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2016年4月18日 (月)

余生

定年まで10年を切った。国民年金の受給資格である25年積み立ても経過した。
個人的には、第二の人生を過ごしてみたいような気持ちが日毎に大きくなっている。
大きな理由、自身が行うべき終着点、そして次のステップに踏み出す条件が揃う時期が見え始めたからだ。

行うべき終着点は、過去に市場に送りだした特異過ぎる技術で商品化したものが市場で使われていく上で必要な在庫な確保、それから、その特異な技術で具現化した商品を、同じ能力以上の性能を汎用的な技術で提供する代替製品の完成だが、その在庫の確保と代替品の完成の目処が立ってきたということ。

そして次のステップに踏み出す条件というのは、特異な技術が不要で代替品が供給出来るならば、そのための体制というのは勤務先に縛られる必要も無くなる訳で、それが或る程度の市場性を得る事だけど、取り敢えず、新しい汎用技術で作り出した新しい製品が、それを必要とする多くの大企業の開発部門の検討の対象として知れ渡り、行き渡ったのである。これで踏み出す条件の第一段階がクリアということだ。

第二段階としては、検討の対象として評価を受けて、当然ながら改善を繰り返し、最終的に一定数量の需要が得られた状態を想定しているが、その第二段階として、新しい汎用技術による新製品の第一号として市場参入が決まるというところに漕ぎ着けた。

この市場参入が一つのメーカーだけでなく、できれば検討してもらっている多くの企業から市場参入が進む段階に以降すれば、心おきなく第二の人生に踏み出せるというところ。

一般消費者対象の商売というのは立ち上がりが速いけど、衰退も速い。自身は大企業相手、エンドユーザーは国、自治体というものだから立ち上がりに十数年を要するが、一度立ち上がると非常に長く保つ事が出来る。ということで、この体制に向かった十三年が経過したが、もう少しかな?というところに届いたところだ。

上手く行くかどうかしらないが、上手く行けば有り難い。

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