、、、、、季節の変わり目、夏から秋とかで窓開けっ放しで寝て翌日鼻水って事は何度か経験あるし、冬場に薄着で作業して汗掻いたまま寝て鼻水って事もあるけど、そう言えば、過去を振り返って熱が37℃を越えたことは十数年以上経験の無い話。っていうか、風邪とかインフルエンザに掛かった覚えが皆無である。

 過去を振り返れば、、、、、小学一年からスイミングクラブに通っていたのだが、そのクラブスクールは週に二回あり、風邪気味になれば親から泳いでくれば治るから!ってノリで、少々の熱では泳いで直していた?ような過ごし方であり、実際、過去を遡ると、十数年どころか、小学校時代以降で熱が出て頭痛で苦しんだ記憶が無いのである。

 頭が痛い、、、、ってのは、周りの状況で呆れ果てたり、或いは、72時間無睡眠の3日完全徹夜で脳が痺れたりって時くらい。1日徹夜くらいではダメージは皆無で、三日徹夜っていうのは修士論文の発表前日の際の話。

 思えば、風邪というかインフルエンザに掛かる経験が皆無というか、、、、それも、多分だけど、小学校時代から続けている水泳による効果の賜物かなぁ?と思うのである。

 後は、話は関係無いけど外傷も治りは速い方だと思う。裂傷、切り傷といった外傷は度々あるけど、血が止まるのは出血後遅くとも5分以内。3日も経てば瘡蓋が出来て剥がれ始める。5日~7日で完治というパターン。その間、殆ど傷口は放置プレー、、、、何もしないけど勝手に治る印象。他にも、単車の競技で足の甲の骨を二本ヒビが入った事があるけど、それもレントゲンでヒビを確認した後はテーピングのみの放置プレーで1週間程で痛みは全く感じなくなり、その後放置状態でいつの間にか治っていた経験もあるし、大昔の話だけど、大腿骨骨折の際も骨の整形手術後一週間でレントゲンに骨の再生状況が認められ1ヶ月半後には歩いて退院、鉄工所でバイトって経験もある。怪我と感染性疾病に対しては妙に自信がある。
 まぁ、心配なのは、最近なら癌、腫瘍、ポリープって処くらい。

 こういうのがスタンダードと考えていると、頻繁に風邪等で体調不良を訴える人、自分の判断で軽度の怪我で大袈裟に通院する人、軽度の怪我が長引く人等を見掛けるけど、何故に、これ程迄、疾病や怪我からの回復速度に差があるのか?と不思議に思うことしばしばである。

 まぁ、自負としては、しっかり食ってしっかり動く、持久力、筋力、骨を鍛えるという生活を営んでいる自負があるし、それが抵抗力、快復力に繋がるという自信もあるのだが、こういう実態と他人の様を見る程に、自分の考え方を信じれるというのもあるのがホンネだったりする。

 因みに、真冬の今でも家ではノースリーブのTシャツ一枚に短パン一丁という冬スタイル。トレーニング中は笑える話だが、窓全開でエアコンを16℃設定の冷房を掛けたりしている。基本は薄着なのだ。勿論、外出する時は下はジーンズ、上はライダースのレザーブルゾンを羽織るけど、、、基本は薄着だ。

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筋トレ効果出てるかなぁ?

 ダンベルを用いた筋トレを始めて暫くが経つ。日記を遡ると昨年の8/14からである。それからずっとダンベルフライ、ダンベルベンチプレスを行っている。そのせいか、上腕部、胸部の筋肉が見た目的にも少し増えてきたような印象である。体重もそういえば、65kg未満に入る事が極稀になってきた感じである。

 運動っていうのは、殆ど毎日続けても、その違いというか効果が実感できるようになるには相当な時間が必要である。
 その効果が実感できるのは筋トレ系であり、持久系トレーニングでは効果を実感出来るという体験は未だ無い。

 筋トレで筋肉量アップならば、見た目的にも変化は判りやすいが、持久系、心肺機能強化って部分は見た目的な変化は皆無。運動を行った時に感想もしかり、筋トレ系では重たいウエイトをリフト出来るようになったっていうのは数字で把握出来るけど、心肺機能系の強化度合は、その日のコンディションによっても左右されて実際のところ、向上したかしていないか?っていうのは自覚出来ないレベルである。

 運動の長続きの秘訣(運動に限らず、スポーツ、学問・・・・を含む)は、何といっても効果の実感と、取り組み後の期待が予感出来るか?って部分が多いに必要ではないか?と思う。単純にダイエットならば体重という数字で数値を追っかける事が出来る。筋トレならセット重量の変化で数値を把握できる。しかし、心肺機能強化って部分は数値化し辛いもの。

 目的が自転車で速くなるとか、ダイエットするとかは人各々だろうけど、好きな理由が持続できるには、その行いで何に満足を感じるか?がハッキリしないと長続きは難しい。そんな印象だ。

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今更VGAデジカメ

 最近、パソコンの新調を計画しているのだが、その役割には画像、映像編集マシンとしての機能を期待したりしている。で、既存のデジカメ画像ストレージマシンである嫁のEvo W6000だが、ここにはデジカメ画像データが一杯入っている。

 最高画素数はオリンパスC-730UZで320万画素だ。他の機種を見るとオリンパスC-160も320万画素、頻度が最も多いのがオリンパスC-120で200万画素、リコーのRR211、カシオのGV-20も200万画素で、次いで運動会、発表会用のオリンパスE-100RSが150万画素、他のは?っていうとFinepix A101が120万画素というところ。他には、Web用撮影データとして30万画素機であるWS30系(初代、Slim、Largan)、DS-10、Intel Pocket PC Camera~過去の撮影機材であるオリンパスC-420L、QV-770、DSC-V100等で撮影したデータが盛り沢山。
 これ、今の時代から見ると完全に取り残されているのだが、気にせずHDDにため込んでいると、そんな画素数でも、その容量は40GBに迫る勢い、、、、、、データ領域の無駄遣いである。

 そんな画像データを見ると、30万画素のデータはディスクへの負担は殆ど皆無に近いもの。問題はやはり200万画素級のデータである。130万画素のデータは30万画素の4倍程、320万画素となると10倍になる。仮に今のトレンドである1000万画素なら30倍である。
 確かにA4出力以上なら高画素必須かもしれないが、L判如きは130万画素でも十分、ホームページ素材なら30万画素も不要な程であり、こういう取り扱いデータの割り切りでデータのダイエットをした保管体制にしなければならない感じ。

 で、思ったのは少なくとも自分のネタ集めには30万画素で良いかなぁ?って思いが再燃しているところ。今更ながら30万画素のシンプルなデジカメが良いなぁ!って改めて思う程だ。

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2009年1月21日 (水)

ブームの行方

 2007年頃から本格的にロードバイクブームのようだ。2008年には一気にブームが開花している。この推進力は何か?というと、、、、

1.何と言っても健康志向、ダイエットに効果的、生活習慣病予防に!
2.極めつけは原油価格高騰に伴うガソリン価格の異様な高沸に!
3.付随的要因だけどエコ、環境への取り組みを肌で感じたい!

 って三つの要因がブーム爆発の推進力のようだ。
で、2009年以降、ブームはどうなるの?って話だが、、、、、

 2008年迄と今の違いは、何と言っても経済環境の変化である。自動車業界が牽引?する不景気である。この不景気の発端は、海外の消費の冷え込みだが、消費の冷え込みによる原油価格、原材料価格の暴落で自動車ユーザーにとってはガソリン価格の暴落という恩恵もあるし、円高進行によるガソリン価格の低下というメリットも在ったりする。

 って感じで、色々と生活を取り巻く環境が随分変わってきたのだが、その変化が自転車ブームに少なからず影響するだろうと思ったりする。

 そもそも、スポーツサイクルブーム=高価な自転車ブームであり、不景気という流れでは、高額商品の売れ行きには悪い影響の方が多いと思うところ。中価格帯以下の商品では、スポーツしながら通勤という用途が思い浮かぶが、その場合も、家計に対するガソリン価格の低下は、自転車通勤よりも自動車通勤への回帰を生む流れのようにも感じるところ。

 総じて、経済環境の変化から高級高額な自転車の消費は抑えられるようにも思うところ。それでも、昨年迄のブームの原動力となった健康志向への期待というのが以前健在なのは確かだが、それだけではブームの持続には疑問符を付けざるを得ないのが印象だ。それは過去に於ける健康グッズのブームの持続性だが、金魚運動も、乗馬運動も、ブートキャンプも、コアリズムも、、、、どんなモノを結構一過性のブームで終わっている。

 ダイエットや健康の効果の程っていうのは、結局は負荷の大きさに反比例するもの。高負荷なら短時間で効果が得られる。低負荷なら長時間を要するモノ。これは不変の法則だが、自転車漕ぎが健康の効果を得るという意味では、果てしなく、限りなく低負荷であり、その低負荷で効果を得るには相当に長い期間の自転車乗りが必要。そのようなジレンマの中で自転車で痩せれるとか、健康になれるかとかは、痩身や健康を実感できるレベル迄取り組める人がどれ程居るか?というと、相当に怪しい。

 思うに、自転車がブームとして昨年迄の勢いを今年以降も保てるか?というと、否定的な見解である。

 自転車が定着するには、過去にも何度か記事にしているけど、それが手段でなく目的としての存在になりうるか?に掛かっているような印象だ。

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新旧併売は吉と出るか?

 昨年から雑紙の情報では聞いていたけど、報道での発表で現実のモノとして明らかになってきたのが表題の新旧併売、、、、、これは、トヨタの新旧プリウス、新型レクサスRXと既存ハリヤーの話。

 新旧併売の理由は、価格上昇に伴う客層の変化への自信の無さであったり、ライバルメーカーの競合車への対応だあったり、取り扱い販売店のラインナップ構成の変化に対する配慮であったりする訳だ。

 これだけ聞くとなる程とも思えるけど、併売すると言う事は、新型に対する販売への自信というか、確信を作り手(売り手)側自体が完全に持っていないという事を宣言しているようにも見えるし、最悪は、新型の販売への足かせになるのでは?という印象だ。

 その判断が吉とでるかどうかは判らないが、新旧併売というのは進歩することで価値を高めるという工業製品の本質からは外れたようにも見える。

 過去においては、市場の声により生産中止モデルの再販というのが在ったけど、それが成功したという印象は無い。単車の世界でも過去においてはZ400GP登場以降に再販されたZ400FXや、CBR400F登場以降にリバイバル生産されたCBX400Fというのも存在するけど、リバイバルされた時には、そのモデルの輝きは失われていた印象がある。
 因みに、この再販の時は、市場の声でメーカーが動いたのだが、今回の併売はメーカーの都合で決定されたモノ。意志の主導が違うために比較は出来ないが、果たして、、、、、さて、どうなるだろうか?

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2009年1月20日 (火)

オーバーロード?

 金曜、土曜、日曜と週末を過ぎて月曜日になると全身の倦怠感、脚の怠さ、肩の怠さ、上腕部の怠さに見舞われる。筋肉痛というか疲労感というか、そんな感じ。

 この感じは火曜日には消えて無くなる質のモノ。

 多分、動きすぎなんだと思う。毎日のスタンダードメニューだけでは疲労感は皆無であり、週末のオプション追加メニューが疲労の元なんだろう。因みに、スタンダードメニューっていうのは、サーキットトレーニング+ダンベル筋トレ+ローラー台60分で合計150分であり、週末の追加メニューっていうのは、追加分で1000~1200kcal程度の運動である。

 金曜日は、スタンダードメニュー+60分で25mプールの連続120本(60往復)

 土曜日は、スタンダードメニュー+ホームコース回遊(2往復)走行+ヒルクライム

 日曜日は、スタンダードメニュー+ホームコーススプリント走行を2本+ヒルクライム

 これを行うと、決まって月曜日は怠いのだ。この怠さはやはりオーバーロードというか、運動しすぎが原因かなぁ?とも思う一方で、このメニューでも火曜日以降は疲労が回復しているというのは、適度な負荷なのかなぁ?とも思えるところ。

 因みに、追加メニューは水泳の場合で60分、CR走行の場合で90分程度のモノ。消費カロリー量は同じくらいだが、時間あたりの負荷でいうと水泳の方がハードと言えばハード。でも自転車走行でも基本は固定シングルであり走行中は常に脚が動いている状態でもある。

 でも、冷静に考えると、スタンダードメニューでも所要時間は150分弱と二時間を軽くオーバーする訳であり、週末は下手すると一日に四時間も動いている事になる訳で、やっぱり過運動のような気もする。別に何かの競技会で良い成績を目指している訳でもないし、誰か競争相手が居る訳でもないのである。

 不思議なのは、結構な運動量だけど体重が殆どというか、全く変わらない点だ。取り敢えず、年末年始に67kgに迫る?程の増量していたのは、ベストの65.5kg前後に戻っているけど、この体重は何年も一定であり、増えも、減りもしないところ。体脂肪率的にも大きな変化は見られないのである。
 一般にダイエットでは、停滞期というホメオタシスが現れるというけど、多分、それとも違うのである。
 今の運動量は相当な量という自負があるけど、それで体重が変わらないっていうのは、収支が釣り合っているということ。摂取=消費なんだろうか?
 何か違う点、変わった点はあるか?というと、全体的に筋肉の付いている量が増えてきたかなぁ?という感じではあるというところ。

 人生の目標としては、パワフルで健康な肉体の維持ということだが、今のように疲労感を感じるっていうのは継続性から見ると今一の筈であり、毎日の負荷が負担にならないで効率よく運動できるメニューを再構築しないといけないかも知れない。

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東野幸治さんがトライアスロン

 昨年からテレビで聞いていたけど、お笑いタレントの東野さんが表題の如くトライアスロンにチャレンジするんだそうだ。

 なんでも、石垣島トライアスロンを目指してトレーニング中らしい。そのトレーニングの一貫として埼玉県で開催されたミニトライアスロンでも19人中17位で完走されたとのこと。
 この日曜日の『行列の・・・・』では、昨年の大晦日に25mプールを108本ということで、2700mを泳ぐという泳ぎ納めにチャレンジして見事2時間で完泳したとのこと。

 東野さんの水泳のフォームは結構綺麗であり、なんでもジュニアオリンピック候補にも選出された事があるらしいとの事。しかし、見る限りでは明らかに運動不足であり、三ヶ月後に迫った石垣島トライアスロン迄に仕上げれるか?というのは、どのレベルの結果を求めるかによって答えは変わってきそうな感じ。

 それにしても、番組のノリとはいえ、トライアスロンをやります!って宣言するってことは、心の底で自信が無いと受けれない筈であり、その自信は?というと、やはり、本人さんは運動に或る程度以上の自信を持って居るんだなぁと言う感じ。

 取り敢えず、どんな結果になるのか?は気になるところ。純粋に応援してみようと思うところ。

PS 4/30追記
 ホントは別記事でも良かったけど、この記事にアクセスが多いので編集。

 表題のトライアスロン大会、無事終了し、東野さんも無事完走っていうか、、、、非常に立派な結果である。スイムが1.5km、バイクが40km、ランが10kmで制限時間がスイムが60分、バイクが120分、ランが75分のコース。

・スイム:00:29:02
・バイク:01:25:13
・ラ ン:00:52:48
・総 合:02:47:03

 これ見ると、スイムが出色である。以上で総合順位は283位/1072人、男性で264位/922人、40代では68位/298人ということ。素晴らしい。

因みに、同じく行列出演者では、

K弁護士が、
・スイム:00:27:11
・バイク:01:34:06
・ラ ン:00:55:55
・総 合:02:57:12で447位

M弁護士が、
・スイム:00:45:40
・バイク:01:48:43
・ラ ン:01:00:34
・総 合:03:34:57で917位

 他にも、芸能人のマッチとかヒロミもエントリーされていたようだが、全てを上回るのが東野さんの凄いところ。

 その内、番組で特番が組まれるだろうけど、楽しみに待っている。

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2009年1月19日 (月)

膨張傾向から反転しようかな?

 木曜日に現時点で我が家最強のマシン、嫁メール+デジカメ画像ストレージ用に使っているCompaq Evo W6000 Dual XeonマシンのOSをWindows2000からWindowsXpに入れ換えた。OSからはCPUが四つに見えるクワッド構成だ。

 で、使い心地は、、、、、Windows2000状態から顕著な速度低下は無い感じ。起動が速くなった分、トータルでは速度アップしている感じなのだ。それでOK!って思っていたのだけど、ふと気付いた事、、、、、それは、マシン中HDDの残容量、、、、今更ながらU160で40GB×2台の構成だが、データドライブのDドライブ中の残容量が10GBを切っているのだ、、、、、デジカメで毎日取ったデータを頻繁に写しているのだが、後10GBである。

 上の娘が6歳、、、、デジカメの撮影頻度が増えて6年半ということ。今では低画素な320万画素が最高解像度のデータだけど、それでも残り僅か、、、、、最近は下の息子が生まれて撮影枚数が飛躍的に増加している。多分、1年以内にディスク容量が埋まる見込みである。

 解像度が上がる=画像、映像データは飛躍的に重くなる。それを集積すると、相当に厳しくなるのだ。

 そもそもデジカメの解像度も200万画素程度でL判出力なら無問題であるはず、、、、そういう事を考えると、次期マシンは相当に大容量化したいところだし、逆に、データ収集デバイス類はデータのダイエットを考えないといけない。

 デジカメもホームページ用のデータなんぞは100万画素もあれば十分だし、そういう見方で考えると、剰りにも高画素な画像収集デバイスは使いにくい感じ。

 当面は、時期ニューマシンに家族系データは全移行するので問題は無いけど、デジタルビデオ映像も落とし込んでいくと少々の容量でも直ぐ満杯となりそう。

 因みに、SD解像度のDVDビデオも8cmDVD-RAMを使っているけど片面が30分だ。両面で4.7GBが60分程度のモノ。今では、DVDビデオのデータだけで100GB超をディスクメディアで保存している状態。今度のマシンは1TB×4でRAID5構成なんで総容量3TBだ。その内、保存に使うのは90%以上としても、そんなに余裕があるか?というと使ってみなければ判らない状況。ましてや、HD解像度となると加速度的に容量を消費しそう。

 やはり、記録データのダイエットを努めて考えておかなければ為らない訳だ。

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ダンベル体操をメニューに入れようかなぁ?

