スケールアップ、スケールダウン
モノのスケールアップ、スケールダウン、、、これって、結構難しい。
何にも考えなかったり、選択肢を失ってという理由で、本質を外した状態でのスケールアップやスケールダウンは、機械としての性能や信頼性を大きく貶める要因となる。
スケールアップ、スケールダウン、、、これって、ある機能を具現化すると、必ずや適用範囲を拡げる際にて遭遇する作業。しかし、この作業に知恵を入れなければ、実に怪しい奇怪なモノを作りかねないのである。
っていうのも、この度、検索ワードで軸受の大型化って事を目に付いたから。
例えば、最も簡単な滑り軸受は円柱の軸が円筒の管の中で回るものだけど、基本は円柱と円筒である。これを液体中で使う場合は、円筒の何カ所か、大抵は三カ所に円筒と円柱の隙間に液体を供給して異物を通過させる溝を用いる。
これが基本構造だけど、流体軸受でトライボロジーの理屈の前提では基本、溝は存在しない。
このような軸受を大型化する。すると溝の数は大型化する人によって様々に変化する。
これ以外にも、軸受の円筒側で摺動する円筒内面を非常に硬質なセラミックス等を用いる場合、軸受の大型化に伴い、円筒一体のセラミックスが製造出来なくなったりする。すると、その対応には、通常の溝で仕切られた摺動面を単位として溝と溝の間を一体のセラミックス摺動面で置き換える工夫が為されたりする。しかし、内周における溝の本数が少ないと、溝と溝の間の摺動面の円弧の中心角が大きくなり、摺動面としては大きく湾曲する構造になるため、それを嫌うために、溝を多数設ける事と同じように、摺動面を非常に多くの分割数に分けて対応しようという試みも存在する。
因みに、この方法は、自分の作った特殊なセラミックスの製造上の大きさの制約から、小さなセラミックスを円筒内面に多数配置して一つの摺動面を作るという方法だけど、こういう方法が果たしてどうか?というと、其処まで考える人は案外少ない。
恥ずかしい話だが、個人も最初の段階でそんな事を考えてはない。特定サイズのセラミックスで様々な内径の軸受を作るために、内径に配置するセラミックスの枚数を増減させて対応するという方法を違和感無く受け入れてきた。
こういうシステムのスケールアップとかスケールダウンで何を選ぶか?というと、その際に発生する変化が系の正当性に影響するかしないか?を冷静に見つめなければならない。
少なくとも、このような小さな摺動面を多数用いる分滑摺動型の滑り軸受っていうのは、今の段階では自分的には認めない。それにはやはり理由がある。冷静になれば、その欠点は非常に多岐に渡っているのだ。その構造を採用することによる無注水摺動における適応度の低下、機械の本質的な部分での効率の低下、通常使用における軸受形状と軸受寿命の因果で新たに解明した判断基準によると著しく寿命を低下させると言う事が判ったからである。
しかし、このような話は色んな所で見える。
笑い話では無いけど、例えば、レクサスの振動が少ない!これはV8エンジンだからだ!という事に捕らわれたら、軽自動車のエンジンもV8で作れ!的な取り組みを行っている会社も実際に存在する。これは車とは異なるものだけど、機関効率のアップが多気筒化のような手法にあると信じ、スケールを無視してそうする例が該当するだろう。
他にも、とある構造体の強度確保に、大きな構造物と完全相似で小さな構造物をデザインする例にも見て取れる。例えば、東京タワーのようなトラス構造の構造体を参考に、小さな構造物にも比率的に全く同じ数のトラスを入れる例なんかがそうだ。身近なところでは一定圧力の掛かる圧力容器にリブが設けてあると、同じ形状の小さな容器にも等しい数のリブが設けてあって、そのまんま相似になっている製品があったりする。
基本理念、思想をスケール展開していくのは至って正しい作業である。
しかし、、、、理念を具現化するとき、その形状が何から決められているか?をしっかり理解せずに、形式的に相似変形だけさせて対応していくと、思わぬ落とし穴に嵌るモノである。効率とか強度とか、そう言うモノは、どこで支配を受けるか?という部分を考える事が一番大事な筈である。
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