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2010年12月 6日 (月)

読み解く力

 人の話、ニュース、ネットの情報、本や雑紙の引用、、、、いろんな情報に晒される。
 しかし、入ってくる文章っていうのは、これが全てではない。同じ文章に接しても、受け取り方は様々である。

 受け取り方は、受け取る側が何処まで察するか?である。話の間の意味を如何に汲み取るか?その取捨選択というのは、人生経験や知識による。同じ話を聞いても消化の度合が違うと言う事である。

 溢れる情報には、発信者の立場、レベル、考え方によって、そこの情報が敢えて隠している情報、気付いていない情報、嘘の情報、、、色んなモノが含まれている。情報から事実を読みとる事が大事なのだ。含まれている内容から事実を抜き出すと同時に、敢えて伝えていない隠された事実も含めて探し出すのが大事である。更には、その事実全てが真実とも限らない。事実が真実かどうか?を検証して、利用者にとっての真実を引っ張り出さないと駄目である。

 このような作業を行う上で必要なのが、人生経験であり、社会経験だったり、或いは、学問的な知識だったりするのだ。この処理を行う側の背景次第で溢れる情報の利用度は大きく変わるものである。情報の取捨選択っていうのは、或る意味、思考の判断結果、解である。そして、この解というのは、実は自分以外の第三者に伝えるべきものでないし、伝えてはならないものでもある。ただ必要なのは、その時点における解が未来の自分の解と必ずしも等価にならないだろうという認識であろう。それは、過ごす時間に比例して、理解するに必要な背景が変わるから。そして、判断する背景、即ち、経験と知識が増えるように過ごすのが大事だったりする。

 現在、指導中の丁稚と話す時に、このような考え方のみを伝えるようにしている。答えは伝えない。出した答えがお前の全てか?を問い掛けるに留めている。そこに不足を感じても、不足分を提供する事はしない。不足によって答えが得られずに苦労する。苦労して泣きそうな表情を見せたとしても、そうやって泣く事が大事なのだ。そう、このプロセスが大事だからだ。

 丁稚は育児でも苦労しているらしいが、育児において子供に如何に接するか?子供の疑問を如何に解決させるか?という事、具体的に○○を教えるには?とかの悩みがあるようだけど、それとて、自分で考えさせるのが大事と説いている。自分流の育児を言うのは簡単だけど、親が直面する状況毎に不特定多数の人や雑紙、ネットから仕入れた方針で育児を行う、、、、聞く側の子供から見れば、教えられる際の方向性の違いに惑うだけである。結果、何も伝わらない、、、、そういうモンである。
 塾講師経験で小学生~高校生を指導して勉強嫌いを解消するために得たノウハウはノウハウだし、塾の門を叩いてきた親子の親子関係から見ても、コレ失敗だろ?って例を沢山見てきたけど、丁稚くんの行動パターンがそれに結構重なって見える。育児や教育でも、教え方を親に教えるのは無意味。教える側の親に教えるという意味を気付かせるのが大事なのだ。

 教えるという意味の理解、それは、上述の接する情報の処理の仕方、事実を並べ、己にとっての利用価値のある真実の抽出が出来ないと駄目なのだ。それに必要なのが何か?これを考えて気付くのが一番最初にやる事。

 教える側にたって改めて思う。

 最近は、何事に関しても答えは提供しない事にした。それは、丁稚指導でもそう、業務指導でもそう、業務委託を受けてもそう、、、、答えは絶対に提供しない。

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