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2010年3月31日 (水)

大きなチェーンリング

 DAHONのような小径車を誉める言葉で耳にするのが、小径車はタイヤが小さいから進まないという印象が多いけど、優れた小径車はギア比が計算されているから大丈夫!って言葉、、、、

 そんな計算された象徴的なクランクのチェーンリング歯数は52Tって事が多い。

 で、、、、それ、どうよ?って事。

 安い外装6段変速の場合、14-28Tとか14-34Tとかのボスフリーが使われている。で、20インチの小径車で優れた!って言われているものには52Tのリングである。

 この52Tと14Tって組み合わせ、、、、ロールアウトで5.6mである。

 これって、使うか?という気分が強い。実際、自分の昼ポタでのスピママ号では乗用が前52Tだけど、後ろは16Tか18Tだ。4.3mから4.9mくらいのモノである。52×14なんて、、、、ガムシャラに漕がない限りは使う事は殆ど無い。

 しかも、折り畳み小径車で5.5m以上で漕ぐ必要性があるか?っていうと、甚だ疑問。

 それよりも、安価故にフロントシングルで52T、ロー側で28Tの場合は2.8m、、、、これって、ロードバイク並みに重いだろうに、、、、、タラタラ団地を上ろうとすれば、2m以下が便利。ロー側が28Tならチェーンリングは36T程度になる。36Tにするとトップは14Tだから3.9m、、、これは軽いかも知れない。でも現実的に考えると前は40~45Tくらいで選ぶ方がマトモに見えるのは自分だけだろうか?

 そんな訳で、この度調達した嫁チャリだけど、外装6段変速という構成はそのままに、チェーンリング歯数、ボスフリーの歯数構成をトータルで見直す事にした。
 ターゲットは、女性が歩道中心、町内中心で移動して、団地や坂の上り坂をゆっくりヨチヨチ登れる構成、、、、、馬鹿みたいに35km/h以上は狙わない。

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や・せ・る?

 三月は昨今の自転車ブームに乗って、自転車をネタに扱うテレビ番組が放送されていた。
 一つは、BS朝日でロハスをネタに扱った番組、一つはNHKのBS2で趣味に嵌る対象としての番組。

 この番組では、自転車に乗ると痩せる事が出来る例を紹介していた。確かに、自転車に毎日二時間乗れば痩せるのかも知れない。女芸人が体脂肪率で33%程度が29%迄落とした話とか、色々あったのだが、、、、、

 自転車で痩せるっていうのが、ホントか?っていうのが正直な感想。

 確かに、、、、全身運動で痩せるのは確かだろう。自分も水泳を毎日3kmずつ泳いで三ヶ月続けたら、体重、体脂肪、胴回りが20kg、20%、20cm減ったのは事実だけど、それは水泳の効果。最終的には65kg、10%、68cmになったけど、その後始めた自転車では平均すると毎日二時間以上は乗っているのだが、何も変化無い。何も変わらない。並行して行っている筋トレの効果からか、体重は68kgに増加している程度。胴回り、体脂肪率に大きな変化は無い。敢えて言うと、基礎代謝の体組成計指示値が最初が1550kcal、ダイエット完了時が1600kcal、今が1680kcalと増えたのが大きな違い。

 何はともあれ、自転車漕ぎ二時間/day以上を続けて二年近く経つけど、何も変わらない。

 こういう感覚から言うと、ホントに自転車って痩せるの?って印象。

 自転車に乗ると脚は細くなるよ!って話だけど、、、、、同じく放送されていたテレビでBSの放送で、女子自転車競技者のライバル物語が紹介されて、その練習風景、競技風景で垣間見れる下半身を見ると、、、、、そりゃぁ、全然細くないだろう、、、、メッチャパワフルで太い筋肉隆々である。放送で聞くと、、、体重なんて軽くないのだ。

 ってなると、自転車、特に、スポーツサイクルをそれらしく乗るってなると、体重の数値自体は減らないだろ?っていうのが偽らざる気持ち。

 自転車で痩せるのは確かかも知れないけど、それには、元がどの程度の人が、どんな取り組みをすれば、どうなる。しかし、其処までで、それ以上は違う、、、そういう注釈付きの紹介をして欲しいな!って思うのである。

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ヘルメットは嫌だな

 自転車のヘルメット、正直、嫌いだ。穴だらけで通気が良いのだろうけど、何だかエイリアンみたい。不細工だし格好悪い。安全といっても頭頂部のダメージ以外は殆ど無力。フルフェイスなら判るけど、、、、あの程度の半キャップ、被る意味が正直分かんない。

 単車のヘルメットは昔からずっとアライのラパイド。今もそう。フィット感抜群だし通気も良し。何より頑丈。これ定番で、色は白、黒系の単色専門。過去にはスーパーEってモデルでキャンディレッドを被っていた事もあるけど、それでも単色。レプリカメットは被らない。

 自転車のメット、、、、、どうもカラフルで競技選手レプリカっぽいのばかり、、、、どうも、装具やウェアでレプリカるのは、何だか好みでない。そもそも、自転車のヘルメット被ってる人はレーパン、レーシャツ、、、、これがレプリカジャージだったり、何か知らないけど、サークルとかクラブでのお揃いの柄モノ、、、、どうも受け付けないのだ。

 昔の流儀に従うと、、、、夏は白いTシャツに短パン、冬は上着にウインドブレーカー、下にジャージというのが定番。メットは被らず、たまにカスク装備っていうのが違和感無しなのだ。
 しかし、今の時代、カスクなんて無い。ヘルメットも恥ずかしいのが多い感じ。先日の暴走MTBによる待ち受け事故でも顔面は怪我しても頭は無傷。自転車のメットでも顔面はカバーしていないので、、、、そもそも、走る速度域を考えると、チャリメットがどれ程のプロテクト能力があるか?という点で必要度を理解していない。

 しかし、、、、

 無いよりはあった方がマシ、、、、、ということで、仕方なく、嫌々ながらヘルメットを被る事にした。ヘルメット自体は中央森林公園等で走るために一応は持っているけど、自分の選んだのは白の単色で一番安価なモデル。既に廃盤だ。白で無地でなるべくシンプル、、、、こういうの、案外少ないみたい。探してみても既に廃盤、終売って感じ。殆ど複数配色のハデハデ系、、、こういうのばっかりだと、やっぱり嫌だな。最近のチャリヘルのデザイン、、、、なんだか80年代後半のブラッシュカラーが流行した単車のヘルメットみたいで古くさいデザインがチョイ嫌なのだ。

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2010年3月30日 (火)

センタープルブレーキでパズル

 自分は表題のブレーキが何となく好きである。
 特に直付けタイプが好きなんだが、現実は直付け仕様のフレームは持っていないので、汎用タイプを利用している。さて、そんな汎用タイプで有名なのは、舶来品ならマファック、国内ならヨシガイだろう。ヨシガイの製品ではDIA-COMPE、GRAN-COMPEがあり、今でも復刻品でDC-750、GC-610が入手可能。マファックのセンタープルの場合、シューがギロチンナット留めとなっており、ヨシガイの製品なら既に廃盤となっているけどNGC-450なんかが該当する。ヨシガイのNGCシリーズは殆どマファックと同じ構造だから構造的な際は無いけど、直付けでない復刻されているDC、GCのセンタープルとマファックのセンタープルには大きな違いがある。

 ヨシガイの製品の場合、キャリパーアームをピポットボルトナットでスリーブを介して固定する構造なんだが、マファックの場合は、直付け仕様と同じように、ベースフレームに雌ねじが切ったピポットが設けてあり、それにキャリパーアームを嵌めてボルトで固定する構造となっている。なお、ヨシガイの場合、直付け用とフレーム留め用ではスプリングの形が違うけど、マファックの場合は、直付け用、フレーム留め用でスプリングの形に違いは無い。どちらの構造が好み?っていうと、、、、正直、マファックのボルト固定の方が好みだ。

 理由は、ボルトを抜いても台座自体がベースフレームに残っているのでキャリパーがばらけないのである。ヨシガイの場合、ボルトナットを抜くとスリーブが固定されなくなる。するとキャリパーアームは固定出来ないのだけど、マファックの場合、ボルトを抜いても台座ピポットは固定された状態となるのでキャリパーアームはベースフレームに残るのである。特に、フロントキャリアの取り外しではブレーキ本体がバラバラにならないのが有り難い。

 そんな訳だけど、我が家の小林スポルティーフには、当初のDURA ACE EX サイドプルから、シマノターニーセンタープルに交換して、ヨシガイのGRAN-COMPEに交換している。
 それで、手持ちの部品を色々と眺めてみた。

 手持ちの部品は、シマノターニーのセンタープル、直付け用の錆びたDIA-COMPE、汎用留めのGRAN-COMPE、汎用留めのMAFAC RACERの前、MAFACコンペティションのピポット台座を前後である。

 そういえば、ヨシガイもマファックも直付け台座は共用だった筈、、、、、それで、MAFACコンペティションの台座に直付けDIA-COMPEを付けてみる、、、、するとピッタリ装着可能。つまり、GRAN-COMPEのキャリパーがMAFACの台座フレームに装着可能ということ。その際に使うべきは、ヨシガイの直付け用スプリング、、、、、しかし、この直付け用スプリングはボロボロに錆びて美しく無い、、、、直付け用スプリングと汎用タイプのスプリングはフレーム側の固定部形状が違う。
 そういえば、、、、ヨシガイの直付け用スプリングは、シマノターニーセンタープル用と同じ構造、、、、

 そうなのである。マファックレーサーの台座にターニー用ステンレススプリングを組合せ、グランコンペのキャリパーアームを併せれば、直付け用センタープルと似た構造でメンテナンスが可能なセンタープルが出来上がるのである。因みに、マファックのピポット台座はオフセットして車体に非常に近い所から立ち上がっているので、見た目的にも直付けに近い雰囲気となるのでイイ感じである。

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携帯端末

 携帯端末っていうのは、どうも好きになれない。持ち運ぶ事自体が面倒臭い。持ち運びながら操作するっていうのは、自分の価値観の中では有り得ない。移動した先で何かの操作を行う事は有り得るけど、操作が必要な場所というのは限られてくる。ならば、その先に行う操作に特化したモノが在ればOKというのが根底にある。

 持ち運びに便利というのは評価に値するけど、移動中の使用が便利というのは評価に値しない。

 昨今の携帯電話系を見ると、片手操作が基本であり、片手操作というのは移動しながらの操作を前提にしたモノと言える。携帯端末であっても場所に据えて両手で操作するタイプなら関心が持てるけど、、、、こういう考えは古いかも知れないが、正直、携帯電話を操作しながらの自転車とか歩行者を見ると、見苦しいし、ウザイと思う事が多い。

 携帯型文字入力端末のポメラっていうのは、携帯時は超コンパクト、使用時は利便性追求型の形状。こういうモノっていうのは、モノとして判りやすいし、使う場所の想定が企画者からも絞られており非常に好意的に見える。
 しかし、携帯でメール操作しながら歩いたりチャリ乗ったりするのは、携帯性を追求するという言葉では同じかも知れないが、利用者の価値観はチョット違うように思う。

 そもそも携帯電話っていうのは、元々好きでない。電話は便利だけど、呼び出されるのは嫌。面倒臭い。基本、受信しても出ない。殆どがマナーモード。携帯電話は発信にしか使わないっていうのが理想。メールの利用法っていうと、自分から自分へのメールが一番多い。色んな場所から必要なファイルを添付してサーバーに送る。そして、自分が移動した時に、呼び出して利用する。FTP的な使い方をする事が一番多い。FTP自体は昔から利用しているけど、メールでのファイル添付よりも面倒臭い。それ故、今はファイル転送的な使い方はメールを多用している。それ故に、業務上で文書ファイルを送信したりする時に使うような使い方ばかり。添付するファイルがテキストに限らないのが便利である。添付しない時は、出先で見つけた情報のキーワードを送っておけば、そのキーワードを見れば何処からでも必要な情報が取り出せるので、そういう使い方。それ以外の会話的な事には使わない。

 携帯端末で色々調べるっていう利便性は認めるけど、少なくとも、その操作を歩きながらとか、運転しながらというのは認める事が出来ない。
 それと、調べるって行為の質だけど、簡単に調べる事の出来る情報というのは、本来的には、その程度の品質しか無い事は理解すべきだろう。簡単に調べる事が出来る。結果は小さな画面で表示できる範囲迄簡略化されている。それだけで判ったという判断をしたとすれば、その奥を知る事は多分不可能だ。最近は調べモノを全てネットだけで済ませる人も多いけど、簡単に調べる事が出来る内容っていうのは、所詮、その程度であるということは、理解して置くべきだろう。

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2010年3月29日 (月)

やっぱり旅には、、、

 昨年末、曇り後雨のコンディションの中、とびしま海道にショップサイクリングに出掛けた。
 その際、フルフェンダーを装備した小林スポルティーフでは、雨の中の高速巡航(といっても35~40km/h程度)も楽勝、そしてフェンダーのおかげで殆ど足元、尻等が濡れることなく走れた。更には、大き目のフロントフェンダーのおかげで、腹より下、股も湿る程度で濡れる事は無かった。上半身のウインドブレーカーで肩が濡れるくらいである。
 その時、同行した他のロードバイク、MTBは悲惨な程にずぶ濡れ、、、、、で、思ったのはやっぱり旅にはランドナー、スポルティーフだな!って事。

 その後、シルクのR2-4ロードフレームをベースにフルフェンダー装備のスポルティーフっていうか、プロムナードを作っている。

 やっぱり、自転車は旅の道具。旅には荷物載せ、泥よけ必須という思いは未だに変わらない。

 そうなんだが、この休み、家族サービスでドライブ+山での狩りモノに出掛けた。天候は出発時が曇り、、、しかし、山間部は小雨~雨になる。そんなところで見かけたのがロードバイクに乗ったツーリスト?であるのだが、みんな黒のピッタリウェア+ディバッグ+ロードレーサー系バイク、、、、雨が振ると、ドライブインのロビーに自転車を持ち込んだりしているけど、、、、一般客に迷惑だろ?って思ったり、雨の中では悲惨な泥はねでグショグショになって走っている。なんだか、我慢大会のよう、、、、

 やっぱり、旅にはレーシーな装備、レーシーなバイクはチョット違うな?って思いを強くした。今日程度の雨は、年末サイクリングの半分以下の量の雨だけど、この程度の雨で、フェンダー無しでは悲惨になる訳だ、、、、、

 ふと思ったのは、最近のバイク、ミニベロ、軽快車の一部しか泥よけは付いていない。ロード、MTB、クロスバイク、フラットバーロード、、、、殆ど、フェンダーレス、、、、、まぁ、雨に乗らなければ不要の装備だけど、旅するには、実用用途には、、、、フェンダーは必須だな。

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運転の常識は?

 自分にとって乗り物の基準は単車にある。単車での運転スタイルが車にも自転車にも影響している。

 別に危険な運転とも、人とは違う運転だとは思っていないけど、自分と同じ運転動作を行う人は少ない感じを受ける。それ故に、自分の運転スタイルは少数派なのかな?と思う事が少なくない。

 具体的に挙げてみると、最初は、動作変更の前には確実に確認動作を入れる事を重視している。発進時における後方確認、停止時に於ける後方確認は当然である。発進時においては本線の流れに乗る時に追突を避ける事と、本線の流れを阻害したくないというのが第一。停止時における後方確認では、停止動作によって後方車両が追突してこないか?そんな事を考える。こういう前提があるので、流れの速い幹線道路、こういう場合、片側二車線以上の道路が多いけど、こういう所では100%右折待ちで道路の真ん中に止まることは無い。大体、怖すぎである。動作変更というと、進路変更も然り。進路変更、基本は追い越し等で右車線に出て左車線に戻るというパターンだけど、車線を変える時は後方確認は必須行為である。当然だけど、自転車だろうと何だろうと左から追い越しを掛ける事は100%有り得ない。

 次は交差点における指示標識への対応。停止線が在って止まれの規制標識が出ていれば100%停止する。停止して左右確認すれば、速やかに、つまり迅速に加速して交差点から離脱するというスタイル。勿論、右左折に際しては、右左折を予告するような方向指示は交差点の手前からハッキリと判るように指示する。原則として複数の道路が集合する地点には、安全確認しながら進入し、進入後は速やかに加速離脱するという事。間違っても交差点内で乗降のための停車等はしない。

 次が通常の運転で曲がり道の走り方。これも旋回前に旋回可能な下限速度に落とし、旋回は加速気味に抜ける。ブレーキ操作は曲がり角進入前に完了し、曲がり角自体は加速しながら抜ける。これが基本のリズム。間違っても、旋回中とか、曲がりきれずに孕みながらブレーキを掛けるなんて有り得ない。

 最後が、センターラインが在ろうが無かろうが、基本はキープレフト。道路の中央から反対側に跨って走行は有り得ない。ブラインド等々を含めても左を揃えて運転する方が、万が一の逃げ場の確保にもなるし、離合の際に流れを阻害するような加減速が必要ないからだ。車線を跨って走ったり、センターラインを割って走ったり、センターラインが無ければ道路の真ん中を走るような大型ミニバンのドライバーのような走り方はナンセンスだ。恐らくだけど、走り位置を考えないドライバーが駐車場で枠線を無視した止め方を厭わないような奴なんだろう。そう考えれば、駐車場でマトモに駐車している奴の方が少数派であり、適当って奴の方が多いのが実態では内だろうか?

 これが基本なんだが、世間の運転では、曲がりたい時に突然曲がる。合図なんて曲がりながら出せばOK、、、、曲がりきれなくなって突然ブレーキとか、、、狭い道で真ん中より寧ろ右側を走るなんて、、、、そういうのは有り得ない。ゆっくり走れば安全というのよりも、何処をどの様に走るべきか?という考え方からすれば、自分のような走り方っていうのは、寧ろ少な目に感じる。

 そもそも、なんでこうなったか?っていうと、判らずに乗るからこうなる。この曲がり角は、どの程度で回れるか?この道幅は、車幅に対してどうか?それが判れば、普通に走れる筈だけど、それが判らない。つまり左の余裕が判らないから右よりの反対車線側を走る。速度の下限が判らない、予測出来ないから、断続的な減速行為になる。余裕が内から後方確認が出来ない。人の事を考える余裕が無いから自己都合だけで車を好き勝手な位置や場所に停める。車両感覚が無い奴が大きな車に乗るというのが大間違いなのである。運転していて左側の感覚は車体から5cmくらいの位置を感じ取れるようにならないと乗る資格は無いと思うのだが、、、、

 車に限らず、自転車でも何でもだけど、最近は好き勝手というか危険を予測しない運転が凄く多い。下手くそというか、それにも増して注意力散漫な移動体が多すぎである。この諸悪の根元は、携帯電話とかナビとか、そういうモノのような気がする。歩行者でも携帯電話見ながら前見ずに歩く奴が多いし、自転車もそう。車ではテレビ見ながら運転とかも少なくない。正直、そういうのは、どうなの?って感じ。

 でも、こういう人の方が圧倒的に多いというのが最近の感想で、自分のようなスタイルの方が少数派なんだろうと思う。事故っていうのは決して得では無いけど、誰かが避けるだろう的な運転に対して、自分から避けて身を守り続けるっていうのも、何で一人だけ?って思う事が少なくない。
 最近は、外部を見ない運転の恐さを知らない人は、一度恐さで冷や汗を流す方が良いのかな?とも思う。自分とは違うスタイルが主流で、それが主流故に常識なら、敢えてそういうスタイルで運転するモノが近づいてくれば、その鏡のようなスタイルで運転してやろうか?なんて考え事も少なくない。

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ダンベルも重量を増やすと、、、

 昨年末にグリップがローレットタイプでウエイトをキーボルトでロックするタイプのダンベルバーを使って重量を30kgにしてダンベルベンチとダンベルフライを行ってきた。

 年明けの1/23に左肩の負傷で一時的に重量を軽くしていたのだが、最近は普通に30kgのウエイトで普通に行っている。28kg迄は手首のスナップだけで軽くリフト出来ていたのだけど、流石に30kgを越えると手首のスナップでトライすると手首、肘の関節炎を招くみたい。ということで、床からリフトさせる時はダンベルを高さ50mmのベース台に載せた状態から持ち上げるパターンに変更している。プレス動作、フライ動作では30kgのウエイトの負荷がやや不足気味に感じるようになってきた。因みに、バーベルベンチプレスでも通常はベンチ台の上にバーベルを載せて行うので、スタート地点が何処か?というのは、鍛える箇所とは無関係なのでダンベル台を使うならウエイト不足という論理には当て嵌まらない。

 但し、今のミズノのダンベルバーでは2.5kgウエイトを組み合わせて使う限りでは片側30kgが最大ウエイト。ウエイトを増やすにしても、プレートは全部使っている。30kgのダンベルを左右用に二個使って、鈴木正成先生指南のダンベル体操用に8kgダンベルを二個、サイドベント用に15kgダンベルを一個作っておりプレートの残りは無しなのだ。

 となると、、、、、、片側で30kg以上のダンベルを少しずつ増量出来るように準備しようと思えば、新たにプレートが必要になってくる。
 どんなパターンが可能か?をチョット考えてみた。

 基本は、プレートを二枚単位で増やしていくのだが、28mmシャフト用のプレートの単位は0.5kg、1.25kg、2.5kg、5kg、10kg、15kgというもの。直径と厚みはメーカーによって違うけど鉄製ということで大きな差異は無いが、

重量[kg]  厚み[mm]  直径[mm]  価格[円]   左右一式四個分
0.5             11.4             108          315~630         1kg×2= 2000円
1.25           15.9             143          735~1260        2.5kg×2=4000円
2.5             20.1             175         1365~1995       5.0kg×2=6000円
5               25.8             238         2625~3675       10kg×2=12000円
10             28.6             290         5040~6825       20kg×2=24000円
15             35.6             335         7350~9135       30kg×2=32000円

 のような感じ。
 今現在、2.5kg、1.25kg、1.5kgのプレートが大量にあるけど、ローコストで一番負荷が細かく調整できて増量出来るパターンを考えたい。パターンとしては0.5kgプレートで1kg単位で負荷を増やせるのが便利だけど、バーの長さから考えると0.5kgプレートを使うならば、固定分の重いプレートも必要。10kgプレートを使えば、最低重量を10kg×2+2.5kg=22.5kgだけど、これから30kgオーバーというと7.5kgを追加する。7.5kgを二枚で追加するのは無理なんで四枚で追加するとすれば、片側で1.25kg×2+2.5kg×2となる。つまり、両側で考えると、10kgを四枚、2.5kgを四枚、1.25kgを四枚、そして0.5kgも四枚、、、、2.5kgと1.25kgは持っているから10kgと0.5kgを四枚ずつが最低限必要。三万円コースである。安くない訳だ。

 ところで、これをバーに装着するとすれば、10kgを二枚、2.5kgを二枚、1.25kgを二枚だから、28.6×2+20.1×2+15.9×2≒130mm、ロックが片側50mmで両側で100mm、グリップ部が120mm、つまり120+100+130=350mmなのだ。400mmのバーなら50mm分しか余裕が無い、、、、つまり0.5kgを最大で4枚、つまり32kg迄しか付ける事が出来ない。これでは無駄が多い。10kgプレートと5kgプレートで作ると重すぎる。15kgプレートでも重すぎる。2.5kgプレートを利用するとシャフト長の関係から重さが不足する。結構、知恵の輪みたいで難しい訳だ。

 コスト的にも重量的にも12.5kgのプレートがあればベストだ。基準が25+3=28kgだから、これに追加するのが一番好都合、、、、

 重量が増えてくると、逆にベンチプレスの方が都合が良いのかな?なんて考える事も少なくない。

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2010年3月28日 (日)

3/21~3/27の週の検索ワードピックアップ

★トーションビームサスペンション
 工業製品として販売されているから、別に拘らなければ問題無い。大丈夫!
 だけど、個人的には選ばない。最近のモノは知らないけど、バネで懸架するモノの重量は小さい程良いという考えと、やはり変位は材料特性よりも機械構造で提供するという考え方が根底にあるから。
 他には、通常の車軸式サスペンションにも言えるけど、左右両輪が連結されているのは舗装路向けでは乗りたくない。
 舗装路では、線路や道路の継ぎ目等のギャップを左右両輪同時に乗り越える時がある。その時、同時に凸部を乗り越えると間違い無く車体が跳ね上げられる。実際、高速道路の高架を通過する時、トーションビーム車の不快な事、我慢できない。踏切を通過する時のドタバタ感も好きになれない。
 理想は、左右が別々に動くモノ。左右が繋がってメリットなのは、左がストロークしたら右が地面に押し付けて駆動力を確保する事がメリットとなるようなオフロード系。左がストロークして右が突っ張ろうとした時に、同じ凸部を乗り越える時は、その反動でモロに突き上げを喰らう。
 経験としては、MPV、ADバン、マーチ、ヴィッツ、フィールダーで感じた。綺麗な路面では気にならない。ギャップが連続するとバタツキを強く感じる。後は、曲がる時に腰砕けるような感じを受ける事が少なくない。普通に4リンクとか5リンクの車の方が自然。リジッドでも昔のSA22Cのセブン、KP61スターレット、AE86、TD51Wエスクードでは乗り心地は兎も角、曲がる時は路面をしっかり噛んでいたように思う。
 まぁ、好みで選べば良いだろう。自分的には、好みでない。愛車のエリオも違うし、購入候補のプロボックスも違う。

★ロードバイク速くなるには
 これで調べる人が恒久的に多いのは不思議。
 裏を返せば、ロードバイクは速いと思って買ったけど、実は速くないので、どうすれば?って思う人が多いって事だろう。そうなると、何がどうなったら速い?って納得出来るかを明らかにしないと答えには行き着かない。願いの根底は、叶わぬ現状があるから。何が叶えば満足出来るか?という事を考えるのが先決だろう。
 一般論的には、持久力を付けて、筋力を付けて、道具の使い方を覚える。他には、良い機材をジャストフィットで得る。それだけだろう。
 他には、自己暗示を掛けて、自分は速い!って思い込むのも手。師と仰げるショップを見つけて通って誉めて貰うように努力するとか、教えてくれる!って人に教わるのも手かも知れない。

★HDDレコーダー内のデータ
 デジタルレコーダー内のデータは基本が圧縮データでありデータ形式自体は同じモノと考えられるけど、HDDのフォーマットが違うために見る事は現実的に不可能。レコーダー内のHDD自体は普通のHDDだけど、フォーマット作業が必要。しかし、フォーマット所要時間から考えても論理フォーマットが異なるだけだろう。
 実際、レコーダーのHDDをPCに繋いだとしたら未設定とか未フォーマットという表示になる。パーティションテーブルを書き出して見る事はUNIX系OSを使えば可能だが、既に、そういう作業は現実的でない。
 昔、PC-98にUNIXを移植する時にフォーマットでパーティションを作る時に、そういう作業を行ったけど、、、
 つまり、レコーダー内のデータをファイルコピー感覚で移す事は無理。現実的にはPC側で再生データをキャプチャーしてエンコードし直す位だろう。我が家ではデッキからのD4出力をPC側でキャプチャー出来るようにはしてあるけど、そういう作業が必要。キャプチャー側には相応の処理速度、容量が必要となるので、これも現実的でないかも知れない。

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CR-Z

 ガイアの夜明けって番組でもCR-Zの販売迄の取り組みが紹介されていたけど、このCR-Zって車はハイブリッドカーでありながらスポーツカー、そんな従来の価値観に囚われていない部分のためかどうかは知らないけど、各方面から注目されているようだ。

 実際、昨年のモーターショーでトヨタとスバルのコラボレーションの86をイメージしたFRモデルとの対比が注目を浴びていたけど、その段階から、自分としてはFT86よりもCR-Zの方が面白いな!って印象を持っていた。

 それは、純粋に新しそう!ってこと。そして、オリジナリティーに溢れている点が吟線に触れたからだ。
 勿論、70年代~90年代的な車好きの価値観に従えば、FT86の方がハートに響くのは、パッケージ的にも、そう思えるのだけど、FT86を見ると、その陰に、インプレッサだったり、ロードスターだったり、RX-7だったり、シルビアだったり、、、、そんな車の陰がちらつくのである。間違ってもAE86の陰は感じないのである。
 それは、過去のトヨタのリリースしたスポーツモデルにも通ずる感覚である。イメージ的にはフェアレディZを陰に感じるスープラ、セリカXXだったり、そんな感じなのである。

 トヨタが好きとか、嫌いではなく、トヨタの主張が感じにくいというか、余所のメーカーの何かをルーツしている感じが、ちょっと節操の無さというか、嫌らしさを感じるのである。

 そういう点で、CR-Zっていうのは、個人的に非常にホンダらしい雰囲気を感じるし、従来のスポーティーカーの流儀に当て嵌まらない新しさを感じるのである。新しさとは、想像できない感じ、つまり、興味というか好奇心の対象となるのである。FT86の場合は、乗らずとも車の方向性は読めてしまうという点で違うのである。

 そんなCR-Zだけど、発売一ヶ月で1万台を受注し、独身男性がMTを選ぶという傾向が顕著だという。このCR-Zは、最新の技術によるハイブリッドシステムを搭載したモデルだけど、MTの設定の他にも、パワーマネージメントのモードにスポーツ、ノーマル、エコの三通りが選べる等の機能も盛り込まれており、車の操作を全自動という方向とは違う価値観が最新のモデルにおいて盛り込まれているっていうのは結構良さそうである。今回の機能選択は、エンジンの許容回転数を変えるのを主体とした制御のようで、モーターアシストによる選択の幅広さという感じは受けなかったけど、将来的には面白そう。

 というのは、これ見て思ったのは、車から受ける感覚ではエンジンの出力特性が支配的なのは、誰もが知っている事実だけど、通常のエンジン搭載車では出力特性の変更というと、並大抵ではない。現代の車ならバルブタイミング、点火時期等を制御によって変える事は可能だろうけど、その変更幅は限度があるのが現実。
 しかし、ハイブリッドで基本の動力性能部分は変更させずとも、アシストモーターの特性を変更すると随分と出力フィールが変わるのだろう。アシストモーターのアシスト特性のユーザーカスタマイズなんかが出来れば新しい楽しみ方が出来そうな印象を持った。

 実際、電動RCカーでは出力アンプの出力特性で随分と走りが変わるのである。ならば、HVスポーツカーでもアシストモーターのアシスト特性の変更は楽しそうだし、変更に伴う特性の変化の幅は、エンジン側よりも安価かつ明瞭に効果が得られそう。

 将来、そういうシステムが登場するのかな?なんて期待が湧くのが、今回のCR-Zだ。

 家庭環境が許されれば、プロボックスよりもCR-Zの方が欲しいくらいだが、、、、、

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2010年3月27日 (土)

その後

 次期マイカー候補の筆頭がトヨタ・プロボックスだ。
 今のエリオの車検は夏過ぎ、任意保険の更新が夏前、そんな状況で、そろそろ買い換えても良いかな?的な思いで交渉を行っている。この車、エコカー対象でも何でもない。それ故に、それ!今だ!的なタイミングとはなっていないけど、一応、仕様的に確定してきたので、見積を取っている。

 基本は、車両本体、これは特別仕様車のF・ExtraPackage Limitedの4WDのMT車に何種類かのオプションを追加。オプション的にはバイザー、フロアーマット、ナンバー枠、エアロ三点、モデリスタのスプリング、フォグランプ、ラゲッジカーペット、ETC、地デジテレビ対応SDナビというパーツを追加して納車時出費合計は、最初の回答が215万円也。この状態で基本的な値引きが入っているようだけど、交渉の手応え的には最終で190万円くらい。

 正直、高いか、安いか判らない。因みに、一応の競合車であるエスクードのMT車の場合で同じ条件で208万円也。この208万円が一つの目安になる。他の引き合い車両としては、スバルのインプレッサの1.5i-Sだけど、これは車両が191万円からのスタートで215万円というところ。金額の大小で決めるというよりも、営業マンの応対と車種毎に納得出来る金額に到るかどうか?で判断する。

 自分的には、プロボックス>エスクード>インプレッサ。嫁的にはエスクード>プロボックス>インプレッサ、子供的にはエスクード>インプレッサ>プロボックスという状態。インプレッサはお隣さんと同じ故に、可能性は低く、エスクードとプロボックスの一騎打ち!?的な様相。他にも日産のティーダも検討しているけど、あくまでもポーズ的な意味。

