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2013年9月 3日 (火)

最高の自己満足はコレ

趣味とか仕事?に関連して色々な事をやってきたが、満足度というと結構ばらついている。
趣味関連というと、単車、パソコン、デジカメ、自転車、車、陶芸、絵画、、、色々首を突っ込んできたけど、取り組んでいる際には熱中しているものの、それが一段落した時の嬉しさは、いずれの場面でも、それなりに感じているけど、そのウキウキ感というか、満足感というのは、割と簡単に冷めている。

最近なら自転車で、思い通りの東叡のスポルティーフ、ステンレスのロード、ピスト、小径を組み立ててはみたけど、出来たらOK的で、組んでいる時のワクワク感は無い。
チョイ前の単車でも然り。CXーEUROに大掛かりなモディファイを施したり、ガンマを思い通りに改造したり、或いは、SV、グース、C200に手を加えても、、、、作業が終われば一段落感が強い。
デジカメの改造、収集も然り、パソコンでも昔のPC98の改造、AT互換機の組み立てもそうだ。車の改造も然り、陶芸、絵画もそうだ。

スポーツはどうか?というと、筋トレでベンチ120kg上がるといっても、スイムで3kmのタイムといってもやはり満足感は感じても、それが凄く嬉しいか?というと、そうでもない。寧ろ、出来て当然的感覚である。

個人の趣味、スポーツでは、取り組んで、出来て、願いが叶っての嬉しさは、確かにあるけど、案外冷静。

では、仕事はどうか?

会社の仕事というと、、、、組織のための仕事ということで、データ収集等の各種プログラムの作成、怪しい設計、職場の業務改善に携わってきたけど、この辺は嫌々やってきた感の方が強いし、対価としての昇給とか給与については、嫌々やってきた精神的慰謝料的に受け取った感が強い。行ってきた事が組織のためという意味では給与の対価であっても、やっている内容が、これは公的、一般的、普通に考えて金を貰う価値があるか?というと、自問自答せざるを得ないような内容が多かったからだ。寧ろ、自分が手を加える事で、本来なら競争社会で生きながらえる競争力の無いモノを無理矢理強引に延命し、最終的な利用者には、利用者の目的から言えば一番良い選択をさせなくしているという感想が強いからだ。
実際、顧客の求めている性能に達しなくても、顧客に満足を与えるための処置を正義というのは、自分的には無理があると感じるからだ。

仕事以外、趣味以外では、、、

しかし、仕事との関連度合は相当に希薄になっている世界、これは、もう一つのブログネタの一つだけど、ゲリラ豪雨で見舞われる大量の雨水が洪水被害をもたらす前に排水するために使う、先行待機型下水ポンプの心臓部に向けて自分で開発したパッケージ部品について。
これは、仕事とは直接関係無いし、趣味でもない。勿論、個人の利益にも現状は全く繋がっていないのだが、、、趣味ネタ、勤務先業務ネタでは得られない感覚を感じている。

今、ゲリラ雷雨、ゲリラ豪雨というのが話題だが、その対策に自治体では、都市の地下空間に巨大な水槽、下水管バイパスを張り巡らせる工事がおこなわれているが、その地下空間に貯水した大量の雨水を排水するポンプが生命線。そして、そのポンプというのは、実際の豪雨によって地下空間が雨水で満たされる前に全力運転するという性能が求められている。つまり、水の無い状態で全力運転が為されるのだが、回転機械を無潤滑運転でブン回すというのは本来はナンセンスなのだ。
昨今、水害対策に都市の地下空間に大きな水槽、、、という話を聞くけど、その考えが成り立つ前提は、何はともあれ、水の無い状態で全力運転出来るポンプが存在するという事。これが無ければ、話は成立しないのである。この前提を成立させるには、無潤滑摺動が繰り返し、長時間、そして長期間晒されてもOKな摺動システムが必須なのだ。

実際のこのような厳しい負荷に耐えられるかどうか?は、まやかしの作業では実現できない。仮に、出来もしないのに出来るといって納めたら壊れるのがオチなのだ。それ故に、リアルに性能を保証しなければならないのだが、これを8年の開発期間の末に作り出したパッケージシステムが、公共工事に入札する大手製造業(下水ポンプメーカー)の雨水排水用ポンプに採用されて、実際に東京都下水局等で2005年以降採用されて順調に稼働しているというのが、個人的には一番満足度が高い。

既に、初号機稼働から8年が経過、自治体の下水場に納められたポンプの台数から言えば、十数台以上の納入実績もある。これらが全て壊れることなく稼働しているというのは、非常に有り難いというか、自身の論理が現場で機能しているという意味で非常に嬉しいもの。特に、昨今のゲリラ豪雨発生のニュースを聞く度に、あぁ、壊れずに動いているんだな、、と感慨に耽る事が多い。

やはり、自分で考えたアイデア、勿論、一切の改竄と嘘は無しで正しいと信じられる論理にのみ従って作るというモノだが、そうやって作ったモノが、メーカーでの採用評価を勝ち取り、実際に自治体の下水ポンプに採用されているというのは、考えた知恵が、社会の中で実際に機能して貢献しているという意味で非常に満足度が高い。
この満足度というのは、単車の改造とか、組織のみの利益のための業務を終えた時の満足度とは較べものにならない。

こういう感覚、青臭いかもしれないが、警察、消防、自衛隊ではないが、絶対正義のための活動に対する憧れに近い感覚。利益優先で嘘を容認するという考え方に嫌悪を持っていると、やはり正しい力を正しく使って役立てるというのが、一種の理想という感覚。

人はどうかしらないが、個人的には、自分で考え出した新しい理屈が、嘘や誤魔化しナシで社会に受け容れられて機能するというのが一番の自己満足を得る事のように思う。

自分のような凡人には、こういう感覚が一つでも感じる事が出来れば良いかな?というのが正直な感想。

勿論、作り上げた理論を担うシステムは日々の考えに従って少しずつアップデートしているが、その更新理由は、この信念を持って作り上げた理論に基づく製品を広く普及させたいから。
これで儲けるという考えは全くないので、利用に制限は一切しない。なるべく多くのメーカーに採用して貰いたいし、そのためには、極力安価に製造して利用して貰える仕組みを作る事に注力するという事。多くのメーカーの目に晒されて、ダメだしして貰うのがベスト。多くの優秀な人の目によって磨かれることで技術の完成度を高めるというのが理想。

最終的には、出来れば、ゲリラ豪雨対策に必須の先行待機ポンプのデフォルト的なパッケージシステムになってくれれば一番嬉しい。

諄いかもしれないが、エンジニア的には、人生の中で一つでも自分のオリジナリティで理論を作り、具現化して、それが社会で活躍できたなら、自身のエンジニアとしての使命は全うできたかな?と思っている。凄い人は、そういう事を何アイテムも行うのだろうけど、まぁ、自分としては、一つでも出来たという実感が得られればOKである。我が身の程を理解して過ごせば良い。
逆に、、、、ホントはこんな事してたらいけないのに、とか、こんな嘘は付きたく無いなぁ、、、、、というジレンマがありながら、仕方なく、本意でない事を生活のため、利益のため、命令のために我慢して自己を殺して終えるようなエンジニアライフだけは、、、、死んでも嫌だ。嘘と改竄を見て見ぬフリして、、、と言う事だけは、やりたくないなぁ、、

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