 現在、ダンベルを用いた筋トレを行っている。
 片側20kg、両手では合計で40kgだが、これでダンベルフライ20回+ダンベルベンチプレス20回をワンセットでサーキットトレーニング前に1セット、サーキットトレーニングとローラー台の合間に1セット、ローラー台の後に1セットの合計3セットを行っている。
 これは、あくまでも10RM~20RMが限界の範囲の筋肉強化、筋トレ目的である。実際、片側20kgのダンベルでのフライとベンチの翌日は肩周り、上腕部、胸部には程良い筋肉痛が残るのだ。

 他には余ったダンベルウエイトを組み合わせて10kgダンベルでリストのスナップを片側50回を行っている。これも、一応筋トレである。

 で、最近思ったのは、ダンベルっていうのはウエイトの絶対重量が小さい割に効果的に鍛える事が出来るイイ方法だということ。
 そこで、筋トレでなく、筋持久力強化でサーキットトレーニングに軽いダンベルを用いて効果アップができないか?という思いである。
 幸いな事に、今現在20kgのダンベルセットとは別に5kgのダンベルと10kgのダンベルが余っているのだが、片側5~10kg程度の軽いウエイトを用いて腹筋、背筋、スクワットに活用しょうかな?ということ。

 女性向けのダンベル体操では1kg程度のダンベルのようだけど、これでは剰りにも軽すぎるので、自分的には最低で5kg、少し抵抗を感じる程度の10kg程度でダンベル体操もメニューに加えようかな?という思い。

 ということで、早速不足している2.5kgダンベルウエイトを二枚程通販購入した。

 これからは、暫く、雑紙、ネットでダンベル体操を調べて自分に合ったメニューを考えて運動に取り入れてみようと思う。

 今の日々の運動メニューにおいて、ローラー台、ダンベル筋トレ、サーキットトレーニングを行っているけど、サーキットトレーニングの部分が少々もの足らないというか、そんな感じ。コレを何とか良い感じに仕上げたいという思いがあるのだ。
 時間を効果的に使い、時間あたりの効果が最大となるようにしたいところ。

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2009年1月18日 (日)

次期メインPCへの期待感、続編

 パソコン熱が再発中である。発端は、娘、嫁用のノートパソコンの購入が発端だが、その後のXeonマシンのWindows2000からWindowsXpへのアップグレードだが、そんな都合と、自分のパソコン更新インターバル、最近の地デジ対応への盛り上がり、家庭での用途の変遷で、パソコンへのイメージが固まりつつある。

 で、考えを整理しながらも、次どうするか?を考えるために記事を書いてみる事にした。

 自分のパソコン購入インターバルは、基本は8年である。但し、途中に機器の故障等があれば、中間期を目処に部分更新を行う事がある。この部分更新は、購入動機が修理ということで、概ね4年程度となっている。
 つまり、目的のためにニューマシンをビルドするのが最近では4~8年単位、そのマシンが壊れれば途中の部品変更も有り得るというモノ。なお、更新間隔は時代と共に長くなっているが、それはパソコンで出来る事、したい事の変革というか提案が減ってきたためだろう。
 1991年にPC9801T/W5でMS-DOSの理解、MINIXの学習、1994年ににPC9821An/U2でWindows3.1~Windows95を利用、1998年にインターネット接続環境構築のためのWindows98導入に併せてFW-6400GXRを購入、2005年にホームページ作成頻度向上、ネット環境整備に併せてセキュリティー、安定性でNT系OSであるWindows2000投入とNT系ならではのマルチCPU環境構築に併せたGA-6VXD(PentiumIII×2)への移行と来ている。
 なお、個人的には1999年に結婚して嫁と同居以来は、1999年に嫁のメールマシンとしてPC9821V16を導入、その後V16の遅さを気の毒に思い、2001年頃PentiumIIIのSH6を経て2003年にCUSL2を嫁マシンに購入。この時点で自分機のFWマザーより新しいi815のマシンで組んだのは娘の誕生に併せデジカメデータが増殖してきたので、そのファイルサーバーとしての役割も持たせるという意味で速いマシンを作ったのだ。なお、SH6が短期で駄目になったのはコンデンサー不良事件の犠牲だが、、、、
 その後、デジカメデータの増殖によるマシンレスポンスの低下とWindowsMeの不安定さから、自分のPentiumIII×2マシンの安定性から、2005年に嫁マシンもDual機+Windows2000にしよう!って思い、更に、改造はしたくないということでメーカーマシンを探して今のCompaq Evo W6000に到っているのである。

 嫁マシンもマイマシンも最後の更新から四年が経過、新規購入からいうと丸十年が経過し、新たな用途として地デジ化、家庭での映像コンテンツの増大で、これらを楽勝でハンドリングできる大容量高速マシンを調達しよう!って事なのだ。

 で、設置する場所はテレビ、AV機器と並べて置くということ。テレビモニターを一つでも良いけど、テレビはテレビ、パソコンはパソコンと分けた方が具合が良さそう。
 目的としては、テレビ系統と融合させる事。しかし、放送コンテンツを録画するのに全てパソコン起動を前提とすると無駄が多そうであり、放送コンテンツの録画は基本はAV機器側のHDDに家電操作で取り溜める構造。この取り溜めた映像を可搬メディアに移す操作をパソコンで行うというパターン。取り溜めた映像コンテンツをパソコンで扱うメリットは映像編集が自在に行えるということ。パソコン側に期待するのは、そういう放送コンテンツの取り扱い、そしてデジタルビデオ、デジタルカメラで収集した映像データを集積し、DVDなり、CD-Rなりに保存する操作を行うというパターンである。

 いわば家族用の映像記録ファイルサーバーで、編集、閲覧、再生といった操作をメインに行うマシンということ。勿論、容量に任せ、現在、各マシンに分散したローカルデータのバックアップを受け持足せる事も考えている。

 今現在、既存のDualマシンのどれを使っても、大量の映像データの管理は結構面倒であり、大量のサムネイルを表示させると結構ストレスを感じる場面も少なくない。その表示、確認、印字出力をイライラしながら自分の書斎で行うのは、如何にも寂しいので、映像データの閲覧は超高速、快適、ストレスフリーでみんなで行えるリビングに据えるのが理想と言う事。

 と言う訳で、最高クラスのCPU、それに見合ったマザー、大量のデータを扱っても苦ともしない広大なメモリー空間、大量データでディスクアクセスさせても何も起こらない高速大容量のストレージを持つマシンを調達しようということ。
 なお、リビングにマシンを据える決心がついたのは、リビングのテレビのSTB(セットトップボックス、地デジチューナー)とノートパソコンを無線LANで接続したから。

 で、CPUはCore i7、Core2Quad、PhenomIIから当初通りにCore i7を選定。但し、CPUはシリーズ最下層の920で妥協。マザーは定評あるASUS製品だが、P6Tシリーズのどれか、、、、まぁ、最新でコストパフォーマンスの優れるP6Tかな?って感じ。メモリは取り敢えず2GB×3=6GBで、後はファンレスなビデオカードにRAIDの1+0か5で構成するって所が基本路線、後は地デジチューナーを搭載させて、DVDマルチドライブ、BDドライブを一台ずつ装備させて、HDDはフロントアクセスさせるパターンか?というところ。
 一番の問題は、RAID構成するならHDDは四台、DVDとBDで各二台で5インチベイが最低でも6台、コレにメモリーカードリーダー等々で3.5インチベイが最低でも1台、併せると、、、、、5インチベイで7台~9台は欲しいところ。HDDはRAID構成するけど、更にカートリッジに実装しフロントアクセスを基本としたいところ。そういう仕様だ。
 後は、入出力デバイスは当然の如く無線という、、、、

 最後にOSはWindows Vistaで64bitのHome Premiumで決まりだろう。CPUが決まり、ディスク構成も決まり、メモリも決まる。後は、、、、買うだけかも、、、。

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幼児は大きさで見られる。

 正月番組で『はじめてのおつかい』って番組を視た。
 この番組で印象に残ったのが2歳9ヶ月の男の子のおつかいの話だが、おつかいの内容よりも、男の子の大きさの話、、、、、身長86cmということ、、、、

 で、ふと思ったのが自分の息子の事。コイツは1歳6ヶ月なんだが、既に88cmというサイズで、体重は11.5kgという状態。1歳児にしては随分と大きいので、親自身が2歳児、3歳児扱いをしているのだが、成りが大きいだけで、出来ることは1歳児レベルなのである。

 しかし、誕生から今までを振り返ってみると、赤ちゃん特有のムチムチな時期というのが殆ど無かったような印象である。まぁ、見た目のムチムチ感というと腕や脚に脂肪が沢山付いて関節以外の箇所で括れるような場所があるかどうか?という話だが、、、、

 という訳で、幼児の平均身長、平均体重が記載されているサイトを探したのだが、これがなかなか見つからない。サイトは見なくとも、母子手帳の成長記録の曲線を見れば良いのだけど、母子手帳っていうのを何時も携帯している訳でもないので、そんな曲線が見れるサイトを探して見つけたのがコレ↓。

http://www15.big.or.jp/~lion/seityo/newall.html

 コレ見ると、我が家の子は、上も下も平均より身長は大きいのだが、傍目に見ると、やはり3歳児でも通用する程。すると、周りの人も三歳児に接するようにやってくるのだが、それでも実態は一歳半、、、出来ることはたかが知れているのが現実。

 その度に、未だ一歳半だから、出来ませんって説明するのだけど、それがチョイ嫌というか、そんな感じ。そういえば、上の娘も幼稚園入園前迄は平均サイズより大きめであり、似たような経験があるけど、下の息子は大きめって範疇を越えた巨大具合である。
 区役所の一歳半健診では、周りの子供より概ね10cmは大きい訳で、動きも活発、走り回って一人暴走状態だったらしい。

 そんな状況だが、大きさで年齢が判断され、それで知恵○○が判断されるのが幼児期の特徴なのか?一歳半という前提で、大きく育ってるね!って好意的判断と違い、大きさから三歳?という先入観で、まだ出来ないの?って判断が圧倒的に多い事に少々驚き気味な今日この頃である。

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2009年1月17日 (土)

ワンコイン

 チョイ前に紹介されたフィットネス、エクササイズでワンコインフィットネスっていうのが話題になったけど、今度は、ワンコインで血液検査で健康診断ってサービスも始まったそうだ。

http://news.walkerplus.com/2009/0114/3/

 がネタ元だけど、世相にマッチしているためか好評なんだそうだ。、「血糖値」「総コレステロール」「中性脂肪」「血圧・体重・身長・BMI(肥満度)・骨密度」といった検査メニューがそれぞれ500円で受けられる民間の健診ショップで、その検査結果を看護師・保健師が丁寧に指導してくれる上、健康保険証も不要ということが好評らしい。
 世相にマッチっていうのは、その利用者の形態であり、健診を受ける機会が少ないフリーターや派遣社員の利用が特徴的とのこと。

 ワンコインというと体験系フィットネスも好評を博したらしいけど、このワンコインという発想の原点は何と言っても100円均一ショップ、百均だろう。

 百均というと地元広島に本社を構える大創が有名。で、百均の品揃えを見て思うのは、、、百均という額面だけみると手軽かもしれないが、商品の対価としてみると、買い得感の在るモノ、割高な感の在るモノと分かれる。
 百均にある商品は、その種類が圧倒的で、金額を考えず取り敢えず必要なモノを揃えるという概念からすると利用価値は高いけど、金額に捕らわれて全てを百円で揃えると考えると損しかねないという印象。

 何故ならば、百均というと、百円販売で利益を賄う事の出来る商品展開であり、その百円は、当初から百円を想定されて作られたモノと事情あって百円で処分されたモノが混在しており、本当にお得なのは、商品の絶対価値以外の事情による値下げで百円という値付けが為されたモノとも思えるのである。

 それ故に、ワンコインという印象によって判断するよりも、実際のサービスや商品で対価を想定し、その想定額とワンコインの関係がどうか?が大事なのである。

 少なくとも、ワンコインのフィットネスというのは自分的には随分と割高な印象で、ワンコインで行える範囲では機器の体験にしか過ぎず、機器による効果を確認出来るレベルでないと思っており、そういうワンコインフィットネスのような印象とならないかどうかが感心があるところ。

 血液検査値、血圧、体組成、骨密度測定というのは実質的に見ると血液検査以外は殆ど無料で出来るモノ。少なくとも健康ショップで並んだ器具を使えば判るもの。
 血液検査っていうのがワンコインの価値があるかどうか?ということだが、血液検査の頻度はハッキリ言って年に1度、多くても半年に1度程度の頻度であり、その頻度をワンコインで済ませる事がお得かどうか?が値頃感の分かれ目だ。ワンコインといっても一検査項目がワンコインであり、決して安くないのだが、、、、検査メニュー的には、血糖値(500円)、総コレステロール(500円)、中性脂肪(500円)、血圧・体重・身長・BMI(肥満度)・骨密度(500円)、上記4メニューセット(1500円)となり、案外、高価?とも言えなくもない。
 後は看護師・保健師の指導がどれほどのモノか?が重要なところだろう。

 世相にマッチしたといって、企業等の健康診断を受けない人が手軽に受けられるといっても、得られる情報がどうか?に掛かるのは言うまでもない。

 少なくとも、メタボか否か?糖尿病か否か?を血糖値測定で判断するというのが売りらしいけど、ホントを言えば体重計に載るだけで概ね判る訳で、この辺が何とも言えないところだ。

 ダイエット成功者?の自分としては、検査結果は結果であって、必要なのは取り組み方だと思うところ。その結果で生活で感じる顕著な違いがメタボ感だったんだ!と今は思うところ。メタボ時代と今で何が変わったか?というと、

・冬場に静電気でバチッが無くなった。
・言わずもがなだが、体重が減った。血圧も下がった。
・腰痛が皆無。
・在り来たりだが、腹周りの贅肉が無くなった。

ということ。逆に、この四点症状が揃えばメタボであり、糖尿病予備軍という事だ。この四点が無ければメタボとは無縁であり、血液検査数値も全く問題無しなのだ。

 話は変わるけど、色んな場所、色んなメディアで、様々なダイエット、健康法が紹介されているけど、どんなダイエットよりも自分が行っている方法が一番優れていると思う。ダイエット速度も二ヶ月で20kg以上減量し、丸三年間リバウンド無し。当然、その減量に併せ血液検査数値も劇的に改善している。そんな検査も行うのは一年に1~2回が現実。

 やはり、ワンコイン健康診断も年に1~2回のもんだろうなぁ、、、、、ネットニュースにあるリピーターの存在って、健康診断のリピーター?オープンして2ヶ月しか経っていないのにリピーターっていうと、二ヶ月で最低でも2回以上検査している?っていうと、健康診断の意味が無いようにも思うところ。

 二ヶ月で物凄いダイエットをしたとしても、体内数値が劇的に連動して変わるとも思えない。ってなると、リピーターっていうのは、検査のための検査のような本末転倒気味な人なのか?とも思える程。
 果たして、この商売は成功するだろうか?

 一見、ワンコインフィットネスよりは安価感がありそうだけど、リピーター化させるという意味では、内容と行為の整合性ではワンコインフィットネスの方が遙かに正常とも思える。

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OSのUPGで運動メニューの密度が低下

 訳のわからないタイトルだけど、先日、懸案であったコンパックのEVO W6000ってモデル、Prestonia Xeon 2.8GHzをDual搭載したマシンだけど、これのOSをWindows2000からXPにアップグレードした。

 このアップグレード、自分の責任だけど随分と手間が掛かった。原因はCPU交換でCPUとヒートシンクの間をグリスとは異なり伝熱パッドを使ったため。

 当初は、その理由が判らずに、インストールの途中に頻繁にフリーズして合計で4時間は無駄に時間を費やしてしまった。CPU交換して暫くはWindows2000で快調に動いていただけに、アップグレードインストールの途中で停まるっていうのが理由が見えないので難儀であった。
 この伝熱パッドの伝熱性の悪さが原因?と思った理由は、作業開始から20~30分で確実にフリーズするという症状から。最初は、その際の激しいディスクアクセスにおけるディスクデバイスが不良か?と思い、AIC7892チップのU160デバイスを別個にインストール出来るようにトライをしたりしたけど、これも原因と違う、、、、
 更に数度のインストールエラーで再起動時のBIOSメッセージはCPU0、CPU1、CPU2、CPU3、、、、Initialize Errorって表示、その後、Panel Fun Not Detect、、、、って表示、、、で、思ったのは、ファンの駆動不良か?と思ったのだけど、完全に停止して数分後にはファンは正常に駆動されており、結局は、CPU負荷が高まった後にCPU温度と連動してファンが回るところでCPU負荷が高まってファンが回ってもヒートシンクとCPUが接合不良で熱暴走って様相。

 その原因を過程して、CPUを再度外し、ヒートシンクの接着を確実にしたら取り敢えず問題なく動くようになったし、CPU負荷に連動してファン制御が掛かっている様子。

 そのような難儀の据えに、Windows2000をWindowsXPにアップグレードしたのである。因みに、Windows2000はSP4+各種のパッチが最新の状態となっているのだけど、WindowsXPは発売当初に買い置きしていたパッケージ故に全くの初期出荷品。普通にOSのアップグレードが滞り無く進み、何の問題もなく環境とドライバが移行できると思っていたのだが、インストール直後に今度はLAN接続が出来ない状況に陥った。

 WindowsXPでは初期バージョン以外はファイアウォールの設定が有効でネット接続が出来ないという不親切が有名だが、該当のWindowsXPはファイアウォールの設定項目そのものが存在しないモノで、原因探しに一苦労である。結局、プロトコル、サービス、クライアントのドライバのWindows2000から引き継いだモノを一端削除してインストールしなおしてどうにか使えるようになったところ。

 そんな苦労の据えに、インストール、LAN接続を経て、時折のフリーズ?(これも異常だが、、、、)を経て、WindowsUpdateを行い完成したのだが、これが果たしてWindows2000と較べてどうか?っていうと、体感上は殆ど全く代わり映えがしないというのが正直な意見である。

 ハードの構成は全く不変だが、Windows2000のデュアルCPUということで2CPU認識だが、WindowsXPではHyper-ThreadingでCPU毎に論理CPUが二台ということで4CPU認識となるのだが、2CPUであるWindows2000環境と4CPUのWindowsXP環境の違いが思いの外小さく、というか、寧ろWindows2000環境の方が速いという印象である。

 因みに、このOSのアップグレード作業は午後10時から始めて午前4時に到るまで時間を要し、その間の定例運動は断続的な取り組みとなり、本来のサーキット運動的な連続運動が全く出来なかったのだ。

 で、判定は、、、、、OSの進化は今一不明瞭、、、、それよりも1日の運動が不完全に終わったというデメリットの方が大きいという結論だ。

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2009年1月16日 (金)

80~90年代、バブル時代懐古ブームって言っても、、、

 最近話題なのは表題のような事。最近なら成人式世代で平成生まれが成人したよ!で、新成人VSバブル世代みたいな討論もあったりしているし、今ならばアラフォーって言葉や、或いは、80年代リバイバルな特集、イベントも結構みたりする。ジュリアナ復活だったり、或いは、深夜の通販では何故だか青春のCD集発売とか、、、、テレビでは車のCMでは80年代的音楽をBGMに使ったり、、、、

 で、ふと思う。そんなモノに釣られるか?と言う事。

 確かに懐かしいと言えば懐かしいけど、懐かしいといって、過去そのままが欲しいか?というのは別問題ではないかと、、、、

 アラフォーで、バブル期入社で、バブル期学生社長だった自分から見て、あの時代を懐かしむモノに惹かれるか?っていうと、実は、当時そのままのモノには懐かしいなぁ!って以上の感情は生まれない。そんなモンである。

 確かに、バブル時代は楽しかったし、世間的には消費が旺盛だったんだろうけど、その当時の消費者の消費意欲を盛り上げるのに、今のマーケッティング立案者は、当時のイメージがバブル世代に受けてそのまま拡販に結びつくとでも思っているのだろうか?

