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2011年4月10日 (日)

不安を終息させるには、

 保安院の会見。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110409-00000086-jij-soci

 安全を目指す志、今のような状況では何をやっても足らないと、誰もが思う。

 しかし、、、

 災害が沈静化し、復興の目処が経ち、、、、人々の記憶が風化していく、、、長い間、何も起こらない時代が訪れる。すると、震災が歴史上の出来事として片付けられる。結果、物事を進める上で、利益優先、経済性優先に知らずの内に向かってしまう。これが繰り返していく。

 記憶が風化していくのが早いか?或いは、人々が納得して乗り越えるのが早いか?、、今の時点では判らない。

 システムや設備、装置のデザインでは、何があっても耐えられるとか、そういう言葉は結構怪しい。そもそも、耐えられるという言葉の定義には、何に?という設定値があるから。その設定値こそが想定値。想定外と言う言葉は、設定値以上の何かが生じた時に保険を持てるかどうか?と言う事。

 今回は津波で冠水してアウトという事。それで電源車を配備して、、、という言葉のようだけど、意地悪く言えば、地震で電源車がひっくり返るとか、そうなったらどうする?とか、原子炉周辺のインフラが完全に破壊されたらどうするとか?は考えていないだろう。

 今の論理も電気が在れば大丈夫的だけど、電気があっても使えない、接続出来ない状態ではどうするか?が論じられていない。電気という大前提の話しか聞こえない。
 本質的な安全というと、異常を回避して復旧という前提とは異なり、異常が回避出来ない場合は完全に封印出来る仕組みが必要。例えば、原子炉自体を地表から完全に封印できる箇所に設置するとか、、、電気という全体が無い条件でも封印できる仕組み迄を考えて欲しいモノである。

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