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2014年12月30日 (火)

反日、嫌韓

良く聞く言葉。
正直関心は無いが、中韓における『反日』とは、日本に対して反対の行動、思想ということだろう。つまり、比較の対象として『日本』の存在ありきという言葉のように見える。
一方で、反韓という言葉は聞かない。耳にするのは『嫌韓』という言葉。これ、思想や行動が同じが違うか?という意味を通り越して、純粋に嫌いという意味。つまり、行動原理に比較の対象が存在せず、意志として単純に理由無しで嫌いという意味。

対象が存在して反対の行動を取るというのは、所謂、比較しての話。比較する意味というのは、妬み、嫉妬、恨みのような感情が内面にあるのかもしれない。
対象の存在関係無しに直感的に嫌いというのは、理由は存在しない。殆ど生理的な拒否感が内面にあるように見える。

恐らく、反感情、嫌感情を持つモノ同士は、永遠に受け容れ会う事は無いような気がする。

まったく個人的な感想だが、北と南というと、民族的には北の方が純朴でまともなような気がする。政治体制が強烈なだけに、その体制に対する内面的な違和感、対抗感情、反発や不満を考えると、表には出ていない内面としては北の一般国民は、案外普通なのかも知れない。寧ろ、北と南は早いところ統一した方が正常な意識に中和されるようにも感じる。

興味深いのは、『反中』、『嫌中』という言葉は聞かない事。第三者的な視点からの感想を個々が持つ話は聞くけど、衆多的な対象として、『反中』、『嫌中』という言葉はそれ程聞かない。
寧ろ、中国の歴史や文化を尊重し尊敬している事の方が多いような気がする。

やはり、世界四大文明の黄河文明発祥の地で、長い歴史の上の文化というのは尊敬に価するし、文化的交流によって影響を受けて発展してきたのは間違い無いのも事実。
歴史的に『反日』の感情を持ち、そういう教育が為されているのかもしれないが、もしかしたら、将来の可能性として融和も有り得るように感じる。

個人的には、現代の様々な問題自体を認めるものではない。模倣や衛生、モラルの問題というのは、どの国でも発展の過程で犯してきた過ちだろうが、たまたま中国が巨大過ぎて、その悪影響が及ぶ範囲が大きいだけという風にも見られるからだ。影響が大きい分、配慮が必要だが、それはそれとして、中国という国と地域の歴史と文化は純粋に尊敬に価するものと感じる。

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