« ガンマ回想 | トップページ | 盲点 »

2013年4月12日 (金)

子育て

子供の教育、、、親は熱心、、、、娘の同級生も塾通いが多く、、、、中学受験がターゲットだとか、、、、
しかし、、、自分的には中学受験は反対、、、、受験のために塾に通うのも反対。

塾通い、、、、どうも必要性が理解出来ないのだ。塾を営んでいた自分が言うのも変な話だが、塾に子供が通う意味があるか?高い月謝を払って習わせる必要があるか?というと、塾で大勢の子供を教えてきて、受験産業で20年以上働いてきて、最終的には『ノー』である。

ということで、子供には極力塾に通わせないように!って考えている。

勿論、自分一人の意見では決められないが、、、

そもそも、子供は勉強なんて嫌いな筈だ。自分の幼少の記憶を遡って勉強が好きだったか?というと、正直、嫌いだったし、、、、、講師経験上、塾で教えた知識が子供に役立つか?というと、他の子より少し早く知識を知って、成績評価が高まる程度、、、、それだけである。

長い人生を考えると、生徒、児童の間に僅かに早く知識を身に付けても最終的には意味無いのだ。

そういう結論から考えると、塾に通わせる気は無いし、勉強なんて出来なくても長い人生で見れば大きな差異なんて生まれないと思う。
寧ろ、デメリットの方が大きい、、、、そう考える気持ちの方が大きい。

まぁ、知識欲が高まれば、巷の塾指導なんて軽く越えた理解の仕方を伝える自信もあるけど、、、それでも、勉強を強要するつもりは全く無い。

仮に、勉強に人生を捧げるのであれば、その才覚が社会で存分に発揮出来る組織を自由に選べるレベルの学府を目指すのでなければ全く無意味だとも思う。そうでなければ、社会における要求は、そういう知識レベルをそれ程要求していないのが現実だろう。そういう最高レベルを目指す事は少々でないし、そうでない凡人の育て方としては、凡人なりに持つ才を探す事が大事かな?と思うのである。

凡人の才を探す。才を見付けて、それを開花させるトライに金を掛けるというのが自分の教育方針だったりする。

才というのは学力とは全く異なるモノ。才の発見は、子供の好奇心と、そのフィールドにおける探求行動からしか見えないもの。探求行動に輝くモノを見出せるように、極力子供と長い時間を共有するのが大事では無いだろうか?

|

« ガンマ回想 | トップページ | 盲点 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 子育て:

« ガンマ回想 | トップページ | 盲点 »