 実用性、耐久性、経済性を考えるとプロボックスで99%決まりなんだが、安芸府中店の営業から聞いた改良が入るという情報が唯一の気がかり。
 一般には改良というのはMC程でも無い筈だけど、結構、痒いところに手の届く改良が少なくない。エリオの場合、自分の納車時期を決めたのは、改良情報によって決めた経緯がある。当時の改良項目は、リアアンテナが脱着式から可倒式に、ラゲッジにルームランプ連動ランプが付いた事だったけど、ユーザーにすれば大きな変化なのだ。
 それ故に、プロボックスの改良が春にあるという情報に従えば、最大で夏迄待つのはアリなのだ。

 但し、今なら改良情報を超越してドーンとお得と言う事になれば決めてしまおうという腹づもり。

 価格が高いとは思わないけど、実際のところ、オプションを装備して金額を積算すると、売れ線のエコカー対象車種に較べると随分と割高感があるのは否めない。勿論、エコカー対象から選ぶなんて事はしないけど、対象に組み込まれるという話があるならば、待つ価値もある。現実的には4WDのMTは対象には為り得ないけど、、、、、

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顔の脂

 先週土曜日の待ち受け事故で顔面を負傷した。鼻の頭の裂傷、額の擦過傷だ。裂傷は縫合、擦過傷にはモイストヒーリングを行っている。

 結果、洗顔が非常に不自由なのだ。当然、入浴で洗髪は可能だけど、洗顔は部分的な洗顔石鹸による洗浄とタオルでのふき取りとなるのだけど眉間辺りは実質不可能でありタオルで拭き取る程度に制限されている。

 すると、、、今までは気にならなかったのだけど、顔の脂による不快感が倍増だ。これまで、生活サイクルの中で6時間間隔程度で洗顔を普通に行っていたのだけど、それが適わない。すると、、、、8時間程度で顔面上の皮脂の付着感で不快指数がアップする。決して、脂性という訳では無いと思っているけど、無意識に行っている洗顔が出来なくなると、脂が気になるというのは、無意識に洗い流す行為は、自然と不快感を感じて、自然と洗顔していたから気にならないというもの。無意識に洗顔出来ないと、これ程までに不快というのは、或る意味ビックリである。

 それにしても、サッサと抜糸を済ませたいモノである。

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2010年3月26日 (金)

体質改善中

 筋トレ重視生活で三ヶ月経過した。60kg(30kg×2)のローレット付きダンベルを使い始めたのが昨年末12月13日からである。その後1月23日の怪我で10日程軽負荷(最低で負傷側を10kg程度迄減量)にしたけど、それを差っ引いて実質3ヶ月だ。あれから体重で1.5kg程度増加しているのだが、変わった点は骨格筋率が38%、基礎代謝が1700kcalを表示する事が多くなった。骨格筋率で+1.5%以上、体重で+1.5kg、基礎代謝で+50kcalの変化だ。

http://replica2st.cocolog-nifty.com/diet/2009/12/post-2b98.html

でも纏めているけど、殆ど同じ割合だ。30~35[kcal/除脂肪体重1kg]って感じで変化している。

 思ったのは、前回の考察時が09/12/22、その際の比較が更に一年前。そう、前回での変化は一年間で2.5kgの変化だったのだけど、筋トレ重視で負荷を増やして以降は三ヶ月で1.5kgの変化である。変化率を見ると、前回は0.2[kg/month]、今回は0.5[kg/month]であり、変化の速度は二倍以上となっている。

 前回スパンと今回スパンでの運動メニューの違いは?っていうと、持久系運動量は一緒だけど、サーキットメニューで組んだ筋トレの方法を若干変更している。軽負荷×20回を10セットを50分で行っていたのを、重負荷×10回を5セットで60分行うメニューに変更している。他には、日記には記入していないけど、負荷付きでの瞬発系運動を1時間加えている。

 やはり、筋肉量を増やすには、相応の負荷を掛けないと意味が無い。勿論、負荷重量に対する仕事という意味から考えると、負荷×時間が総量だから、時間を目的とする動作に見立てる設定で負荷を決める訳で、その結果、負荷を増やした方が実践的と判断してメニューを変えたのだけど、その方が目的の動作の実践に都合が良く、更に、結果として筋肉量が増えたようなモノである。

 結果、ブレストでストロークあたりで進む距離が増えて、50メートルで1~2ストローク減ったし、ピストバイクでのケイデンスもMAX210rpmがMAX250rpmとなった。狙っていたとおりに、力と速さがアップしているのでOKだ。

 これから夏に向けては、オープンスイムに向けて、速度よりも距離、筋トレよりも持久系トレーニングを増やす方向でロングディスタンススイム重視に変更してみるつもりだ。

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傷の治し方~モイストヒーリング~

 昔は怪我の治し方は早く乾かして瘡蓋を作って治すという考え方だったようだけど、最近は湿らせたまま治すとい考えかたらしい、、、

 昔の考え方が乾燥理論によるものらしいけど、1960年代以降は湿潤環境理論が登場し、その優位性、重要性が証明されて現代は湿潤環境理論による治療方法が行われているんだそうだ。
 これを湿潤療法と言うらしく、傷からの滲出液を利用して治すんだそうだ。この滲出液には組織の修復に重要な細胞成長因子、サイトカイン等が含まれており傷を治すのに有効ということ。

 でも、額の擦り傷の場合、滲出液っていうのが夜中の内に目と目の間に堪って不快な感じがこの上ないのだ。今回の場合、この滲出液が滴る程に溢れまくっており、正直、邪魔でしょうがないのだ。

 ただ、こんな理論が今のトレンドなんだそうだが、同程度の腕の擦り傷は、2日後には傘蓋が取れて終わっている。果たして、湿潤環境っていうのはホントに速く治癒するのか?っていうと、正直、疑わしい。
 色んな解説を読んでいると、早く治る、綺麗に治る、、、、治るイメージのアニメーション等もあるけど、体験上だけど、傘蓋が出来て治った箇所に傷の痕跡を探す事が出来るか?というと、これまた、そうでもない。年数と共に判らなくなっているというのが実感。

 自分の考えとしては、何事も自然が一番なのである。大昔、擦り傷は乾燥して勝手に治っていた筈。原始人と迄は言わないが、太古の時代に湿潤環境をつくる治療剤があったとも思えないし、そんなモノが無い時代に、自然治癒の過程が湿潤環境となりうる状況があるか?というと、想像し辛いのが正直な感想。

 個人的には、傷を長期間覆う必要は無く、サッと治すっていうのが道理に適っているように思う。外傷っていうのは、生活活動では不可避な障害。そんな不可避障害は、ほったらかしが一番では無いのでは?人為的な処置が必要なのは、骨が折れた、砕けた、飛び散ったという怪我で、それでも位置関係さえ固定したら、過度なケアは不要かな?というのが自分の意見だ。

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2010年3月25日 (木)

キャリアに思う

 自分にとって自転車とは、一人で好きなところに出掛ける手段の一つである。車よりも単車よりも自由に出掛ける事の出来る道具なのである。万が一のリスクで移動不能になる可能性が最も低い交通手段である。理由は、何か問題が生じたとしても、取り敢えず移動可能な状態に復帰する事が出来るということで、トラブル時における帰還能力が一番高い乗り物という位置付けである。

 旅の道具であり、リスクからの回避と言う事になると、やっぱり土産、工具というモノを装備するのが大前提なのである。そして、自転車に荷物を装備するには、やはり身体でなく車体に装備したいのである。そうすると、荷台、キャリアは必須なのだ。

 自転車にはフェンダー!って思いと同様に、自転車にはキャリア!って思いが強いのが、最近のスポーツ自転車愛好家との大きな違いだろう。

 実際、日常のダイエット活動のための自転車利用でもパンク修理が可能な修理セット+予備チューブ+インフレーターは当然の装備であり、それ無しで遠くを走る可能性は無い。パンク修理セット無しで走るのは市街地オンリーでスピママ号くらいである。それ以外は全車パンク修理時対応は可能な状態。そしてウエストバッグには最小限の工具が何時も入っている。此処までは当然なのだ。
 そして、遠出する時にはどうか?っていうと、着替え+雨具+携帯工具以上の整備しやすい工具類+予備部品は当然、更には土産等々をタップリ入れれる鞄が必要で、その鞄を載せるキャリアは必須なのだ。

 そんなキャリアだけど、どうでも良い?ような自転車にはキャリアへの拘りは無いけど、結構、拘るような自転車にはキャリアにも拘りがある。同じキャリアを付けるにしても、汎用的なキャリアをバンドやフレキシブル的な固定方法でどうにでも付けてしまうっていうのは、あんまり好きじゃないのだ。適当に、汎用に付けるって付け方は、妥協しても小径車、折り畳み自転車迄の話なのだ。或る程度の品位というか趣味性を重視する自転車にゴテゴテ感溢れるキャリアを付けるのは美的に許せない。

 例えば、美しい曲線を描く鋼製フォークにダボやバンドでキャリアを装着するのは、正直、好みでないのだ。美しいフォークブレードはブレードの名の如く、何の装着物も無しにブレードを見せたいのだ。
 自身がスポルティーフにセンタープルキャリパーを拘るのは、キャリアを装着する時に、フェンダー取り付け穴とブレーキピポットボルトのみで完結してキャリアが装着できるからである。フォーククラウンやブレードにダボ無しでキャリアが付ける事が出来るのが理由なのだ。カンティブレーキやVブレーキはフォークブレードの美しさが半減するし、その台座から角度調節のためにネジで屈曲させながらステーを出すのは正直、美しいとは思えないのだ。
 そんな汎用的なキャリアを利用しても良いか!って思えるのは、少なくともスポルティーフ調の自転車以外となる。小径車とか、そんな類だけである。

 因みに、ロードレーサーとかファーストライディングモデルに小型フロントバッグを載せる時、昔はステムに引っ掛けて使うフックキャリアを利用していた。

 キャリアっていうのは実用的だけど、それが趣味性を阻害するような存在だと嫌、、、、そういうものなのだ。

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放送記念日

 放送記念日の特集番組で、ネットが既存マスメディア媒体の在り方に大きな影響を及ぼしている現状が紹介されていた。

 ネットの普及で新聞購読しない人が増え、テレビの視聴も減っているという。そして、米国では廃刊に追い込まれた新聞も数多くあり、ローカルテレビ局もオリジナル番組が作成出来ず系列局の番組の繰り返し放送しか出来なくなった局も多いという。

 このような状況は日本に訪れるという危機感から、既存のマスメディアを司る企業は、コンテンツを電子媒体に移植し、更に多くの情報を提供できるような配信形態を探っているという取り組みも紹介されていた。

 番組の出演者、視聴者意見の紹介を、聞いて思ったのは、既存マスメディアがネット媒体に乗っかる方向に進んでいるという事。これは、単純に媒体の変化に対応しているだけの取り組みであり、結果として、媒体としてテレビ、新聞からネットにシフトする戦略であり、そのこと自体が、既存の配信形態を失う序章のように見え、結局は、新聞、テレビの存在価値は無くなるのかな?という印象を持った。既存のメディア配信側が、ネットの世界に組み込まれるという流れにしか見えなかったのは気のせいだろうか?誰が書くか?情報の整理の仕方は?という点で既存メディアを養護する意見もあったけど、そんな事は小さな問題であり、新聞の内容をネット媒体で伝える事自体が、既存の新聞という意味が無くなるのであり、仮に、媒体を紙から端末に移す事に成功し、新聞社が生き残ったとしても、それは新聞という媒体が生き残った事にはならない筈だが、その辺は、皆どのように考えているのだろうか?

 個人的な考えでは、情報の性質が異なるのであり、較べる事はナンセンス。ましてや、ネットに乗っかるというのは主従関係において従属的になる点で、既存マスメディアの負けを意味しているようにしか見えない。両立するには価値を高める必要があり、ネットに組み込まれるのでなく、ネットを利用するという発想が生き残りに必要な事かな?というのが個人的な感想だ。

 従来のテレビ、新聞では、記者が深層を追う事でニュースが成立する。記者には担当が存在し、それ故に深層に迫れるのがメリットなのだ。その当たりはずれは、深層がニーズ(読者の関心)を捉えるか?であり、捉えられなければ負けなのだ。
 ネットでは、深い必要な無い。浅く、広く、数多くで即時性勝負の世界である。ネットで求められるのは即時性、簡易性であり、ネットという双方向性と情報発信に参加する人の数の多さがネットの最大の魅力なのである。

 その質の違いを考えると、電子媒体でありながら、即時性、速読性、簡易性が無いような報道に見込みがあるか?というと非常に厳しい印象だ。既存の新聞やテレビのメリットは深層だが、それを外す事が存続を危うくしてある訳であり、ニーズ発掘の収集手段としてネットを利用する等でネットに乗るのでなく、ネットを利用して消費者ニーズを外さない方向性の獲得こそが大事ではないか?と思ったりする。

 テレビだろうが新聞だろうが、ニーズや関心の高まりを収集し、その関心度や意見に沿った深い記事をテレビや新聞で報道する事で既存のマスメディアとしての存在意義が活きてくるように思う。
 Yahooの参加型天気予報なんて良い例だ。居住者が天気の状況を報告し、それを発信する。そういうネットの即時性、双方向性を利用した情報の再配信は上手い利用例だと言える。

 事件や事故、政治、経済の事実をリアルタイムで知らせ、世論同行を収集し、その収集結果に即した結果を既存報道媒体で再配信する。再配信では発信元情報の紹介も踏まえれば一方向発信になりがちな既存マスメディアに読者参加の特徴を付加する事も出来たりするように思うのである。

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2010年3月24日 (水)

シルクR2-4改スポルティーフ、完成!

 上述のようにシルクR2-4をベースとしたスポルティーフが完成した。
 当初の予定通りに殆ど出来たけど、唯一、Rメカの動作レンジ不足の関係上、サンツアー7の使用は断念し、一世代前のシマノSORA RD-3300で対応した。
 細かいコーディネートとしてはバーテープに革製のテープを奮発したのが大きいところ。

 全体の雰囲気は一応は生粋のロードレーサーであるR2-4のフレームをベースにしながらも、センタープルブレーキ、アロイボードフェンダー、前後キャリア、単一のタンケンライト、革製バーテープ+錨打ちサドルでスポルティーフよりも低速よりな感じ。
 特に、5ピンのPXクランク+6アームで48-34Tという構成からディアゴナール的な雰囲気である。

 正直、パッと見て超高価というよりも、当時の実用エントリーって感じに纏まって悪くない感じなのだ。

 完成車を見て、ニシダサイクルのお兄さんと昔の車種カテゴリーをネタに話をしたのだが、それは、

1.ロードレーサー
 チューブラーに高速ギア比を搭載した自転車、構成的にはクロウスレシオのカセット(昔ならフリー)、PCD130か144で52-42T辺りのダブルのクランク、サイドプルキャリパーと言う構成。チョットビンテージ入るとショートリーチのセンタープルキャリパーもアリという構成。

2.ファーストライディング
 ロードレーサーにWOタイヤを装備した自転車、ギア比や構成はロードレーサーに準ずる。700Cの場合、太さは23~25くらい、27インチの場合は1-1/8サイズが多かった

3.スポルティーフ
 ファーストライディングにフルフェンダー、小振りなフロントキャリアを装備する。タイヤもチョット太めになり、それ故に、センタープルキャリパーが多く採用されている。クランクにトリプルを採用する事も場合によってはある。TAのシクロツーリストやプロダイ辺りをカスタマイズして採用する例も多かった。タイヤは700Cなら25~28、27インチなら1-1/4が多かった。

4.ディアゴナール
 700Cサイズながら、更に太めのタイヤ故にカンティブレーキを使う事が多い。クランクもトリプルが主流。カセット(昔ならフリー)も少々ワイド気味なカセットが多い。タイヤは700Cで32幅以上。当然フェンダー装備。

5.ランドナー
 26インチか650サイズのタイヤ、カンティブレーキ、トリプルクランクか廉価なモノは48-36Tというダブルのクランクにワイドなカセット(昔ならフリー)という構成。大きめのフロントキャリアで大きなフロントバッグが載せる事が出来る。これも当然フェンダー装備。

6.キャンピング
 ランドナーに近いけど、前後に振り分けのバッグを載せるキャリアが付けられるようなダボ等を装備。重心を低くし、サドルバッグも付けやすいように、シートステーはクロスステータイプが主流。タイヤは1-1/2サイズのような太め。クランクは殆どの場合がトリプル仕様。これも当然フェンダー装備。

A.クロカン
 ロードレーサーにイボイボのクロカンタイヤを履いたモデル。今のシクロに近いけど、いまのシクロはベースがロードレーサーとは違うので微妙に違う。

B.パスハンター
 正確な認識はしていなけど、当時のランドナーにオールラウンダーバー、つまりフラットハンドルを装備してフェンダーを外したモデル。今流に言えばMTBみたいなもの。

 というような認識。このような認識に従えば、R2-4改スポルティーフは、3.のスポルティーフと4.のディアゴナールの間みたいな存在。ベースはロードフレームだけど、構成はスポルティーフ、更に、キャリアやギア比、パーツチョイスはディアゴナールに近いような形である。
 ここまでやって思ったのは、、、、、片倉のスポルティーフ、、、、ならば、グロワールが欲しいという気持ち、、、、でも、身体は一つ。この辺が単車趣味と同じ方向に行っている。ヤバイなぁ、、、、でも、当面はニシダサイクルさんに置いておく予定。

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トカゲ?

 昔から怪我の治りは早いと思うし、そう言われてきた。
 今回、負傷したのが土曜日だ。土曜日に深い傷は縫合し、擦り傷、打撲を負った訳だ。

 さて、縫合後、何したか?っていうと、帰りは自転車で走り残したコース、つまりは、ピストでヒルクライムを二本行った。痛みは?っていうと、不思議と感じない。しかし、その時は打撲は翌日に出るだろうな?という危惧を抱えながら帰宅。

 さすがに、帰宅してからは打ち身を負った箇所が痛くないと言えば嘘になる。ということで、3時間程仮眠をとって安静にした後に夜以降は通常モード。

 日曜日、休日診療に出掛けガーゼ交換等実施に紹介された別の病院に出掛けた。そこで、縫合等の治療は何日前?って聞かれ、昨日というと少々驚かれ、ガーゼ等も一気に縮小。月曜日の休日診療でも更に快復して、ガーゼは鼻の頭に少々という状況。

 特に治癒の速度が速いとの意見を頂いたけど、怪我の修復力っていうのは代謝の活発さを表すものであり、早い快復力っていうのは元気な証拠でもある。
 そういえば、正月早々に家族が新型インフルエンザになった時、微妙にそんな症状を感じたような気もしたけど、発熱は無しで、普通に運動、普通にスイムで発症の自覚は無かったけど、案外感染していたのかもしれない。

 今回、激走MTBのハンドルが右腕を直撃して太さで三割程は腫れ上がり痛みが酷かったのだが、翌日には腫れも引いて痛みは皆無。更に、不思議な事は衝突前に違和感を感じていた肘だけど、殆ど判らなくなってしまった。それは、唯一の朗報。

 そんな感じで三連休は過ぎたのだが、さすがに抜糸は規定の一週間は待つ必要があるらしい。出来れば金曜日には抜糸してもらって金曜スイムは行いたいところだけど、土曜が縫合故に、抜糸は土曜日だそうだ。それ故に、スイムは最短でも土曜日以降、、、、これが悲しい。月曜が会議で夕方はNG、火曜日辺りがスイムの臨時日だろうか?二週間もスイムの間隔を開けるのはNGだから、来週は週二のスイム予定だ。

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2010年3月23日 (火)

フレーム探そう。

 シルクのR1ピストがトップチューブCC長(T-CC)530mm、シートチューブCT長(S-CT)530mmだったから、T-CC530mmのR2-4ロードもてっきりS-CT530mmと思っていたら実は550mmだった。S-CTの寸法はシートポストの出しようでどうにもなるから関係無いけど、サドルとハンドルの落差を確保するにはS-CTが大きなフレームは難しい。それ故に、落差に50~100mm程度を得ようとすれば、自分の場合はT-CC530mmでS-CT530±10mが理想だ。
 しかし、ツアラー車の場合、キャリア上にフロントバッグを置く。するとキャリア~ハンドル迄の距離は或る程度欲しい訳で、ハンドルは下げる事は無い。用途的に考えてもサドルトップとハンドルの落差を大きく取る必要もない訳だ。すると、S-CT530mmに拘ることなく550mmでも十分使える訳だ。ツアラーの場合、フレーム自体の弾性率を下げる場合はフレーム三角は大きい方が望ましい。感じる事が出来る出来ないでなく、敢えて選ぶならという話だ。

 すると、S-CT530mmよりもS-CT540~550mmの方が良いかな?なんて思いも脳裏をよぎる。しかし、大きく取りすぎてスタンドオーバーハイトが高すぎると使いづらいのも事実。実際、S-CT550mmの小林フレームではギリギリというか、チョイ厳しい。同じS-CT550mmでもR2-4なら余裕。これはハンガー下がりの違いだろう。仮に違っても10mmも変わらない筈であり、少なくとも、自分の股下の場合、S-CT550mmはハンガー下がり等々の違いによって乗りにくい場合も在りうる訳だ。R2-4の場合、偶然良かっただけだろう。
 あと、最近思うのは、T-CC530mmと決めているけど、ランドナー、スポルティーフの場合は、その限りでも無い。っていうのは、フロントキャリアにフロントバッグを置く。キャリアには後端にバッグがフレームにずれないようにストッパーが設けてある。バッグの固定はキャリ上に載せてハンドルバーでベルトを結ぶ。つまり、T-CCが短くステムが長い構成の場合、ハンドルバー位置に対してヘッドパイプが後に位置しており、キャリアの後枠が後過ぎる事がある。つまり、逆にT-CCが長いとキャリアの後枠が、その分前方に行くので、ハンドルでフロントバッグを固定した時にフロントバッグが変に傾いたりしないのである。つまり、ロードとかピストでT-CC530mmならばランドナー、スポルティーフではT-CC540mm狙いでステムを短めで作るとキャリアの後枠でバッグが固定され、ハンドルでベルトを掛けてもハンドルの中央部を握るスペースが生まれるのである。勿論、ハンドルハイトが高い分、アップライトになるのでSAも自分のロード/ピストデフォルトより少し浅めとなる。使い方、構成を考慮に入れると、やっぱり、スポルティーフはスポルティーフとしてジオメトリーを決めた方が幸せになりそう。

 その辺りを考えると、なかなか満足できる車体を探すのは難しい。直付けセンタープル仕様となると相当に古くエンド幅も120mm仕様が多い。これで組めない事もないけど、普通に130mmくらいで作る方が楽だし、装着できるパーツに制約が生まれすぎるのも後々どう?って感じ。
 そんな事考えていたら、最終兵器は、ショップオーダーで作るしか無さそう。究極は東叡だけど、SILKの再生塗装をお願いした絹自転車製作所さんも拘りの一品が得られそうだ。二枚肩+シルクラグ+直付け台座っていうのも可能。或いは、目星を付けている完成車サンプルを、とあるビルダーから調達するのも面白そう。

 旧車をスポルティーフっぽく作るのも限界がある。マスプロ完成車の中古探しも完成したときの満足度が微妙だし、当時の上級車を入手したとしても実際には妥協点が残る。何よりも旧車ベースでは、維持時の保守性が厳しい。現行仕様でいける方が道具としては良さそう。

そんな感じで妄想中。やっぱり、ロードフレームに如何にフェンダーを付けて、キャリアを付けて、センタープルブレーキを付けたとしても、、、、それはスポルティーフモドキであり、ニセモノの、まがい物に過ぎない。リアルに本物のスポルティーフが欲しい。ニセモノはニセモノなのだ。

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こういう場合は?

 水曜日の昼下がり、白バイと自転車の衝突事故があった。

http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn201003180020.html

 これだが、逃走中の単車をサイレンを鳴らして追跡していた白バイと17歳のアルバイト?女性の乗った自転車が衝突したとの事。それで、17歳のアルバイト店員が二週間の負傷とのことだけど、こういう場合、事故の扱い、保険の扱いはどうなるんだろうか?

 色んな見方がある。緊急車両とは言え、周囲への安全の配慮を最大限というのは理屈だけど、それでも不可避な場合は少なくない。交差点に信号が無いとはいえ、サイレンが鳴っていたら大抵は判るはずだけど、そこでマスの小さな二輪車同士の接触が起こるって言うのは、双方に過度な落ち度があったのだろうか?と自然に思う。

 一般論的には、自転車ユーザーのマナーの悪さは目を覆うばかりのモノが多く、自転車ユーザーの最近の主張は、ユーザー全体の権利の主張ばかりが耳に付く。権利を主張するならば義務を負うというか、法令遵守に努める意識が無いのが違和感を持っている。
 自転車同士の事故と異なり、自転車対他の移動体の事故の場合、どうしても自転車側の過失が大きいように思ってしまうのは、自転車ユーザー全体のマナーの悪さと、権利の主張と義務不遂行のギャップから来る悪印象によるもの。

 自身、自転車好きだけど、自転車っていうのは、とても御都合主義で身勝手な存在だとも思う。恐らく、多くの人、自転車の利用者であっても、心の底では、自転車の勝手感は感じているだろうと思う。

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2010年3月22日 (月)

怪我で時間が空いたので

 昨日の貰い事故で今日は比較的?安静に過ごすと言う事で、計画を練りながらペンディングになっていた事を行った。

 単純には自転車のパーツ交換である。メインはブレーキ交換、キャリア交換だ。

 最初に行ったのは小林ロードフレームのスポルティーフだ。コイツのブレーキはDURA ACE EXのサイドプルキャリパー、これに日東のFRONT-M18って汎用キャリアを付けていたのだけど、ブレーキをターニーのセンタープルに交換。当然、シートピン、ヘッドナットにアウター受けを新設しワイヤーの取り回しも変更。キャリアはVIVAのセンタープル用の小振りなキャリアに変更、ヘッドライトもサンヨーのプラボディのブリンクライトをナショナルのタンケンライトに変更した。
 最初はどうかな?って思っていたのだけど、この時代の自転車はセンタープルが似合う。前後メカが初代DURA ACEだから同時代のターニーのセンタープルも良い雰囲気である。サイドプルのDURA ACE EXも捨てがたいのだけど、付け替えるとセンタープルの方が良い。そりゃぁ、DURA ACE EXの方が名前の通りは良いのだろうけど、シマノのターニーブランドは高木のターニーから来たモノ。初代DURA ACEのセンタープルは高木のターニーと殆ど同じモノであり、そういう意味では悪くない選択だと思う。まぁ、ブレーキキャリパー云々の前に、フォークバンド留めで日東の現行汎用キャリアは70年代フレームのロードバイクにはチョット似合わない。このキャリアも悪くないのだが、良くも悪くも最近の製品であり、デザイン自体が昔のロードバイクには無かったデザインであり、どうにもマッチしない。角形の大きめのデザイン自体が昔のバイクのデザインに対してチョット重たい雰囲気になるのである。当時のキャリパーに当時のキャリアが当時のフレームによく似合うのだ。

 そして、日東のキャリアFRONT-M18は、現代のバイクに似合うという勝手な解釈で、BSテーラーメイドフレームのTTロードに移植。何たって現代のキャリアにはタンケンライトよりも細身のLEDペンライト風のライトが似合う。ということで、BSTTバイクに付けていたヘッドライトをハンドルマウントからキャリアマウントに変更。
 昨年のサイクリングで得た感想としては、このTTバイクはDHバー装備によりマルチポジション性が高まり長距離走行で随分と心地よいなぁと思っており、言ってみれば高速スポルティーフのように感じたもの。スポルティーフ的というと荷物の積めるキャリアが必須なのだ。当初BBBのプラキャリアを後ろに付けていたけど、このプラキャリアよりも日東のフロントキャリアの方が似合う。プラキャリアは如何にもチープで、ニワカ装備であり、スポルティーフというならば固定装備という勝手な思い込みが今回の変更に到った理由だ。

 なお、サンヨーのブリンクライトが余ったので、これをオ・モイヨWW号に移植。チョットデカイけど汎用ベルト留めのライトは固定が甘く直ぐ向きが変わるので、こっちの方が良い。

 こんな風に、何時もは動き回って時間が取れず、出来ない事が出来たのは収穫だった。

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回想しながら再構築中

 スポルティーフ欲しい病で、ネットや雑誌等々を徘徊している。
 狙いはSA74°、Top-CC530~540mmというモノ。そこで、何となく拘っていたのがセンタープル台座直付け、、、、って仕様。でも、こればっかり考えていると、何のために、どんなのが欲しい?って事が訳分かんなくなるので、過去の歴史を掘り起こして回想してみる。

 今まで思いこんでいた、台座直付けなら何でも良いか?っていうと、ふと思ったのは、やっぱり違うな、、、、、って事。そこだけに拘ってオーダーフレームを探すのは難しいけど、80年代マスプロスポルティーフなら見かける事がある。そうすると、直付け台座センタープル仕様のスポルティーフは結構見かける。

 BSならユーラシアグラン、パナならラスコルサ、ミヤタならルマン、、、、、確かに、そういう構成であるけど、これらって、今買うに値する?って考えると、微妙に違うな、、、、って結論に行き着く。自分の場合、マスプロ車両の場合、基本は自分の過去の愛車に一致するようなノスタルジーが購買意欲に繋がるもの。過去の愛車で無ければ、過去の羨望の対象だとか、、、、そういう思い込みが必要なのである。

 そもそもマスプロ車ではグレード毎にユーザーターゲットが定まっている。

 BSならオーダー車を除けば、最高峰はダイヤモンド(アトランティス)である。これは、オーダーレベルの工作と仕上げ、材料の選定が行われたモノ。マスプロ故に安価だけど、オーダーで同じ品質を得ようとすれば1.5倍から2倍は掛かるもの。ターゲットは大学生以上、社会人クラス狙いの車体だ。殆どがオールクロモリバテッド管でダイヤモンドでは+10,000円でレイノルズ531も選べた。各種工作、コンポは600、サイクロン以上で場合によってはDURA、シュパーブ、マイティ、ロイヤル系もあった。

 次がユーラシアクラス。後年はグランという中上級クラスも出たけど、基本は高校生狙いの自転車。それなりの工作はあるけど、上級からは一歩引いた構成。それは材質からコンポ迄然りである。構成的には前三角のみクロモリで残りはハイテンでコンポはデオーレ、BL、VX、マキシー、ダイヤコンペって構成が多かった。ナショのラスコルサ、ミヤタのルマンなんかもそうだ。

 その下がロードマンクラスで当時49,800円クラス。オールハイテンか、クロモリプレーン管って構成でパーツは500、アルタスとかセブンという構成。チョット上でモノックスのようなモノも出たけど基本はエントリー仕様。○○ロードとか、ロード○○なんてネーミングが多かった。

 と、そんな感じ。当時に戻ると、、、、やっぱり買うなら、思い入れが無い限りは、ダイヤモンドクラス以上、、、、そういう結論になる。

 当時(中高生時代)、乗っていたのがBSダイヤモンドのDF-7110だ。それを基準に考えると、ユーラシアグランっていうのは行き辛い。アトランティス辺りなら行けそう。そんな感じ。BS以外の銘柄についての知識は無いけど、マスプロ車両なら装着しているパーツを見れば、当時でいえばBSの何に該当するか?というのは想像出来る。すると、、、、、ラスコルサもルマンも微妙なんである。別に、グレードが何だって一緒なのは理解しているけど、スポルティーフというと、盆栽、こけしを買うようなモノであり、エントリークラスを買うって部分では抵抗が残るのである。少なくとも、入手したらキッチリ仕上げるのが前提であり、当然、剥離、全塗装は行う。すると、そういう行為に見合うベースか?と言う時点で二の足を踏んでしまうのだ。

 そうすると、台座がセンタープル直付けだからOKというよりも、台座がどうであれ、フレーム自体の持つ歴史や伝統の重みの方が大事かな?という思いが強くなる。

 一番の理想は、構成や工作が理想の形で、細部から全体に到るまでの拘りが得られるモノということ。
 そうなると、、、やっぱり理想はフルオーダーと言う事になってしまうのである。

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アルツハイマー症と糖尿病

 在り来たりかもしれないが、火曜日の地方紙朝刊にも記事として掲載されていた。

 記事によると、二つの病気が互いに影響し、悪循環を生む仕組みを解明したとのこと。なお、糖尿病等の生活習慣病が、アルツハイマー病の危険性を高めることは知られており、糖尿病患者の場合、アルツハイマー病の発症率は2~4倍以上との報告もある。

 今回のニュースでは、研究チームがアルツハイマー病と糖尿病を合併したマウスを用意し、プールで泳がせ実験し、アルツハイマー病のみのマウスは次第に避難場所を覚えたが、糖尿病を合併しているマウスは記憶力が悪かったそうだ。
 アルツハイマー病マウスは生後3~6カ月で記憶障害を発症するが、糖尿病を合併したマウスは約2カ月で障害が出ていた。血糖値を下げるインスリンは、記憶力などの認知機能に重要な役割を果たしているとされるが、合併マウスでは脳内のインスリン量が減少していた。糖尿病のみのマウスに比べ、合併マウスでは糖尿病が重症化することも分かった。

 以上が引用した内容だけど、記憶障害と代謝障害が関連するという話だ。他にも、癌と肥満が関連するとか、直接的には連想し辛い疾病が関連性を持っているという話は、この話に限らず良く聞く話である。

 考えてみれば、どんな分野の疾病であれ、一つの個体を襲う症状であり、これが無関係って事は考えられない。
 疾病というのは身体の機能障害だ。機能が機能するっていうのは、何が検出信号で、何で制御しているか?っていうのは、実は殆ど解明されていない。実は関連性があった!なんて報告は、既知の研究成果の範囲では、関連性を明らかにしていないだけと考える方が自然なのであろう。知らない事の方が遙かに多いのが人体では無いだろうか?