 バブル世代がバブル期に旺盛な消費をしたっていうのは、その時代が好きというのではなく、時代における新しいモノに好奇心が旺盛だったためではないか?と思うのである。
 時代を引っ張る力が強いという消費であり、今のバブル懐古は時代を懐かしむ消費であり、それは全く別個ではないか?とも思えるのである。

 バブル世代の旺盛な消費行動を刺激するには、見た事もないような新しい提案こそが本当は必要なのではないだろうか?と思うのである。

 実際、昨今の最新、最先端のモノに対しての執着度(新しいモノ好き)は、周りを見渡すと、殆どがバブル世代の人ばかり。逆に、高齢過ぎる方、若すぎる方は、冷めた見方が多い感じである。パソコンの普及、インターネット、メールの利用率、デジタル家電の利用率を想像すると、案外40代が一番詳しいのでは?とも思えるのである。

 話が二転三転するけど、例えば、音楽CDでも、自分が買うのは何か?っていうと、深夜販売されるリバイバルCDよりも、80年代に活躍していたアーティストが現代にリリースした最新のアルバムCDだったりする。
 因みに、自分が最近買ったCDは?っていうと、シングルなら安室奈美恵の60s70s80s、アルバムでは同じく安室さんのBestFiction、他はマドンナのコンフェッションズ・オン・ア・ダンスフロアとハード・キャンディーってところ。バブル期を懐古するでなく、当時と繋がった今の最新の方が関心が高いのである。

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植物乳酸菌がピロリを撃退するかも!?

 連休中に深夜のローカル放送のドキュメントで表題のような研究を紹介していた。
 これは、広島のヨーグルトメーカーと広島大学医学部の共同研究で植物乳酸菌がピロリ菌を撃退するのに効果があるという研究結果を紹介した番組である。因みに、開発商品はコレ↓

http://nomura-milk.co.jp/

 この開発の発端は広島大学の杉山教授によるもので、教授とヨーグルトメーカーの研究者の会話から生まれたモノらしい。
 発端は、教授のヨーグルトに酒粕を入れると面白いかも!ってアイデアを聞いた研究者の方が、早速実験しヨーグルトの発酵時間が酒粕によって1/3に短縮されたという実験結果を教授に提示され、その話に教授は、酒粕に乳酸菌の発酵を助ける因子があると考えたそうだ。そこで、植物乳酸菌で固形ヨーグルトを作ろうという発想が生まれたという。

 因みに、乳酸菌とは糖を分解して乳酸を生成する菌の事で、動物の乳に居るモノを動物乳酸菌といい代表的な発酵食品がヨーグルトであり、植物に居るモノを植物乳酸菌という。この乳酸菌パワーで得た食品が発酵食品であり、味噌、キムチ、テンペが該当するのである。
 基本は同じ効果を与えるのだけど、大きな違いは植物乳酸菌は菌の環境耐性が極めて強いのがメリット。動物乳酸菌は酸や塩分に弱く、ヨーグルトの場合は普通に食べても胃腸に届きにくいというデメリットがあるので、その点が大きく違う。植物乳酸菌の場合のデメリットというと、結構、癖の強い食材ということで、味噌、キムチなんかは良い例だ。
 人間が食べやすいのは動物乳酸菌、でも効果的に利用しやすいのは植物乳酸菌というのが乳酸菌界の常識。更なる常識は植物乳酸菌では固形ヨーグルトが出来ないというのも既存の常識。この話はダイエット関連でネット検索すればヒットしまくる話だ。
 これが常識なのだ。

 このような常識に挑戦されたというのが杉山教授の発明のポイントであり、杉山教授は乳に酒粕を添加することを提案したのが発想の発端で、植物乳酸菌でも酒粕を使えばどうにかなるか?って期待を持つに到ったそうだ。その結果、ベースとなる植物乳酸菌の選定では、ニンジン、ナシ、桃、ぶどうを始めとする40種類以上の野菜や果物から分離した植物乳酸菌を用い数百回の実験を経て「植物乳酸菌による固形ヨーグルト」を生み出したそうだ。

 この研究では、ニンジンから分離した植物乳酸菌を、広島産みかん果汁と少量のグルタミン酸を添加して培養すして、GABA(血圧降下作用や抗ストレス作用があるアミノ酸の一種)が大量にできる事も突き止め、GABA入りヨーグルトも開発され、更には、最近、ピロリ菌増殖を効率よく阻害する物質を産生する植物乳酸菌を見つけられたそうだ。

 そういう事で、将来、胃ガンの原因とも言われるピロリ菌を本当に撃退できるヨーグルトも生まれるかもしれないのだ。

 この話で心に響いたのは、一般の常識を覆すべく数百回の実験を行われたと言うところ。
 自分も似たような経験があるのだ。それは、超硬合金と言われているWC(タングステンカーバイト)を基材とする硬質材料の開発において、材料製造プロセスで必須のバインダーであるコバルト、ニッケルを全く用いずに焼結するというトライに数百回の実験を行った事がある。現在市販されているバインダーレス超硬合金といっても必ずや少量のバインダーであるコバルトやニッケルが含まれているのだが、実は超硬合金の欠点は、コバルトやニッケルを加える事で硬くて強い材料が作れる反面、硬質の炭化物材料でありながら非常に腐食されやすいという欠点があるのだ。それは、少しでもニッケルやコバルトが入っていると現れる性質で、これを減らすと強度が下がるというジレンマを抱えた材料なのだ。
 このジレンマを超越するために、金属であるコバルト、ニッケルを全く用いずに超硬合金を固める方法を探すのに数百回の実験を殆ど一人で行ってきたのだが、その事が、このヨーグルトの話で、ふと思い出した所である。

 因みに、コバルト、ニッケルを全く、完全に用いない焼結では、Mo(モリブデン)系、Si(シリコン)系の化合物を用い焼結させる方法で、足らない強度は少量の酸化物系セラミックスを添加させて析出強化させたのだが、なんか、イメージ的に繋がるなぁって思ったので、敢えて記事にしてみたのだ。

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2009年1月15日 (木)

Windows2000か?WindowsXPか?どうしようか?

 OSの入れ換えを検討中だ。バージョン自体は共にprofessionalであるが、、、、
 普通ならマシンが古ければWindows2000、新しければWindowsXPということで決まりなんだが、微妙に判断が難しい点がある。

 メインマシンにはDVD映像編集用マシンを作り、WindowsのVistaで64bitエディションとする予定だが、今回の迷いは嫁用マシンのOSをWindows2000からアップグレードするか否かという部分です。

 このマシン、Xeon2.8GHzのデュアルなんだが、この度、BIOSのアップグレードによりNetBurstアーキテクチャーの特徴であるHyper-Threadingが使えるようになったのだ。
 結果、Xeon2.8GHzのPrestoniaコアには装備されているHyper-Threadingを有効にするか否かが迷いのタネなのである。。本機はデュアルマシンなんで、物理的に二個のCPUを搭載しているけど、HTを有効にすると、論理的には二倍で合計四個のCPUが搭載されるとOSには認識される訳だ。

 しかし、NT系OSのWindows2000のprofessionalでは論理的にも物理的にも二個のCPUしか認識出来ない。論理的に四個のCPUと認識させるにはWindowsXPに移行しなければならないが、OSの更新による負荷の増大と、論理CPUの認識による速度向上の兼ね合いがどれ程か?が悩みの種な訳だ。果たして、WindowsXP化すべきか否か?これが問題となる。

 Windows2000で安定しているので、そのまま放っておくのも手だが、折角、CPUにもHyper-threadingが装備されており、BIOSも対応済み、OSも未開封で持っているのでアップグレードしてみたいような気もするのですが、微妙に迷っているというのが現状、、、、、果たして、どうしようか?というところ。

 躊躇の理由は、、、、何と言っても買い置きしてあるWindowsXPのパッケージが最初の販売品であり、移行も面倒臭いけど、その後のWindowsのUpDateが更に面倒臭い。環境の移行も面倒臭い。
 しかし、移行しなければ論理4CPU構成できる資源を眠らせると言う事にもなる。この辺りの兼ね合いをどう考えるか?これが悩みの種、、、、、

 心的にはアップグレードするつもりでいたりする。っていうのも、嫁と娘用のリビングノートパソコンはWindows Vistaが入っている。自分のメイン機のPentiumIIIデュアル、予備機のPentiumIIIデュアルは全てWindows2000である。次期マシンのAVメンテマシンはWindows Vista 64bit仕様の予定。となると、、、、、中間世代のXPを入れてみたい気もするし、XPの機能に適合したXeonデュアルマシンがあるという現状を考えると、悪くない選択か?とも思えるのである。
 ということで、木曜日の夜はマシンのOSの入れ換えを実施する予定だ。まぁ、時代はWindows7(実態はWindows6.1)がどうのこうのって言っている時代に、Windows5のWindows2000からマイナーリビジョンアップ版のWindows5.1であるWindowsXpへの移行は今更感が強いモノ。既にWindows6のVistaでさえ終焉だっていうのに、、、、
 まぁ、世間がマルチコアCPUだとか、何だとか言っても、自分は自分の都合で進化すれば良い。
 NT系OS使うならDualなCPU(Dualコアも含む)がイイし、NT系OSでもXp以降を使うならフィジカル1CPUをロジカル2CPUとして最適化出来る特徴を活かすべく、ロジカルマルチコアアーキテクチャを使いたいところ。そういう意味で、DualなCPUで、CPUもロジカルマルチCPU化するHyper-threadingならXpを選ぶ必然性もあるってモノだ。

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家具作り、家具探し

 子供は春から小学生、ということで学習机を見に出掛けたのだが、勢いで購入してしまいました。安くありませんが、人生で一度の購入でしょうから、それなりの品物をそれなりに購入ということで決まりです。5Wayレイアウトが可能で、基本はハイタイプの学習机です。木材は、通常のプリント合板を側板に使うタイプは嫌いで、集成材を使ったタイプも嫌いで、、、、、基本はムク板で作られたモノがベストという考え。それで机の幅は広い方が良いだろうということで通常の100cm幅と違い110cm幅の一回り大きなタイプを選びました。
 ホントは手作り工房の机も良いかな?と思ったのですが、あれは親の自己満足で機能はシンプルなくせに値段は高くフル装備で20万円オーバーで予算外です。
 一方で、ジャスコのフェアで見られるような集成材やプリント合板が各所に用いられたタイプでは数万円前後というものです。
 そういう価格帯と機能等々をトータルで考えた結果、椅子を別で119,800円の机と学習椅子を併せて合計で136,800円の机となりました。

 さて、学習机というとサイズ的にはデフォルトなものですが、それとは別に、嫁用?に電子レンジ用のキッチン棚を製作中です。木材は、本格的な材木問屋で購入し、日曜大工での工作ですが、上手く出来ませんね、、、、、一応は図面を作り、木の接合は溝、ほぞで嵌め込んで、更にL字金具で固定するという方法です。何と言っても重量で20kg級の大型オーブンレンジ用ですのでしっかり作る必要があります。大型レンジは奥行きも相当であり、市販のレンジ棚では収まりません。それ故に、オーブンで使用する時は熱が籠もるのでレンジを動かしてテーブルの上で使うという方法で、使い勝手が最悪だったために今回の棚の日曜大工に急かされたのです。

 構造的にはラーメン構造の棚でシンプルなんですが、それでも溝加工、ほぞ加工が面倒臭いし、寒いし、根気が無いしで、精度は今一。嵌め込むと、部分的に隙間が結構目に付くのが御愛敬、、、、、、、まぁ、パテ埋めしてペーパー掛けて、ニス塗ってと行けば目立たなくなるんでヨシとしよう、、、、、ってノリの大雑把な仕事である。
 何と言っても、大型の重量級レンジを賄う棚が市販品で調達出来ないのが問題であり、見栄えは悪くても、頑丈且つ望むサイズで作れるっていうのが自作の強みである。

 溝ほぞで組む理由は、単なる材木の釘留めでの打ち付けではレンジを載せる棚板を支えるのに不安があるから。L次の金具を付けるにしても薄っぺらい金具の強度のみでレンジを支えるのに不安があるからだ。
 溝ほぞで棚板を支える角材を渡して、嵌め込んだ上にL字金具で固定すれば、少々の荷重が掛かっても棚板の棚落ち、棚ズレは無いだろうという考えである。

 この連休で溝加工、ほぞ加工を支柱と支柱間の棚板支えを作り、これを組み合わせて棚板以外の枠部品を作りました。これから休みの合間の使って棚板の作成を行い、組み上げてパテ埋め、ヤスリ掛け、そして塗装と行う予定です。所要日数は塗装以外、塗装日と合計二日で出来る見込みですね。

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2009年1月14日 (水)

病院に行く時は、、、

 嫁と話をしていた時の事だけど、病院に行く時は何時か?という話で、自分は、病気というか体内の不調の兆候を感じたら、即病院に出掛け原因を明らかにするまで検査するけど、怪我に関しては殆ど大雑把。病院に出掛ける怪我というと、骨折以外有り得ないのである。

 骨折の経験は自慢?では無いが結構豊富なのだ。何と言っても単車乗りである。派手な転倒は公道に限らずレースコースでも多数経験済みであり防具をしていても結構折れるのである。そんな訳で骨折時の症状というか痛みとか腫れの度合いは一発で判るのだ。その痛みの質で病院に行くべきか否かは怪我を被った段階で判るけど、普通?の切り傷、擦り傷、打撲如きでは当然病院には行かないのが習慣なのだ。

 これって、男の子では普通だと思っていたのだが、どうやら友人を見ていると違う様子。

 ツーリング等で転倒して裂傷を負っただけで、骨が心配だから一応病院に出掛けたとか、そういうのが結構多い。転けたって話を聞いて、見て、そいつに動くかどうかを聞いて、腫れの度合いを見たら、素人診断だけど、大丈夫だろ!動くし、立っているなら問題ない!って言うんだが、休日明けには会社休んで病院言ったとか、、、そういう話は頻繁に聞くのである。

 こいつら、可笑しい?って思っていたのだが、もしかしたら、自分が異常で、外傷でも病院に行くのは普通なんだろうか?

 その辺が微妙に関心があるところ。

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パソコン物色中

 自分のメインパソコンの更新は概ね5~6年間隔である。
 今年が2009年だが、そろそろ買い換えようか?と思うところ。きっかけは、嫁と娘用のノートパソコンの購入だけど、自分用にも欲しくなってきたのである。

 欲しいパソコンの一台目は度々記事にしているネットブック系の小型パソコンだ。候補はASUSのN10ってモデルだけど、もう少し待てばCPUが現行ネットブックのスタンダードであるAtom230から、最近ネットトップで見られ始めたAtom330を載せたモデルが出そうなので、それを待とうかな?という状態。まぁ、これはサブパソコンとしての関心であり、今、気分的に盛り上がりつつあるのがメインマシンだ。

 過去の購入モデルを見ると、、、、現有メインマシンはPentiumIIIの1GHzのデュアルマシンでWindows2000を動かしているけど、これが2003年頃に型落ちで入手したモデル。その前が1998年頃のCeleron300A~Coppermine800MHz迄に変遷した今は亡きFreeWayのFW6400GXRってマザーのモデル、その前が1993年頃のNECのPC9821An/U2である。基本は、その時代の一世代前のハイエンドモデル狙いである。勿論、選ぶハードは時代毎に相当にハイエンドの部類である。9821AnはWindows3.1時代に登場しWindows95時代も想定したモノでメモリー制限の無いPC98でPentium機というのが売りで増設を繰り返し使ったモノ。FW6400マザーでも440GXマザーというメモリー制限とPCIスロット数(6本)に余裕のあるマザーで増設を繰り返しPentium4普及期初期頃迄使い回したし、現有のPentiumIIIのデュアルでもPentium4の熱問題を避けた選択であり、DualCoreが一般化する前にSMTのDUAL構成を先駆けて選んだもの。っていうよりか、NT系OSの売りであるマルチプロセッサ対応ならばデュアルマシンでないと意味無いだろう!って思いで、シングルプロセッサオンリーのPentium4系を避けて敢えて選んだ存在。当時、Xeonのデュアルは高価過ぎて論外だったから敢えてPentiumIIIという選択。勿論、Windows2000では未だにストレスの無い構成だが、そろそろディスククラッシュを想定し、事故前にデータの移行を含めて次世代機への入れ換えが必要か?と思う状態なのだ。

 余談だが、嫁用メインマシンは自分のマシンより一歩進んだモデルだ。今がXeon2.8GHzのデュアルマシン、その前がi815のPentiumIIIの800EMHzマシンであり、自分の世代のより1世代新しいのが笑える。

 マシンの更新は、時代毎にアーキテクチャーの刷新が派手なタイミングを狙って行ってきた。PC9821AnではWindows95の登場、FW6400ではインターネット環境の利用頻度向上に併せてWindows98SE移行、PenIIIデュアル機ではNT系OSへの移行というもの、、、、今回は、画像コンテンツの操作+64ビット環境への移行期か?という思いが根底にある。

 という訳で、今回のパソコンは用途としては、デジタル家電としての利用を念頭に置いた存在で、従来マシンと並行させつつも、特に、デジタルビデオ編集を主として使うのである。使い道は、動画編集、DVD作成、ネット、メール、映像キャプチャリング、デジカメ画像アルバム作成、、、、って用途。ビジネスアプリは使わない。勿論、ゲームもしない。

 このような構成で、現有のマシンから進化させるとしたら、使うモノは何になるか?っていうと、、、、

1.CPU
 今がPentiumIII(1GHz)×2のデュアル、或いは、Xeon(2.8GHz)×2(HT有効なら4)なんで、今度は物理的にも4プロセッサ構成以上でCore2QuadかCore i7だろうな、、、、

2.メモリ容量
 今は最低でも1GB構成で、基本は2GB構成なんで今度は最低でも4GB構成か?多分6GBくらいになりそう。

3.ディスク容量
 今はXeon機ではSCSIのUltra160で40GB×2か、PenIII機ではATAの40GB×2+SCSI9GB×2と言う構成。動画サーバーとして考えるとDVDデッキ的に使うんで、DVDデッキの250GBでも手狭故に最低でも1TBを搭載。交換を簡単にさせるには1TBをストレージユニットにいれて複数台を搭載予定。
 チョイ前ではレイドで組んでもクラッシュする頃にディスクに同じものが入手できず結局NGだったけど、最近はディスクも安価なんでディスクの買いだめでレイドで組んでおくのも悪くないか?とも思う所。

4.OS
 メモリー空間に6GBを想定しているんで、必然的に64bitエディションのWindowsとなりそう。

5.ビデオカード
 リビングという埃の多い環境で使うんでスペックよりも低発熱で必要最小限でOK。ファンレスでヒートシンクオンリーのタイプで最高スペック品を選ぶ程度か?

6.入出力I/F
 マイクロソフトの無線のキーボード&マウスかな?

7.ディスプレー
 スピーカーユニット一体の22~24インチのワイドモニターで決まり。

 さて、この程度のマシンが如何ほどになるか?これから交渉に入るのだけど、果たして、どうなるでしょう?

