二宮金治郎
先日、小学校に出掛けた。
で、思った、、、、
それは、『二宮金治郎』像が撤去されている模様。
薪背負って、本読みながら歩いてる、、、、これを以て、歩きスマホ、携帯運転、、、、同じだ!と思う人は、今の時代なら少なくないだろう。
銅像の造られた時代と、現代は全く違うから、そういう事が気になるかどうか?というのは、時代的な要素が一番大きな影響となるのだろう。
そもそも、その銅像の本質は、ながら行為を推奨している訳でもない。あくまでも象徴的な意味合いだろうけど、少なくとも、小学生の目には象徴的な意味合いを汲み取るのは困難だろう。現代の風景と銅像の様を今の小学生が見ると、自然に、歩きスマホと同じ様に見えるのは、やはり仕方ない事。
そもそも、二宮金治郎自体が、あんな風に歩いていたか?というと、それも定かでないのだが、敢えて、象徴的な意味合いで作られた銅像なのだが、、、、
銅像を撤去する側の理由も判るし、撤去に反対する意見も判る。どちらが正しいというモノでもないのだが、、、、現状は撤去されているのが時代の流れ。
でも、その経緯を含めて判りやすく伝えるのが本来は教師の役割だろう。
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