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2010年12月15日 (水)

連想ゲーム

 中高生の頃に習った事。これは機械系趣味にはイメージを組み立てる時に結構役立つというか、関連づけると楽しい。

 特に、運動、エネルギー、損失、力学的な考え方は役立つ。エネルギーの話、ノイズの話、外乱の収束の話、いろんな話があるけど、自転車とか単車に乗っていて迷う時、どうする?って考えて、それをイメージに置き換えて、置き換えたイメージを進める方向性を定める際には、中高生~大学の自然科学的な考え方を当て嵌めると迷いが消える。

 こういう考え方は、中高生の頃は今一つ理解出来にくい所があったけど、二十歳を超えてからは、結構、そういうイメージが湧くようになってきた。

 何かを考える。イメージを作る。イメージには要素がある。要素の正誤判定を自然科学的な考えで絞る。こういう考え方は、迷った上での進む方向に対して確信を持てる。この確信が自信になる。こういうのは結構楽しい。

 単車ならサスペンションセッティングには持論ではあるけど、そういう知識で行っている。結果、結構乗りやすいし、快適と感じている。

 自転車ならペダリングもそう、ポジションセッティングもそう、ギア比の選び方、使い方と使う歯数領域の選び方もそう。

 思うのは、出来ない事、適わない事を、外に答えを求めない事。人に聞いたり、真似たり、、、それではダメなのである。内に答えを求めるには、迷いを理解出来る知識に置き換える事が大事。置き換えた結果が信じられるモノであれば迷いが消える。何が信じられるか?っていうと、それは万物に共通な自然科学。自然科学に置き換える事が出来れば、その分野を使った別の世界と対比する事も出来る。そうすれば理解も早まるのである。

 人の話、本やネットの情報、、、そこでの表現とは、表現の書き手が感じている事と、表現を読んで実践する事が必ずしも一致しない。寧ろ、異なる場合の方が多い。特に、感想的な話の場合はそうだ。何故ならば、表現を意味する事実は、表現を表す人によって違うから。人によって経験、知識、迷っているレベル、疑問の程度が違うからである。

 そういう風に考えると、表現の共用語として使えるのは、変な感想ではなく、、、、それって自然科学の科目、分野の知識だろう。それって絶対的な真実故に、それに置き換えて説明出来れば案外通じやすいモノである。自分が絶対に信じる事が出来るというのは、他人にも正確に伝える事が出来たりするモノである。そのために必要なのは、絶対真理となる世界に置き換える事と、絶対真理を持つ体系を理解する事。絶対真理を持つ体系っていうのは、、、、やっぱり自然科学を置いて他は無いのだ。迷いがあれば、それを中高生の理科第一分野、物理、科学、工学的科目、、、、、で習う事に置き換える事がベストである。こういう作業が出来れば実生活にも役立つ。

 仕事を行う上でも、専門外の分野の理解を早めるにも役立つ。

 つぶやきだけど、自分はそういう風に物事を考えるように、二十歳以降は努めている。結果、工学の世界、流動、拡散、熱力、電気回路、、、、色んな世界の現象は全て相似で等価なモノに見えるように考えている。

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