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2009年1月13日 (火)

ダンベルウエイト、増量しました。

 先日の記事でも書き留めたように、サーキットトレーニングの前、後、ローラー台の後の三回に分けて行っているダンベルフライ+ダンベルベンチプレスで用いるダンベルのウエイトを増量しました。

 従来は15kgダンベルを片手にそれぞれ持って合計30kgで行っていましたが、今度は20kgダンベルで合計40kgで行います。従来ウエイトでもOKなんですが、負荷が足らないような、筋肉がプルプル来ないような感じです。運動負荷として10RM~20RMが限界に近いウエイトが良いかな?ということで、片側20kgとしてみました。片側15kgでは50RMも楽勝ですので筋トレにならない感じです。

 基本は、サーキットトレーニングでは50RM~100RMで筋持久力アップ運動、運動の節目のダンベルフライ+ダンベルベンチは筋力アップですので10RM~20RMの負荷が望ましいかな?という事です。

 因みに、これまでに我が家に在ったダンベルは、次の通りです。

1.20kg=2kgシャフトにプレートが2.5kg×6+1.5kg×2
2.5kg=2kgシャフトにプレートが1.5kg×2
3.10kg=2kgシャフトにプレートが2.5kg×2+1.5kg×2

 で、これを組み合わせ直し

15kg=2kgシャフトにプレートが2.5kg×4+1.5kg×2のセットを二つ作って運動していましたが、この度、上記番号1.の20kgダンベルセットと全く同じモノを通販購入しましたので、20kgダンベルを2セットで運動し始めた次第です。

 これで5kgダンベル、10kgダンベルが余っていますので、これをリスト強化で左右50回ずつをメニューに追加してみました。結構、イイ感じですね。

 ところで、20kgダンベルの負荷ですが、ダンベルフライは楽勝ですがダンベルベンチプレスは片側20kg×20回のセットは2セット目から20回が相当の負荷に感じます。さらには、マットで寝そべって20kgダンベルをリストのスナップで手首の上に載せる時に限界に近い負荷を感じます。右手はなんとかいけますが、左手は攣りそうです。

 因みに、スポーツセンターではバーベル、家ではダンベルです。家でダンベルを行う理由は機材のコンパクトさと同じ効果を得る重量が小さくて済む点です。
 バーベルは両手の動作ですので、重量を支えるのに方向性が定まりますが、ダンベルは片手でバランスを取りながらの動作ですので重量を支える時には方向性を定めるためにも筋力を使います。結果、挙上重量も下がる訳ですね。

 ウエイト系のトレーニングではダンベル>バーベル>レバータイプの順にウエイト動作に方向拘束性が高まるので筋肉の強化箇所の局所化が進みます。
 フリーウエイトで方向拘束性が全くないダンベルは筋トレにお奨めです。片側20kgとなれば、相当に鍛えていないと出来ないのでは?というのが自分の感想です。

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生態系は守れるの?

 先日、同僚から海水処理システム云々について聞かれた。
 自分としては、以前から記事にしているように地上設備、インフラに依存しない完結型システムが理想と言っていたけれど、そんな完結型システムが大掛かりに為りがちな場合は、既存技術のハイブリッドが理想で、ハイブリッド要素は極力コンベンショナルなモノが良いとも言っていた。そんな理想が、これだ。

http://www.jfe-eng.co.jp/release/pdf/081029_01.pdf

http://www.jfe-eng.co.jp/release/pdf/081029_02.pdf

これは、物理処理、化学処理を最も標準的な方法で行うモノ。現在の求められる浄化基準に対しては単一手法では難しく、薬剤処理、化学処理に頼らざるを得ないのが現状だが、その場合に用いる薬剤、化学処理は何がベストか?というと、、、、

色んな方法が考えられる。

オゾン、紫外線、過酸化水素水、過酢酸、次亜塩素酸、電解次亜水、、、、、、

こんな中で一番普通なのは、何と言っても次亜塩素酸である。これは漁業関連では極普通だし、身近なところではプールの殺菌等でも普通に行われているもの。とは言っても、何を選んでも一長一短があり、何がベストか?というのには価値観によって随分と違う答えとなるものである。

まぁ、どのシステムが良いか?は、それに取り組んでいる企業における意志決定者の価値観の違いが企業毎の選択の違いであり、それの批評は控えるとして、これが定着するものなのか?という部分で、非常に疑わしいと思うのが正直な感想で、どんな手法を採用して完璧な浄化が行えたとしても、真の効果としては有意義とは言えないような印象を持つのである。

 このバラスト処理っていうのは、海域に存在する固有の微生物、卵等を人間の経済活動に従って世界中の海にばらまく事による弊害云々が基点にあるのだが、既に何十年にも及ぶ船舶の往来によって各港湾の生態系は船舶の往来以前の生態系から懸け離れたモノとなっているのが実情である。寧ろ、新しい生態系は、人間の経済活動によって新たに生まれた自然な生態系であり、その生態系自身は過去の在来種だけの生態系に戻すことは既に不可能ではないのだろうか?
 それは、海洋生態系以外の世界、動物、昆虫、植物の地域固有種が世界各地に帰化して、それを元に戻す事が実質不可能なことと何ら変わりがないというか、より厳しい状況ではないか?という思いによるものである。

 本来的土着生物のみによる生態系が人間の経済活動によってシャッフルされたのは、或る意味、乱雑さが増大した状態であり、この状態を土着種毎に戻すというのは熱力学的に考えても困難な印象だ。更には、港湾都市の海底の生態環境は、既に外来種を前提とした新しい生態系であり、その生態系自体が自然ともとれるもの。

 そのように考えると、今舶用業種で凌ぎを削る処理システムの開発というのは、案外どれも日の目を見ないと言う結果になるような、そんな印象を受けるのである。
 現実的に身近な例としてはブラックバスの問題が解決不能だったり、外来種の問題は正味な話で解決不可能ともいえるわけで、今の取り組み方は、営利活動のための価値観という感が否めない。

 規制の骨子では、新たに使用に供される船舶は勿論、既存の就航船全てに規制の遵守を求めているが、既存船に新たな処理システムを駆動させる動力的な余裕も無ければ、薬剤等を搭載して混合する装置を設置する物理的余裕も無いのが現状。そういう制約で有効的かつ実効的な施策が提供出来るか?というと非常に厳しいようである。

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2009年1月12日 (月)

小さく生んで大きく育て、、、育ちすぎる?

 以前も話題になったけど、今度は新聞にも掲載されていたのでピックアップ。
 最近は、妊婦さんの体重増加が厳しく抑えられて、早期出産で無いにも拘わらず、3000gはおろか、2500gに満たない新生児が多くなっているという。

 実際、産婦人科においても妊婦さんには過激な体重増加を戒めるような生活指導が為され、最近迄は『小さく生んで大きく育てる』というのが推奨されてきたのだが、最近になって、そのような妊婦さんのカロリー制限による妊婦さんの体重増加抑制で生まれてくる低体重の新生児には遺伝子的に通常とは異なる肥満スイッチがスイッチオンされることも判ってきた。
 結果、誕生後のカロリー摂取では胎児時代に入った肥満スイッチいよってカロリー蓄積が進みやすい身体となるんだそうで、これが将来の生活習慣病へのリスクに繋がらないか?と危惧されているそうだ。

 まぁ、小さく生んで大きく育てる思想は、妊婦であるお母さんの出産時の負担を軽減するという意味で生まれた考え方なんだろうけど、赤ちゃんの立場でいうと、生まれ出た瞬間から外界とのストレスと闘う必要がある訳だ。
 そのための防御システムの構築とは、即ち胎内での成長であり、当然、母体からの栄養補給が無ければ適わない訳であり、母体からの栄養補給が乏しい場合は、胎児自体も僅かな栄養分を積極的に蓄えるような機能が活性化するんだろうか?

 そう考えると、表題のような説明も納得出来ると言えば納得出来なくもない。そんな感想である。

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同じクロモリでも、、、、

 我が家には二台のフルサイズのクロモリ(正確には一台はマンガンモリブデン鋼)ロードレーサーがある。

 一台はレイノルズ531のスーパーライトのパイプを東叡社から一時期独立されていた小林氏が製作されたモノ。これはボカマのラグ、ゼウス2000のクラウン、エンドで構成されたモノで、縦管はCTで555mmと大きいものの横管はCCで530mmで自分にあったフレームである。
 もう一台は石渡のクロモリパイプをブリジストンのテーラーメイド辺りでオーダーされたフレームで、BSオリジナルのラグ、クラウン、エンドで構成されたモノ。縦管、横管とも530mmでサイズ的には自分にピッタリのモノである。

 車体の構成の詳細はメインサイトを参照頂くとして、この二本のフレームは見れば見る程に随分と手の掛けようが違うのである。

 パッと見の印象は、小林号は造型の端部が全てシャープでエッジが生きている。そして、段差が小さくカチッとした印象。BSフレームは全体的に緩い感じでエッジそのものが殆どダルな構成。この違いは何処から感じるか?というと、パイプの端部形状である。端部形状というと、前後のエンドの差し込み部におけるパイプ側端面の処理と、シートステーの上側の端面の蓋の処理の仕方である。
 小林フレームは、端面がスパッと切り落とされており、その開口部分は断面形状に応じた蓋が開口部に併せロウ付け蓋処理がしてある。しかし、BSフレームは開口部の殆どがプレス成形で丸めてあり、その丸め袋処理に差し込む最低限の切り欠きにエンドが差し込んであったりする。結果、端面部にはプレス成形による丸みを帯びた形状となっている。

 勿論、この差は生産設備の差もあるだろう。BSというメーカー故にパイプ端部の処理が機械加工で施されて居るんだろうし、小林氏の手作りの場合は、プレス成形が出来ないがために手間の掛かる細工が為されて居るんだろうと思う。
 勿論、性能的には差異が無いか、寧ろ、応力集中部には機械加工による高精度こそが相応しいのかもしれないが、そういう部分の手作り感がフレームのビンテージフィーリングに大きな影響を及ぼしているようにも思うのである。

 特に感嘆しているのは、そういう手作り感溢れる部分の精度感である。その工作の丁寧さが印象的であり、その丁寧さが、各部の補強細工、シートステーのブリッジの補強、ボトル台座の補強等にも通じて、全体的に手抜きを感じさせない仕上がりとなっている。

 最近はクロモリフレームというキーワードで全て同じように語られているが、クロモリフレームの良さの一つに手作り感というのを含んでみると、このような工作の見事さというのは、機械仕立てのフレームでは味わえない感覚であり、そういう要素を持つクロモリと持たないクロモリというのは、同じクロモリフレームという範疇では語れない感じがするのである。 

 クロモリフレームに精度感、緻密感、手作り感を期待するならば、数多くの工作をしっかりと見て比較するのも、また一興である。

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2009年1月11日 (日)

マニュアルトランスミッション

 最近の車は殆どが自動変速機(オートマチックトランスミッション)ばかりである。トルクコンバータ式の多段式からスチールベルトを用いた無断変速CVT式迄、兎に角、自動的に変速ギア比が変わるものが多い。因みに最近のMT率は新車販売台数の3%未満であり、MT仕様は化石扱いとなるもよう。まぁ、そんなATでも2ペダルでギア比が積極的に選べるトランスミッションも存在するようだけど、所謂普通の3ペダル+手動式変速操作というタイプは商用車の極一部に残っているだけで非常にレアな存在となっている。

 しかし、そんなラインナップ事情は別として自分としては運転するならば、どう考えてもMTへの拘りは譲れないのである。

 過去の車歴を振り返ってみると、半ば妥協してAT車を選んだ事もあるけれど、AT車が納車された日の内から後悔ばかりで、身体がATを受け付けないのである。

 ATっていうと操作が簡略化されて運転自体も操作が減るのだが、運転時における運転者の意識と車の動きのズレが生じるものである。このズレが非常に不愉快なのだ。ズレというのは、リズムの乱れみたいなもの。この微妙なミスマッチ感が特に運転時における精神状態に大きなストレスをもたらすのである。
 人に言わせれば、渋滞路ではATは楽とか、坂道発進が楽とか、、、、そんな話を聞くけど、MTでもストップアンドゴーでクラッチ操作をデリケートに、、、って事態は極稀。怠けた運転をすればローで繋いでブレーキだけでも、或る程度普通に動くし、坂道発進でも同じ。サイドブレーキなんぞは不要で脚の操作だけで普通に動くモノであり何の問題もない。

 そんな小さな事よりもMTの良さっていうのは沢山ある。箇条書きで纏めると、、、

1.欲しいトルクを好きなように固定して使える部分が有り難い。
2.特定のギアで回転上昇と速度上昇がソリッドにシンクロしてスリップが無い。
3.アクセルオフでの速度のコントロールが思い通りに出来る。
4.メンテナンス費用が安価
※.後は変速間のクラッチワークとアクセルワークのコラボレーションが楽しい。

 ってところが思い付くけど、そういう部分がATには掛けている。
 加速過程における繋ぎ目の感じないシフトアップ、減速過程における最小限のブリッピングで一定の減速加速度を保った減速とか、、、そういうので遊べるっていうのは非常に愉快な気がするのである。

 そんな訳でMT車に拘っており、今のエリオもMTだから買ったというもの。

 しかし、これから何か買おうかな?って状況で、MTを探しても、、、、、無いのである。MTを搭載し、実用上自分の希望を叶えるモデルって言うと基本は存在しない。何処かで妥協すれば現行レガシーのワゴンもあるけど、ボクサーエンジンってのが、どうしても好きになれない。候補的にはプロボックスワゴンが望ましいけど家族の反対を押し切ってまで買う必要もない。

 5ナンバーサイズを基本としてエリオ+αのラゲッジを持つ、普通の直4エンジンを搭載した、普通のMT車が欲しいのだが、最近の車はオールATで異様にデカイものばかりである。
 MTがラインナップされないってのは、市場がMTを要求していないんだろうとは思うけど、何故にMTの良さが人の心を捉えないのだろうか?不思議なモンである。

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今更ながらのVista、OS進化はコレでよいのか?

 年末の株主配当で子供のパソコンを調達した。
 そのパソコンは、前記事でも紹介した通りのモノで所謂ローエンドなスタンダードノートパソコンである。49,800円でCeleronM520搭載、RAM1GB、HDD160GB、WindowsVista Home Basic、Office搭載なNECのPC98-NX(VJ16MXF1027)だ。

 このパソコンは無線LANで接続されたリビングマシンでもあり、娘よりも深夜のネットサーフィンに自分が使って、嫁がメーラーを使うというもの。

 このマシン、取り立てて注目すべき点は皆無だが、敢えて言えばOSに最新?のWindows Vistaを搭載している点である。
 自身、ネット接続は1998年からであり、OSはWindows98からのスタートである。自分のPCの更新は結構頻度は低く、嫁パソの更新の方が多かったりしており、使うOSも自分よりも嫁パソの方が新しい場合が多かったりしていた。嫁パソも昔はWindows98だったけど、途中からWindowsMEとなり、自分のPCより早くWindows2000に移行してきた。

 自分は?っていうとは、仕事でも自宅でも相当に長くWindows98(SE)を愛用しており、NT系のOSへの移行は相当に遅れ気味であったのだが、長時間の起動でリソース開放が出来なくなる9X系のOSの弱点とサポートの打ち切りによってWindows2000に移行したのが3年前の話である。
 勿論、仕事で業務システム用のPC環境の構築では、大昔ならNT、途中からはWindows2000、及びWindows2000Serverを使ったり、WindowsXpを使ったりしてきたけど、どうにもWindowsXp自体もかったるい動き故に敬遠しがちに過ごして今に至るのである。
 因みに、最初にWindowsXpを使ったのはPentiumIIIの733MHz時代でRAM512MBのi815環境だったけど、そのマシンパワーでは明らかに不足気味という印象を強く持っており、その時の自宅の環境は?っていうと、自分機はPentiumIIIの1GHz×2+RAM1GBという環境で、これならWindows2000の方がマシか?という判断は前述のPentiumIII733MHzでの使用感からの判断である。

 そんな訳で、取り敢えずはWindowsXpのパッケージは未使用状態で確保しているのはしているけど、結局インストールすることなく相変わらず自分マシンはWindows2000という状態なのだ。

 さて、そんな自分が年末からチョコチョコと触った激安ノートPCとWindowsVistaの使用感だが、これはAeroが搭載されていない分、殆どWindows2000とは差異の無い構成。使い勝手の差は?っていうと無理矢理簡単な語句に置き換えているせいか、直感が働きにくい印象だが、基本的な管理体系はWindows2000と殆ど一緒。っていうか、更新して使う必要もあまりないような印象である。動作的にはマシンスペックが等価で無いために比較は出来ないが、取り敢えず、不満の出ない状況には変わりない。そんなVistaだが、逆にWindows2000で十分という判断になりかねないのが正直な感想である。

 まぁ、Vistaを特徴的に使うのであれば、やはりHomeBasicではないAeroが使えるHomePremium以上のバージョンだろう。

 ならばAeroとは?っていうと、結局はマルチタスクOSでの切り換えでの視覚的な選択の容易さを追求したものであり、タスクを切り換える前提であるタスクが同時起動された状態で、タスク内容を常に情報として表示させるというもの。これは結局は、選択状態のサムネイルの要素全てにタスク毎の情報を縮刷して表示させるものであり、それだけで相当なメモリーを消費するというのが伺えるのだが、この機能をオフにしてしまうと、ハードのリソースのハードルは一気に下がる一方で、Vistaを選ぶ必然性さえ失われてしまうようなモノである。
 自身、パソコンの最初の取り掛かりはMINIXというOSからでマルチタスクに幻想を抱いていたのは確かだが、その後のパソコンの進化においてマルチタスクっていうのが本当に使いよいものか?というと、コマンドレベルがマルチタスクで走るのは良いけれど、アプリケーションが複数走る必要は?って部分では、それ程の必要性を感じないのが正直な感想なのである。
 敢えて、それでもマルチタスクというならば、個人的な理想は、ハードが一つで、入出力インターフェースを複数備えるようなシステム、そう、X-WindowにおけるX-Terminalのような構成こそ本来の姿では?と思うのである。
 実際に、過去の職業上の経験では、UNIX系マシンで業務CADを使っていたが、その当時に端末台数を増加させるために用いたのがX-Terminalである。これは、一つのハードに入出力インターフェースを増殖させることで複数のユーザーが資源を共有できるもので相応のメリットを感じていた。マルチタスクの神髄は、マルチユーザー、マルチオペレーションでリソースの共有こそがメリットであり、シングルユーザーでマルチオペレーションでは、せいぜいバックミュージックレベルで十分という思いである。

 ユーザーが一人の場合は、複数の作業で、一つの処理時間が待てなくなる程に重負荷という状況では、マシンパワー自体が不足ということで、複数の作業といっても、一方の作業は休止状態である事の方が多く、それならばマルチタスクではなくタスク切り替えのMS-DOSならVer.5レベルで良いのである。
 一人の人間が、その頭で複数のアプリを同時並行で操作する状況なんぞ皆無に近い訳であり、タスクの並列化に併せOSが進化するよりも、一つのアプリ内での複数コマンドの同時処理能力を高めるような命令の実行分岐性チューニングこそが重要ではないか?と思うのである。これは本来、ハードのリソースをどう使うか?というアプリケーションの設計のセンスで得られるものであるが、そういうコマンドの分岐能力をOSが陰に担うような進化こそ重要だと思うのである。
 そして、そのような高性能はOSのタスク処理の並行性をアップさせる部分よりもタスク内の処理を分散させて高速化させる進化の方がユーザーにはメリットが大きいように思うのである。
 仮に自分がマイクロソフトのOSの開発担当であれば、OSには同じアプリケーションを実行させた時に、新OSが遙かに高速かつ安定的に処理できるような方向にモデルチェンジするだろう。アプリの発行するコマンドを如何に分配して高速処理できるようにするか?というのが本当は有効なのでは無いだろうか?

