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2010年2月 8日 (月)

モデル化

 今、振動現象について考え中である。振動っていうと、機械装置にとっては嫌な挙動。振動も色々だけど、振動を消すにはどうしたらよいか?何が支配的な要因か?考えるだけでも楽しい。

 この問題は、過去に同業他社においても発生した問題で、今回、別の会社でも発生した問題。問題の解決法は様々だけど、この問題をもう少し頭の中で理解を深める必要がある。

 振動が起こる要因、起こっている部分っていうのは、実際の世界では複雑で目で見えない場合があったり、再現しづらかったり、偶発性が高かったりとなかなか厄介なもの。

 しかし、目で見えない問題程、イマジネーションが湧き上がる。このイマジネーションに従い、単純化したモデルを創って理解を深めていく。これが楽しい。どんなモデルを作って、どう理解するか?何て事は、無関係、或いは、理解しそうに無い第三者に話す事は無いけれど、問題で悩む当事者同士でディスカッションするのは楽しいモノだろう。

 如何にモデルをシンプルに作り出せるか?これが、自分が理解できるかどうか?の分かれ目だ。単純なモデルで、そのモデルが問題となった状況を説明できるかどうか?そのモデルのパラメータが実際の状況の何に相関するか?、、、こういった関連付けを行って問題となっている現象を理解する。理解出来れば、そうならない対策も作れるし、提案も出来る。

 なんていうかな、、、、こういう風に問題にぶつかって理解に時間を要するような手間が楽しい。また、そういう風なプロセスで熟慮の状況を話されたり、相談されたりする事も楽しい。
 物事を理解するには、理解できない事を理解できるレベル迄単純化するのが人の頭の構造だと言える。つまり、モデル化っていうのは人間の性質とも言える。それが出来ない人っていうのは、或る意味、人間とは言えないというのが正味な感想。だから、配慮や熟慮の形跡が全く見えない思い付きでの断定的な回答や言い訳を聞くと、凄くむかつく事が多い。或いは、考えた上とは思えない程に幼稚な話を聞いた時も、正直、首を締めたくなる事がある。それは、何よりも考えようとしていないという態度に腹が立っているのである。何かの事態を問題と捉えれば、見た人なりの意見が生まれるのは自然な流れ。色々と集まって議論する。その中でモデルを提案する(し合う)。それに対して、議論する人から意見が加わりモデルが洗練されていく。モデルを生み出すにしても、周囲と一緒に作り上げる事が出来れば、更に楽しいもの。

 新しい事、知識、技という物への理解というのは、如何に自分の理解出来るモノに置き換える事が出来るか?が鍵なのである。考えてみれば、何をするにしても、何かを得ようと努力するにしても、問題を解決するにしても、描く理想像が存在する。それは、理想像でありイマジネーションである。イマジネーションする事がモデルを作る事。つまり、モデル化である。或る意味、想像とは創造なのである。創造性豊かというのは、モデル化出来る力が溢れているということ。これが日常の活力のような、そんな感じだ。

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コメント

モデル化っていうのは、一番シンプルな(自分で理解できる)形を生み出す事。所謂、想像であり、創造ですね。

それが思い通りになるかどうかは別として、それを生み出す事が大事であり、最終的に思い通りに出来ればOKって事ですね。
このような作業をチームで出来れば一番幸せですが、何故かチームとして機能するのは、他社との共同研究だったり、公的機関、大学との共同事業だったりします。

なかなか、同一組織の中では共同作業、つまりモデルを提案しあいながら、、、、って風にはなりません。

投稿: 壱源 | 2010年2月 8日 (月) 15時11分

振動対策の研究、面白そうですね。
そうですね、モデル化できると理解しやすいですね。

欲しい電圧の変圧器が無くて、巻き線の巻き直しをしたことが有ります。結果、電圧は得られましたがブザー程度の騒音と発熱があり、使っているうちに燃え出しました。きっちり巻いたつもりでも、手巻きでは50Hz振動対策には及ばなかったという事です。

投稿: クマ | 2010年2月 8日 (月) 14時57分

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