 個人的には、身体という一つのシステムで起こりうる現象や症状は、必ずや、その原因を突き詰めれば、何らかの関連性を持っていると考えている。健康というのは、機能の平衡維持の結果であり、何かの機能を休眠させたりする行為が本来の平衡性を失わせ、薬等々の別の作用を含んだ新しい平衡性に以降する行為と言える。

 健康とは、本来授かった機能の積極的な運用による機能の維持、機能間の平衡性の確保と言う事。それが自分の考え。それ故に、今回の認知症と肥満が関連しているっていうのは、『なるほど!』という感想が一番である。

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2010年3月21日 (日)

停まっていても事故、、、、

 土曜日に所用に自転車で出掛けていた。アンダーパス(車道を潜る歩道)で問題は起きた。

 前方から50歳過ぎのオバサンが自歩道の真ん中を走行してきた。オバサンを確認したのは、アンダーパスの一番低い部分で、こちらから見るとオバサンは上り坂に差し掛かる状況。その後ろから猛スピードでルックMTBが迫っている。これは、自分の進行方向的には下り坂だけど、危ないと思い左方に寄せて止まれる状態を作った。MTBは気付いていない、、、、ベルを鳴らす、、、、でも気付かない、、、そこで、停止して左方のフェンスに寄りかかっていたら、、、、このMTBはオバサンを追い抜くためのフル加速のまま、こっちに激突、、、、、、激突箇所は自分の右腕に激突してきて吹っ飛んだ。このMTBは上り坂でオバサンを抜くためにフル加速中だった。本人に問いつめると前は見ていない、つまり全速力で突っ込んできた状態。自転車のダメージは無いけど、相当な勢いで吹っ飛ばされて、顔面を強打、流血、、、、で、病院行きである。
 追い越しでフル加速、でも前方を見ない、、、、42歳で何考えている?聞くと自転車には保険も掛けていないそうだ。

 結果、鼻の頭がパックリで全治一週間、、、それと、野球肘から治りかけの右腕を打撲、骨折と見まごうばかりに腫れ上がる、、、洒落にならない。

 思わず、MTBのオッサンの胸ぐらを掴んで、関節技掛けて、腕ひしぎして、一喝、、、、、、、、でも、剰りにも多くの流血で救急車呼ぶべきか?と考えたりしていたら冷静になってきたのと、相手が激しく低姿勢なんで、取り敢えず話し合い。幸い、携帯電話は無事だったんで、掛かり付けの病院に連絡して、その後、病院に出掛けた。病院に行くまでは頭も痛いし、腕も痛いし、、、、結構ヤバイ感じで、病院でも長く掛かったので、その後、警察に出掛けて事故処理。本来は人身事故なんだが、骨に異常が無かったので実費全額負担を了解するということで、一応示談で物損事故扱いの旨を交番に伝え、スポーツグラスショップに出掛けてSWANSのスポーツグラスを弁償してもらい、、最後に自転車屋さんに出掛けブレーキレバー、バーテープの修理代を弁償して貰い、取り敢えず、掛かった経費は全部負担してもらった。治療費の総額は不明だが、数万円以上は掛かりそう。

 何よりもむかつくのは明日はドライブの予定だったけど、今の体調ではやばそうなんで没、、、、子供が可哀想。

 因みに、コイツは、42歳だけど、自転車の保険にも入っていないそうだ。追い越し運転を前方を見ないでやっちまう程の訳で、実際、こういう奴らが多すぎ。ベルがあっても聞こえなければ意味無い。左端に寄って停止状態でもフル加速で激突されると、どうにもならない。
この時の自分の判断は、迫るMTBを見て、何も気付かない50歳過ぎのオバサンを巻き込んだらいけないという事で左に寄っていたのだが、オバサンと左に寄った私の間隔は50cm程度、そこにフル加速で突っ込んでくる。奴は、オバサンの安全さえも考えていないのである。結局、周りを見ていない上に、抜く前の段階からふらつき気味オバサンを上り坂で抜くと言う事の危険を把握していない。

 しかし、停止しても避けられないとなると、なかなか身を守るのは難儀だ。

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ダンベルベンチプレスで筋力テスト

 関節の可動範囲が戻った。多少の違和感はあるけど大丈夫っぽい。
 実際、スイムでのスピードテストでも普通に速度が得られると言う事で、ダンベルを設定可能な最大ウエイト、片側40kg(両手だから80kg)で試してみた。

 結果、、、、ストローク数で3ストロークで果てるけど、パワーが掛かる。

 一月終わりの負傷から二ヶ月近く経過して、スイムと筋トレが元に戻った。これで一安心。持久力自体は変わっていないだろう。

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3/14~3/20の週の検索ワードピックアップ

★スポルティーフ
 今週の注目検索ワードはこれ。スポルティーフだ。自転車っていうのは、用途次第で選ぶモノ。それが快適性を決める。そういう意味でレーシーなロードバイクっていうのは、その辺をチョロチョロ走ったり、荷物背負ってサイクリングなんて使い方では苦痛で不快適以外の何ものでもない。あんなモノに荷物は詰めない。荷物が積めないだけでなく、一寸した水たまり、降雨でずぶ濡れ、、、、ロードバイクっていうのは、途中で停まっても、誰かがサポートしてくれるのを前提に身軽に身体能力の多くを動力性能に転換して走るものだからだ。
 週末に峠をサイクリングとか出先で土産を買うとか、、、普通のサイクリングでは背負わずに荷物(修理セット、土産、雨具等々)を装備できて、何かあっても自分で対処出来る前提が必要故に、そういう使い方なら、ランドナー、スポルティーフ、今ならクロスバイク、MTBというところだろう。現実の路面を考えたらスポルティーフ、クロスバイク辺りがベストのようだ。
 ところで、スポルティーフっていうのは、本来、ブルベ的な走りを楽しむモノ。都市間を決められた時間で移動するラリーみたいな使い方。時間の制約を受ける点で、ランドナーより高速で走れる余力を持つモノ。しかも、長距離移動で遭遇しうる外乱への対応力を備えたモノであり、サイクリングが好きな人にとってはベストな選定だ。
 スポルティーフの定義があるとは思えないが、昔風に作るならば、WOタイヤ、ダブルレバー、センタープルブレーキ、フェンダー、キャリアというのが定番的構成。しかし、今ならロードバイク+フェンダー、フロントキャリアというのがそうだろう。昔のロードではチューブラー以外考えられず、今の時代は700CのWOが普通であり、今ならロードに泥よけ付ければスポルティーフの出来上がりとも言える。実際、フロントトリプルとかコンパクトクランクのような構成は元来はスポルティーフのような物向けの常識的な装備であり、現代のロードバイクは動力性能面では殆どがスポルティーフなのかもしれない。中身スポルティーフで見た目だけロード、、、、そう考えれば、フェンダーとキャリアを付ければ出来上がりだろう。

★DAHON改造
 小径車の中では珍しくマトモなジオメトリで適切なポジションが作れる自転車。但し、アヘッド用ステムを付けるとダメダメになる。ドロップバーだろうが何だろうが、ステムを改造するのは乗りにくさ倍増となる。
 今やフロントの多段化を珍しくも何ともない。ギア段数云々は誰でも出来そう。ホイールの451化もハードルは高くない。唯一の難点?はリアのキャリパーマウントだけど、それでもピスト用後輪ブレーキを使えば誰でも出来る。
 DAHON系ならば、何度言うけど2009年モデルのビーンズハウス、2007年以前のPUNCHがフレーム的にお奨め。フロントフォークエンド幅が100mm、スレッドステム構造、これだけで随分と違う。更に、リアエンドがRメカブラケットが無いけど正爪エンドで、場合によってはリアアクスルと靴が干渉する人も居るけど、それでも後輪位置が後方に移動できる余地があるのは有り難い。フレームもRe-barシステム仕様でインパルスと同じデザイン。高級に言えばヘリオスと同じデザイン。ビーンズハウスなら買っても良いかな?って正直思っている。

★拡張期血圧
 一般に低い分には低い程良いとも言われているけど、本来は心臓の拡張に対して血管側の収縮によって血液を戻す力であり、低すぎると問題が生じる可能性が指摘されている。つまり、脳梗塞や心筋梗塞のリスクがあるという事。しかし、梗塞を生むような血栓リスクが無ければ、それも当て嵌まらない。拡張期血圧も低く、収縮期血圧も低いという状態の場合は、血液を循環させる器官自体、つまり心臓の筋肉自体が衰えている可能性もあるけど、その辺りを明確に判断する材料が乏しいのが現状だ。
 既知に常識的に言われているのは、拡張期血圧が低い事は問題視されていない。
 それと、高血圧に対する降圧剤は存在するけど、低血圧治療のための昇圧剤っていうのは存在しない。

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尻の骨が痛い

 今年になってから感じる違和感、、、、

 それは、ダンベル体操で取り入れている水平な床で行うダンベル腹筋と、サーキットメニューで取り入れている傾斜腹筋台で行っているダンベル腹筋の際に、尻の骨が痛いということ。床でやる場合は、廊下で木の床で堅いというのがあるけれど、腹筋台では硬質ウレタンマット上の筈なのだが、尻の骨の突き出たところ、筋肉の付いていない部分が局部的に痛む。人によっては尾てい骨が痛いって話は聞いたことあるけど、尻の両サイド二カ所も痛いのである。勿論、尻が骨皮だけという訳ではない。胴囲は70cm弱、正確には69cmだけどヒップは100cmあるので、尻自体はデカイ。因みに胸囲は測り方にもよるけど105~110cmくらい。脹ら脛は約43cm、太股も約62cmだ。

 まぁ、筋肉が付かない部位で尻の肉が薄くなっているのが原因だろう。尻に限らず、他の箇所でも筋肉が付いていない箇所で体重を支えたり、もたれかかると、何か微妙に痛い感じなのである。皮というか肉が摘まれて圧迫を受けるような感じである。

 そう言えば、以前は急激な減量で耳管開放症で耳鳴りを経験したりもした。少しずつの減量なら問題なくても急激な減量は問題アリだろう。
 尻の骨が痛いってのも、尻の脂肪が減りつつも皮自体は残っている。見た目弛んでなくても伸び代が多いと、姿勢によっては、皮が折り重なって痛みを増幅するなんて事も考えられるのである。

 骨格と筋肉で大きさが決まる部位は軒並み大きくなっている。ジャケットの胸囲のサイズ、ジーンズの尻、太股のサイズがそうだが、筋肉がなく骨格上には皮しかないような部位は逆に小さくなっている。実際、減量によって胴回りが減ったっていうのは一般的なんだろうけど、靴のサイズも劇的に小さくなっている。従来は25.5~26.0EEサイズを選んでいたけど、今は25.0でもピッタリはける。耳鳴りでも耳管を閉じる部分の脂肪が無くなって密閉度が悪くなるから生じるのである。

 まぁ、それでもギックリ腰とか、慢性的な腰痛、肩痛とかに悩まされるのよりはマシだろう。時折、育児で子供を抱えて遊ぶ事がある。上の娘が23kgくらい、下の息子が14kgくらいだが、どっちを抱きかかえてもずっしり来る。実際に20kg以上減量したのだが、娘を負ぶって何かするなんて厳しすぎる。しかし、その重さが身体を支える骨格に作用していたのが現実である。そう思えば、腹筋や椅子に座った時に骨による皮膚の圧迫が不快というのは、大した問題では無いのかも知れない。

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2010年3月20日 (土)

スピード練習

 両肩の可動範囲が完全に快復した。少々の違和感はあるけど、肩はOKだ。右肘は曲がらないけどスイムに影響無し、、、、

 といことで、久々にスイム、ブレスト3000mのスピード練習を行ってみた。プルをしっかり効かせて25mを6ストロークのリズムだ。

 目標タイムは50mを55秒で60往復、3000mを55分だ。プールサイドの時計を確認しながらペースを保つ、ブレスの度に秒針を追って泳ぐ、、、傍目には怪しいスイマーだろうな、、、

 負傷以来は60分ペースだけど50mで5秒の短縮は結構ハード、、、、、でも、今日は思った以上に進んだ。イイ感じ。プルが効くから余力が生まれる、きつくない、、、、、やっぱり、こうでなくっちゃね!

 完全に快復したらベスト狙いで3000mを50分以内にチャレンジしてみよう。

 ふと思ったのは、3000mはノンストップでもチョット短い感じ。時間が許されればノンストップ5000mスイムに伸ばしたいところ。

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プリウスの暴走を見て、、、やっぱりトヨタも悪い。

 トヨタが可哀想。

 最初は、そう思っていた。アンチロックブレーキの作動制御で生まれる一瞬の空走感っていうのは、地下駐車場に入るタイル張りのスロープをスタッドレスタイヤで下る時でも車種を問わず現れる挙動だが、要は、摩擦の感知の仕方と制動の仕方に乗り手が違和感を感じて生じるモノだ。暴走の件に関しても、やっぱり、踏み間違いの説が高まりつつある。

 コレを見ると、不良というものではない訳で、そう思うと、トヨタが可哀想、、、、最初はそう思っていた。

 でも、である。

 今は、やっぱり仕方ないかな?って気もする。

 というのは、トヨタに限らないけど、ユーザーに何もさせない事が快適という価値観で商品開発を進めた結果が今の状態。そのベクトルで最も進化しているのがトヨタのやり方である。何も知らないユーザーの多くを生み出したのは業界だが、その業界でトップを走るトヨタに今回の問題が降りかかったのは皮肉のように見える。そもそもABSが無ければキッチリ止まれるようにユーザーが上達していくもの。しかし、踏めばOK的にするために機械で対応する。すると、ユーザーはブレーキ操作をスイッチの如く扱う。それが普通という感覚になる。結果、、、、言わずもがなである。ABSに限らない、アクセルとブレーキの間違いも簡単に2ペダルだから起こる現象。3ペダルのMTなら有り得ない。ハンドル操作でも今の時代、パワステ任せで停止状態でグルグルグルグル、、、、これが普通のようだ。ドライバーのレベルをこのようにしたのは誰だ?

 結局、業界が消費者の勝手なニーズに応えつづけ、エスカレートした結果、消費者の技量というか車に対する常識というか、それを大きく変えてしまったのである。操作が多く複雑な程、操作する側は意識が必要で、モノの構造を理解するという方向を保つだろう。しかし、操作する側に何もさせない思想は、チョットの不具合もメカの責任にするという思想を生み出すのである。快適で自動で動く車を作りながら、何も考える事の出来ないドライバーを増やしたのである。

 踏み間違え、構造上の常識を含めメーカーが悪いというのは、そういう消費者を育てたメーカーにも責任の一端がある。そう思うのである。

 壊れて当然、ダメで当然な使い方を知る事が消費者に在るはずだが、それがないのが今の自動車ユーザーかもしれない。でなければ、ATでバックして駐車場や岸壁から落下したり、コンビニに突っ込んだりしないだろう。

 何でもかんでも全自動、、、、何でもかんでも規則で縛る、、、、、それって、バカやアホの育成社会みたいなもんだろう。そういえば、一寸した事で一々作業中断する奴もいるけど、『貴殿の裁量に任す』っていうと、いつもフリーズする。そういう時代なんだろう。

 どんなモノでも、使い手に、その意味を考えさせるような難易度を残すべき、、、、俺的にはそう思うのである。

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オーダーやカスタムで大事なのは?

 自転車のオーダー、単車のワンオフカスタム、、、、こういうのは楽しいけど、結構難しい。手間暇掛けて、思った通りのモノが得られるか?これは、難しい。

 今、自転車ブームだけど、昔の単車ブームでもそうだ。単車ブームでは雑誌等のインプレを参考にどれがどんなだ!なんて情報が錯綜して、誰の情報か判らない情報が股聞き+尾ひれ+噂の歪曲で色んな話が飛び交っていた。カスタムでも然り、どれ付けたら、どうなる!なんて話が凄く広まっていた。

 でも、殆どの話が空虚な話だったと思う。排気量の違い、型式、メーカーの違い、パーツの違い、セッティングの違い、、、、色んな意見を聞いたけど、どれもグッと響いてこなかったし、正直、当時の自分が判断出来たのは、自分の愛車の事程度だった筈。

 今の自転車ブームでもそうだ。ブランドの違い、マテリアルの違い、グレードの違い、、、、色々あるけど、この違いを解説者の如く説明した情報が多くあるけど、どれもピンとこない。

 思うに、このような情報の精度は誰のためのモノか?っていうと、経験者のためのモノ。
 そして、どうすれば判るか?っていうと、、、、、聞いただけ、見ただけ、読んだだけでは判らないだろう、、、、、

 結局、本人の経験値次第なのだ。多くの経験で色んなモノを乗る。乗る時は違いを見つけるべくして乗る、、、、そういう経験というか場数の違いが信憑性に差を生むのである。

 単車に付いては三桁以上乗り換えてきて、今でも、登録車両が9台、保有車両は二桁だ。自転車でも似たようなモノ。色んなモノを所有した経験が自分の意見を作っているんだと思う。そして、その意見はやっぱり自分目線の意見、、、、、そうなのである。

 自分の経験が自分の意見になり、その精度は自分にとって高い状態を保っているのである。

 逆に、他人の経験に基づいた意見は、自分には殆ど役に立たないと言える。

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創造性よりも、、、

 先日、記事のコメントを返しながら、創造性よりも重要視している事が自分の中にあるな!って気付いた。
 勿論、創造性も大事。模倣、猿真似に較べたら遙かに大事。でも、創造性の中でも独自の創造性というか、誰もしていない、誰も気付かない創造性、つまり、独創性が更に大事だし、自分としては、独創性、オリジナリティって部分に強い拘りがある。

 戯言だけど、自分で考えるっていうのは大事な事だ。自分で考えて、理解して納得した範囲で考えをまとめ、モノを行う、モノを得るっていうのは大事だけど、それで得た結果が既知の常識的なモノだったり、他人の考えのトレースだったりというのは、正直、物足りない。
 結果自体が、過去に誰もやっていないというのが凄く大事なのである。

 実際、特許、研究、開発系の業務に携わる時に重視するのは、誰も見つけていないか?誰もやっていないか?という部分。文献の調査、ネットでの情報収集では、自分のアイデアが他に誰かがやった事があるかどうか?を調べるのに使う事が多い。

 仮に凄いアイデアだ!って思っていても、誰かが既にやっていたら、その方向性は没にする。そんなものである。
 ネットの利用法で調査っていうのがある。そこで、自分の欲しい方法を誰かやっている人いないか?教えてくれる人いないか?的に調べるのには利用しない。
 自分の考えに誰も気付いていないな!を調べるために利用するくらい。簡単に見つける事が出来るような情報は、正直、価値無いなって考えている。公になっていない、誰も見つけていない、そういう情報こそ価値があるのだ。

 自分で自分の考えを持つ。意志を持った創造性で活動するっていうのは、人的には、これがスタンダードで標準と思う。少なくとも、既知の知識や常識を身に付けるというレベルでは、この段階。

 でも、模倣や真似だけで結果を得るというレベルは、人的には最低で底辺的なレベルだと思う。こういう状況には陥りたくない。

 理想は、自分の考えを持つ。そして、その考えが既知の知識で説明出来ながらも、誰も気付かずにやった事のない形を生み出すレベル。創造的であり、それが独自で唯我独尊的なモノ。これがベスト。目指すは、このレベルだ。

 まぁ、レベルを普通、最低、理想って言っているけど、これって生きていく上で、成長過程で通過する段階の話。子供は最初は模倣や真似から入る。これは初等教育の段階。それから、その行為の意味を考える段階に突入する。これが中等教育の段階。最後が発見というか知見を生み出す段階だ。これが高等教育とか実践の段階。思考の成長の段階を示したモノである。身体の成長に合わせて、思考も成長するのが正しいもの。身体が成長しても、思考が成長仕切っていない状態を普通とか、最低という表現で表しているだけである。

 価値観的には、成長の結果、独創性を生み出せるという自負が持てなかった奴は嫌い。話が少々脱線するけど、勤務先の企業の掲げる言葉に『協創』って言葉がある。これは素直には受け入れる事が出来ない。多くの人が独創を持ち寄って高めるというならOKだけど、そうでなければNG。助け合ってとか、フォローしてって言うのが好きな企業故に、『協』の意味合いは多分、自分の理想とは違っている。独創の『独』には、独自、即ち一人で、独特、更に目新しいという意味合いを捉えているからだ。独創っていうのは、一人で新しい価値を生み出すということで、それには価値と対価が発生する。そういうもの。独創とは結果に対価が付いてまわるのである。それを無償に分配とか、、、そういうのは、やはり有り得ない。

 そう言えば、学生時代、必須の製図の授業があった。そこでは、教官が学生毎にテーマを与える。それに対して学生が企画書、計算書を作り、それをベースに図面を起こすというカリキュラムであり、それで単位を取るというモノだ。
 そこでの教官の単位授与の判断は、企画書、計算書、製図が出来たかどうか以前に、そこのプロセスで学生がオリジナリティを述べる事が出来るかどうか?であったのを思い出す。どんなに、丁寧な図面、綺麗な計算書であってもオリジナリティが無ければNGで単位は出ないのだ。
 前年の先輩の写しに従っていてもオリジナリティー迄トレースできない。すると不合格なのである。オリジナリティーが最優先だったのを思い出す。

 別に自分も、その教官に影響を受けたつもりは無いけど、やはりオリジナリティを重視って考え方はアリなのだ。この教官とは、個人的にも友人的な付き合いや交流をさせて頂いたけど、やはり、話をしていても面白いもの。ジャンルを問わず思想的に賛同出来るもの。

 最近思うのは、そういう風に思想的にシンクロ出来る人が殆ど居なくなったなって感じ。研究機関とか他企業には結構いるんだけどね、、、、。

 ところで、今年も新入社員入社&新卒の面接の時期がやって来た。新入社員の中には、こんな論文を投稿したのが居るよ的に総務が紹介してきたり、面接では卒業見込み者が色んなアピールしてくる。それの判定を以来される事があるけど、内容的に如何に高度であっても全く判断には使わない。判断は、どんなテーマであれ、その研究なり論文に関与する時に自分らしさを表現したかどうか?の一点のみ。高度で、優秀でも、先輩の追随とか、教授の言いなりでは存在価値無しだ。オリジナリティの反映の仕方、手法を編み出す際の意志、コンセプトを聞き出す。それを突き詰めて話す。それだけだ。それを突っ込みまくり判断するつもり。煌びやかな、偉そうなテクニカルタームを羅列しても全然関心持てないな。

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2010年3月19日 (金)

国道の速度規制緩和!

 先日、岡山の国道で制限速度が緩和されるというニュースが地元中国新聞にも記事として掲載されていた。
 規制速度が緩和される事で心配なのが、車両で制限速度が決まる原付のような乗り物だ。道路の端を30km/hで走るっていうのは、如何にも危ない。事故の多くは往来車両の速度差である。速度差が多い程、追い抜きという機会が増える。これが交錯の頻度を高め、事故の可能性を高める訳だ。

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/localpolicy/367830/

に判りやすい記事があるけど、片側2~3車線で信号は無しというのが殆どバイパス状態って事。こそっと書いてあるけど、歩行者、自転車は通れなくなる。つまり、歩道を走行するということである。

 今回のニュースは、一般ユーザー、自動車ユーザーからは歓迎の声が多いようだが、一部の自転車愛好家からは反発の声も挙がっている模様。
 地元広島で祇園新道なんかは新しくてだだっ広い道路だが、車道部分を自転車で走ろうなんて思えない。車の流れは高速道路並で、正直、恐すぎである。自転車で走るとしても側道部分。それより、歩道部分でも広さ的にも不満は無い。実際、歩道側のインターロッキング舗装を一部平らな吸水アスファルトに舗装しなおして自転車通行帯を設けてある。こういう方向に進んでいくようである。

 今回のケースはモデルケースであり、恐らく全国展開するだろう。幹線国道の制限速度が緩和され70km/hってなる方向へ変化する訳だ。
 ここで思うのは、自転車云々ではなく、原付の30km/h速度制限も序でに緩和して欲しいという事。せめて50km/hにはならないのだろうか?そっちの方が関心が高いのが正直なところだ。

 思えば、歩行者、自動車っていうと道路規制上に検討すべき動作状況っていうのは定義しやすいもの。原付だって然りだ。自動車とは違うけど、概ね30km/h前後で移動するモノという事で原付を一括りで考える事が出来る。
 しかし、自転車っていうと、幼児、高齢運転者、子供乗せ付き二人乗り軽快車、ママチャリ、スポーツサイクル、、、、で、利用者の常識、要求、実走形態が一言でまとめる事が困難なモノ。それ故に、規制や運用を考えるのも非常に難しい。
 ただ言えるのは、幅広い運用があったとしても、その運用に沿った規制等を作る時に、どこを見るか?というと、やはり多数派、多数利用者だろう。そういう点では、歩行者の延長として存在する自転車の方が圧倒的に多い訳で、そういう点では、岡山の制限速度緩和に伴う自転車の通行規制というのは、実に合理的な判断だなって思うのが正直な感想。

 まぁ、自分自身、競技色の強いスポーツサイクルを市街地で日常的に使うという事自体に違和感を持ち、立場としては反対の立場を取っているからだが、考え方が違えば、別の意見を持つっていうのは理解出来るもの。少数意見が多数の現状を超越する事があったとすれば、そっちの方が恐いものである。

 

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Table for Two

 先日、CATVニュースの特番で見た話題。詳細は、

http://www.tablefor2.org/index.html

 なんでも、先進国の社員食堂を中心に普及している新しい制度を運用する団体の事だ。これは、先進国の社員食堂に展開し、健康を維持するために一食を730kcalに抑えた食事を提供し、その代金に20円の寄付金を上乗せして支払い、集まった寄付金が発展途上国における飢餓の解消等に循環させる取り組みを行っている団体である。
 飢餓の解消の具体策は、開発途上国の小学校の子供の給食に充てられるというもの。この寄付金20円が途上国の子供の給食一食分に相当するそうだ。展開している企業の社員のヘルシーメニュー購買の理由は、

・自らの健康管理のため
・開発途上国の子供たちを応援するため
・ヘルシーメニューの味が気に入っているため

というもので、募金活動自体が、そのためだけの募金とは異なり、持続的な日常生活の中で、食行為における問題点が、自分のため、途上国の子供のためという二つの問題が同時に意識出来るという点である。つまり、従来の押しつけ的な援助とか募金活動とは違う点が意識の中での埋没化を防いでおり、活動の永続性を確保するには優れた発想だ。

 肥満や生活習慣病という贅沢病に悩む人が、貧困による飢餓に苦しむ人と、テーブルを仮想的に囲んでカロリーを移転し合うという、共生の構図が提案されているのが大きい。

 凄い良いアイデアだ!って思う反面、そもそも、贅沢病、飽食で肥満症、生活習慣病を来す、、、、そのための対策に、自分の意志でなく他人に任せるという部分に違和感を感じるのも確か。カロリーコントロールに対価を払い、払う際の上乗せを途上国に利用するのは確かに良いのだが、対価を払ってカロリーコントロールを任せるって部分が受け入れる事が難しいというのが、自分の正直な感想。

 そもそも、人間の欲望の究極は本能であり、本能は生存が至上である。本能的に生存を望み、それを満たすために必要なのが三大欲求。睡眠、繁殖、食欲なのだ。このバランスを保つのが生存本能であり、生存を大前提にした食欲が人間のシステムな筈だが、肥満や生活習慣病で生命の危険が生まれるって部分では、食欲行動が本能的な生存を阻害している時点で、人間としてのシステムが破綻しているのに、それを外部からの調整に任せるというのは、なかなか納得出来ないのである。
 悲しむべきは、先進国の飽食者の生存機能の欠落かな?って思うのは自分だけだろうか?

