覚える力が衰えるのは脳の老化?
辛口コラム連発中である。このところ、アクセス数は300アクセス以上、多い時では600アクセスに迫っているから、あまりに偏屈的な記事は如何なモノ?って思うのだが、受け売りと違って自分の意見だし、その意見は私見だから問題ない。だから、いいんだ、、、、
さて、今までの流れでは、自分で考えて行動出来ない奴はダメだとか、学ぶ事は記憶して当て嵌める訓練をする事でなく、知識を組み立てて新しい概念を生み出す事が新しい知識を身に付ける事で、それが学ぶ事だとか、散々好きな事というか、塾講師の指導方針に近い事をベラベラと述べてきたけど。もう一つ。
それは、覚える事について。
一般に、小さな子供、或いは低学年程に、色んな事を素早く吸収して理解して記憶に留めるって言われている。確かにそうだ。小さな子供程、新しい情報を素早く吸収する。そうなんだ。
そして、歳を取る程に、一発で覚えれなくなる。記憶に留まらなくなる。ってみんな思っている。
自分もそう思っていた事がある。
しかし、今はそうは思わない。事実、未だに大好きな事、、、例えば、感心ある単車のパーツの仕様とか、使い方とか、趣味のモノの情報は、自分の場合、未だに一目見ただけで、殆ど完璧に記憶に焼き付ける事が出来る。その感覚は幼少の頃となんら違いは無いのだ。
そこで辿り着いた結論、、、、、それは、モノを見た時に吸収する力が発揮できるかどうか?が記憶力に差を与えるのである。
全く、無な状態で好奇心に溢れているのが子供だ。子供は積極的に情報を仕入れようとする。だから、覚える事が出来るのだ。
同じように、オッサンの自分も上達したい分野の事は、自分のふがいなさ、レベルの低さを自覚しているから、目にした情報は純粋に驚愕に価する訳であり、それに対する好奇心の強さは、子供のそれと差違は無いのだ。だから、覚える事が出来るのだ。
でも、年取って覚えられない、、、って言う人は何が違う?って言うと、、、、それは、周りの部下、同僚、上司を見て気が付いた。口は悪いけど、こいつらは、立場に応じた知識を自分の体験で組み立てた知識として持っていないのである。単なる伝聞、人の話、、、、そういう模倣的な手法で暗記しているだけなのだ。
つまり、このような人達っていうのは、身に付けた情報を自分の創造性で生み出したのでなく、与えられたから暗記したというレベルで知っているに過ぎないにも拘わらず、何故だか、自分の知識と錯覚しているから、自分が目にする情報への知ったか感というか、見栄で、初体験を感動できないようになっているのである。
前の記事で、自分で考える。自分で判断する。って事の重要性の戯言を書いたけど、自分で昇華して知識を生み出す力の源泉が好奇心であり、好奇心が各人なりの知識を生み出すのである。それを本能的に望むから、知らない事を理解しようと脳の奥深くで経験と対比して理解しようと働くから脳に記憶として残るのである。
だから、人の話とか、公式覚えとか、他人の判断でしか行動出来ない奴は、自分で理解しようと脳の奥深くを働かす事が出来ず、更には、簡単な事に対しては自分の知識でないにも拘わらず、自分の知識として錯覚して物事を見ようとするから、表面的な理解しか出来ないのである。表面的な理解に留まらせる程度で、新しい事を見るから、当然記憶できないのだ。
つまり、歳を取って物事の記憶が鈍くなったというのは、それは、脳の使い方が出来なくなったということ。それは、自分で物事を進める癖というか習性を失ったという事なのだ。年齢的な老化でなく、何も知らない癖に、知ったと錯覚して人生を重ねた結果、自分で物事を考える力を喪失した結果が、脳の働きを阻害しているのである。
脳が老化したのでなく、使わない脳を有する生命体としての適応現象の結果として、個体自体が、覚える事の必要性が無いと判断して覚えられない形態に変化しただけの話なのだ。
これは、他の記事で、全てを老化で片付けるのは違うという持論を展開した事があるが、それは、老化条件に見合った別の個体が老化と片付ける事が出来ない力を発揮している例があるならば、出来なくなった事は老化でなく適応現象だという考え方と相通ずるものなのである。因みに、その記事はコレだ。
http://replica2st.cocolog-nifty.com/diet/2009/10/post-d1f7.html
詰まるところ、筋力であろうが、循環器系能力だろうが、血液検査の数値だろうが、更には、記憶力だろうが、全部、老化と片付けて避けられない変化というのは、単なる言い訳なんだろう。殆どが、堕落して怠惰な生活を繰り返した結果の、退化という状態の適応現象にすぎないのだ。30代、40代如きで、体力が云々とか、記憶力がどうのとか、、、、そういうのは有り得ない。それを言い訳にする時点で、考え方自体が終わっている。
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コメント
そうですね、覚えたくないものは全く頭に入りません。
興味のある事は一目見ただけで映像的というか全てが記憶に簡単に入りますが、どうでも良いものはダメですね、、、、見た瞬間というより、見ていないに近い状態です。
大事なのは、見るべきモノに好奇心を保てる生い立ちを過ごしてきたか?ですね。
投稿: 壱源 | 2009年11月17日 (火) 23時35分
なるほど、別に覚えたくない知識はありますね。
しかし私が若い頃から、今のアイドルの顔は見分けが付かないとか、今の音楽はわからない等言わなくてもいいことを言うから、若いやつに嫌われるんだよって人は永久にいなくならないんだろうな。
投稿: yama | 2009年11月17日 (火) 19時54分
御無沙汰しております。コメント有り難うございます。
そうですね、情報の取捨選択の差!良い言葉ですね。
取捨選択する際の判断基準を、どれ程本当に身に付けているか?が鍵とも言えますね。
判ってないのに、判っているつもりだから、本当は知らないのに好奇心が高まらず記憶に焼き付けにくい、、、、そんな感じかも知れません。
取捨選択の判断を正確に身に付けていれば、必要な事を覚える能力は寧ろ向上するんだと思います。それが、高度な内容に対する理解度の速さだと思います。
自分で判断出来ない奴は、取捨選択の判断さえ出来ないのが、若くして覚える方法を失うって症状に苛まれるのでしょうね。
投稿: 壱源 | 2009年11月17日 (火) 09時06分
記憶に関しては、50代を過ぎたあたりからの「物忘れ」とかは別だと思いますが、それ以前は仰るとおり能力の低下というより、覚え方の変化だと思います。
大人になると知識が豊富になり、それによる先入観や懐疑的反応といったものが、子供のような純粋な記憶を阻害しているのではないか、と。 つまり、脳が「覚えたくない」または「覚える必要が無い」と認識しているのではないかと思います。 ある意味、情報の取捨選択が上手くなったとも言えるかもしれないですね。
投稿: k | 2009年11月17日 (火) 08時53分
そうですね!
歳の言い訳にする奴は、言い訳さえも全うに答えを選べないバカですね。
せめて、出来ない理由を素直に正確に訴える事が出来る奴で無いと見込みないと思いますが、、、、
投稿: 壱源 | 2009年11月17日 (火) 07時59分
>>30代、40代如きで、体力が云々とか、記憶力がどうのとか
その程度の歳で言い訳にするのはちょっと情けないと思いますが、もっといらつくのはコンピューター等がわからないのを歳のせいにすることです、10年位前に年下に言われてあきれました。
投稿: yama | 2009年11月17日 (火) 05時34分