 具体的かつわかりやすく言うと、ハイエンドPC+最新OSで、複数のビジネスアプリの並行動作をアピールするよりも、リアリティー溢れる表現力でゲームを快適に動作させる能力をアピールする方が、ユーザーのニーズに合致しているのでは?と思うのである。言ってみれば、あるタスクを分散処理して処理系統に特化した機器+モジュールが高速で実行し、結果としてタスクの処理時間を縮める事、分散処理こそが神髄だと思うのである。これは、分散処理システム、スーパーコンピュータなんかがそうだけど、GPUなんかは象徴的な機器だし、チョイ前ならデータ転送の専門でSCSI機器なんかもそんな仲間である。仕事柄、時折製作するデータ収集システムなんぞでは、データ収集、書き込み、計算、表示・・・・を同時に行わせると、どうしてもラグが生まれるが、そのラグを消し去るために専用のハードに色々と行わせているけど、そういう場面では、ワンタスク内のコマンドの並列実行性が特に重要なのである。

 そういう原点に立ち返ると、マルチタスクOSのアプリケーションの並列実行を前提とした利便性を高める進化を見せているVistaの上級グレード自体に存在価値を見出す事が出来ず、それを除いた結果を冷静にみると、Vistaというのは遠く遡ってMS-DOS5のタスクシェルの時代から実は進化していないのかもしれない。
 勿論、1990年頃からの進化によって、ウインドー表示というGUIが洗練されてきているが、その洗練度合も基本はWindows95で一応の完成を見ており、その後の洗練というとデザイン上の小細工に留まっているというのが正直な感想である。勿論、OSが16ビットから32ビットモジュールの追加を経て、フル32ビット化を果たし、64ビット化に向かう流れの中で、処理できる情報量の増加、速度の増加、セキュリティーの向上っていうのは進歩として存在しているけど、この実の部分のみの進化で考えても、Windows2000でOSとしては一応の完成を見ているような印象である。

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2009年1月10日 (土)

韓国が要注意というか、注目というか、素敵かも、、、、

 景気が後退期ってニュースを各所で聞く。多くは、アメリカのオバマ新政権による景気対策でアメリカの景気が上向きになると、日本の景気も回復できるかも、、、、って話。

 最初は、そうかなぁ?って思っていたし、それに対する疑念というのは、各国の金利差によるような過去の円安は、もう戻ってこないのでは?という思いから景気回復には厳しい見方をしていたのが最近までの自分の考えだ。逆に言えば、円安になったとすれば、日本の経済は、従来型の牽引産業の力で景気回復するかも?って或る意味楽観的な思いがあったのも確かだが、今はチョット違う印象だ。

 っていうのは、為替についての印象だが、金利差が過去の日本の特異的なゼロ金利政策、量的緩和政策での円安誘導が二度と通用しないか?という思いに疑問を持ち始めたのである。

 日本の為替で特に問題となるのが対ドル為替である。そうした時に、アメリカがドル安を容認するか?というと、アメリカ市場を支える製品の多くが輸入品になっている現状を考えると、それは無いかも、、、、って思いが強いのである。
 アメリカが自国の市場で消費意欲を引き上げるということは、輸入品が増えるということ。その調達先は外国であり、調達能力を維持するには、絶対的にドル高である必要がある訳で、アメリカ社会に製品を供給する国家の通貨に対してはドル高であるというのが絶対な筈である。
 そのために、アメリカは強いドルを維持するために、金融資本主義って言われているようなシステムを作り上げた訳であり、このシステムの破綻の次の手は?というと、アメリカ的にも強いドルを維持するための新しい価値観を作り上げる事に躍起になっているはず。これが、現代版のニューディール政策と言われている環境関連の産業育成なんだろう。

 このような政策の推進の先には、必ずや強いドルの存在が必須であり、その強いドルを以て、アメリカ社会の消費欲求を満たすというのが前提であり、欲求の調達先の立場に何処が来るか?がアメリカ社会の再生で景気回復の足がかりを得る国が決まるということだと言える。

 そうした時に、アメリカ社会における製品の地位、ブランドの地位等がアメリカ国民の中でどうなっているか?が鍵であり、その欲求を適えるのが日本製品か?という点が特に問題のように思うのである。

 そんな時に、ふと、お隣の韓国を考えたのだけど、韓国の企業は、ここ数年は高い金利による強いウォンの元でも利益を得れるような資本求心力、製品競争力の維持向上に努めてきたようにも見える。家電関連ではサムソン等の著しいブランドイメージの向上であったり、製品品質でも家電、車という分野では、既に日本製品と同等レベルの品質を確保していたりする。それがウォン高でも通用できるように産業育成してきたようにも見えるのである。
 自分が関与する産業における輸送機械においても、日本製品と韓国製品を比較すると、既に製品のパートによっては日本製品を上回る構成を韓国製品は身に付けているのだが、韓国製品全般に渡り、ここ十年で品質は大幅に向上し、先進性さえも身に付けているようだ。
 製造業に限らず海運業における港湾整備も然り、国内の都市整備も然りである。経済フリーゾーンとなる免税都市と国際ハブ港を両輪に発達させた釜山等は縦割り行政で利権を奪い合う日本では生まれない都市ともいう。

 そういう発展を遂げた韓国では、工業製品でも各国の輸入行為における製品選定の目に叶う製品を既に韓国製品は身に付けているのではないだろうか?更に、海外資本を呼び込み消費と雇用を創出する拠点都市整備も進んでいるように見える。
 このような状況では、アメリカ、中国といった消費が旺盛な国において、どこの製品を求めるか?また、消費が回復した各国の資本を呼び込む力を何処の国が持っているか?というと、日本と韓国を比較すれば、圧倒的に韓国が有利な様に見える。
 そのような経済回復の第一歩は世界の消費が回復した時に供給する品物を作る所だが、既に品質的に大差なく、韓国のウォン安が続けば、日本製品の輸出は、韓国製品の台頭によって相当に押さえ込まれるようにも見える。

 今後の景気回復には、消費の旺盛な中国、アメリカの市場再生が前提だが、それだけではなく、韓国や、それに続く新興国の輸出品に対する優位性と為替の状況が巧くかみ合わないと日本の輸出産業の再生、つまりは日本経済の再生は難しいのではないだろうか?

 当面のライバルというか、注意すべき相手っていうのは、実は韓国かもしれない。

 個人的には、1990年代初頭における日本と韓国の差は歴然と存在していたと思うが、製造現場に身を置いて韓国を常に見てきた眼で判断すると、その後の15年における日本製造業には少なからず慢心と自惚れがあったように思う。その間、日本製造業は為替による円安誘導による収益性に己の力を錯覚していたように思うけど、常に入ってくる情報は、韓国の国家、企業の施策推進力の強大さだった。その力をつい最近迄驚異と感じていなかったのが日本側の見方だったように思う。
 しかし、ここ二三年の内に韓国は国家、企業共に既に日本を上回っているとも思える程の技術力を有し、性能、品質共に十二分のレベルに達しているようにも思う。サムソン、LG電子、或いは、現代グループなんかが筆頭では無いか?

 個人的には、日本人ながら、韓国の目標に向かう力の凄さと、90年代以前の日本追従の方針とは異なり、日本を追い越すための独自の道を見定めて行ってきた施策の結果を見て、純粋に凄いなぁ!と思うところ。こういう勢いの強さっていうのは、その現場に触れてみたい気もする。

 今、自分で細々と行ってきた研究で、日本国内の自治体の主要機械に採用されつつあるモノがあるけど、この技術(無潤滑と耐摩耗を両立した摺動システム)を、韓国の製造業に使わせてみたいようにも思う。仮に採用されると、その世界のシェアは相当に高いレベルで抑える事も出来る筈。
 そんな気を起こさせる程に、韓国の製造業での製品開発の進め方には共感出来る部分が多いのである。

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ロードレーサーとリアルレプリカ、重量車

 前の記事でロードレーサーが牽引する自転車健康ブームと突然死の危惧の記事で、ロードレーサーの敷居があまりにも低くなったって記事を書いたけど、これって、よく考えるとバイクの世界にも当て嵌まるなぁ!って思ったので、改めて記事にしてみることにした。

 ロードレーサーっていうのは、本来、全てを犠牲にして速度を効率よく取り出せる構造を持っている。よって、モノの形、モノの雰囲気は、乗り手に速度が出るよ!って急かす雰囲気を持っている。その雰囲気は、作り手が作った雰囲気だけど、その雰囲気は乗り手にも伝わるものである。
 それ故に、ロードレーサーを見て、カッコイイと誰しも思うものであり、その格好良さを手に入れて具現化、体験してみたいと直感的に思うのである。
 前の記事では、その直感的行動が突然死に繋がるかも!って言っているだけである。

 ところで、ロードレーサーっていうのは、全てを犠牲にしてということで、万能ではないのだが、その犠牲によって得るものを絞り、その末に速度を高めるという乗り物だが、その本来の意味を納得して機能を発揮するには、速さを価値観にした時に底辺から頂点に到る経験と知見が乗り手には求められるものである。
 それ故に、本当は、ロードレーサーっていうのは誰でも乗れるモノではない筈であり、それを扱うには、それに到る経験が絶対に必要であり、その経験なくしては、ロードレーサーはそれらしく動かないという思いを持っているのである。

 自身、ロードバイクに乗らないのは、ロードバイクに見合う身体と使い方が日常では思い浮かばないからであり、それ故に、普通の自転車を主に乗っているというのだが、この考え方や思いっていうのは、表題の如く、レーサーレプリカバイクや重量車にも当て嵌まると思うのである。

 80年代のレプリカブームでは中型免許を取って、いきなりレプリカバイクを買う人が多かった。遡れば70年代のナナハン登場でも免許取得後にいきなりナナハンって人も多く、最近では、大型自動二輪免許の教習所取得解禁後は、バイク歴無い人がいきなりリッターバイクっていうのも多かったりする。

 で、その結果はどうか?っていうと、レプリカブームでは運転操作の未熟さからくる事故の多発と、モラル無き暴走による公道における規制強化、単車の馬力規制強化がやってきて、70年代の重量車事故の多発では免許制度の分割化を招いている。90年代以降の免許制度緩和では大きな規制は見られないが、重量車で命を無くす若者というか馬鹿者が結構多いのが実態であったりする。
 それは、なぜに?っていうと、高い技量と豊富な経験が必須な筈のレプリカバイクや大馬力重量車に素人が乗る事によって生じた事態であり、或る意味、起こるべくして起きた状況でもある訳だ。当時を思い返してみれば、販売促進かブームを煽るメディアのせいかは知らないが、免許を取って、ローンを組んで、カッコイイバイクに乗ろう!的キャンペーンが大々的に為されていたし、最近では、免許取得費用を補助するから重量車に乗ろうキャンペーンとかが見られるが、その様は、先述のロードレーサーを薦めるスポーツサイクルブームと全く同じ構図が見えるのである。

 過去に何度も主張しているけど、スポーツっていうのは学問的な側面を持つモノ。それ故に、その特化した分野で使うような特化した機能を有する機材は、その分野の知識と知見、経験を持たざるモノに使う資格は無いと思うのである。そして、そういうモノを使う環境っていうのは、実は極めて限られた空間でしか使えないとも思うのである。
 ある世界では、ロードレーサーを乗りやすい自転車と紹介し、ポジションフィッティングサービスなんぞを語る人も居るけど、自分の意識としては、自分のポジションが決めれない奴はロードレーサーに乗る資格はそもそも無いだろうというのが持論なのである。少なくとも、そういう行為は特化した乗り物を販売する手段としてショップが行うべきではないとも思うのである。
 少なくとも、ポジションフィッティングっていうのは、ユーザーの不満を聞いた上での返答と応対という形でなければ、そのポジションに到る意味は乗り手には伝わらず、基礎の無い形だけの追認では、その形を利用する術さえ伝わらないのではないか?と思うのである。乗り方、使い方、漕ぎ方、そこで一応の持論を得た人が進むべき場所に存在するものがロードレーサーという思いを持っているのである。それ故に、ロードレーサーに乗ると言う事は、格好良く、スマートに乗るという事がデフォルトセットではないか?と思うのである。無様なロードレーサー乗りとか、デップリレプリカライダーなんぞは言語道断なのである。

 ロードレーサーにしろ、リアルレプリカにしろ、大型スポーツバイクにしろ、その扱いの方向性はスポーツ・・・・・という事であり、そこには技量的専門性がある筈。その専門性は学問的、科目的な範疇に属するモノ。それを扱うってことは、それが扱える事をアピールしているようなモノ。更に言えば、ロードレーサーにしろ、レプリカバイクにしろ、そういう道具を以て、衝動的ではあっても挑発行動をとったり、これ見よがしの行為をするならば、その行為がモノの格を汚してはならないとも思うのである。わかりやすく言えば、一流のロードバイク、レプリカバイクに乗って、これ見よがしの行動を取るのであれば、それに見合った技量と能力を見せなければ、モノに失礼なのである。挑発した揚げ句に、ロードが小径に、或いは、レプリカがツアラーに返り討ちで撃墜されたりするのは、ロードやレプリカが可哀想なのだ(皮肉ですよ!)。

 自身、ホモロゲーテッドレーサーレプリカとかロードバイクを素直にカッコイイと思いながら、手に入れることに躊躇したり、持っている愛車でそういう方向性の強いモノに乗る機会が少ないのは、それに見合うか?を考えたり、それが使える環境か?を考えての事。少なくとも、自分で持っている愛車のそれ系のモノに乗る場合は、心構えと場所と時刻を弁えて、一種の心構えを持っているつもりなのだ。(まぁ、結果的に盆栽的に為りかねない状況かもしれない。500ガンマは滅多に乗らないし、最近組んだTTロードもシェイクダウンのみ、、、、)

 そういう前提を超越というか意識外で、ファッションというか趣味の一部、個人の勝手でしょ!ってノリで普及する先に潜んでいるのは、この記事で皮肉った嫌み以上に危ないのは、先の記事で予見している突然死であったり、モノの魔力に負けた無謀な使い方による公衆道徳からの逸脱(信号無視とか)であったり、或いは、無謀な使い方による故障や怪我との遭遇だったり、そういう弊害の多発に対する規制の乱立だったりするのである。

 こういうモノは本当に楽しいモノで奥深いものだけど、その楽しさっていうのは、そこに到る積み重ねを本人が持っているから、その奥深さを堪能できると思うのだが、そういう手順を逸脱して盛り上げる風潮が、日本におけるブームの急激な盛り上がりと衰退という現象に繋がり、何事も定着して文化として育たない土壌を作っているようでもある。

 ロードレーサーもレプリカバイクも楽しいモノだし、廃れて欲しく無いモノである。楽しく過ごせるには、無用な規制で縛られないのが大事だが、それは、ユーザーによる使われ方次第なのである。楽しいモノで、死んだり、怪我したり、或いは、事故を多発させたりといった不幸な事態に到らない事を切に願うばかりである。

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2009年1月 9日 (金)

自転車、冷めたの?いや、熱くなれるのは単車だけさ!

 表題のような質問を木曜日に聞かれた。
 別に、冷めてないし、元々、ヒートしまくっていた訳でもないので、答えようの無い話。

 以前のブログにも書いたけど、

http://replica2st.cocolog-nifty.com/diet/2008/12/post-2cb4.html

 な感じである。

 基本は手の掛かる子持ちのオッサンである。自分だけで自由になる時間何ぞ知れているのである。育児でオヤジが消え去るのは、将来の禍根を残しそうなんで、そういう行為は今の段階では慎む意識である。
 オヤジが消えれる時間の幅は?っていうと、日常的に考えると夜間の家族の寝静まった時間帯か、、、、休日ならばガキどもの寝ぼけ起床+ダラダラ食いで2時間程度が確保出来る時くらい。後は、子供のお昼寝タイムとか、、、、そんな時間の隙間しか自由に遊べる時間は無いといっても良い。

 そう、、、、、現実は最長でも二時間なのである。

 この長くて二時間の貴重な時間を何して過ごすか?っていうと、二時間はアッという間に過ぎてしまう。
 そんな二時間を過ごすのには、趣味で過ごしたいのだが、一番の趣味である単車で二時間は全く時間が足らない。最低でも半日で4時間以上は乗らないと足を伸ばした気にならないし、攻めれる峠に出掛けるにしても、往復だけで下手すると2時間以上掛かったりして実質、時間に急かされるような形となるので不可能である。
 となると、第二の趣味である健康増進である。健康増進は夜間の筋トレ等で実践し、その頃合いは週末の早朝に自転車で確認するというパターンなのだ。自転車を含め、健康フィットネスは一時間もあればメニューがこなせる。だから自転車や腹筋台、ベンチ台に乗るのである。

 そんな自分に確保できる連続四時間以上の余暇は?っていうと、年に二回程度である。この年に二回程度の余暇の過ごし方は、文句なしに単車でのワインディングライディングなのである。

 この基本は変わっていないのだが、どうやら最近の私の活動を見て、趣味スポーツとしては自転車>>>>単車って思う人が多かったみたい。
 自転車にも金を遣ったのは確かだが、これは趣味スポーツとしての高ぶりというよりも、過去の自転車趣味時代における未経験ジャンルを確認したいという物的好奇心によるもの。そう、折り畳み自転車、小径スポーツ車、競輪仕様ピストとは異なるタイムトライアルマシンのような機材としてのバイクが過去の経験で味わいつくしていなかったジャンル故に、その辺を実感したかったのに過ぎないのである。

 活動の推進力は、何と言っても好奇心である。自転車においてはライディングの上達願望や技量的好奇心ではなく、機材種別を確認するがための物的趣味に対する好奇心での付き合い。サイクルスポーツ、機材スポーツとしての好奇心は皆無に近い状態。それは、自分の限界は自分で到達した自覚があり、今以上は望めないし、周りの人間、友人、遭遇する人と客観的に較べても、今の自分で十分満足とも思っている状態だからである。だから、今の自転車趣味というのはサイクルスポーツとしての探求は趣味でなく、趣味は未体験の小径車で遊ぶという部分が趣味の部分。
 それに対して、単車は、機材に対しても趣味的好奇心を持てるし、ライディングスポーツとしての部分でも、今以上が望めると思えるのである。単車の場合は、自分の限界には自分は到達していないと思う。乗れば、今以上に絶対に行けると思っている。実際、周りの人間、友人、遭遇する人と客観的に較べると、やはり、コイツは俺より上手だな!って思う瞬間があるからだ。例えば、このサイトのお客さんである『カジバ』くんは、上手いと思うし、敵わないと思う瞬間もある。それは、飛ばしている瞬間でなく、普通にツーリングしている普通の乗り方からも感じられるモノ。まぁ、会社のツーリングサークルで自分より上手?って思う奴は、18年間に一人も居なかったけど、先に紹介したカジバくんは確かに上手いし、ショップツーリングでも、やるなぁ!って思う人に出くわす事はあるのが正直な意見。

 ということで、この二輪車をスポーツとして捉えた時に、自分の限界というか自分で満足できる状態を自分の中で極めた意識を持てるのは自転車だが、そういう意識を持てないのが単車であり、操作を趣味とするという考え方を持てば、最初から趣味スポーツは、単車ライディングしか無いのである。

 健康を維持するための筋トレ、水泳も趣味スポーツとして取り組んでいるけど、筋トレの限界も今のレベルでは無いと思うし、水泳でも今の泳法による泳力レベルなんて、カスみたいなレベル。1時間で3~3.5kmで泳ぐなんてレベルでは過去の自分と比較すると全くダメダメである。1時間で3kmっていうのは100mを二分、50mを一分というスローペースだし、1時間を3.5kmっていうのも100mを1分40秒、50mを50秒というスローペース。もっと速く、もっとコンスタントに泳げる筈だし、泳いでいる時に40分を超える頃からは水を捉える感覚が滑り気味となるのが泳いでいて自覚できる。それ故に、レベルは低いのが判る訳だ。

 単車、筋トレ、水泳って分野は自分の望む状態(≒欲しい到達点、限界)には現状はほど遠いと感じているのがスポーツを趣味として保つ理由。自転車は、、、、既に自分の望む状態となっているが故に、スポーツとしての能力を高めたいという強い欲求は皆無。そんな感じなのだ。

 勿論、機材の探求というプラモ的、ラジコン的、盆栽的な意味では重要な趣味であるのは言うまでもないが、、、、

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正月肥り解消計画!