 正直、外食産業での代金に飢餓に苦しむ地域の食を支援する寄付を載せるのは賛成だが、そこでカロリーを抑制するという付加価値を付けるのは、発想としては素晴らしいけど、食行動によるカロリー調整は、本来は飽食に悩む人が自分の意志判断で行うべきであるという思いの点で、違和感が残る。

 寧ろ、外食産業におけるメニューにカロリー表示を行い、その表示値を客が見て判断するに留めるので良いようにも思うし、オーバーカロリーを自覚させる事こそが、寄付を行う側に本当のメリットになるようにも思う。自戒させる意味で、オーバーカロリー量に応じて寄付を行うというやり方の方が、自主性、自発性を芽生えさえる点で、自分的には合点がいくのである。

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夜菓子キャンセル中!でも、、、

 風呂上がりの就寝前、一日の活動を全て終了して寝るだけの時間帯、リビングでゴロゴロしながらテレビを見て、ノートPCでネットニュースを見る。こんな時、非常にくつろいでいる。

 そんなくつろぎにゆとりを与えてくれるもの、、、、それは、、、、、いけない事だけど、美味いデザートだ。

 自分の場合、ペーパードリップでキリマンジャロを炒れる。そして、アップルパイ?を食うってスタイルを暫く続けてきたのだけど、1月の半ばから、就寝前のアップルパイは遠ざかっている。大好きなアップルパイは夕食前か夕食後にシフトして、夜はコーヒーだけである。

 やっぱり、夜寝る前に食うのは、、、、なんとも微妙という気持ちがあるからだ。

 しかし、不思議な事に、アップルパイを寝る前に食おうが食うまいが、体重も体脂肪率も変わらない。不思議なものである。

 実際、ここ数年、夜菓子は軽く食っている。でも、食おうが食うまいが、実際のところ変わらない。

 そのため、ダイエットの通説が必ずしも誰にも当て嵌まるとは考えづらいというのが最近の感想だ。

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2010年3月18日 (木)

最初の自転車

 今日の小話、、、、、最初の自転車の選び方、、、、誰が、どう使うか?を決める事。

 仮に自分が乗るならば、自分の体力の身の程を冷静に見つめ、何がしたいか?何ができるか?を考えるのが大事じゃない?って解答。

 恐らく、これは普通の事。各人の愛車は、それぞれが考えて工夫されているだろうけど、背景には、こういう意識があるのは当然。
 つまり、自分とは違う他人の乗る自転車、ましてや、それがどの様な使われ方を望まれているか?が判らないのに、そのコピーを作ろうって考えはナンセンスということ。

 そういう意味で、ドロップハンドルって何?って人で、運動した事無く、腰痛、肥満、高齢のオッサンがバリバリのロードに乗るっていうのは、チョット笑っちゃう。それで、競技者の世界に憧れるって行為は、スポーツ趣味というよりもコスプレ趣味だろう。

 正直、ブーム故に始めたい!って人は、メーカーやショップが提案するエントリーレベルのモデルを薦めに応じて素直に乗るのが吉。変な雑紙やネットの講釈を垂れたり、、、、そういうのは、超ウザイ。エントリーレベルの完成車は、メーカーがブームに乗って乗り始めたオッサンには、これが一番!って考え抜いて作ったモデル。当然、使われている部品、コンポもパーツメーカーが、こういう構成がベストって提案したものばかり。そういうもんだ。

 訳も判らず、クロウスレシオで歯数構成が云々、、、、見聞きの伝聞だけで拘るのは正直、みっともない。っていうか、身の程を理解して、プロが素人には最高!って提案したモノをしゃぶり尽くして次のステップに行かないと、一生進歩は無いだろう。

 プロショップっていうのは、来訪する客を見て、その客にはコレ!って見抜いた提案をするところ。杓子定規で、みんなコレ!って言うショップは多分無いだろう。提案したがるショップは、自転車好きな人が経営しているものだろう。見ず知らずの奴に苦労させたがる人はいない。そういう意味で、完成車にしろ、ショップオーダーにしろ、熟達者の提案を素直に受け入れるべきなのは、素人の身の程を見抜いているだろうという前提があるからだ。

 変な講釈を垂れて、ショップを貶したり、ショップをまわったり、完成車選びで背伸びしたりするのは、上達への回り道に過ぎないのだ。身の程を理解すれば、機材や先人に意見を述べるなんて百年早い。そう思う。

 自転車を作る時、、、、、誰が(どんな身体能力を持った人が)、どんな風に使う(どういう乗り方で、どれ程の距離を、どれ程の時間で走る)というのを決めてから作っているけど、目的が変われば形は全部変わるモノなのだ。同じく、素人オヤジが初めて乗るという行為も、そういうフォーマットに当て嵌めれば、当然、それに応じた形が見えてくるだろう。その形が、マスプロエントリーとか、ショップ推薦車なのである。

 それでも、派手さ特徴を出したければ、乗り手からみて、同じ様な年齢、背格好、身体能力、用途を持つ人を見つけて、真似するのも手だろう。

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信号無視が普通

 ここ十年くらいの話。単車、原チャリ、ビクスクから始まったけど、最近は普通の中型、重量車に到るまで信号無視が非常に多いような気がする。

 特に、交差点で信号が赤、降りてエンジン掛けたまま押して交差点に進入、そしてリスタート、、、、これを入れると殆ど半数以上が信号無視しているのでは無いか?って感じ。

 原チャリのババァ、ビクスクのマフラー、オーディオ、エアロ?+シャコタン系は多い。自転車の信号無視、交通ルール無視は日常茶飯事だけど、バイクの光景も目に余る。その内、車もそうなるんだろうか?車の場合、一時不停止、合図無しの運転はザラだけど、信号無視は滅多に見ない。バイクのマナー悪化は凄まじいけど、見掛けるバイクは殆どがババスクかビクスクばかり。バイクというよりも今バイクに乗っている層の意識がそういうレベルなんだろうか?
 マナーというのは、言ってみればユーザー層のマナー。今のマナーの実態は、今のユーザー層のモラル実態である。今、バイクに乗っている層っていうのは、そういう奴らなんだろう。

 最近、そういうのを見ると、つい、カチンとくる。転かす訳にはいかないが、なんかこう、、、釈然としないというか、そういう変な衝動が起こる。

 そういう行動を取る側の心理を想像すると、多分、皆やっているから、、、、そういう論理なんだろう。他人がやっていれば自分もOKという論理。実際、交通警察24時なんて番組で捕まる奴の論理、、、、あいつもやってるじゃないか!って論理。今の時代、そうなんだろう。まぁ、ブームが一過性っていうのも、そういう国民性だからかもしれない。あいつがやってるから、俺も、、、、、

 しかし、こういう人達は、ブームに乗る事、モラルを崩す事で他人との相対性で自分の行動を決めているんだろうけど、一人になったらどうするんだろう?何時も誰かを見て生きるのだろうか?

 分かり切った記事を書くのは、今日は珍しく、通勤途上、二箇所でバカスクVS自動車の衝突事故を見たから。事故は、いずれも交差点。詳細は不明だが、左折側がバカスクだったからだ。

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ネットで密着、リアルで距離?

 週末、学生時代の友人と久しぶりに酒を飲んだ。
 彼は、趣味は違うけど、同じくパソコンでブログを書いているという。ブログネタは、似たようなモノで戯れ言全般。ジャンルは違えど、ジャンルの分散度は似たようなモノ。趣味ネタ、育児ネタ、仕事ネタ、、、、そんな感じ。

 そこで聞いてなる程!って思ったのは、ブログに対する一生懸命な読者が何人か居るという。まぁ、それは普通に考えて、極普通そうだ。でも笑ったのは、その読者が、同じく趣味ネタを記事にしたブログに一生懸命巡回しているのだそうだ。しかし、リアル世界では、記事主のグループには、決してネタ話をしないというか、そのグループには距離を置いているんだそうだ。

 まぁ、身近な人がどうしているか?何してるか?何考えているか?っていうのが気になるというのは、判らないではない。ネットでじっくり密着愛読するのも判らないではない。でも、リアル世界では距離を置くっていうのは、、、、なんとなくだが、電信柱の陰からじっと見つめるような感じかな?って話をしたりして、チョット笑った。

 まぁ、ブログを書いていると、定期的にコメントしてくれる人っていうのは、やはり大事にしたいモノ。でも、定期的に訪れながらコメントが全く無いってのは、チョット違和感というか、期待外れな部分がある。

 自分の場合、身近な人が呼んでいるのは知っている。ショップ繋がり等々では、記事に対してリアルな世界で会話する事も少なくない。まぁ、記事がネタ元になってるのだが、読まれながらムフフってやられていたとすると、、、週末の酒の席での話ではないが、電信柱の陰からの視線のように思えたりする。そうすると、確かにチョットゾッとする。
 記事を書きながら振り返ってみると、、、確かに、コメントに対しては絞った話を返信する。しかし、アップ記事には、確かに判りにくく書いている、、、無意識だが、自然とそうなるようだ。深層心理的には、チョット『キモイ』的感情があるからだろうなぁ、、、と自己分析したりする。

 因み、人のブログはどんな時に見る?って話をすると、お互い一致したのが、良く知っている仲で在った時のネタになったりする事は多いというのは一致。他には、知り合いが集まる掲示板には予定の確認なんかでチェック入れたりも多い。不定期で見るブログっていうのは、、、、調べモノ、クレーム情報等々で、モノの傾向を調べるのに使うのが多い。誰が何している?っていうのを見るだけって事、そういえば稀というか、殆ど無いということで、多くは意見が合った。でも、みんなそんなモンだろう。

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2010年3月17日 (水)

腰痛

 先々週のスイム、腕、肩の調子が今一ながらピッチを揚げて泳ぐのに、ドルフィンキックを多用して泳いだ、、、、、すると、先々週から先週に掛けて腰痛、結果、腹筋では力が入らない、ヤバイじゃないか?と言う事で、先週末のスイムは速度よりもタイムよりも、リハビリ的、身体の揺れを最小に!を心掛けて泳いだ。結果、腰の痛みは和らいで問題無くなったのだが、、、、

 最近思うのは、怪我+運動過負荷で痛み、故障に襲われている感じ。チョット、オーバートレーニング?オーバーロード?って風合い。まぁ、痛みの原因は思い当たるところがあるので、重症化しないのは幸いだけど注意が必要だ。

そう言えば、右腕の肘を痛めた後に、ほぼ快復したか?って思っていたけど、週末の雑木刈りでは、鋸と釜、斧を振り回す事二時間、、、、、、すると、右腕の筋肉がパンパンに張って、再び、肘関節が動きづらくなってしまった、、、、、、その際は、高さ数メートルの木も倒したりしたのだけど、ツルが絡んで思った方向に倒れない、、、、、で、予想外の方向に倒れると、色んなモノを壊しそう、、、、ということで、全体重を使って倒す方向を整えながら暴れまくり、、、、、結果、治っていた筈の左肩も少々違和感、、、、

要は、無茶のし過ぎなのである。関節を曲げる毎に違和感、パキパキ、ピキピキ、、、オッサンらしく大人しくしておかないとヤバイかな?と思ったりする。

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教え方

 人の教育でよく聞くのが、『誉めて育てる』ってフレーズ、、、、でも、俺はそうは思わない。こういう言葉が氾濫すると、誰も彼もが、『叱られたらやる気が湧かない』なんて事を思いがちになるのでは?という思いがあるからだ。

 俺的には、怒鳴りつけるし、思いっ切り叱る。当然である。誉めて育てるなんて言っていると、勘違いする方法がまかり通る。誉めて育てるつもりで、良い指導者ぶると、その真意がわからなければ、教わる側は、煽てられて付け上がる、、、、そんなもんなのだ。

 誉めて育てる前提、、、それは、育てられる側が、ずっと努力しているという前提があるのだ。何もしない奴、諦めた奴を誉めて何になる?という考えがあるの。やる気の無い奴を誉める事は、勘違いを生むだけだ。バカを頭に乗らせるだけだ。叱られるからやる気が湧かないなんて、よく判らない言い訳を聞く事は少なくない。

 誉めるっていうのは、頑張ってる奴に結果関係無しで、取り組む姿勢、スピリッツを賞賛するという意味。やる気がない、諦めてる奴、そんな奴を誉めるなんて、、、、絶対有り得ない。
 このところの人材育成を誇らしげに語る番組があるけど、誉める、、、、誉める対象、誉める基準について述べられている事は殆ど皆無である。そこに凄く違和感を感じる。

 人間、意思の力が立ち上がるのに必要なのは何か?それは、好奇心と負けん気だ。悔しいと思う気持ち、これが無いと全然ダメだ。愚かさ、駄目さ加減に諦める時点で、言ってみれば生きる価値無いのだ。教える側は、そこを励起させるのが何よりも重要、徹底的に追い込んでも良いとさえ思う。

 まぁ、現代社会では、それで逃避、殻に閉じこもる、、、、そんな事もある訳だ。それがうつ病、ネガティブ思考なんてヤツだろう。しかし、自分から行動を起こさないヤツは、心の何処かで現状の責任を外部に押し付けている。心の底で自分は悪くない、恵まれていないなんて思うヤツが多いのだろう。しかし、こういう気持ちを持ってそういう疾病状態に陥る人が増えてきたっていうのは、社会の風潮が大きな原因だろう。どこか、甘やかされており、どこか結果偏重の空気がある。それが、こういう現代病の原因だろうと考えたりする。

 ただ、自分の場合、社会において同じ給与所得者に対して叱る事は無い。起こる事もない。言ってみれば、社会という世界における弱肉強食での武器は、考え方と実行力。他人に不足している部分を芽生えさせる気なんて、ホンネを言えば全く無い。他人は他人。自分は自分。業務上は全くの機械的な付き合いに留めている。
 しかし、業務とは異なる私的な世界で師弟の関係となっている場合は、上達させる工夫はする。勿論、そういう関係に無ければ知らないのは言うまでもない。
 金銭契約で指導が職業となるような場合、つまり塾の講師なんかの場合は、教わる側の上達に何がベストかを考えた上で付き合う。そんなもんだ。この辺の割り切りは非常にドライなものだ。

 問題は、育児で、誉める時、叱る時、それを如何に使い分けるか?これが今の大きな悩みだ。趣味とかスポーツ、勉強では取り組みが見えるから誉める、叱るは使い分ける事が出来る。しかし、躾の部分は、非常に難しい。特に兄弟が居ると、、、、世代に応じた使い分けをしても、躾られる方は理解していない。何故、私だけ、、、、そういう空気を感じる。これが難儀だ。塾の生徒を指導するのは楽勝だが、自分の子を躾るのは難しい。今の考えは、子は親を見て育つということで、日常生活は真似されても我慢出来るというレベルは最低限度守るという事くらいである。

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2010年3月16日 (火)

フェンダー付きロードバイクには、、、、

 スポルティーフに代表されるようなフェンダー付きのロードバイクには、それらしい風体が必要。そういう自転車は基本、ビンテージ、、、、基本、80年代以前のバイク、そういう時代のバイクのブレーキは、、、、センタープル!

 このたび、シルクのR2-4をスポルティーフ風に作るために、VIVAのセンタープルキャリパーピポット留めキャリアをCHERRYのブレーキにセットして組んで改めて思ったのである。
 R2-4にはCHERRYのセンタープルキャリパー+VIVAキャリア+AKIのアロイボードフェンダーという構成だが、何とも言えない格好良さである。

 これを見ると、小林ロード改スポルティーフのブレーキ、キャリアが不満。ブレーキはDURA ACE EXのサイドプルキャリパー、キャリアは日東のパイプ製バンド留めキャリア、フェンダーは本所のテスタッチだけど、どうも不格好に見える。

 パーツの在庫を見ると、、、、大昔のDURAと同等の高木のターニーSPのセンタープルキャリパーとVIVAのキャリア、、、、、これ、付けちゃおうかな?って思いが沸々と、、、、、、

 反面、小林フレームは基本ロードだからサイドプルかな?って思いも、、、、

 今、正直、迷い中なのである。どうしようかな、、、、、、昔の自転車はやっぱりセンタープルかな、、、、、、DURA ACE EXのサイドプルも正直、かっこいいんだよなぁ、、、、

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○○ship

 昔、産官学の共同研究で業務していた事がある。
 企業からは自分一人、学からは教授、助手、留学生、官からは技術センター技官という構成だ。プロジェクトには企業毎のテーマで集い研究を行う。研究では、基本は官の技官さんと一緒に研究を行うのだ。
 研究業務を行っている最中、業務外の付き合いが生まれ、未だに年に一回程度当時のメンバーが集まり同窓会のような宴会が開催されている。そういう会合が持たれるっていうのは、技官さんを通して、業務とは別の人間関係が繋がり、研究会や学会の後の懇親会等で私的な交友が生まれる訳だ。こういう関係が、業務におけるパートナーシップってモンだろう。

 こういう関係は、色んな所で生まれる。身近なところでは、例えば、企業の経営者、重役との間に生まれる事がある。勤務先の企業の場合もあれば、外部企業の場合もある。そういう関係の発端は、業務だけど、業務で生まれる人間関係の中で、趣味の広がりから個人的交友に繋がったりっていうのは少なくないし、そういう各所における別個の交友関係の先で共通の友人に突き当たったり、、、こういうのも少なくない。業務外の繋がりが密接になると、お互いの家庭を行き来したり、そういう関係になる。これもパートナーシップだろう。

 このような関係は、発端こそ、業務であったり店と客の関係であったりするけど、その先に繋がる事で生まれるものだ。

 考えてみれば、発端から発展した世代を越えた友人的な関係である。思えば、色んな業種にそういう友人的な知り合いがいる。こういう人との関係は、フレンドシップとはならないかも知れないが、パートナーシップと言える関係だろう。利害や業務の上だけど、それ以外の繋がりが強いのである。

 仕事柄、職場巡回を行う事があるけど、色んな職場を歩きながら、そこで働く人との共通の話題を見付けながら毎日声掛けて歩いている。これを続けると、お互いに面識が生まれ、出会った時には笑顔がこぼれる。こういうのは大事にしたい。

 しかし、そういうフレンドシップに繋がるようなパートナーシップが築けない関係も少なくない。正直、苦手な別部門の責任者なんかには、そういう気持ちが持てず、事務的な受け答え以外が無い場合も少なくない。なるべく、そういう事務的に片付けるのは避けたいが、事務的を望む人が居るのも現実。最近は、敢えて「調子はどう?」なんて声掛けたりするのは、止めてしまおうと考えている。別に併せる必要は無い訳だ。事務的な場合は冷静に数字だけで、実績だけで判断すれば良いのである。別に何しようが関係無いと言えば関係無い訳だ。

 自分自身はなるべく、そういう事務的な応対は避けようと思うけど、人それぞれだから仕方ない。

 ここで思った。○○シップのシップっていうのは、その先が生まれるか生まれないかで有無が決まる事なのかな?って事。ってなると、シップが無い奴っていうのも、案外居るモノである。
 あんまり、面倒くさい事は考えないようにするのが一番だ。別にシップが無いから毛嫌いするとか、いじるとか、そういうのでなく、業務連絡に特化するだけで、その先の交友を遮断するだけだから、どういう事は無いのだ。イメージ的に、『○○さん、○○さん、三番線に○○行き急行到着しま~す』ってノリなだけである。

 

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究極はオーダー

 ずっとフレームオーダーに憧れている。オーダーには色んな次元がある。色、デザイン、工作、、、、色々だけど、自分はそういう部分への拘りはあまりない。自転車を道具として捉えているので、やはり自分に合った道具として、機械としてという側面を重視している。オーダーしたいけど、するに見合う納得が得られるか?が自分の中で芽生えないと踏み切れない。良く判らないままにお任せでやるならオーダーする意味は無い。既製品で十分だ。判ったつもりで後悔するのも嫌である。勿論、最初から満足できるモノに辿り着くか?というと、そんな事は無いだろうし、どんなに満足しても、大抵は、それから次のステップを考えるだろう。だけど、少なくとも、オーダーして得たモノに喜びを感じるモノを得たいというのは当然だ。それ故に、ジオメトリー、ポジションには知っている知識をフルに活用して何時も考えている。

 自分の場合、どの距離をどの程度の負荷で、どのくらいの時間走るか?で基本的な部分を決めている。その基本を何処に置くか?っていうのは、個人の趣味であったり、体力であったり、用途で相談して決めるモノと考えている。
 自分の基本は、距離で100km、これを3~4時間で走りきると言うのが基本と定めている。この使い方を基本として、これと同じペースで距離を伸ばす場合はどう?とか、これと同じ距離を長時間で走る場合はどう?とか、更に短時間を更に速いペースで走る場合はどうするか?とか、そんな風に、用途に応じて構成を変化させていくのである。

 どんな自転車も乗車姿勢は皆同じ、、、、という考え方は脳内に無いのである。

 昨今のロードバイクブームでは、ライディングポジションとかセッティングの指南っていうのがあるようだけど、それでは、自分流の細かい使い分けに応じたモノが得られない、、、、そう、考えている。

 短時間でも、なるべく大きな出力を得られる、、、、そういう場合、使える筋肉は全部使え的な発想で乗り方、ポジションを決めていく。長時間を低疲労で、、、って場合は、やはり、疲労の分散、つまり乗り方の広さを重視したポジション作りを受け入れる機材作りに傾注するのである。
 ペースと持続時間の兼ね合いは、個人の資質次第であり、何を以て速いとか遅いは言えないけれど、それは、乗り手の選ぶ基本をベースに、それより高速ながら短時間とか、低速で長時間とかを定めるのが自分流だ。

 今の蘊蓄本や指南説には、いろんなのが飛び交っている。股下×0.875とかの係数でハンガー~サドルトップがどうのとか、クランク水平で膝の皿下にスピンドルとか、、、、そういうのは知っているけど、それで定義すると、乗り手が決まれば自転車の乗車姿勢は全部決まる?って事になりかねない。
 実際、一つの自転車に乗る時でも、疲れを分散するのに、サドルの座る位置を変えて使う筋肉を変えるっていうのは昔から在る論理。でも、これに従うと、前述の幾何学的な位置関係が狂うのは自明の理であり、色んな諸説を見ていく程に、なんだかなぁ?って感じを持つのも事実である。

 自分の場合、自転車をセッティングするというのは、二つの要素があると考えている。一つは能動的な要素、一つは受動的な要素だ。他の表現をすれば、動力的な部分と操縦性的な部分とも言えるかも知れない。勿論、その中の全てを自分の納得できる理屈で決める事が出来るか?というと、必ずしもそうでない。まぁ、誰も似たようなもんだろうとは思っている。自分の納得できる理屈があるかといえば、違うけど、納得できるか?というと、80%は納得できるという感じだ。

 動力的な部分は、発揮できる力と維持できる時間で考える。時間が短くても、その時間で最大の出力を狙う場合の決め方という場合、疲労は痛みは或る程度黙認するという考え方。勿論、そんな所に着眼したものは、長く快適にという使い方は出来ない。
 しかし、そういう割り切りが特化した用途で自分の納得できるスタイルを得る事が出来ればOKという考えだ。こういう考えが自分流であり、こういうやり方は、あんまり見掛ける事が無い。案外、一般的には間違いな方法かも知れない。それでも、最近は、大分自分の納得できる考え方が見えてきた。

 そろそろ、ホントにオーダーしてみたい、、、、。オーダーできて満足出来るモノが得られたなら、それは、どんなブランド既製品にも勝るモノ、、、、そう思う気持ちは変わらない。

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ココログのスパム対策

 ココログのスパム対策が大分強化されたみたい。
 昔は無かった迷惑コメント、迷惑TBがゴミ箱に保留されるようになっている。

 TBのウザイのは従来通りで、承認しないと公開しない事にしているから良いけど、コメントは未承認でアップされる設定にしており、チェックしないとスパムコメントがアップされる。

 しかし、ココログの標準的な防止対策で、ゴミ箱に保留されるみたいで便利である。

 そのゴミ箱に溜まったスパムコメントをチェックすると、、、、、特定の記事ばかりにコメントが入っている。
そこで、その記事の内容を一旦待避して、記事を削除の後に、新規記事に同じタイトル、同じ内容で記事を再作成してみた。気分としては、ファイルのエントリーを変えてやるイメージだ。
 すると、、、、同じ記事の筈だけど、スパムコメントは無くなった。

 つまり、スパム投稿プログラムは狙った記事のエントリー狙いでやってくるのである。それを消せばプログラム投稿は防げる訳だ。
 TBもターゲット記事に傾向があるので、同じように変えてみようと考え中。

 スパムの内容は如何にもスパム。それでもプログラムがせっせと投稿している。プログラムを走らせる方は、これで誰がが釣れるのを待っているのかも知れないが、、、、吊られる奴っていうのは、そういうレベル。釣っても金を巻き上げる事が出来ないような奴しか釣れないだろうに、、、、と思うのだが、実際、どうなんだろ?

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2010年3月15日 (月)

CNBC~アジアの龍虎~ホンダの戦略

 2009年12月放送内容の番組再放送を先日見た。
 内容は、ホンダ社長の経営哲学だ。今のホンダの社長は、伊東氏でありリーマン後の厳しい時から経営の指揮を執られている。

 そこでは、エンジニア上がりの社長の考え方、業界の動向予測、電気自動車に対する考え方が色々と論じられていたが、興味を引かれた話は二つ。

 一つは、2009年三月に黒字で乗り切れた日本の自動車主要王手はホンダだけ。その理由は、新興国で需要根強い二輪車が経営の安定化に寄与しているとのこと。中国、台湾、タイ、ブラジルでの二輪車需要は根強く経営の安定化には大きく貢献しているという。

 もう一つが、世界需要は多いが、その供給拠点は需要市場に置くというのが基本路線。さもなくば、価格的にも厳しいし、商売にならないとのこと。値付けは、消費者の出せる金額が基本であり、売りたい側の決めるものではないという理念に従うと、供給拠点は需要市場にリンクさせるのが大前提という考え。
 しかし、この供給拠点で生み出すモノに吹き込む英知は栃木で生み出すと言う考え方だ。

 これは、チョイ前の記事、

http://replica2st.cocolog-nifty.com/diet/2010/03/post-df57.html

 でも記事にしたけど、知工分業とういこと。この知工分業という言葉は、私の勝手な創造言葉で、タカラトミーの番組では言われなかったけど、このスタイルが大事という言葉、伊藤氏がハッキリと述べられている。

 日本の製造業が生き残る道は、知行分業の確立かな?という思いが改めて強くなった。値段勝負で国内製造に固執する、、、、破滅へのカウントダウン、そんな印象だ。

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ホントはダイエット=健康の筈だけど、、、

 先日、アクセスログに『80kgで2ヶ月で20kg減量する方法』は?ってモノが目に付いた。

 人の話は分かんない。で、自分の方法、、、、週5日ペースでスイムする。スイムは無休で1時間、可能ならば3000m、最低でも2000mくらいは泳ぎたい。
 これを二ヶ月続ける。食欲旺盛なまま、間違い無く減量する。実証済み。でも、、、、だれもやらないだろうな。
 落とした体重を維持するだけなら、此処までのハードさは不要。週1~2日のスイムペースで十分。しかし、スイム1時間の半分~同程度の有酸素運動、、、過去の経験では、ステッパー30分とか自転車実走1時間+ローラー台1時間、或いは、サーキット系筋トレのミックスで大丈夫。
 でも、、、、だれもやらないだろうな。

 さて、ここからが本題。本来、ダイエットっていうのは健康な身体を得る方法なんだが、今のダイエットっていうのは、体重の目方を減らす事ばかり、、、、、食制限、サプリ依存、特殊運動で筋肉増強、脂肪除去、、、、、そりゃぁ、違うぜ、、、、

 数値上、体脂肪率が減る。骨格筋率が増える。でも、それって健康?っていうと、そりゃぁ違うと考えている。外科的に脂肪を減らしても、、、、、或いは、特異な血流制限で筋肥大を呼び起こしても、、、、、、プロテイン等で増強しても、、、、確かに、数値はパワフルになるかも知れないが、そういう結果を得るプロセスが不自然過ぎ。

 自然界のモノ、人間の身体を含めて不自然なのは十中八九は不健康だ。

 つまり、今の王道的なダイエットでは、食事制限を否定するものも多いが、実際やっている事は不自然の集合体だ。

 健康とは何か、、、、、それは、天から授かった機能をフル活用出来る状態を保つ事だ。それは、運動、学習から全て。消化、代謝、平衡、分泌、治癒、、、、そういう機能全ての話だ。人体の機能を保持するには、その機能を休眠させない生活こそが重要であり、そういう機能を使い抜く生活こそ、真のダイエットであり、健康な身体ではないだろうか?

 健康な身体、、、、頑丈な身体、、、、そういうことだ。直ぐ病気に掛かる。怪我の治りが悪い。そういうのは、見た目パワフルでもガラスのような脆さ、、、、それじゃぁ、ダメだ。

 生半可な効率論で筋肉付けるために、、、、なんて論理、今は崇拝されているかも知れないが、不自然さに落とし穴が潜んでいる気がする。何事も自然に、ナチュラルに、、、それが大事。技術も一緒。自然のルールに沿った機構は見ていて美しい。そういうもんである。
 過去の薬害なんかが良い例だ。技術的に大丈夫!って前提で治療が進む、、、しかし、後になってリスクに気付く、、、化学調味料にしても然り、公害問題にしても然り、、、、運動の仕方だってそうだ。現時点の情報に取り憑かれる人は結構多いけど、その判断が出来ない人も多い。判断基準が、情報の発信者のみの情報しか見ない人が多いからだ。自己判断出来ないと、言いなりになる。そういうのが普通になっている。

 今の常識、果たして、ホントにスマート?ナチュラル?自然?誰も考えないだろうな。

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2010年3月14日 (日)

創造性

 先日、タカラトミーのオモチャ開発で、ベイブレードのリバイバルの要因に、パーツの組み換えによる機能カスタマイズの面白さっていうのが紹介されていた。そして、チョロQのリニューアルでも機能の付加性によって戦略が見直される事が紹介されていた。

 この手法、古くはミニ四駆でも見られるもので、アッセンブリーパーツの組合せによって楽しみを見出す方法だ。

 まぁ、商売的にはヒットしているからOKなんだろうが、個人的にはチョット違う印象。これって、与えられた枠の中での活動のような、そんな感じが強い。何かが違うように思うのである。

 理由は、工夫を行う単位が既成である点だ。単位が自家製ってノリと与えられたモノってノリでは、個人的な感想では違いを感じてしまう。どっちが優れているというものではない。考え方の違いである。

 それ故に、オッサン相手のハマーを組み立てる雑紙、空母赤城を組み立てる雑紙も違うような、、、そんな感じ。組合せと工作には明確な違いを感じるのが正直な感想だ。
 パーツの組合せでは、模倣出来る点が個人的に嫌いな部分。作ってしまえ的な取り組みは、オリエンテッドな仕上がりになる部分。これが大きい気がする。

 自分としては、真似するのも嫌いだけど、真似されるのも大嫌い。模倣するも、されるも嫌いなのだ。

 幼少の頃を思い起こせば、ミニカーを作る、、、、それは、車のカタログを貰ってきて三面図から展開図を作り、それでフェンダーラインの緩やかな起伏を再現するようなクラフトを作って遊んでいたし、当然、内装、サスペンションも紙で作って遊んだ記憶がある。そういう作業は楽しかったけど、組合せ的作業は熱中度は低かったように思う。
 チョロQでは家庭教師先の生徒に御褒美的に改造したことがあるけど、思い出すのは、ゼンマイ内部のギアの組合せを変えて、ケーシングに穴加工して別のギアを取り付けてオリジナルギア比を作ったり、アウトプットギアの取り付け位置を変えて低重心加工したりしての作業は行ったけど、汎用部品での改造は関心無かった。

 まぁ、この趣味は自転車で汎用部品をそのまま組む事の少なさにも通じる癖みたいなものだ。

 普通はやらない事をやる。そういうのが面白いと思う。どんなに、工夫出来る余地があっても、与えられたフィールドで遊ぶってのは、正直疑問を感じる。

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3/7~3/13の週の検索ワードピックアップ

★1日7分で痩せる
 こういうフレーズで思い出したのが、鈴木正成先生のダンベル体操ダイエットだ。ビデオのメニューをワンセット行うので丁度7分。
 7分の運動で筋肉を活性化して基礎代謝を高め、肥りにくい身体を作るという。
 まぁ、筋肉を動かすということだから、筋肉に潜みがちで問題となっている異所性脂肪の消費にも効果的。因みに、用いるダンベルは、体操メニュー動作が10回程度が丁度行える程度のウエイトを選ぶのが大事。プレス、レイズ、カール、フレンチプレス等では自分は10kgダンベルを使っている。ベントでは15kgを使っている。

★カーボンの強度
 カーボンっていっても答えようが無い。カーボンでも含浸カーボン、焼成カーボン等々様々、、、、もしかして、カーボンファイバー?CFRP?って事なら、繊維の選び方、編み方、樹脂の選び方、成型の仕方で千差万別。カーボンっていうのは規格化されていないので、糞CFRPも沢山ある。カーボンは全て同じ!って思う奴は、多分、アホだろう。

★2ストバイクの乗り方
 4ストとの違い、、、エンブレが希薄。ブレーキはブレーキとしてしっかり行う事。エンブレが無く、回転落ちが速い、、、即ち、減速を素早く行う事ができる。つまり、奥まで突っ込める。他の違い、、、、軽い事はエンジン型式とは無関係。パワーバンド内で扱えば、超ダイレクト。4ストの比ではない。パワーバンドの前後での豹変ぶりを語るのは、パワーバンドを保てない下手くその証だろう。パワーバンド内で操作するのがデフォルト。

★ポンプが空運転で故障するのは?
 回転羽根を用いるポンプは羽根を回すシャフトを支える部分と、外部駆動機からのシャフトがポンプ内部に貫通する箇所がある。シャフトを支える部分がポンプ内部にある場合、シャフトがポンプを貫通する部分は、ポンプ運転中にポンプ内部を流れる流体を潤滑液代わりに使っている。それ故に、液が無いと潤滑不能に陥る。そこが焼き付いて壊れる。これが一般論。シャフトを支える部分がメタル、スリーブ、軸受けと呼ばれる。シャフト貫通部のシール部分にはメカニカルシールと呼ばれる。

★PIX-DT090-PE0の受信不良、ノイズ
 最初は、PCIバスに乗る電源品質という話もあったけど、それよりもっと問題なのが、アンテナからの電波品質の問題。特にNHKのBS1、BS2が問題となっているけど、BSアンテナの次、アンプ、分配機、チューナーカードの流れで、並の構成で一般のテレビ、デッキでは問題が無いけど、このカードは問題が出る。
 そこで、怪しいアンプのゲイン調整を正確に行ったら、、、、BS1、BS2とも快調に映る。
 そこで、カードの供給電源に付けていたコンデンサーを外してみる、、、、、普通に映る。

