多機能携帯端末は嫌い。
携帯端末の多機能化が著しい。iPhone、スマートフォン、、、他にも、携帯型ゲーム端末のDSi LL、PSP go等々、、、、
正直、付いていけないというか、付いていく気がしない。普通の携帯電話でさえ機能は絞りたい程。絞って更にコンパクトとか、そういう方が望ましい。
思えば、この流れ、ノートパソコンの高機能化とよく似ている。しかし、パソコンの世界では、携帯性を重視し、出来る事を絞ったネットブックという形で機能の先鋭化が進んでいる。更には、携帯性、単機能性では、電子ノートでポメラのようなモノがヒットしている。
自分としては、携帯機能の強化は歓迎するけど、携帯機能の強化で並行する方向性としては、機能の特化の流れの方が歓迎出来る。
大前提として、携帯して迄、端末に依存した何かを行う必要性があるか?という点において、必要性を認めないからだ。端末作業は基本は、それに適した環境で行うべきという考え方が根底にある。つまり、そのような作業は、そのような環境に身を置いて行うのが楽であり、敢えて、宅外に居る時に、宅内で行う作業を行うのは、宅外に居る意味が無いとも言う。出先に向かう際に列車の中で資料を作るとか整理するとか、、、そういうビジネスマンも居るようだけど、そんな切羽詰まった状態で何かを行う事自体がナンセンスであり、その瞬間は鋭気を養ったり、同行者との意見の交換を行う方が余程に有意義と考えているからだ。
アプリを自在に利用できるのは歓迎するが、それの利用に携帯性は必要無いと言える。
自身のデジタル機器の利用形態はどうなっているか?っていうと、自分の移動先に用途に応じたPCを中心とした機材がばらまいてある状態。移動した先でオペレートするだけで、それ以外での作業は原則として行わない。更に、一つの部屋であっても用途に応じて機能や役割は複数のマシンに分散させているのだ。極端な話、書斎と寝室、リビングに別個にデスクトップPCが転がっている。
大事なのは、マシンの遠隔操作と、必要な情報を何処からでも取り出せるネットワークのようなモノ。移動した先で作業は行っても、移動中で作業は行わない。移動は移動という行為を主体として考えている。移動の際に、端末に集中して過ごす事と、外界からの情報や会話に意識を集中して過ごす事を比較した時に、某K女史のような効率論的な展開からすれば、無駄な時間云々ということになるかもしれないが、移動中に端末を見て歩くバカとか、イヤホンして外界に注意を払わない自転車乗りを見ると、正直、むかつくものだ。
移動の途中に活用するというスタイルに人々を誘導するようなモノは正直嫌いである。
ホント、携帯電話とかゲーム機というのは、地磁気センサーでも付けてやって移動中は強制スリープさせるようなインターロックでも必要だろう?って思う程。移動先で利用するなら判るが、移動中に利用するっていうのはダメだ。
後は、使いもしない機能に、アレも!コレも!出来たら嬉しい!的な考えが無いので、多機能という言葉にワクワクしない、、、って言うより、一芸に秀でるのが好きだから毛嫌いする方が多い。
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コメント
私はどうも携帯ツールが苦手です。携帯電話は基本的に出ません。自分から掛けるのが殆どです。掛ける頻度は極僅かです。
外に出たら、出てする事を大事にするという考え方ですから、歩きながら、運転しながら、、、といったながら行為を生理的に受け付けないのです。
投稿: 壱源 | 2010年1月30日 (土) 00時22分
私はPHS愛用なので、ケータイ文化には付いて行きません。アンテナが近くに無いと使えませんが、今はあきらめる事にしています。アンテナが少ない時期には八木アンテナの放射器部分にはめ込んで、長距離を狙った事もありましたが携帯性が悪いのと、狙ったアンテナ付近で使うヒトが居ると切れてしまう安定性の無さでやめました。マイクロ波の面白さを味わうのは良かったのですが。 多機能ケータイは電車通勤時間が長い方には良いのかもしれませんね。
投稿: クマ | 2010年1月29日 (金) 22時17分