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2009年10月 7日 (水)

20年前のフィンランドを見て

 先週末、NHKのテレビ番組の中で、表題の20年前のフィンランドの取り組みが紹介されていた。
 20年前、フィンランドといえば基幹産業であった造船関連業を主とする重厚長大な産業が、競争力を失って他国(日本や韓国)への産業シフトに対して為す術が無く、毎年のように失業率が増大していた。そして、産業の衰退に伴う税収の落ち込みによって、国の予算編成は超緊縮予算が既定路線となっていた。

 そんな中、青年大臣、当時で40代前半の教育を主幹する大臣が、教育を未来への投資と考え、教育への投資を行うか否かで20年後の国家の状態をシミュレーションし、財務省に対し、教育関連の予算は削減せず増加させる事に成功したという。

 その背景には、当時のフィンランドの産業界自体も、その時点の基幹産業では産業シフトによって外貨を得る産業となり得ない事を認め、次世代の産業を担う人材の育成を望むという後押しが合った訳だが、それに伴い、当時における次世代産業の社会像を描き、それに見合った産業や業種の保護、育成、それに纏わる研究開発を未来への投資と描き、社会全体で産業シフトによる国の形を模索する空気に溢れていったとのことだ。

 当時の政策では、教育関連に手厚い政策に舵を取り、未来の新産業の人材として育成し、次の時代で税収を回収するための投資を厳しい予算の中で行うという方針だったようだ。

 その結果、当時の基幹産業である造船関連業は殆ど全て姿を消して、携帯端末を始めとした高付加価値の知識集約型製品が基幹産業として外貨を得るような産業形態に変貌を遂げたという。

 確かに、1980年代の欧州といえば、重厚長大型の産業が衰退し、人口減少の世の中であった。その一方で、多くの国々が福祉や教育、研究に軸足を移した政策に移っていた。
 その後の20年を経てどうなったか?というと、欧州各国においては造船、自動車といった重厚長大産業を中心とした一般機械産業は、その割合を減じ、今では集積回路、半導体、環境技術関連の産業へのシフトが進んでいる。

 欧州の繁栄が1980年代迄、衰退が20年続き2000年代迄、そして復興が2010年代からとなっているが、日本の産業形態を見ると、日本の現代は欧州の1980年代に相当し、1980年代の日本は現代の中国、韓国、東南アジア諸国に相当するように見える。

 歴史から学ぶとすると、日本の政治、産業界は、1990年頃の欧州における決断のような変革が迫られているのでは無いだろうか?

 今の時代、景気後退、産業空洞化ということで、既存産業が企業保護の論理で生産抑制、人件費圧縮で、雇用を減らし、経済活動を縮小するだけの考えは、その考えで仕事が無いから、仕事を減らすというだけでは、仕事をドンドン失うというスパイラルに陥るのでは?とも取れるのである。
 既存の雇用状態で余剰となる生産資本(設備や人材)を余剰となるからこそ利用して新たな価値の創出、教育に投入し、敢えて、コストを掛けるという考え、コストというよりも未来への投資を行う良いチャンスのようにも見える。
 剰った人材に何かを行わせる。そんな事は、忙しい時には出来ない事であり、今、そういう舵取りを行って、産業シフトに備える事が出来るかどうかが、国家や企業の未来像に大きな影響を与えるのでは無いだろうか?

 個人的には、今急務なのは、義務教育の在り方を含んだ教育制度改革と、基礎教育を誰でも受けれる体制、高等教育には高等教育に見合った競争原理を働かせた仕組みを作る事だと思う。
 先のフィンランド等当時の欧州各国と日本の大きな違いは、若い世代へ施される教育の水準を決める教育制度だろう。そういう意味では、現代の日本は非常に重い十字架を背負っているのは間違い無い。

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