 そう、電源品質よりもアンテナの電波品質の問題。大きすぎるアンプでもダメ、出力不足でもダメ、、、、自分の環境に適切なレベルを提供してくれるものを見定めるのが肝要。

★単三単焦点のデジカメ
 一昔前ではCMOSのトイデジ系列から選べる事が多かった。でも、マトモなメーカー系の旧機種の方が使いやすい。オリンパスならC-160、C-150、C-120、C-100辺りがお奨め。フジならA101、A201、A202辺り、リコーでは映りは今一だけどコンパクトなRR211、カシオなら頑丈なGV-10、GV-10というところ。自分は遅いけど綺麗なC-160を愛用。明るい所ならフジのFinepix A101あたりが良いけど、暗所ではダメダメ。
 実用でなく、笑いというか、遊びで付き合うなら、更に古いVGA機種が楽しい。フジのDS-10Sなんて最高。日立マクセルのWS30、LarganのChameleon0.3も楽しい。AGFAのCL18、日立リビングサプライのiNC100も愉快。
 余談だけど、単三に拘らなければIntel Pocket PC camera CS630が一番好き。綺麗に写るし、遊びも豊富、見た目も愉快。古くさいというよりも、背伸びしてない感じが良い。
 古いデジカメ程、楽しい。
 比較的新しめのカシオのエクシリムでEX-Z250とか、EX-V8なんかは休眠保管中。

★ダイエットで耳鳴り
 耳管開放症、、、、耳の奥を塞ぐ部分の脂肪迄痩せて隙間が開いた状態となることで聞こえる。急激なダイエットを行うと陥りやすい。女性に顕著。

http://replica2st.cocolog-nifty.com/diet/2008/09/post-06db.html

参照の事。

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ブログのメリット

 ブログっていうのは結構良いと思う。
 或る意味、日記的な部分があるけど、読み手を意識して書く場合、それは日記でなく、武器というかツールといか、メッセージ性を持たせる事が出来る。

 日記の場合、どこからでも記事に出来て、どこからでも記事が確認できるという意味で、究極の電子日記帳みたいなもの。
 メッセージツールの場合、記事を書く時は、発端があり、それがネタだ。ネタを元にオープンな世界に発信するのだが、ネタ元がモノであったり、自分の体験だったりすると、それは思想の発信になる。ネタ元が人だったりすると、その記事は対象に対するメッセージというか感想になる。特に、ネタ元が日常生活で偶然遭遇した人であれば、そのメッセージ性はジェネラルな思想的な感想に留まるけど、ネタ元が知っている奴の場合、そのメッセージはそいつに対する記事になる。

 その記事の内容は、好意的な場合もあるが、記事にする程、感情を刺激すると言う事で、攻撃的な場合が多い。勿論、知っている奴故に、記事は当然読まれている。読まれる事を前提に書く。記事を書く場合、先に記事を書く。そして、当人と話す機会があれば、その通りを、そのまま話す。そして、書かれた記事は、投稿予約しているために、公開迄にタイムラグがある。その時間差の間に、言葉を取捨選択し、多くの場合はトゲが減るというかマイルドになり、公開されるのである。

 或る意味、ネタ元ちゃんにとっては、キツイ内容かもしれない。しかし、指定時刻に記事が公開されるのは、直球で伝えて当人が納得しているからでもある。

 大きなお世話かもしれないが、ネタ元が感情を刺激するから記事になる訳で、何故に、感情を刺激するか?っていうと、ネタ元の思想というか人間性に強い疑問や違和感を持つからだ。この違和感っていうのは、自分の価値観からすると、明らかに間違っているから。但し、その違和感が大きなお世話かどうかは、ネタ元次第なのだ。それ故に、ネタ元に直接的に直球勝負で会話するのを先にしている。そして、記事が予約通り公開されるのは、直球勝負で話した時、ネタ元が納得するからだ。

 このように、ブログっていうのは、ターゲットを絞った意見のようなメッセージ性というか警告を持たせる事も出来る。

 最近は、アクセス解析等によって、どこから飛んできたか?誰が何を知りたいか?どこで、どの部分に関心を持たれているか?っていうのも判る。この情報自体がネタ元になる。すると、顔の見えない所での取り上げられ方を見れば、場合によっては、その反応が記事となることもある。或る意味、吊られみたいなもんだが、それはそれ。それで、周囲がどう反応するか?を見ていれば、論調に対して閲覧者は肯定派が多いか?否定派が多いか?も判る。それを見れば、自分の考えが、常識の中で、どこに位置するか?も確認できたりするのである。

 そういう思想の間合いが計れるというのも、ブログならではのメリットだろう。

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2010年3月13日 (土)

シルクR2ロードのスポルティーフ化

 木曜日、絹自転車製作所さんからR2ロードが仕上がった連絡を受け、金曜日に到着した。
 春のサイクルシーズン到来ということでニシダサイクルさんも忙しくなりそうとの事なんで、基本は自分で家でゆっくり運動後にでも組んでいこうと思う。
 R2といっても年代別に各種存在する。シルクらしいというと、二枚肩+ラグレスという個性だけど、この流儀に当て嵌まるのは、R2-数字モデル、R2-R迄である。R2-K以降はラグ付きフレーム+楕円フォークという他社と同じ様な構成である。

 我が家のR2はR2-4で、海野のパイプ+ラグレス+二枚肩の丸フォークという仕様。R2-4はホワイト単色+シルクでも不人気の小文字筆記体ロゴのモデルだが、今回のレストアではR2-5と同じ大文字のロゴに胴抜き赤色仕様とした。違うのは、元のメッキが完全に終わっており、メッキは無しの仕様となった点だ。
 因みに、R2シリーズでは、R2-R迄はフレームは基本共通でコンポが違うくらい。R2-5、R2-Rはクランクがマイティコンペ、R2-4がプロダイという違い、メカ、キャリパーの違いというところだけど、本来のパーツは復元不能な傷み故に、全交換するので、どのみちオリジナルとは異なる構成になる。

 マニア的にレストアするならばロードレーサーなんだろうけど、この時代のロードはフェンダーダボがついて、前輪と下管、後輪と縦管の隙間が大きく間延びした印象を持っており、ロードレーサーに、その隙間は好みでないので、フェンダーを通してスポルティーフにしようと決めた。他にも、BSのロードフレームによるTTロードや、ステンレスフレームによるロードを持っているので、スポルティーフが欲しいというのがホンネなのだ。
 それで、フレーム塗装を以来する段階で、スポルティーフ向けパーツの選定と準備を進めてきた。

 因みに、確定仕様は何?っていうと、、、、
・フレーム:シルクR2-4、T-CC530mm、S-CT530mm、SA74°
・ヘッドパーツ:Panasonic輪行ヘッド
・キャリパー:高木のチェリー、センタープルキャリパー(新品)
・Bレバー:DURA-ACE(譲渡品)
・ステム:日東ハイクラウン(80mm)(譲渡品)
・ハンドル:日東B105(390mm)(譲渡品)
・前後メカ:サンツアーセブン、ラーレーOEM(新品)
・シフター:ユーレージュビリー(新品)
・クランク:スギノPX+TAタイプ6スポークダブル(48-34T)(新品)
・サドル:VELO錨打ち(新品)
・ポスト:27.0アルミ製メーカー不明(昔の在庫)
・リム:ARAYA RC-540 700C-WO(新品)
・ハブ:TIAGRA HB/FH-4500(新品)
・カセット:CS-HG50(14-15-16-17-18-19-21-23-25T)(新品)
・キャリア:前後センタープル用(前:新品、後:昔の在庫)
・フェンダー:AKIアルミボードフェンダー(新品)
・ライト:ノーベル単一×3本仕様+LED球(新品)
・クランプ:マルイチタンケンクランプ(新品)

 ってところ。スポルティーフといっても、小林号とは違い、もう少し古風にしてスマートかつスポルティーフの流儀に当て嵌めたいということで、フロントはダブルの仕様にした。

 一番の勘所のギア比については、重いギアは不要だけど、アウターとインナーの間は広くしたくないということで、48-34Tという今でいうコンパクトクランクに近い構成だ。この歯数比はオ・モイヨWで使っているカンパのミラージュと同じ歯数比仕様でもある。カセットは小林スポルティーフでお気に入りな14-25Tという歯数構成。
 完成目標は5月連休のGW頃。春サイには、小林スポルティーフかR2-4を使いたい。犬印のフロントバッグを付けて走るなら小林号、小型のフロントバッグならR2-4ってところだろうか?自転車はやっぱり、コレ系の旅車両が一番しっくり来る。

 自転車ブームだけど、自分の自転車のマイブームは完全に70~80年代志向だ。未だに、何乗っている?って会話で、横文字の舶来ブランド名を答えるのは、七五三的に恥ずかしいようなイメージが強い。東叡とか、片倉とか、小林とか、、、、そういうのがカッコイイ。次がニシキ、深谷とか、その次がBSとかパナ、、、、そんな感じ。三連勝とかナカガワとかは、畏れ多いって感じだ。

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情報の入手性と価値

 知りたがりで、言いたがりの人を見て思う事。それは、情報っていうのは無料では無いんだよ、、、、、って事だ。そして、簡単に手に入る情報っていうのは、何故手に入るか?っていうと、価値がないからというか、利用し辛いからなんである。

 ホントに有用で価値のある情報というのは、情報を欲する人に、どれだけピッタリ合っているか?であるのだ。人によって価値のある情報っていうのは、殆どの場合、無料で簡単には手に入らないのである。
 この記事を書く切っ掛けとなった奴がいる。そいつにとって情報の入手先は、人の話であったり、雑誌の記事だったりする。彼にとっての情報とは、その程度の内容らしい。しかし、簡単に誰にでも入手できる情報なんて、それなりだ。

 大事なのは、情報の質みたいなもんである。そして、情報の価値って言うのは、知見を得たと思った人にしか判らない。何かのコツ、知見を得た当人っていうのは、その苦労を知っているから、メリット無しでは他人に明かさないのが普通である。苦労して手に入れたモノ、コツを他人にオープンに伝えるなんて、普通は考えられない。なお、情報の事を調べて得た文言という認識の奴は論外だ。情報というよりも、自分の体験で得た知見といった方が良いかも知れない。知見や知識とは会得した情報の事。会得しない情報の伝達は何の価値も無いのだ。
 実際、別の喩え(例えば、試験前に問題を絶対に解けるコツを掴んだら、他人に教える?って尋ねると)をして、そいつに自分で苦労した秘訣を人に教えるか?って聞いたら、教えない(自分で見付けた事は教えないんだって、、、、)だろうって事。人には聞きたく、他人には大事な部分は教えない。そんな都合良い話は無いのだ。人に伝える話は、自分が苦労していない話。そして、その話で人から凄いと思われたいんだそうだ。意味が分かんない。

 そういう訳で、知見をオープンにする、苦労を厭わずに伝える、そういう場合には、そうする事によって、何かを得る事が無いとだめだ。
 塾の講師をしながら、モノを教える。教え方次第で生徒の飲み込みは違う。生徒に理解させるように教えるけど、誰にでも教える訳ではない。自分の生徒や自分の子供には教えるけど、普通は黙っている。そういうもんだ。

 俺的には、教えろ!って言う奴はバカ以外の何ものでも無いのだが、存在自体が有り得ないのである。教えてメリットを感じる事が出来ないと判断したら、何がどうなっても教える事は無いのである。
 勿論、利害関係が無くても、教える事で、素直に喜ばれ、教えた事の有り難みを判る奴になら、趣味の世界なら教える事はあるけど、そういう奴は、教えろ!口調ではやって来ない。教えろ!口調で来る奴の多くは、知りたがりの言いたがりであり、そういう奴には、仮に教えたとすれば、それを知った顔して他人に偉そうに言うものである。なんで、アホな奴を第三者から凄いと思わせるのに話を伝える必要があろうか?更には、何故に理解不十分な奴を介して劣化する情報を第三者以降に伝える手助けをする必要があろうか?そういう光景を目に浮かぶと、、、、正直、嫌悪感が走る。すると、、、、やっぱり、教えれない。そんなモンである。教えるだけ損するというか、バカを見るだけだ。

 逆に、そういう好奇の下心が見えると、敢えて反対に誘導してやろうかな?なんて、悪戯心を持つ事もある。そういう誘導して遊ぶ事もある。自在に思う方向に思わせる事が出来るけど、これは、自分じゃ、性格悪いというのでなく、ホントに知りたい事を知ったり、得たい情報を得るには、それなりの苦労と経費や代償を支払わないとダメなんだよ!と思わせているだけなのだ。
 因みに、本人には、その旨は伝えている。そして、時間の流れの中で苦労に見合う対価を支払ったり、本人さんの我を通す事で買い物で失敗したなって思えたりした時に、答えの一部を説明するようにしている。
 そもそも、人に苦労して得たモノを教えるのは嫌いでないけど、こんな奴のように、対象によっては、教えて後悔することもあるわけで、そう言う奴には絶対教えない。だから、教えて欲しければ、後悔したと思わせないような人格になってからね!ってダイレクトに通告する。そういうモノなのである。

 そこで、なんで教えてくれなかったか?っていうと、人間的にまだまだと思う。そうやって苦労した事を感謝するような境地になって初めて次がある。

 古い話だけど、昔々、テレビ番組で「クレクレタコラ」ってのが在ったけど、そういうのを思い出す事もある。「クレクレタコラ」でググルと何か?は直ぐ出てくる。

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菓子のマイブーム

 ダイエットという意識は無い。意識は無いけど、意識させられる事がある。それは、運動しても体重増える。健康診断の数値も結構変動する。

 何故か?

 それは、ダイエットのために全ての方向性を健康的にはしていないからだ。

 基本は自由に、好きなように、欲するままに、、、、そういう方針なのである。そして、欲望の中で抑える事の出来ないのが食欲だ。食欲、、、、美味しいモノ、食べたいモノを食べずして満足は出来ない。やはり、デザート、菓子は我慢せずに食っている。減量中から今に至るまで、ずっと食っている。

 ダイエット中から暫く(5年~3年前)は、ブラックビター系チョコレートだ。一日100gくらいは軽く食っていた。その後は、和風のスナックで黒糖で揚げたカリントウって菓子、芋に砂糖を絡ませて揚げた菓子(3年~2年前)なんかに嵌っていた事もある。最近(半年~一年前)では、ジャイアントコーンに嵌っていた。

 今はどうか?

 チョコレートは好きだけど一段落中である。

 今は、、、、アップルパイである。アップルパイのパイ生地+リンゴの酸味、、、このハーモニーが堪らない。アップルパイでも密度感の大きなしっとり系はダメ。高級でもダメだ。サックリ感溢れるパイ生地が良い。特に焼きたては堪らない。

 でも、アップルパイっていうのは安くない。200円以上はザラだ、、、、

 しかし、最近、菓子パンのアップルパイで美味い!って思う商品に嵌っている。

 特売では一個が106円、通常売価でも126円とリーズナブル。それ故に、一日一個食っている。

 このマイブーム、諄い生活故に、暫く続きそうだが、過去の例を振り返ると、そろそろ次のターゲットが決まる頃かもしれない。

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2010年3月12日 (金)

意識次第

 自分は、単車ならセパハン、バックステップという仕様が好きだ。これに2ストロークなんてエンジンが乗っていたら更に愉快だ。理由は、、、、快適かつ楽しいから。長距離も楽々なのだ。過去のツーリング、特に500km/day以上のツーリングでの相棒は?っていうと、全部ガンマ500だ。何故だか、こういう選択になる。
 広島を夜中に出発する。そのまま南下して九州に入る。そして別府からフェリーに乗って宇和島に到着。そこから石鎚山を登り、高知県に向けて南下、土佐で一泊目ってツーリングを行ったけど、ガンマ500では全身の怠さこそあれど、超快適なのだ。
 他にも、広島から姫路迄山陽道を走る。そこから兵庫県中央部、舞鶴をかすめながら京都に向かい、琵琶湖に到る。そこで一泊というツーリングでも、やはりガンマは快適だった。
 勿論、日帰りのツーリングでもガンマは快適なのだ。このガンマ、ハンドルはノーマルよりグリップ一つ分下。ステップはマックレーンのB/S仕様である。それでも快適。正直、シートの柔らかいネイキッド、アメリカン、アップライトなネイキッドよりも快適だと思う。
 まぁ、走る時は、常にその気!ってのが大きいんだろう。曲がっていれば、常に、そういう気分で曲がる。ライディング自体を愉しんでいるから、そのために必要なポジション故に疲れという意識にならないのである。
 過去のレプリカブームの衰退は、ハードなポジションによる痛みや疲労感があったのだろう。でも、そのポジションとの間合いというか付き合い方に従えば、これほど快適なモノは無い筈なのだ。

 時は巡り、今、スポーツサイクルブーム、、、、、特にロードバイク全盛。で、前傾姿勢+堅いサドル、、、、或いはビンディングペダル、、、、、これで頻繁に聞くのが、膝、腰、尻が痛い、、、、これまた、正直意味分かんない。痛くもなければ苦しくもない。敢えて言うならば、快適というか、モノによっては弱すぎって感じ。サドルなんて最近の薄手のサドル、直ぐへたる。割れる。ダメダメである。

 自転車にしろ、単車にしろ、スポーツ機材のセットが苦痛になる事は有り得ない。それは、以前も話したとおり。
 更に言えるのは、この機材のセット、姿勢、ポジション等々だが、そういうモノを手に入れれば速く走れるという幻想を持つ人の多い事、、、、、、、有り得ない。それは、前述のように、同じ機材でありながら、それを苦痛と感じる人の多さに象徴されるように、道具を得ても、使い方が判らなければ効果が得られないのはもとより、苦痛にさえなってしまうのだ。

 セッティング願いが多いけど、そんなものは自分ですべきこと。何故か?っていうと、セッティングとは自分の願いというか、行動をスムーズに行わせるための道具の調整であって、行動の意識が無ければセットを作るなんて有り得ないのだ。意識があるから不都合を感じる。不都合を感じるのは意識があるから。その意識は、そのセットで行う理想像を持っているという証明であるのだ。
 自分の理念を実体化するには、自分の身体をどのように使うか?を決めるのが必要。そして、身体を使えたらどう?使えなかったら、どんな違和感が出る?を定めているから、その僅かな感触の違いをセットで抑える事が出来るのである。

 セッティングして欲しい人が多いけど、自分がどうしたいか?その為には、どんな動きをするのか?その意識で動くと、どう感じるか?何が邪魔か?というストーリーを描けないと、不都合を解消するセッティングなんて出来ないのである。
 つまり、セッティングとは、意思を持つ人の方法の具現化であり、意思が無い人にとっては、一生永遠に答えに辿り着かないのである。

 つまり、ベテランやプロのセットや機材に乗ったとしても、アカの他人には、何のメリットもなく、使い方も見えない。それ故に、無意味ということなのだ。場合によっては、痛みや苦しみを伴うこともあるのである。どうしたいか?これが無いと話にならないのだ。

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好奇心と成長

 好奇心っていうのは何がそうか?って考える事がある。興味を示す事全般がそうなのか?まぁ、そうかも知れない。しかし、興味の示し方、好奇の示し方は別個であり、興味を持つ気持ちは、好奇心というよりも探求心という言葉で分けた方が良いかな?と思う事が少なくない。

 サイトのアクセス解析とか、他人と会話していたりして思うのは、人によって知りたいというベクトルが様々だな!って事。

 自然に思うのは、それぞれが思う疑問に対しての探求活動。
 不自然に思うのは、他人がどう考えているかを知りたがる詮索活動。

 どっちも好奇心というか探求心なんだろうけど、前者は納得、後者は恐い、、、、そういう感じなのだ。

 前者は気になるのは自分の本心、後者が気にするのは他人の目、前者は中身を重視、後者は体裁重視、、、、そういう感じがする。

 何かに取り組む。取り組む時、取り組む人は自分の理想を掲げる。掲げた理想に自分なりの問題提起と解決方法の試行錯誤を繰り返す。そういうのが普通なんだろうと思う。
 しかし、何かに取り組む、取り組む時、取り組む人は理想の人を掲げる。掲げた偶像と同じ行動をすれば、そうなれると模倣を繰り返す。こういうのも、よく見る光景である。

 このような探求活動は同質か?っていうと、自分的には異質だなって印象である。

 これがエスカレートしたり、恋心が対象になると、所謂、迷惑防止条例やストーカー規制法に掛かるような行動に該当するのだろうか?と思ったりする。
 ただ、そういうモノに該当しない世界では、このような模倣行為、コスプレ行為っていうのは、割と普通なんだろうと思ったりする。模倣やコスプレで模倣の対象が非常に遠い世界の場合は、良くある光景と言える。例えば、80年代のレーサーレプリカブームでのメットやツナギのレプリカルック、現代のロードバイクのレプリカレーパン、レプリカレーシャツが該当するんだろう。

 ただ、こういう好奇心の持ち方っていうのは、人格的に完成している筈の成人世代では並列で存在するものでは無いという気がする。
 幼い頃、、、、だれもが、ヒーローに憧れる。ウルトラマンだったり、仮面ライダーだったり、今だったら、プリキュアだったり、シンケンジャーだったりする。しかし、現実を知り、成長する毎に、理想は遠くのモノから近くのモノ、最後は自分の事になるのである。中学生、高校生なら、打ち込む世界のプロに憧れるのは良くある話。成人すると、最後は自分の理想が憧れの対象となる。それが、人間の成長であり、それは自分の身の程で出来る事を自分で見つけるから、そうなるんだろうと言える。
 しかし、自分の理想が何時までも自分の身から乖離した所にあるっていうのは、理想がプロ競技者だったり他人どまりになる。そして、他人の行為をトレースするに留まるって言うのは、言ってみれば、人間的な成長が不完全な状態なのかな?って印象だ。

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念入り歯磨き

 最近は歯磨きダイエットっていうのが在るらしい。空腹感、食欲というものが出てきたら、歯磨きという行為で口を動かせば食欲が減退するからお奨めなんだという、、、、

 それは、さておき、自分の奥歯の多くが銀歯を被せてある。所謂、虫歯って奴だ。高校迄は治療した歯は一本だけだったけど、不摂生の大学生活でやられてしまった。

 今思えば、もっと真面目にケアしておけば良かった、、、、

 で、幸か不幸か、一年に一カ所のペースで被せた場所が外れる訳だ。そうすると、当然補修、、、いや、治療するのだが、その都度、歯磨きが不十分だと叱られる。まぁ、一年に一カ所ペースで治療するから必然的に一年に一度は歯医者に通う。それで、重症化する前にクリーニングするというパターン。そこで、毎年のように定例的に歯磨きの仕方を習うんだが、その方法に従うと、、、、余裕で30分近くを要する。糸ようじ、歯間ブラシなんかも奨められるのだが、それらを入れると、、、、

 歯の修理をした後の暫くは、歯磨きも念入りに行うのだが、この念入り度合も薄れ、日にちが経つに連れて手抜き、、、、、歯の一本ずつ、表裏側面を毛先でしっかり、、、、という方法だと一カ所に一分近く掛かるのだ、、、しかし、そんな言い訳をすると歯周病菌で歯槽膿漏になるぞ!と脅される。

 ところで、歯医者で歯石を取ったりクリーニングするのは気持ちよいモノだが、自分で行う歯磨きで、歯ブラシの毛先を歯と歯茎の間の溝をクリーニングするっていうのはなかなか難しいもの。
 でも、銀歯でさえ後悔している訳であり、歯自体が無くなる歯周病で歯槽膿漏なんかになると悲惨、、、そうなると、後悔しても仕切れない。

 しかし、歯磨きを毎日30分以上掛けて念入りに行うのは、時間の隙間を見つけるのも難しい。この辺が気持ちと実態の乖離した部分で継続できるか?が問題。

 そう言えば、高齢者では80歳で20本残しで8020運動というのがある。1999年調査では80歳では残存歯数は8本なんだそうだ。2005年調査では10本に増えたそうだが、それでも不十分という。8020運動と同じ意味で、7521とか、6024、5525とかあるそうだ。全部で28本の歯を守るっていうのは、なかなか難しそう。確かに自分の歯が全て健康なら、食物をしっかり噛んで美味しく食べれる。これは、ダイエット、生活習慣病の予防にも通じる顎を動かす運動、咀嚼に通ずる。口を動かす事、、、即ち、物理消化をしっかり行う事で、後肯定の化学消化に必要な酵素の分泌も効率的に作用する。つまり、健康を維持する上で重要な要件なのだ。
 失われた歯は戻ってこないけど、取り敢えず、今の状態を維持して義歯に頼らない生活を維持したいものである。

 因みに、掛かり付けの歯医者さんによると、完璧な歯磨きが出来るのなら、最低で3日に一回迄減らす事ができるけど、完璧は無理だから毎日最低一回はしっかり磨く意識が必要なんだそうだ。

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2010年3月11日 (木)

カプレオ化

 小径車ネタで表題の検索が多い。
 カプレオ、これ元々の仕様でOLDが130mmでも135mmでも対応できるようになっている。130mmに対応させる時はスペーサーカラーを抜くような指示がされていた筈だ。

 このコンポの特徴は、トップが9Tからスタートしており、クランクに45Tと併せても十分なロールアウトが稼げるのがメリット。
 デフォルトで、前が45Tのシングル、後が9-10-11-13-15-17-20-23-26Tの9速という仕様だ。カセットは1T刻み、2T刻み、3T刻みを三枚ずつで9速という構成。

 これを小径車、例えば406HEを併せるとする。周長で1.5mだからトップで1.5×45/9=7.5m、ロー側がが1.5×45/26=2.6mである。結構イイ具合の刻みである。
 小径車のトレンドは馬鹿でかいチェーンリングだ。これに52Tとすると、、、、トップが8.7m、ローが3mである。まるっきりロードレーサーばりである。更に大きなチェーンリングを併せていくと、、、、、凄いハイギヤードが作れる訳だ。
 こんなカプレオだがトップ9Tが特徴的でカセットのプロフィールも独特っぽいので出来ればRメカもカプレオが望ましい。

 でも、自分がカプレオを使っていた時は、いきなりカセットの組み換えを行った。そして作った歯数組合せは、

9-10-11-[12]-13-[14]-15-17-20T (12Tは加工品、14Tは標準品)

 である。カプレオの組み換えしたい人の多くは11Tと13Tのギャップであり12Tを欲する人が殆どである。純正のカプレオカセットはトップ側三枚はバラだけど、残りはリベットでかしめた一体モノ。リベットピンをサンダーか何かで飛ばせばバラバラになる。その部分は、一応、通常の9速の歯と交換可能である。つまり、12Tを加えて歯数構成を作れば良いのである。しかし、この12Tが曲者なのだ。カプレオでは11Tから13Tになる。つまり、11Tと13Tを繋ぐように変速パターンが設けてある。しかし、ノーマル歯からの流用はトップ用12Tであり、より小さいスプロケットからのシフトアップパターンは無いのだ。
 それが12Tの問題となる。カプレオの場合、9~11Tが特殊な歯である。スムーズに変速させるためには、11Tから12Tへの変速パターンが必要だけど、ノーマル9速用のトップ12Tの歯には12Tから13Tへのシフトアップ用変速パターンしか無いのである。だから、カプレオ11Tから普通の12Tへの変速がスムーズに出来ない。選ぶ12Tにはロード用なら不可、MTB用なら可って情報もあるけど、自分で行った範囲ではロード用でもMTB用でも不可という結論。そして、自分の場合はロード用の12Tをベースに、カプレオの11Tから変速させるパターンを加工して対処というパターン。加工は簡単でヤスリが在れば楽勝である。
 必要なモノは、欲しい歯数の9速の歯板ということだ。

 カプレオ9Tが実現してくれるロールアウトに魅力を感じるなら良い選択かもしれない。

 しかし、自分は451WO、チェーンリング48Tで必要トップは11Tということで、カプレオは辞めた。勿論、ギア比で7m程度だから重くは無い。8m以上を望むなら選択肢としてありだろう。因みに、今は11-12-13-14-15-16-17-19-21Tの普通のカセットを使っている。9-10Tよりも16T、19Tの方が必要と感じたからだ。
 フルサイズでも、正直、重いギアは使う事無い。実はステンレスロードのギア比も見直し中。今、11Sのカセットは12-27Tである。この度12-29Tが登場した。でも、それよりもアウターリングを小さくしようと検討中である。元々は53-39Tだけど、今は50-39Tである。更に46-39Tあたりにしようかな?と思ったりしている。ビジュアル的には50-39Tの方が格好良いけど、、、、。

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異所性脂肪、、、、って言っても

 先日、第三の脂肪ってネタで記事を書いた。

http://replica2st.cocolog-nifty.com/diet/2010/02/85cm-8039.html

 だ。
 でも、別の報告では第三の脂肪という表現で、異所性脂肪って聞き慣れない言葉を指したりしている。これは、日曜日のNHKのAtoZって番組での放送内容だ。

 番組では、幼少期に決まった脂肪細胞の数で、個人毎の蓄える事の出来る脂肪量が決まる。その脂肪細胞が多ければ多くの脂肪が蓄える事が出来る。しかし、脂肪細胞以上の脂肪を蓄えようとすると、オーバーフロー分が内臓脂肪に周り、そこも溢れれば、筋肉、臓器の周りにまとわりつく異所性脂肪となるという論理。そして、異所性脂肪は、脂肪細胞で保持されていないので、悪影響がダイレクトに現れる。それが、心疾患に及んだり、糖尿病の発症に繋がるというモノ。
 そして、この治療には、蓄えることのできる脂肪細胞を増やす薬を与える事によって、過剰分を皮下脂肪に蓄える事が一つの方法論として注目されているとのこと。

 異所性脂肪については、脂肪細胞という形で存在して居ない分、速く消費されるので、三日程度の運動を行えば一気に無くなるとも説明されていた。一日一万歩の運動でOKとの話。

 これは、日本人の肥満体型でない人の糖尿病の多さを調べるための取り組みから得た成果の紹介だけど、番組では肥満体型=生活習慣病という話に対するアンチテーゼであり、肥満体型=皮下脂肪、皮下脂肪が多い肥満は生活習慣病では無い事を訴えていたが、それは、内臓脂肪を問題としている今の常識となんら変わらない所。

 話は此処までだけど、、、、、

 内臓脂肪であっても腹囲は大きくなる訳であり、皮下脂肪が少なくても、それが溢れれば内臓脂肪、更には異所性脂肪というならば、番組の構成上、肥満全否定的な構成はどうかな?って言うのが正直な感想だ。
 そもそも、内臓脂肪型肥満も肥満であり、仮に、やせ形でも生活習慣病になり、それが異所性脂肪によるものとすれば、皮下脂肪が溢れ、内臓脂肪が溢れ、最後の異所性脂肪で疾病発症という論理の前提は、やはり肥満ということであり、痩せていても糖尿病という説には、脂肪のオーバーフローで説明する事自体に無理があるというのが私の感想。

 異所性脂肪が糖尿病等疾病に影響するのは事実として理解できる。しかし、皮下脂肪が溢れ、内臓脂肪が溢れ、、、、というならば、異所性脂肪を貯める人は、絶対的に肥満が前提、、、、、
 自分なりの理解は、脂肪のオーバーフローとは違い、脂肪の移動経路上の律速性が糖尿病を来しているのでは?と考えている。つまり、脂肪は蓄えたモノであり、本来、それは消費されるもの。脂肪は何処で作られるか?その辺りを考慮すると、脂肪は所謂エネルギー源であり、それが滞る所で溜まるだけと考えている。内臓とか筋肉に溜まる事は、つまり内臓脂肪、異所性脂肪っていうのは、本来使うべき量が使われないから溜まっているだけであり、純粋に運動不足、臓器機能の未使用状態というか休眠状態が糖尿病等疾病を来しているだけ?って考えるのである。

 これって、オッサンが歩かずに車で移動。キッチリ消化プロセスを得た臓器機能の活用をせず、サプリや薬品に頼るから臓器に溜まるだけ、、、、そんな風に見えるのである。
 実際、三日程度の生活改善で異所性脂肪が取り除けるっていうのは、如何に日常で運動していないか?の証明であり、肥満どうこう言う前に、動かない過ぎによる生命淘汰の対象となっているだけ?って思えるのである。

 脂肪細胞を薬で増やして体重増加させて治療というのは、脂肪細胞というバッファを増やしているだけで、発症の先送りかな?って気もする。脂肪細胞が少ないというのは、需給の収支が取れてきた証明であり、そのバランスを崩すというのは直感的に危なそう。生体の活動度(筋肉に限らず、臓器、機能を含む)を維持する事が唯一の治療では無いだろうか?