 年末年始というと、忘年会、新年会、クリスマスのホームパーティ、正月のグータラ生活で、どうしても身体が緩み気味。

 自身も例に漏れず1kg強程リバウンドしているのだ。年末迄は大掃除等々で比較的コンディションは維持出来ていたけど、正月三が日で砕けてしまった。

 で、一月は取り敢えず、夜菓子、夜デザートの完全廃止とラングスターTTでのホームコース走行をTTモードから回遊モードに変更して最低2周回、基準は3周回ってのを入れていこうと思うところ。勿論、他のメニューは変えずにのつもり。

 今週末の連休でもホームコース走行では最低一度は回遊走行を実施する予定。ピーク負荷を抑えて周回数を稼ぐ予定。

 後は、、、、、ダンベルベンチプレス、ダンベルフライで行っている片側15kgでセットしているダンベル重量を増やす予定。若干、負荷慣れしてきた感じであり、片側20kgで行ってみるつもりだ。取り敢えず、ダンベルのウエイトも調達しないといけない。

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カワサキもモータースポーツのMotoGP参戦休止!遅すぎだろ!

 ホンダのF1撤退、スバルのWRC終了、スズキのWRC休止に続き、、、といっても経済性インパクトはこれら程大きくはないが、二輪のカワサキのMotoGP参戦も休止されるそうだ。
 カワサキのMotoGP参戦は、WGPが2スト500から4ストに移行するのを契機に復活されたものだが、割と短い期間で参戦が終了する。

 MotoGPっていうと、市販車のリッターSSの売り上げに影響を与えるかも知れないようなモータースポーツ活動だが、最近はSBKも人気がありMotoGPのCM効果は?っていうと微妙なだけに、MotoGP休止といっても今一つピンと来ないのが正直な感想。
 まぁ、カワサキファンのMotoGP観戦者から見ると残念なのは間違い無いか?って程度。

 ここ最近は、モータースポーツ活動の企業参戦の規模が縮小しているようだけど、モータースポーツっていっても非常に幅広く、ワークス体制が勝利の必須となっているようなカテゴリーは殆どプロスポーツであり、その参戦行為というのはスポーツ的な側面よりも企業CM的な目的が強く出ている。一方で、ワークス参戦が無い様なエントリーレベルというのは底辺はレジャー的側面、その一歩上がホビースポーツ的側面となっている。

 最近思うのは、二輪、四輪のジャンルに拘わらず、トップカテゴリーっていうのは現実の世界から懸け離れていったように見えるのが正直な感想。F1でもMotoGPでも、そこで勝利する企業を見て何を思うか?というと、第一が優れた技術云々よりも宣伝のために頑張っているというような印象。
 仮にF1やMotoGP参戦を続けていても市販ラインナップの拡販に繋がっているか?というと、実のところそうではない印象。

 過去のモータースポーツ人気時代におけるメーカーのモータースポーツとの密着度は、最近のトップカテゴリーで勝つことでアピールするというのとはチョット違う印象だ。

 単車のレプリカ人気時代というと、F3レーサーベース、SS400レーサーベースの車両の販売は、そのミドルカテゴリーにおける市販車改レーサーの成績に直結していたし、車でも70~80年代のレース人気というのは、あくまでも市販車改レーサー同士のバトルによるもので、ユーザーにとって身近な関係が想像出来るというのが必須条件だったように思う。

 トップカテゴリーというのは、あくまでも、そのエントリーレベル、ミドルレンジにおけるモータースポーツ活動での成功という下地が無ければ、ユーザーにとっては意味のない空論上の活動にしか見えないのかなぁ?と思ったりする。

 四輪以上に深刻な不況期を過ごしている二輪における販売低迷の中で、努めてライディングの楽しさを説く話しを聞くけれど、やはり二輪を身近に楽しめる環境の提供という部分が欠けて、いきなりMotoGPでは、誰もピンとこないのが正直な印象だ。
 ユーザーが自分の姿をスポーツの分野に想像できるような活動こそ、メーカーに求められているような気がする。そういう意味では、いきなり素っ頓狂にMotoGPに復活参戦したカワサキの撤退は、今の段階でも遅すぎた決断のようにも見える。

 ホンダのF1撤退は、案外そういう事実に気付いたためかもしれない。今度登場すると言われているCR-Z等は、ユーザーが楽しめるスポーツの提案で、案外、これをベースにした過去のブルドック(City Turbo)カップのような草の根活動から始める気があるのかもしれないと期待したりするところである。

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スポーツサイクルで突然死は嫌だ。

 最近の記事で運動、とりわけ自転車に対して警鐘を鳴らしていたのが、ロードレーサーというカッコイイ響きの自転車に期待しすぎる事による無謀な行為(心肺機能向上?のための、アホみたいな追い込みとか、高心拍追求ゴッコ、或いは、憧れ先行というか漫画の影響を受けまくった無謀な行為、自分の印象と自分の実態の差を認識出来ないチャレンジ行為、、、)に潜む危険性を思ってのことなんだが、その理由は、公的なサイトにおいても下記↓のように紹介されている。

http://www.ahv.pref.aichi.jp/hp/page000003000/hpg000002943.htm

である。このサイトで注目すべきは、

中高年における心血管事故の多くは6メッツ以上の運動で多く発症しています。6メッツとは、「安静時の6倍の酸素が必要な運動」ということで、ジョギング、エアロビクス、高強度のウエイトトレーニング、水泳などの「きつめ」の運動が相当します。運動中は心拍数や心拍出量が増加するため、心臓は安静時の数倍の酸素を要求します。潜在的に冠動脈(心臓に酸素を送る血管)の動脈硬化が進んでいる場合には、運動によって心筋が酸素不足に陥り、狭心症を誘発する可能性があります。また、運動中は発汗量が多く脱水傾向になり、血液が濃縮して脳梗塞の引き金になることもあるのです。
 このような心血管事故が起こった背景をみると、体調が悪くても無理に運動を続けたケースや、暑熱下でランニングなど運動強度の高い運動をした、飲酒後にゴルフをしたなどの状況があり、未然に回避できたと考えられる事例が少なくありません。また、日ごろ運動習慣がない人が、高強度の運動をしたときに発症しやすいことも報告されています。』

ってところ。そして、その対策はメタボ対策として運動を始める場合、

1)健診等のメディカルチェックで自分の健康状態を把握し、健康状態にあった運動をおこなうこと、

2)これまで運動習慣のない人では、まずはウォーキング程度の低強度の運動からはじめ体調をみながら徐々に増やしていくこと、

3)「気持ちいいなあ!」と感じるペースの運動を楽しむこと、

 と紹介されている。

 自分の意見は、このような運動療法に加え、先にいったような生活習慣、とりわけ食習慣の改善と生活リズムの再構築によって、体内環境を健全化させるのが大事だよって言っているのである。以前にも同じタイトルの記事をアップしたのだけど、ブログ愛読者の中にはすっかり忘れてチャレンジャーな思いを先行させる方も居るんで、再度アップしたのである。因みに、去年の記事はコレ↓。

http://replica2st.cocolog-nifty.com/diet/2008/06/post_df9e.html

http://replica2st.cocolog-nifty.com/diet/2007/11/post_d9ee.html

http://replica2st.cocolog-nifty.com/diet/2007/12/post_9463.html

 というもの。

 ところで、先日の中国新聞での『銀輪はいざなう』って連載コラムでも、自転車はメタボ対策に有効、ロードレーサーは速いという記事があったけど、それでの印象は、メタボオヤジがロードレーサーって名の乗り物に幻想を抱き無理しないか?という危惧を覚えたのが、最近の記事の発端だが、その伏線は、メタボ対策で胴囲を10cm減らそうとジョギングを始めた人が突然死したってニュースが2007年頃報道されたのを思い出したから。
 その突然死の原因は、「メタボリック症候群の人は血中脂質、血糖、血圧の2つ以上が高いので、もともと血液がドロドロです。血中の悪玉コレステロールが増え、動脈硬化が起こっていることも考えられます。すると心筋梗塞、脳梗塞などを起こしやすい。やせようと思って急に強い運動をすると、なおさらで、突然死が心配されます。特にこれからは、汗をかいて体内の水分量が減り、血液の濃度が高くなる。血栓ができやすく、心筋梗塞を一層起こしやすいので、要注意です」 ってニュースに対する医学者のコメントを思い出したからでもある。

 このジョギングやマラソンと中高年の突然死っていうのは特に健康ブームが盛り上がった2000~2003年頃では結構有名なニュースだけど、今のロードレーサーが牽引するスポーツサイクルブームっていうのは、ジョギングとかマラソン以上に中高年に突然死をもたらせるリスクが高いように思うのである。
 何と言ってもロードレーサーって言葉の響きは、そんな自転車に乗ると、誰でも簡単にレーシングスピードが手に入るという幻想を持ちかねない。そんな先入観で乗ると、ジョギング等以上に乗り手は『こんな筈では無い!』って頑張りかねないからだ。

 自転車は確かに健康によい乗り物だけど、その中でロードレーサーの敷居がかつてないほどに低く、誰でも乗れて、軽く、速く・・・・って新聞等メディアや、小売り業店主によって勧められているが、そのロードレーサーで頑張りすぎる結果が先のジョギングブームでの突然死多発の再来を予感させるのである。

 自転車が健康に良いというのは、乗り手が自分の身体に見合った頑張り方で過ごせるという前提が必要であり、少なくとも、突然死に到るような体内環境の改善が為されなければロードレーサーなんぞは乗る資格は無いとも思うのである。
 ホンネを言えば、ロードレーサーっていうのは単車でいうとレーサーホモロゲーションベースとかリアルレプリカみたいなモノであり、本来は、体内環境に加え、スポーツサイクルに対する経験と知見を持たなければ乗る資格さえ無いとも思う程だが、今はそういう時代では無い。でも、最低限、それで命を落とすリスクを抱えるような事態は避けた方が楽しいのでは?とも思う訳で、最低限、腹の出っ張りや、血液成分数値程度は改善してから乗るべきだと思うのである。

 余談だけど、実は突然死っていうのは結構増えているのである。その原因は心室細動によるものだけど、その誘因に体内環境の不健全性があったりする。それ故に、最近は各所にAED(自動体外式徐細動機)が配置されていたりするのである。体内環境の不健全性+運動負荷が更にリスクを増しかねないのだ。

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2009年1月 8日 (木)

持久力を高める方法

 似たような印象を持つ二つの要素に心肺機能と持久力ってのがある。
 心肺機能についての印象は先の記事に書いたけど、今日は持久力について考えてみた。

 持久力っていうのは、運動を長く続けるための能力である。運動を長く続けるっていうのは何か?っていうと、筋肉に滞り無く栄養分を供給し出力を取り出し、老廃物を回収廃棄する能力が高いということ。つまりは、全身の筋肉へのエネルギー供給回収システムが高度に発達しているということが持久力の高い身体と言う事になるわけだ。

 筋肉との物質交換の経路っていうと毛細血管である。毛細血管が滞り無く機能するっていうのは、そういうトレーニングをする事も大事だけど、毛細血管がしっかり機能できるような体調を維持するっていうことが大前提なのである。

 色んな書物、文献、サイトには、持久力向上のトレーニングメニューが数多く紹介されているけど、それに加えて、土台としては物質移動経路である毛細血管がしっかり機能できるようなクリーンな血液組成を保っているっていうのが最重要ではないか?と思うのである。
 そして、血液組成を健全に保つっていうのは、健全な生活習慣(食生活、生活のリズム)と、効果的な運動ということ。

 激熱系サイトでは、この運動の部分を特に重要視して取り上げているけど、実際には、その土台である食生活っていうのが実は一番重要だったりするのである。っていうか、そういう食習慣の改善で体内環境を揃えた後に運動をしなければ運動による突然死に見舞われる可能性が極めて高いのである。

 昨今の健康ブームでは、運動=健康という概念に囚われすぎており、結果として『運動による突然死』が起きたりする。

http://www.ahv.pref.aichi.jp/hp/page000003000/hpg000002943.htm

http://www.tyojyu.or.jp/hp/page000000400/hpg000000318.htm

 等々が簡単に検索出来たりするのである。運動に見合わない身体の持ち主が汗を掻いて頑張ると陥る可能性が高いのである。

 多くの情報では、運動やダイエットのために?水泳するとか、自転車乗るとか、、、あるけれど、それは本末転倒の場合もあるのである。日本人の悪い癖、負けず嫌いで、頑張り屋さんという習性が知らず知らずで無理を呼ぶのである。

 自分も身体を作り直してから自転車に復帰したのだが、仮に自転車で身体を作り直すってパターンでは、今頃は、墓の下かもしれないのである。
 身体を作り、体調管理を行い、運動に見合う身体を作った上で運動を本格的に始める。運動を始める前に、不具合のある身体を作った要因を除去して取り組むというのが大事である。

 纏めると、持久力を高めるには、持久運動を続ける事の出来る体組成、特に、血液組成を最初に得るべく、食生活の改善を行うのが第一歩。そして、その後に、体組成を向上させる事を目的に低負荷の運動を持続的に行う習慣を身に付けると言う事。
 その取り組みを継続的に行うことが最終的な持久力に結びつくのでは?と言う事である。

 このサイトは、自転車系熱血サイトとは違い、健康を追求して考える場所であり、健康のために自転車をどう使うか?どうしたら危険か?を今一度考える場所なのである。
 よって、汗を撒き散らして熱くトレーニングを進める論調は基本的にナンセンスなのだ。

 自転車で膝壊したり、突然死したり、交通道徳を犯したりと、、、そういう事の無いように、楽しく、調和して過ごすためには、どういう考え方がお奨めか?を考えて記事にしているのだ。それ故に、自転車で持久力を高める前に、持久力を高める行動前の身体の準備としての食生活改善を推奨したりするのである。

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心肺機能が高いって?

 先日の記事で、最高心拍数、安静時心拍数、回復率といった語句に関する感想を掲載してみた。

 ところで、これを単車のエンジンに当て嵌めると、、、、最高回転数、アイドリング回転数、回転落ちといった語句に一致するのかなぁ?と思ったりもする。

 さて、単車のエンジンで最高回転数、アイドリング回転数・・・・ってモノが、単車のエンジンの高性能を表す数値になるか?っていうと、、、、これはチョット違うのである。
 内燃機関では、効率で重視されるファクターというと圧縮比がそれに該当するものであり、特に最高回転数なんぞは、見た目のrpmという数値には大きな意味はなく、ホントの処は機械的な限界であるピストンスピードに支配されている。その範囲における最高回転数っていうと、これは無負荷でブチ回した時の回転数であり、殆ど意味が無いのが現実であったりする。負荷を掛けてどれだけ回るか?というのは、実際はトルク値こそが重要であり、トルク値と連動しているエンジンの効率でいうと圧縮比であったり、トータルでの実質的な速さというと、負担率のようなモノで表されたりするものである。例えが飛躍気味かもしれないが、高圧縮比のエンジンであれば、トルクの絶対値が増える。トルクの絶対値が増えれば負担が小さくなる。それが効率に繋がる。効率の高さっていうのは、高圧縮が前提であり、高圧縮+高回転こそが高性能の証。高圧縮と高回転が両立できるユニットこそが最強の心臓部である。

 ならば、自転車は?っていうと、これまた同じ事である。最高心拍数なんてものも筋肉を動かす(動かされる)だけで楽に上げる事が出来る。負荷を掛けて回しても、負荷が掛からずに回されても筋肉は動く訳で、動くと、血液が要求され心拍は高まるのである。どういう形でも心拍数を上げれば下がるモノ。高い数値に上げた後の回復率も大きくなる訳で、そんな数値が心肺機能の指標を直接的に表すとは言い切れないのが感想だ。
 無負荷で回しても意味はない。勿論、力ばかり強くても回らないと意味がない。沢山の筋肉を高速で動かす事が高性能であり、大量の筋肉を高速で動かすに見合った循環器系の能力こそが心肺機能の本質の筈である。そして、脈動っていうのも機械でいうピストンスピード的な限界(油膜保持限界)があるように、最高心拍には生物学的な限界が存在しており、その限界の範囲で大量の血液を送るというと、心臓の収縮率の大きさであったり、収縮拡張での圧力差、昇圧可能な圧力幅が鍵になってくる筈である。

 まとめると、心肺機能という言葉を評価する時には、心拍数値よりも、心拍が抵抗に負けずに送り出す事の出来る脈動の強さであったり、心拍あたりで賄える筋肉量の方が重要ではないか?というのが自身の感想である。心拍で送り出される血液を筋肉にどれだけ分配できるか?その分配された一拍分がどれ程多くの筋肉の運動を賄うか?循環器系統で大量高圧で吐出する際に限界圧迄の余力が何処まで確保されているか?が重要ではないか?と思うのである。

 つまり、体組成における体脂肪率の低さと、骨格筋率の高さこそが重要であり、骨格筋率によって求められた筋肉量と心拍数の比率で、一心拍あたりで賄える筋肉量を比較することが心肺機能の比較になるのでは?と考えたりするのである。筋肉量が多く、心拍数が低い程、一心拍あたりで送り出される血液(酸素)量が多いってこと。
 更に、体組成の物理限界を考えると、その際の血圧が如何に低いか?が重要ではないか?と思うのである。体組成の限界迄の昇圧可能幅に余力がある程、血圧上昇が可能、つまりは、運動による心拍数上昇による吐出血流量増量が可能ということで、心肺機能の優れた指標っていうのは、次の要素で決まるのでは?というのが最近導き出された思いである。勿論、条件を揃えるためには、測定外気温を一定の条件に揃えた上での話しっていうのは言うまでもない。

・安静時脈拍
・拡張期血圧/収縮期血圧
・体組成(体重、骨格筋率、体脂肪率)

これらの数値から、その個体(人)が、心臓一拍で吐出できる酸素量(心臓の大きさ)が決まり、吐出圧力の上げ幅(心拍数上昇限界)が決まり、筋肉に送れる酸素量が決まるのである。これらの数値を以て、心肺機能の優劣の評価が決まるのでは無いだろうか?

