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2011年4月 5日 (火)

自然体、自粛≠萎縮

 震災後の世間の風潮、CM、派手な行事等は自粛しろ!という空気がある。

 一方で、自粛し過ぎると、経済が萎縮して経済活動が不活発となり復興にも重荷となる。

 そういう意見もある。

 一方で、被災地以外でも乾電池、ペットボトル水が店舗から消えて完売状態、買い占め騒動、、、、そういう状態も発生している。

 自粛、風潮による買い占め行動、或いは、不要?な行動の自制、、、、

 しかし、不要な行動と一纏めに言うと、何が不要か?ということにもなるし、結果、経済活動が停滞するのも事実。旅行が不要、レジャーが不要、、、、となると、従事する人はどうなる?という気もする。その産業に従事する人にとって、不要というのは言い過ぎのようにも見える。

 結局は平常を保つのが一番なのでは無いだろうか?つまり、被災地から離れた場所で買い占めというのも今一。被災地に送るために買う、、、、それも、或る意味、被災地の特定の人に物資が集中ということになる。そんな理由はナンセンスである。それなら、被災地外に出荷元が水や乾電池の出荷を抑えて、被災地に集中供給する方が道理に合う。

 平常な購買活動。普通に経済活動を行っても良いと思う。今やるべきは、電力消費が厳しいなら、その部分を如何に取り組むか?という事くらいで良いのではないだろうか?
 それ以外の活動、特に、西日本では電力消費云々で経済を萎縮させる必要も無いように考える。

 今の空気、異常事態を加速させるような異常な誘導状態にも見える。

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