発達障害
近年、大人の発達障害というのが注目されている。
発達障害というのは障害か?というと、必ずしもそうでなく、個性の一面と捉える事も出来るかも知れない。
っていうのは、苦手な分野がある一方で、ずば抜けた、突出した能力がある場合も少なくない。そんな訳で、発達障害の方の生き方、進み方としては、苦手に拘りすぎず、得意な分野をとことん伸ばすという生き方が見直されている。
発達障害の一例で整理整頓が出来ないというのがあるけど、あれって、実は整理整頓する側の方が劣っている?って思ったりする。
っていうのは、混沌の中で記憶されている。記憶されているから整理の必要性が無いとも言える。混沌を記憶して分類する能力が無いから、手順を追って探し出せる整理整頓という術に頼るとも言える。
この辺の考え方を較べると、やはり発達障害というのは、出来ない事柄っていうのは、そういう人が生きる上で必要度が低いだけで、それを補完する能力に長けているとも言えるように思う。
別の例では、自分の苦手を克服する取り組みをする人も。苦手の克服には、チャレンジと失敗の繰り返しによる学習をする人も、、、そして、興味深いのは、そういう事で得た知見は、気にも留めない人から見れば思いも寄らない知見だったりするわけで、やはり、苦手を克服するに投じる労力に応じて得られる知見も多いということで、それが、その人の糧になっている例も紹介されたりしていたが、これを聞くと、発達障害というより普通に個性という気がしないでもない。
違う世界観同士で他方を見ると、それは違うってなる。そしてマジョリティとマイノリティがあるとすれば、マジョリティ側が正しいと判定したりする。
しかし、歴史とか進歩とか進化を見ると、革新は少数派、マイノリティによってもたらされるのが常である。
そういう意味で、発達障害というネガティブな障害という言葉で括るのは、如何なモノか?と思うのは自分だけだろうか?
これもNHK Eテレ、ハートネットTV Our Voicesを見ての感想。Eテレ、結構面白い。
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