 心肺機能って事で、高い心拍数を求める運動を行う人も居るけど、その行為から得られる効果は案外少なく、測定手段によっても結構いい加減だったりする。コレ↓にもあるけど、

http://oshiete1.goo.ne.jp/qa4477685.html

 数値指標自体に信憑性が無い場合も多く、その指示数値を高めることが心肺機能を高めるトレーニングと勘違いすることは、突然死等の事態にも陥りかねないし、先で紹介したように、無負荷で回すことの無意味さで満足するに過ぎないとも言えるのである。

 本当の意味で心肺機能が高ければ、例えば、自転車乗りが拘る心拍数の高さとか、回復率の大きさにも現れるけど、拘る指標が優れた測定数値となっても、必ずしも、本当の意味での心肺機能が優れる状態にはならないと思うところである。

 この心拍数、血圧数値、体組成を用いた無次元数を作る事で、心肺機能の総合的な指標が出来るように思う。多分、心肺機能というと、酸素(血液)の送り側の能力的な限界と受け側のそれの比率的な数値がそれに該当するんでは?と思ったりするのである。
 この考え方は、工学におけるレイノルズ数とか、プランドル数、ヌッセルト数とか、そんな考え方にも通じるモノであり、そういう考え方が本当は自転車の能力指標にも必要なのであろう。まぁ、一般に自然界の現象っていうのは、全てに類似性があり、挙動には相似的な法則性が見出される場合が多いが、恐らく、自転車関連の言葉や指標にも、そういう傾向が認められる筈である。

 心肺機能を高めるっていうのは、結局は、体脂肪率を絞り、骨格筋率を上げて、血液の必要な箇所がパワーを生む場所に限定させるような体組成に作り替えるというのが大前提であり、その上で、血圧数値が低くなるような食生活、血液成分値が健全域中央値に入るような生活を営み、心拍のストロークを最大限に確保するような体内リズムを刻むトレーニングが一番重要なのでは無いだろうか?自身は自身の考えで、それが獲得出来るような運動の仕方をメニューに取り入れているのである。

 血圧を低く、脈を低く、血液成分を健全に!って状態の獲得こそが、心肺機能強化のヒントだと思うのである。
 そして、そのような日常行為の成果を確認する事が、高運動強度での運動であったり、回復率の測定だったりするのだ。高運動強度の運動とか、回復率の測定っていうのは、その能力を高める運動ではなく、所謂エンジンで言えばベンチマークテストであり、高頻度で行いすぎるとエンジンが壊れるように、身体も壊れるっていうのは容易に想像できるのだ。

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2009年1月 7日 (水)

景気回復の秘訣は?

 1/5の仕事初めの日のニュースは表題の如く、新年での企業経営者トップの景気予測が例年通りニュースで報道されている。

 例年通り?に楽観的な予測が多く、殆どの経営者が今年前半には景気の底を打ち、後半から年末、来年に掛けては景気は正常化するという観測で、興味深いのは、景気浮揚の力には中国の経済政策、アメリカのオバマ新政権による景気対策が功を奏するためというところで、日本政府の経済政策には殆どコメントが為されていないところ。

 今回の急転直下的な景気低迷、特に、自動車、家電関連業種の低迷の発端は、アメリカ発のサブプライム問題、金融危機と言われているが、国内の経営者、政治家の全ても、その問題が全てという認識なようで、先の景気浮揚の推進力が中国、アメリカの政策による中国、アメリカの消費の回復が日本経済を立て直すというストーリーのようである。

 しかし、、、、今回の金融危機が日本国内の輸出産業に大きな影響を与えたのは確かだけど、ホントは、ここ十数年続いた意図的、操作的な円安政策による価格競争力を己の実力と過信しているだけのようにも思えたりするのである。

 先の金融危機による経済対策で各国の金利引き下げによって、日本の為替の円安誘導は事実上困難であり、これまでのように製品競争力に為替誘導による価格競争力が期待出来ない時代がやってくるように思うのである。
 仮に米国、中国の消費が回復したとして、そこの消費者が日本製品を選ぶか否かは、競合製品との競争次第であり、家電や量販自動車、造船関連ならば韓国相手、精密機器、電子機器、高級自動車ならばEU圏相手となるわけである。各国の政策による消費が復活しても、消費を求める消費者は価格性能比で商品を取捨選択する訳で、これまでのウォンやユーロに対する円安という関係が失われた今、この十数年と同じく、旺盛は各国の消費意欲が日本製品に向かうか?というと非常じ厳しいという感想なのである。

 案外、各国の景気が回復したとしても、その恩恵を受けて経済が再発進するのは、韓国製造業が牽引する韓国や、最近発達がめざましいBRICs諸国、高付加価値製品の場合は市場創出をリードし為替的にも円高となるユーロ圏の諸国のような気もするのである。日本が為替レートに見合った製品競争力を持つには、これからはEU圏以上の付加価値を生み出す力か、EU圏とは別の市場価値を創出する創造性が求められている。
 今のEU圏の発展の前段には日本を初めとするアジア諸国の台頭により欧州圏の埋没という時期を長きに渡り過ごしてきて、その結果見出したのが、環境を産業に結びつけた価値観である。その間、アメリカでは金融資本主義を生み出してた訳で、その長い間何もしてこなかったのが日本とも言える訳である。そんな日本が価値観を生み出す事が出来るか?がこれからの繁栄に掛かってくるのである。

 少なくとも安価に大量に製品を売りさばく事で利益を得る体質を改めなければ、価格勝負で勝てる時代でないのは確かであり、価値観創出で値付けが誘導できる分野に特化していかなければ勝てない時代となる筈である。少量ながらも高価な商品を供給するという製造業の転換が必要なように思うところである。

 一般に安価な製品とは大量生産可能な製品であり、高価な製品というのは大量生産が不可能な製品である。大量生産が不可能というのは、人手の介在する不可欠な要素が多いタイプか、人手が介在しなくとも製造に要する機械設備占有時間が非常に長いタイプとなる。そういうモノは本質的に、非常じ造りづらいモノであり、一般に非常に高精度であったり、非常じ不安定なモノだったりする。精度を上げたり、不安定さを制御するっていうのは、本当の意味で知識が必要な分野であり、こういうモノが作れるかどうか?は人的資源の質に掛かってくるのである。そういう製造に従事する人の質を如何に高めるか?が今後の日本の存亡に拘わるように思うところである。
 少なくとも、画一的、マニュアル的な手法によって製品展開が出来るような製品では価格誘導において製造者誘導は困難であり、利益を長期に渡り得るのは困難であり、製造や設計において決定されていく数値的な意味を漏れなく把握して論理的に誘導できるような質が無ければ製品展開が難しいような対象を選ぶ事が重要かもしれない。

 それには、やはり人的資源の質的向上が、強い円で利益を得る事のできる体制の礎になるんだろう。それが無ければ、諸国の景気に大きな影響を受け、非常に不安定な経済情勢を示す構造からの脱却は困難では無いだろうか?

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季節による心拍数の上がり方

 外気温と心拍数の関係では、冬場の方が安静時の心拍数も低めとなるのは、定期計測で判っていることだが、これは冬場の気温の低い時期の方が血管が収縮気味で血圧が高めな事からも納得の生理現象である。

 ところで、この安静時心拍数とは別の運動時の最高心拍数への到達しやすさも気温によって違うような感じを受けるのが、最近気付いた事である。

 そんな状況を説明している専門的なサイトは無いかな?と思いながら見つけたのが、コレ↓

http://www.kokumon.co.jp/yies/2002/vol.6-1/re_2.html

であるが、自身でも、年末年始の気温の下がった時の自転車漕ぎで何となく感じている事だけど、外気温が5℃を下回った状態では、最高心拍数が上がりづらい感じである。同じ様な出力状態を維持していての話だけど、気温が10℃以上の時ならば軽く200bpmを越えるような状態であっても最高心拍数が190bpmに届かないような感じであるのだ。

 結局、夏場と冬場を比較すると、安静時心拍数でも概ね10~15bpm程差があるのだが、同じ強度?の自転車運動を行って到達する心拍数にも10~15bpm程度の差があるようである。冬場の方が心拍数が低めに出るのである。最初は、筋肉疲労で心肺の限界迄動かせないのか?と思ったりしていたけど、毎日記録を付けていると、最高心拍数と気温には結構密接な関係があるように感じるのである。

 これが生理的に道理の通った現象かどうかは知らないけど、外気温が低い程、血管が収縮気味なのは事実だろうから、血圧の限度の範囲で自律神経の働きで最高心拍数が抑えられているのかも知れない。
 血管が収縮気味っていうのは気温が低い事で筋肉も収縮気味で、その間の血管も潰されて収縮気味となっている。血管断面が部分的にでも狭くなると血管内圧が高く為り気味となる訳であり、限界を超えないようにリミッターが掛かっているがために最大心拍数自体も抑えられるのかなぁ?と思ったりするのである。

 このような事を冷静に考えると、冬場に夏場同様の数値を求めて過激に追い込む行為は、体内器官の物理限界への挑戦にも繋がり、一種の破壊検査のようなモノとなる。季節による身体の変化を冷静に把握した上で付き合うって冷静さが必要なのである。

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2009年1月 6日 (火)

自転車は全身運動?敢えて否定してみる。

 近く公開予定の記事にも紹介しているけど、ローカル新聞にも自転車推奨連載記事が掲載されたりと、自転車は大ブームである。
 自転車と言えば、全身運動、ダイエット、省エネにも最高。

 この中で全身運動という部分に敢えて否定的な意見を述べてみる。自転車否定特集?では無いけれど、先の心肺機能についても疑問だけど、全身運動って部分にも否定なのだ。
 この全身運動であるというのを否定するのは、水泳でもそうだが、自転車や水泳が必ずしも全身運動か?というと、必ずしもそうではないのでは?というのが年末年始生活で感じた事。

 それは、、、、、年初に掲載した記事での年末大掃除で感じた事だけど、年末大掃除をすると、結構疲労を感じる。身体全体に感じるのである。大した行動を行った訳ではないけれど、疲労感が襲ってくる。

 その理由は?、、、、、これは、日常の運動が自転車、水泳というモノに限定した生活をおくってきたツケが回ってきたようなモノである。最近まで、自分自身も自転車、水泳は全身運動!って思っていたけど、それでも日頃感じた事のない疲労感に襲われるって言うのは、鍛えていない箇所が相当に身体にあるという事の証明であり、身体の各部が痛いっていうのは、身体の各部に動かしていない箇所があるって事。全身運動しているならば、そんな筈は無いと思ってしまいがちだが、考えてみれば、自転車も水泳も特定のフォームでの繰り返し運動で、運動方向は完全に決まった方向のみの運動である。これでは、動かしていない部分は全く鍛える必要が無い訳で、必要のない部分を鍛える事は、競技性の面から見るとデメリット以外の何物でもないので、スポーツブームでは誰も問題視していない。
 しかし、自分は自転車や水泳の能力を高める希望なんぞなく、身体自体を全方位で鍛えて健康を保つというのが目的で、その手段として自転車や水泳を利用しているだけであり、そういう見方では、自転車や水泳に偏った運動では、鍛え斑が各所に残っている事に今更ながら気が付いたところである。

 自転車や水泳は、その機材やルールの中で良い性能を得るためには、その道具は良いトレーニングになるのだろうけど、全身を全方位で鍛えるには偏りを生みかねないというものである。そんな当たり前の事に、今更ながら気が付いた正月であった。

 子供の頃は、不定形の遊びで一日中過ごしてきたけど、その不定型さが全身を全方位で動かす事につながり、局部疲労を運動後に残さなかったんだろうと言える。

 全身運動、全方位運動のためには、寧ろ、機材やフォームへの依存度の高い運動は好ましくないように思うところ。或る意味、サッカーのような競技の方が全身、全方位運動には適しているような感じ。

 全身、全方位運動のキーワードは、『変幻自在』な動きが能力に大きな要素を占める運動だろう。

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銀輪はいざなう?

 年始から地元中国新聞では、銀輪はいざなう!ってタイトルの特集記事が連続掲載されている。
 まぁ、自転車生活のススメではないが、それを手に入れて環境、健康に大助かり!って記事を掲載しているのであるが、、、、

 いつも思うのが、このようなブーム系の出来事に関する連載コラムである。連載コラムが新聞に載って良いか?というのが第一の疑問である。これは時事系のネタとは違い、取材対象やコラム記事作成者の意図が構成に大きな影響を及ぼしているのだが、今回のコラムは自転車を取り上げて、その良さをアピールするというのが前提となっている。

 それ故に、自転車の陽の部分を重点的に取り上げており、その掲載メディアが新聞という特徴から、それを全くの鵜呑みにする人が特に多そうって印象なのである。

 冷静に記事内容を見ると、一般の雑紙で紹介されている内容と差異はなく、その思想的な方向性が趣味系雑紙では違和感無い物と思える一方で、新聞という趣味の一致しない人に発進するには、その内容があたかも一般的な考え方として印象を与えかねないか?と思ったりするのである。内容的には自転車趣味の人が読むには、その記事の裏も見抜くだろうから良さそうなものの、普通の人には、この記事の内容が全て真実との幻想を抱きかねない印象だ。
 パッと見の印象で、タイヤの細いロードレーサーに乗れば、クロスバイクで抜かれて悔しさを感じていたオバチャンの自尊心が満たされるとか、或いは、自転車通勤だけで体重が8kg減るとか、そんな部分しか注目されないのでは?と思ったりするのである。

 そんなに簡単なモンならば誰も苦労しないし、そういう表面的な紹介というか、万人に受け入れられやすいような記事の紹介で消費を扇動しているだけのようにも見えるのは言い過ぎだろうか?

 過去の色んなブームが起きれば、最終的には不特定多数を対象としたメディアに取り上げられ、それがブームを更に加速させるというのを繰り返し見てきたけど、例外なく、そのようなブームは不特定多数に情報を発信した瞬間にピークを過ぎて衰退に向かっていくもの。
 それは、不特定多数に発進する際に注目を得る事を目的に記事を書いたために、その記事=真実という幻想に視聴者が落胆することでピークの衰退を呼んでいるのである。

 今回の記事では、正にそのような表面的なアピールに終始した様に感じられるのである。果たして、次はどうなるか?その行く末に関心があるけど、自分自身の印象としては、このブームは長くても3年は続かないかなぁ?って印象である。

 日本における消費嗜好のブームが一過性で終わるのは、何も自転車に限ったモノではない。車も単車も音楽も、、、、全てが一過性である。これは国民性みたいなもの。ブームにおける価値観が画一的で、主体性が無いのが共通であり、こういう国民性故に、先のような記事が受けてブームを加速させたりするんだろうと思ったりする。

 更に言えば、後日の記事にもアップする予定だけど、このような運動をブームとして盛り上げると何が起こるか?というと、、、、以前のジョギングブームで運動中の突然死なんて話があったように、自転車でも同じ事が起こるのでは?と思ったりする。ロードレーサーって名前の先入観から頑張りすぎたり、或いは、心肺機能や持久力を高める?という方向性で、運動に見合わない身体で運動を過激に行うと、下手すると命を落としかねないと思うのである。それ故に、やっぱり、運動の手軽さを強調してブームを煽るのは如何かな?と思うのである。

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2009年1月 5日 (月)

心拍数、基礎代謝、骨格筋率は繋がってる?

 年末年始のCR走行では、先日の記事にもあるように回復率に関心を持って自転車漕ぎをしている。
 基本は5分間の目標心拍数の運動後に一分間毎で降下する心拍数を測定するというもの。

 で、その前に通常の自転車漕ぎでの心拍数のチェックも併せて行ってみた。

 まず、自転車を書斎から担いで出して走行準備状態に入る。すると、、、、心拍数は75~80bpmとなっている。安静時での心拍数が最低で35bpm、平常時の着座姿勢での心拍数が45bpm程度、立ち作業で65bpm程度だから、自転車を担ぎ二階から階段を下りるという行為だけで75bpm以上に上がるのである。

 その後、自宅の団地の下り坂を30km/h(90rpm)程度で降りる訳だが、固定シングル故に脚は回るけど駆動力は生まれていない状態。この状態で概ね95bpmという心拍数である。
 平地に入り、町内を25km/h程度で走行すると110~125bpmって心拍数、県道に出ると30km/h程度で走行するけど、その場合で130bpm強ってところである。 因みに、身体が温まる前のこの状態では、団地の坂を下りる時はせいぜい95bpmで、それからコース入口迄では130bpm程度迄しか上がっていないけど、信号で停まる毎に1分で75bpm程度迄下がる。この状態でも降下心拍数は55bpm前後で回復率は5.5程度ということ。

 河川沿いの道路で35km/h程度までアップすると145bpm程度迄跳ね上がり、40km/h程度を続けると155~160bpmとなるわけだ。更に加速して45km/hを越える辺りで175~185bpm、50km/h以上では190~200bpmオーバーとなる感じである。興味深いのは、高速域になるほどに速度アップ率以上に心拍数アップが見られる事であり、これは、高速域における空気抵抗が速度の二乗に比例して抵抗が増えるのと連動していること。つまり、言い換えれば、速度アップ率の二乗未満でしか心拍数が上がっていない場合は、風による応援が相当にあると言うことでもあるわけだ。

 なんか心臓っていうのは燃料供給ポンプの回転数みたいで、エンジン(筋肉)出力に連動して回転数(心拍数)が追随している。殆ど、誤差なく完全にシステマチックに動くのが面白いのである。

 そんな状態で走るけど、高速狙いで走る以外では最高でも50km/h未満であり心拍数も185bpm止まりの範囲で走るのが日課である。

 身体が温まった後の回復率の測定では180bpmをターゲットに5分程度の連続走行を行い停止して一分間で降下する心拍数を測定するのだが、60秒で-65bpm程降下し115bpm程度となる。その次の60秒で更に-15bpm程降下し100bpmとなり、その次の60秒で-10bpm弱降下して90bpm強程度となる。この状態からは暫く変わらない状態。停止しても最低でも心拍数が90bpmを維持した状態となっており、これを身体が温まった状態というんだろうと納得している。
 思うに、回復率は最大で6.5ということで、回復率の尺度でいうと心肺機能は相当に強い部類だけど、高心拍数領域では回復率6.5、ウォームアップ前の低心拍数領域では回復率5.5というならば、思うに、心拍数を高い領域迄上げれるから下がる量が大きい値を示しているだけともいう。つまり、自分でも心拍数を上げなければ一分での降下心拍数は低い筈であり計算上の快復率は小さな値であり、心肺機能が高いとも言えない筈だ。
 一般にいう心肺機能の強さ=回復率の大きな値って言うのは、高心拍数領域で運動出来れば降下心拍数が大きいだけの事である。単車のエンジンで言えば、超高回転型のエンジンはエンジンの降下回転数が大きくなるけど、その数値を以て高性能というには安直すぎるのと似ている感じだ。単純に心拍数が高い所迄上げられているだけの話である。

