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2010年10月22日 (金)

誰のファン?

 趣味カテゴリーの競技の世界に対して関心を持つっていうのは少なくない。そこで、誰かのファンになるっっていうのも少なくない。
 しかし、正直言って、その競技の世界の特定の選手を応援するっていうのは、その世界を或る程度観た上でないと、選手自体への思い入れのような感情は芽生えてこない。

 やはり、観戦したり、その世界に関心を持って歴史や選手の経歴という情報を収集したり、そういう中で好みの取捨選択で絞られるモノである。身近な世界で、一緒に何かした事がある人とか、同郷とか、そういう部分で応援するという理由が無ければ、応援したい選手っていうのは自分の価値観から見て同調できる要素があるか?というのが大事だ。

 まぁ、絶対的に強いというか勝ち続けているからという理由で、王者を応援するってスタイルは強さへの憧れという本能的な気持ちから普通の感情だと思うけど、なかなか応援にのめり込むという事は自分自身覚えがない。

 単車の世界を過去から遡ると、、、、、大昔の応援っていうのは漠然としていたような感じ。GP500の世界で特定のファンとなったのは、NR500で適わなかった夢を叶える為に生まれたNS500、それにチャンピオンになる前のスペンサーの組み合わせでYZRに挑む姿は、当時の記憶を紐解くと、他メーカーの選んだ四気筒以外で勝負を挑むというホンダを素直に応援していた。その後が、日本GPでGPライダーを従えて走るノリックの攻撃的な走りに惹かれたし、世界GPでは1988年以降にケビン・シュワンツ+Vγで、後発故にハンディを抱えながらも引退迄スズキと運命を共にしたケビンとケビンの独特なライディングスタイルを特に応援していた。MotoGPの時代では、ロッシ云々でなく不利なパッケージであるNSRで良い勝負をしていたバロス、カピロッシのWEST-NSR、翌年の加藤大治郎+NSRで2ストを応援していたのが最後。近年ではZX-RR+中野真也という組み合わせ。

 F1は?っていうと、セナもプロスト時代以前はフェラーリ+ジル・ビルニューブ、セナの時代はティレル+アレジ、シューマッハ時代は逆にセナという感じ。

 そう、応援していたのは王者でなく、チャレンジャー側。それもパッケージ的に不利と思われたり、王道から観ると異端とも思えるオリジナリティーが感じられるモノを応援していた。

 正直、それ以外の選手がどう?っていうのは、実は記憶に薄いし、だれを応援するという拘りは案外少ないのである。

 今は自転車ブームである。自転車競技では?っていうと、実は良く判らないのが正直なところ。選手がどう?って程観ていないし、その経歴やスタイルがどう?っていうのも判らないから。コンタドールっていうのも名前は聞くけど、強いという事以外で共感するというのは見えてこない。シュレク兄弟がどうのとか、さっぱり判らない。敢えて言うなら、新城選手とか別府選手っていうのは、日本人だから素直に頑張れ!って応援する感じ。

 でも、F1ブームの時は熱狂的なセナファン、MotoGPならロッシマンセーなファンっていうのが数多く存在したし、評論家の如く、トルゥーリがどうのとか、ヒルがどうした、、、クリビーレがどうの、メランドリがどうした、今なら、シュレク兄弟が何だとか、バルデルデが何だとか、結構聞いていたし、今も結構聞く。
 しかし、そういう話を聞いた時、へーっ!って思うよりも、お前が批評する程、選手の事知っているの?って思って、何だか嫌な気分になる事の方が多かったりする。
 まぁ、スポーツ観戦っていうのは、観る方は好き勝手に観れば良いのだろうけど、印象として、ニワカ仕立ての薄っぺらい奴が知ったように話すのを聞くと、正直、首を締めたくなる。なんか嫌なのである。仕方なく話相手になって、自分の考えにソウソウ!って同意されると、それさえも不愉快に感じる事がある。

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