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カンブリア宮殿~おもちゃ屋3代目 執念の経営~

 BS番組でカンブリア宮殿ってのを見た。
 取り上げられたのは、タカラトミーの三代目社長、富山幹太郎氏の経営についてだ。

 http://www.tv-tokyo.co.jp/cambria/list/list20100301.html

 に詳細は書いてあるけど、オモチャメーカーの存続を掛けた決断の話に興味を持った。

 元々は、海外向けのオモチャの製造が主で、その製造は国内の都市部で発祥し、その後郊外に移り、郊外で企業集積を計り、『おもちゃのまち』って町名を有するような地域を育て、最盛期では、その地域から300億円に迫る輸出を行っていたという。その地域には、プラレールとかトミカといった商品を作るための工場を設立するなりの投資を行い好業績を上げていたという。

 しかし、1986年のプラザ合意以降、円高となってからは不況に見舞われ、そこで着任した現社長は、国内4工場の内、3工場を潰し600人に及ぶリストラを断行したという。

 その際の決断は、オモチャは国内で作るべきではないという決断。製品作りには拘るが、それは国内製造に拘らないという現代に生き残る輸出産業の基本理念を早い段階から実践するというもの。

 その後、タカラと合併し、タカラトミーとなり、旧タカラの製品をリニューアルしてオモチャメーカーとして魅力在る商品を生みだし続けているという。

 この中で、旧タカラ製品のベイブレードとかチョロQのリニューアル、コンセプト等々の事よりも、オモチャ作りを守るために、工場を潰し海外移転を計る。その思想的背景の部分が印象に残っている。オモチャを何処で作って、誰の生活を守るか?というよりも、オモチャを必要とする人の為に、何処で作ろうが、オモチャを提供する事を守るという決断は、なかなか難しいものだろう。特に、雇用を守るとか、組合とか、地域とか、そういう事を考えると顧客のためという論理は後回しになるもの。その姿勢は、言うは易し、行うは難しである。
 ユーザーが子供、、、ならば安価に提供しなければ意味がない。安価に提供するために、国内製造では無理。安価でもニーズに応える取り組み、、、、これが大事な訳だ。

 以前、液晶テレビで窮地に追い込まれた国内企業が百万円テレビってのが在ったけど、、、、これはニーズに応えているとは言えない。誰が、どういう価格帯で望んでいるか?そこに何を期待するか?

 タカラトミーが行ったのは、作るのは海外でも、創るのは国内という知工の分業だったようだ。知の部分がどんなに高コストになっても、ニーズを捉えれば数が掃ける。つまり、単量あたりの負担は大きくない訳だ。それを実践するためのリストラと企業体質の進化が、旧タカラ製品の復活にも見て取れる。

 知工分業が出来るか?知の集積を計れるか?真似のされない知が提案出来るか?これが、国内の製造業の生き残るキーワードになりそうだ。
 逆に、真似して、模倣して、、、、という企業は如何にコストを下げるか?という消耗戦に頼らざるを得ない。それは将来的には破綻、破局、破滅に向かうしか無さそうだ。

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2010年3月10日 (水)

今年も中央森林公園へ♪

 今年も中央森林公園にショップで出掛ける事となった。今年は何人集まるだろうか?
 M君、F君、I君、K君辺りには連絡しないといけないだろう。ひろのしんさんも来ればよいのにと思うところ。沢山集まれば、それはそれで楽しい。

 それはさておき、今年も走るのだけど、どんな風に走ろうか?娘を連れて行くべきか?春休み故に、少しは何処かへ連れて行ってやらないと、、、、とも思う。家族でなく個人参加ならば、基本は一周程全速走行して、後は滞在時間一杯に休むことなく周回しようか?なんて考えたりしている。どっちも悪くはない。

 こんな事を考えていると、記事を書きながら思考の寄り道も、、、、そう、車選びでも家族で乗って、自転車を解体してでも良いので3台、4台積めるようなワゴンが望ましいかな?なんて思いが強くなったり、、、、、プロボックスなら折り畳み自転車を併用すれば三台は楽勝。リアゲートにキャリアでも付ければ、、、、なんて考えたりもする訳だ。

 脱線はこのくらいにして話を戻すと、理想はタイムアタックを一度はしたいけれど、時期的に、もしかしたら花見、もしかしたら春休みで、人が多いかも知れない。となると、、、、、危ない感じ。人が少なくて、路面が完全ドライなら一度は計測してみたい。過去のベストタイムは、体調、機材的には煮詰まっていたけど、路面は思いっきりウエット、、、、ドライならどう?っていうのは、関心事だ。過去三回の走行では、初走行だったり、チェーン外れだったり、機材は整ってもウエットだったりで完全な状態ではない訳で、今度はどうよ?って気持ちが強い。勿論、それ用のオ・モイヨWW号でないと意味がない。

 このところ、フルサイズばかり乗っているけど、チョット思い出すためではないけど、オ・モイヨWW号も使って感覚のリハビリでも始めよう。

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賃金格差是正?アホか?

 勤務先では労使協議ネタに、賃金格差是正要求がある。
 何を格差と言って、何をどうしたいか?っていうと、、、、、同年齢での基本給差を解消するんだそうだ。

 格差する理由は、学歴による入社時基本給の差が問題となっているようだ。高校卒+4年勤続時における基本給が大卒新卒時基本給に及ばないのが理由であり、その基本給を同じにするのが目的のようだ。これは、22歳時における基本給格差を解消するというのが考えの根底にある。

 この考えには、正直、違和感を覚える。

 まぁ、厳密には、昇給時には人事考課が反映されて昇給額が決められるから、少しずつ基本給に差違が生まれるのだが、人事考課で反映される配分、人事考課での配点幅が非常に少ないので、差違は在って無いようなモノでもある。配点上限は年齢、役職で決まっており、その辺りは殆ど全てが勤続と年齢で支配されているから、実質的な差違は極めて圧縮されている。

 さて、この違和感の理由、、、、、在り来たり、一般論的に、普通に言うと、、、、、高学歴入社でも年齢時基本給が等しければ、実質勤続年数が、少ない分、生涯賃金が少ないとも言うし、通念的な高学歴高所得という考えには当て嵌まらないともいう。更に言えば、何のために知識を身に付けるべく学生を長くしたか?なんて考えてしまう。

 しかし、学歴があれば高所得が保証されるか?っていうと、これまた怪しい。
 実際、十数年を遡ってみる新卒入社の大卒社員を見て、肩書きに見合った専門性、知識、技量、思考法を備えているか?というと、少なくとも、中小企業レベル以下では、有り得ない人が多い。食塩水の濃度計算が出来ない奴も居たし、模写しか出来ないプログラマーもいる。単位系の意味が見えない設計者も居るし、金属の定義が言えない工学部卒もいる。一応、入社試験で選別していても、目を覆いたくなるレベルだ。入社面接を担当しているから、希望者全員と話しをするけど、受けに来る人の様を見ると、就職難は景気のためなんて絶対に言えない。大卒といっても中学レベル以下も結構居るように見える。
 入社合否判定や総務、人事の話を聞くと、大卒で論文、専攻を聞いただけで凄い!って判断するのもあるようだけど、正直情けない。卒論にしろ修論にしろ、研究が継続で行われ、前年以前の卒業生の模写的なモノでは意味がない。小難しい論理をかざした装置で実験したとか、プログラムで解析したとか言ってるけど、正直、装置にしろプログラムでも動かす、オペレーションする、使うってレベルは、ゲーセンでドライビングゲームの達人になるのとレベルは一緒。慣れれば誰でも使える。凝固解析、構造解析、有限要素法、モンテカルロ法、物性推算、ニューラルネットがどうのこうの、、、、そう言う言葉が使われた道具を使っても、そのテーマの創造の部分で関与というか、オリジナリティがあるか?っていうと、、、、、、少なくとも自分の勤務している企業に入ってくる高学歴?学生レベルでは誰も理解していない。皆無だ。
 実験の立案にしろ、教授の指導のトレースでは無意味だが、そこに独創やオリジナリティーを発揮した学生がどれ程いるか?というと、履歴書だけ、ありきたりの面接だけでは判断が難しい。自分が面接に望む時、そこを聞くようにしているけど、経歴の専門性に自分を反映できるような人っていうのは皆無に近い。
 大事なのは、難しい言葉を知っているか?でなく、目の前の行動を自分の意志で決められるか?である。高学歴っていうのは、専門科目で、手順を生み出して自分で道を描ける能力を養うために身に付けるところ。それを無くして、相応の給与を得る資格は無いのだ。
 となると、企業規模によっては、若い段階から入社して実務レベルの技量を身に付けた人の方が遙かに高所得を得る資格があるのかな?と思うのである。少なくとも高校生から働く奴の方が賢明で純粋な分、能力は上では無いだろうか?少なくとも、自分の勤務先で限定して判断すると、設計なり、製造なりの現場で、行われている業務内容に、今の高等教育で習う知識の必要性は皆無であり、一般常識+算数レベルで十分。それ故に、知識の内容よりも、手順や方法を生み出す力の方が実務的という例もある。

 賃金や昇給には絶対に格差が必要だと思うのが持論。しかし、格差根拠に学歴は全く不要だと言える。評価っていうのは、経歴や学歴、知識に非ずで、企業レベルに応じた有効度で格差を付けるべきであり、そうなると、実務経験に勝る評価は無い筈なのだ。判りやすく言うと、町工場に肩書きだけの帝国大学大学院卒なんかよりも、丁稚奉公の叩き上げの方が実戦的なのだ。
 差が無いというのは、出来る人がやれば良いという論理だろうけど、出来なければやらなくても良いという論理でもある。やっても、やらんでも同じなら、やらん方が、、、、というのが人間の心理として流れる方向だろう。そういうのが停滞感、閉塞感を生み出すのでは無いだろうか?

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俺流エコ

 よくコメントを頂く方の意見そのものだけど、エコっていうと資源を大事に使う事なのだ。無駄を無くす事が最大のエコなのである。

 で、自分流のエコはどうよ?っていうと、、、、景気回復には殆ど寄与していないのが実情だ。

 クルマを例に取ると、新旧、燃費の善し悪しは気にしない。そもそも大排気量でもエコカーという論理を受け入れる事が出来ない。クルマでエコというと、機能最小限に絞って、用途は必要最小限に利用を留めるというのが一番だと思っている。どんなにハイブリッドといっても3000ccとか5000ccにモーターを加えても、1000cc並にはならない。常用人数が少人数だと尚更である。近場に出掛ける時にでも一人で大きなクルマに乗って出るのは、エコカーだろうがエコでは無いのだ。20年前の2ストロークでも乗らなければ排ガスは出ない。それを極一瞬乗るだけの使い方は、毎日乗るエコカーの出す環境負荷よりも遙かに少ないモノである。

 エコの本質は、やはりコメントを頂くように大事に長く使う事なのである。

 だから、自分の場合、極力、修理して使える間は徹底的に使うのである。振り返ってみれば、壊れたから換えるって場面は多くないのだ。壊れても自力で自分で直せたり、安価に修理出来れば、それで対応するのである。

 そういえば、自宅を新築した際に、家電、家財を多く新調した。既に10年選手だ。その中で、テレビ、レコーダー、デッキ、電子レンジ、サイクロン掃除機、洗濯機等々あるけど、どれもしぶとく直している。毎日使う掃除機、洗濯機、、、何回、解体してOHした事か、、、それで機能を回復しているから未だに使っている。こういうモノに限らない。洗濯物を乾かすハンガー、ツッパリ棒、台所ゴミ箱等々の樹脂部品も十年以上の年月は劣化して割れたりする。でも割れる部分は極一部、、、、すると、、、壊れにくい構造に修理の際にアップグレードして使い続けるのである。

 俺流のエコ、、、それは、機能復活が不可能と判断されるまで、使い切るという事なのである。

 そして、モノを買う時のルールもある。それは、長きに渡り使っていると不具合が出てくる。その不具合にはパターンがある。そのパターンに当て嵌まる構造のモノは選択の段階で除外する事が多いのだ。

 それが、

http://replica2st.cocolog-nifty.com/diet/2010/02/post-24aa.html

 に現れている。ワイヤークラッチの経年変化での使い心地の悪化、電動パワステの故障等々は、自分或いは、身近な所で苦労しているのを経験済み故の判断だったりするのだ。2ストロークでもガンマが好きでNSが嫌いっていうのは、クランク周りの構造に思うところがあるから。そんなモンなのだ。

 俺流のエコかどうかしらないけど、出来るだけ長く安心して使えるものが好きなのである。それって、実は究極のエコ思想だと思っている。
 大量消費で、効率の良いモノを買い換える、、、、、、これって、機能が残っている内に廃却って事。何か間違っていると思うのは気のせいだろうか?直近の経済性のみで動くというのは、如何にも本質を外している、、、そんな印象だ。

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2010年3月 9日 (火)

パリ・ニース、プロローグ、TT

 日曜日の夜中、チャンネルを回していたら自転車レースが中継されていた。Jsports1だが、パリ・ニースの初日のTTである。距離で8kmながら途中三級の峠が含まれたコース。上りが在っても、下り+追い風で最高速度で75km/h近く出るコースだが、このコースを11分前後で走り抜ける。アベレージで43km/h前後というもの。
 コースは最初の1.5kmで60m上り(4%)、その後平坦、途中0.8kmで60m下り(7.5%)、1.6kmで60m(3.8%)上り、残りの2.5km弱を平坦って感じ。下りは相当に速度が出そうだ。

 去年は別のレイアウトだけどアベレージは9.3kmを50km/h越え、、、、この辺りが、競技者のパフォーマンスなんだろう。50km/hを9kmとか、40km/hを8kmとか、、、そういう次元は、素人なら追い風+下り勾配が続かないと難しい速度域。それを起伏が富んだコースで実現するのが凄い。
 較べちゃいけないけど、平坦路で12km前後を140bpmで35~40km/hで走る事はあるけど、起伏が在ったら無理。ましてや45km/h以上を持続できるというと160bpmで最大で3km程度が限界。50km/h以上となると185bpmで1km程度だ。でも、スーパーマン達は、起伏のあるコースを8km以上で40km/h以上、、、、絶句である。

 時間にして11分弱のレースだが、有酸素運動というよりも無酸素運動に近い領域では無いだろうか?印象的には、TTでは後からの撮影映像が多かったが、一般に脚が細い?と言われているコンタドール選手でも、えげつない太さの脹ら脛、、、、真後ろからのアップ映像は遠目からの映像とは全く異なる印象を与えるもの。

 因みに、二日目から最終日迄は、Jsports Plusでの放送だそうだ。初日のみJsports1だった。
 ステージレースも面白いけど、個人的にはTTが一番好き。全力疾走する光景、これは何にも勝るインパクト。特に個人TTは駆け引きもクソも無い。運、不運に左右される事はあれど、基本は一人で全力疾走。ここに圧倒的なパフォーマンスが見れる。

 バンクの競技でも面白いのは個人TTだ。ロード競技では一般道を使った数キロ以上のTTが最高に面白い。短距離ならバンク競技、数キロ以上ならロードTT、これが一番面白い。

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ジオメトリより大事なのは

 昨日迄の記事で、ジオメトリが大事!って持論を展開したけど、実は、ジオメトリよりもっと大事なモノがある。
 ジオメトリっていうのは、結局は骨格のスタート地点。これで乗るには、ハンドルをステムに通してステムを付ける。サドルをポストに付けてポストを付ける。これで初めて自転車と乗り手が繋がるのである。ジオメトリが完璧?だから、もう大丈夫!なんて事は有り得ない。

 大事なのは、最終的に乗り手と機材のコンタクトがどうなっているか?である。このコンタクトは、人種、性別、身長、骨格比が決まれば決まるようなモノではない。これらが同じであっても、コンタクトスタイルは人によって固有のモノである。同じ人であっても、乗り方、用途が違えば当然変わるものである。

 つまり、ジオメトリを決めてスタートするのでなく、自分の体型、用途、乗り方を決めた段階で決まってくる位置の相対性を決めるのが第一であり、その相対性というのは、自転車と乗り手が接する三点の関連性であり、その関連性を決めるには、とある基準から一つずつ決めて定めるという手順が必要である。
 相対性は個人が決まれば概ね決まるモノ。しかし、その相対性を満たす絶対的な位置は、用途や乗り方で変化するものという持論を持っている。

 つまり、体型で相対性が決まる。用途や乗り方で相対性を満たした上での各部の絶対値が決まる。そうやって決めた絶対値がステム長、ステムハイト、サドル長、セットバック、トリムの調整で得られるというのが使えるジオメトリーである。そして、理想的なジオメトリーっていうのは、用途で決めた絶対値がジオメトリーから提供される調整基準点に近いものとして考えている。
 逆に、欲しい絶対値が得られるけど、本体から調整したときに、一方への調整代が少なくなるモノを、どうにか使えるジオメトリーと呼んでいる。

 因みに、自分から見て、辛うじて使えるフレームというのは、ルイガノMV-FだったりラングスターのSサイズだったりする。そして、調整の幅が広くイイ具合と感じているフレームがBSテーラーメイドのフレーム、シルクR1ピスト/R2ロード、ステンレスロード、レ・マイヨWだったりするのである。小林フレームはジオメトリーで重要視しているファクターではイイ具合のフレームと考えているけど、別のファクターでは調整代が少ない部分がある。

 オーダーフレーム、国産マスプロフレームの良いところは、自分の思い通りのコンタクトスタイルが作れる点である。海外ブランドの場合、フルサイズなら、選びようによっては乗れる代物が作れる。しかし、海外ブランドの小径は、、、、、、かなり微妙。

 時折、他人から、見て!とか、セッティングして!なんて言われるけど、正直、無理。
 乗り手本人の体型はもとより、体質、資質を含めて、用途や乗り方という部分が決まっていない人には、持論は展開出来ない。自分なり拘りをもっていうのは、モノに応じた優先順位があり、優先順位に従った使い方を優先するという意識がある。逆に言えば、捨てる部分は捨てる!って考え方が背景に無いとダメだ。
 見て!して!教えて!って人は、とある目的が第一と言いながら、後に為る程に、アレも、これも、それも、、、、、って願いが発散する。その上で、モノ選びに対する、持論を持って、モノの形(ハンドル、コンポ、ホイール径、、、、、)にも制約があって、予算の制約もあったりすると、、、、どうにも為らない。

 願いがあって、広い範囲で願いを適えたければ、前述のようにジオメトリーで得られる基準コンタクト位置が、自分の基準的な乗り方の位置に一致しなければならない。乗り方の幅を拡げるというのは、それに応じた調整代を持つということで、基準となるモノを選ぶ時に、拘るべきモノを守ろうとすれば、アレも!これも!という多欲と、値段云々というセコさは邪魔者以外の何物でもない。

 つまり、優先順位を守り、それ以外の部分は、どうにかする。無ければワンオフでだって作る!といった割り切りが必要なのだ。

 まぁ、そうは言っても、これは全部、勝手な持論なのだ。持論故に責任は持てない。持論故に、万人に正しいとも思えない。勘違いかも知れない。考え方、目的、方法、ジオメトリやポジションの出し方、、、、これは全くの自己都合だから、これが正解という物ではないのは言うまでもない。ただ、ジェネラルで、間違っていたとしても、自分でコレだ!って決める事が出来るので、それで満足しているだけなのである。逆に言えば、そんな怪しげな論理は人様に押しつけることなんて出来やしないのだ。まぁ、夢の中で生きているようなモンである。

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道具や機械に接する時は、、、

 誰にでも当て嵌まる事。
 チョット不愉快な気分で、道具や機械を扱う、、、、そうすると、壊したり、傷つけたりする。

 逆に、集中力を欠如するようなノリノリの音楽で機械を操作すると、やっぱり、壊したりしかねない。

 機械や道具に感情は無い。扱う上で大事なのは、対象が求めるというか、許容する精度の範囲で扱う事だ。これが大事である。その範囲を外さない。それこそが最重要なのである。

 感情の起伏が激しく、その乱れを長引かせる奴っていうのは、結構、失敗を繰り返す。それで、さらにクレームや指導を受けると更に腐る。結果、失敗が更に、、、という、負のスパイラルに陥るものである。

 機械のオペレーションで大事なのは、機械の事を第一に考える事だ。実は、感情の乱れと同様に、機械や道具を操作している時に、心此処にあらずって状態も同じだったりする。何かの操作をしながら、別の事を考えていると、感じる事が要求される場面でも気付かない。結果、失敗する、、、、、そういうモンである。

 失敗を繰り返し、言い訳する奴程、こういう傾向が強い。失敗する。叱られる。腐る。別の事を考える。だから、失敗する。これの繰り返し、、、、結構、多いのだ。
 機械や道具を扱う時、他の事を考えない事。感情を引きずらない事。操作の目的を常に考える事。あわよくば、機械や道具の機能や根拠、原理を考える事。当然と言えば当然だけど、これが出来ないと機械や道具で失敗する。そういうものである。

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2010年3月 8日 (月)

ジオメトリ

 自転車は乗るだけでなく、講釈、蘊蓄を駆使して考えるのも楽しい。

 道具として考える。脚の往復運動でクランクを回す。どういう回し方が選べて、選択肢のそれぞれの方法論では何が重要か?なんて事を考えたりする。考えて、選ぶ訳だが、それが楽しい。

 選んだ方法論を実践する。実践するには、何処をどのように使うべきか?それを考える。今足りているもの、今足らないモノ、、、、それを考える。それが楽しい。

 そんな事を延々と考える。すると、、、、、、自分なりの考え方が纏まってくる。そして、自分なりの考え方を実践する上で大事な拘りが見えてくる。何が見えるか?それは、考える人次第。好みの世界だ。

 自分の場合、道具と体型の都合で、基本となる必要数値が決まる。数値の決め方には、個人の癖を根拠に従う。それで、取り敢えずベーシックな寸法が決まる。しかし、これはあくまでもベーシックな寸法である。
 これに、自分の用途、目的、乗り方を考慮する。すると、ベーシックな寸法を動かしていくのである。ベーシックな寸法で大事なのは数値の相対性であり、特定の相対性を保ったまま絶対値を変えるのだが、その相対性を保って、絶対値を変えるという考え方が寸法を動かすという事。

 ベーシックな数値から、時間を短くしても速度域を上げる為にはどうするか?とか、速度域を落としても時間を長く、、、という場合はどうするか?という風に数値が変化する。ベーシックを決めれば、在る範囲は機材の調整代で、目的を適えられる事もある。しかし、理想と判断するベーシックを決めていても、実際の手元の機材が、理想の基準値とは限らない。機材が少々ずれている場合は少なくない。そうすると、そこから調整によって得られる適用幅は案外狭かったりする。そんなモンである。

 理想の基準に合致したモノがあれば、調整次第で用途を拡げる可能性がある。それがオーダーの旨味だろう。しかし、既成フレームからスタートする場合、目的とする数値が調整によって得られるかどうか?を見極めて購入可否を判断するのである。

 そういう意味で、自転車(のフレーム)を買う場合、ジオメトリーが公開されているか、選択出来るモノでないと、購入候補の対象とは為り得ない。そういうモノである。

 自分の基準を他人任せで決める、、、、そういうのは、主義に反するのである。この自分の基準を決める事が出来てこそ、自転車乗りと言える、、、、それは、大昔に、自転車を始めた時にショップの店主から聞かされた事だが、今もその考えは変わらない。

 それは、自分が自分の意志で操るモノだから。自分の意志に添えるのは、自分で決めたモノしか無いのである。そして、自分にとって、拘るべきは、フレームのジオメトリだったりするのである。
 勿論、自分の決め方がジェネラルだなんて思えない。自分の考えで決めているだけだ。

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損得勘定、正味な話、、、

 景気については、2015年に向けて新しい秩序に向けての変革が起こるという意見を記事にした。その流れで、自分の損益というのもリズムを持ってやってくるというのも意識の中にある。

 そんな前提で、これからどうするべ?って事を考える事も少なくない。そういう事自体、歳を取ったと言う事だ。

 原則、大事なのは生きるということ。生きるって言うのは、その必要コストを確保するのが大前提だ。つまり、将来設計で大事なのは、幾らの糧を得られるか?なのだ。

 自分が卒業したのが1991年3月だ。年金は厚生年金のみである。丁度、1991年の4月から学生でも二十歳になると国民年金に強制加入というのが施行されたけど、その狭間の時代を生きている。任意加入時期に加入はしていないので、純粋に厚生年金のみなのだ。

 そうすると、厚生年金の受給資格っていうのは25年納付である。となると、一番、判りやすく年金受給資格を得るには、1991+25=2016年である。2016年というと、後6年である。
 これから2015年迄、好況が期待できるか?というと、それは難しいと判断する。その難しい中で勝負するか?というと、人間として怠け者故に、まぁ楽しておこうか?という方向になってしまう。言い訳ではないが、1991年から2006年迄の15年間は非常に多忙だった。多忙だった割りに、それが収益に反映されているか?というと、低く見積もっても割に合っていないというのが正直な感想。逆に言えば、それをバランスさせるためには、2006年から15年は緩く過ごそうか?っていうのが、偽らざるホンネであり、実際、そういう気分で過ごしている。2006+15=2021年迄は、基本的に緩くいくつもりだ。緩くいくといっても、15年分の投資を15年掛けて回収するというだけで、±でいうと基本は平均的になるということである。

 実際、自分の趣味を増やして、そういう時間を重視した生活を開始したのは2007年からであり、それは計算通りの事。この投資回収の途中で最低限確保すべきが2016年の年金受給資格の確保って事になる訳だ。しかし、2016年時点での年齢は?っていうと、年金受給資格は得たとしても、年金支給年齢には遠く及ばない。これが課題となる。

 年金支給年齢に到る迄の2016年以降のどの時点で、空白期間の生きる糧の確保と年金支給以降の不足分の糧を確保(留保を含む)の見通しが立つか?が考えるべき事かなと言える。

 これからは、自分にとっての節目である2016年、2021年、2024年、2029年毎に過去と未来を真剣に考えないといけないだろう。この中で、今から2016年迄というよりも、2016~2021年って間が何か大きな変化があるかな?という印象である。2016年迄っていうと、体力的には今と遜色ないレベルは維持できるだろうし、家庭環境を考えても、今迄通りの軸足で過ごすのがベターだろう。

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関節の可動範囲

 ダンベル重量のアップ、グリップ径の変更、左腕負傷に伴う右負担増等によって右腕の炎症を来たした事は以前、記事にした。

 左の打撲による負傷からの回復過程では関節の可動範囲云々についての違和感は、痛めた筋肉によるモノであり、負傷からの回復に伴い関節は自然と動くようになってきたけど、右腕が曲がらなくなったのは、関節自体が固まったような感じである。

 この症状、突然に現れたもの。

 その後、原因が表題のダンベルの変更?と、その際の運動時における上腕部への過剰負荷と考え、方法を改めてから快復したけど、快復過程における関節の感じは、負傷の際の感じとはチョット異なっている。

 一番の違いは、治る過程における関節(腕)の可動範囲の変化だ。打撲で動きにくかった方は、一度動くようになると、その変化は確実に可動範囲が広がる方向の変化だったけど、炎症の方、可動範囲が確実に快復していても、その角度は時間帯によって随分違う感じ。朝起きて、会社に行って、夕方くらいまでの間に殆ど違和感なくなるのだけど、夜になると、再び可動範囲が狭くなるというパターンで時間的な変化の影響が結構大きいのである。勿論、日々刻々と快復しているけど、時間変化では直ったり、戻ったり、、、、そういう感じなのである。

 同じように関節の動きに制約が出ても、傷め方によって症状が異なるのは当然だが、改めて吃驚している。

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2010年3月 7日 (日)

2/28~3/6の週の検索ワードピックアップ

★DAHONのアヘッド化
 定番改だろうけど、これはお奨め出来ない。相当に身長のある人だけの世界では無いだろうか?サドルの基準位置~ハンドルクランプ迄が620~630mmもある自転車だ。これにアヘッドステムを付けると最短で+60mm、普通に考えると+90mmくらいか?すると、リーチで680~720mmという物凄い長さになる。
 さどるをセットバックできても、せいぜい30mm程度でありハンドルが遠すぎる事になるだろう。特に、アヘッド化したい人の多くはドロップバーを付けたいのだろう。背中に負担が来そう。

★餃子の王将のマニュアルの話
 随分古い話。深イイ話で取り上げられた事に対する感想記事

http://replica2st.cocolog-nifty.com/diet/2009/07/post-6fa1.html

 にアクセスが集中している。今更ながら、、、、こういう方針、経営者は少なくなった。今の時代、言った事をすればよいと思う管理側、言った事だけ出来れば良いと思う雇われ側の組合せがスタンダードな時代。それ故に、この話はグッと来るんだろうけど、どっちが多数派?というと、マニュアル主義。これが多数派。多数の論理で、これが常識なのが現実だ。

★CB125JXのパフォーマンス
 これ、良く走ります。特に、175ccのキットを組むと驚きの仕様。フロント浮きまくりです。  キャブの口径をチョット大きめにするだけで対応可能。自分はZ200の純正キャブを使用しました。何時でも何処でも最高速度が出ます。勾配は関係在りません。まぁ、ギア比を換えれば可能でしょうが、当時の記憶を遡ると、可能な限りのハイギヤードにしていたと思います。
 CB125JX系で遊ぶなら最終の角目の12V車、或いは、NX125辺りがお奨め。格好は6VのJXの方が良いけど、車体構成、部品構成の全てが古すぎて、特異過ぎます。消耗品の入手性を含めても12V車以降がお奨めです。

★クロモリホリゾンタルは良い?
 アルミ、カーボン、チタン、ステンレス、クロモリ、、、、フルサイズ、小径、、、、色々あるけど、材質的な違いは殆ど関係無い。同じジオメトリーで組んだら違いは僅かになるだろう。
 ところで、典型的日本人体型の自分は低身長胴長短足だ。自身が拘るジオメトリーは自分の身体の寸法から求めた数値だけど、その数値は、やっぱり低身長で胴長で短足な身体ならではの数値だ。低身長で胴長で短足っていうのは自転車でいうところのトップ長、シートアングルに影響すると考えている。この二要素は体型に合わせた相関があるけど、その相関は外国製品では少し欲しい相関とは違う。アルミとかカーボンのフレームは大量生産が前提であり、その形状は自分以外の標準体型向けに感じる。低身長サイズ向けで見た時に、低身長だけど胴が長く、脚が短いという要素に満たすモノではない。身長、短足に併せると、胴の長さが短すぎたり、胴の長さに合わせて選ぶと、脚の短さがネックになる。その違いをセットバックとかステム交換で対処出来る範囲なら良いけど、そうでないと乗れない。更に、フレームの適用範囲が幅広い小径車の場合は、低身長が乗るには相当に歪んだ姿勢を強要されるように感じる。
 アルミ、カーボンのスローピングモデルの多くは舶来ブランドであり、身長毎の各部骨格比率が自分向けとは言い難いようだ。それから、サイズ毎のジオメトリーの違いが大きすぎて、中間が欲しい時にベースをSから選ぶか?XSから選ぶか?で迷う事が多い。
 そういう点で、ミリ単位でサイズ違いが選べて、自分の体型を作る骨格比率で納得のジオメトリーが選べるクロモリホリゾンタルっていうのは非常に有り難い存在と思っている。
 どんなに軽量で、どんなに高級なコンポで組んでも、イイ具合に力が出せないならゴミ以下だ。サイズの選べない小径車なんかでアホみたいに金掛けるのは、狙いが動力性能なら有り得ない行為に見える。

★プロサクのワゴン、バンの違い
 タイヤの銘柄、運用規則が違うのだろう。室内では、シートが異なる模様。シートバックのトリムが3°寝たのがワゴンとの事。プロボックスのバンは完全に違うけど、パッと見、プロボックスワゴン、サクシードは同じ。シートの畳み方がプロボックスのバンのみ違う。
 それ以外の違いは、ネット、カタログからは見つけにくい。

★ORC23
 パナソニックのオーダーフレームの事。悪くないけど、コレ買うなら、もう一つ上か、下のグレードがお奨め。単純な理由は、ダボ無しエンド仕様なのに、ロングアーチキャリパーという組み合わせ、、、、ロングアーチならフェンダー装着の可能性が欲しいし、フェンダー無しの生粋ロードとするならショートアーチのキャリパーで組みたいから。スケルトン的に差違が無く、メイン三角以外とフォークのマテリアルの違いだけで、ダボ付きエンドのODR1の方がお奨め。
 最初にコレ買ってエントリーロードを体験する。それで、深みに嵌りたければ、ORC13より上級に行けばよい。そしたら、フェンダー付けてクロスバイク的にもスポルティーフ的にも使えるODR1の方が長く使えそう。ORC23とODR1の値段の差はコンポの差。フレーム的には1万円程度の差だろう。これをベースとするにしても、ORC23とODR1の選べる事の出来るコンポに差違は無い。ODR1のコンポを見ると、105以上に交換する楽しみも味わえる。ORC23からだと交換しても、、、、って感じとなる。
 そう言う意味で、ORC23よりもODR1の方が好みだし、お奨め。スポーツサイクルの一台目で買うなら間違いなくODR1だ。フレーム単品売りが可能なら欲しいくらい。

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身の程一番

 車の買い換え検討で、エリオクラスが身の程で丁度良いから好きって記事を書いた。車重が1.1ton、排気量1.5LのMT車って言うと、三桁巡航は可能。山間部の登り勾配でも引っ張れば十分な速度が得られる。道幅的にいって曲がりくねった道で、大きさと出せれる速度のバランスは良いところである。極論すれば、曲がった部分では軽四でも十分だが、登り勾配での曲がりでは力負けする。そういう点で見れば、1.5Lクラスは踏み切って走れば90%の状況で不満は我慢の範囲に入る。

 こういう見方、実は、機能を発揮するという部分の持ち物に共通した要素だ。

 単車でもそうだ。250ccクラスでは登り勾配ではトラクションが掛ける事が出来ない事が多い。400ccクラスでも微妙に待ちが入る。その点、650~750ccクラスのツインなら良い具合。十分な駆動力が得られる。自在に車重をコントロール出来る。この程度がベストである。これ以上のパフォーマンスでは、逆に加減方向で扱う事になる。モノの目一杯が使えない感じなのだ。

 デジカメでも然り。必要な機能さえ在れば、過度な機能は不要。逆に、不要な機能で勝手を失う場面も少なくない。パソコンもしかり。自転車も然りである。

 大事なのは、モノの持つ機能と自分の求める機能、この二つの要素が過不足無くイイ感じにバランスしている事が大事。モノが圧倒的に使い手を上回るのは格好悪い。逆に、モノが使えない程もの足らないのもダメ。自分の程度に見合った程度のモノを選ぶのが大事。

 そういう考えなんだが、そういう人って案外少ないのかな?って思う今日この頃だ。

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ホンネ、本心

 週末の自転車に乗っている時間帯、雨が降っていたりすると、チョット嬉しくなる事がある。金曜日の帰宅時にクルマを運転していて、右に曲がればプール、左に曲がれば自宅という丁字路があるけど、そこで左に曲がりたい、、、そういう思いが出る事、少なくない。

 雨が降ったら、仕方なく自転車は乗れないとか、そういうのあるんだけど、乗ってしまう。プールに行かずに帰ってしまうのアリなんだろうけど、泳いでしまう。

 それは、日々の筋トレでもそうだ。何となく、怠いなとか、思う事は結構ある。三本ローラーも然りだ、今日のメニューはパスしようか?と思う事、結構ある。

 でも、やってしまう。

 このようなメニュー、趣味でやっているというか、好きでやっているという事は確かに最初の頃はあったけど、今は違う。半ば惰性である。

 では、何故、実走するか?ローラー回すか?泳ぐか?筋トレするか?、、、、嫌な気持ちになったり、さぼりたい衝動に駆られる事が多いのだが、何故に続くか?

