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2011年8月27日 (土)

除染作業の取り掛かりの遅さ

 夏休み期間中、町内の子供会では朝、ラジオ体操がある。そのラジオ体操では夏休みの間、見慣れない子供が何人か居るそうだ。

 で、子供が言うには、福島県から疎開してきているという。そして、ある日、ラジオ体操が終わったら早く家に帰るという指導が町内会でされているのだが、その日に福島に帰るから公園でしばらく遊ばせて欲しいとのこと。

 そうなんである。福島っていうと、親の気持ちとして子供を公園で思いっきり遊ばせてやる事も出来ないのだ。
 公園の植え込みの根本、公園の隅、砂場、、、、そう言ったところでは高い放射線が検出されているのである。

 この放射線、放射性物質が出すモノ。放射線が検出されるということは、そこに放射性物質があると言う事なんである。そして、放射性物質っていうのが原発近辺のみならず、首都圏全域で検出されているのである。つまり、風に乗って散らばる程度に小さなもの、、、、それ故に、雨や風によって環境の深部に浸透していくモノ。浸透の深さは時間の長さによって深くなるようなモノ。
 つまり、、、、水素爆発したのなら、その後は直ちに除染に取りかかるというのが絶対的に必要なのである。何よりも速度重視、迅速な対応重視なのだ。今回の民主政権では、なによりも対応の遅さが致命的。原発事故対応、津波被災地の復興対応、汚染食物の流通防止対応、、、、全てが後手後手。

 除染出来ず、土地が汚染された状態なのであれば、被災者の生活(居住、教育、就労)を引っくるめて面倒を見て集団疎開させるくらいの対応が必要ではなかったのであろうか?

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