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2010年9月20日 (月)

けじめは大切

 学校生活とか、店の客繋がりとか、趣味の屯場所繋がりとか、そういう世界の交流っていうのは、年齢というか世代が近かったり、趣味の価値観が近かったりするので、事務的な話以外、例えば、過程の話とか、趣味の話とか、そういう方面でも話が繋がる事が少なくない。

 でも、近所の町内会だけの繋がりとか、勤務先と役員さんとの繋がりとか、逆に初対面の新入社員との繋がりでは、その業務範疇の話以外をする事は極々稀である。

 今、勤務先では大人数の居る事務所と、少人数の詰め所の両方に居るけど、そういえば、最近は業務上の話以外をする事は極々稀である。業務外の趣味や健康の話というと、大人数の居る事務所で席を並べる管理職の方と話をする感じだ。他は?っていうと、滅多に話す事は無いのが現実である。

 まぁ、属する組織に属する理由を考えたら、私生活や趣味や遊びの部分というのは、それはそれである。別に話さないと!という気持ちも無い。話されたら、話す程度というのが多くの人の自然の振る舞いのように、自分の場合も同じである。チョット前迄は、まぁ、コミュニケーション重視で色々話をする事が在ったけど、相手によっては、そっちばっかりの関係になったりして、それはそれで困るものである。
 産官学の共同研究なんかでは、官学の担当技師の方と話しても、それはそれ、これはこれ的に話が出来るけど、その辺の境界が曖昧な人と接すると、本来は上下関係があっても勘違いで連れ的な意識を持つ人も居たりして、それは問題だな!ということだ。

 ということで、居る世界に併せて、その世界の話しかしないように心掛けて居るのが最近の過ごし方。こうやって過ごすと、随分と気楽である。別に機嫌が悪いとかでなく、普通の事なんである。話す事が無ければ、それはそれで気にならない。そんな時、話す事が無いからといって、天気の話とか、為替の話とかされても、正直、フ~ンって意見しか無いのも現実。やはり、これって一種のけじめである。公私の分別というか、そういうものだ。一般に公私の分別というと、時間の過ごし方があるけど、対人関係の中でも話題に挙げる要素とそうでない要素の分別にも当て嵌まるのである。

 意味合いは少々違うけど、その辺が無分別で友達みたいになると問題である。引用として不適切かもしれないが、親しき仲にも礼儀ありってもんである。

 話がそれるけど、最近は友達親子っていうのも或るそうだが、俺的にはNG。親子は親子であって友達では無いのだ。対等というのは大間違い。最近は手を挙げるのはNGって風潮だが、暴力と体罰は違う。親は威厳が必要なのだ。同様に、公的な組織の交流では、友人的な気安さも限度がある。塾等教育現場でもそうだ。友達とは違うのである。確実に主従関係、上下関係、師弟関係というのは確実にあるのだ。これを大事にするには、先に言ったように分別っていうのが大事なんである。

 いろんな分別があるけど、例えば、塾長という立場で子供を見る。自分方の生徒は、言ってみれば弟子扱い。でも、余所の生徒は、敵扱い。学校の先生なら違うけど、私塾なら、それがホンネ。それがあるから、逆に教え子との間に学校の先生とは違う関係が得られたりする。
 企業の組織でもそう。上司と部下という関係が成り立つ事もあるけど、そこでの師弟性を排除すれば、例えば、作業を担う工員さんというか、バイト従業員的な意識に変える事も出来る。
 そういう割り切りは間違い無く、深層意識で伝播するもの。それって、案外簡単に伝わるのである。
 仮に、同じ現場に立ち会わせたとしても、相手が議題を理解する知識を持ち合わせなくても、それを教育する立場に無ければ放置するし、レベル違いの話をする時は、判らない奴は基本相手にしないというか、そういうスタンスなのである。判らない奴の不満の訴えに対しては、己を磨けと言う事で終了なのである。教えるという関係に無い限りは、教えない。こういう割り切りが一番大切なのだ。

 まぁ、何にしろ、割り切ったら、それに応じた距離感が生まれる。人間づきあいなんて、そんなモンだ。一方が苦手意識を持つと、他方にも伝わる。良しも悪しも鏡みたいなモンだ。距離感っていうのは凄く大事。最近思うのは、距離感が作れない奴のなんと多い事か、、、、距離感は凄く大事なのだ。距離感とは越えてはならない一線なのである。どんなに友人のような関係になったとしても、起点に存在する距離感(立場の壁)を忘れたり、踏み越えるのはアウトなのだ。

 けじめや分別、距離感が見えない例が、教育現場における校内暴力、家庭における家庭内暴力なのである。最近流行のDVもそういう側面があるだろう。そう言えば、以前、勤務先の若造で、人に対して自転車関連の方法論を『教えろや!』的に口走ったり、或いは、注意や警告に対して暴力的な逆上行動する奴が居たけど、それも、置かれた状況を見失って対等意識を持ったりするからである。
 まぁ、そういう状態は、垣根を下げた付き合いをヨシと思った自分にも問題があるのだけど、そういう反省をして、今は、どんな付き合いでも関係の原点に応じた境界線というか壁をしっかり作って接しているのは言うまでもない。

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