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2012年4月25日 (水)

交流の起点

 色んな趣味がある。まぁ、単車、自転車に限らない。カメラでも、パソコンでもそうだ。
 そして、趣味の分野ごとにコミュニティがある。

 で、その交流にはどんな形があるか?を考えると、、、、

 ある分野を趣味として持っていて、その趣味を持っているとすれば自然と足の向く場所、、、例えば、単車なら、ショップだったり、サーキットだったり、峠だったり、、、そんなエリアが、どんな趣味に於いても確実に存在する。
 このようなエリアに出向く人というのは、そこに出向く価値観自体が既に同じなのである。趣味が同じで、価値観も近い、、、こういうエリアでの交流というのは、個々の趣味に共通点が予め在る者同士の交流となる。

 一方で、どんな人も趣味だけで生きている訳ではない。地域、学校、会社、、、様々な世界にも属している。そのコミュニティーにおける接触が起点となって引き込まれたり、真似たり、或いは、引っ張り込んだり、、、、、という形で、趣味が共通化する場合もある。
 但し、こういう交流は個々が自発的に価値観を共有できたのではなく、一方は影響を受けただけであり、影響を受けた側の価値観と相容れなくなる場合も在りうる。

 どちらの交流が良いという質のモノではないが、前者の自発的な価値観の段階で共鳴出来るモノ同士の場合、趣味以外の共通点が少ないが故に、純度の高い交流が可能。

 単車の世界での友人、自転車の世界での友人、、、その世界で時間を共有して楽しいのは、前者の交流を持つ人達である。勿論、学校、職場といった世界で、偶然、同じ趣味を持っていた人というのは、どちらかというと、後者の付き合いよりも前者的な付き合いである場合が多く、実際に、時間を共有しても楽しい事が多い。

 それに対して、別のコミュニティで影響されて始めた人っていうのは、価値観の違いが鮮明になる事が少なくない。

 学問の世界とは異なり、趣味の世界っていうのは、精通度以前に自発的な者同士で対等な付き合いというのが基本であり、それだからこそ、交流自体が楽しくなるような気もする。

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