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2016年7月 9日 (土)

加齢なライディング

オートバイ、楽しいのは峠を走る時だけど、走っている次元は随分と大人しくなっているのが実際のところ。
振り返れば、峠とかサーキットに通っていた十代~二十代前半の頃は、怖さという概念は殆ど消えてなかったように思う。今思えば、度胸というかバカなだけだろうけど、実に威勢良く寝かして走っていたように思う。走っている最中に恐怖を感じたこと等は皆無だった。

この感覚が持続出来ていたのはいつ頃までか?を振り返ってみると、、、ピークと同じノリで走れていたのは二十代後半までだったように思う。二十代後半以降、ガンマに加えてNS400RとかRZV500Rといったモデルに手を出していた頃、この頃もワインディングを走るのが好きだったけど、二十代前半迄のノリでガンガン攻めるという感じではなくなっていた。この後、CXを入手したけど、このCXは二十代前半に所有していたXZ以来のツアラーモデル。このツアラーモデルで山間部ツーリングに出掛けていた頃にしても、XZで走っていた頃のようには攻めてはいなかった。ただ、ガンマで走る時よりは寝かし込んでフルバンクさせて走る事もあった。
二十代後半迄は、どんなバイクでも攻め切れていたけど、二十代後半以降では、少なくとも限界の低い大人しいモデルでしか攻め切れなかったように思う。本来的にパフォーマンスに余裕のあるガンマ等では、攻めて走ると恐怖を感じるような速度域に突入する事が怖くなっていたように思う。

三十代半ば以降の時代は原点回帰の時代であり、興味のあるモデルは小排気量にシフトしていく。マグナム80、AR125、RG200ガンマ、、、、このような2ストローク小排気量モデルに傾注していた時代だ。この辺りのモデルとなると、限界が低いからか、単車の限界に近い状態で攻め込んで走れていたように思う。自身のキャパシティが、スポーツモデルなら小排気量、ツアラーならミドルクラスというのが身の程か?と思い始めた頃だ。

不惑四十代に突入してからは、峠を走るのは好きだけど、二十代の頃とは走り方は全く異なるもの。寝かし込むにしても、意識の中で、『まぁ、この辺で辞めておきましょう』という自制のスイッチが入る。そして何よりも、寝かし込んでいくと昔のように何も感じないという事にはならない。万が一の事を考えて、無意識に緊張が入ってくる。明らかに怯えているというか、怖がっているようである。まぁ、加齢した結果だから仕方ないといえば仕方ない。

ただ、このビビリ感は決してカッコイイモノでも、納得出来るモノでもない。ということで、五十代に突入して以降は、不安の根底にある車輌のメンテナンス不足を少しでも解消し、そして、少しでも乗り込むことで、せめて三十代の頃的な感覚を取り戻すべく、毎週のように走り込んでいる最中。まぁ、二十代の頃と同じにはならなくとも、自己満足出来るレベル迄戻れれば良い感じだ。四輪の場合、加齢による衰え感は感じないけど、二輪の場合は、結構モロに判ってしまうだけに、自身でフラストレーションを感じる。これが二輪の面白いところでもある。

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