 それは、生真面目?(笑)な自分の性格だからだろう。今の自分のコンディションは有り難く思っているし、満足している。このコンディション、出来る事の内容を作ったモノは何か?というと、認めたくないけど、さぼりたい衝動に駆られる行動の積み重ねという意識があるからだ。

 水泳というと、ここ20年休まずに近く続けてきた習慣。人生で言うと、中断期間の方が少ない。合計でいうと、35年以上泳いでいるのである。今止めると、、、、、と思うと、辞めて失ったら手に入らないという思いが、さぼり気分を押し殺している。
 筋トレもそうだ。筋トレも20年近く続けている。これが今のパワーを持続させているのは間違い無い。ベンチで100kgを楽勝っていうのは、やはり継続していないとダメだ。ピストでローラーも然りだ。所詮ローラー台と言っても、そこで250rpmオーバー出来るっていうのは、感覚と理屈を組み合わせて得た結果であり、それはやはり辞めたら消え去る儚いモノなのだ。
 自転車もそうである。結局、続けてきた水泳による持久力に、筋トレ等で新たに加えた筋力をピストバイクで遊ぶの使って満足しているのだけど、これらの何かを辞めると、この満足感というか、できているぜ!感が失われるのが怖いというのが正直な感想である。

 失われたモノは取り返せない、、、、それは、何でも言える事。それ故に、終える事が出来ないのである。それで何かを目指しているのでも無いけど、今の自分の状態を保つためには、さぼりたい事を踏み留めているのだ。単車なんかもそうである。最低でも週に一回は峠に出掛けるのは、やはり、得た感覚を失いたくないから。失ったモノは取り返せない。そういう思いが強いのだ。言葉は悪いけど、諄い、しつこい、諦めが悪い、、、、そういう性格なのである。

 もし、辞めても得た力は永遠なのなら、案外、綺麗さっぱり辞めてしまうかもしれない。

 辞めない理由、さぼれない理由、、、それは、老いや衰えに対する恐怖心があるからだ。一度できるようになった事が出来なくなる、、、それは、凄く寂しい事のように思う。

 しかし、老いていく程に、受け入れざるを得ないのは事実であり、それを如何に遅らせるか?その変化に併せて、如何に新しい価値観を生みだしていくか?それが大事だ。

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2010年3月 6日 (土)

エコでは無いけれど

 車の買い換えを検討中だが、心の奥にチョット迷いがある。

 それは、、、、エリオが面白いからだ。面白いのは、運転していて楽しいとでも言おうか、アクセルは開け気味、各ギアでキッチリ引っ張って加速して、減速時で回転を合わせながらブリッピングを噛ませてシフトダウン、それに合わせてターンインして走る。まるで、単車の様に遊べる。普通に街中を走るだけでも、そう思う。発進、停止という単純な動作でも、単純に楽しい。ブリッピング操作で音の起伏は在っても減速度に起伏の無い停止が出来ただけで嬉しくなる。そんなもんなのだ。発進、停止だけで楽しい訳だから、曲がり、坂があったら失神しそうになる程、楽しいってもんである。

 高校生の頃から社会人になる迄、結構通って、二十歳前では相当に入り浸っていた峠があるけど、その峠は、未だに四輪でも週一回のペースで走る。道は基本的に変わっていない。ゼブラ舗装、キャッツアイの埋め込み等の処置は施されたけど、基本は変わっていない。その道は、単車で通い詰めていた時には、毎日通って、一日でいうと数十往復して遊んでいたところ。それ故に、殆ど全てのレイアウト、アスファルトの状態、カント、マンホールの位置等々を記憶しているのだが、そこを車で走ると、、、、、まるで、単車に乗っているかのような気分になる。

 これが、楽しい。速い、遅い関係無いのである。マニュアルシフトによって加速にしろ減速にしろ、その時点におけるトラクションを自分の思い通りに作り、意識としては車体の重心をコントロールして走らせる感覚。そのような動きを車に求めると、車が意のままに動く感じ、、、、特に、下りのセッションが最高に楽しい。自分の思い通りに車が反応してくれる感じ。学生時代に乗っていた車重が重すぎず、車高の高すぎない車全般もそうだったけど、イイ感じで動くのである。逆に、重心が高く、車重が重く、駆動輪を介した負荷を思い通りに扱いにくい車っていうのは、何か、運転して楽しくないのだ。

 今の車、エスクードDEのATから実用性と操作感を求めて吟味して選んだ車だが、その操縦性というか、それは凄く好み。実用性も悪くない。単純に古くなってきてマイナートラブルが多発気味というだけだが、それでも車自体は結構気に入っている。
 個人的には、車は移動の道具という認識でない。移動中の操作自体を楽しみたいというのも譲れない要素である。勿論、実用性、経済性、機動性も検討するのだが、今の車を越えるモノっていうのが選びにくい御時世のようだ。欲しいのは、操作している楽しさが実感できるもの。(勿論、速さは無関係。速くない方が良いくらい。)

 家族の専属運転手になりたくないし、運転操作自体がスイッチ操作の如くのような乗り物も嫌。機械任せでの運転も嫌。

 改めて思う。エリオ、初期型にしか設定の無いMT車、これ、実に面白い。最高である。

 因みに、エリオ、1.5Lで4WDのMT車、車重で1160kg程の車だけど、通常市街地で11~12km/L、郊外で15~17km/L、団地+渋滞路で8~10km/Lである。それでも楽しいので全然気にならない。20km/Lでも楽しくないのは欲しくない。CR-ZのCMでは無いけど、ハイブリッドでエコだけってのは願い下げだ。

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STB変更、見送り、、、、

 CATVのSTBだけど、一番最初がTZ-DCH505ってタイプだった。これは、純粋にチューナーであり、テレビはモニターとして働くだけ。そして、録画はIrシステムで連動させるモノだった。
 録画はSD映像のみというのが時代を忍ばせるけど、それはそれで問題なかったのだ。

 次は、今の機種、TZH-DCH2810ってモデルだ。これは、250GBのHDDを内蔵し、Wチューナータイプの機種。特徴は背面のi-link端子が二個。当然、Irシステムも有効である。
 我が家では、本機を利用してIrシステムでSD映像をDMR-EH70Vに録画、i-linkを用いてHD映像をXW200Vに録画というパターンで使っていた。

 その後、CATVのサービスを中国電力でも始めるということで、見直したところ、中電のサービスが勝っていたように見えたので、そちらに乗り換えようと決心したのが一月末だ。
 それで、CATVに問い合わせると、中電と同じSTBも使えるとの情報、、、ならばということで、中電に乗り換えずに、CATVのままでSTB交換で行こうと決心したのである。

 そこで発覚したのがDMR-XW200Vの不具合、、、、発見したのはTZ-DCH2810内の映像をXW200Vにダビングする操作を行えなかったからだ。幸か不幸か、保証期限の一週間前で無料で直ったけど、この際だからということで、1TBのBDレコーダーを新規で投入し、TZ-DCH2810の映像をDMR-BW870にダビング。

 さて、次はTZ-DCH2810をDLNA対応の新型STBのTZ-DCH9000に交換しようか?って思っていたのだが、直前に仕様を再確認、、、、、

 すると、i-linkが1系統のみ、それも前面のみに変わっている、、、、、、更に、Irシステムも廃止、、、、、既に録画は内部録画のみになるんだ、、、、、i-linkがフロントパネルのみというと、化粧蓋を開いた状態で使うのか、、、、、DMR-XW200Vと同じで、結構、埃が溜まったよな、、、、、、で、STBの交換は中止にしたのである。Irシステムのタイマー連動予約でSD映像をコピーガード信号をカットしてHDDに撮り貯めているけど、どうでも良い映像は、こういう使い方の方が使い易いのだ。

 まぁ、DVDドライブが大量に在っても仕方ない。TZ-DCH2810とDMR-BW870で連動させて、BW870でDLNAサーバーを担わせる方がスマートである。

 ところで、内部メカを交換したDMR-XW200Vは、寝室の28DX100って東芝のHDテレビと組み合わせて使っている。結局、寝室で使っていたLG電子のDVDプレーヤー+VHSが引退となった。

 リビングではバックアップにDMR-EH70Vという旧式のレコーダーだがVHS内蔵、寝室では殆ど使わずじまいだったDMR-XW200Vで、やっぱりVHS内蔵、、、、未だにVHSのテープが結構転がっている。ダビングしてDVD化するのも面倒臭い。もう暫く、VHSが動かせる環境は在った方が良いのである。

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2010年3月 5日 (金)

小径車が遅い理由~国産小径車再考~

 世間では小径車は遅いって言われている、、、、しかし、自分はそうは思わない。フルサイズと変わるところは殆ど無い、、、、そう思っている。現実、ノリ味の違いは在っても、小径車、フルサイズロード、ピストと乗り分けて、維持できる速度、出せる速度、ラップタイム、サラリーマンの休日で走れる距離を走った後の疲労感に違いがあるか?っていうと、、、、殆ど誤差の範囲だ。まぁ、持っている自転車は車型、ホイールサイズを問わず、ギア比、ポジション、ジオメトリーは殆ど共通仕様なのは当然だが。

 我が家で、走り云々を言うドロップハンドル装備の小径車と言えば、レ・マイヨWとルイガノMV-Fだ。これをもう一度考えてみた。ルイガノMV-F自体はフラットハンドル仕様だけど、同じフレームのMV-Rがドロップハンドルであり、その他コンポーネント以外の車体構成は共通品である。

 自転車を選ぶ時、フレームの形で購入の可否を決めるのが自分の流儀で、そこに付いている部品には、殆ど関心が無い。理由は、部品は変えれるけど、フレームは難しいからだ。自分の場合、ホイールのサイズ云々は関係無しに、使い方に応じた形が作れるか?を大事にモノ選びをする。趣味としての自転車の場合、基本は快速スポルティーフ的な使い方~TTバイク風エアロバイクのような使い方が主であり、舗装路を快走するというのが目的である。快走って言葉の定義は非常に難しいけど、自分の言う快走っていうのは、30~40km/hでの走行を前提とするというものだ。狙う速度の高低は、そのまま走る距離の長短に一致している。
 30km/h台での走行となると、それなりに漕がなければ疲れてしまう。ということは、それなりに漕げるような形が望ましいのである。

 30km/h台で漕ぐためのそれなりの形として自分の流儀で決めているのがリーチで610±10mmだ。ホリゾンタル換算でトップ長が530mm、ステム長が80mmが長年の付き合いで出た数値だ。前傾度が深くなりサドルトップとステムクランプの落差が大きく(最大で-100mm程度)なれば、ステム長で5~10mmの範囲で短くしている。例えば、ハンドルクランプが相当に低いピストでは落差に10cm程度取り、トップ長530mm、ステム長65mmでリーチは595mmだ。リーチの水平方向の距離は短くなるけど、サドルトップからハンドルクランプ迄の距離自体は不変なのは言うまでもない。
 自分流にはハンドル落差とシート角は連動させているし、その数値関係を決めてもいるけど、既製品、マスプロ車両をベースにすると、どうしてもコレだ!ってポイントからずれるのは仕方ない。それ故に、微妙なズレを修正するために、自分の決めた数値に治まるようにサドルのセットバックやステム長、ステム高を好みに変更するのだが、その辺りの調整代は大きくない。だから、その好みが実現出来るフレームを選ぶというのが譲れないポイントである。

 フルサイズの国産車の場合、大抵の場合は自分の好みに治まる事が多い。海外ブランドでもフルサイズ車ならXS表記~S表記の範囲で選ぶ事の出来るものが稀にラインナップされている(極稀だ)。
 しかし、小径車の場合、自分の好みに治まるモノを探すのは至難の業である。特に海外ブランドの場合、何をどう頑張っても、表題の使い方で必須となる乗車姿勢が作れるモノが存在しないのである。見た瞬間、有り得ない、、、、そういう事になってしまうのである。

 まぁ、小径車ラインナップの構成自体が、同じフレームで様々な用途、様々なサイズを賄おうという概念の上に成り立っているので、そんな魔法みたいな話は成立しないのは考えてみると一発で判るモノ。

 そうなんだが、偶然というか、レ・マイヨWとルイガノMV-Fは、両車とも自分の思う姿勢が作れる自転車なのである。まぁ、レ・マイヨWはPanasonicという国産メーカー、それもMade in Japanの製品なんで、判らないではないのだが、ルイガノMV-Fはルイガノって怪しいブランドである。怪しいというか、自分にとっては最も嫌いなブランドの一つなんだが、このMV-Fがピッタリくるのである。その実質ジオメトリーはフルサイズ車両でいうと、我が家のラングスターに近いモノ(殆ど同じジオメトリー)である。完璧では無いけど、どうにか乗れるように出来るのである。
 ルイガノMV-Fって自転車、カタログ表記ではシート角は68°と寝まくりだけど、ハンガー位置はシートパイプの延長上には無いので、サドルの高さ毎に実質シート角は変化する。それで、自分の高さに合わせると、実質シート角は良い具合の角度(74.5°程度)になるのだ。アホみたいに拘る様だけど、例えば、シートアングルが1°違えばセットバックで言えば12mm近く変わる。これって、結構大きいのである。12mm程度ならサドルレールの取り付けでどうにかなる場合もあるけど、4°とか5°というと50mm、60mmのズレになる。こうなると、付けようが無い。仮に強引に変な位置でサドル固定するとサドルの疲労が早まったりするのだ。サドルのセットバック調整は基本位置から見て±10mm程度にしたいもの(シート角でいうと基本±1°)、、、これが、意味無いかも知れないが、自分の拘りだったりする。因みに、シート角は乗り方を左右する。シート角の選ぶ範囲は±1°未満、幅で2°未満のモノ。自分が目的に応じて(長距離~短距離)乗りやすいと思えるのは74~75.5°程度。そういう選択を小径車に求めると、、、かなり制約があるのが実情だ。トップ長とシート角、これはホイールサイズとは無関係に乗り方で決めたい数値。それ故に、それが合わない自転車は自分的にはゴミ以下なのである。
 コレだけではない、小径車の場合、チェーンステーアングルがフルサイズと大きく異なるのでFメカは推奨取り付けが難しいけど、これまた良い具合にセットバックしていあるのだ。前の記事にも書いたけど、ルイガノのMV-F/Rは、パシフィックのリーチと同じジオメトリー、ビアンキのフェニーチェとも同じ、、、、元を辿れば、タルタルーガのType-Sとも同じなんだ、、、、、更に、タルタルーガは企画段階で日本人が参加しているそうだが、この自転車、舶来ブランドながら自分にとって珍しく違和感の無いジオメトリーを持っている。
 巷で人気?の小径車は殆ど全てが見た瞬間違う感じ。実際、SAはGIANTで68°(8cmはずれる)、ルイガノは69°、GIOSで70°(6cm狂う)となっており、自分が乗るにはチョット違和感が消せない仕様。こういうノリでは、チンタラしか走れない気もする。

 チョット下火とは言え、相変わらず、折り畳み小径車は人気のジャンル。しかし、贔屓目に見ても、良いな!って思える選択が少ないのは、チョット変な気分。

 昨今の小径車VSフルサイズの議論で、小径車は遅い!小径車は疲れる!って論調が支配的で、その理由は車輪サイズの話ばかりになっているようだけど、少なくとも、我が家の小径車ではフルサイズに劣るような状況は稀。勝手に解釈すると、小径車の遅い理由、それは車輪サイズでなく、乗り手の欲求に合った姿勢が作れていないだけではないか?もっと言えば、極悪なジオメトリーで無理矢理のっているから?って思う事が多いのである。
 変な理屈を付けなくても、もっと判りやすく言うと、小径車にフルサイズなみを求めるとする。使う部品に差異を付けないとする。すると、値段は似たようなモノになる。同じ目的で、同じ様なコストを掛ければ同じ様な結果がでるだろうけど、コストを掛けずに、フルサイズ並みを願うから訳の判らない事になっているのだろう。そして、コストの差っていうのは、実は車体本体の汎用性の違いが最大だろう。汎用になる程、特化した目的を叶えにくいモノ。それが差異となる。それが、一つのフレームでの用途の広さ、適応身長の広さということ。フルサイズでフレーム一本で全てをカバーするなんて有り得ないのだ。

 結局、小径車が遅いのでなく、特定の目的に特化する程、その目的を叶えやすいだけの話で、汎用的に作る程、特定の目的を叶えにくいというだけの話。特化させる程、採算性が悪化して高額になるだけの話。それだけなのだろう。

PS 我が家にはDAHON系が二台ある。DAHONは結構シート角も普通の自転車に近いし、標準の突き出しゼロのステムを使えばリーチは620~630mm程である。ドロップバー仕様にせずにフラットバースタイルで乗る分には、マトモな乗車姿勢である。
 疑似アヘッド化で突き出しステムを付けるとリーチが長大になる。そのリーチを解消するためにサドルを目一杯前方に突き出すと実質シート角は相当に立ち上がる。となると、、、まるでピストバイクのようなポジションに為らざるを得ない。面白いといえば面白いけど疲れるし、DAHONらしくなくなる。実際、そういうのを作ってみたけど、走るには面白い。実際、踏めるし、踏んだら50km/hオーバーも可能。だけど、直進性が強すぎて峠越え等では怖すぎ。用途を外しているゲテモノ感が強すぎる。DAHONの乗りやすさを維持するならば、ステムの改造はナンセンスというのが自分の結論。

 因みに、他人からお奨めの小径車は何?って聞かれたら、迷わずDAHON!って答える。乗りやすさはピカイチ。

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コーヒーでポリフェノール

 ポリフェノールが抗酸化物質で身体に良い!って話は、随分前からCM等で聞かされてきた。赤ワイン、ココアなんかが代表的な含有物質として紹介されているのは、みんな知っている。

 そんなポリフェノールの100mL(100g)あたりの含有量は、
1.赤ワイン:230mg
2.コーヒー:200mg
3.緑茶:115mg
4.紅茶:96mg
5.トマト:69mg
6.ココア:62mg
7.ゴボウ:49mg
8.ほうれん草:42mg
9.ウーロン茶:39mg
10.ブロッコリ:35mg
 なんだそうだ。

 そして、今回のニュースは、9000人対象の調査から判ったのは、ポリフェノールの摂取量の8割を飲み物から、そして、その半分、つまり全体の4割のポリフェノールをコーヒーから摂取しているそうだ。過去の認識では、日本人の心筋梗塞が少ない理由を緑茶とする理解が普通だったけど、実はコーヒーが一番の功労者だということが判った事が今回のニュース。

 必要量が1000~1500mgということで、コーヒーなら一日5杯飲む事だそうだ。しかし、日本人は平均で一週間あたり10.6杯ということで、一日に直すと1.6杯程度。
 そんな報告を聞くと、コーヒーが日本人の心筋梗塞の少なさに貢献していると結び付ける論理は、やや荒っぽいかもしれない。

 一般にポリフェノール含有飲料を飲む、、、、赤ワインならアルコール、ココアならカロリー、缶コーヒーなら糖分が問題となるだろう。
 理屈の上での所要量は摂取していないのが実態だけど、これが実際に飲料で摂取したならば、過剰アルコール、過剰カロリーという問題も起こるかも知れない。そういう意味では、ストレートな緑茶、コーヒーというのが一番良いのだろうけど、周りを見渡して、案外、ブラックコーヒー派っていうのは、多いようで、そうでもないのである。

 自分の場合、コーヒーはブラックというのは25年前からずっとの習慣。毎日飲むコーヒーの量は、一杯が200~230cc位だけど、大体10~15杯くらい、、、、まぁ、飲み過ぎな方だ。
 朝食で二杯、会社で午前が二~三杯、午後が三杯~四杯、帰宅して二杯、就寝前に二杯というパターンが普通。会社で飲むのは缶コーヒーブラック、家で飲むのは、UCCのキリマンジャロのドリップコーヒーだ。ペーパードリップする時には、計量カップ二杯でコーヒー一杯、計量カップ三杯でコーヒー二杯なのだ。つまり、コーヒーのカップ数+1のドリップ粉が必要ということで、三杯は飲めないけど二杯ならOKということで、二杯単位となっている。

 因みに、コーヒーメーカーで入れたコーヒーよりも、自分でペーパードリップで入れた方が旨い。ポットでゆっくりと粉を蒸しながら入れる。そのためにはペーパーの中でフラットな状態で粉を入れて、お湯は少量を真っ直ぐ真上から真ん中に垂らしていく。そうすると白濁の泡が粉をドーム状に浮かせ始める。それがペーパーの側面をはい上がってくる。そうやって準備を整えた後に、コーヒーの粉の壁がペーパー内壁に出来た状態で、今度は、その中では注いだ湯が循環するようにポットを回しながら注ぐ。その時、注ぐスピードと落ちるスピードが一定となるように液面をコントロールするのである。

 入れ方次第で味は全然変わる。上手く入った時、そりゃぁ、コーヒーメーカーで入れた時よりも遙かに美味い。このプロセスを楽しむのが良いのだ。

 コーヒーを飲み過ぎての弊害、、、、、それは、歯にステインが付きやすい事。

 まぁ、人が何と言おうが、関係無いな。好きだから飲む、、、、それだけだ。

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地デジがBSデジタルで

 二月末からEPEGで新しいモノが表示されいている。
 そうか、これが例の『地デジ難視対策衛星放送』って奴か、、、、、

 この詳細は、

http://www.dpa.or.jp/safetynet/index.html

 に掲載されており、地デジが見れない地域への限定的かつ暫定的なサービスなんだそうだ。
 しかし、、、、これ、BSデジタルのEPEG欄に難視対策番組表が半ば強制的に表示される非常にウザイもの。非表示設定できれば良いモノだけど、そうもいかない。

 このところ、デジタル化って事で随分とテレビ関連の風合いが変わってきた。

 確かにEPEGは便利でテレビの番組欄等は見なくなってきたけど、弊害も少なくない。

 まず、、、、、、受信設備(チューナー内蔵機器であるテレビ、デッキ)の起動時間が非常に遅い。チャンネルの切り換えも緩慢。結構、イライラする。間合い的には僅かだろうけど、アナログの即時性に慣れていると、、、、、、他には、例えばCATV契約していてチューナーで予約したものをi-Linkでレコーダーに録画すると、録画は初撮りでも孫コピー扱いでダビング不可になる。通常の地デジ、BSデジタルは直接デッキに録画できるからダビング10扱いとなるけど、、、これってi-Linkの有り難みを削っている感じ。
 更に言えば、そもそもデジタルデータはデコードしなければ表示できないと言う事は、データ自体は再生しなければ単なるデータとして授受できる筈だけど、その割りに、ダビング操作等は通常の再生と較べて革新的に速くなる感じでもない。

 デジタル化っていうのをユーザー向きで進めるんであれば、データのハンドリングにもっと利便性を与えてくれても良かったのでは?と思うところ。
 これって、推進する側の帯域確保の為、著作権保護の為だけにコスト負担を民衆に乗せているって事を再認識させられる。

 後、関係無いけど、チューナーにもよるんだろうけど、TZ-DCH2810ではi-Link転送中に録画機向け出力にも同じ映像が流れている。つまり、i-Link転送+アナログ転送が並行して行われている。チョット笑った。後継のTZ-DCH9000では録画機向け出力が無いから考えられないけど、TZ-DCH2810ではコピーフリーのアナログ出力が得られるということだ。

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2010年3月 4日 (木)

新型インフルエンザで気付かされた事。

 新型インフルエンザがニュースを賑わせてから一年が経過した。昨年の春、4月に登場してから夏に掛けてのニュースは殆どが、コレ絡みだった。

 その後、年末から年始にむけて感染者数は増えて、我が家の娘の通う小学校では半数の生徒が感染したという。我が家でも娘と、もしかしたら嫁?も感染したかも知れないという事で、感染率は半分弱という状態。
 日本全国で見れば、累積感染者数が2000万人程度、死亡者数は200人弱、致死率で言えば、10万人に一人という割合のようだった。

 インフルエンザネタで印象に残ったのは、24時間テレビの出演者が感染したとか、芸能人が感染したとか、、、、或いは、プロ野球選手が感染したとか、、、、そういう話。
 それと、インフルエンザの予防は手洗いうがいを励行すべし!って話。

 確かに、芸能人やプロスポーツ選手っていうのは、雑多な人の入り乱れる環境で働くために、ウイルス感染に晒されやすいのだが、それでも感染する人、そうでない人が居るのも事実。

 そこで思ったのは、基礎体力っていうのは、防御体力(免疫力)に連動するか?という疑問だ。

 今回のインフルエンザでは若い人の重症化例をとって、免疫の過剰反応で脳症に到り死に至るという話も聞いたのだが、免疫機能の過剰に反応は高い免疫力に相当するのか?という疑問の残っている。
 免疫とは、体内に入った細菌やウィルス、また体内で発生したガン細胞などの異物から身を守る力であり本来生まれながらにして人間が持っている、自分で自分を守る力のこと。この文面通りに聞くと、免疫反応が在る程、エライ!?って気がしないでもないけど、、、、

 そこで勝手に考えてみた。

 免疫というのは、身体に異常を来す限界に到る手前で、その異常に移る事を防ぐ身体の防御機能。そうすれば、もしかしたら、過剰な反応、例えば、アレルギー等っていうのは、身体のシステム本体が僅かなズレとか異常を許容できなかったら、即座に修正機能(免疫機能)が働く事なのかな?という思いである。

 過剰に免疫機能が働くというのは、過敏に働くという事でもあり、それは、本体が正常に機能する生体環境の幅が少ないという事なのかな?という考えである。これは、血液検査等で正常範囲から外れた状態が僅かでも疾病を発症する人と、大幅に外れながらも発症を踏みとどまる人が居るように、異常に対する耐性という面で捉える事が出来るように思うのである。

 そうすれば、過敏は免疫反応は、免疫力が強いという表現でなく、免疫が過敏に反応するだけで、免疫機能を起動させる本体耐力の限界が低い、即ち、防御体力が少ないと言う事で理解できるように思うのである。

 インフルエンザ等疾病に対する抵抗力っていうのは、過敏な免疫力と違う、少々の外乱にも影響を受けない本体耐性の事と考えるのが自然。本体耐性というのは、人間の持つ本来の機能を失わせずに発揮し続けるバランスによって保たれていると考えるのが因果の法則から考えても妥当な話。
 つまり、本来の機能を活用するスタイルこそが、本当の意味での体力に結びつくという考え。この考えに従うと、消化や吸収といった機能を省くサプリとか特保食品、或いは、血流制限のような特異的な制約で行う運動スタイルっていうのは、どこか不自然であり、本来的な体力を得るという考えからすれば逆行しているように見える。仮に、どんなに筋肉を得て、脂肪を削ぎ落としても、そのプロセスに不自然さがあれば、自然に得た結果とは同質には成り得ないと考えるのが自然である。

 繊細な高性能も大事かもしれないけど、雑草のような逞しさも大事、、、そのためには、体力というよりも耐力というモノを鍛えるというか、身に付ける習慣が大事という事。

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景気は?

 景気に限らない。何でもだが、良い事があれば、悪い事もある。好調があれば、不調もある。好景気があれば、当然、不景気もある。好業績が長く続けば、業績不振も長く続く。世の中、そんなもんである。大抵、バランスを取れば、何処も、そう変わらないものである。
 そう思うと、気が楽なもんである。今の時勢、激しい不景気!って言われているけど、それは前に景気が良すぎただけであり、良すぎた状態を基準に考えるからであり、良すぎた状態を有り得ない状態の認識すれば、大したことは無いモノである。
 要は考え方次第ともいうのである。そう思うのだけど、世間的には、そういう意識は薄い感じである。今の不景気がとてつもないモノの様に捉えており、チョイ前の好況を当然の形と誤認している。

 さて、今年は上海万博の開催年だ。思い起こせば、十年前、上海万博+北京オリンピックの中国特需で景気はずっと良いよ!って話を身近に聞いていたけど、それが終わる年である。この十年で、東アジア圏の技術力が大幅に向上し、世界の中で地域の担う役割が少しずつ変化してきた。役割が変化するということは、ある地域が担い、ある地域が退くということだ。そうなんだが、今の時代は担い始めた地域がある一方で、今まで役割を担っていた地域は退いていないのが実際だ。これからは、何らかの変化が起きる時代に突入しようとしているだけなのだ。

 この変化は、家電、自動車、産業機械等々全てにおいて言える事。全てが新しい秩序に向かって動き出そうとしているだけなのである。新しい秩序というのは、世界の中の役割分担の再構築ということ。再構築が始まるというのは、矛盾(ストレス)の蓄積が限界に達したということに過ぎない。

 産業分野毎の矛盾を考えてみると、、、、どの分野でも、世界が必要としている量と、供給出来る量を較べると、必要量の2倍から3倍の供給能力となっている。

 この過剰比率が最も大きな業界では、2013年には最大で4倍にも及ぶ供給過剰となるそうだ。これは需給バランスから見ると著しい矛盾であり、その矛盾を解消するための変化がコレから訪れるのだろう。これからの十年というのは、新しい地域の役割が決まる十年とも言えるだろう。淘汰の十年になりそうだ。これまでの地域が残るか?淘汰されるか?

