ドクターを取る?舐めるなよ、、、、
学位論文、特に、ドクター論文というのは、己の取り組みで得た着眼から仮定を立てて、それを論理的に実証し新たな知見を得る事。得た知見を後の研究者、技術者の知識として昇華させる事を目的に、新しい知見を発表する手段だと思う。
つまり、着眼があっても、それから仮説を立てて、実証するにしても、正しい手法に基づいて行う必要がある訳で、着眼だけでは論文として成立させる事は出来ない。
勿論、仮説を成立させる手法があっても、着眼が無いとダメ、、、そう言うモンだと認識している。
そして、学位として認められるかどうかは、着眼を知見として成立させる手法の正当性を、その歩みを行ってきた先人が評価するのが大前提なのである。
着眼力、実証力、何れも不可欠なのである。
そして、その学位に挑むには、挑むに見合った実力が大前提なのも当然である。
学位を取るという事は、そういうこと。
自身の知るドクターの学位を有する人というのは、脳内の次元が全く異なる人達で、学問に対する精通度、使える知識の理解度は次元が違う、、、、マスター(修士)というと誰でも取れる糞みたいな学位だけど、ドクター(博士)というのは別世界だ。
同級生でドクターを取った人は、やはり1/150の才能だと思うし、一つ上の先輩でドクターとった人も然りだ。
学位というのは、そういうモノだ。
記事をマイルドにしたのは、切っ掛けとなった人に真意が伝わったと理解したから。まぁ、多くの記事で流れて消えるので、あんまし関係無いだろうけど、、、
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コメント
敬意を払うとかそういう問題ではありません。
研究テーマが尊いとか敬意を払うとか言いながら、結果だけ見て、それでドクターを取らせろというのは全くの矛盾であり、敬意を払っていない証拠でしょう。この世界での経験と知識の積み重ね無しで、結果だけ見てドクター、、、論法が破綻していることに気付いているのですか?
以前も言ったように、あなたなら過去に人生を捧げたテーマから自身のオリジナリティを世に問ういうような着眼が必要では無いでしょうか?
オリジナリティが無い時点で、それは、パクリ企業とか、イミテーションの世界と同じです。ドクターを取るというのは、ドクターに見合うテーマの着眼と、テーマから答えを導き出す論法、知識があるのが前提です。
言葉を吐くには、その言葉に見合った才覚が備わっているかどうか?を理解すべきでしょう。
ドクターを取りたい願望を持つのは自由ですが、それは貴殿の取り組みによって行うべきものです。取る事は反対しませんが、テーマの着眼の時点でアウトですね。先日の話だと、取るに値するテーマだから、、、というノリの様でしたが、あっけに取られ言葉を失ったのが正直な意見です。
テーマを見つける事自体も、そんなモノでは無いと思いますし、それでドクター云々を言って欲しくないです。
まずは、そういう才覚を身に付けるべく日々の鍛錬を望みます。
ここで記事を掲載したのは、貴殿の最後の言葉です。やんわりと気付くように己を磨けば良いのでは?と言って、私が、同じテーマに取り組む事は否定しないと言ったのを、どう勘違いしたのか知りませんが、私が完全否定していないと捉えたからです。
柔らかい言葉で気付かないなら文章にするしかありません。
その際にも言いましたが、同じテーマを選ぶのは構いませんが、それをテーマに掲げるならば、貴殿に投資して学位を取らせようとする組織、更には、貴殿を指導してくれる大学教授を見つける、つまり、その眼力に適う実力を身に付けてください。
何度も言うように、貴殿は、それに見合った資質や眼力、着眼力を身に付ける身近な取り組みから始めるしか道は開けないと思いますが、、、
投稿: 壱源 | 2014年4月25日 (金) 17時26分
社内の件なんでこの場で言い辛いんですけど、今回の18日に生じた件で、微妙なニュアンスの同情を見せてくれた事、1年間の事の一切を他人にしゃべっていない事(敬意を払っている事は大前提)から、それを申し入れしたんです。
現在の研究が恐れ多く、尊い事は大前提の上での話だったと思いますが、それほど逆鱗に触れるとは思いませんでした。
自分にそういう才能がない事をよくおっしゃっていただいてますし、それは自身も承知してます。
このサイトで怒られるとは思っていませんでした。直接言ってもらいたかったです。
ドクターを示唆した人がいるのもお伝えしましたが、突発的な事で自分の言い方が軽率でした。
申し訳ありません。
投稿: TY | 2014年4月25日 (金) 16時49分