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2010年10月18日 (月)

育児教育

 子供を教えるのが好きで塾講師をずっとやってきたけど、今、教育しているのは自分の娘と息子のみである。機会としては、会社で新入社員の導入研修をする事があるけど、基本的に人を教えるのは好きだ。

 ただ、どの世代にも同じ事を教えるか?っていうと、それは無い。

 少なくとも二十歳以上になると教えて変わるなんて事は有り得ない。まぁ、成人してからは、変えようが無いのが現実。知識の再履修も不可能、思考手順の再構築も不可能である。しかし、色んな人が居るから楽しいし、誰でも特徴が個性という形で備わっている。よって、その個性を活かすように生きれば良いし、逆に言えば、それしか生き抜く方法は無いのである。99%以上は誰にでも価値というか良い点がある。まぁ、昔は何人にもということで100%の人に価値があると思っていたけど、今は、そうは思わない。世の中、絶対という言葉は無いのだ。『there is no rule but has some exceptions』なのである。実際、コイツは厳しいなぁ、、、って奴、居ない訳ではない。中には、精神年齢が低すぎ、、、言っても判らないだろうなぁ、、、、また、嘘付いてら、、、言い訳ばっかり、、、救いようのないって奴も居るのは事実。

 しかし、成長期の子供なら無限の可能性がある。受験を例に取れば、必要な考え方というか、勉強の必要性と論理の重要性を身近な例をモチーフに説明して、どうにかしてやる事は可能だし、自分の経験なら中学二年の夏迄なら、それまでの取りこぼし、欠損、遅れは挽回出来ると考えている。

 でも、そういう考え方云々の前に、子供に身に付けさせるのは可能性なのである。可能性というのは、何かを教えるとか、色んな習い事をさせるのではない。子供の素直な気持ちで好奇心、洞察力を如何に与えるか?が一番大事なのである。最初に与えるというのは重要だけど、与えるモノが必ずしも学問的な要素である必要は無い。そもそも、学問形態というのは、文字や数字、技法の上に成り立つモノであり、それを小さい内から与えるのは少々違うというのが自分の考え方である。

 自分の考えでは、動物としての直感力、本来の五感(つまり感覚器)にダイレクトに響くモノで、洞察力、直感力、好奇心を与える事に最大限の工夫を自分なりにしている。まぁ、この方法は、自分が成長した後に自分の親が自分にどう接してきたかを聞いた事を自分流に解釈して行っている訳であり、或る意味、生活習慣上の遺伝のようなモノである。

 やはり、文字や数字の前に視覚情報に対する理解、洞察力、好奇心、注意力を刺激するような環境作りが大事と考えている。正直、それが無いと、その上に成り立つ文化的な要素である科目や学問が子供にとってのテーマ、即ち、好奇の対象として成立しないと思うからだ。大切なのは直感を刺激する事。それで対象として後の科目を紹介すれば良い。科目は対象であり、複数の科目は等しく垣根を越えて見えるようになるのが理想。科目別に強制するのは、子供の脳内で縦割り的な分類になる。そういう意識を付けさせないには、何が大事か?これを考えるべきである。

 ということで、自分流の育児は、昨今の子育て世代が必死に行っている幼児教育とか習い事の嵐のような事は一切無しである。それで、周囲との価値観の違う子供が出来ても、それはそれで良いと思う。少なくとも、自分の幼少期に嫌と思った事は強制させないし、嫌と思った原因に当て嵌まるような事もさせない。小学校低学年迄の時期は、特に、感性を刺激する事に最大限の留意を払っている。
 因みに、その方法は、、、、、それは、親毎に思う方法を選べば良いだろう。

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