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2014年8月27日 (水)

8/20の行動

 この夏の象徴的な出来事、それが平成26年8月豪雨の象徴ともなった8/20の広島土砂災害だ。
この日の対応は鮮明に覚えている。自身の行動を振り返ると、、、、行政の長への不満を隠す事が出来ない。過去の酷い災害でも、似たような経験もあったような気もする、、、、チョット回想してみた。

先ずは、8/20の豪雨の日を回想する。その豪雨は観測史上最高と言われている三時間降水量で217mmという雨だ。バックビルディング現象とも言われている積乱雲の連続的な局所的な形成によって積乱雲は最高で15km迄にも達し猛烈な雨が降って、安佐北区、安佐南区は甚大な土石流災害に見舞われた。

この日、前日の8/19の午後8時半頃から市内全域では、強めの雨、そして、午後10時頃には旧市内でも時間あたり100mmに近い雨が降っていたと思う。その異常性に気付いたのは、BS/CSの映像受信が出来なくなったからだ。その時は雷も非常に激しく、ブレーカーも一度落ちた程。その時は、二階のバルコニーに危険な気配を感じて見てみると、雨水が溢れて二階の部屋へ流れ込みかねない状況であり、あわてて排水口を塞ぐ落ち葉を撤去して事なきを得た。東区では午後10時20分には雨は弱くなりBS/CSの映像受信も回復したが、その時から、気象情報関連のサイトをずっと注意して自身は待機していた。
因みに、大雨洪水警報は午後9時半頃からずっと継続中だ。

日付が変わった午前零時頃、雨は殆ど止んでいたが、北東方向の空は激しく光っているのが見えた。そして、午前零時半頃に気象サイトで降雨状況を監視していると、真っ赤な表示状態が己斐~祇園山本辺りを被っている。それが徐々に北西方向に拡大する気配。

雲の流れ具合から危険を感じたので、午前1時半に嫁を起こし、リスクを伝え待機し、自分は避難出来るように着替えの準備、持ち物の準備、豪雨故に車で逃げられる場所、ルートを確認。この時は、もしかしたら柳瀬~八木界隈では大事になるかも、、、という話を嫁に話したのを覚えている。当地の地質がどうとか、地形がどうとか、そういう次元ではない雨が長時間降るような状況は、降雨前の段階である程度は予測できていたのは事実だ。その後、気象サイトでレーダー画像を監視しての判断は、午前2時半前後に最長でも10分程度が土砂降りか?という判断が出来たので、子供は寝かせて自分だけがリビングに待機して監視していると、案の定、東区では午前2時20分から10分程度激しい雨。但し、BS/CSは受信可能だったので、先の午後10時頃の雨程ではなかった。その後の気象サイトからの雨雲状況から、東区では雨は降らない事が確認出来たので就寝した。

で、翌朝6時半に起床してニュースを見ると、、、、物凄い状況になっている。土石流というよりも、山津波という言葉の方がしっくりくる。そんな状態で、何時も見る風景が一変している。
しかし、思ったのは、午後9時過ぎの降雨状況から、その後の最悪の事態を想定した準備を多くの人が行えなかった事が非常に残念。自身は一応の備えを行ったけど、その備えは各家庭でも行えたような気もするし、その時に自宅に居た広島市長も出来たはず。少なくとも、自治体の長は、8/19の午後9時~10時の状況から市役所に戻り指示待機出来たはず。

自分のような、クソ素人でも危険を感じるような雨を夜10時に感じたのであり、その段階で、自治体の長は準備指示すべきだったように思う。
消防の担当者が避難勧告を、、、と後悔の意見を述べられているのが報道されていたが、その際の状況をデータから判断するだけでは、仕方なかったように思うが、その判断とは別に、市長の対応は首を傾げざるを得ないというのが偽らざる感想だ。前夜の段階で心配を感じたのであれば、何故に、対応指示しなかったのか?そして、気象サイトで予見する行為を行わなかったのか?が、悔やまれる。午前三時以降に酷い事になるというのは、当地で雨が小康状態だった午前零時段階で判った筈なのである。
広島市長は、、、、危機管理能力というか、その辺が甘かったような気がする。

まぁ、2004年18号台風(SONGDA)が広島を襲来した時も、九州接近の段階で危険が予測できたので、勤務先の経営者、総務に従業員を交通機関が動いている間にサッサと帰宅させて台風襲来に備えるべき、、、と進言したにも拘わらず、市内周辺の他の企業全てが活動を止めても平常業務を行ってドツボに陥った様を目の当たりにしたが、その際も、勤務先の総務役員、社長のクソ度合に呆れ果てて、あれほど言ったのに何故行動できなかった?と、半ば喧嘩になったけど、やはり、危険予知が出来ない人は、何処に出もいるのだろう。
その時は、経営者は、『○○君が私を責める、、、』と、周辺役員に愚痴をこぼしていたそうだが、1991年19号台風の再来的な状況は軽く予測できたのに、対応出来なかったのは、正直、アホとしか言いようがないのである。因みに、自分は、その件以降、台風接近に伴い、己で危険と判断したら、途中退社すると決めて、組織は組織で勝手にすれば良いというスタンスである。何故か?というと、2004年の台風では、無意味に自分の愛車のルーフが飛来物で大きく損傷を受けて、自分持ちで修理した事に納得が出来なかったから。自分の意志に従って行動すれば回避できた被害だけに、危機対応は自分の意志にのみ従うと、その時以来決めているのだ。

市長だろうが、社長だろうが、金儲けが上手くても、危険予知して回避、対応が出来ないのは、如何なものか?とも思う。少なくとも、『長』は人の命を預かるのであり、金儲けとか、選挙とかよりも、人命の命を守るための行動が行えなければ資格は無いような気がする。

そして、家庭を持つ人は、家族にとっての『長』であるので、やはり、異常から家族を守る準備というか行動を行う必要があるし、その危機を検知し、対応、対策するということを心掛けるべきだろう。今回の災害で、あらためて認識したところだ。

因みに、今回の八木地区の山津波というと、まさ土云々、扇状地形云々、色んな意見があるが、今回の雨量は、そのような条件関係無しに引き起こす程の雨量。そうは言っても、確かに、そのような悪条件が被害を拡大させた可能性も否定出来ない。
広島は、報道の通りに、非常に脆い風化花崗岩からなる地域が少なくない。デルタ地域は、液状化、高潮、河川の氾濫リスクがあるし、急傾斜地では土砂災害リスクが少なくない。地震リスクでも西部地域の己斐断層を始めとして、佐伯区~安佐北、安佐南には活断層が潜んでいる。更に、太田川の西側斜面は標高500~600mの山が連なり、豊後水道から入ってきた湿った空気で雲を作りやすく昔から大雨が多い地域でもある。
広島では山裾の扇状地でも住宅街が多いが、最近ではデルタ周辺の山間部の谷を埋めて大規模団地が造成されている。西風新都、春日野、中山ニュータウン、、、、がそうだが、埋めた土砂は膨大であり、その地域を形成している大規模な人工法面が将来の大雨、或いは、地震で地盤が無事か?というと、これもかなり怪しいのが現実。

災害の度に思うが、何処が安全か?と言う事も大事だが、どうすれば安全が確保できるか?を居住地毎に理解して準備する事が大事だろう。リスクがあるから避けるでは、住む所が無くなる。選んだ場所で身を守るには、何が必要か?を考えるのが大事だろう。

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