 では、何故に、心拍数を上げれるか?というと、、、、、心拍数は心臓ポンプのストローク数であり、結局、送る血液(=酸素)の量である。その量が大量に必要というのは、大量の筋肉があるか、或いは、時間あたりに激しく動かすか?のどちらかであり、結局は、筋肉が多いか、時間あたりの運動量(自転車ならケイデンス)が高いというだけであり、これは、心肺機能云々というよりも、身体条件がどうか?しか現さないのでは?という思いを持つのである。

 最高心拍数というのは、言ってみれば、筋肉量であり、これは、所謂、骨格筋率によって求められる基礎代謝量によって決まる数値ではないのか?というのが自分の感想である。
 実際、最高心拍数は今現在で205bpmを記録した事があるけど、体組成計で身体状態を見ると、骨格筋率では37.1%、基礎代謝量は1608kcalであり、これは、所謂20代の成人男性の基礎代謝量と遜色の無い数値だけど、相応の筋肉があるから心拍数が205bpmという、一般の心拍数を年齢から求める数式から懸け離れた数値になるのだろうか?と思ったりするのである。
 心拍の回復率にしても、結局は、高い心拍数迄上げる事が出来るから結果的に数値が高くなるだけの話に過ぎないように思ったりするのである。

 昨今のスポーツサイクルブームでは心肺機能を高める!って、割と抽象的な話が飛び交っているけど、色んな数値の関連を見つめてみると、心肺機能の評価値を自転車で得るという行為では、単純に筋肉量に見合った負荷×ペダリング回転数で得られるものであり、それって、心肺機能というよりも筋力アップやケイデンスアップって意味では?と思えたりするのである。

 この辺の感覚的には、真の意味で心肺機能が高ければ、先の心肺機能評価尺度が高くなって、高い負荷を高回転で回せるのかもしれないけど、高い負荷を高回転で回して心肺機能の評価指数値で高い値を出したからと言って心肺機能が高いとは言い切れないような印象である。必要条件と十分条件の違いのような感じを受けるのが正直な印象なのである。

 心肺機能って言う言葉の意味一つでも考える程に、定義的に難しいなぁ!っていうのが結論である。自分の場合、その数値が高いか低いかの判断は付かないが、取り敢えず今の自分の状態を把握しておいて、この値が季節によって変化するか?或いは、加齢によって変化するか?を注意して見ていこう!と思うのである。

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2009年1月 4日 (日)

信号待ちの楽しみ方、回復率の計測。

 ラングスターTTでは心拍モニタリングで走行している。
 50km/hオーバーで持続すると200bpmを越えることもあるけど、一般には最高でも180bpm程度での走行だ。この180bpmっていうのは、運動強度から幾らになるか?っていうと、最高心拍数が202bpm、安静時心拍数が35bpmであり、(180-35)/(202-35)×100=87%という運動強度である。まぁ、平均の心拍数は150bpm程度であり(150-35)/(202-35)×100=69%であるのだが、公道走行では不可避な信号待ちでは、この心拍数がどれだけ下がるか?を計って遊んでいるのである。

 ホームコースでは片道で信号は3カ所しか無く、遠目に見て信号に掛かるか否かが一発で判る。そこで、信号で停まる時は、信号待ちが1分程度となるように狙って走る事が多い。そのために、信号待ち前の車道走行時には、心拍数を180bpm程度迄引っ張り上げる事が多い。そして、1分間でどれだけ心拍数が下がるか?を計るのが日課となっている。

 因みに、この運動直後の1分間で下がる心拍数の事を回復心拍数といい、この数値が大きい程、心肺機能が高いとされているのである。

 自分の場合、170~180bpm迄上げて信号待ちで停まって一分後にはどれ程になるか?をみると、大抵が110~115bpmということで、一分間で65bpm下がるのである。この下がり具合がどうか?を他人と較べた事は無いが、自分の心肺機能の状態を見るために、それを確認するのである。
 なお、信号待ちからの再スタートでは、殆ど即座に心拍数は170bpm以上に戻るのである。

 因みに、この評価指標を回復率という。算出は下記の通りである。

回復率=(運動時心拍数-1分後心拍数)÷10

 で、判定指標は

 2未満・・・劣っている     
 2~3・・・まあまあ      
 3~4・・・良い         
 4~6・・・優れている     
 7以上・・・極めて優れている 

 というもの。運動をやめた後、心拍数はすぐ戻るか?であり、体が高性能になると安静時の心拍数は少なくなってくるのだが、心肺機能の性能評価として、運動直後の心拍数があっという間に少なくなるか?という数値を表す回復率というものがあるのだ。

 この測定を信号待ちで行う事で、信号待ちを楽しみにして過ごしているのだ。

 昨今のスポーツサイクルブームでは、ロードバイク等で特に目に付くのが信号無視。でも、信号無視して迄走り続けるよりも、信号で停まる事で出来る事を見付けて楽しむ余裕こそが必要ではないか?とも思うのである。

 ところで、心拍数っていうのは結構変動するものである。特に低い範囲ではそうだ。安静時の35bpm程度っていうのは、相当に安静にしていないと得られない数値。平常の座り仕事時では45bpm程度になっているし、チョット動き回るとと55bpm程度には直ぐ上昇する。荷物を担いで忙しなく動いたり、小走りで動き回ったりすると、簡単に80bpm程度迄は上昇するもの。それ程に不安定だし、安静時であってもドキドキしたり、驚くだけで心拍数は跳ね上がる。
 そんな不安定な心拍数だけど95bpm以上となると一定以上の運動を続けないと到達しない心拍数である。だから、心拍数関連の数値で評価する指標があっても、95bpm以上の範囲の変化でコンディションを計る指標でないとバラツキが多いように思うのだが、そういう意味では、この回復率っていうのは、相当に高い心拍数領域の話なんで、案外まともに考えれるのである。
 一般にアスリートの安静時心拍数数値の低さが凄さの代名詞で取り上げられるけど、そんな数値はバラツキ過ぎて正確なところは判りづらい気がする。

 少なくと、静定状態で心拍数数値と身体能力を評価するならば、心拍数、気温、拡張期、収縮期の血圧数値を総合的に判断しなければNGだと思う。
 そういう思いから考えると、動的変化で心拍応答性を評価する回復率というのは正確では無いだろうか?但し、回復率の開始状態である運動時の心拍数という運動時の運動状態を如何にするか?によっては、回復率自体の数値も怪しくなるのは言うまでもない。

 このサイトに関心を持って下さる方、或いは、その数値を通して優劣を思う人への注意事項としては、この数値自体がどうか?というのは、他人との評価でなく、自身のコンディションの変化を把握するために便利という事で紹介している。
 よって、ここで紹介する数値を見て、優れているから嬉しいとか、劣っているから悔しいって思うのはナンセンスだ。自分の運動状態に対する身体の応答性を見る事で体力保持の度合いを自覚する道具にお奨めというスタンスだ。

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2009年1月 3日 (土)

癌ワクチン!?

 大晦日の地方新聞の記事だけど、ガンワクチンっていうのが臨床試験段階ながら大きな効果が期待できそうなんだそうだ。

 ガンワクチンってキーワードで検索すると相当にヒットするのだけど、ヒットしすぎて要約が見えにくいのだけど、ローカル新聞の記事は、結構まとまっており、チョット紹介してみる事にした。

 このガンワクチンの臨床試験は1、2週間に一度注射を打つもので計1000人に行われたそうで、大きな副作用はなく癌の増殖停止、消滅という形で大きな効果を認められているそうだ。
 このワクチン、一般のワクチンの予防的効果でなく、治療と再発防止が目的というのが変わったところである。

 癌って異物は人体に於いては免疫機能によって排除する機能が備わっているのだが、老化等で免疫の低下により癌の増殖が勝ると癌の発症となるらしいのだが、その癌細胞の増殖防止に寄与する免疫機能を補助するのがワクチンの目玉らしい。
 人の身体の中で、免疫の中心を担当するのはリンパ球で、このリンパ球の内、キラーT細胞(細胞傷害性Tリンパ球、CTLとも呼ばれます)が中心となてガン細胞を攻撃する。キラーT細胞がガン細胞の表面の小さな蛋白質のかけらを見つけ、その蛋白質を目印としてガン細胞を攻撃し、その結果、がん細胞を死へと追いやります。
 この目印となる小さな蛋白質を抗原と言う。そして、キラーT細胞はこの抗原の中のごく小さな断片を見つける。このごく小さな断片を「ペプチド」と呼び、キラーT細胞がガン細胞を攻撃する時の目印となっている。

 このペプチドを人工的に合成し、体内に投与すると、ペプチドによって刺激を受けたキラーT細胞が活性化し、さらに増殖してガン細胞を攻撃するというのが、ガンペプチドワクチン療法と言うそうだ。

 この方法はリンパ球の活性化によるものであり、健康な細胞を攻撃しないのが特色であり副作用が少ないとされているが、白血球の型、遺伝子の種類というで使用には制約があるそうだが、それでも大きな効果を上げているというのが患者さんには大きな希望の光となっている。
 この効果では、当初専門家が予想していた早期癌や再発予防には効果があるだろうという事を越えて、進行ガンにも効果が認められる事例もあったそうだ。

 この治療法の承認は5年以内を目指しているそうだが、既に、医療機関では保険未適用ながら『ガンワクチン外来』診療科を新設する動きもあるそうだ。承認よりも時間が勝負の患者さんには負担が大きいのかも知れないが、それでも治療費は数十万円程度ならば大きな希望ともなりそうだ。

 ただ言えるのは、このような医療方法の有効性の根元は、本来的な人体の免疫機能の活性化であり、一番は、自己免疫機能を高める生活習慣を保つ事が、本当は一番の癌予防なのかもしれない。

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2009年1月 2日 (金)

年末大掃除の負荷

 年末の休暇は四日、年始も四日、併せて八日の休みである。
 盆とかGWの休暇では結構単車や自転車に乗りまくるが、年末年始は難しい。何故ならば、家の大掃除、買い物、帰省と家族行事が立て込んでいるからだ。

 一般に正月太りって言葉があるけど、それは確かに正月を食っちゃ寝で過ごすと当て嵌まるけど、年末は有り得ない。大掃除に買い物、、、、この辺は結構、時間と体力を使うのである。自分も例に漏れず、大掃除に買い物にと、、、駆り出されまくりである。普通の日曜日なら午後はオ・モイヨWWでCR走行なんて出来るし、休日ならば単車でショートツーリングも可能だが、それは適わない。

 この年末大掃除をしなければ、普通は正月太りとなるんだろうけど、年末の慌ただしさがあれば、だれも正月部取りはしないのでは?と思うのである。
 今年も(記事は12月に作成)、年末大掃除で一日あたり四時間は動き回りである。28日が雑木刈り、29日が家の一階の窓掃除、外構、エントランス、門扉、フェンス類の掃除、30日が家の二階、屋根のトイ、風呂場、台所、エアコン、照明器具の掃除、31日が車、単車、自転車、ガレージの掃除である。

 掃除は基本は午後の四時間で、午前は買い出しである。こういう生活では、健康自転車生活とかは難しい。辛うじて夜間の定例メニューは出来るけど、その時間帯には、疲労と筋肉痛でかなり厳しい状況。

 しかし、この大掃除とか買い出しっていうのは、所謂家事である。家事は重労働なんだ!って改めて思うところ。勿論、このような負荷を纏めて行うことは無いだろうけど、主婦っていうのは、こういう活動を毎日していると思うと、頭が下がる思いである。

 取り敢えず、年末年始のダイエット生活の中身では、自転車が無くなって、大掃除がその役割を担っているのだが、自転車とは違う筋肉を使うせいか、異様に疲労感を感じるところである。
 年に一度のこういう時期は、なんていうか、鍛えていない箇所の衰えが実感できるという意味では、或る意味、良い機会かもしれない。こういう状況を克服すべく、何かのメニューを考えたい!って思うところである。

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2009年1月 1日 (木)

年末のバイク雑誌、原付二種特集が多いぞ!

 年末はバイク雑誌を二冊程買った。

 買ったのは、ミスターバイク、それと、15年ぶりの月刊オートバイである。

 理由は、、、、、それは原付二種を取り上げる記事が目に付いたから。今の原付二種の国内ラインナップといえば、殆どがスクーターであり、マニュアルミッション車は殆ど皆無である。KSR110さえも廃盤となっているのだが、何故だか特集されていたのが興味を惹かれた理由だ。
 そんな特集記事では、外国産125ccの特集であったり、旧車世代国産125ccの紹介がコーナーとして儲けられている。

 そんな125cc紹介の記事では、基本的には使い切れるパワー云々とか、結構好意的に書いてあるんだが、125ccっていうのは実は難しいクラスなのだ。今回の特集では、単車の楽しさを題材に取り上げていたけど、実は、楽しさっていうのは排気量に依らないと思うからである。
 どんなに大排気量でも面白くないものもあれば、小排気量でも楽しいモノがある。この楽しさの尺度を雑誌の言うところのスポーツという面で捉えれば尚更なのである。

 125ccが楽しいか?というと、これは大きな過ちであり、スポーツライディングという括りで見たら楽しいと思えるモノは寧ろ少数派ではないか?というのが素直な感想なのである。楽しさは排気量によってもたらされるのではなく、エンジンの出力特性、車体の操縦特性に支配されており、それは排気量とは関係の無い世界であるからだ!という持論に基づく判断ではあるのだが、、、、

 125ccで楽しいっていうのは、そういう味付けの為された車体が存在すれば、その味付けの全域が楽しめるのが125ccクラス故に楽しさ倍増というものなのだ。250ccクラスになると、楽しい味付けがキャパシティー全域で楽しめるか?っていうと、既に公道の領域から逸脱するのが現実であり、125ccの楽しさというのは、味付けのフルキャパシティーが公道で実現可能という間合いの良さの事であるのだ。
 だから125cc全てが楽しい訳でなく、125ccでも、スポーツ風味の無いモデルではスポーツライディングプレジャーは有り得ないのである。

 それは、大昔に遡ると、、、、125ccで楽しかったのは、CB125JX、RD125、KH125ってところ。でも楽しいとは思いづらいのも存在し、CM125T、CD125ってところはそれなりだったのである。一番最悪な125ccといえば、ジェンマ125で、これは完全に見掛けのみの単車である。当時の125ccで楽しいのは、やっぱり当時のプロダクションレーサーベース、スポーツシリーズの末弟だったのである。この楽しさは、80年代の22PSの水冷2スト車がピークだったように思う。RZ125、AR125、MBX125F、RG125γ、TZR125って処だろうか?

 そういう視点で、この雑誌で紹介されている125ccっていうと、国産はスクーター、外車はタイ製の4スト、欧州製バイクってところだが、何れも微妙なスペックである。スペックで語るのはNGだが、このクラスでは目一杯の馬力が丁度良い馬力というもので、排ガス規制等によるダメージは結構大きそうなのだ。
 国産の最終期のCB125Tに乗った事もあるけど、ガスの薄さ故のトルクの薄さは強烈で、125ccの力感は皆無に近い印象だったのが正直な感想。

 雑誌で125ccが注目!ってノリは良いけど、客観的、直感的に、今選べる125ccクラスで楽しそう!って思えるのはホンダのAPE、XR系くらいかなぁ?っていうのが素直な感想。
 ただ、この辺は125ccというよりは50ccのオーバーサイズ的な楽しみであり、本来の125cc的な楽しみとは違う印象である。判りにくいかも知れないが、自分の愛車で喩えると、マグナム80的な感じとAR125S的な感じの違いとでも言えそうなのだ。

 話が脱線したけど、言いたいのは、なんていうか、今回の特集記事の如く、排気量で楽しさを語るのはナンセンスって事。楽しさは排気量でなく、味付けである。味付けと排気量によるポテンシャルのバランスが全てではないか?って言う事。
 125ccならば、全域を使い切れる性能ということで、使い切る事の楽しさをキャラとして与えられたものが125ccならでは楽しさという事であり、125ccなら何でも楽しいていうのとは違うって事である。
 そして、その理想論と現実のラインナップを見ると125ccっていうのは便利かも知れないが、既存のモデルでは、前述の125ccならではの使い切れるポテンシャルというところで、かなりの欲求不満を感じてしまうかなぁ?って思うのが正直な気分である。

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寿命

 年末の番組で、人の寿命は十万円の遺伝子検査で判る!って話をしていた。
 それによると、細胞分裂を行う事の出来る回数を記録した遺伝子中染色体にあるテロメアを白血球で観察して調べるという。これが韓国で10万円で出来るんだそうだ。

 細胞の分裂回数がテロメアって物質で判るって話は有名な話だが、それが10万円で検査可能っていうのは、チョットビックリ。

 でも、個人的には、このテロメアの長さで細胞分裂の回数が判るから寿命が判るって話、特に余命が年単位で特定できるって話は、チョット不信感アリアリなのだ。

 何故ならば、人間という種では、遺伝子、染色体の構造は不変の筈であり、テロメアの長さっていうのは、基本的に差異は無いと考えるのが自然。それで、同年齢ながらテロメアの長さに個人差があるっていうのは、細胞の分裂周期に大きな差違があるという証。
 この差違の根元が何か?の説明が納得できなければ、このような話は鵜呑みに出来ないのである。

 細胞の分裂毎にテロメアが短くなるという論理は正しいとしても、分裂周期はどうか?って部分が過去の分裂周期から未来の周期が予測できるという論理は荒っぽすぎるのである。細胞の分裂周期、即ち、代謝速度っていうのは、細胞の活発度、或いは、細胞の阻害因子への対応状況によって異なるのでは?という考えである。
 この阻害因子への抵抗性が高い程、細胞の更新の必要性は減るのでは?とも思えるのである。阻害因子への抵抗性っていうのは、即ち、身体の抵抗力とも捉える訳で、その抵抗力は、生活習慣によって決まるのでは?というのが素直な感想。

 ならば、生活習慣次第でテロメアの短くなる速度は大きく変化するのでは?と思うのである。そういう自分の感想とメディアの解説の違いを見つめると、こういう話は、もう少し調べないと判らないなぁ!って印象だ。

 そんな事よりも、ガン細胞の特徴である不死化って症状は、結局は、細胞分裂が際限なく行われ、死なないという特徴であり、これが、細胞が作る組織の機能を失わせるような癌の問題を取り除く事ができれば、細胞の不死化のみを実現する方法が生まれるかも?って考えたりするのである。

 案外、ガン細胞から不老不死の特効薬みたいなものが生まれたりするかも知れない。

 まぁ、仮に生まれても、自分はそういうのに関心は無いけど、、、、、。

 と、これが新年一発目にアップする記事だ。

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