動力変換器としての自転車
ここ最近は、ペダリングや前乗り関連でアクセスがとても多かった。
ということで、もう一発、勝手な持論を展開してみる。
そもそも自転車っていうのは、何か?っていうと、人力を用いた移動手段である。
そう、移動に必要な車輪を回転させる力は、絶対的に人力を用いるという大原則があるのである。
究極的に言えば、自転車は単なる変換器であり、その能力は、元に人間の能力以上には絶対的にならないのである。
自転車、特に、ロードバイクに乗る人の拘り?に、速さって尺度が存在する。しかし、この速さはあくまでも個人の絶対値以上の結果にはならないのである。能力以上をトライするから疲労、疲弊、故障に到るのである。
最近は、ケイデンス論が盛んに展開されており、90rpm云々が先行しているが、その一方で、より速く!って願望が乗り手には潜んでいる。これが大きな間違いなのである。
速く!って意識が在る限り、それに応じた変換比率(ギア比)を使う事となる。このギア比が最初にありきで速さを意識する事自体がナンセンスである。
漕ぎ方、ケイデンスに拘るのはOKだが、それで得られる仕事率っていうのは、人それぞれな筈なのである。逆に言えば、人に応じた負荷しか掛からない変換率(ギア比セット)を持つものを選ぶっていうのが一番大事なのである。
分かり切った事であるけれど、そう思うと、今のロードバイクのラインナップは、仮にコンパクトクランクとは言っても、それは不親切というか、運動音痴な人には厳しすぎるのが実情のように見える。
フロントWの多段ギアの自転車なら、自分なら、アウターは平地走行、インナーは山岳走行、アウターでリアカセットの真ん中辺りが、平地で常用というのが本来の変速機の変速段数の有効活用条件だと思うのである。
幸せな自転車っていうのは、多分、乗り手に応じたギア比がフロントアウター、リア真ん中であるような選択なんだろう。そのギア比が、乗り手の身体能力に応じて長時間楽々90rpmが維持できるような値となるっていうのが、乗り方を決める最初の一歩のように思うのである。そのギア比っていうのがマイギアであり、マイギアを選ぶのが全ての始まりで、機材選び、機材作りのスタートでは無いだろうか?
そうやって得た機材は、乗り手にとって負担を強要するものでないし、実用においても多段が有効に活用できるもの。
負担の掛からない道具で、様々なトライを行い、乗り方を決めていく。これが一番のように思う。
そして、負担の掛からない道具で、故障知らずでクルクル走れる結果としてのアウトプットが乗り手の身体能力を表したもの。そして、その能力は固有のものであり、他人のものとは関係無いモノなのだ。
だから、取り敢えず、ロードバイクを買うって始め方はナンセンスであり、取り敢えず、楽なギア比(ロールアウト)を見つけだして、それが定位置(Fアウター×CS真ん中)となる機材を探すのが幸せな自転車生活の第一歩である。
マイギアの大事さを説いた記事は、
・マイギアならばピストでヒルクライムも可能!
http://replica2st.cocolog-nifty.com/diet/2008/10/post-c7a1.html
・90rpm崇拝で行き着くのは、、、、、膝痛?
http://replica2st.cocolog-nifty.com/diet/2008/12/90rpm.html
だが、そういう事である。それを決めるのが先決であり、その上で機材の使い方を機材なりに学んでいくべきなのだ。
速さに幻想を抱くべきでなく、速さっていうのは、自分の体力そのものであり、体力に応じたモノでなければ、楽しめないし、遊べないし、体力を上手く引き出せないのは当然の話。
ショップ等で、初心者に向けて、アウターは使わないでね!なんて説明しているのは、邪道であり、そういう場合は、ロードバイクなんぞ売るべきでないのだ。それでも売るならば、可能なら(パーツ交換で対応できるなら)ば、アウター外して、クランクセット自体を交換するくらいの親切心が必要だと思うのである。
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