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2009年10月 8日 (木)

戯言

 政権交代して一ヶ月。なんだかニュースでは新政権の政治家、大臣の動きが報道されている。

 さて、そんな事はさておいて、色んな事を考える。思い付き故に、整理されないままに記載してみる。

 まずは、ダム関連事業の中止云々、、、、これでは賛否が渦巻く。中断したら補償費等々で幾ら掛かるけど、完成させる場合は今の試算では安上がりだとか、、、、
 まぁ、過去の経緯を含み住民の気持ちとか、色々な事を考えるんだろうけど、原則論が大事だ。本来、金額がどうこうの前に、ダムは治水、利水のためというのが大前提。果たして、治水、利水にダムの役割が如何?が一番のように思う。仮に、効果が期待出来ないなら、補償云々の前に辞めるが一番。しかし、これが無ければ毎年のように大災害に見舞われるなら作ればよい。そんな感じだ。
 経済性も大事だが、何よりも原則論に立ち返るべきだろう。

 あとは、内需拡大で景気回復とか言ってるけど、基本、それではダメだろう。国を動かすにはモノが無い国では資源を外から調達しないと成り立たない。外から資源を調達するには資金が必要。資金は、外に支払う金故に、外から金を得る方法が無いと行き詰まるのは明白。
 そういう意味で、長い目でみれば教育支援で人材育成というのは将来への投資という意味で期待できるけど、崩壊した教育制度を立て直し、未来を担う人材が効果を発揮するのは十年以上先の話し。今、外貨を獲得するのは、どういう方法?っていうのが大事なんだろう。
 勿論、重厚長大型の産業で外貨を得る時代は終わっている。自動車、家電、機械では世界の工場の役割は担えない。別の何かを見つける時代だ。それが見つかるか?見つけるための支援制度が見えないのが悲しい。
 思い付きでは、取り敢えず、物作りが大事であり、それは工業製品に関わらない筈。ならば、休耕田を含め、第一次産業で価格相場が下がるから?という理由で生産を抑制するのは間違いでは無いだろうか?人数減らして、大規模経営、過剰分は輸出、生産分を安価に供給という前提の方が原則論としてマトモでは無いだろうか?

 出来る事を実行するっていうのは、作れるモノは作ると言う事にも繋がる。出来たモノを売り歩くのが政府の役割であっても良いように感じる。幼稚かも知れないが、損得だけで機能を抑制するのは間違いというか違和感を感じる。

 行える事を実行する。価格が合わなければ、見合うだけの価値を付加すれば良い。そこに知恵を集約するターゲットが見えてくる。それが新産業に結びつくのでは無いだろうか?農業、林業、水産業、、、、これらで得たモノを資源に加工品として付加価値を付けて売る事が出来れば問題無い筈だ。

 何事も、原則論に立ち返り、それを商売に結び付けるには?という原則から、新たなモノが更に生まれるという思いは幻想かもしれないが、そういう方が自然に感じる。

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コメント

こんばんは、なかなかハードな視点ですね!
需要がどこで生まれるか?需要を満たすのは日本か?という風に考えると、なかなか厳しいというか、悲観的になるのは私もです。

投稿: 壱源 | 2009年10月 8日 (木) 00時41分

自分の価値観では数10年間ずっと不況ですが、バブルを頂点に自分の感覚とずれた好況時がたまに有ったという印象です。

数10年後はわかりませんが、当分需要が戻る要素がまったく見当たらないと思うのですが・・

投稿: yama | 2009年10月 8日 (木) 00時30分

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