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2009年10月29日 (木)

真似しても、、、

 真似っていうのは物事の上達の基本である。
 でも、真似にも色々ある。幼稚園児が仮面ライダーは○○レンジャーに憧れてポーズを決めるとか、そういう気分で三輪車に乗るのは、単なる遊びで憧れの模倣にしか過ぎない。そういう真似方っていうのは、普通の人間は成長と共にしなくなるもの。それは、成長と共に、それが無意味であると言う事が体験から学習していくからだ。

 でも、世の中には、大人になっても、そんな真似癖が抜けない奴も少なくない。そういうのを見ると、ホンネの部分では、『コイツ、終わってるな、、、、』って正直思うのだ。

 真似は大切だが、真似方が大事。真似するにしても、真似する理由が必要。真似する場合、大抵は自分との違いがどうしてそこにある?って意識が無いと、真似する意味無いし、真似るべき所がどこ?って部分さえ見えない。
 上手く言えないけど、真似でもむやみやたらなコピーと、自身との違いを明らかにする観察的な意味合いでの吸収では意味が全く違うものである。前者の真似は意識の働かないコピー、後者の真似は見た目の違いに起因する何かを見付ける探求活動だ。

 チョット話が違うかも知れないが、単車で峠を走る、、、、低速、高速や右コーナー、左コーナーで苦手意識があったり、上りは攻めれても、下りが攻められない、、、っていう話、少なくない。原点は同じだが、結果を得るための要素の組み合わせ方が違うだけだと言える。要素の組み合わせ方が違うから見た目の雰囲気は違うけど、原点は共通なのは当然。
 こんな事だが、それを見た目の模倣野郎が上りの攻めを見てトレースしたとして、そのトレースを全ての状況で同じ見た目を演じても、攻める時の楽しさや意味は判らず終いで、結果、下りで恐い目を感じたりするもの。しかし、原点を掴み、要素の組み立て方に築けば、それは、その人なりの解を作り出す事が出来るし、それなりの継続を行えば、それなりに楽しい時間を過ごせるだろう。

 そんな細分された状況に限らない。単車を操る場面は色んな場面が有るけど、峠と街中では扱い方が全く違う。つまり、峠では峠に応じた扱い方、そこでの状況に応じて変幻自在に操る事が理想であり、街中でも然りなのだ。街中での状況に応じた扱い方が変幻自在に出来る事が大事なのだ。それが出来るのは、変化する状況に応じてスマートに対応するということで、これこそがカッコイイのだ。下手くそ素人の多い例では、街中を峠のつもりで走るバカ。街中での進路変更、右折、左折っていうのは、峠の旋回とは異なる動作だ。右左折を峠のつもりで走るのは、見て滑稽なのだ。環境に合わせたスマートさを作り出す事が格好良さであり、オーラというものなのだ。街中の右左折で上目遣いで猫背で股開いて、、、、単なるアホだろう。

 これは単車に限らず自転車でも言える。何時でも、何処でも、周りの空気に合わない走りっていうのをよく見るけど、幼稚園さんが○○レンジャーになって悪と闘っているかの様だ。カッコイイっていうのは、見た目を真似するだけではNGなのだ。全ては状況判断と目的意識次第なのである。言いたいのは、思想的な根源を無視し、見た目だけのトレースに入るやり方では、そのトレースが全く意味のないピエロのような滑稽な様に見えたりするモノなのだ。

 真似する事が大事だけど、真似する時の思想的な部分を持つ事が大事。そして、その思想に基づいて真似すべきターゲットを見つけだして過ごす、、、そういうのが大切なんだろう。大事なのは形でなく理由を真似る事。形は結果であり、結果を真似すれば全てOKなんて事は在り無い。

 別になんて事は無いけど、何かの目的を達成するためには、何かの行動が必要だ。何かの行動は、単独でなく複数の要素を組み合わせて行う事が多い。そこでの要素というのは、それぞれに目的があるものだ。目的があるから行動できる。その行動要素を組み合わせて、目的を達成するのである。その組み合わせ行動っていうのは、その目的というか条件が違えば、組み合わせ要素はダイナミックに変化するものでもあるのだ。先に言う結果とは、条件に応じてダイナミックに変化する組み合わせ方の一例に過ぎない。

 これって、何書いているの?って人も多いかも知れないが、これはありとあらゆる目的行動について言えることなのだ。

 その一例である結果、その時の特化した条件に応じた使い手の選択であり、その結果自体は、条件に応じた手法の組み合わせであり、大事なのは組み合わせ方と、組み合わせで選んだ単位要素なのである。結果のみの闇雲な模倣では、その結果が選ばれた理由さえ判らない。物事を進める上で一番大切なのは、その目的は何で、目的が生まれる理由は何でという発端を把握しており、その結果の理想を描くというビジョンを持つ事である。判りやすく言えば、状況に応じて変幻自在に最適な解を求めるという事なのだ。

 誰でも小学校中学年で習っている筈だが、べん図ってモノがある。これは、論理的な関係や包有関係を表す時に用いる図だが、結果、要素、条件といったものを意識して図示すると結果の真似が目的を満たす可能性が高くないって事が簡単に判ると思う。

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