 結構、不透明な時代を迎える、、、、そんな印象だ。

 大事なのは、新しい時代の中で立つ位置を理解して、そこで成り立つ方法をイメージして、それを整える準備を始める事だ。新しい秩序の中で役割を確保する事が最重要なのだ。その読みが当たれば生き残れる。無策で任せば翻弄される。それを理解した舵取りが必要だろう。舵取りの対象は、組織の在り方から個人の在り方迄全てに言える事だ。身の程、出来る事、行うべき事、、、、その辺を見誤ることなく立ち位置を定めるのが一番大事だろう。

 こういう時代では、どういう選択をすべきか?っていうのは、結構、深い問題である。そこで、どう過ごすべきか?は、見方を変えれば色んな選択肢がある。

 新しい秩序への大変革、、、恐れる事は何もない。新しい秩序の中で、固有の役割を確保する事が出来れば良いのだ。

 ただ、国、産業、個人に到るまで、始めから終わり迄ずっと恵まれるって事は無いだろう。新しい秩序の中で役割を担えるかどうか?それは、50%の確率では無いだろうか?
 逆に、コレまでの秩序の中で潤ってきたならば、順番として、新しい秩序の中では貧乏くじを引くというのが道理に適っているようにも思う。

 まぁ、これは経済、企業業績に限らない。個人の考え方、過ごし方等全てに言える事かも知れない。誰でも、ずっと走り続ける事は出来ない。走り続ければ、同じ時間、休み続ける時期が来る。そんなモンである。その波長というか、周波数というか、それは事象次第。気楽に過ごし、一歩引いて見るっていうのが一番だろう。

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国産車が好きだ

 外国産ブランドの自転車を見ると、自分に合いそうなのは殆どXSサイズばかりだ。自分の体型は?っていうと、身長171cm、股下78cmだから平均的な日本人体型である。体重は68kgと重めだけど、体脂肪率11%以下、骨格筋率36%以上から言うと、肥満ではない。四肢の長さもコテコテの日本人だ。

 そんなコテコテ体型で選ぼうとすると、自分流なら殆どがXSサイズとなる。Sサイズは微妙に大きい。特に最近のアヘッドタイプのバイクはステムが長い。ステムの長さで調整も可能ではあるが、ステムの長さを過度に変化させるのは、チョット嫌なのだ。仮に換えるなら、フォークオフセットも見直したいくらいなのだ。
 フレーム云々ではトップ長を重視する考え方があるけど、ステム長を大きく変化させないという縛りを入れると、大事なのはハンドルクランプ迄のリーチ長が相当する。そして、外国産の品は、ステム長は概ね90mm以上の場合が多い。

 因みに、XSサイズ、Sサイズの場合、多いトップ長は各々510~520mm、530~540mmという案配。リーチはどうか?っていうと、ステム長としてXSサイズで+80mm、Sサイズで+100mmを加えると、各々590~600mm、630~640mmってなっている。因みに、シート角はどうか?っていうと、XSサイズで75.5~74.5°、Sサイズで74~73°って案配だ。

 傾向的にサイズが大きくなる程、リーチが伸びて、シート角が寝る傾向にある。ジオメトリーに何を選ぶか?は、乗り方次第だけど、自分の場合、基本となる数値はリーチで600~620mm、シート角で74~75°辺りから選ぶ。
 但し、用途によっては手前を握る事が多かったり、アップライトな姿勢を基本として考える場合(常用位置がハンドルクランプ部に在る場合等)に限り、その度合に応じてリーチは630~640mm程度の値迄変化させている。我が家でいうなら、西DAHONで620mm、スピママ号で630mm、ルイガノMVFでも620mmという感じだ。
 落差の大きいポジションが前提のモノの場合、例えばピストとか、タイムアタック用ロードの場合は、その度合、つまり投入する身体の部位の使い方に応じて590~595mm迄短くなっている。

 そういう現状から見ると、最近の多くのバイクは選べてもXS~Sサイズかな?って印象。まぁ、Mサイズで選んでセットバックを動かしても乗れない事は無いけど、セットバックを換えすぎるのは別の問題が出てくるので好きではない。勿論、メーカーによって同じ表記でも内容が違うから一概に言えないけど、多くの場合で選び辛いというのが正直な印象。
 ただ、ここで言うトップ長とかシート角云々は身長が同じだったら同じか?というと、それも違うので、自分の身体に応じて自分の決める事の出来る数値を出す方法を自分で持たないとダメだ。身長が違えばどうか?はそういう自分を想定していないから、その数値がどう?っていうのは即答出来ない。

 そんな具合だけど、取り敢えず、自分が何か買おう!という意思で、思うジオメトリーを国産車で探すと、自分の欲しいサイズは最小サイズでなく、ラインナップの真ん中辺に位置している。外国産の場合は、最小サイズの中で使えそうなモノを選ぶという形になる。

 という訳で、何となく選択の自由度が広い国産車が好みである。っていうか、格好いい輸入ブランドも良いけど、なかなかズバリと選べるモノが案外少ないのが悲しい。
 こういうのを見ると、何処をターゲットに形が決まっているか?っていうのが、何となく判るのだけど、国産車は日本人向けに作っているな!っていうのを、改めて認識出来る訳だ。

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2010年3月 3日 (水)

今更感心されても、、、数年前にも言っただろ?

 今朝、社長から聞かれたので、数年前(2004年頃)にも話した内容を改めて話してみた。
 ソースは、これだ。

環境省の環境ビジネスの潜在調査レポートで、
http://www.env.go.jp/policy/env_business/
の中の
http://www.env.go.jp/policy/env_business/asia_15.pdf
だ。

 これは、発展著しい地域で生まれるであろう潜在的な需要というかマーケットの話。この中で、これらの地域の治水事業が大きな商売になるのでは?って話を、エライ人との会合で2003年頃提案したのである。
 一般に公共下水道工事っていうと、国内は既に利権が確定している。先進諸国でも然りだ。産業と市場が密接に繋がっており、既存の中で新しい権益を得るのは難しい。となると、未だ、そういうものが無いエリアで権益を育む事が大事。

 しかし、そのような地域では、カネ無い、メンテ技術無い、人無い、、、、何にも無いのだ。何も無いと商売にはならない。そこで商売に結びつけるなら、環境志向というワールドワイドなトレンドを利用した官を巻き込んだ形での官民一体の援助的事業等が考えられる。

 勿論、何もない地域で、カタログスペック的に高度な技術資本を投下しても、タダの産業廃棄物になるのだろうから、地域育成型の資本投下が望ましい。
 発展途上国において、自己管理が可能で、、、、分散型で地域管理主体の下水道関連インフラなんかが最適だろう。実際、発電所等のインフラでも分散型のシステムが提案されて久しいし、国内の太陽光、風力、水車等を利用した発電設備の分散設置にも注目を浴びつつある。

http://www.nedo.go.jp/kankobutsu/report/979/979-04.pdf

なんかにも紹介されている。

地方への分散設置というのは、管理運営も基本は地域主体、当然、高い専門性は要求しない。分散故に、リスクも分散出来るのは大きなメリット。そのような利点は、発展途上国の公共インフラにも当て嵌まる考え方だ。

このような事業へのリサーチは既に行っているところも在れば、企業なりに可否判断しているところもあるだろう。

 それと、もう一件、

 それは、今話題の船舶バラスト水処理装置関連について。これは、貨物の運搬時に空荷で航行中の船体を喫水位まで下げるために搭載する水(バラスト水)を荷物積載時に積み込み先で排出する時に、バラスト水中に含まれる外来微生物も排出される問題を解決するために、バラスト水中の微生物を殺すという装置の開発競争に関わる事だ。

 このバラスト水は、海水を積んで、行き先で排出するから問題。そこで、海水を積まずに商売となりうる淡水を積んで、行き先で排出するのでなく売却して変わりに荷物を積んで帰る事が出来ないか?という取り組みだ。

 ネタとしては、実は昨年に情報を入手していたのだが、報道発表されたのが今年の2月上旬の話。それ故に、記事にするのは控えていたけど、今や周知の事実故に記事にする。
 今、日本の下水局においては下水処理した水の多くを利用することなく河川に戻している。処理水の再利用率は全量139.5億トンの内の1.5%程度なのが実情だ。
 日本の排出基準は非常に厳しく、海外の工場機械冷却水や農業用水としては十分使える。更に、下水処理設備の更新により今後は、より品質の高い高度処理水となる。そうすれば、追加コストも最小限で高度処理水が生産出来るわけだ。
 現実問題、原油輸入先の中近東や鉱物資源輸入先のオーストラリアでは水不足が深刻であり、現在は高コストの海水を淡水化して賄っている。そこで、国交省は、日本から下水処理水を運搬すれば淡水化事業よりも水を低コストで供給できるとしているのだ。

http://gcus.jp/report/02G6_Examination.html

http://www.mlit.go.jp/report/press/city13_hh_000086.html

これは、既存のバラスト処理システムに比較すると遙かに合理的且つスマートであり、需要と供給が合えば非常に魅力的なシステムとなりうるものだ。

 以上、二つの例を挙げたけど、システム的合理性が経済的にも評価対象となれば、そこには、新たな需要が生まれる。需要というのは設備需要だが、その設備の形として何が相応しいか?

 それは、積み込み設備を最小限の工事で機能させるポンプ場システムだろう。
 発展途上国における下水、雨水の排出ポンプ場、或いは、国内の下水局の処理場から貨物運搬船に処理水を送り出すためのポンプ場ということになる。これに特化したポンプ、或いは、ユーザーの運用レベルで信頼性を得るための要素技術の有無が商売を行う資格に通ずるのでは無いだろうか?

 この二つの話は、数年前に調査して報告した内容だけど、結局、パスした案件。それ故に、勤務先にとっては感心の無い話だろうけど、ここに来て、上述のように感心を示す官庁、企業が出てきたのが興味深い。恐らく、ニュースで報道されている状況から察するに、必要な準備を数年掛けて整えたということだろう。つまり、既に、勝てる見込みというか、算段が付いている筈だ。そう、先に述べた商売の資格となりうる要素技術を生みだしたために、報道で公開したんだろう。

 公開されたところから、後追いしても勝ち目が無いのは、どの世界でも一緒。

 さて、次のネタでも考えようか?探そうか?

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RACERSで2ストを懐古する。

 週末、ショッピングセンターの書店に出向いた。
 目的は特になくブラブラ、、、、で、目に付いたのがRACERSって雑誌だ。この本、以前から気になっていたのだけど、Vol.1がリリースされた後のVol.2販売時に見つけたので、Vol.1から買わないなら必要な号だけ買おうかな?って買いを見合わせていたモノ。

 そんな時、陳列棚の片隅にVol.1の文字、、、、HONDAのGPマシン版である。ということで、現在発売中のVol.2と併せて購入した。

 Vol.1では1983年のGP500マシンであるNS500を中心に紹介されている。ホンダのGPマシンというとNSR500が有名だけど、NR500から勝てる2スト、他メーカーとは異なる選択でV3のNS500っていうのは特徴的なモデル。それに、GP500の歴史におけるケニーのYZR500とスペンサーのNS500の闘いが印象的であり、後にも先にも、あの時代の激しさは見た事がない。そんな一時代を気付いた一方の雄であるのが、このNS500なのだ。

 この雑誌を見て思ったのは、当時の500クラスへのエントリーの多さ、観客の多さ、、、これは現代のMotoGPのレース風景を遙かに凌ぐモノ。

 この時代、良かったなぁ、、、、と、ふと考えたりした。

 因みに、NS500レプリカであるロスマンズNS400Rは、今のCX改を入手する前迄乗っていたモデル。特徴的なV3ではあるが、NS500とは配置が逆のモノだったけど、NS400Rのスクリーン越しにNS500気分を空想していたのは確かだ。当時、RG400ガンマに乗っていたけど、雑紙ではNS400対RG400ガンマ、どっちが速い?なんて特集が多かった。それを確認したい為に買ったのがNS400Rだ。それで、当時の結論は中~重量車のガンマ、軽量車のNSって結論。乗った感じ、ガンマは500cc以上、下手するとナナハンクラスのような感じを受ける一方で、NSは250cc以下のような印象。スペック重量的にはガンマの方が10kgくらい軽かったけど、ボリュームは違った。実際、走った印象は、中低速ならNS、中高速ならガンマという自分なりの答えだったのを思い出す。その後、RZV500R等も買ったけど、当時の嗜好で言えば、RG500ガンマ>NS400R>RG400ガンマ>RZV500Rって順序だった。

 因みに、Vol.2はイエローデイトナカラーのケニーのYZR500の解説本だ。3/24発売予定のVol.3は恐らく、シュワンツのペプシカラーのRGVガンマだろう。ケニーのYZR500は1980年頃、シュワンツのVガンマが日本GPを制したのが1988年だ。

 1980年代のGPシーンは、物語に富んでおり、今でも色んな名勝負が思い出す事が出来る。そういう時代だったがために、その面白さに注目が集まり、それがレプリカブームに繋がった一つの要因になったのかもしれない。

 ところで、このRACERSって本にしてもだけど、2ストロークGPマシンの雑紙等を見つけると、つい買ってしまう。掲載されているモデルは現役時では、見る事の出来なかったカウル内の写真がじっくりと見れる。
 そして思うのは、現代のMotoGPマシンや普通の市販車改造レーサーのストリップ写真とは全く違う雰囲気。2ストロークバイクは4ストロークとは何だか違うのである。どっちも機械の筈だけど、2ストロークバイクっていうのは、特にストリップ状態にすると艶めかしいというか、生き物のような雰囲気というか、独特の感じを受ける。

 恐らくだけど、その生き物感というか、そういうのを醸し出しているのは、表現+再現が非常に難しいチャンバーデザインあってのものだろう。車体の中で大きな視覚的ボリュームを持つのがチャンバーだ。このチャンバーは複雑な局面形状であり、まるで生き物の臓器のようにも見える。この何とも言えない形状が、見た目的な2ストロークの特徴だ。
 チャンバーっていうのは、構造的には金属の袋状の管だけど、その形状一つで、パワーフィールから何まで非常に大きな影響を持っている。2ストロークの命の一つとも言える素材だけど、その大きな影響が、非常に単純な構造で実現されているのが、また、凄いのである。

 今の時代、2ストロークバイクに乗った事のある人の割合はどんどん減っているだろうけど、これに虜になると、、、、なかなか逃れる事が出来ない。エコ?環境?そういうのは、頭で考えれば判る話なんだが、本能に訴える点では、2ストロークの楽しさに勝るモノは無い。確かに、2ストロークは燃費悪いし、クサイし、汚いし、五月蠅い。でも、そんな事はどうでも良いって思わせる程の楽しさがあるのも知っている。そういう2ストロークが活躍していた時代が、活字という形ではあれ、雑紙等という形で紹介される。される度に、懐古し、つい買ってしまうのである。

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一月いぬる、二月逃げる、三月去る?

 表題の如く、一月から三月はアッという間に過ぎるという話。
 確かに、一月、二月はアッという間に過ぎたような感じ。コレから始まる三月は?っていうと、、、、

 でも、歳を重ねてからは、一年自体がアッという間過ぎているような気もしないではない。小学校、中学校、、、大学卒業までは一年は短くないように思っていたけど、学生卒業以降は時間の流れが速く感じる。

 学生時代と今、加齢以外で何か違う?っていうと、学生時代の方が動き回っていたというか、一年の予定、一日の予定が立て込んでいたように思う。やる事に追われていた感じが強い。
 卒業後は、やる事に追われるという感じは全く無い。業務命令を受けていた時代も、与えられた期限と内容を較べると、期限が余りすぎというのが正直な感想。内容というか、日々接する事柄の新鮮さという面でも、学生時代は未知の事が非常に多かったけど、卒業後は業務関連では、未知は少なく既知の方が圧倒的に多いのがホンネである。

 余力が何に向かうか?というと、食欲に向かったり、趣味に向かったり、健康志向に向かったりとなる訳だ。
 事実、今の趣味への没頭度数を見ると、人生で最高度数では無いか?と思う。学生時代は、経済的制約、時間的制約が非常にタイトだったようだが、今、その部分に制約は皆無と言っても良い状態。

 そう考えると、月日が逃げる速度感というのは、意識のある時間の中での好き勝手比率に比例するのかな?とも思えたりする。好き勝手過ごす、悪く言えば、本能に従い、怠け心全開で過ごす程、時間がアッという間に過ぎるのかな?というのが感想だ。
 確かに、義務的に消化しなければならない時、時間はなかなか過ぎない。楽しい事がアッという間に過ぎるのは、いわば、苦痛が無いからとも言う。

 果たして、アッという間に時間が過ぎるのが良いのか?時間がなかなか過ぎないのが良いのか?良く判らないが、何となく、時間がなかなか過ぎない方が良いのかな?という気がする今日この頃だ。

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2010年3月 2日 (火)

グリップの太さ

 ダンベルバーのグリップの太さ、僅かな違いで印象が随分と異なるものだ。太いのが良い、細いのが良い、、、諸説飛び交っているけど、正直どうか?っていうと、断定し辛いものである。
 ダンベルの場合、片手でバランスを取りながら動かすのだが、この片手でのバランスというのが曲者。そういうモノで、太さが、どのように影響するか?が問題である。

 ダンベルの場合、床に置いた状態から動かす状態に持っていく時、必ず手首のスナップで手首の上に載せる。色んな説があるが、尤もらしく感じても、それは違うだろうな?っていうのは、太さによって関節部から重心に到る距離が変わる事で実荷重の差が生まれるって考え方。直径が1ミリ、2ミリ、或いは5ミリ変わっても、実際にバーの中心から手首迄の距離は変わらない。
 それよりも、、、径の違いによるバー周長の違いの影響の方が大きいだろう。径が1ミリ太くなると周長では3ミリ以上大きくなる。これを握ると拳の開き方が変わる。拳の開き方の違いに伴う上腕の収縮状態の変化によって出せる力が変化する方が影響としては大きいのでは?と考えている。

 それから、太い、細いを比較すると、細いバーの方が重圧面積が狭くグリップのあたりは強くなる。それで局部は痛くなるのは当然かもしれない。
 しかし、ダンベルのように不安定なモノをバランスさせる時、バランスの作用面は広い方が楽なのも確かである。

 こんな事を考えると、ダンベルのグリップの太さっていうのは、ダンベルの使い方次第かな?というのが結論として行き着く。

 大荷重で手首のスナップを除外した動作。上腕から胸部を鍛えるようなフライとかプレスなら、大きめの荷重+太めのグリップが良さそう。
 定荷重で手首の運動が入り、速い動作の場合、小さめの荷重+細めのグリップが良さそう。

 まぁ、考え方次第だけど、ずっと使ってみて良い具合と感じるのは、このような使い分けだ。

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定期測定?

 前回、中央森林公園でラップタイム測定して一年以上経過した。
 そろそろ、出掛けてみようか?という気持ちになってきた。前回の測定結果が20分30秒で、これがどう変わる?って感心は実は高くない。っていうのも、多分、変わらないからって自信があるからだ。

 過去に同じ折り畳み自転車で測って、
・2007/02:22分48秒
・2007/10:21分16秒
・2008/11:20分30秒
 って具合。初回は初走行、二回目が途中でチェーン外れということだから、多分、三回目が、身の程というパターンだろう。前回までは正直、どの程度?っていうのに興味があった。初回は初めての走行で途中から降雨に見舞われるという条件、二回目は全力走行中にチェーンが外れて直すというロスがあり、正直、どの程度?が判らなかったけど、三回目は、ベストでコレだ!って状態で走ったんで、振り返ってみても、今後変わる要素が思い浮かばないので、自分的にはOKって意識なのだ。

 このコース、競技者の方は楽勝で19分を切るそうで、吃驚というか、何というか見当も付かない。勝手な想像してみるのだが、19分っていうと、12.3kmだからアベレージで39km/h、20分30秒の場合は36km/h、、、、これって全然違う訳だ。速度で1割違うっていうのは、同じ距離進むと1割ずつ離れていく。100m走ったら10m離れる訳だ。最終的には一周毎に1km以上ずつ遅れるということ。

 ところで、今回は定期測定というよりも、色んな参加者と漫談しながら走るって方が楽しみでもあり、目的となりそう。春と言う事で、所謂サイクリングの季節。そういう季節で、こういう所で走るのは、それなりに楽しいかな?という感じだ。
 もしかしたら、娘でも連れて出掛けるのも悪くないかも知れない。

 まぁ、そうは言っても、一周くらいは全力で走ってみるだろうと思う。出来れば、一周オンリーでも良いので、20分は切ってみたい。

 この記事、実は二月に書いたモノだけど、その直後、ショップで出掛けようか?って話が出ている。まぁ、良い機会というか、タイミングなんで、みんなでワイワイガヤガヤ出掛けるのも良いだろう。ODR-1を購入された方にも声掛けてみた。

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塾の生徒

 随分昔の話だ。
 自分で塾を運営していた時代の話。当然、経営だけでなく授業を開講していた。児童生徒は、小学校中学年から高校三年迄だけど、主力は中学生だった。

 当時、中学生相手の授業で印象に残っていた自分のやり方、、、、それは、テキストを用いない。推奨参考書はあったけど、市販品で安価なモノをチョイスしていた。ただ、それは強制でなく、何通りかの参考書で気に入ったモノを生徒にチョイスさせるという緩やかな指定である。
 授業で絶対必要なのは、ノートである。それと休まない意思だけだ。

 どんな授業スタイルをしていたか?というと、ノーテキストであり、自分がホワイトボードにチャート形式で書き込んでいく。これをノートに取る。ノートに取ったモノがテキストとなり、それをベースに進めていくというスタイル。つまり、授業に出てノートに取ればテキストが完成するというモノ。そして、参考書は、授業で説明した内容を生徒に調べさせる辞書代わりのモノである。説明した事は重要な事であり、その表現法は様々だが、殆ど参考書に記載されている。ただ、選んだ参考書がバラバラだと、生徒はそこから探さないと行けないし、表現が違えば文言を熟読しなければならない。そのプロセスで覚えさせるのがやり方である。
 そんな具合で、ノーテキスト授業、そして演習問題は生徒の適性に合わせて個人毎に換えてある。当然、宿題の量、難易度は生徒独自のモノ。
 当時、自分の運営していた塾、バイト勤務していた塾を含め、最多で一学年で150人を越えていた事もある。それ故に、カリキュラム、演習問題、月毎の実力テストは全て自分でオリジナルで作ったモノを使用していたが、サンプルが多く、平均点、偏差値といった評価も結構イイ感じだったのを覚えている。

 そういうスタイルで、
 一週間で言うと、火(3時間)木(3時間)土(2時間×2)日(2時間×2)で教えていた。

 それで、夏休み、冬休みは、一晩缶詰で、生徒に永遠に問題を解かせるというラリーを希望者のみで開催していた。

 授業料的には結構高価だったと思う。27,000~35,000[円/月、学年による]だけど、休みに行うラリーは無料。火木土日の授業後の希望者の補修授業も無料で時間制限無しで、最後は自宅に送り届けるというやり方だ。火木のコースでは、夕方6時~夜9時が基本だけど、補修希望の生徒によっては、午前1時とかまで行った事もある。

 そんなやり方で、超難関クラスから専門学校から離脱クラス迄行っていた。

 多くの生徒が、自分に付いてきて、今でも殆どの生徒を覚えている。基本的に、生徒の望む進路に対しては、生徒の満足できる結果が得たと思っているが、その結果が得られた理由を思い出してみる。

 それは、自分は生徒を信じていたし、生徒も自分を信じていたからだと思う。彼らは、生徒の時代に、言葉は悪いけど洗脳されていたかもしれない。それ程に、こちらの発信する情報を素直に吸収していた。
 特に印象深いのは、とある塾でバイトしていて、そこの塾を辞めて自分の塾を立ち上げる際の話。辞める塾の生徒が、自分の実家に集まって卒業迄教えてくれるようにと、自分の親にお願いに来たという事があったけど、言ってみれば、其処まで信用されていたのである。その気持ちが教える時のモチベーションとなって、秘を伝える気に繋がるのである。

 自身、今でも人に物事を伝えるのは嫌いではない。しかし、それには条件がある。
 それは、相手がどの目線でこちらに接しているか?である。チョット引いた所から、他の多数の情報と比較して、、、、そんな目線からの気配を感じたら、正直、何も出せないのである。全ては、そういう意思疎通次第なのだ。その感覚が在れば、持っている事は伝えるのだけど、そういう感覚を感じ取れない時、、、、、そりゃ、NGとなる。

 だから、運営していた塾では、自分が神様みたいなものであり、こっちの真意が伝わらない奴は、親が土下座しようが、子供が泣きわめこうが、退塾して貰ってきた。

 教えるのは好きだが、公的な立場は出来ない。だから公立だろうが、私立だろうが、学校の先生は出来ない。やっぱり塾だ。それも自分が好きに出来る立場の塾に限る。教え方に自由度があるのが大事。生徒が講師を選ぶのかもしれないが、自分の場合、生徒を選ぶのである。

 そういえば、生徒をお客様と思った事は無い。月謝は運営経費としての意識だった。客というよりも、思考がコンタクトするかどうか?で、OKなら教える、、、いや、伝授するって考えだ。

 当時、子供に色んな事を教えるのに、教え方としては、殆ど我流。暗記的な教え方は皆無に近い。殆どの科目を、幾何的、或いは、自然界の現象に置き換えて説明する。公式なんて教えないパターンだったけど、子供の目線で頭にスッと入る現象を見つける事が一番のポイント。そういう域に達したな!って思ったのは、講師をして4年目以降だったように思う。

 こういう世界も悪くない。

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2010年3月 1日 (月)

視点を変えて。

 二月最後の休み。
 今日もラングスターで土手を走行。先週、ポジションを変更したのを切っ掛けに、色々と乗り方の意識付けを変えて乗っている。

 今までの基本は、機材をどのように使うか?という考え方。

 ポジションを変えて昨日迄は、どこの筋肉をどのように使うか?という考え方。

 そして、今日は、機材を自分の考えるとおりに使う時に、どういう風に身体を使うべきか?を考え直して乗ってみた。

 まぁ、結局は同じ事を、同じようにやっているのだけど、意識を変える事によって気にすべき点が変わっているので、感じ方が違うのである。行動判断の感覚重視で乗るというものと、判断行動の意識重視で乗るというもの。

 ペダリングでも、足の裏への神経集中か?或いは、身体の芯の筋収縮への神経集中か?という感じ。実際は、意識しなくても、関係無しに自分の癖で動いているのだけど、意識すると、どこがどうなっている?とか、何処をどんなにしている?っていうのが、改めた判るようだ。そして、つい、疎かになっている部分っていうのに気付かされる。

 通常は無意識行動になっているのだけど、意識付けすることで、忘れがちなところに気付く。結果、どうなるか?疎かな部分が修正される。そう、結果として能力は上がるのである。実際、走行時の負荷感覚、所要時間が大きく変化する訳であり、それは偏に慣れとか癖で忘れがちになったり、疎かになったりするところがあるって証明なのだ。

 初心、忘れるべからず、、、、良い言葉である。今まで、ずっと考えてきた。その結果が今なんだけど、初期の意識の中には身に付いた部分とそうでない部分がある。それを再認識するのは大事な事である。
 まぁ、振り返って、その感覚を呼び起こすには、その経緯や経路の経験が絶対必要条件だ。足裏で何を感じるか?何を持って感じたと判断するか?どういう行為や意識付けが身体の深部の筋肉の動きを意識行動で出来るか?が自分なりに判ってないと、再履修は難しいと思う。やって来た事を忘れないために振り返る事。これは、何事に対しても重要な事なのは言うまでもない。

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レ・マイヨW

 小径車っていうのは、案外場所をとる。小径車の傾向として安定性確保のためか、ホイールベースが長い。フルサイズと比較して+100mmはザラだ。ホイールサイズが小さいといっても、ホイールベースが長いので、コンパクトさは相殺されるのだ。更に、前輪を外した時に、全長の短縮分、即ち、ホイール半径分がフルサイズより小さいので、あまり小さくならないのである。勿論、ホイール半径が小さいので、ホイールを外しても全高の低くなる度合も少ないのだ。
 ホイールベースが長いので、傾向的にトップ長も長くなる。一つのフレームサイズで広い範囲をカバーする傾向が強いのでシート角も寝気味になる。そう言う事を考えると、背の低い人には厳しい選択に為らざるを得ないのである。

 そういう意味で、小径車は小さいようで、小さくないのである。勿論、乗車姿勢は人間次第だから、乗った感じも決して小さくない。そういうモノなのだ。小径車=コンパクトと思い買うと、案外失敗しがちである。小径車でコンパクトっていうのは、小径車の多くが折り畳めるからだ。そういう印象が先行しているからだ。

 そんな小径車の中で日本人向き!って思える唯一のスポーツ系小径車、、、、それは、表題のレ・マイヨWってモデルだ。

 このモデル、結構コンパクトなのだ。適応身長は165cm以下だったと思うけど、良いポジションを作れば170cmでピッタリ。トップ長はフルサイズのホリゾンタル換算で525~530mm程、シート角も寝過ぎていない。乗ってみて下半身はピッタリ治まる。ハンドルも遠すぎないのである。

 DAHONの場合、ドロップバーをアヘッド風で作るとハンドルは遠すぎる。ルイガノの現行モデルも身長170cmでは厳しい。自分のルイガノのMVFでもチョット遠目でアップライト気味にしないと厳しい。

 ドロップハンドルでイイ感じに乗れるのは、思うところで唯一の存在。それがレ・マイヨWである。このモデル、コラムも長くハンドル周りも頑丈。ホイールサイズも451WO仕様。欠点は?っていうと、重い事くらい。ポジション、ジオメトリー、基本仕様、、、、、自分的には、小径のドロップハンドル装備の自転車ではベストといえる存在である。
 確かにホイールベースは長めで大きな車体だけど、中折れで畳むと良い具合になる。重いけど、小径車に期待する大きさに畳めるのは大きなメリットだ。

 このフレームは、スプリングボックって小径ママチャリと同じフレームみたいだけど、それが逆に良かったのだろうか?

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出力、持続力の他には?

 さて、前に筋力、持続力の記事を書いたけど、最後に必要なのは何?ってネタ。

 筋力ネタにも書いたけど、必要なのは筋肉でなく、筋肉が必要な理由と、その理由の元の話。そう、身体を鍛えるのは、何か出来ない事を出来るようにするためなのである。これは、もう筋力とか持続力とか、そういう話ではないのである。

 この瞬間、この部位をどうするか、その隣がどうなっているか?協調関係であり、掛ける力の時間の長さと大きなの程度という部分である。

 言ってみれば、問題を抱えた状況が何で、何が不得意か?それを決めて、それを解消するっていうのが、筋力アップであったり、持久力アップの取り組みであり、それらは、何のためという背景在ってこその話なのだ。

 問題に対して得た結果を、如何に協調させて使えるか?というのは、考え方、つまり、動作を行う際の自分流の論理なのである。その考え方に従って動かすのである。

 そこで必要なのは、その考え方と、協調動作させるための神経という部分なのである。

 どんなに鍛えても、それが目的の動作に結び付かなければゴミ以外の何ものでもない。身に付ける事で、本来の願いから結果が遠ざかれば、無駄骨以外の何ものでもないのである。

 つまり、筋力、持久力を鍛える前に大事なのは、それが必要という答えに到る考え方と、その考え方を実践するための神経というか反応性なのである。

 記事にする順序が逆になったけど、必要なモノの優先順位は、

 最初が考え方や方針、次が神経の反応性や協調性、最後が物理的な筋力や持続力なのである。

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